そんな!? 説明は!?
- ア・プレイス・トゥ・フォージ・ブレイブ #5 --
- ◆前回のあらすじ◆
ドワーフの王国で秘匿・放棄されていた巨大な鍛冶場で秘密結社『黒十字』は竜の時代を生きた古の劫火龍「アシャーダロン」の復活を成功させた。 共に黒十字を追ってきたドワーフ達と共闘したナイトフォールはその心臓を破壊することでかろうじて討伐に成功する。 激戦の果てに満身創痍になってしまったナイトフォールだが、休む間もなく逃走した生き残りを追うべく坑道を駆け抜けて地上へ飛び出したのだった。 --
かつて第二次人魔大戦の時代、ドワーフの王国には勇者の剣を作った特別な鍛冶場があった。 ドワーフが主に奉じる神たるミネラとダリオンに祝福され、極々珍しい事にエルフとの共作で作成された場でもある。
それから数百年の時間が経った今では、この鍛冶場の存在は当代のドワーフ王『鋼鉄の』ドゥースタリや聖剣の製法を知るごく一部にのみにしかその存在が知られていない。 それ故に厳重な警備をすること自体がその場所を明かしてしまうとされ、表向きは放棄された鍛冶場としてひっそりと秘匿のみがなされていた。 --
その場所を暴いた者達がいる。ミネラの大神殿から巫女の秘儀を盗み出した秘密結社「黒十字」である。 秘密結社「黒十字」の四司祭の一人、『人竜』アルトバロンはこの鍛冶場で太古の火竜「アシャーダロン」を召喚せしめたのである。
『おのれ…貴重な触媒を使い果たしたというのになんたる結果だ…! 総統に顔向けできん…!』
かの火竜の力をもって結社の目的に一歩近づくはずであったが……古き龍の力は凄まじく、支配の魔術に抵抗して暴れ始めたのだ。 その結果、ドワーフ達に気付かれた挙句に謎の黒騎士まで現れた。 果てには、あろうことか火竜を討伐された挙句に配下である結社の構成員も皆殺しにされてしまったのだ。 結社の中枢幹部であるアルトバロンは転移術によって地下王国から地上への脱出を試みるしかなかった。その目論見自体は成功したのだが…… --
時刻は深夜。天から降り注ぐバロネールの視線を天なるイグィンの気まぐれな風が覆い遮った。 満月を雲が遮り、辺りは星明りもない暗闇に満たされる。 一片の光も差さぬ荒野をアルトバロンは魔術と背の翼で低空飛行する。暗視が出来るこの男にとってはこの闇は味方だった。 儀式で大量の魔力を消費したものの、組織の潜伏場所までの短時間に飛行する事は彼にとっては容易い事である。転移魔術では転移対策済の潜伏場所に近づけないので再度の転移はできなかった。 このまま逃げ遂せると思われた……その時!
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- 『何者だ!?』
アルトバロンの行く手を炎が照らす。神が逃走のために与えた夜の帳を切り墜とすかのように。 気付けばアルトバロンの周囲には円形の炎の壁。炎でできた処刑場は全周を取り囲み逃げ場を奪っていた。 止まったそこに降り立つのは炎を背負った黒い騎士である。 --
「……人竜のアルトバロンだな」
死神の様に低く、殺意に満ちた声で告げるそれは騎士の形をしている。全身鎧のそれだ。
『バカな……貴様が何故ここにいる!?』
アルトバロンは結社の重鎮だ。数年前より結社の拠点を荒らし、構成員を皆殺しにする敵対者がいるというのは既に耳にしていた。
だが驚愕したのはその点ではない。目の前の騎士はついさっきまでこの時代に蘇った古き火竜と戦っていたはずなのだ! --
- 「状況を判断した」
アルトバロンには意味が分からない事を呟く騎士。混乱を引きずりつつもよく観察すればこの騎士は無手だった。 この格好で魔術師ではあるまい、周囲に他の何者かの気配はないので炎の壁は何らかのアーティファクトか。
『しかし貴様はアシャーダロンに一度は焼き尽くされた上に……今は武器もないようだ。炎の壁も粗末なものだ。それで何が出来る?』
「貴様を殺す事が」
『戯言を!! ここで死ね!』
アルトバロンは腕を振りあげる。その手には竜の爪をかくやと思わせる鋭く長い爪が五本。 竜の血肉を誘拐してきた人間に与え強化、竜に近づけるという研究をしていたアルトバロンはその研究成果を自身の身体に余すところなく反映させていた。 プレートメイルを着た騎士も剛力と鋭い爪の前では一撃で丸太のようになすすべも無く切り裂かれるだろう。だが風切り音を伴う一撃に応えたのは鎧が切り裂かれる音ではなく…… --
「■■■ッ!」
「がああああああ!?」
それは鋭い咆哮であり、気合の叫びだった。少なくともアルトバロンが聞いた事のない殺意の籠った意志表現だ。 その叫びと共に騎士は踏み出し、竜の如き爪を手甲で受け流しながら繰り出した正拳突きがアルトバロンの竜鱗に覆われた右肩を砕いたのだ! 力任せのアルトバロンの動きと対照的に黒騎士の動きには洗練された格闘の技が見え隠れしている。 アルトバロンは驚愕したが両者を知る神々の視点から見ればこの結果は事前に見れば当然の帰着であった事だろう。 --
『おのれ……!』
しかしこの人竜もそこらの三下ではなく黒十字の幹部であり、しかもそのプライドは研究にあって武術にはなかった。彼我の戦力差を弁え即座に判断する。 黒騎士の追撃の蹴撃に吹き飛ばされながらも両の背中の竜の翼が一気に肥大化し、大きく羽ばたくと空中に飛び上がったのだ! 周囲を包む炎の壁は目算で3mほど。空を飛ぶ者にとって飛び越せぬ高さではない!
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『ここは退いてやる!』
捨て台詞を残し飛び上がったアルトバロンは炎の壁の高さを超え、脱出のためにさらに羽ばたいた時にその異変は起きた。
『!?』
景色が変わらない。何度飛ぼうとしても。気付けば、足にフック付きのロープが雁字搦めに絡まっている! アルトバロンの驚愕の視線の先には殺気に満ちた目でアルトバロンを見上げる黒騎士が、ロープを握っているのが映る! --
『な……』 「■■■ッ!」 『がはあっ……』 轟音と土煙。空中から地面に叩きつけられたアルトバロンは揺れる視界でありえないものを見た。 暗かった視界が浮遊感と共に空を映す、遠くには目指す白の森。そして……翼のはばたきも空しく落下する感覚!
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「■■■ッ!」『ぐぁっ!』
空に引き上げられ、叩きつけられる!
「■■■ッ!」『がぁっ!』
空に引き上げられ、叩きつけられる!
「■■■ッ!」『ぐおっ……!』
空に引き上げられ、叩きつけられる!
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「■■■ッ!」『がぁっ!』「■■■ッ!」『がぁっ!』「■■■ッ!」『がぁっ!』「■■■ッ!」『がぁっ!』 「■■■ッ!」『がぁっ!』「■■■ッ!」『がぁっ!』「■■■ッ!」『がぁっ!』「■■■ッ!」『がぁっ!』
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アルトバロンにとっては無限のように長い時間に感じた容赦ない攻撃が止み、炎に包まれた処刑場から土煙が晴れる。 ロープに足を捕らわれたまま幾度も大地に叩きつけられたアルトバロンはもはや虫の息だ。逃げる余力もない。
『貴様……何者だ……その力はまさか……』
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止めを刺そうと歩み寄ってきた黒騎士が足を振りあげた。それを振り下ろす直前に騎士は口を開く
「……ナイトフォールだ」
黒騎士が無慈悲にアルトバロンの頭を踏み砕いた。人竜の意識に夜を墜とす。
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ナイトフォールはその死体に火を点け焼き尽くすと一瞬だけふらついたが、すぐに態勢を立て直しその場から走り去る。 荒野に戦いの傷跡と火炎の跡を残したままに。静寂が戻れば、それを見守るのは雲が流れた後の月だけとなった
ア・プレイス・トゥ・フォージ・ブレイブ 終 --
- ア・フェイトレス・プロローグ ♯1 --
- これは過去の話だ。
帝国歴418年某月。 帝国の東方の小さな田舎、バーレント男爵領において誘拐事件が起きた。 さらわれたのは領主の妻と息子、そして農村の住民達。 バーレント男爵は飛竜を駆って誘拐犯を追っていく。その先には神々の時代の遺跡を利用した儀式場があった…!
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- 竜騎兵による飛竜の独断、私情による使用は固く禁じられている。しかしこの時ばかりはとクレランス・バーレント男爵は己の飛竜と共に遺跡に向かっていた。
家族と領民の誘拐と聞いて正義感の強い領主は後の自らへの処罰を受け入れる覚悟で己の竜を連れ出し現場まで飛翔したのだ。
神々の時代の遺跡というものはそのほとんどが廃墟となっている。それを儀式場としたのがこの場所だ。 儀式場には恐るべき高度かつ精密な魔術で描かれた儀式魔術の陣が敷かれており、その中心に誘拐された人質が集められていた。
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- その周囲には儀式を司る黒十字の構成員が複数いる。整った武装で周囲を警戒しているが……
「吠えろ、アスクス!」 駆けつけた赤い飛竜の火球が炸裂する! バーレント男爵自身も飛竜からジャンプして攻撃! 構成員達はあっさりと蹴散らされていく。 竜騎兵はゼイム帝国のエリートだ。それを知る者からすれば当然の結果と言えよう。
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- 「おお……おお……領主様が…」「助かった……」「あなた……!」「パパ!」
縛られて儀式場に置かれていた人質達の声が希望に満ちて響く。 「皆の者安心せよ、私の後から友が駆けつける。この場から我らの領地へと帰るぞ」 そう、彼は信頼できる友に救援の依頼をしていたのだ……それが罠だとも知らずに
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- 黒十字の構成員の抵抗が納まってすぐに、もう一つの青い飛竜の翼の音。金髪の若者がそこから降りてくる。
「来てくれたか…ヘディクス」 「全く、手間をかけさせてくれるな君は。懲罰ものだぞ」 「それは甘んじて受けるさ」 そんな会話をして、バーレント男爵がヘディクスに背中を向けたその時だった
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- 「殊勝な事だ、ならば無様に死ね」
「がはっ……!?」「あなた!?」「パパ……?」 ヘディクスの槍が背後からバーレント男爵の心臓を貫いていたそのまま持ち上げられ、儀式場に投げ捨てた。 「グオオオン!」 「ギ……ギャア!」 同時にヘディクスの飛竜も、バーレント男爵の飛竜を不意打ちしていた。首を噛まれ抑えつけられた所をヘディクスに心臓を一突きされ。 それで崩れ落ちるように倒れた。無念の呻き声を漏らしながら。
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- 「ヘディ……クス……何故……」
「何故? 何故と聞くのか? 男爵風情が……!」 ヘディクスが苛立ち紛れに槍を振り回せば、その度に誘拐された村人達が無惨に切り捨てられていく。
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- 「私はマルテローツェ伯爵家の嫡子だぞ……何故男爵風情に付き従わねばならんのだ!」
一部の竜騎兵隊においては実力が重きを置かれ、身分に関係無く指揮系統が組まれることが多い。実力主義のゼイム帝国らしいと言えよう。 それがヘディクスにとっては我慢のならない事であり、しかしバーレント男爵に追いつけない実力に苦悩と嫉妬を持て余していた所に『黒十字』の勧誘を受けたのだ。 唯人に竜の力を付与するそれは著しい成果を上げてヘディクスを強化した。そして……
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- 「感謝してもらいたいものだな、この実験が終われば私は総統閣下にさらなる力を約束されている…私の栄達の糧となれるのだから!」
ヘディクスに追いついてきたのか、黒十字の術師と思しき集団が儀式場を囲む。
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- マルテローツェ伯爵家嫡子にして裏切者の竜騎兵たるヘディクスの用意は入念にして周到であった。
情報は遮断されており、竜騎兵の無断出撃が発覚するのはまだ先の事。 「さて、先に全て瀕死か塵殺にすべし…だったか。やれ、スティング」 ヘディクスの飛竜が炎のブレスを吐いた。虫の息だったバーレント男爵も、その家族も。村人達も容赦なく焼かれていく。 貴族の息子が持っていたお守りも、村の幼女が肌身離さずにいたぬいぐるみも無惨に火に包まれて炎の影に消えていった。 「あああああ!」「あづいよぅ……」「助け……!」「神様……!」 信仰心の薄いゼイムの民が神を呼ぶほどの残虐な所業を止める者はここには居らず。無惨にも無実の人々は焼かれていった。
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- 「ハ、ハハハ! 私の贄となる栄誉に震えているな!」
焼かれ、苦痛に悶える人々を見て悪辣に哄笑するヘディクスは気分良さげに背後の術師に指示する。
「始めろ」
無辜の命を犠牲に儀式がついに執り行われた。儀式場を眩い光の柱が包む。 意図も願いも邪悪に歪められているものの、元となった術式は『巫女の秘儀』のもの。 邪悪な意思と裏腹の神々しい光に場が包まれた……!
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- 『巫女の秘儀』は勇者を呼ぶ術式である。つまり強い魂を探知して呼ぶ術だと黒十字は曲解した。
勇者とは称号であって、かの勇者が特別な者だから呼ばれたわけではないというのに。 そして黒十字が解析した巫女の儀式に必要と思われる要素がもう一つある。感情である。 それは本来、大神殿の巫女による無垢なる祈りであったのだろう。 神聖なその儀式を無辜の村人の苦難と絶望で代替して実験する。黒十字の無慈悲さの現れであった。
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- 光の柱の中で行われている魔術はまず生贄に降臨させる感情を探し求めた。
この術式は、元は『巫女の秘儀』ではあるが黒十字により更なるアレンジされていた。降霊術である。彷徨える魂を呼び、降ろすのだ。
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- 苦痛と絶望。
そしてそれから導かれる一番大きな祈りとは何か。 母を奪われたこの嘆き、子を奪われた父の慟哭、裏切りを糾弾する嘆きと怒りは復讐を望む魂を呼びよせた。
黒十字 殺すべし!
信じた主を奪われた飛竜の怒りはこの世界で竜に殺された無数の魂を呼んだ。
ドラゴン 殺すべし!
共通するものは殺意……強い、業火のような怒りだ。 --
- 儀式の果てに異界への道が開かれ、呼応すべしと異界の魂が降臨する。
その魂は奇しくも、宿る存在を復活させる力をも備えていた。 その魂が宿ったのは……裏切られた領主ではなく。因果を応報すべきその息子でもなく。
これは本来、運命を持たなかった者の物語だ。それ故に。 異界の魂は故に緑色の襟巻をつけた、リーヴという名の農民の子供に吸い込まれた。
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- 光が収束する。殺意が収束する。
そこから進み出て来たのは……
炎に焼かれたような黒い全身鎧。炎そのものの様な赤い襟巻。殺意を凝集したような鋭い眼光が周囲を見据える……
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- 『騎士だと……ッ!?』
ヘディクスが、思わず一歩下がった。傲慢な竜騎兵が、その殺意を恐れたのだ。 そして……周囲を囲む黒十字の結社員。その全ても、それを恐れ思わず一歩を下がった。 犠牲者達の死骸だけは焼かないままに、その黒い騎士の周囲は熱で揺らめいている。そして! 無言の黒い騎士から炎が迸り、周囲へと襲い掛かる! --
- しかし!
『慌てるな。マナ停滞結界を起動する』 ヘディクスが恐るべき魔道具を起動した。 全能の力の源であるマナを停滞させる空間が発生すると、殺意によって黒騎士が生み出した炎は消えてしまった。 4工程からなる魔術も、神の力を模倣する神聖魔術も、竜の使う超越的な権能も、マナを動力とするのであればこの結界の内部では作用しない!
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- 『撃て!!』
全ては準備されていた。実験には後始末が付き物。化け物の召喚・暴走など想定の内であったのだ。 結社の人員が一斉にクロスボウを取り出して射撃!! 無数の矢が、一切のマナに由来する現象を引き起こせない黒騎士へと殺到する───!
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- ア・フェイトレス・プロローグ ♯2 へ続く --
- Feed the fire. Let the last cinders burn --
- 神域に巻き込まれる際のゲートに囚われ、爆発四散寸前になったナイトフォール。
他の皆とは別の場所に飛ばされていた。
バルターから託されていた、新しき自由のケモノの作ったワンド。その縁が彼の命を皮一枚で救った。 完全に爆発四散する前に、女神グラーティアエの神域に保護されたのである。 --
- 清浄な神気で満ちた空間に、神秘を含む風が吹いていた。
「スゥーッ! ハァーッ!」
神の使うリジェネートの奇跡を賜り、それを異世界の魂が解釈し増幅している。それは最終的に特殊な呼吸法となって相乗効果で身体を癒していった。 そして、これは神の奇跡でもある。癒されていくのはリーヴの身体だけではなく…内部に宿っていた魂を、癒し、そして解放していく…… --
- 竜に殺された無数の人々の魂が癒され、解放されてゆく。
古竜の魂は留まる事を選んだ。そして、この戦いに力を貸すと告げた。
リーヴと一緒に暮らしていた村人達の魂が解放されていく。残るリーヴに手を振って。忘れないでくれてありがとうと、笑顔で。
リーヴの領地の領主一家が歩み寄る。すまなかった、後を頼むとリーヴに一礼して去っていく。役立つだろう知識を残して、領主の役目を果たす。
リーヴの両親の魂が解放され……父はリーヴの頭を撫でて、母はリーヴを抱きしめて、それから消えていった。愛していると、告げて去る。
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- そして最後に、一度だけ会話をした覚えがある異世界の魂が神域に当てられてか一度だけ励起した。
『少年。仕事の時間だ。』
お前の戦いは終わっていないとそう告げるだけの壮年の男性■■■■の声。自他に厳しく、しかし誠実な魂だった。
そうだ。まだ終わってはいない。燃やし損ねたモノを、焼き尽くさねばならない……! (神域の主に一礼してから、仲間のいる神域へと旅立っていった) --
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