かつての何処か、少女の物語 †
その小さな有翼人の里において、艶めいた黒い翼は王の器足る者の証とされていた
しかしその日生まれた黒い翼は女の子だった・・・月に一度穢れを孕む女は王に相応しくないと大きな反対があったそうだ
しかし赤子が少女となっても代わりとなる黒い翼の持ち主は現れず、今代の王は衰えていくばかり
王が老衰しては大変と渋々人々は彼女を次の王と決めた・・・
王殺し・・・
文明の黎明期、人々は『万物には見えざる力があり、その力が特別強い者は天候や人の生死さえも自在に操る程だ』と考えた
その特別強い者が弱れば世界にもまた危機が訪れると恐れ、その者を特別丁重に扱った
これが呪術師であり"王"だ
しかして人には寿命という避けられぬ運命がある、いかな英雄豪傑といえどいずれは老いさばらえ、病に伏し、死ぬのだ
ゆえに人々は王が衰えて死んでしまう前に若い力に満ちた次の王を選び、古い王を殺して魂を移してしまおうと考えた
王の魂は器や形を変えて永久に連綿と続いていく・・・
王殺し・・・それはけして気を狂わせた者達の蛮行ではない、王と、彼が支える世界への深い信仰と忠誠心ゆえの行動だった
老いた王を"殺し"、その偉大なる力を受け継いで少女は新たなる王となった
一挙手一投足が村の、世界の何処かに影響を与えている・・・そう思えば一つ一つの動作に気を抜けなかった、弱音を吐く等以っての外だ
王の生活は辛く厳しい物であったが王の務めと共に引き継がれた十羽のカラス達は少女によく懐き、つかの間の癒しを与えてくれた
王の務めは主に祭事・・・春を迎え、豊作と大漁を願い、人々を癒し、安全を保障する・・・
その度に向けられる王への敬意と人々の間に広がる笑顔は、少女に強い自信と、使命感を与えたのだった
辛くはあるが決して嫌ではない、そんな王としての人生・・・
だがそれも終わりを告げる
どれほど完璧な人間であってもミスをするように、彼女もまたミスをした・・・些細なミスだ、王としても取り返しがつかない程ではなかった
だが彼女にとって不幸な事にそれは月経の日でもあったのだ・・・・・・それ見たことか・・・人々の間に不信感が広がっていく
不信を抱く者の目は曇る、どんな些細な凶事でも王の穢れによるものだと噂される
不幸な事というのは重なるもので、ちょうどその頃村に男の子が生まれた、艶めいた黒い翼を持つ男の子だ
彼を次の王に。人々がそう思い始めるのも時間の問題であった
その日の訪れを唐突というにはあまりにも前兆がありすぎた、人々はその幼子の成長を心待ちにしていたし、少女もまた彼の生まれた時に王としての祝福を授けていたのだから
赤子が幼児となる頃、王殺しの儀式は執り行われた
まだ幼き次王に代わり死刑執行人が少女の身体を縛り上げ、刃を振りかざす
・・・不幸中の幸い、と言えるのかは分からないが・・この村において王の力はその黒き翼に宿るとされていた
ゆえに此処で切り落とすのは王の首ではなく翼・・・少女は有翼人の証をもぎ取られ大きな悲鳴を上げた
老いた者なれば此処で絶命するも、まだ若い彼女は生き延びる
されど翼を失った者はもう村にいる事を許されない・・・
翼を失った少女は旅に出る
王の座を剥奪されて尚忠誠を誓う十羽のカラスを連れて
偉大な力はもうないが、全てを失った訳ではない
人々に恨みはない
ただ思い出すのは自らの術によって笑顔を浮かべる人々の姿
呪術師としての使命、それだけが少女の胸の内にあったのだ