リヒャ ウル

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マダオスイッチ
6  
  • 「おい、リヒャルト!わりぃ、ちっとコイツ預かってくれ!」

    不意に事務所の扉が開け放たれ、慣れ慣れしいトーンの声が響く。

    「はいはい・・まったく・・・あなたはいつも突然現れますね。」

    開け放たれた扉の先、声の発せられた方向に視線を移すと―僕は一瞬、我が目を疑った。

    突然の来訪者は、とんでもない手土産を携えていた。それは―

    「こ・・・子供ぉ!?ちょっとどういうことですか・・・師匠!」
    • 「どういうことって、さっき言ったとおり。お前にこの子を預けるんだ。頼んだぞ。」

      なんということだろう。来訪者―僕の師匠は、僕に拒否という選択肢を与えないつもりだ。
      引きつった笑いが、僕の顔に浮かぶ。

      「ふざけないでください・・・。」

      しかし、怒りを込めた僕の声にも、師匠は悪びれるというよりも寧ろ、きょとんと驚いたような表情を浮かべていた。

      「なんだ。師匠の言いつけが聞けないのか。」

      「あっったり前です!!今日という今日はもーう誤魔化されませんよ!これまでずーっとそうだった!覚えてますか?いや、貴方が覚えていなくても僕が覚えています!遊郭で遊んだつけに僕の名義を使ったのは誰だったか?そう、貴方です!僕がごはんの代金のかわりに一日中皿洗いをさせられたのは誰のせいか?もちろん貴方です!僕がいわれもない苦労を背負ってきたのは誰のせいか?ぜーーーんぶっ、貴方です!僕はあなたの技能は尊敬していますけどね、人間性は1っっっミリも信頼していませんから!!」
      • 今日こそ言ってやった。そう思っていたのだが。

        「そうか。じゃあ、色々苦労はあると思うが、頼んだぞ。」

        「は?」

        「詳しい話はそいつから聞いてくれ。おっと、紹介を済ませてなかったな。」

        「あの。」

        「こいつの名前は、ウルリヒ。ウルとでも呼んでやってくれ。じゃあ、そういうことで、な。」

        「おい!!」

        僕が叫んだときには、既に事務所に師匠の姿は無かった。

        「〜〜〜ッ。」
      • ・・・・・・・・・・
      • 「はぁ・・・。」

        済んでしまったことを悔やんでも仕方がない。そうだ、あの人は自然災害のようなものなのだ、などと、自分を納得させるための言葉を脳裏に並べていると、背後から視線が刺さるのを感じた。
        そうだ。怒りのあまりにすっかり忘れていたが、今ここには、師匠の連れてきた赤髪の子供がいたのだった。

        「えー、っと・・・僕はリヒャルト。リヒャルト・ミュラー。きみは、名前、なんていうんだっけ。」

        まさかそのまま放っておくわけにもいくまい。仕方がない、仕方がない。そう自分に言い聞かせながら、なるだけ友好的に話しかけてみる。

        「さっき父さんが言ったでしょう。」

        その子供は、そう言うなりふいと視線をそらし、退屈そうに髪を弄り始めた。
        こいつ・・・扱いづらい・・・!
  • ・・・・・・・・・・
  • かくして、僕とウルリヒ(名前は土下座してもう一度教えて貰った)の、起居を共にする生活が始まった。
    ・・・のだが。

    「聞いてません。」
    「いや、言ったよ。」
    「いつ言ったんですか。日付は。時間は。」
    「がー!こんなしょうもないことでどれだけ意地張るんだよ。親の顔が見てみたいよ、まったく。」
    「・・・。」
    「だいたい、父親はともかく、母親に至ってはどんな人なのかすらわかりやしない。ちょっとは話してくれて」
    「別に、今それを話す必要はないでしょう。」

    些細なことで言い争いになってしまい、喧嘩の絶えない毎日。
    それにウルリヒは、自分の素性に関わる話になると、話を遮り、ぷいと背を向けて部屋を出て行ってしまうのだ。

    僕、リヒャルト・ミュラーは悩んでいた。僕に、この生活を続けることができるのだろうかと。
    そして、この生活を続けることが、本当にウルリヒのためになるのだろうかと。

    「苦労しているみたいだな。」

    そのとき、背後から、聞き慣れた声が聞こえた。

    「一体誰のせいだと思ってるんですか。」

    あきれ果てたという気持ちを込めて(この人と話すときはいつもこうなのだが。)その言葉を返す。

    「おうおう、久々にお師匠が顔を出したっていうのに、なんだその態度は。」
    「そういうことは、もう少し期待を持って接することのできる人物になってから言ってください。」
    「まあそう言うな。今日はちょっとした昔話をしようと思ってな。」
  • ・・・・・・・・・・
  • 俺、ウルリヒ・デューラーは悩んでいた。自らの秘密、そしてそれ故の境遇を、リヒャルトに明かしてよいものだろうかと。
    そして何より、恐れていた。それを知ったリヒャルトに、疎んじられることを。故郷の人々が、そうだったように。

    そこまで考えたところで、ふとあたりを見回すと、街灯が仄かに点り、街を照らしていた。
    俺はここでようやく、すっかり日が暮れてしまっていることに気がついた。
    心配させるのも悪い。ひとまず結論は先送りにして、急ぎ、家に帰ることにした。
    のだが。

    「いってッ・・・。」

    帰途に就くべく駆けだした俺の身体は、何か大きなものに遮られ、街路に投げ出された。
    身体を起こし、見上げると―俺の身長の倍はあろうかという大男が、その顔を不機嫌そうに歪ませ、俺を見下ろしていた。
  • ・・・・・・・・・・
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    • 「アァ?なんだ、その生意気な目つきは?まだやられ足りねえのか?」

      大男、と、その仲間達が、不機嫌そうに捲し立てる。

      「なんとか言ったらどうだ?なあ、オイ?」

      何か言わせるつもりなんてないくせに。
      大男の蹴りが、脇腹に突き刺さる。

      「カハッ・・・ゲホッ、ゲホッ・・・。」

      口のなかに、鉄のような味がわっと広がる。
      俺は、ここで死ぬのかな。
      悔いしか残らない人生だった。
      好奇心で家族を失った。すごいお宝が隠されているんじゃないか、そんな単純な考えで探検した地下洞窟。俺を待っていたのは、お宝なんかじゃない。呪いの魔法だった。
      父は邪教の使いとして村民に嬲り殺され、母は俺を村から逃すと、自ら命を絶った。俺に残ったのは、深い絶望と、魔法に呪われた身体だけだった。

      別に、かまわねえな。ここで死んじまおうと。
      そして俺は、そっと瞼を閉じた。



      • ・・・・・・・・・・
      • 「それで。僕に何を求めているんです?」

        問いはするが、答えは求めていない。
        そしてそれは勿論、この人にもわかっている。

        「さあな。それは自分で考えな。」
        「何も考えてないだけでしょう。」
        「はっ。弟子を信用しているだけだよ。」

        まったく、本当にこの人は、僕を動かすのが上手い。
        僕はお気に入りのファーコートを羽織ると、事務所の扉を開けた。

        「お師匠。戸締まりは頼みましたよ。」
      • ・・・・・・・・・・

Last-modified: 2012-08-26 Sun 11:03:29 JST (4233d)