サイレント魔女 リティ Edit

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唖者の魔女・リティの冒険譚。
主に新聞紙上にて連載され、幾つか文庫化もされている短編掌編シリーズ。
少年少女向けの冒険活劇譚と銘打ってあるが、主人公リティに平然と人倫に悖る行いや思想がしばしば見受けられるため、
信心高い者や教育関係者からは、もっぱら難色を示されている。
本作において「魔女の癖にロクに魔法を使わない・主人公の根幹設定に一切の説明が無い・いとも容易く行われるえげつない行為」
などといった批判は良く見られるが、そこに魅力を感じるトンチキな愛読者が少なからず存在するようである。
初作が500年以上前で、現在でも極稀に新作が掲載されることから、著者は共通設定を流用した不特定多数とみられている。
著者名は全編通して『リティ』。彼女の体験談のていで書かれており、物語の舞台は時代と地域を越えて広範に渡る。
実在の事件や人名を基にした話もあり、時代小説の一面も持ち合わせている。

実態は、アニマが自身の体験談を基にして手慰みで書いている小説である。

カーテンコールは終わらない Edit


(問答無用か)
リティは内心でひとりごちながら、襲い来る影に長剣を振るう。
迫る屑鬼を長剣で一刀両断すると同時に、炎の魔術を発動して念入りに燃やす。
同族が焼かれる炎に惹かれるようにして、一匹二匹と集まってくる吸血鬼の成り損ない達に、リティは感慨の無い視線を投げた。


カーテンコールの吸血公主といえば、地域住民へ徒に手を出すのをよしとせず、人域との摩擦を避ける穏健派として知られていた。
あくまで「近隣住民に対しては」であったが、それが結果として両者の利に繋がったのだから、英明なやり口といえた。
不干渉を貫く限り、外敵を容赦なく打ちのめしてくれるカーテンコールの血族は、近隣住民にとって頼もしい守り神であった。
が、それも内に被害が出るまで。
領民の不自然な失踪事件が相次ぐと、領主の疑いの目は吸血鬼の居城へと向けられたのであった。


(成り損ないの数が多すぎる。咬まれたのは領民か、それとも……)
リティの思索は屑鬼の咆哮で半ば無理矢理に断ち切られた。
理性を失った吸血鬼の成り損ない達が、リティの周りをぐるりと取り囲んでいた。
虚ろで生気の感じられない瞳──今や生前の面影など微塵もない闇色の空洞が、新たな獲物を捉えている。
(剣では不利)
一瞬の判断でリティは剣を捨て、自由になった両手を外套の下に走らせる。
それを見て屑鬼の一体が、獣性に満ちた叫びと共に四つん這いから地を駆け、リティに飛掛かった。
転瞬、外套の下からリティの諸手が引き抜かれ、銀閃が煌く。
屑鬼の凶爪がリティを捕らえる前に、成り損ないの体は炎に包まれる。
リティの手から伸びる数条の鋼糸が、炎を纏って屑鬼の身体を貫いていた。
(走れ 燃やせ)
リティの意思に応ずるがように炎と鋼糸が一体となって、彼女を取り囲む屑鬼達に、獲物を喰らう蛇のような動きで襲いかかっていった。

(まともに話の通じない最下級の眷属ばかり。この城の主に辿り着くまで、意思疎通出来る相手に会えるだろうか?)
塵化して舞い散る灰を背に、夜空の月を眺めながらリティは石畳の回廊を往く。
生温く吹き荒ぶ晩夏の風に、一本に纏めた金髪の房が揺れて顔に掛かる。
彼女はただそれを鬱陶しげに払うだけに止め、無言で城内へと歩を進めた。


「人の子よ。何用があって我が血族の領域を訪れた?」
拍子抜けするほど簡単に主の所まで辿り着き、ひとまずはこちらの話を聞き入れる姿勢の吸血公主に、リティは安堵の溜息を漏らした。
共通語で語りかけてくる辺り、人間と見るやいきなり襲い掛かってくる下位吸血鬼とは比べるまでも無い理知の兆しに、ほっと胸を撫で下ろす。
危険極まりない場所に臆面も無く足を踏み入れたリティであったが、死ぬも闇の眷属に堕ちるも願い下げであった。

『アポイントも無しにお邪魔してごめんなさい』
いの一番に頭を下げて非礼を詫びたリティに、吸血公主は愉悦で唇を歪めた。
「ルーンを使うか。珍しい人の子だ」
吸血公主が笑ったのは、まず詫びから入るリティにではなく、リティの会話方法にであった。
リティが空中に指を滑らせれば、その軌跡に文字が表示される。
唖者の女は、なおも無言の会話を続けた。
『質問があるけど、いいですか?』
「それが用向きであろう? よい。話せ」
『最近この周辺で行方不明者が相次いでます』
「ふむ」
『カーテンコールの血族が餌にしたんですか?』
あまりに直截な問いに、吸血公主は笑い出した。
その笑い方に厭味を感じなかったので、リティは特に何も思うところ無く、ただ相手の答えを待った。
「それはない。血族も、その眷属も、この領内で糧を得ることは無い。無論、私もだ」
『では屑鬼は?』
「あれは餌のなれの果て。人にも吸血鬼にもなれぬ理性失いし獣。我らが眷属ではない。夜の住民であるが、我らとは似て非なる者」
『そのなれの果ての数が異常に多いようですが?』
処理の不完全な餌のせいで周辺住民が死んでいるのではないか?
今までこうしたことは無かったのに、そうなった原因は何なのか?
リティの問いは、そうした底意を含ませたものであった。
吸血公主は当然その意を汲み取ったが、どう答えたものか、と初めて思案する様を見せた。

「その質問に答える前に、私の質問に一つ答えてもらいたい」
リティは無言で頷いた。
吸血公主は窓の外に浮かぶ三日月に、つと視線を移し、体中に満ち溢れている気を確かめるように強く手を握り締めた。
「なぜ夜に来た?」
『話し合うために、起きてそうな時間帯に来ました』
間を置かず、表情一つ変えずに答えたリティに、吸血公主は喉奥だけで笑った。
「人の子よ。そなたの名は?」
『リティ』
「ではリティよ。さきの質問に答えよう」
リティは再び無言で頷いた。
表情こそ変わらなかったが、内心では一問一答ごとに心臓をバクバクさせていた。
今、己の生殺与奪権を握っているのは、目の前に居る人物なのだ。

「子が出来た」
短い答えにリティは小首を傾げることで先を促す。これだけでは腑に落ちない回答であった。
「妻も吸血鬼だ」
またも短い答えにリティは首を捻る……が、その言葉が現わすことに理解が及ぶと、驚きに目を見開いた。
『吸血鬼同士の子供!』
通常、吸血鬼は吸血行為によって同族を増やす。
人間との間に自然生殖で子を為す──いわゆるダンピール(半吸血鬼)の話は枚挙に暇が無い。
が、吸血鬼同士が自然生殖で子を為すという例は極めて少なく、同族間では子供を作れない、といった通説が罷り通るほどであった。

「生まれてきた子も吸血鬼であった」
『赤子の姿で?』
「そうだ。ゆえに吸血も吸精も上手くゆかぬ」
リティはここまできて、やっと話が飲み込めてきた。
なぜ吸血鬼の成り損ないである屑鬼が、野放しにされるほど増加していたのかを。
「我が子の糧を得るため、血族と眷族は領外を東奔西走。結果として屑鬼の管理が疎かになっていたのは認めよう」
『なるほど。上手く栄養摂取出来ないから、そのぶん大量に必要だ、と』
吸血公主の言葉に、認めるけれど悪いとは思っていないんだなあ、とリティはぼんやり思った。
同時に、そう思う必要性もないのだなあ、と即座に悟った。
ここで人倫を持ち出すほど愚かしいことも無い。
吸血公主が、統制する血族に領内の人間を糧とするのを禁じたのは、人命尊重ではなく、ただ人との間の面倒な争いを避けただけに過ぎない。
人間と吸血鬼。
種の違いによる価値観の相違などといった考えを持ち出さずとも、リティには彼がそれほど悪いことをしたとは感じていなかった。
親が子を餓えさせないために、ありとあらゆる手段を尽くすのは、至極当然に思えたし、
結果として領内の人間に犠牲者が出たが、どうやっても生き返らぬ死人のことに拘泥して話を拗らせるよりは、
生きている人達の犠牲を最小限に止める努力をするのが当たり前だという方向に、思考の天秤は傾いていた。

「理解が早くて助かる。さて、それで如何とする。リティよ?」
『屑鬼だけを始末する方向で話を進めます』
これが人間側の犠牲が最も少ない道だ、とリティは判断した。
もちろん吸血鬼側の犠牲も最も少ない道でもある。
あまりに淀みなく答えたリティに、吸血公主は片眉跳ねさせ口元を歪める。
「私には二つの選択肢がある。そなたをこのまま帰すか、帰さぬか、だ」
『私は貴方の言葉をそっくりそのまま信じるから、貴方も私を信じてください』
リティは臆面も無く言葉を綴った。
吸血公主が話した内容の真偽を計れるほどの材料を、リティは持っていない。
しかし彼が嘘を吐くような状況でも性格でもないことを、リティは確信していた。
その確信を視線に込めて、真っ直ぐに吸血公主を見た。
『クライアントは、なんとか舌先三寸で丸め込んでみせますから』
「喋れぬそなたが?」
『喋れない私が』
暫しの間を置いて、二人は笑い合った。
吸血公主は声を立てて。
リティは無言の内に花咲く笑顔を浮かべて。




『また来てもいいですか?』
「信を果たせば、よかろう」
『万が一、失敗しちゃっても来ていいですか?』
「……まぁ、よかろう」
『あ。今度来る時は赤ちゃん見せてもらっていいですか?』
その問いに対して、吸血公主の、そして一人の親でもある人物の答えは決まっていた。
「よかろう」


〜黄金歴前220年  カーテンコールの居城にて〜

サイレント・ランニング Edit


走る。走る。走る。
ただひたすらに鐘楼目指して、がむしゃらに走る。
背中をチクチクと刺してくる鋭い殺気に追い立てられるように、私は全力で足を動かす。
一刻も早くあそこに辿り着かねば、この城塞都市が存亡の危機に陥るやもしれぬ状況に、私の鼓動は常と比べ物にならぬほど脈動していた。



対辺境蛮族の前線基地である城塞都市バグランド。
私は相棒のフレアと共に、3ヶ月前から傭兵としてこの街に滞在していた。
未開の地に版図を拡大し続ける西方諸国連合では、傭兵職ならば喰いっぱぐれる怖れは、まず無い。
とはいえ二人組みの女傭兵など、舐められ放題なのがこの世界の常であるが(色々な意味で)、自前の馬持ちであったことと、初日酒場での大乱闘の甲斐もあってか、この街で私たちは一端の傭兵であると認められていた。
「リティ。ここ、ツマンナイ」
相棒のフレアは滞在一ヶ月目からほぼ毎日、唇尖らせながら不満を私に訴えてくる。
戦争相手であるこの地の蛮族は、妖魔・魔獣・亜人種の混成だけあって個々の力量は高い。
しかし頭はサッパリ回らないようで、集団戦闘・行軍・布陣・兵站、そのどれもが目を覆いたくなるほど杜撰であった。
それに対して我々西方諸国連合の傭兵軍は、敵の補給線をブチブチ潰し回ることに終始し、自陣営の損耗を最小限に抑えつつも長期的に最大限の効果を得る手法をとった。
おかげで戦闘そのものは、たいへん楽に終わる。
「傭兵同士の八百長戦争がイヤだから、ここに来たっていうのに……」
昼間から浴びるように酒を飲み干しながら愚痴るフレアに、私は表情の変化と仕草だけで答える。
「無理しないのが一番? 大丈夫だいじょーぶ。無謀と蛮勇の違いくらいは弁えてるから」
長い付き合いの彼女とは、言葉を遣り取りせずとも大体の意思は伝わるので、ものすごく楽である。
「噂の竜騎兵と早く闘り合いたいってのに……。ねぇリティ。亜竜って殴ったらどんな感触がすると思う? うふっ。ふふふふふ」
しかし心労は絶えない。
向こう見ずな彼女の行動を傍目にしていると、当人よりもよほど心臓に負担がかかる思いである。
だがそれ故に彼女と居ると退屈はしない。
目下として『ここの仕事が終わったらどうやって酒場の莫大なツケを支払わずに済むか』という問題で、私の脳は暇を潰していた。


「竜騎兵が出たって!」
3ヶ月目にしてようやくお目当てに巡り合える喜びからか、フレアは朝も早くからハイテンションに眼を輝かせて興奮気味に頬を紅潮させていた。
私は大変眠かったし、面倒臭そうな戦いになりそうだったのでパスした。
向こう30年は遊んで暮らせる懸賞金目当てか、竜騎兵討伐には傭兵軍の主だった戦力が志願していた。
まだ陽も東にある内に、討伐軍は意気揚々と出陣していった。
「3つ! 3つは首取ってくるから!」
私が同行しないというのもお構い無く、目をキラッキラと輝かせて馬を走らせていったフレアに、私は軽くイラっとした。

そしてその日の宵の口である。
バグランドに一つしかない酒場では、守備隊の連中や傭兵の居残り組みでごった返していた。
私はというと、彼らのしつこい誘いに辟易していた。
普段そうしたナンパをあしらうのはフレアの役目であり、彼女の鉄拳一発で大抵は諦めてしまうものであった。
しかし今日の私には守護神がいないのである。
初めは奢りに釣られて気分よく付き合っていたが、酒が回るにつれて次第に露骨になってくる彼らの欲望に、流石の私も閉口気味であった。
まあ彼らの気持ちも分からないでもない。
目も醒める様な金髪碧眼でスタイル抜群の美少女──しかも無口でミステリアスな雰囲気を湛えたこの私と、援助交際したいと思うのは男としてごく自然な欲求なのだから。
ふふん。
居残り組なだけあってイマイチ覇気に欠ける彼らの間をスルリと抜け、カウンターで酒瓶一本受取ると、私は酒場を出て夜の城塞都市を歩いた。
初夏の涼しい夜風が肌に気持ちがよい。私は目を細めて酒瓶に口を付ける。
討伐軍が帰ってくるのは早くても明日。
それまでは何をして過ごそうかな、と取りとめも無い思考に耽りながら酔歩する。
歩きながらの月見酒。それを30分ほど続けたところで、外壁の門の近くまでやってきたのに気付く。

そこでふと違和感を覚えて私は足を止めた。
いつもは夜間でも最低二人は門衛として配置されている。が、今日はその姿が見当たらない。
サボりかな? とすぐに思い至るが、頭の片隅に違和感がこびりついて離れない。
その時、夜風に乗って私の鼻を刺激するモノがあった。
それが血臭であることに気がつくと、私は反射的に踵を返して走り出した。
頭の中で危険信号が鳴り響く。こういう時は決まって碌なことが起こらない。
脳内に止めどなく湧いてくる様々な可能性は一先ず捨て置いて、私は全力で来た道を引き返す。
先ほどまで感じていた酩酊感など、どこかに吹き飛び、五感が徐々に研ぎ澄まされていくのを感じた。
舌の奥に苦い味。身体は戦闘状態に切り替わった。
走力を上げたところで、産毛がひりつく様なゾワリとした感触を首筋に覚え、私は咄嗟に方向転換して大通りから路地に入った。
向きを変えた私の耳に、風切り音が届いたが、今は振り返っている余裕は無い。
明確に背後から追跡者の足音と殺気が迫ってきているのだ。

複雑に曲がりくねった路地裏を巧みに利用して、私はどうにかこうにか追跡者を振り払うと、物陰に座り込んで息を整える。
一体何が起こっているのか?
この状況で最悪のケースを私は想定してみた。
まず門衛は殺されている確率が非常に高い。
誰に? 決まっている。敵にだ。
朝方に大物出現の報で傭兵軍の主力部隊を陽動し、手薄になった本陣の城塞都市に夜襲をかける。
恐らくはこういった筋書きであろう、と当りをつけた。
蛮族がこうした搦め手を使ってくるのは初めてのことだったが、考えられぬことではない。
最初からこちらを油断させるために愚鈍を演じていたのか、それとも内応者がいるのか……。
思考に沈殿しそうになったところで、私は自身の頬をピシピシ叩いて喝を入れた。
未だに辺りが静かなことから、敵方の主力は到着していない。
まず少数精鋭で侵入路を確保し、然る後に本隊がやってくる手筈なのだろう。
ならばその時間差を利用して私に出来ることがある。
そこまで思考が纏まると、私は再び走り始めた。
最優先目標は敵の襲撃を味方に知らせること。
門の近くにある物見台の鐘楼は、当然使えない。真っ先に敵に抑えられている。
この時間帯で一番、人が集まっているのは酒場だが、ここからは少し遠い。
(今は1分1秒でも時間が惜しい。それに距離が遠いほど、入り込んでいる敵に捕捉される可能性は高い……)
私は慎重に辺りの様子を覗いながら、目的地へと静かに駆ける。
先ほど撒いた追っ手が、まだ私を探し回っているなら、人気の多い場所に通じる所で網を張っている可能性は高い。
ならば目指す場所は一つ。この街で鐘楼が設置してあるもう一つの場所。普段は滅多に人が立ち入らないその場所。
(こういう目的で教会に行くとはね……)


表通りを避けて路地の合間合間を飛び移るように駆けて移動し、教会の鐘楼も目前というところで、
(なんとも運が無い)
鋭い殺気が私に突き刺さる。敵にバッタリと遭遇してしまった。
運が無いのか、それとも私の狙いを読まれて網を張られていたのか。
頭に過ぎった考えを練る間も無く、敵が何かを構えるのを見て、瞬間的に次の路地へと転がり込む。
またも風切り音。態勢を整え、また走り出す前に、自身のマントに風穴が空いていたのが視界の端に映った。
敵の獲物は弓……静音性と取り回し、殺傷力の兼ね合いから考えて、恐らくはクロスボウ。
対する私は、ほぼ丸腰。身に帯びた武器は魔力伝導率の高いダガー1本のみ。
手練相手には心許ない。もとより闘う時間すら今は惜しい。
迷っている時間は無い。
私は細長く狭い路地を走りながら、手頃な地形を見つけ出すと、それに目掛けてすぐさま飛び移った。


よじ登った屋根から見える教会の鐘楼は、大理石造りのゴシック様式で、中々に見栄えが良い。
僅かに隙間から覗える吊り下げられた鐘が、夜闇越しに鈍い光を放っていた。
(この距離ならいける)
私は素早くダガーを引き抜くと、刀身に視線を這わせてから、ゆっくりと眼を鐘楼の鐘へと向けた。
その視線の上へとダガーの切っ先を向け、静かに強く念じた。
(行け)
私の思念に呼応して、ダガーを持った右手から紅蓮の炎が噴出す。
波打ちながらも一直線に、鐘へと目掛けて宙を走っていく炎。
その炎の軌跡に引っ張られていくようにしてダガーも飛んでいった。
カーンと、甲高い硬質の音が夏の夜空に響いた。
なおも続けて炎を操り、ダガーと鐘は、カンカンカンと敵襲を告げるリズムを響かせた。
警鐘を鳴らし終えたところで、ふっと炎は掻き消えた。

(酔っ払いの悪戯だと思われなければ良いけど)
ふと私はそんなことを思った。
自らの腹に突き刺さったクロスボウの矢を見ながら思うには、些か間の抜けたことだろうか。
(敵は大人しく引いてくれるだろうか? 攻めてきたら防衛戦を出来るだけの戦力比だろうか?)
少しはマシな考えになってきた。撃たれた痛みから眼を背けるようにして思考を続ける。
(フレアは大丈夫かな?)
撃たれた箇所からジワジワと赤い色が広がっていく。
(私は丸腰でこの敵に勝てるだろうか?)
流れる血は、止まらない。


〜黄金歴前700年  城塞都市バグランドにて〜

sweet little kity Edit


「食後の運動などは如何かしら?」
涼やかな響きの声音に、リティは視線を流して指を何も無い空間に走らせた。
『タダ働きはお断り』
「こちらもタダ飯喰らいはお断りですの」
洋扇の下に嗜虐的な笑みを隠す女に、リティは早々に白旗を上げてしまった。
『それで何を?』
「大したことではありませんわ。逃げ出した猫の回収をお願いしたいんですの」
回収、という言葉に、リティは片眉跳ねさせ目だけで問いかけた。
「生死は問いません。生かすも殺すも、ご随意に」
『ファルナの仕事は厄介事ばかりじゃのぅ』
「適材適所は経営の基本ですから」
リティは寝転がっていたソファーから大儀そうに立ち上がって、ゆっくり伸びをする。
メインスポンサーであるファルナからの頼みとはいえ、いまいち気が乗らなかった。
ファルナから手渡された小型の羅針盤を受取るリティの表情は、いつもの3倍ほどやる気が感じられないものだった。
「急拵えなので探知範囲は狭いですけれど、どうぞお使いになって」
リティは気の無い様子で相槌を返しながら、自身の結い髪に指を絡ませ弄繰り回している。
ファルナは洋扇をぴしゃりと閉じると、腰に両手を当てて思いっきり嘆息した。
「……他に必要な物は御座いまして?」



大きめの虫取り網を片手に、リティは陽気な笑顔を浮かべて足取り軽やかに街を行く。
『物欲しそうな目をしてる癖に〜 一歩近づけば一歩下がる〜 知らんぷりしてそっぽ向けば〜 これ見よがしにミャーと泣く〜』
頭の中で猫の歌を諳んじながら、眩しい陽射しに目を細めた。
リティは猫が好きだった。
「貴女は猫に似ている」
と、旧友に言われたことと、決して無関係ではないだろう。
道ゆく人と擦れ違うたびに、『ねこをさがしています』と書かれた看板(横にはリティ直筆の猫の絵を添えて)を見せて訊ねるものの、リティが望むような返事は未だ無かった。
それでも答えてくれる人々は大変に親切で、商店街の辺りで聞き込みをしていると、次々と商店主が食べ物をくれたりしたので、リティの機嫌はすこぶる良かった。
『猫探しをしているだけで私は生きていけるのではないだろうか?』
そんな益体も無いことを考えながら歩いていると、ファルナから受取った探知機が赤い光を明滅させる。
リティが羅針盤を見ると、グルグル回っていた針が東南の方角を示していた。
『あの足跡の犯人は あなただったのね sweet little cat』
嬉しいような寂しいような気持ちで、反応のある方角に向けてリティは歩き出す。

白いフワフワの毛を基調として、所々に黒と茶のブチ模様。
くりくりとした愛くるしい目と、片っぽ欠けた耳。
リティでも小脇に抱えられる小さな身体に装着してある紫色の首輪。
ファルナから伝え聞いた通りの特徴を持つ猫を前に、リティは相好を崩して、にまにまと笑った。
みゃー、と儚げに鳴く猫と視線を合わせるように跪いて、片手を差し出す。
警戒しているのか、近寄ってこない猫を前に、リティの表情はめろめろであった。
『私が想像してたより〜 ちょっと痩せて美人じゃない?』
猫の歌を頭の中で続けるも、リティはあまり考えないようにしていた問題が、ふと頭を過ぎった。
ファルナが「ただの」猫探しを依頼してくるわけがない。
人気の耐えた路地裏の薄暗い闇に、猫の双眸が赤く煌いた。
──生死は問いません。生かすも殺すも、ご随意に──
声もなく、ばきりばきりと異様な音を軋ませながら、徐々に姿を転じていく猫に、リティは重い溜息を吐いた。
『だけど顔に書いてあるよ お腹減ってるんでしょ? hey little girl?』
膨れ上がった四肢の先にある鋭い爪で、地を踏み締めている猫……だったものを前に、リティは虫取り網を放り出した。
『Oh baby What you wanna do?』
リティは無表情で剣を握った。



「遅い! 時間を掛け過ぎです!」
ファルナの剣幕に、リティはただ片方の眉を歪めるだけで応えた。
「子供の使いではありませんのよ! この程度の依頼、一時間もあれば充分! もう夜更けではありませんか!」
こういう時に、自分は口が利けなくて良かったな、とリティは思う。
あとで後悔するほど口汚い罵り文句を口にしないで済むのだから。
努めて冷静に、頭の中で彼女のことを再確認する。
──同郷で、私より3つ年上で、いつも毅然と睨みを利かせて、一人でなんでも出来るという面構えをしていて、手先は凄く器用で、人に厳しい言葉を浴びせて、ドS丸出しの笑顔で、どんな相手にも物怖じしないで……、
「貴女のことですから途中で遊び呆けていたのでしょう! 時間が無限にあると思ってらっしゃるのかしら!」
リティはファルナの言葉を聞き流しながら、なおも彼女のことを考える。
──銭勘定にはうるさくて、男を屈服させるのが好きで、敵には情け容赦なくて、変なところで義理堅くて、良く私に依頼を回してくれて、実験と称してよく装備を提供してくれて……、
考えていくうちに、胸の内で渦巻いていたやり場のない怒りが、徐々に磨耗していくのをリティは感じた。
「貴女の時間はそうであっても、周りもそうとは限りませんのよ! 折角のお料理が冷めてしまいました!」
テーブルクロスの敷かれた机に思いっきり手の平を叩きつけて、ぷりぷりと怒りを露にしているファルナに、リティは暫し呆けた。
「ああもぅ、作り直して参りますわ! 大人しく待っていて下さる!?」
荒々しく閉められた扉を目に、リティはじんわりと口の端に笑みを浮かべた。
──滅多に料理など作らなくて、そのくせ作る料理はとびきり美味しくて、変なところで気が回って、絶対に甘い言葉と顔を表に出さない。
ファルナとはそういう女だったなあ、とリティは淡い笑顔で食前酒に口をつけた。


〜黄金歴前500年  西方諸国のとある一都市にて〜

愛はさだめ、さだめは死 Edit


恋は意識的に『する』も『しない』も困難で、ただ『おちる』だけ、というのが時に憎々しく思える。



彼に初めて会ったのは新興の魔導国家ベルチアに向かう商工ギルドのキャラバンだった。
私がキャラバンに同道していく駅馬車の客で、彼はキャラバンの護衛を引き受けた傭兵隊長だった。
キャラバンの行軍速度は、のろい。
移動中は恐ろしく暇で、主な暇潰しの手段はお喋りであったので、その時は一市民であった私が傭兵隊長の彼と話すのに、まぁ不自然は無かった。

「おお、豚が喋った」
それが初めて言葉を交わしたときの彼の第一声であった。
「豚じゃないよ。クリスティーナだよ」
確か私はそんなことを言ったように記憶している。
正確に言うと、私の周囲を浮遊している子豚の形の魔導器に、私が喋らせた台詞だった。
ファルナが寄越した、魔導器と使い魔と人工生命の要素を結実させたとかいう20cmほどの浮遊豚に、胡乱気な視線を送り、
「ベルチア製は、物も女も奇っ怪だ」
と評した彼の言葉に、私は何の反駁もしなかった。
どちらもベルチア製という事にしておいたほうが無難だし、字面だけを見れば、正鵠を射ていると思えたし。

魔女。初め、彼は私の事をそう呼んでいた。
「レディーを名前で呼ぶ習慣が無いの?」
「魔女の名前をみだりに口にするな、と死んだ婆様が」
本気か冗談か判別は付かなかった。そうした迷信(あながち間違ってもいないが)は、魔法と縁遠い人々に広く蔓延している。
「騎士様は篤信家でいらっしゃるのね」
皮肉気な口調で囀る子豚に、彼は短く刈り込んだ頭をボリボリと掻いて答えた。
「年長者の言に素直に従うのが末子の処世術というものだ」
なら私の言うことも聞くべきだろう、と思ったが口には出さない。
連綿と続くその血と名の務めを、傭兵業で果たす貴族の末子。
そんな彼の鷹揚とした横顔を見ているうちに、細かいことはどうでもいいか、という気持ちになった。

「団長ォ! そうしてっと、もうひとり娘さんが出来たみたいっすねぇ!」
轡を並べる部下の揶揄に、馬上の彼は顎鬚を撫でながら肩を揺らす。
「娘ってぇか、孫でもおかしくねぇなあ」
彼の背中に身を預けていた私は、降って湧いた怒りとともに靴の踵を馬の尻に叩き付けた。
「おおっと! どうどう、どうどう!」
子ども扱いされるのは慣れっこだったはずだった。
が、その時の私には、得体の知れぬもやもやとした感情が心の内で渦巻いていた。
「どうどう」
馬を宥めるのに比べ、数段優しさを増して、私の頭を撫でてくる彼の手の感触。
瞬時にして心のもやもやは晴れた。

50僉初めはそれが私と彼の身長差だった。
「何を食べたらこんなに大きくなるの?」
「週に3度は豚を食っていた」
夕餉の焚火で、赤く照りかえるクリスティーナを横目に、彼は次々と胃袋に食物を収めていく。
味も素っ気も無い糧食を葡萄酒で流し込みながら、実に美味そうに食事を続けている。
「味覚音痴なの?」
「好き嫌いしてると大きくなれんぞ」
空腹は最高の調味料というけれど、物には限度というものがあるのだ。
どんな食事でも美味しそうに食べる、というのは素直に美徳と言えるけれど。
「……残酷なことを仰る」
「お前さん、まだ15なんだろう? ちゃんと喰え。あと5年は伸びる」
「5年……ね」
私が場違いに真剣な溜息を吐くと、彼は黙って貴重な腸詰を私の皿に一本寄越した。
彼の勘違いには言及せず、私は喜んだフリをして腸詰をいただく。

王都ベルチアに到着すると、キャラバンのめいめいは散り散りになって商用に向かう。
護衛をしていた者達の役目も終わり、馬屋に相棒を預けた傭兵達が旅の垢を落とそうと夜の街へと流れていく。
「5年経ったら私を入れてくれる?」
そんな私の台詞に、クライアントとの調印を終えた彼は、面白いくらいに表情を歪めていた。
「ウチは魔法使いお断りだ」
「剣も使えるようになるから」
最初は子供に言い含めるように諭していた彼だったが、諦めたように大きく息を吐いて、眼だけで頷く。
私があまりにもあっけらかんとした様子だったので、冗談だと思ったようだった。
「それじゃあ5年後にまた会いましょう」
「それまでイイ女になっとけよ。リティ」
それが初めて彼に名前を呼ばれた瞬間だった。
ビロードのように柔らかく耳朶をなぶって、胸の奥底にふわりと広がっていく。
それが初めて彼を好きだと気付いた瞬間だった。



そしてきっかり5年後。
にっこり笑って見上げてくる私に、彼は非常に渋い顔をした。
初めて会った時に比べると、身長差が20僂曚表未泙辰討い拭
「豚はどうした?」
そんな彼の第一声に、私はますます笑みを深くする。
私の事を覚えていなければ出てくる言葉ではないのだ。
『壊れた』
指を走らせ、魔力の残滓で軌跡を残す、いつもの手馴れた遣り方で私は意思疎通を図る。
彼は額の皺をさらに深くすると、改めて私のことを検分するかのように上から下まで眺め回す。
「でかくなったな」
いやん、と私は頬に手を当てて身を捩る。と同時に、豊かになった胸を強調するように肘で挟み込むのも忘れなかった。
先ほどから彼の視線は、私が背負うにはやや不釣合いな長さの剣に注がれている。
彼の溜息がやけに重かった。

「ウチではどんな王侯貴族からの推薦状があっても、まずはコレだ」
ずいっと差し出される鞘に納まったままの彼の剣を見て、私は黙ってこくこく頷く。
「かしらぁ、ハリキリすぎて怪我させんでくださいよぉ」
「羨ましいなぁー、団長ォ、お相手代わってくれませんかぁ?」
入団試験の場には居合わせた傭兵全員がぐるりと輪を囲んで、一斉に私へと好奇の視線を投げかけてくる。
この隊は貴族筋や騎士階級も少なくないはずだったが、傭兵という人種は高確率でチンピラ臭くなるものである。
第一印象が大事かな、と(なにせ私の事を覚えていたのは彼だけだったのである)
降り注ぐ揶揄や露骨な視線に対して、私は目一杯の愛想を込めて笑顔を返す。
場の空気が何℃か上がったのを、耳と肌で感じた。
男って単純でカワイイなぁ、と私が呑気に思っていると、狂騒に包まれていた場が一気に静まり返った。
「俺が認めたら合格」
彼が剣の柄に手を掛けていた。研ぎ澄まされた刃の如き眼差しが私を真っ直ぐに貫いている。
戦いなど知らぬ女子供であれば、それだけで震え上がりそうな視線だったが、私は別な意味で震えた。
詳細は省く。
「抜け」
その言葉に衝き動かされるようにして、私は背中の剣に手を掛け、つと半眼で彼を見据える。
ビリビリと肌を粟立たせる威の圧にも、負けじと一歩踏み込む。
一足。身を沈めるようにして一気に跳躍、同時に抜き様の長剣が銀閃を散らした。
一合、斬り結ぶ。
鍔迫り合いの向こう側で、彼の顔に僅かな動揺が走ったのを私は見逃さなかった。
「……合格」
すぐさま剣を引いて呟いた彼の言葉に、一瞬遅れて場はどよめいた。
鞘に剣を収めながら複雑な……どこか悲愁を含ませる彼の眼差しに、私は微笑んで答えた。
一合で彼は分かってしまった。分かられてしまった。
殺しに傾いた私の剣筋に。


Last-modified: 2011-08-31 Wed 23:33:03 JST (3802d)