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黄金暦90年8月 巨大ムカデ討伐依頼は失敗に終わった。生還者は元貴族の側近の女一人。 依頼者の近隣の村民は溜息を吐き、生還者は肩を落とし街へと帰還した。 ――― 生きている。 ゆっくりと瞼を開け、頭の中で繰り返す。生きている。 視線を横に動かすと地に伏した他の冒険者の姿が見えた。 辺りに自分以外の生き物の気配はない、身を起こし、巨大ムカデとの戦いを思い出す。 強敵だった。皮は硬く、俊敏で、全員を着実に傷付け、その命を奪っていった。 走馬灯すら見たのだ、奪われたはずだ、自分も。 今こうして生きている原因を探すならきっと、その走馬灯の中の一場面が原因なんだろう、 ある日姿を消した友人と、それ以来おかしくなった自分の体と、首筋を咬まれる痛み。 強烈な記憶に頭がびりびりと痛んだ。自分は何をされ、何になったのか。 16年前、見たくないと鍵を掛けて封印した記憶が死の衝撃で眼前に転がり出る。 すべて思い出した。もうずっと前から自分は人間ではなかったことを。 「トマトジュースで平気なのかって訊かれるわけだよ」 苦笑しながら立ち上がり、服に付いた土を払う。 木々の隙間から月の光が覗く。 とりあえず森から出て近くの村に行かないと。 16年前からずっとしていない食事のために。 ――― Himmel Reitmaier 59 〜 90 74