かつて、愛に身を焦がした者がいた。
蠍の炎に身を焼かれようとも、透明な硝子の破片に成り果てようとも、 旧友たちと違う時間を歩もうとも、けして心は折れず。 冒険者として生きることで、遠く遠く離れた女と繋がっていられると信じて。 その魂は今だ健在。 しかし、遂に彼は歩み出す。諦め、別の生き方を模索しようというのではない。 未知なる可能性を追うために、遙か世界へ旅立つのだ。 言葉にしてしまえば簡単だろう。無限の命を持って、異世界へと向かう方法を模索する。 現実的に言って、それは限りなく不可能である。そういう理がそこに立ちはだかる以上、如何ともし難かろう。 それでも。 それでも諦めぬものがいるとすれば? 「諦めちまえばそこで終わりなら、オレはとことんやってやるさ」 赤い外套を翻し、光の前に立つ男。 その手には師より授かった魔術手袋が黒く鈍く輝いている。 色々な思い出の詰まった、古びたトランクケースに視線を落として、そして。 「行くか。遅れずについてこいよ、ルナ」 背後に立つ女に声をかける。使い魔たる彼女は、明るい笑顔を見せて。 「ああ、言われずとも。アマンハ嬢の元へ向かうのだろう? ならば急ごうじゃないか。一刻も惜しい」 夏九は呵呵と笑った。そして一瞬だけ、この街で過ごした時間を思い返して―― 光の中へと、ルナを伴って消え去った。 彼は戻ってくるだろうか? この街に。――それは、誰にもわかるまい。 他ならぬ彼自身にも、ルナにも、そして愛すべき少女アマンハにすらも。 けれども。彼らが再びまみえ言葉を交わし、そしてこの地に戻ることを「観測者」は願わずにはいられなかった。 願わくは、そこに幸福な終わりがあらんことを。 |