ぞぶり


そんな厭な音がした。


「……おや」


血塊とともに口から溢れ出てきたのは、そんな他人事のような声。


見下ろすと、硬質化したウーズの触手が槍となって胸を貫いている。


確かに今まで数十回、数えるのも馬鹿らしくなるほど死に掛けながらも生き延びた。


極限状況を日常とするうち、年老いて時を重ねる機能も壊れて消えた。


それでも神ならぬ身。心臓を貫かれたならば、死は免れ得ない。


辛うじて攻撃を免れたひとりを振り仰ぎ、逃げろと手を振った。


逃げられるかな、逃げられるといいな。


せめて仲間が逃げおおせるよう、雷砲の一発も撃てればいいのに。もはや魔力の集中も、撃発音声の詠唱もままならない。


随分長いことあの街で過ごした。もはやあの街こそが故郷と、そう思うまでに。


出会い、そして別れた人の顔がよぎる。生きている人、旅立った人、死んだ人。


自分はあの街に何かを残せたろうか。ふとそんな益体もないことを思った。


色々とやってきたはずなのに、なぜかひとつも浮かばない。口から血塊をもうひとつ。ついでに笑いもこみ上げた。


「だ…か…ア……イン……た…に…い…く……かな……無理……う…あ……」




掠れ声にもならない呟き。いつの間にか倒れ伏していたことも、視界が真っ暗になっていることも、もう分からなかった。





ゴルロア魔術師協会副議長・アーナイン・ミレットフィールド
――黄金暦180年 11月、遺跡探検依頼にて死亡――

あの船はもう港にない Edit

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Last-modified: 2011-03-02 Wed 03:10:15 JST (4805d)