名簿/464608

編集:僕と契約して退魔師になってよ   差分:僕と契約して退魔師になってよ
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  • qst075182.png --
  • qst075182.png -- 2011-11-17 (木) 02:42:38
    •   『 小袖の手 』

      • 英雄町にある遊郭、その一角にある妓楼「桐乃花」
        煌々たるお店(たな)の裏手側、ひっそりと建つ置屋
        茶を引いた遊女や遣り手、下働きの娘たちが今日もそれぞれの部屋で
        襖に経文やお札を貼りつけ、息を潜めるように… -- 2011-11-25 (金) 02:12:08

      • やがて丑三つ時、衣擦れの音がゆっくりと
        廊下をうろつき、部屋部屋の前で立ち止まる
        足音もさせずに

        まだ幼い禿(かむろ)が身を竦めるのを抱き寄せ
        くたびれた声の遊女が、囁くように言う
        「お袖(そで)ちゃん、まだ妹を探してるんだね…」 -- 2011-11-25 (金) 02:17:19

      • この妓楼の下働きに、幼い双子の娘がいた
        姉がお袖、妹が単(ひとえ)
        器量は良くはなかったが、よく働く娘たちだった

        だが、困ったことにお袖には盗癖があったという
        帳場の小銭、遊女の小間物、仕出しの小鉢…
        それを悪いと知りながら、心をどこかに置き忘れたかのように
        気付けば袂(たもと)に入れているのだと -- 2011-11-25 (金) 02:20:04

      • 店の主人はこれを重く見た
        身内や出入りの業者に頭を下げて済むうちはまだしも
        いつか客の持ち物に手を出すことがあれば…

        主人はお袖の働き振りを惜しみながらも
        その右手を手首から切らせ、盗癖を封じることを選び

        腕の確かな出入りの医者がお袖を看て、大事には至らぬはずだったが
        お袖はその夜から熱を出し、死んでしまった -- 2011-11-25 (金) 02:21:20

      • 「怖くないよ。お袖ちゃんは悪い子じゃない」
        遊女が、腕の中の禿に聞かせる
        「ああして廊下を回るのも、この時間だけさ」
        「お袖ちゃんが逝ってしまった、この時間だけ」 -- 2011-11-25 (金) 02:24:46

      • 姉を失った単は、それでもよく妓楼に尽くして働いた
        妓楼の主人も単に目をかけ、よく気を配った

        だが、帳尻の合わないことや小間物が消えることはそれからも続いた
        単を問い詰めると、その袂から小銭が出てきて
        これは小袖が単を庇っていたのだろうと
        主人は泣く泣く、単を番屋に突き出した -- 2011-11-25 (金) 02:28:55

      • それ以来、妓楼「桐乃花」の置屋では丑三つ時に
        幼い右手だけを出した遊女の小袖(着物の一種)が現れて
        何かを探すように彷徨うようになった

        妓楼の住人はこれをお袖の幽霊だと怖れて
        深夜は部屋部屋に引き篭もり…身を寄せ合いやり過ごすのだった -- 2011-11-25 (金) 02:33:05

      • 「ほら、怖いなら猫を撫でていなさいな」
        「いつもエサをもらいに来る猫。婆さまに内緒で連れてきているから」
        禿の頭を撫でながら、遊女は猫の姿を探す
        さっきまで、布団の隅に丸くなっていたはずの黒猫
        「 …あら? あの子、どこに行ったのかしら」 -- 2011-11-25 (金) 02:40:22

      • 置屋の廊下、今日も華やかな小袖がひとつ
        宙を漂うように、ゆっくりと

        何かを探すように、時折部屋の前に止まり
        袖から覗く幼い手がそっと襖を撫でる


        「久しぶりだね」
        暗い廊下に、染みだすように猫の影
        「単ちゃん」 -- 2011-11-25 (金) 02:44:05



      • 小袖の動きが、雷に打たれたように
        そしてゆっくりと、黒猫に近付く -- 2011-11-25 (金) 02:50:20

      • 「お袖ちゃんと入れ替わったのかな?」
        「それとも、入れ替わらされたの?」
        黒猫の赤い目が、じっと小袖を見上げる

        「 …僕には、わからない。でも、そのせいで」
        「誰も、君の名前を呼んでくれなかったんだね」 -- 2011-11-25 (金) 02:51:38

      • 小袖はゆらゆらと、揺れる
        それは黒猫になにかを訴えるようにも
        何かを問いかけるようにも見える -- 2011-11-25 (金) 02:56:35

      • 「お袖ちゃんなら、死んじゃったよ」
        「牢屋に入ってすぐ、流行り病だったって」

        単がこうして、姉を探して迷うのは
        身を捨てて庇うほどの情、それゆえの未練か
        身代わりにされ命を落とした悲哀、それゆえの恨みか

        「 …僕には、わからない。でも、これで」
        「君がここにいる理由はもう、なくなったと思うんだ。クキ♪」 -- 2011-11-25 (金) 03:00:42

      • ふわりと、風が吹き込んだように
        小袖が膨れ上がり、ゆっくりと廊下に落ちる

        ひとつの命が死を迎えた時のように
        そこにあった「たましい」が「魂」と「魄」に分かれる
        「魂」は天を、「魄」は地を目指して -- 2011-11-25 (金) 03:07:35

      • 刹那、かっ と黒猫が口を開き、跳びかかる
        目当ては「魄」 地に向かう「たましい」
        この黒猫は、それを喰らい生きている


        「少し妖怪になりかけてたけど…」
        「悪くはなかったね」

        満足げに前足を舐める黒猫の横に小袖が舞い落ち
        その袂からチリン、と小銭の音を響かせた -- 2011-11-25 (金) 03:15:56



      • それ以来、妓楼「桐乃花」の置屋に小袖の怪異が出ることはなくなった
        お袖がついに成仏したのだ、だの
        姉を探して町に彷徨い出たのだ、だの
        噂は暫く続いたが

        誰もそれと、餌をもらいに来る黒猫との関連を
        語るものは居なかった

        ―――――――― 完 -- 2011-11-25 (金) 03:17:14





  • qst075182.png -- 2011-11-05 (土) 03:28:53
    •   『 河童 』

      • (英雄町に程近い山中、街道を逸れて獣道を歩く二人連れの旅人)
        (どちらもまだ歳若い青年であり、長旅の疲れからか生来のものか…その表情には荒んだ気色が覗える) -- 2011-11-05 (土) 03:29:41
      • おい、善三(背が低く、がっしりした体格の男が呼びかける)
        お前ぇ小さな山だから下ってりゃ里に付くって言ってたじゃねぇか
        もう日が暮れちまうぞ -- 2011-11-05 (土) 03:35:24
      • (善三と呼ばれた男は背が高く、こちらもそれなりの丈夫と見える) うるせえな半蔵
        お前ぇだって、迷ったからって引き返すなぁ真っ平だと言ってたじゃねぇかよ -- 2011-11-05 (土) 03:38:22
      • (日は傾き、木々の間を縫う獣道は既に薄暗く… 不意に、獣道に一匹の猫が躍り出る)
        (近付く山の「夜」から切り出されてきたような、闇色の黒猫)
        にゃあ (ひと声鳴き、二人の旅人に近付いてじっと見上げる。血のように赤い色をした両目で) -- 2011-11-05 (土) 03:39:10
      • お? なんだコイツ。俺たちゃ今、機嫌が悪いってのによ(善三が苛立ち紛れに蹴り上げようと近付く) -- 2011-11-05 (土) 03:43:05
      • お、おい待てよ善三。見れば随分、人に慣れてるようじゃねえか
        (半蔵が善三の袖を引き、止める) つまり人里が近いってこった
        コイツに付いて行きゃ、町に出られるかも知れねぇぞ -- 2011-11-05 (土) 03:46:41
      • (黒猫はまるで言葉がわかるかのように、じっと二人の声に聞き入っていたが… )
        (やがてフラリと二人に背を向け、獣道を先導するように歩き出す。濃さを増す宵闇の奥へ) -- 2011-11-05 (土) 03:52:05
      • …なるほどなぁ、半蔵。手前やっぱり知恵が回りやがるな(へっへっへ と、善三が笑う)
        (無事に山から出られると、緊張の糸が切れたとばかりに) -- 2011-11-05 (土) 03:56:48
      • (へっへっへ と、半蔵が笑う) まあな。これからも、俺に任せてりゃ間違いは無いさ
        英雄町に出りゃ奉行所に届け出て「退魔手形」を手に入れて…
        そうすりゃ、真面目に妖怪とやりあうこた無え。いくらでも使い道があるからな、あの手形はよ -- 2011-11-05 (土) 03:57:13
      • (先を行く猫の耳がピクピクと、二人の声を拾うように動く)
        (しかしそんな仕草も、すっかり気の抜けた二人には気付かれることも無く) -- 2011-11-05 (土) 04:03:01
      • いよいよとなりゃ、村でやってたみたいに妖怪の格好してひと芝居打ちゃ… なあ?
        妖怪役にも役得はあるだろうしよ。町にゃ美人も多いだろうなぁオイ、半蔵。ふへへへ…(だらしの無い顔で、笑う) -- 2011-11-05 (土) 04:03:14
      • おうよ。だが下手あ打つんじゃねえぞ善三(小柄な半蔵がニヤリと笑う)
        庄屋の娘手篭めにしようってそれやって、バレそうになったからって慌てて首絞めて…
        それで俺たち村を飛び出してきたんじゃねぇか -- 2011-11-05 (土) 04:10:04
      • (知らず、歩みが鈍った二人を待つように… 猫は毛づくろいをしている)
        (自らの背を、火のような舌で舐めつつ、二人のほうをチラチラと見る) クキ♪ -- 2011-11-05 (土) 04:10:12
      • なに(へっ、と吐き捨てるように善三が言う) 沈めてきた淵にゃ妖怪が出るって噂だったじゃねぇか
        もし俺らのせいだとバレても、町に出ちまえばこっちのモンさ

        なにせ町にゃ俺たちのことを知る人間なんざ居ねえ

        退魔手形を持ちゃ俺たちも立派な退魔師さまだぁ(笑う、笑う。カンラカンラと) -- 2011-11-05 (土) 04:16:46

      • ああ。ああ、そうだとも。元々俺たちゃあの村じゃやって行けなかった
        親兄弟にまで疎まれて… 庄屋の娘の俺たちを見る目ぇ… 俺はずっと、我慢がならなかったんだ
        こうして村を抜け出たことで俺たちも清々したし、

        村の連中だって清々してるだろうよ

        (笑う、笑う。下卑た笑いで) -- 2011-11-05 (土) 04:26:05


      • (男達は笑う。宵闇の迫る山の中、もうひとつの笑い声が… 小さな小さな笑い声が、混じっていることに気付くまで)
        クキキ♪ クキキキキ♪ (気付いた男達は、どんな表情をしたことだろうか)

        つまり君達は、死んでも誰も気にしない人間なんだね

        (黒猫の赤い瞳が二人を見る。その輪郭は暮れなずむ山の夜気に溶け… 代わりに、男たちの四方から唸り声が迫る)
        助かったよ。僕もう、倒れそうなくらいお腹が空いていたんだよね クキ♪
        (それはこの場に待ち伏せていた、狼の群れ) -- 2011-11-05 (土) 04:29:56

      • 逃げようとすれど牧羊犬が羊を囲うように、慣れぬ刀を振り回せど雲か霞を斬るように…
        狼たちは二人を翻弄し… 疲れ果て、動きの鈍ったところをひと噛みに
        悲鳴は短く、こだましたが… 猫に誘い出され、街道からも…わき道からも大きく外れた森の中、助けを求める声はただ虚しく響くだけだった -- 2011-11-05 (土) 04:37:12
      • 動かなくなった骸を、黒猫が舐める。骸から抜ける魂魄の、魄だけを器用に舐め取る。目を細め、喉を鳴らしながら
        やがて血糊の付いた前足を舐めて綺麗にすると、男たちの亡骸から離れる
        あとは皆で食べちゃっていいよ いつも通りにね
        それを聞いて、亡骸を囲むように伏せていた狼達が一斉に群がる -- 2011-11-05 (土) 04:42:58
      • 男たちの骨は、見つけられることも無いまま野ざらしになるだろう
        よしんば見つけられたとしても… 街道を遠く離れた山中のされこうべ
        まことしやかな妖怪話がいくつも語られることだろうが…
        それを町角に戻り、居眠りをする黒猫と関連付けて語るものは、恐らくいないであろう -- 2011-11-05 (土) 04:43:46


      • ―――――――― 完

        ※ 化け猫は時に山中に潜み、オオカミを引き連れて旅人を襲うと信じられていた。ふろむウィキペドさん -- 2011-11-05 (土) 04:43:56





  • qst075182.png -- 2011-10-26 (水) 01:56:57
    •   『 橋姫 』

      • (雪の降る夜、人気の途絶えた大橋。暗い川面を覗き込む若い女と、雪の上を滑る影のように…女の足元に走り寄る黒猫) -- 2011-10-26 (水) 01:58:52
      • タマや、お前は来てくれたんだねぇ(弱々しく響く女の声。瞳にも光はなく、加えてしたたかに…酒に酔っている様子)
        あの人は結局、来てくれなかったのにね(自嘲するように女が笑う。見た目よりずっと、老けた笑顔で)
        私の最期はタマが看取ってくれるのね。それでも、誰も来ないより…ずっといいわ -- 2011-10-26 (水) 02:06:13
      • (にゃあ、と黒猫が鳴く。女のことをじっと見上げ、そして次には言葉を紡ぐ) 跳び下りるの?
        ダメだよ。君には仔がいるじゃないか(猫は赤い目で語りかける) 気付いていないかもしれないけど、お腹の中に
        (くねくねと身をよじり、何かをぺっと吐き出す。それは小振りの、黄金の粒)
        オスが居なくても、産んで育てようよ。虎や猫は、そうして子を育てるよ? -- 黒猫 2011-10-26 (水) 02:10:14
      • …タ マ? (女は驚き、目を丸くする。しかし すぐに、酒の見せている夢かと合点して)
        そう なの。あの人の子が、私に…?(黄金の粒の輝きも、しかしこの女の目には映らない)
        ダメよ。私、もう生きていられないの。あの人が来てくれなかったから…私、もう生きていても仕方ないの
        (ぼろぼろと、涙がこぼれる。大橋の欄干に積もった雪に、いくつも穴を穿ちながら)
        あの人へのあてつけに、私…死んでやるんだから -- 2011-10-26 (水) 02:20:21
      • (猫はぐっと身を屈め、端の欄干にのぼる。音もなく) ねえ。それはお腹の仔よりも大事なことなの?
        どうしても君が死ななきゃいけないとは、僕には思えないんだ(同じ目の高さから、暗く…赤い瞳がじっと覗き込む)
        まだ幾つか、君にあげられる黄金もあるよ? 生きて、仔を育てる気にはなれないかな? -- 黒猫 2011-10-26 (水) 02:45:14
      • …嫌よ。 嫌(深淵の色をした、けれどまっすぐな目から視線をそらし) 来なかったあの人を許して、あの人の子を産んで育てるなんて絶対に嫌!
        あの人の心に、消えない「私」を刻むの! 毎年冬になったら思い出すように、この正月に死んでやるの!
        もう、もう「死んでやる」って あちこちで言ってきたのよ、私。あの人が迎えに来てくれなかったから、私もう…死ぬしかないの
        (酒に酔ってか、自分に酔ってか 滔滔と語る) 
        あの人の子供が居るなら私、子供ごと… 死んでやるんだから! -- 2011-10-26 (水) 02:50:46

      • (雪の積もる大橋。真綿のような真白の雪が僅かな灯かりを反射して、仄かに明るかった娘の周囲が…不意に暗くなる)

        つまり、君は… 「死んでも不思議じゃない人間」ってことだね

        (クキ♪ クキキ♪ 蔑むような笑い声が響く) 仔を成して、明日を生きられるなら… 煩いなんて捨ててしまえばいいのに
        君たちはいつもそうだね。…まったく、わけがわからないよ -- 黒猫 2011-10-26 (水) 02:58:23


      • 次の日。大橋の袂に土座衛門が上がった。まだ若い女で、情人に振られ自棄酒を飲む姿を何人もの町民が見ていた
        検死の結果、ろくに水を飲んでいないことから溺死ではないだろうとの見解はあったが…
        なにしろ雪の降る真冬の大川。水に落ちた時に、心の臓がやられたのだろうと事情通たちは口々に…
        だが誰も、妖怪の仕業だと口にするものは居なかった

        ―――――――― 完 -- 2011-10-26 (水) 03:08:46





  • qst075182.png
    •   『 古狸 』

      • 「 …なあ、クロや。お前は猫だから、特別に見せてやろう」
        枯れ果てたような老爺が長屋の一室、たまに餌をやる野良猫に語りかける
        「なんて言っても、判るまいがな」
        長屋の住人には見せない、ギラりとした笑み。…老爺の目の光は、年齢を感じさせないものだった
        「こいつは俺が、仲間を売って手に入れたお宝だ」
        「金に換えようにも名が売れすぎて、足がついちまう… 絵に描いたモチみたいなもんだが…」
        そう言って取り出すのはいくつかの黄金の粒と…小さな茶入 -- 2011-10-22 (土) 00:09:13

      • 黒猫はいつもそうするように、老爺の出す残り物の刺身を平らげると毛繕いを始める
        普段と違う様子にも気づかないかのように、合間、合間に老爺のほうをチラチラと見ながら -- 黒猫 2011-10-22 (土) 00:20:08

      • 「こいつは天下を動かすとも言われた高名な茶道具でな。これひとつでこの枡村藩だって買えちまうって値が付くらしい」
        茶入れを掲げ、ギラつく眼で舐めるように眺める
        欲と嫌悪、愛憎入り混じった表情で
        「とある盗賊団が盗み出し… その盗賊団が手入れにあってからずっと行方知れず」
        「一味のねぐらの場所を町方に流したのが、この俺よ」
        目だけではない、年輪を感じさせないのは… 背を丸めることをやめ、不敵に笑う様からは覇気すら感じられる
        「生ぬるい頭領のやりかたにはホトホト愛想が尽きていたんだ」
        「ほとぼりが冷めたら、こいつを元手に俺が頭になって…大親分として名を馳せるのよ」
        「この狸穴(まみあな)の甚六がな」 -- 2011-10-22 (土) 01:00:03

      • 黒猫は黙って男の独白を聞く。それは誰にも話せない、誰かに話したい、そんな物語
        男は気づかない。話を聞く猫の瞳が、いつの間にか赤く輝いていることに -- 黒猫 2011-10-22 (土) 01:05:06

      • 「頭領はあの後すぐ獄門になっちまった(へへっ、と男が笑う)」
        「役人どもも、島流しから帰ってきた同輩も…俺のことを血まなこで探してやがるだろうが」
        「ところが俺は見つからねえんだ」
        「灰墨で髪を染め、歯を半分抜いてまでこうしてジジィに身をやつしてるんだからな」
        滔滔と、朗々と語られる『誰かに聞かせかった物語』
        得意げに、男は語り続ける
        「見つかったらコッチも命が無え。必死にもなるってもんさ。なあ、クロ?」
        「 …クロ?」 -- 2011-10-22 (土) 01:18:31

      • 「クキ♪」 (沈黙の後、猫が笑う) 「クキキキ♪」

        「つまり君は「殺されてもおかしくない人間」なんだね?」

        長屋の部屋が、暗くなる
        闇に浮かぶ2つの赤い瞳が老爺を…老爺の形をした男を映す
        「クキキ♪」 黒猫が前足で男の背後を「招く」
        ふわり、宙に浮く包丁… それは蕎麦屋に身をやつす元盗賊の商売道具 
        「物盗りか… 怨恨ってセンかな?」 -- 黒猫 2011-10-22 (土) 01:36:35

      • 翌日、長屋は騒然となった
        住人が背後から刺されて殺され、その部屋から天下の名品と言われる茶器が見つかり…
        好々爺と思われていた住人がまだ壮年の盗賊であったことが知れ…
        犯人はその盗賊に恨みを持つスジのものか、行き摺りの物盗りだろうということに落ち着いた -- 2011-10-22 (土) 01:48:57
      • 殺された男が餌をやっていた猫は、それっきり長屋に姿を見せることもなく
        長屋の住人たちも盗人の因果について話をすることはあっても、妖怪の仕業だと口にするものは一人も居なかったという…

        ―――――――― 完 -- 2011-10-22 (土) 01:56:14




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  • qst075182.png --
  • qst075182.png -- 2011-11-17 (木) 02:42:38
    •   『 小袖の手 』

      • 英雄町にある遊郭、その一角にある妓楼「桐乃花」
        煌々たるお店(たな)の裏手側、ひっそりと建つ置屋
        茶を引いた遊女や遣り手、下働きの娘たちが今日もそれぞれの部屋で
        襖に経文やお札を貼りつけ、息を潜めるように… -- 2011-11-25 (金) 02:12:08

      • やがて丑三つ時、衣擦れの音がゆっくりと
        廊下をうろつき、部屋部屋の前で立ち止まる
        足音もさせずに

        まだ幼い禿(かむろ)が身を竦めるのを抱き寄せ
        くたびれた声の遊女が、囁くように言う
        「お袖(そで)ちゃん、まだ妹を探してるんだね…」 -- 2011-11-25 (金) 02:17:19

      • この妓楼の下働きに、幼い双子の娘がいた
        姉がお袖、妹が単(ひとえ)
        器量は良くはなかったが、よく働く娘たちだった

        だが、困ったことにお袖には盗癖があったという
        帳場の小銭、遊女の小間物、仕出しの小鉢…
        それを悪いと知りながら、心をどこかに置き忘れたかのように
        気付けば袂(たもと)に入れているのだと -- 2011-11-25 (金) 02:20:04

      • 店の主人はこれを重く見た
        身内や出入りの業者に頭を下げて済むうちはまだしも
        いつか客の持ち物に手を出すことがあれば…

        主人はお袖の働き振りを惜しみながらも
        その右手を手首から切らせ、盗癖を封じることを選び

        腕の確かな出入りの医者がお袖を看て、大事には至らぬはずだったが
        お袖はその夜から熱を出し、死んでしまった -- 2011-11-25 (金) 02:21:20

      • 「怖くないよ。お袖ちゃんは悪い子じゃない」
        遊女が、腕の中の禿に聞かせる
        「ああして廊下を回るのも、この時間だけさ」
        「お袖ちゃんが逝ってしまった、この時間だけ」 -- 2011-11-25 (金) 02:24:46

      • 姉を失った単は、それでもよく妓楼に尽くして働いた
        妓楼の主人も単に目をかけ、よく気を配った

        だが、帳尻の合わないことや小間物が消えることはそれからも続いた
        単を問い詰めると、その袂から小銭が出てきて
        これは小袖が単を庇っていたのだろうと
        主人は泣く泣く、単を番屋に突き出した -- 2011-11-25 (金) 02:28:55

      • それ以来、妓楼「桐乃花」の置屋では丑三つ時に
        幼い右手だけを出した遊女の小袖(着物の一種)が現れて
        何かを探すように彷徨うようになった

        妓楼の住人はこれをお袖の幽霊だと怖れて
        深夜は部屋部屋に引き篭もり…身を寄せ合いやり過ごすのだった -- 2011-11-25 (金) 02:33:05

      • 「ほら、怖いなら猫を撫でていなさいな」
        「いつもエサをもらいに来る猫。婆さまに内緒で連れてきているから」
        禿の頭を撫でながら、遊女は猫の姿を探す
        さっきまで、布団の隅に丸くなっていたはずの黒猫
        「 …あら? あの子、どこに行ったのかしら」 -- 2011-11-25 (金) 02:40:22

      • 置屋の廊下、今日も華やかな小袖がひとつ
        宙を漂うように、ゆっくりと

        何かを探すように、時折部屋の前に止まり
        袖から覗く幼い手がそっと襖を撫でる


        「久しぶりだね」
        暗い廊下に、染みだすように猫の影
        「単ちゃん」 -- 2011-11-25 (金) 02:44:05



      • 小袖の動きが、雷に打たれたように
        そしてゆっくりと、黒猫に近付く -- 2011-11-25 (金) 02:50:20

      • 「お袖ちゃんと入れ替わったのかな?」
        「それとも、入れ替わらされたの?」
        黒猫の赤い目が、じっと小袖を見上げる

        「 …僕には、わからない。でも、そのせいで」
        「誰も、君の名前を呼んでくれなかったんだね」 -- 2011-11-25 (金) 02:51:38

      • 小袖はゆらゆらと、揺れる
        それは黒猫になにかを訴えるようにも
        何かを問いかけるようにも見える -- 2011-11-25 (金) 02:56:35

      • 「お袖ちゃんなら、死んじゃったよ」
        「牢屋に入ってすぐ、流行り病だったって」

        単がこうして、姉を探して迷うのは
        身を捨てて庇うほどの情、それゆえの未練か
        身代わりにされ命を落とした悲哀、それゆえの恨みか

        「 …僕には、わからない。でも、これで」
        「君がここにいる理由はもう、なくなったと思うんだ。クキ♪」 -- 2011-11-25 (金) 03:00:42

      • ふわりと、風が吹き込んだように
        小袖が膨れ上がり、ゆっくりと廊下に落ちる

        ひとつの命が死を迎えた時のように
        そこにあった「たましい」が「魂」と「魄」に分かれる
        「魂」は天を、「魄」は地を目指して -- 2011-11-25 (金) 03:07:35

      • 刹那、かっ と黒猫が口を開き、跳びかかる
        目当ては「魄」 地に向かう「たましい」
        この黒猫は、それを喰らい生きている


        「少し妖怪になりかけてたけど…」
        「悪くはなかったね」

        満足げに前足を舐める黒猫の横に小袖が舞い落ち
        その袂からチリン、と小銭の音を響かせた -- 2011-11-25 (金) 03:15:56



      • それ以来、妓楼「桐乃花」の置屋に小袖の怪異が出ることはなくなった
        お袖がついに成仏したのだ、だの
        姉を探して町に彷徨い出たのだ、だの
        噂は暫く続いたが

        誰もそれと、餌をもらいに来る黒猫との関連を
        語るものは居なかった

        ―――――――― 完 -- 2011-11-25 (金) 03:17:14





  • qst075182.png -- 2011-11-05 (土) 03:28:53
    •   『 河童 』

      • (英雄町に程近い山中、街道を逸れて獣道を歩く二人連れの旅人)
        (どちらもまだ歳若い青年であり、長旅の疲れからか生来のものか…その表情には荒んだ気色が覗える) -- 2011-11-05 (土) 03:29:41
      • おい、善三(背が低く、がっしりした体格の男が呼びかける)
        お前ぇ小さな山だから下ってりゃ里に付くって言ってたじゃねぇか
        もう日が暮れちまうぞ -- 2011-11-05 (土) 03:35:24
      • (善三と呼ばれた男は背が高く、こちらもそれなりの丈夫と見える) うるせえな半蔵
        お前ぇだって、迷ったからって引き返すなぁ真っ平だと言ってたじゃねぇかよ -- 2011-11-05 (土) 03:38:22
      • (日は傾き、木々の間を縫う獣道は既に薄暗く… 不意に、獣道に一匹の猫が躍り出る)
        (近付く山の「夜」から切り出されてきたような、闇色の黒猫)
        にゃあ (ひと声鳴き、二人の旅人に近付いてじっと見上げる。血のように赤い色をした両目で) -- 2011-11-05 (土) 03:39:10
      • お? なんだコイツ。俺たちゃ今、機嫌が悪いってのによ(善三が苛立ち紛れに蹴り上げようと近付く) -- 2011-11-05 (土) 03:43:05
      • お、おい待てよ善三。見れば随分、人に慣れてるようじゃねえか
        (半蔵が善三の袖を引き、止める) つまり人里が近いってこった
        コイツに付いて行きゃ、町に出られるかも知れねぇぞ -- 2011-11-05 (土) 03:46:41
      • (黒猫はまるで言葉がわかるかのように、じっと二人の声に聞き入っていたが… )
        (やがてフラリと二人に背を向け、獣道を先導するように歩き出す。濃さを増す宵闇の奥へ) -- 2011-11-05 (土) 03:52:05
      • …なるほどなぁ、半蔵。手前やっぱり知恵が回りやがるな(へっへっへ と、善三が笑う)
        (無事に山から出られると、緊張の糸が切れたとばかりに) -- 2011-11-05 (土) 03:56:48
      • (へっへっへ と、半蔵が笑う) まあな。これからも、俺に任せてりゃ間違いは無いさ
        英雄町に出りゃ奉行所に届け出て「退魔手形」を手に入れて…
        そうすりゃ、真面目に妖怪とやりあうこた無え。いくらでも使い道があるからな、あの手形はよ -- 2011-11-05 (土) 03:57:13
      • (先を行く猫の耳がピクピクと、二人の声を拾うように動く)
        (しかしそんな仕草も、すっかり気の抜けた二人には気付かれることも無く) -- 2011-11-05 (土) 04:03:01
      • いよいよとなりゃ、村でやってたみたいに妖怪の格好してひと芝居打ちゃ… なあ?
        妖怪役にも役得はあるだろうしよ。町にゃ美人も多いだろうなぁオイ、半蔵。ふへへへ…(だらしの無い顔で、笑う) -- 2011-11-05 (土) 04:03:14
      • おうよ。だが下手あ打つんじゃねえぞ善三(小柄な半蔵がニヤリと笑う)
        庄屋の娘手篭めにしようってそれやって、バレそうになったからって慌てて首絞めて…
        それで俺たち村を飛び出してきたんじゃねぇか -- 2011-11-05 (土) 04:10:04
      • (知らず、歩みが鈍った二人を待つように… 猫は毛づくろいをしている)
        (自らの背を、火のような舌で舐めつつ、二人のほうをチラチラと見る) クキ♪ -- 2011-11-05 (土) 04:10:12
      • なに(へっ、と吐き捨てるように善三が言う) 沈めてきた淵にゃ妖怪が出るって噂だったじゃねぇか
        もし俺らのせいだとバレても、町に出ちまえばこっちのモンさ

        なにせ町にゃ俺たちのことを知る人間なんざ居ねえ

        退魔手形を持ちゃ俺たちも立派な退魔師さまだぁ(笑う、笑う。カンラカンラと) -- 2011-11-05 (土) 04:16:46

      • ああ。ああ、そうだとも。元々俺たちゃあの村じゃやって行けなかった
        親兄弟にまで疎まれて… 庄屋の娘の俺たちを見る目ぇ… 俺はずっと、我慢がならなかったんだ
        こうして村を抜け出たことで俺たちも清々したし、

        村の連中だって清々してるだろうよ

        (笑う、笑う。下卑た笑いで) -- 2011-11-05 (土) 04:26:05


      • (男達は笑う。宵闇の迫る山の中、もうひとつの笑い声が… 小さな小さな笑い声が、混じっていることに気付くまで)
        クキキ♪ クキキキキ♪ (気付いた男達は、どんな表情をしたことだろうか)

        つまり君達は、死んでも誰も気にしない人間なんだね

        (黒猫の赤い瞳が二人を見る。その輪郭は暮れなずむ山の夜気に溶け… 代わりに、男たちの四方から唸り声が迫る)
        助かったよ。僕もう、倒れそうなくらいお腹が空いていたんだよね クキ♪
        (それはこの場に待ち伏せていた、狼の群れ) -- 2011-11-05 (土) 04:29:56

      • 逃げようとすれど牧羊犬が羊を囲うように、慣れぬ刀を振り回せど雲か霞を斬るように…
        狼たちは二人を翻弄し… 疲れ果て、動きの鈍ったところをひと噛みに
        悲鳴は短く、こだましたが… 猫に誘い出され、街道からも…わき道からも大きく外れた森の中、助けを求める声はただ虚しく響くだけだった -- 2011-11-05 (土) 04:37:12
      • 動かなくなった骸を、黒猫が舐める。骸から抜ける魂魄の、魄だけを器用に舐め取る。目を細め、喉を鳴らしながら
        やがて血糊の付いた前足を舐めて綺麗にすると、男たちの亡骸から離れる
        あとは皆で食べちゃっていいよ いつも通りにね
        それを聞いて、亡骸を囲むように伏せていた狼達が一斉に群がる -- 2011-11-05 (土) 04:42:58
      • 男たちの骨は、見つけられることも無いまま野ざらしになるだろう
        よしんば見つけられたとしても… 街道を遠く離れた山中のされこうべ
        まことしやかな妖怪話がいくつも語られることだろうが…
        それを町角に戻り、居眠りをする黒猫と関連付けて語るものは、恐らくいないであろう -- 2011-11-05 (土) 04:43:46


      • ―――――――― 完

        ※ 化け猫は時に山中に潜み、オオカミを引き連れて旅人を襲うと信じられていた。ふろむウィキペドさん -- 2011-11-05 (土) 04:43:56





  • qst075182.png -- 2011-10-26 (水) 01:56:57
    •   『 橋姫 』

      • (雪の降る夜、人気の途絶えた大橋。暗い川面を覗き込む若い女と、雪の上を滑る影のように…女の足元に走り寄る黒猫) -- 2011-10-26 (水) 01:58:52
      • タマや、お前は来てくれたんだねぇ(弱々しく響く女の声。瞳にも光はなく、加えてしたたかに…酒に酔っている様子)
        あの人は結局、来てくれなかったのにね(自嘲するように女が笑う。見た目よりずっと、老けた笑顔で)
        私の最期はタマが看取ってくれるのね。それでも、誰も来ないより…ずっといいわ -- 2011-10-26 (水) 02:06:13
      • (にゃあ、と黒猫が鳴く。女のことをじっと見上げ、そして次には言葉を紡ぐ) 跳び下りるの?
        ダメだよ。君には仔がいるじゃないか(猫は赤い目で語りかける) 気付いていないかもしれないけど、お腹の中に
        (くねくねと身をよじり、何かをぺっと吐き出す。それは小振りの、黄金の粒)
        オスが居なくても、産んで育てようよ。虎や猫は、そうして子を育てるよ? -- 黒猫 2011-10-26 (水) 02:10:14
      • …タ マ? (女は驚き、目を丸くする。しかし すぐに、酒の見せている夢かと合点して)
        そう なの。あの人の子が、私に…?(黄金の粒の輝きも、しかしこの女の目には映らない)
        ダメよ。私、もう生きていられないの。あの人が来てくれなかったから…私、もう生きていても仕方ないの
        (ぼろぼろと、涙がこぼれる。大橋の欄干に積もった雪に、いくつも穴を穿ちながら)
        あの人へのあてつけに、私…死んでやるんだから -- 2011-10-26 (水) 02:20:21
      • (猫はぐっと身を屈め、端の欄干にのぼる。音もなく) ねえ。それはお腹の仔よりも大事なことなの?
        どうしても君が死ななきゃいけないとは、僕には思えないんだ(同じ目の高さから、暗く…赤い瞳がじっと覗き込む)
        まだ幾つか、君にあげられる黄金もあるよ? 生きて、仔を育てる気にはなれないかな? -- 黒猫 2011-10-26 (水) 02:45:14
      • …嫌よ。 嫌(深淵の色をした、けれどまっすぐな目から視線をそらし) 来なかったあの人を許して、あの人の子を産んで育てるなんて絶対に嫌!
        あの人の心に、消えない「私」を刻むの! 毎年冬になったら思い出すように、この正月に死んでやるの!
        もう、もう「死んでやる」って あちこちで言ってきたのよ、私。あの人が迎えに来てくれなかったから、私もう…死ぬしかないの
        (酒に酔ってか、自分に酔ってか 滔滔と語る) 
        あの人の子供が居るなら私、子供ごと… 死んでやるんだから! -- 2011-10-26 (水) 02:50:46

      • (雪の積もる大橋。真綿のような真白の雪が僅かな灯かりを反射して、仄かに明るかった娘の周囲が…不意に暗くなる)

        つまり、君は… 「死んでも不思議じゃない人間」ってことだね

        (クキ♪ クキキ♪ 蔑むような笑い声が響く) 仔を成して、明日を生きられるなら… 煩いなんて捨ててしまえばいいのに
        君たちはいつもそうだね。…まったく、わけがわからないよ -- 黒猫 2011-10-26 (水) 02:58:23


      • 次の日。大橋の袂に土座衛門が上がった。まだ若い女で、情人に振られ自棄酒を飲む姿を何人もの町民が見ていた
        検死の結果、ろくに水を飲んでいないことから溺死ではないだろうとの見解はあったが…
        なにしろ雪の降る真冬の大川。水に落ちた時に、心の臓がやられたのだろうと事情通たちは口々に…
        だが誰も、妖怪の仕業だと口にするものは居なかった

        ―――――――― 完 -- 2011-10-26 (水) 03:08:46





  • qst075182.png
    •   『 古狸 』

      • 「 …なあ、クロや。お前は猫だから、特別に見せてやろう」
        枯れ果てたような老爺が長屋の一室、たまに餌をやる野良猫に語りかける
        「なんて言っても、判るまいがな」
        長屋の住人には見せない、ギラりとした笑み。…老爺の目の光は、年齢を感じさせないものだった
        「こいつは俺が、仲間を売って手に入れたお宝だ」
        「金に換えようにも名が売れすぎて、足がついちまう… 絵に描いたモチみたいなもんだが…」
        そう言って取り出すのはいくつかの黄金の粒と…小さな茶入 -- 2011-10-22 (土) 00:09:13

      • 黒猫はいつもそうするように、老爺の出す残り物の刺身を平らげると毛繕いを始める
        普段と違う様子にも気づかないかのように、合間、合間に老爺のほうをチラチラと見ながら -- 黒猫 2011-10-22 (土) 00:20:08

      • 「こいつは天下を動かすとも言われた高名な茶道具でな。これひとつでこの枡村藩だって買えちまうって値が付くらしい」
        茶入れを掲げ、ギラつく眼で舐めるように眺める
        欲と嫌悪、愛憎入り混じった表情で
        「とある盗賊団が盗み出し… その盗賊団が手入れにあってからずっと行方知れず」
        「一味のねぐらの場所を町方に流したのが、この俺よ」
        目だけではない、年輪を感じさせないのは… 背を丸めることをやめ、不敵に笑う様からは覇気すら感じられる
        「生ぬるい頭領のやりかたにはホトホト愛想が尽きていたんだ」
        「ほとぼりが冷めたら、こいつを元手に俺が頭になって…大親分として名を馳せるのよ」
        「この狸穴(まみあな)の甚六がな」 -- 2011-10-22 (土) 01:00:03

      • 黒猫は黙って男の独白を聞く。それは誰にも話せない、誰かに話したい、そんな物語
        男は気づかない。話を聞く猫の瞳が、いつの間にか赤く輝いていることに -- 黒猫 2011-10-22 (土) 01:05:06

      • 「頭領はあの後すぐ獄門になっちまった(へへっ、と男が笑う)」
        「役人どもも、島流しから帰ってきた同輩も…俺のことを血まなこで探してやがるだろうが」
        「ところが俺は見つからねえんだ」
        「灰墨で髪を染め、歯を半分抜いてまでこうしてジジィに身をやつしてるんだからな」
        滔滔と、朗々と語られる『誰かに聞かせかった物語』
        得意げに、男は語り続ける
        「見つかったらコッチも命が無え。必死にもなるってもんさ。なあ、クロ?」
        「 …クロ?」 -- 2011-10-22 (土) 01:18:31

      • 「クキ♪」 (沈黙の後、猫が笑う) 「クキキキ♪」

        「つまり君は「殺されてもおかしくない人間」なんだね?」

        長屋の部屋が、暗くなる
        闇に浮かぶ2つの赤い瞳が老爺を…老爺の形をした男を映す
        「クキキ♪」 黒猫が前足で男の背後を「招く」
        ふわり、宙に浮く包丁… それは蕎麦屋に身をやつす元盗賊の商売道具 
        「物盗りか… 怨恨ってセンかな?」 -- 黒猫 2011-10-22 (土) 01:36:35

      • 翌日、長屋は騒然となった
        住人が背後から刺されて殺され、その部屋から天下の名品と言われる茶器が見つかり…
        好々爺と思われていた住人がまだ壮年の盗賊であったことが知れ…
        犯人はその盗賊に恨みを持つスジのものか、行き摺りの物盗りだろうということに落ち着いた -- 2011-10-22 (土) 01:48:57
      • 殺された男が餌をやっていた猫は、それっきり長屋に姿を見せることもなく
        長屋の住人たちも盗人の因果について話をすることはあっても、妖怪の仕業だと口にするものは一人も居なかったという…

        ―――――――― 完 -- 2011-10-22 (土) 01:56:14





Last-modified: 2011-11-25 Fri 17:57:31 JST (4536d)