レオンの名簿に戻る

機械歴324年 Edit

「我らは歩兵隊 燃えたぎる闘志のタフガイだ
さぁ雄叫びをあげろ 恐れを知らず進め」

俺たちはこの世界で……諦念(レシグナシオン)と呼ばれる世界で。
ごく普通の家庭に生まれた。
俺の名前はレオン・ゼッファー。妹の名前はエメール・ジェンシア。
────なんでファミリーネームが妹と違うのか。
この衰退した世界で生まれてくる子供の八割が決まった名前で生まれてきていた。
すなわち、この世界を侵略する鋼の悪魔、機械魔を打ち倒す英雄の名前レオン・ゼッファー。
そしてこの世界から逃してくれる非常口という意味の言葉エメール・ジェンシア。

俺たちだけじゃない、この終わりかけた世界で生まれた子供たちはみんな。
レオン・ゼッファーとエメール・ジェンシアだったんだ。

機械歴334年 Edit

「勝利の凱歌には 俺たちの犠牲が必要だ
命を惜しんでは 世界を守れないぞ」

妹は生まれつき病を患っていた。
珍しい話じゃない。この世界で生まれてくる子供の四人に一人は何らかの病を持っていた。
……機械魔が垂れ流す煙と毒のせいだ。この赤く爛れた大地では、命が健康に生まれる保証さえない。

妹の病気は重かった。先天性恐光症(Angeborene Lichtphobie)。光に触れると肌が焼け爛れる。
神様。どうして俺だけ健康に生まれた?
妹の病気を……俺も肩代わりしたかった。
妹に病気を押し付けているような罪悪感。
俺は妹に献身的に尽くした。

それが健常であることの償いであるかのように。

機械歴336年 Edit

「さぁ今すぐ武器を取れ 押し寄せる機械魔討ち倒せ
我らの世界には 奴らを入れはしない」

俺は日中、仕事をしながら必死に本にある物語を覚えた。
夜になったら妹に物語を聞かせるためだ。
妹のお気に入りは終端の王から世界を救う英雄と姫の物語。
『いつか私にも騎士様が来てくれるかな』そうぼんやりと呟く妹に。

俺は………何を言ってやればよかったのだろう。

妹は死んだ。内蔵は機能不全を起こしていたらしく、初めて明るいところで見た妹の肌は爛れてボロボロだった。
苦しむことのない世界へ旅立ったエメール・ジェンシアに祈りを捧げながら。

俺は何もかもが茶番に思えていた。

機械歴338年 Edit

「地底に進行だ 群れを成す機械魔倒すため
暗い闇の世界 恐怖を忘れ進め」

父さんと母さんが死んだ。機械魔に襲われたんだ。
歩兵隊に入れない年齢で孤児になった俺は追い剥ぎをするか、体を売るかの選択を迫られた。
人を傷つけることを、妹は望まなかったから。
俺は変態金持ちに買われていった。

世界を呪いながら。
機械魔を憎みながら。
どこかにある……楽園を夢見ながら。
俺の14歳としての月日は暗く過ぎていった。

機械歴340年 Edit

「地底の洞窟に 降りてゆく俺たち歩兵隊
もうこんな任務には 嫌気が差してきたぞ」

ある日、目が覚めると。俺の右腕は異形の……機械魔の腕になっていた。
俺の飼い主が俺を兵隊に売り飛ばす前にやらせたらしい。
機械魔の体の一部を植え付けた者を人は魔人と蔑む。
もう妹と同じ天国へは行けない。激高した俺は護衛諸共“飼い主”を惨殺した。

俺は罪に問われなかった。
それどころか、接合してすぐに暴れられるなら足りない戦力の足しになるなと同じ魔人の上官が笑って出迎えた。

狂っている。何もかもが。狂っているんだ。

機械歴341年 Edit

「仲間は皆死んだ 恋人も家族も既に亡い
それでも戦うぞ もう帰る家はない」

歩兵隊で戦う内に俺の心はすり減っていた。いや、それは言い訳だ。
だから……後になって、楽園で過ごすようになってからその罪深さに気付いた。
俺は街の路地で餓死している子供の死体を。
汚いな……と思いながら跨いだ。

跨いだんだ。
二度と俺は許されることはない。楽園にいる資格など、俺には無いのだから。

機械歴342年 Edit

「みんながいなくなり 敵だけが残ったこの街で
もう戦う理由は 一つもありはしない」

日々悪化していく戦況。ほとんどが失伝した歌。
残された歌を俺たちは歌う。

エメール・ジェンシア。サイダ・デ・エメール・ジェンシア。
ドンデ・エスタ・エメール・ジェンシア。ドンデ・エストイ……
非常口はどこにある。わたしは今、どこにいる。
そんな歌を歌いながら、俺は機械魔の龍種に戦いを挑む日を迎えた。
アルプトラウム。この世界を蝕む機械魔の母体。慈愛を喰らう災厄の龍。
その分体の一体に俺は襲いかかった。殺してやる、機械魔め!

戦いの最後、アルプトラウムのブレスを受け。俺は白い閃光の中で意識を失った。

機械歴364年 Edit

「誰もが諦めて 静寂が支配したこの街で
それでも立ち向かう 雄々しい君の姿」

俺はレシグナシオンに戻ってきた。異形の姿を見て誰もが顔を顰める。
だが俺は気にせず戦った。戦って戦って戦い抜いた。
アルプトラウムの力を吸収した俺はどんな機械魔を相手にしても勝ち続けた。

そして持ってきた種で少しずつ土地を浄化し、緑に戻していく。
気が遠くなるような時間の中で。
俺はどうしても……楽園で過ごした日々が忘れられずにいた。

機械歴400年 Edit

「もう顔を上げ笑え 英雄が戦う最前線
再び立ち上がり 我らも共に行こう」

Last-modified: 2022-06-18 Sat 19:25:08 JST (676d)