:黒炎の翼の少女
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ワープゲート
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ASH課金マネージャー
編集:MenuBar
これは「あたし」が「わたし」になって「私」になるまでの物語
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23.──黄昏歴 1003年 6月
(シロン彫金工房、シィホの私室にて)
彼女と共に暮らしてわかったことがある、やはり彼女は眩しい
純粋な力、純粋な心、そんな清らかな魂の側にあればあるほど……憧れてしまう
いつになれば彼女と同じ場所に立てるのだろう。いつになれば彼女のように大きくなれるのだろう
森翼──樹翼の中でも選ばれたごく少数の存在しかなれない。覚醒──彼女は生死の狭間を超えて、わたしを助けるためにその力を遺憾なく発揮した
わたしは……炎翼だ。ただ燃えているだけ、いつ燃え尽きるかわからない翼……
大いなる生命の営みが内包された森、その翼に比べればこんなもの、ただの火の粉にすらならないのだ
彼女の力があったからこそ今の自分がある。それには感謝してもしきれない。一生かかっても尽くしていくつもりだ
だけど……いつかは……いつかは彼女と同じ場所に立ってみたい。そして……肩を並べて…………
「もう、こんな時間か。朝ごはん作らなきゃ」
「まだ起きてないんですかにこちゃん、しょうがないですね……」
──いつか正式に彼女に認めてもらえるような存在になりたい
お名前:
+
...
1.──これは今から数か月前、彼女がまだ故郷の島に居た時の話である
薄暮時、集落の外、街道添いの森──そこは黒翼樹の生い茂る黒い森である
今の時間帯はダスクウォーカーの警備の時間である。昼はデイディフェンサー、夜はナイトガーディアンと言う三つの自警団兼傭兵集団で集落を守っていた
炎翼人は時間や環境によってその力のピークが違う。ダスクウォーカーは薄暮時にその力が一番大きくなる
そんな彼らは今──街に襲い来る危機と闘おうとしていた
エンク・ショーネ。彼女もその一人である。彼女は自ら望んでこの道を選んだ
小さな体を目いっぱい使い、独りで駆けていた
「まさかこんなことでここに来ることになるなんて思ってなかったわ」
この森は彼女のお気に入りでもあった。黒翼樹からとれる樹液は良質な脂として彼女の翼を染める原料になっていたのである
『ウィングウルフの群れが集落に向かって南下している。直ちに見つけ出し対処せよ』
「ただしなるべく殺してはならない。縄張りと炎翼の恐ろしさを再認識させろ、とかね」
「あーもうだるいわー。はやくかえりてーわー」
彼女は独断で単独行動していた。なぜなら彼女は他のダスクウォーカーから距離を置かれているからだ
この集落では長老の次に意見力を持っている炎翼人の男が居た。彼女はその娘である
自然と自分の境遇を誤解し、傲慢かつ不遜な態度になっていた
そんな彼女を疎ましく思っている人間はたくさんいた。さらに子供の頃の事故の件で両親の過保護も追加され
彼女に接するものはたくさんいても心から打ち解けてくれる人間は誰も居なかった
森の中の縦横無尽に駆け抜ける。身軽さと器用さだけは自信があった
黒翼樹の幹を蹴る、その跡からは黒い樹液が流れ、まるで石油のような香りが辺りに広がっていく
「めんどくさいわ。全部燃やしたいけどそしたらあたしの森が無くなっちゃうからなぁ」
戯言であった。森を焼くことは重罪であり、それにこの森は彼女の所有物でもない
──地響きがした
「な、なんだこれ……こんなの聞いてないっつーの!」
数十と居たと思われるウィングウルフは全滅していた。黒翼樹に叩きつけられるようにして。
流れる血液の赤が樹液と混ざってどす黒く変色していく……
「こんなでかいの初めて見た……まさかこいつ……」
まるで大木のように太い腕に獣の脚、蛇の尻尾に竜のような顔つき、そして大きな翼
──森の主とも噂される希少種でもあるウィングキマイラであった
眠っているところを起こされて気が立っているらしい
──咆哮
その衝撃波で彼女は身動きが取れなくなった
(う、嘘だろ。あたし死ぬのここで……)
歯が震えた。こんな時に限って発作が始まった。決して恐れているわけじゃない、これは発作だ
彼女は生まれた時から寒さに対して異常に弱かった。夏でも体全体を隠し、冬は死んだように透き通ってしまう肌
時折来る異常なほどの寒気、そして震え。彼女は動けなくなった
「……ふざけるなぁ!! ここで手柄立てなきゃなぁ! あたしは……誰にも認められないんだよぉ!!」
──叫んだ。相手の咆哮に負けじと叫んだ。孤独なのが辛い、嫌われるのが辛い
死ぬことよりもつらかった。周りの人間に認められたかった
──陽が、暮れた
背中の翼が大きく揺らめいた
その後の記憶は彼女には薄ぼんやりとしか残っていない
残ったのは森の主を焼き殺した厄介者と言うレッテルだけであった
2.──これは今から少し前、彼女が集落を出るまでの話である
炎翼人の集落。レンガ作りの家がならぶ中のひと際大きな建物。ショーネの屋敷である
彼女が森の主を殺したという件についての御咎めは両親によってもみ消された
しかし、事実は残った。森の生態系は乱れ、少しずつだが力を失いつつあった
彼女は私室でその寒気と闘っていた
(別に死ぬわけじゃない。ただ辛いのを我慢すればいいだけ。いつものこと)
二つの意味を持たせたその言葉を心の中に刻み込んだ。反省するときはいつもこうしていた
子供の頃からそうだった。何か悪いことをするとこうして私室に閉じ込められた
反省しているふりをすればそれで時間が経てば許してもらえた
あとはこの寒気さえ我慢すれば……
──声が、聞こえた
「エンク、お前の病気を治す当てを見つけた」と……
水翼人のシャーマンの女性が来た。昔から父の仕事の付き合いで占いなどもやっていたから知っている
彼女は診察と称してその水のような翼をこちらの体に絡めてきた
「きもちわる……」
水翼人は苦手だった。なんとなくだが何か見透かされているような気がして──
水翼人の女はこう答えた
「貴女には炎翼人としての力の根源……焔の力が極端に弱いの
まるでマッチの火のように小さな小さな焔しか見えない。貴女に必要なのは……真の焔よ」
──真の焔。聞いた事がない。また水翼人の嘘が始まったのか
両親は頷いている。意味が分からない
炎翼の里にはないものだ。国外に出なければ見つからないだろう。意味が分からない
そしてそれはエンク自身にしかわからないものであって自らで探さねばならない。意味が分からない
長老に話がついた。特別に国外に出ることを許す。ああ──そうか──
「あたし……捨てられたんだ。そっか……」
彼女自身はその寒気を病気だとは思っていない。ただの個性だと思っていた
両親や周りは病気だと言った。これは体の良い厄介払いだ
「しょうがねーよな。あたしのせいだもんな」
新しい土地についた。ここは誰も自分の事を知らないだろう
「いいじゃん。やってやろーじゃん。そのふざけた焔とか言うの探し出してきてあいつらに土下座させてやんよ!」
「おっと……その前に、嫌われないように気をつけないといけませんね。わたし」
彼女は努めて熱く、クールに振る舞うのであった
3.──これは今からほんの少し前、彼女がこの街に来たばかりの時の話である
彼女が良く使っている高級ホテルの一室にて
両親から何故か大量の仕送りがされるので使い道に困って取った宿である
彼女は編み物をしていた。自分の身に付けるものをたまにこうして暇つぶしに作っている
「樹翼が居るとか聞いてないんですけど。参りましたね」
まさかこの街にも同じ国から来た人間が居たとは
──彼女の名前はフィニス・ルゥ。そして今はゲルニコ・クロニカと言う偽名を使って生活している
エンクがシィホ・シロンと名乗っているように翼人が国の外に出る際には偽名を使うのが掟である
──古の時代。からくり仕掛けの翼を持った人間が翼人達の住処を奪い、蹂躙した
その時に立ち上がったのが光り輝く白い鳥の翼を持つ翼人と、蝙蝠のような黒い翼をもつ翼人であったという
彼らはその翼に込められた特別な力を使い国を救った。彼らは光翼人、闇翼人と呼ばれるようになった
あくまでおとぎ話であるがその言い伝えによって翼人の国は他国への干渉を異常に嫌う
だからこその偽名なのであった。しかし、シィホと名乗り、口調も変え、努めて冷静に振る舞っていると……
「本当のわたしって、なんなのでしょうね。」
編み物の結び目がほどけた。彼女にしては珍しい失態である
「にこちゃんはあたしとは違うんだろうな……」
何をやっても空回りしていた。街の人間に好かれようと思っていてもつい我を忘れて怒りを露わにしてしまう
シィホから見て、ゲルニコは眩しく見えた。それこそ光と闇のように
(彼女のように気持ちをはっきりと伝えられるようになれば)
(彼女のように優しく自然に振る舞う事が出来れば)
──いつしか編み目がぐちゃぐちゃに絡み合っていた
4.──黄昏歴 999年 9月
町外れ、背丈より高い草が生い茂る草原。彼女がたまに訓練の為にやってくる場所である
風を切る音がする。何度も、何度も
その度、周りの草が断たれ宙を舞う
それらは彼女の中心から半径15mの出来事であり、彼女が原因であった
手にしたのはワイヤー。戦闘用のものである──
この街にはドリムの工房と呼ばれる鍛冶屋がある。あくまで街の人間がそう呼んでいる通称であった
その工房の主はドリムと言う幼い少女だ。シィホと似たような年齢でありながら卓越した鍛冶技術を持っていた
彼女に頼んで作ってもらったのがこのワイヤーである
ウルス鋼をベースとしてテオダイトや数種のレアメタルを配合した特別製で、ワイヤーとは思えないほどの軽さ、しなやかさを誇る
強度もかなりのもので、更にはワイヤーの表面についた細かな文様に油を染み込ませ、翼の炎に引火させることも可能だ
彼女はこれをメインの装備にするべくワイヤーを自在に操る訓練をしていた
勿論頼れるものなど誰も居ないので独学である
普段の冒険先での戦闘ではもっぱら翼の炎を力として使う翼火と言う術しか使えなかったが
近接戦闘の手段としてナイフをドリムの工房で買ったのがきっかけである
なぜなら非力なので重い武器を持てないのもあるがこんな戦い方に憧れていたから。
ナイフとワイヤーを組み合わせてアクロバティックに動こうとか
複数のワイヤーを同時に扱い多方向から攻撃するとかそういったことを考えていた
「全然だめだわ……」
確かに彼女は器用ではある。大抵の技術は程なくして習得できてしまうし、繊細な指先の運動も可能だ
だがこのワイヤー術というものは思ったよりも難しい。練習は何週間も行われた
練習用に買ったグローブはボロボロになり、中では血豆が潰れそれを染めていた
それでもやめなかった。何故だろうか。炎翼人は負けず嫌いだから、かっこいい戦闘に憧れたからか。違う
本当は…………認めてほしかったのだ
誰にと言うわけではなく、自分を。自分で
「もう、ダメだ。起きて……らんない……」
ぱたりと倒れこむ。秋へと移り変わる風が冷たかった
彼女がワイヤー術を独学で身に付けたのは次の月であった
5.──黄昏歴 999年 10月
冒険先のキャンプ地、同行者が寝静まった後の焚火の前
独りで赤い水晶を眺めて微笑む彼女の姿があった
この石は炎の魔石と言い、彼女がとある遺跡でひと冒険をして手に入れたものであった
真の焔を探す旅、彼女は様々な所へ赴き、様々な物を確かめていた。しかし、成果は特に得られなかった
半ばあきらめていた。ドリムの工房の炉の炎、リュカの図書館で見つけた炎魔術など
心当たりを探ったがどれも今一歩と言ったところだった。何より悲しいのが彼女に炎魔術の適性が無かったことだ
リュカの魔術図書館。そこで炎魔術に関する資料を借りた
ワイヤー術を身に付ける傍ら、その資料を読み漁り魔術の習得にもかなりの時間をかけて練習した。しかし──
火花すら出なかった。体内に魔力があるのにもかかわらず
翼を介せば炎は出せるがそれは翼火の術であり炎魔術ではない
翼の炎を燃やしてそれを延焼させる術と、無から火を生み出す術は似て非なるものなのであった
炎に──憧れがあった。何故だかわからないが揺らめく炎に惹かれるのだ
幼い頃暖炉の炎に見とれて火箸に当たりやけどを負った。その傷はいまでも左瞼に残されている
炎をじっと見つめる……何故か目が離せなくなり、次第に頭がぼーっとしてきて……真っ白になる
何もかも考えられなくなってその炎をじっと見つめてしまう。そして……それに触れようと──
「あ、あれ……? また見惚れてしまいましたね……」
この魔石はまるで炎そのもののように感じた。そしてその炎はとても暖かいものだった
とある町外れの遺跡に向かった時の事だった。石造りの扉を開ければそこは別世界で──
火山が煙を吐きだし、マグマが吹き荒れ、蒸気があたりに充満する火山地帯であった
そこで見たものはまるで現実味を覚えさせないものばかりで
まるで自分がお伽噺の世界に迷い込んだようにも見えた
マグマの姿をした燃え盛る炎の魔物、全身から火を噴き出す竜、どれも現実離れしていた
半分恐怖で半分夢見心地だった。そんな時目を覚まさせてくれた存在が居た
ドゥエルガー、闇の土精。アイアンアクス族のガムルと名乗る男だった
彼は呆気にとられた彼女を救い出しこの異世界から脱出させてくれた
──この魔石は、彼から譲り受けたものである。一杯のエールと引き換えに
この石を見つめればあの時の冒険の記憶が蘇る
それはお伽噺に憧れる少女にとっては特別なもので……
バチッ!
「あ、あれ……今……火花が出なかった……?」
──彼女の憧れの中の冒険はまだまだ終わりそうもない
6.──黄昏歴 999年 11月
町外れ、人の通りのない路地。夕暮れ時
忘れたころに発作のようにやってくる寒気、彼女はまたそれと闘っていた
慣れてはいた。決して辛くないわけではないが。だが周りの環境が症状を悪化させていた
暖かい人間、暖かな関係、暖かな友人。彼女にとってはどれも望んでも手に入らず。また自らの手で掴もうとはしていなかった
どれもこれも上辺だけ。今度は嫌われないようにと思っての行動。空回り、そしてまた独りになる
本当の自分をさらけ出したところで……何? 本当の自分とは何? 怒りっぽく傲慢で人の気持ちを考えない『あたし』?
それとも知った風な口で大人ぶって空間に溶け込もうとしているだけの『わたし』?
どれが本当の自分なんだろう。それともどれでもなく。まさかどれも……
余計なことを考えるのは良そう。この発作が来ると周りが見えなくなってつい変な考えが頭をよぎる……良くない兆候だ
体が冷たくなると心まで冷たくなってしまう。余計なことは考えるな。目の前の事を考えろ
『あたし』は生きてあいつらを見返してやりたい
『わたし』はもう辛いのは嫌だ。何もかも諦めてただ静かに眠りたい
「寒い……寒いよ……」
人前では見せない彼女の発作の感覚は短くなっていた。冬はもうすぐそこに迫っている──
7.──黄昏歴 999年 12月
第二週。ドリムの工房近くの宿屋にて
今日は15回目の彼女の誕生日である。しかし、部屋は特に変わらず静かなままだ
──彼女は誕生日が嫌いだった
故郷では両親の元で盛大なパーティが開かれ、沢山の客人が彼女の生誕を言葉で、時には歌で、物で、踊りで祝った
しかしどれも決して彼女を真には見ていない。偽りの物だった
彼らは所詮両親へのアプローチをしているにすぎないのだ。彼女はそのダシにされているだけ──
なので、盛大であればあるほど嫌いであった
だからここに来てからは誰にも誕生日は教えていない。少し寂しい気もするがそれでいいのだ
やすりが金属を削る音が部屋に響く。今彼女はアクセサリーを作っていた
この技術はドリムの工房で学んだものだ
先月無理を言って頼み込んで鍛冶技術を教えてもらうことになった
ドリム──彼女はシィホを特別扱いしない。あくまでも弟子として見てくれ時に厳しく、そして実直に教えてくれた──
──それがなんだかとても嬉しかった。それに鍛冶に集中しているときは何故か寒気も忘れられた
ゆっくりとした足取りだが少しずつ技術も学ぶことができた
火と鉄と向き合うことで真の焔についてわかることがあるかもしれないと考えての行動であったが
もはや鍛冶そのものが楽しくなってきていた。高温で赤く、白く光る鉄。素材によって、熱によって様々に姿や性質を変える金属
そしてそれら全てを混ぜ合わせて、新しいものを創造する
ものをつくると言う楽しさが集結していた
修行は大変だが苦ではなかった。もっと、もっと学びたいと思った
「よし、できた。あたしも中々上手くなったんじゃね?」
口調は変わらないが大分柔和な笑顔が出来るようになっていた。勿論人前では無理だが
できた金具と赤い水晶──炎の魔石を組み合わせる。そうしてできた彼女のアクセサリーは自らへの唯一のお祝いのプレゼントであった
「そろそろ行かないと。ドリムさんに遅刻だって怒られちゃいますね」
──真冬の最中。彼女は外に出るともう寒さには耐えられない。今は凍えてしまうと手足の感覚が無くなるようにまでなっていた
だが、自らの望む道へと進みたい……彼女の体は少しずつ凍り付いていくが、決して心の火は消えていないのであった
8.──黄昏歴 1000年 1月
新年が開けて間もない頃の夕刻、いつも訓練に使っている街道沿いにある草原
何度も風を切るワイヤーの音が聞こえる。何度も、何度も、何度も──
「何で、何でよ……! 何でよ! 何で……」
いつもとは違ったでたらめな挙動を描くワイヤー。彼女は焦っていた
手からは血が滲み出し、ずたずたに切り裂かれている。もはやまともに動くかどうかも怪しいくらいの怪我だ
なのに──何で……何で……痛みを感じない?
腕が上がらなくなってきた。まだこの感覚がわかるだけ救いである
彼女の指から先はもうほとんどの感覚を失いつつある
出かける前に入念に暖めれば多少は動く、それで誤魔化している。今までの経験だけを生かして感覚無しで動かしている
手袋をしているのはワイヤーから保護するためでもあるが、このみっともなくも動かない指を、手を見せたくないからでもあった
次第にドリム工房に顔を出すのも辛くなってきた。あんなに優しい彼女に迷惑はかけたくない。だけど──
約束をした。今度一振りのナイフを完成させる、と。自分だけの力で
彼女の非力な、凍り付いた腕ではもはやハンマーなど握れなかった
もう誤魔化すのは無理かもしれない。でもその約束だけは破りたくなかった
正直に言ってしまおうか……それで? だったら何になる?
"わたしは病気だからもう仕事はできません"とでも言うのか? それこそ一番望んでない結果になるのでは?
故郷に居た時もそうだった。こんな落ちこぼれを誰が心配してくれる?
みんな上辺だけのおべっかを彼女にかけているだけだったし、それを当然だと思っていた自分が居た
なんと醜い。昔の自分は嫌いだ。知らないということがどれだけ罪だったか
ショーネの娘と言う価値しかない自分。それを自慢気に振りかざしていた自分。孤立していることに薄々勘付きながらも自分は特別だと思っていたこと
──なんと醜い
……彼女はただの落ちこぼれだった。今より腕力はあったがそれでも他の炎翼より弱く、そして傲慢だった
ダスクウォーカーとしての地位は辛うじて使えた翼火の術と両親の権力によって支えられていただけなのであった
それを知っている他の仲間は彼女を内心では軽蔑し、距離を置いていた
……この街に来てからの彼女は強がっていた。その怒りを振りかざせば皆怯えて踏み込んでこないだろう
そして大人の振りをしていれば皆そう扱ってある程度の距離を置いてくれるだろう
もはや自分がわからなくなっていた。距離を置いていたのは自分だと言うことに気付けなかった
違う、本当の自分は酷く臆病で、嫌われるのが怖くて、それならいっそ誰とも──
「うるさい! うるさいうるさい!! うるさい!!!」
またでたらめにワイヤーを振りかざす。これでは特訓ではなく八つ当たりの様だった
血が飛び散った。自ら放ったワイヤーで自らを傷つけてしまった
「畜生……畜生……強くなりたい……」
もう立てなかった。無様な、心に反応して縮んだ、小さな小さな濁った炎の翼がはためいていた
9.──黄昏歴 1000年 2月
ホテルのベッドの上、まどろみの中
夢を──夢を──見ていた──気付けば自分は炎を纏った不死鳥の姿をしていて……
息を吹けば辺りに炎が広がるし、羽搏けば炎を纏った旋風が舞い踊った
何だかとても気分が良かった。普段の鬱屈とした気持ちから解放されている気がした
ふと見降ろせば人間の街があった。ここで良く知っている街、今、自分が住んでいる街──
さすがに羽搏いて危機が及ぶのはまずいと思った。降りていくと見知った顔達がいる
皆一様にこちらを見ている。視線を感じる
どう? わたしにだってこんな力があるんだ。もっとわたしを見て──
……………………
『この子は病気なんだ』『なんて可哀想な子』
『あの子は普段からああだった』『そっとしておいてあげましょう、可哀想だわ』
こちらを見る視線は羨望では無く、憐みと嘲笑だった
『この季節は辛いわよね』
「やめて……」
『あぁ、シィホは前からそうだったから……』
「見ないで……」
『しほちゃん……やっぱり病気だったんですね……』
「わたしをそんな目で見ないで……」
……………………
目が覚めた。心臓の鼓動が煩いほどに大きく、胸が痛い、そして吐き気を覚えた。胃の辺りが締め付けられるような感覚がある
もう、みんなに隠し通すのは無理かもしれない。だけど嫌だ……今みたいに思われるのがとても嫌だ。すごく嫌だ
ここでの生活は彼女にとってはとても大事なもので。だからこそ壊したくなくて
また昔のように陰で笑われるのも辛くて、避けられるのは何よりも辛くて……
頭がガンガンする。動悸が収まるまで起き上がれそうにない
もう大丈夫なふりして笑うことに自信がない。わたしはいつまで経っても弱いままだ
震えが止まらない。寒い、痛い、寒い……
しばらく眠ろう。ここ最近は寝ていることが多くなった
春になれば暖かくなるだろう。それまで……少しは……皆に……
「皆に……近づけるかな……」
瞼が重くなった。また──あの悪夢が始まる──
10.──黄昏歴 1000年 3月
深夜、ドリムの工房にて
約束を果たさなければならない。もうほとんど体は動かない
最近ではスプーンやフォークですら握るのが苦痛になってきた。手が動かない
それなのに鍛冶をしようとしている、なんて愚かなのだろうか
だけど、それでも……やらなきゃいけない
──初めてドリムの工房に訪れたのは、炉の炎が目当てだった
真の焔とは何かわからず、とりあえずは強い火のあるところを探ろうと考えて街で一番有名な鍛冶工房に向かったのだ
そこに居たのは自分より小さな少女で、最初は面食らったが作品を見るうちにその不安は消え去った
彼女は本物の鍛冶師だった。街の為に、そして己の為に、そして鉄の為にその鎚を振るっていた
──羨ましいと思った。自分は手先が器用で、何をしてもある程度はできてしまうが、長続きはしなかった
だからこそ、純粋にその作業に打ち込める姿にあこがれを覚えた
作業を見学させてほしいと言う名目で炉を見せてもらうことにした
……しかし、悪い癖が出てしまった。火を見つめているとぼうっとしてしまい、そしてその火に触れようとする悪い癖が──
『っ!?ちょ、まちなさい!!火傷するわよ!』
彼女の声で目が覚めた。本気で心配され、そして呆れられた
だけど何故か、申し訳なくても……嬉しかった
その日は逃げ帰るように去ってしまったが、次にまた来ることになる
武器が欲しかった。これまでの依頼では翼火の術しかまともに使えず、足手まといだったのだ
だからせめて何か近接武器が欲しくて……軽くて扱いが難しいが使いこなせれば強力な物
ワイヤーが浮かんだ。しかしそれを鍛冶工房に頼んで出来るものなのだろうか
でも何故か確信があった。ドリムなら出来ると……
向かった先で彼女は快く了承してくれた。少し金額は張ったが問題ない
更には近接用にも使える投げナイフまで売ってもらえて満足だった
彼女は期待以上に答えてくれる。それが嬉しくもあり、羨ましかった
何よりも──彼女の作る作品に目を奪われた
普段見る高級品などの煌びやかな見た目では決してないが
その質実剛健とした形、機能美、そしてその決して裏切らない性能
まるで彼女の性格が透けて見える様で、少し楽しかった
自分も物を作れるのかと少し思った。真の焔を探す旅、それはまだ終わっていなかったが
鍛冶に興味があった。鉄を熱していけば白く光る、そこに真の焔へつながるヒントがあるとも思ったが……
何よりも彼女の作品に憧れ、そして……彼女の存在、在り方に憧れた
アキベドルの遺跡で出会ったガムルと言うドゥエルガーの男。彼も鍛冶師だった
"鉄と向き合う事で見えることもある"
彼はそう言った。だから──
ドリムの工房に弟子入りを志願した。彼女ははじめ困惑していたが、事情を話せば了承してくれた
勿論彼女の仕事の邪魔をすることはない。合間に少し教えてもらうだけで十分だった
ドリムは時に厳しく、そして実直に、優しく手ほどきをしてくれた
何も知らなかった自分に一から教えてくれた。技術だけでなく、知識や心構えも
その空間が心地よかった。鍛冶場の暖かな空気も好きだったがなによりも……
彼女の期待にこたえなければ、と思った。せめて何か成果を上げたいと……
しかし、少しずつ病状が進んでいた。段々重い荷物が運べなくなっていた
誕生日に彼女がプレゼントをくれた。大嫌いだった誕生日に……
初めて、シィホ個人を見て、祝ってくれた。とても、とても嬉しくて……
つい泣いてしまった。みっともなかった。だけど彼女は優しく自分を撫でてくれた
その日にはドリムの家で夕食を食べた。作り過ぎたと言っていた煮物は暖かく……体の寒気が少し取れた気がした
その時に貰ったプレゼントである髪留め──それをシィホは一度も手放さない。大事に身に付けているのであった
──深夜の工房、きっと彼女は寝ているだろう、作るなら今しかない
「頑張らなきゃ……絶対に、絶対に完成させるんだ……」
彼女の期待は決して裏切りたくない、どんなことがあっても約束だけは守る
一振りのナイフを作ると約束した。技術で言えば初心者を抜けた初級レベルのものだ
だけど今のシィホにはそれすら難しかった。もう手が握れない……鍛冶の鎚など握れるはずもない
──だから縛った。自分の右腕に布を巻き付けて、そこに鍛冶用のハンマーをしっかりと、しっかりと巻き付けて、血が出るまで縛り
決して外れないように──辛うじて動く腕だけを頼りにナイフを叩き始める
……痛い、寒い、痛い……まともに振るえるはずもない
だけど、何度でも何度でもやるしかなかった──それ以外、彼女の期待に応える方法が無かった
いや、違う。これは一人よがりだ。いつもの空回りだ、だけど、だけどわたしはこの方法しか知らない
──痛かった。辛かった、投げ出したくもあった。だけどそんな思いは振り切れた
彼女が、彼女が好きだから、彼女との師弟関係を大事にしたいから……
彼女との友情を……壊したくなかったから……!
歯を食いしばり布を引っ張り、そして涙が金床に落ち、蒸発した
何度でも──何度でも叩いてやる。彼女の期待に応えるまで……
…………
──結局ナイフは完成しなかった。
だけど約束をした。いつか立派に鍛冶技術を身に付けて──その時には
師弟関係を超えて、友達として付き合ってほしいと。そう約束をした
「ドリムちゃん……また、いつか……きっと……」
彼女がドリムのことを友人として見られるようになるのは──もう少し先の話であった
11.──黄昏歴 1000年 4月
依頼から帰る際、とあるホテルでの一室、暖炉前
正直、自分の事が怖い。あの一件以来自分の中に何かもう一つの人格があるように思えてきた
アキベドルの遺跡にて、炎を纏った怪魚、マグマサーペントに出会った
そこで彼女は……その怪魚の熱を喰らい、その身を八つ裂きにして、そして炎までも喰らったのだ
その時の記憶は曖昧であるが、酷く残酷で、恐ろしい事をしたと思いだせる
確かに今は炎を喰らったことによって症状は緩和している
多少ではあるが物を掴めるようになったし、寒気も以前より感じなくなった。それでもまだ耐えられるものではないが
……自分の中には二つの心があると思っていた
炎翼特有の粗野で乱暴で、里に居た頃のわがままな……"あたし"と言う存在
この街に来て、大人を、冷静な自分を装い、偽りの仮面を被った"わたし"と言う存在
どちらも偽物だったのだ。"あたし"はただ、ショーネの家の娘という肩書にすがっていただけ、名前負けしないように頑張っていただけ、空回っていただけ
"わたし"はただ、嫌われることが、孤立することが怖くて、気に入られようと取り繕った自分、空回っていただけ
本当の"私"は……わたしは……
何に対しても怯えていて、人と違うと言う事が怖くて、嫌われることが怖くて、空回っていてもいい、ただ……
ただ……寂しさを紛らわせたかっただけ、人に甘えたかっただけ
なんと愚かで醜い存在なのだろう。病気と言う事に甘えて、優しくしてくれた人を利用して……
浅はかで、醜くて、愚かだ
自分でどうにかしなければならない。そう思ってたどり着いたあの遺跡、それであの一件……
まだ知らぬもう一つの自分が怖い……何であんなにも残酷に生き物を死に追いやられたのだろう……そして……
何で、何であんなにも快感を得たのだろう……なぜ、炎が愛おしく、美味に感じられたのだろう……
わたしは弱い、知っている事。わたしは弱い
だから、いつかはあの自分に負けてしまうかもしれない……
その前に手を打たなければ、わたしが、わたしらしくある為に……
だから、少しだけ、自分を律しよう。子供になるのを辞めよう。大人になろう……
──暖炉の炎で手を炙ってみた。恐ろしいことに全く熱くなく……心地よかった……恐ろしい……
……………………おそろしい
12.──黄昏歴 1000年 5月
しばらくの代金を前払いした貸し工房、アトリエにて
ガムルに貰った入門用の鍛冶具、これらを使い指輪を作ろうとしていた
以前より炎を、熱を喰らい力を取り戻した。今ならいけるはずだ──
精霊銀やセラファート鋼などの希少な素材を個人依頼を通して一通り集めてみたが……
「やっぱりこれくらいでいいかな」
プラチナのインゴットを取り出す、それをプレス用の機械に入れ、ハンドルを回す
棒状になった。それを……
「今日の体調ならいけるはず……」
翼の炎が大きく揺らめいた
翼から伸びた一筋が手に持ったバーナーに吸い込まれた
少しのけだるさを感じた、生命力がすり減ったのを感じる
バーナーから黒い光が発せられる、プラチナが熱せられて赤く光っていく
巣抜きの作業である、温め、叩き、温め、叩きを繰り返して鍛造していく
赤いうちに叩かねばならない。ハンマーを持つ手が震えた
緊張しているせいもあったが……ハンマーを握ると思い出す
──弱かった自分を、情けなかった自分を
決して今が誇れる状態だとは思っていない、だけど
過去が邪魔をする。記憶が邪魔をする
未来へと進もうとする自分の足枷となって……
忘れるために、ただ、ただ叩いた。腕が痛む
やはり自分は弱い、力が無い。どうして、強くなれない。何で、上手くやれない
失敗が怖い、逃げ場を作っている自分が怖い、わからないことがあると言う事が怖い
……人から嫌われるのが怖い
友人を作る為に、少し努力をした
見知った顔に挨拶して、仲良くなれないか、努力した
努力した。それが何だと言うのだ……そんな指摘が聞こえた気がした
頑張ったから褒めてほしいとか、努力したから結果が出るとか
そんなはずは無いのだ。友人にしても作る為に努力をするなんぞおこがましいにも程がある
自分は変われたのだろうか。違う──変わろうと努力しているだけ
未だに変われない、この酷く醜い性格から……
過去が、記憶がまとわりついて来る……
傲慢な考え、我儘な考え、それで過去に里の人間に嫌われたと言う事実
未だに縛られる。抜け出せない……辛い思い出
そうか、過去の自分はこの思いを誤魔化すために強がっていたのだ。自分を曝け出すと言う事はこれらとも向き合わなければならず……
この街の人達はみな優しい。だからこそそこに甘えて、付け入ってしまう自分が出来てしまう
どうすれば良い? どうすれば皆と対等に……同じ位置に立つことができる……?
──失敗した。酷く変色し、使えなくなったプラチナだったものがあった
失敗した理由は分かっていた。うすうす失敗することもわかっていた
だからこの素材を選んだ。逃げ道を作っていた……酷く無様だ
未だに変われなかった。大嫌いな自分から抜け出せずにいる少女の姿がそこにあった
13.──黄昏歴 1000年 6月
山岳地帯、火山の火口付近にて
──抑えられない、衝動が、抑えきれない
この手が、この爪が、この口が、この牙が……炎を、熱を求めている……
足りない……足りない……
──とある地質学者からの依頼、その内容は
『火山の調査を行いたいが火口付近には炎の精霊、フレイムエレメンタルが大量発生しているので行えない。駆除して貰いたい』
そういった内容の物だった
4人でパーティを組んで、中衛を担当した。以前より猛特訓した分、ワイヤー術も上達しており
投げナイフもこの間のガムルの強化によって殺傷力を増していた
程なくして粗方の魔物は駆除され、地質学者が調査に行けるくらいの安全度になった
残りの3人は共に帰ろうと行ったが自分は調査があるとの名目で残ったのであった
──本当は調査じゃない。熱を喰らいたかったのだ
以前より寒気はどんどん減っている、それは喜ばしい事だったが新しい問題が発生した
いくら食べても足りないのだ。炎が……熱が……もっと必要だった
またあの辛い寒気が来るのが怖い……もうあんな思いはしたくない
そんな気持ちは確かにあった。その症状を緩和させるために発見した炎喰らいの能力……
炎を喰らえば確かに発作は抑え込むことができる
しかし、しかし……食べれば食べるほど足りないのだ。もっと、もっと欲しい──
以前見せたまるで自分ではないもう一つの存在、性格……それが膨れ上がっていた
炎を、熱を喰らうためには手段を選ばない。抑え込むのがやっとで……
その為にこの依頼を受けた。そしてここに居る。そして──
フレイムエレメンタル。この地には高品質の火石があり、それを核として空気中の魔力と少量の生物の思念が合体して生まれたもの
限りなく魔法生物に近く、その意思や行動も機械的で火山の溶岩に含まれる物質と酸素と、火を糧にする為のルーチンを取っている
外敵が現れればその炎の体を燃え上がらせて威嚇するだけの魔物である
知恵は低いが炎の体を持つため、危険性は高く、また稀に上位の精霊に進化する個体も居る
──それら全ては彼女の餌となった
この一帯のフレイムエレメンタルは全て彼女によって食われた
彼女は今、火口内部でフレイムジンを喰らっている。溶岩の体からなるフレイムエレメンタルの上位体だ
──美味しい……炎が、熱が、こんなにも美味しいと感じるなんて──
今は止まらない、止めることなど……もうできなかった
「美味しい……」
嫌だ
「もっと頂戴……」
助けて……
「……もっと食べさせて」
誰か……誰か……
今はこの衝動が収まるまでこの体の自由を取り戻すことが出来なかった
冷たく恍惚な表情を浮かべる"ソレ"はシィホでもエンクでも無い……"何か"であった
怖い……いつかはこの精神を支配されそうで……怖い……
今は魔物が捕食の対象だがそれが人に、友人に……変わってしまうのが怖い
友人に触れる度、肌が重なる度、その温もりに安心と……飢えを感じる自分が怖い
どうすれば良い……どうすれば……!
嫌だ……嫌だ。皆の所に帰りたい……!
少しだけ、体が動いた。自分の意思で……なら、迷う事は無い
手に持ったナイフを、脚に突き刺した。電気が走るような痛みが来る……
目が霞む……だが体はもう自分の物になっていた……これで良い……
しばらく眠ろう……ここは心地が良い……心地が……良い……
「『おやすみ……フレイムイーター』」
何人もの声が重なったような不気味なもの、意識を失う前にそう聞こえた気がした
14.──黄昏歴 1000年 7月
幕間──彫金師シロンの物語1-1
今わたしはとある街の外れまでやってきている。依頼の為だ
鬱蒼と生い茂った庭園を抜けて家の前に立つ、亜麻色の壁が落ち着いた雰囲気の大きな屋敷だ
呼び鈴を鳴らせばメイドが出てきて依頼主の所まで案内してくれるそうだ
こんな街中で依頼? 討伐や護衛なのだろうと思われるが違う、今回の依頼は──
「ようこそおいで下さいました。貴女が彫金師のシロンさんね?」
「思ってたよりお若いのね。その歳で仕事をしているなんて立派ですわ」 --
イライザ
?
──彫金師としてのものだ
「ええ、彫金師のシィホ・シロンと申します」
依頼主の名はイライザ。熟年の女性で先日夫に先立たれた
大きな屋敷を進んでいけば至る所に荷物をまとめた形跡がある
「もう息子と二人っきりですもの、このお屋敷は大きすぎるから引っ越そうと思いまして」
「着きました。ここですわ、ここが夫の書斎です」
冒険者としての傍ら鍛冶師として仕事をしていた
しかし、鍛冶は非力なわたしには中々身につかず、手慰みに始めた彫金が少しずつ評価されて今に至る
この依頼は普段使っている高級ホテルの客の知り合いの紹介で受けたものだ
「散らかっていてごめんなさいね。あの人、ここには掃除をするメイド以外誰も入れませんでしたから……」
彼女はゆったりと歩きながら机の上に置かれた一本の万年筆を持ってきた
「これですわ。これが夫の遺品、そして修理して欲しい依頼の品ですわ」 --
イライザ
?
手渡されたそれは年季の入った万年筆で、胴軸に豪華な金細工の装飾が入ったものだった
「確かに所々装飾が欠けていますが、これを本当に直してもよろしいのですか?」
「こういったものは傷や欠損も故人の思い出だと思うのですが」
「ええ、構いません。それは主人が一番大事に使っていたものですから」
「どうせなら綺麗な状態にして持っておきたいのです」
「わがままかもしれませんが、私が主人にしてやれることはそれくらいで……」 --
イライザ
?
突然部屋のドアが大きな音とともに開け放たれた
「そんなもの要らないよ。あんたが依頼を受けた彫金師ってやつか」
「何だ、ただのちっちゃいガキじゃないか。母さん、うちにはこんなのを雇う金しかもう残ってないのか?」 --
ヨシュア
?
「こらヨシュア、シロンさんになんてこと言うの! 全くこの子は……」
「ごめんなさいね。ヨシュアは私の息子なのですけれどご覧の通りでして……」 --
イライザ
?
昔の自分ならばすぐに怒っていただろう。だが今は違う、依頼の手前もあるし……
実質そうだったから。わたしは鍛冶ギルドを通した正規の依頼できたわけではない。あくまで個人的に受けた依頼なのだ
最近ではギルドの人間も人手不足で、少し大きな討伐依頼があるとその依頼に向かう冒険者の武具の作成等で少ない人員が更に不足する
こういった細々とした依頼は新人か、こうして個人を通しての物が多いのだ
「俺たちをほったらかして部屋に閉じこもってたやつの物なんてもう要らないよ」
「この屋敷もさっさと処分して、母さんと二人で静かに暮らすのが一番だ」 --
ヨシュア
?
ヨシュアと名乗った彼は二人の息子で、年齢は17。
遅くに生まれた子供らしくどうやら幼少期は厳しく育てられたらしい
「ヨシュア、いい加減になさい。トーマスが亡くなったのも私達の家計を支えるために必死で作品を……」 --
イライザ
?
「そんなの今は関係ないだろ。死んでしまったら何にも意味が無いんだ!」
「あいつは母さんと俺の事なんて……どうでも良かったんだ!」
そう行って彼は飛び出していってしまった…… --
ヨシュア
?
「ご迷惑をお掛けしてすみませんね……あの子も昔はああじゃなかったのですけれど……」 --
イライザ
?
彼は遅くに生まれた子ということもあり、幼少期は大事に育てられたらしい
そして作家である父のもと、厳しい教育を受けてゆくゆくは医者の道を志していたらしいのだが……
「あの子、本当は他にやりたいことがあったみたいで……」
「あんなに好きだった学校も余り行かなくなって、今では自室で何かしているみたいなんです」
「私は息子の事もありますし、この屋敷を引き払って二人で慎ましく暮らしていこうかと……」
「その為にも主人との思い出……主人が一番大事にしていたこの万年筆を持っていたいのです」 --
イライザ
?
「お気持ち、お察しします。ではこの依頼、お受けいたしますのでこちらに……」
……………………
そう言って受け取ったこの万年筆。確かに立派な装飾が付いているが、それを復元するにはどうしたものか……
「それに、少し気になることもありますね……」
そうだ、彼女に頼んでみよう。早速わたしは手紙を認めて小包とともに万年筆をとある人物のもとに送ることにした
(貸し工房内にて)「さてと……どうしたものですかね」
とある人物、彼女の友人に依頼をして、その後戻ってきた胴軸。状態はあまり良くない
かなり使い古されているのか豪華だと思われる装飾も細かな傷がたくさんあり、模様の先端部分が幾つか欠けている、材質は金だ
仕事用にしては高価過ぎる気もするが、普段から気に入って使っていたのだろう
手入れはされていたらしく、使い古されているといったが乱雑に使われた様子はなかった
翼の炎で装飾の破損部を温めていく、柔らかくなった所をピンセットで引き伸ばし、欠けを修復していく
研磨剤を使い、傷のある部分を丁寧に磨き上げて汚れを特殊繊維布で落としていく
手順といえばこれだけなのだが、ものがものだけに細かい作業が続き、集中力も要求される
だが……どうしても、どうしても直さなければならなかった
あの想いを聞いてしまったからには──
15.──黄昏歴 1000年 8月
幕間──彫金師シロンの物語1-2
うだるような暑さの中、彼女は汗一つかかずに旅路を急いでいた
早く届けなければ。早くこの"想い"を伝えなければ──
「おやまぁ、どなたかと思えばシロンさん。もう修繕は終わったのですか?」 --
イライザ
?
「ええ、終わりました。早速お渡ししたいのですがその前に……」
「? 息子のヨシュアに何か……?」 --
イライザ
?
……………………
以前のように亡きトーマスの書斎に集まった三人。早速包みを渡して本題に入る
「まぁ……凄いですわ。こんなに立派に復元していただいて……
これで、夫も浮かばれるでしょうし、わたしもこれからこの万年筆を夫だと思って大切にいたしますわ」 --
イライザ
?
「ふん、死んじまったら元も子も無いだろう。あんな薄情者の物なんてさっさと処分しちまったら良かったんだ」 --
ヨシュア
?
「……その薄情者のトーマスさんから、手紙を授かっています」
「それは……一体どういうことです?」 --
イライザ
?
「騙されるなよ母さん。このマセガキはデタラメ言ってうちの財産を掠め取ろうとしているのかもしれないぜ」 --
ヨシュア
?
「ヨシュア、止めなさい。シロンさん、詳しく伺ってもよろしいかしら?」 --
イライザ
?
「……わたしの友人に物に籠められた想いを読み取る能力を持つものが居るのです
彼女に頼んで彼の……トーマスさんの生前の想いを聞いて、手紙にしてまいりました」
「主人の……? あぁ……お願いします……どうぞお読みください」 --
イライザ
?
(眉間に皺を寄せて腕を組み黙っている) --
ヨシュア
?
「二人とも、すまなかった。何分急なことだったので遺書なども残せず申し訳ない
私は駄目な夫だった。そして駄目な父親だった。許してくれとは言わないがここに、この少女に全てを話そう
イライザ。お前は私に良く尽くしてくれた。私が売れなかった時もずっとそばに居てくれて
生活のこともあったが、精神的な面でどれだけ救われていたか。計り知れないよ
子供は一人、ヨシュアしか生まれなかったがそれでもお前は育児に関して一つの不満も漏らさずヨシュアを愛してくれた
辛い日もあっただろう。泣きたくなることもあっただろうに、私に負担をかけまいと頑張ってくれていた
それを知っていたのに、甘えてしまった私は、やはり駄目な夫だな
それでも、お前に逢えて良かったと思っている。お前が居てくれなければ、私はここまでやってこれなかっただろう
愛しているよ、イライザ」
「あぁ……あぁ……トーマス……私も愛しています……良かった……その言葉が聞けて良かった……」 --
イライザ
?
「ヨシュア。お前には謝らなければいけないことが沢山ある
私はお前を確かに愛していた。だから立派になって欲しかったし、医者か弁護士になれるように勉強を強いてきた
それがお前のためだ、お前にとっての幸せになるんだと信じていた
だが違った。お前には夢があったんだな
思えば私も作家としての道を歩む前は挫折の連続だった。金があることが、ちゃんと安定した収入を得ることが幸せに繋がると、そう思っていた
成功してからも、お前たちに不自由のない生活させしてもらっていればそれで良いと思って居たんだ
私は駄目な父親だ。お前が勉強をせずに何かに打ち込んでいたことは知ってたが
医者になることが幸せの近道だと思い、厳しくしてしまっていた
そしてお前は私を嫌った。それに関してはしょうがないと思っている。謝っても許してはくれないだろう
だからせめてもの罪滅ぼしに、お前たちの生活だけは苦労させまいと仕事に打ち込んできた
これも……間違いだったんだな。お前には寂しい思いをさせてしまった
だが気づいたのはこんな姿になってからだ。本当に……本当にすまないヨシュア
もう一度言うが許してくれとは言わない、でもこれだけは聞いてくれ
お前の母さんにはもうお前しか居ないんだ。だから支えてやってくれ、私の息子だ。お前なら出来る
気丈に振舞っているがイライザも女だ。私が居なくなったら誰かが支えて無ければならん
……そして、今度こそ夢を追いかけてくれ。愛しているよ、ヨシュア、ずっと……ずっとな……」
「…………………………
……今更なんだって言うんだよ……ちくしょ……くそっ……
俺だって、俺だってなぁ! あんたに憧れてたんだよ……作家に、なりたかったんだよ!
ガキの頃聞かせてもらった話が親父の考えた話だなんて知らなくて、凄く楽しくて……
俺もあんな風に物語で人を楽しませたい、この気持を共有したいって、そう思ってたんだよ……」 --
ヨシュア
?
「ヨシュア……貴方そんな事を……」 --
イライザ
?
「勝手に居なくなりやがって、これじゃあいつまでもあんたの事追い抜けねぇじゃねぇか……っ!
……見てろよ、親父。母さんは絶対もっと幸せにしてやるから
俺の……大切な家族だから」 --
ヨシュア
?
………………
後日報酬とは別にお礼がしたいと言われ屋敷に向かった
「確か……引っ越しなされるのでは?」
「ええ、そのつもりだったのですが……」 --
イライザ
?
「取り消したよ、シロンさん。俺がこの家を守る。そう決めたんだ
母さん、ちょっと手伝ってよ。屋根裏の荷物が結構くせもんでさ」 --
ヨシュア
?
「はいはい、ちょっと先に行っててちょうだい
……シロンさん。本当にありがとうございました。私も最後に夫の言葉が聞けてよかった
これからあの子もきっと立派な作家になるはずですから、先に貴方にパーティに付けていくネクタイピンを作ってもらおうかな、と思いまして……
その時は先に予約、出来ますでしょうか……?」 --
イライザ
?
「勿論ですよ。きっと暇でしょうから」
そう言って照れちゃったけれど、小物の作り方はまだ覚えていないわたしが居て……
その後友人を連れて旅行に行くことになったのはまた別の話……
16.──黄昏歴 1000年 9月
ホテルのバスルームにて
入浴を終えてタオルを体に巻く、髪を拭いて……その表情はどこか陰りがあった
心配事は沢山あった。友人のこと……そして自分の体の事……
明らかにおかしい。もう三日も何も口にしていない。だけど熱さえ貰えば空腹は感じないし、体も動く
異常なほど体重が減ったのに見た目は変わるどころか、所々成長している
衝動は以前より抑えられるようになった。彼女を……ビエネッタの血肉を喰らってから
未だに胸が痛む、自分の衝動を抑えきれず友人を傷つけ、あげくには殺しかけたことを……
どうやって償えばいい。彼女は自分は不死身だから気にしなくていいといったが……収まりがつかない
何かやるせない気持ちがあった。いっその事憎まれたほうが良かったとも思える
結局、自分を許さないことによって罪悪感をちっぽけなプライドで律するしか無いのだ
もう、どうでも良かった。やけになったわけでも無いが、自分の体の事より優先すべきことが沢山あった
カーネルのこと、彼女の枯れゆく命を救うにはどうすれば……
考えついた結果があれだった。アキベドルの遺跡、中層にて炎龍を殺し、心臓を得ること
炎龍の心臓は上質な魔力の結晶、力には力をぶつけることによって花を枯らすことが出来ないかと考えた
問題は……炎龍をどうやって殺すかだ。幸い体質のおかげで炎は無効化出来る
しかし、それでも龍の爪、牙は自分にとっては恐ろしい凶器だ
……死ぬかもしれない。だけど、この体質を放っておいてそのまま死ぬよりは百倍もマシだ
ようやく炎翼として、友の為に命を賭すことが出来る
自然と胸が高鳴った。さて、対策はどうしようか──
裸体が姿見に映った、足先と手先が朧気に透けている
熱が足りないと視覚的な実体を維持できなくなっている。やはり手袋とタイツをつけなければいけないと思った
「もうちょっとだけ持ってください。わたしの体──」
──少しだけ体が震えた。早く服を着なければならない
17.──黄昏歴 1000年 10月
ホテルの自室、ソファの上にうつ伏せに寝っ転がって
──感情が、希薄になっていく
最近何をしても楽しむことが出来ない。食べ物の味も塩辛いかそうじゃないかくらいしかわからない
周りの人間が眩しく見える。そして自分には酷くそれが辛いことに見える
この気持ちはなんだろう。今までどうにかやってきたのに急にどうでも良くなってしまった
何故? 自分の体のことが不安だから? 周りの人間の明るさと自分を比べてしまうから?
死ぬことはもう怖くない、きっとこのまま放っておけば自分はどうにかなって、おかしくなって死んでしまうのだろう
感覚でわかった。でもなぜかそれを傍観している自分が居た
どうにかしたくて焦って空回って、誰かに助けて欲しいという気持ちと
それよりも人に尽くして生を全うしたいという気持ち
──その感情のせめぎ合いにもう、疲れた
死に、抗う人達がいる。死を受け入れる人が居る
自分はどちらにもなれなかった。ちっぽけで、醜い存在
助けを求めても誰も助けてはくれないことも知っている
そうやって人を信じることのない人間が誰に好かれることがあるのか
きっと皆上辺だけで接するわたしの事を見透かしている
だから、きっと……これからも……
慣れない笑顔を作って、空元気のままやっていくしかないのだ
色々なことから目を背けて、これからも逃げ続けるしか無いのだ
……こんな人間、こんな自分なんて居なければよかった
嫌われる以前に、誰もわたしを見てくれないのだ。そしてそれは自分の責任……
この世界に自分が生きてて良いと……誰か認めて欲しい……
誰か……誰か……
酷く瞼が重い、恐らく眠いのだろう
目を閉じれば嫌な事ばかり浮かんで一時間も眠れない。だけど眠らなければ動けないから瞼を閉じる
もう少しだけ眠ろう……起きたら、全てが良くなっている。なんて甘い考えに期待して……
誰にも救いを求めることの出来なかった少女の体は、ゆるやかに……まどろみの中へその心を闇へと閉ざしていった
18.──黄昏歴 1000年 11月
貸し工房、炉の目の前にて
炎を見ると血が騒ぐ、熱を、炎を渇望してしまう自分がいる
だけどそれじゃいけない。それじゃあいつまでも強くはなれない
友人を裏切ることだけは出来ない。自分を必要としてくれた人達を裏切ることだけは出来ない
もうずっと炎を見つめている。今すぐ熱を喰らって楽になりたい。だけど駄目だ
この訓練が終わればまたいつも通り皆と同じ世界に立つことが出来る……こんな自分でも必要としてくれた人がいる世界へ……
だからこれは苦しいけれど乗り越えないといけない試練
理性が衝動を抑えこむ……その為にこうして……自分を縛り付けて炎を見ている
今の自分が醜い姿になっているのがわかる、牙が爪が、今にも暴れだしそうで……
しかし、これはわたしが次に進むための第一歩……もっと耐えなければ……
耐えて、耐えて、耐えぬいて……そこでようやく、皆と肩を並べて歩くことが出来る
……椅子が倒れ顔を床に強打した、反射で涙が出て視界が霞む
でも……不思議と晴れやかな気持ちだった……このまま気を失えば、丸三日我慢したことになる
「皆、待っててください。わたし……耐えぬいてみせますから」
途中で縛り付けていたワイヤーが解けたが、それでも耐えることが出来た
──もう少しだけ、この世界に居ても良いと許された気がした
19.──黄昏歴 1000年 12月
ホテル内、自室にて
目の前にはケーキ、ルームサービスで頼んだもの
ろうそくを16本立てて、火を点ける
……何だか笑えてきた。自分で自分を祝うのは初めてかも知れない
誕生日なんて大嫌いだった。一年前の、あの日を迎えるまでは……
彼女の誕生日は12月11日。だけど誰にも言ったことはない。だから誰も知らない
でも、彼女だけは知っていた。冬に生まれた、と漏らしたのを覚えていたのかもしれない
この一年、大事に大事に使ってきた髪飾り、鳥の羽を象った手作りのもの
これを身に着けているだけで彼女を感じることが出来た。未だに隣に立つことが出来ない、偉大な存在──
会おうと思えば会うことは出来た。でも、いつか一人前の彫金師になってからの方が良いと思った
鍛冶師を目指していたが道が変わったことも伝えたかった
本当は色々話したいこともあるだけれど……
まだ今はその時じゃない。今はまだ──
「ハッピーバースデー、わたし。なんてらしくないですね」
苦笑しながらろうそくの火を吹き消すのであった
20.──黄昏歴 1001年 11月
───不明
確かに感じる。この身に宿る大いなる炎を──仲間の力を
真の焔は未だに見つからないが、この温もりは決して忘れないだろう
そして……次の戦いで全てを出し切って……そして消えよう
ほとんど精霊と化したこの身、純粋な熱。消費すればするほど身体が消えていくこともわかった
だが、彼女には悟られてはいけない。きっと悲しませてしまうから……
大切な……大好きな親友。そして、助けたい、大事な仲間。そして……いつかどこかで巡り合う仲間
わたしの物語はここで終わってしまうかもしれない。だけど、傍らにいる皆には……笑っていて欲しい
いつもは怖くて怯えて、仕方がないくらいだけど。今は大丈夫
誇りを、矜持を……この身に携える。さぁ、行こう。わたしはわたしである為に
身勝手だけれど、この身を捧げよう
みんな──大好きだよ
21.──黄昏歴 1002年 5月
───不明
此処は……どこだろう……深い、深い、闇の中……
目の前に居るのは大切な仲間達。かけがえのない友人達
それらが無残にも蝕まれていく、自らは何もできず、ただそれを見ているしか無い……
幾度となくそれが繰り返される。もう止めて……お願いだから……
きっとこれは自分に対する罰なのだろう。身勝手な行いで皆に迷惑をかけた報い……それを甘んじて受け入れるしか無い
でも、それでも……大切な人を傷つけるのだけは止めて欲しい
植物の翼を持つ大切な友人。彼女が火口に身を投げて燃え尽きていく姿が幾度となく繰り返される
「もう……やめて、にこちゃん……やめて……」
お願いだから……あの子だけは傷つけないで……
もう、彼女の精神は、大切な人を守れなかった事の後悔の気持ちと、懇願する譫言しか浮かばなかった
──少しずつヒビの入った心に、黒い闇の幕が降りようとしていた
22.──黄昏歴 1002年 9月
ササキの長屋、ゲルニコの部屋にて
長い夢を見ていた。とても辛い思い出を……
でも今は違う。確かな現実がそこに有る
隣で眠っている少女がいる。自らのことを顧みず、この生命を救ってくれた大切な人……
彼女の為ならなんだって出来る。でも……それは以前の様な身勝手な自己犠牲じゃない
二人で歩んでいくんだ。少しずつで良い。ただ確かに一歩ずつ……
真の焔は見つからなかったけれど。未だに寒気は襲ってくるけれど
それでも良いんだ。わたしにとっての焔は……
彼女の傍にいると凄く安心できて……落ち着く
まだ朝を迎えるには早い、もう少し彼女の傍で眠ろう。とても暖かな温もりを感じて
23.──黄昏歴 1003年 6月
(シロン彫金工房、シィホの私室にて)
彼女と共に暮らしてわかったことがある、やはり彼女は眩しい
純粋な力、純粋な心、そんな清らかな魂の側にあればあるほど……憧れてしまう
いつになれば彼女と同じ場所に立てるのだろう。いつになれば彼女のように大きくなれるのだろう
森翼──樹翼の中でも選ばれたごく少数の存在しかなれない。覚醒──彼女は生死の狭間を超えて、わたしを助けるためにその力を遺憾なく発揮した
わたしは……炎翼だ。ただ燃えているだけ、いつ燃え尽きるかわからない翼……
大いなる生命の営みが内包された森、その翼に比べればこんなもの、ただの火の粉にすらならないのだ
彼女の力があったからこそ今の自分がある。それには感謝してもしきれない。一生かかっても尽くしていくつもりだ
だけど……いつかは……いつかは彼女と同じ場所に立ってみたい。そして……肩を並べて…………
「もう、こんな時間か。朝ごはん作らなきゃ」
「まだ起きてないんですかにこちゃん、しょうがないですね……」
──いつか正式に彼女に認めてもらえるような存在になりたい
Last-modified: 2016-12-08 Thu 10:34:09 JST (2689d)