アイモーグ家出身 ダート 15586 †
ムーグ侯爵家の歴史において、ダート・ムーグと呼ばれる当主の存在は、あまり大きなものではない。
一族の歴史を一冊の本にまとめるとするならば、精々数行の文章で片付くだろう。 彼女のしたことは、旅に出て、帰ってくれば嫁を連れて帰り、 ブランフォード辺境伯との間で危うく戦争を起こしかけ、三人の義娘を育て上げた。 その程度のものである。 しいて言うならば、領内のワインの取引をとある商人に一手に任せ、それがある程度成功を収めた。 それも書き加えても、良いかもしれない。 どちらにしろ、その程度のものだった。普通の女にすぎなかった。 ダートの義母に当たるテスティ・ムーグは、竜を狩ったといわれる武勇で語り継がれているし、 それよりずっと前、この侯爵家を伯爵から侯爵へと上らせた女傑ジウ・ムーグは、今もムーグ家にとって誇りである。 彼女たちに比べると、ダート・ムーグの存在は、ムーグ侯爵家にとって、とても小さなものである。 そんな彼女の生い立ちは、少し複雑である。 知っての通り、ムーグ侯爵家には、少々困った癖がある。 同性愛者ばかりなのだ。 ダートも、エレアノール・ブランフォード、後のエレアノール・ムーグという愛する妻を見つけた。 その先代であるテスティ・ムーグも、愛する妻一筋だ。 つまり、ダートは両親の実の子ではない。 彼女の生まれはセブンスムーグ家。ナイルの実の姉である。 セブンスムーグ家は、男には争わせ、女は道具とされ、嫁がされる。 ダートも大事な娘として、道具として、育てられた。 王立女学院において学び、淑やかに育ち、そしてある女と恋をして、彼女は心を壊した。 事業に失敗し、借金を重ねていた当時のセブンスムーグ家にとって、ダートは大事な金蔓であった。 心を病んでいたダートも例外ではなく嫁がされる予定だったのを、テスティが多額の支援と引き換えに、引き取ったのだ。 ダート・ファストムーグの、それが始まりである。 その後のことは、あまり語ることもないだろう。 彼女はダート・ファストムーグとなり、そしてダート・アイモーグとなり、そしてダート・ムーグとなった。 ハーレクシェンド、リタルシア、マリーと名づけた三人の義娘を育て上げた。 その隣には、常にエレアノールが居た。 彼女らは時に愛を囁きあい、時に喧嘩し、時に睦みあった。 一つしかないその腕で、愛する人と補い合って、全てを手に入れた。 比翼の鳥は、幸せになったのだ。 昨日の葬儀で、棺の中のダートの顔は、とても安らいで見えた。 思い残すことがなかったのだ、とは、言ってほしくない。 しかしそれでも、彼女にとって一番大切なものは、決して失われぬままだった。 棺へと最後の百合を投げ入れたエレアノールの表情も、柔らかに見えた。 ダートの死が、悲しくなかったわけではないだろう。 しかしそれでも、彼女は愛する人の最後を、手を繋いで見送れたのだ。 連理の枝は、失われぬままだった。 何を書こうとするでもなく、つれづれと書いた文章も、そろそろ終わりにしたいと思う。 仕事ではなく文書を書いたのは、久しぶりだ。 どうか、愛する祖母が、天でも安らぎ、幸せに居ますように。 エレアノールおばあちゃんが行くまで、少し寂しいかもしれないけれど。 少しだけ、我慢してあげてください。 おやすみなさい、ダートおばあちゃん。 黄金暦158年3月26日 よく晴れた朝 メイ・ファストムーグ記 これまでに受け取った幸せの数:10888 今日、受け取った幸せの数:1 コメント †最新の1件を表示しています。 コメントページを参照 裏口 † |