ご覧のスポンサーの提供で、お送りします。
称号、その一族に生まれれば誰もが欲するもの 勝ち抜き、奪い、生き残るは唯一人。 次回『資格』 僕には是非を問えない、それがないのだから。 --
年も明け、春が訪れ夏も近いきょうこのごろ、いかがお過ごしでしょうか 俺こと烏丸大翔は貴重なお天気に太陽光の補給がてらただいまお昼寝の真っ最中でした さて、きょうのお話はここ、あざりちゃんちの屋上からはじめよう!
だからおめーら誰と話してンだよ!…ってか手伝えよ!
ビルの屋上にあるお風呂の掃除に精を出すのは我らがUFOハンターズのリーダーあざりちゃん、冒険でケガしたけどぜんぜん元気なやる気勢。
ただいま睡眠中ですので、会話に出ることができません…御用の方は ぐー という寝息のあとにメッセージを…
そのままくたばってろっ!!
ノンキして寝に入ってた俺は、柄の長いタイプのお風呂ブラシを振りかぶったあざりちゃんに思いっきり頭をガツンといかれ…意識が遠のいた。
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扶桑、豊芦原之水穂国、日ノ本、ヤマト、ジパング……etc.etc. これらの名が同一の国・地域を指しているのかは定かではない ただ、東にかなり行ったところにある東域に サムライやニンジャといった特殊なクラスを擁する神秘の国があるという
『英雄奇譚』より抜粋
…事のはじまりは五年…いやもう六年前か、俺がグリエット孤児院を卒業するころ。 なんでも俺の遠い遠いご先祖には「鬼」とよばれる人がいて、その人の血を受け継ぐ人材が欲しいとか…そんな感じだったっけ ところがご先祖様ったら相当スキモノだったみたいで、世界中に親戚がいるらしく…俺みたいな孤児の中からも見込みアリって連中をスカウトして回ってるんだって そのためだけに自分たちで孤児院を経営してみたり、よその孤児院の健康診断を買って出たり…検査ならし放題ってワケ てなわけで誘いに乗って遠く東、いまは「ヒノモト」って呼ばれてる国に行くことにしたんだけど…
ひょっとして俺、だまされた…?
行ってみたらびっくり、けっこうな賑わいで栄えてる街のほうで暮らせたのは最初の数日だけ いきなり一族総出の「後継者争奪!熱帯ジャングル霊峰の島で神域チキチキ修行デスレース!」なんてファンキーな祭りに参加することになってたのにはまいったね。 何せ島にはそこかしこに猛獣やら人食い植物やらがいるうえに山あり谷あり、周りは海魔に海龍がウヨウヨしてる絶海の孤島…刑務所か何かかな? ただそこで暮らすだけでも難儀するのに、念の入ったことで毎度事あるごとに主催者側からお題も出されてね そんなことしなくてもみんな水に浮かぶ体質じゃないっていうのに、重りつきで海にドボンなんてなかなかできない体験だったし その場にいる全員で1000人組手をやった時もしばらく血の匂いが取れなくて何喰っても血の味しかしなかった、 まあ食事といっても修行でへとへとになった後じゃ猛獣狩って食う体力は残ってなくて ほとんどその辺に生えてるバナナを取ってきて食うだけだったんだけどね だからその時の事思い出しちゃって…バナナは二度と食いたくない。 …でも蹴落としあいをやろうってガッツのある人はまだいいほうで、だいたいは途中でギブアップしてリタイアしてったっけ…
おやじ似のイケメンが居らん!チクショーまただましやがったな!!
…そっちもかよ…
デスレースで人数を絞ってからは、いよいよ霊峰の頂に近い断崖絶壁にある年代物の神社に住む大妖怪 蓬莱山大明神とか神狼影羅比売とか呼ばれるおねーさんの面接(物理)を全員まとめて受けることになる 面接に合格する(生き残る)ことができたらマンツーマン指導でフシミ地流の奥義ってやつを授けてもらえるんだけど… 正直ここからが本当の地獄ってやつだった、詳しくは伏せる。なんたって奥義だからね、ここから先は君の目で確かめてくれ!ってやつさ 死ぬ思いで修行を終えるころには俺の身体はすっかり「鬼」になりきってた…それくらいできないと死んでたってことだね。
これぐらいできりゃあ、まあまあ合格点かな?おやじのほうが強くてイケメンだったけどな!…強くてイケメンだったけどな!!
精進します…
とても大事な事なので二回言って満足したあとどこかへ遊びに行ったんだろう、おねーさんの声が遠ざかっていく ひとまず今日も無事に「修行中の事故死」をせず生き延びたらしい いろいろ限界でばったり後ろに倒れて神社の石畳に背をつけて青空を見上げてたとき…あの人に会ったんだ。 --
…貴殿が次期宗家の最終候補ナリな?
俺一人しか残ってないし、そうなんでしょうね…そういう貴方は?
失礼した、ワガハイはフシミ地流宗家…出日陽明ナリ!
聞かれれば名乗りを上げてこっちを射すくめるような視線でこっちを睨みつけて来る 見るからにコワモテな褐色赤髪、手にはボロ布の包みを持っている胴着姿の男性…白髪交じりで老人のように見えるけど相当鍛えてるみたいで 俺と同じくらいの背丈なのに、見た目より大きく見えるっていうか、鋭い刀みたいないかにも達人って印象を与える人だった この人が俺の…
…やっと会えたってわけだね、「お義父さん」
養子に取ると言って騙すようなマネをしたうえ、いまになって顔を見せる非礼も重ねて詫びよう。
お義父さんって呼んでイヤミだと思われたのかな?ともかくそういって頭を下げるヨウメイさん、俺も体を起こして話を続ける
いいですよ、話に乗ったのは俺だし…たくさん勉強もさせてもらいました。 で?ただの授業参観ってわけじゃ…ないよね?
さっきからえらい殺気、つまりは殺す気満々… なけるぜ。 ってこういう時に使うセリフなんだろうな。 こうやってとぼけてないとどうかしちゃいそうだ
そのことだが…重ねて済まぬ、もはや貴殿の修行は無用と相成った
…は?
そりゃ聞き返すでしょ、理由はどうあれ期待してもらってた相手に「もういい」なんて言われたんだから 殺気と合わせて考えてもいやーな予感しかしないし
候補生として最低限の力を有す者すら年々減り続けている、篩にかけてもワガハイを殺すに足らぬ腕の者しか残らなかったのでは… もはやこれ以上の修行は無用、ワガハイ自らが引導を渡し…当代をもってイズルビの名も終わる。
どうやら期待外れってことらしい、本気かどーか知らないけどこの一連の後継者争奪レースも「急募:自分を殺せる人材」ってことだったみたい
そりゃどーも、期待に応えられなかったのは悪いと思いますよ、でも…
俺に後を託した人たちも、俺にだけは当主の座を譲るまいと最後まで踏ん張った人たちも それぞれたった一つの当主の座に思うところがあったはずだ それをたった一言で全部ひっくり返して、無かったことにするなんて言われたら
『ふざけんなよあんた。』
俺もお年頃だったから、トサカにきちゃった 足りないっていう腕がどれほどのもんか見せてやろうじゃないのって、生身のヨウメイさんに鬼の力でもって… どうかしてた。
『…ふざけている、まことその通り…この程度の腕でワガハイからイズルビを『襲名』しようなどとはっ!!』
俺がなれるわけだから当然ヨウメイさんだってなれる、正真正銘当代のイズルビ…真っ赤な鬼の姿に 何十年も現役で戦い続けてたヨウメイさん相手に昨日今日やっと鬼になれた俺が勝てるはずもない 顔面を思いっきりぶん殴ってやろうとしたら片手で受け止められたうえに ボロ布から取り出したカタナを真横にフルスイングされて、俺の身体は山の頂上近くから飛び石みたいに跳ねて麓のほうまで吹っ飛ばされた 途中地形にガンガン引っかかったから痛いなんてモンじゃなかったね。 --
『ううっ…あぁ…』
『そして…ワガハイにもついぞ使いこなせなんだ』
こっちは虫の息だっていうのに息一つ切らさずに追いかけてきたヨウメイさん、独り言なのか俺に話しているのかカタナをこちらに突き出す このカタナは修刀禅鬼、1000年を超える地流の歴史の中でも宗家の当主しか振るう事が許されぬ刀 その武骨な外見通りの無刃刀だが常軌を逸した重量を鬼の膂力で叩きつけることで文字通りの鬼に金棒となる… 使いこなせなくてこれって、使いこなせてたら今頃どうなってたんだなんて考える余裕はその時なかった。
『修刀禅鬼、貴殿の墓標には過ぎた代物ナリが…これで終わりだッ!!』
大上段に振りかぶったカタナの一閃が…こない、「もらった」からね
『なっ…』
『Tranquilo…焦るなってことさ』
コネクト、俺の魔法…ゲートを使っていろんなところから手を伸ばしてモノを取り寄せることができる 真正面から白刃取りなんてできそうもないから手だけヨウメイさんの真後ろから伸ばしたのさ 人間だれしもフイなことには弱いみたいで、ヨウメイさんもそういう意味じゃ人の子だったってことかな ともあれまんまとゼンキをゲットできたのはいいんだけど…
『重ッ…』
『よかろう、腕を示したいというなら見事使いこなしてみせるナリッ!!』
鬼の力でも両腕でやっと、さっきみたいに全力で振り回したら腕が引っこ抜けるんじゃないかっていう重さ… 重量的な意味もあるし、「1000年分の執念」みたいなものが感じ取れて…振り回すっていうより振り回されながらヨウメイさんの攻撃を捌き続ける にしてもひどいよな、一族の宝みたいな事いってたのに全力で殴る蹴るのやりたい放題だもん…それで壊れないコイツもどうかしてるけど
『どうした!さきほどから防ぐだけで精いっぱいか?…覇ァッ!!』
鬼穿、一族の奥義のひとつにして必殺技…簡単に言えば超すごい掌打?みたいなもん 懐に飛び込まれてそんなもんをくらったら、今度は海のほうまで吹っ飛ばされて今度こそ命はない…と思ったんだけど
『不思議なモンですね、振り回されてるんだとばっかり思ってたけど…』
防いだ、というより真正面からの横薙ぎを被せて相殺したというか…ゼンキに振り回されるのを力で抑え込もうとするのをやめて わざと振り回される…かっこつけた言い方するなら「導かれるままに振ってみたら上手くいった」って感じ?
『ワガハイの鬼穿をかき消した…?!そんなことが…ならばっ!!』
『マジかよ…』
放つ前からこの余波、周囲の草木も自然に発火しだすような熱気を伴ってヨウメイさん…いや、イズルビが構える 下手に手を出したらこっちもタダじゃすまない、というより余波の放射熱を真正面で受けてるワケだから近づくどころかろくに動くこともできない…
『これぞワガハイの全身全霊!光明…遍照ォォォォ!!』
火ってよりはもう陽、炎は炎でも太陽の炎、構えた両掌から光がまっすぐこっちへ放たれた…んだとおもう なんで放たれた当事者がわからないかって?あんまり眩しすぎて見えなかったからさ、周りみんな光って燃えてだったし…まともに見てたら眼が潰れてたねあれ。
『…!…ダメでもともと…やってみるか…!』
眼を閉じたせいかさっきよりも感覚が研ぎ澄まされたみたいで、ゼンキの『声』が聞こえたような気がした 不思議とやれちゃう気になるわけで、思いっきり振りかぶって大上段!光を切り裂いてその先の先まで真っ二つのイメージをする
『無に…還れッ!』 --
そう叫んでゼンキを振り下ろした先の事は覚えてない、気が付いたらぶっ倒れてて…慌てて起き上がって周りを見てみたら山が「真っ二つ」になってた
気が付いたナリな
すぐ近くには元の姿に戻ったヨウメイさん、手当てしてくれたらしい ヨウメイさんの話によるとゼンキの力を引き出した俺はヨウメイさんの奥義を押し返して「山を真っ二つ」にする一閃を放ったんだけど 眼を閉じてたせいか少し狙いがズレてヨウメイさんをかすめて真後ろの山まで飛んでったかららしい
なるほど、じゃあ「襲名」しそこなったわけですね?
…ハッハッハッハッハ!!
ヨウメイさんも本気で殺す気だったし俺も本気だった、やれなきゃ確実に死んでたからゼンキも応えてくれたんだと思う お互いそう思ってたから軽口言い合って笑いあえて…いつの間にか殺し合いするムードじゃなくなってた そんなわけでいまのところ襲名は保留、俺は改めてヨウメイさんの養子ってことになって…「次期宗家」って形に納まる事になった 当然よそから来た俺に良い気がしない人たちに反発されたり、俺をかついで良い目を見ようって人たちに取り巻かれたり…いざこざは絶えなかった ヨウメイさんと俺とで解り合えたものを周りのみんなに解れっていうのもまあ無理な話だったっていうのもあるし… あれだ、つまりはヨウメイさんの立場を悪くするのもナンなんで自分からこの冒険者の街まで出てきたわけさ
…つまんない話したね。
オラッ!なにブツブツいってんだメシだぞメシ!
『当たり所が悪かったか?』
ひでえ。
思い出に浸る間もなく目を覚ました瞬間現実に引き戻されて、あざりちゃんとイザヨイさんに夕飯に呼ばれる きょうも中華中華で三食ドーナツ生活が懐かしい …ま、こういう生活も悪くないかな。 --
今より、誰よりも美しく、それは女のサガか 貪欲に、時には誰かから奪い取ることも辞さない。 次回『女神』 取り繕えば、解れ裂けるものです。 --
はぁっ…はぁっ…!
丑三つ時のスラムをひとり走る女性…煽情的な恰好からして娼婦だろうか
きゃぁっ!あ…足が…
しかしハイヒールをはいたままではいつまでも走り続けられるわけもなく転倒する
いや…なんで…
追いかける気配はゴリゴリと、道路の石畳とこすれるような音を立てて娼婦に近づく
こないで!やめて!やめ…いぎぃぃ?!
肉が千切れ、骨のひしゃげる音、女の悲鳴が響いた… --
もう今月入って何人目だ…?
やぁねえ…戸締りちゃんとしなきゃ…
はいはい見世もんじゃありませんよ!散った散った!
翌朝、変わり果てた姿になった被害者と事件の捜査中の騎士団、そして野次馬というお決まりの光景 連続娼婦変死事件、ここ一か月の間娼婦の変死体が市街地で多数発見された 死体には「身体の一部を切断される、もしくは内部から臓器を抉り出されている。」といった損壊が見られる 死因はショック死、大量出血したことによる失血死などなど… 損壊は傷の形状から鋭利な道具を用いたのではなく「桁外れの力で力任せに」行われたようだ…
単なるサイコの仕業じゃねーのか?それ
繁華街を行く一人の少女、名は高野山あざり。独り言を呟いているように見えますが無害です。 僕こと語り部兼お目付け役、天狐のイザヨイは周囲に認識されぬ術を用いてあざりのそばにいる守護霊のようなものですので。
だから誰と喋って…
『こほん、ともかくこの手のシリアルキラーはターゲットを特定の人種に絞り「トロフィー」として人体の特定の部位一種のみを収集することはあっても こうもバラバラ…ある者は手、ある者は足、ある者は眼球…というように「被害者から持ち去られた部位が一人ずつ全て異なっている」ということはほぼない。 また知性の低いクリーチャーによる襲撃説にしても「特定の条件を満たす女性のみを襲撃」し、被害者を捕食するでもなく「人体の一部だけを奪って放置する」という点で不自然さがある』
…つまり?
「もって回った言い方しやがって。」と結論を急くような視線を僕に向ける、かといって結論から言うタイプの察しの良すぎる人種との会話が得意でもないのがあざりである。
『「異魔呪の仕業」と見て間違いない。…と言うのが「御山」の考えです、消去法ですがね。』
何かしらの目的のために今回の事件を起こしている。というセンで捜査をすることになったのだが… 一番クサいと目されたのが被害者が発見されたすべての現場の「中心」に位置するごくありふれた博物館である 冒険者の街にはいささか不似合いに思えるアカデミックな場所はとても大繁盛とは言えぬまばらな人だかりだった --
だいいちあの紅いのはいつ合流すんだよ!この前みたくおいしいとこだけかっさらうってのはねえんじゃねえか?
『いいかあざり、彼らはそういう『ヒーロー』的な行動をするためにこんな事をしているんだぞ?1000と100年もだ。』
言われなくても必要なら来る。という1100年の付き合いからくる経験、いわゆるお約束である。 あざりとしてはそれが「おいしいとこだけかっさらう」と感じられて気にくわないのだろうが、諦めろ。などと博物館を見て回りつつ雑談をしていると…
やあどうも、また会ったね。
そこに居たのはこの間の酒場爆破炎上事件の際に出会った胡散臭い男、あざり同様アカデミックな場にはミスマッチな人種に見える
おま…
いま博物館は大化石展、特にほら…あのでっかい貝、アレが目玉らしいよ。
あざりの言葉を遮るようにしてパンフレットを見ながら言葉を続ける男、指さす先には『開口部に札で封を施された巨大なシャコ貝』という珍妙なもの 化石のような、彫刻のような…あやしげな存在感があるそれの前まで三人で近づく
こちらの物体は、有史以前の地層から発見されたものでお札の存在から人工物…一種のオーパーツではないかとも言われ…あっ…わたし貝塚といいます、よろしく…
学芸員の貝塚と名乗る女性がいつの間にか会話に加わっている、髪はぼさぼさ、メガネ、化粧っけもない、しまむらファッションといういかにもな様子 その後しばらく閉じた貝のような物体についての講釈を聞くと博物館を後にした…
…言うほうがヤボってヤツだよな?
『ああ。』
一見なんでもないように見えた貝の化石?であったが、拭いきれぬ「血の匂い」が確かにしたことを確認し合う しかし気になる点がひとつ…
あのお姉さん、もう少し身なりに気を遣えばかなりいいセン行くと思う…ってことかい?
とぼけた男の発言は無視し、あざりは例の事件との関係を確認すべく一計を案じるのだった。 --
その夜、スラム街を行く女が一人 後ろから不気味な音を響かせて近づく気配に気づく様子はなく このままでは哀れ今宵の犠牲者に…
来ると思ったぜこんちきしょうがぁっ!!
くるりと振り返った女は娼婦に変装…したつもりのあざり 道中男に声をかけられるかもしれんなどと若干期待していたがそんなこともなく… その苛立ちをぶつけるかのように独鈷杵に霊力を込め、投擲!
おぐぇぇぇぇぇぇ…!!
地の底から響くような声を上げて気配が逃げていく、手ごたえありだ …一方、こちらは深夜の博物館 昼間にも増して静まり返ったそこに男はいた。
どうしたのかな?お姉さん。
明かり取りの窓から月明かりが差し込む、照らし出されるのは男、烏丸大翔と学芸員の貝塚 貝の化石の置かれていたスペースには何もなく、状況から言って…
そ、それはこっちのセリフよ…あの化石をどこにやったの?答えないと人を呼びますよ!
どこに?解ってるくせに…「そのうち帰ってくる」んでしょ?
人を食ったような物言いで微笑を絶やさぬ男、すると…
ぎぃぃぃぃ!!
明り取りの窓を貫き、落下する物体!予言通りに帰ってきた、化石… ただし貝の内部から足状の物体が生えて這いまわる昆虫めいた姿に変わり果てていたが
オラ待てッ!そのまま仕留めて鉄板で焼いてやっからよ!
同じく破壊された天窓から落下し追いつくあざり、よく見れば貝の化石の上蓋部分にいまだに電光がバチバチと残る独鈷杵が思い切りめり込み 殻にはヒビが入って青い体液が噴出している…目に見えて深手な様子
うわ…こりゃまた派手にやったなぁ…
化石に同情するようなセリフを吐く男に気づくあざり
てめぇーっ!この前の瓢箪のときといいこの貝柱といいなんか関わってやがんな!?
そ…そうよ!そいつ泥棒なんです!捕まえて!
…参ったな。
どうやら自分が犯人にされているらしい。というのにどこか他人事の大翔 胸倉をつかまれているのに困り笑いというあざりをイラつかせるムーブにドツキ漫才が始まりそうだったので
『あざり、コントはその辺にしておいたらどうだ?…彼女の持っているものをよく見なさい。』
と助け船を出す、学芸員貝塚の右手には「化石の口に貼られていた札」が握られているからだ --
…!あんた、まさか…!
ほっ…
やっと事件の真相にたどり着いたヘボ探偵とミスリード要員に追い詰められ、後ずさりする貝塚
だったら、なんなのよ…!ええその通りよ!私が!この化石の封印を解いてあげたの! …だって気になるじゃない?「剥がすな」って言われてるみたいで…中に何が入ってるのか、どんな検査をしても外からじゃ解らなかったんだもの …まさか中から手足が生えて動き出すとは思わなかったけど…
最初は純粋な興味から、言葉に偽りがなければそうだったのだろう。 だが…
この子ね、私の事が好きみたいなの…だってそうでしょう?ずっと口をふさがれてたらお腹が減って目の前にいた食べ物をすぐにでも食べちゃうはずよ? なのにしなかった、それどころか…「害虫駆除」までしてくれるんですもの!あのウジ虫ども、見ただけで怖気が走るような!あいつらを片っ端から食い散らかしてくれたわ!
どういうわけかこの化石は貝塚を襲おうとはせず、貝塚が最も忌み嫌う「害虫」こと娼婦を食い殺して回り始めたのだという
だから私もこの子を守ってあげるの、この子ったら食いしん坊でお腹が一杯になると眠っちゃうの!かわいいでしょ? そこでこのお札をしておけば返り血もこびりついた肉の欠片もまるで染み込むようにしてきれいになるのよ?勘のいい連中に嗅ぎつけられるような力の放出もしなくなる つまり仮死状態でステルスするための道具だったんだと思うの!このお札を作った人もこの子と共存しようとしてたのよ!?すごいと思わない?!
あざりと感じていた気になる点、「異魔呪ならばその気配を察知できるのでは?」という疑問をご丁寧に仮説を交えて解説し始めるその姿は新しいおもちゃを得た子供のように無邪気で あまつさえ化石の犯行を隠すようなマネをしてそれを「共存」などと身勝手な理論を展開し始める、正気を失ったその瞳に言葉を返す者はその場にはなかった
でも…バレちゃった…バレちゃったらどうする?どうしよっかぁ…みんな食べちゃえばいいよね!
真犯人の告白も終わったところでいよいよあとは空気を読んだか何もせず待っていた化石の異形を討滅し、貝塚を捕らえ裁きを受けさせるだけ…かと思われたが
あ…?
化石を撫でようとした貝塚の右腕が「食いちぎられた」 何が起こったのか解らないという表情の顔も、胴体も、残った下半身も…順にすべて平らげていく --
野郎!やりやがったな!?
貝塚さん…っ!
化石の異形は貝塚を食らったことで回復したのかめり込んだ独鈷杵を身体から排出し、傷も塞がり組織も再生していく いや、再生でなく成長、巨大化である。頭から足までおよそ10メートル前後といったところだろうか 博物館を破壊するようにして巨大化し続け、貝の外殻を纏った人型の巨大怪物体となった化石の異形はあざりたちを踏みつぶそうと足を上げるが…
へッ!…でけえのはてめえだけじゃあねえ!こおーい!!
あざりが指を口に当て、思い切り指笛を吹くと…轟音を上げて博物館の地下から何かがせりあがってくる、「拳」だ! 次の瞬間拳の勢いでひっくり返されるように態勢を崩し転倒する巨大怪物体 薄茶色の外套を纏った巨大な人型が地下から飛び出してきたのだ!
デカブツ相手なら任せとけってんだ!行くぜシャガラァ!
有事の際に呼び出される青き龍、その名は「シャガラ」 目にもとまらぬ早業であざりが乗り込んで操るそれがなぜ地下から出てきたか、解説せねばなるまい まず事前にドワームホール掘りのバイトのノウハウを活かしてクサい場所の地下までトンネルを掘り、あらかじめ有事に備えて待機させておく 以上。 しかし今までそんな有事は皆無、結果として街中に地下トンネルが増え続けたわけだが…ドワームホール自体が一種の観光スポットと化しているためお目こぼしされているというわけである 今回はじめて役に立ったせいかいつもより張り切っているように見えるシャガラはあざりの声に合わせ咆哮する!
『あざり、解っているとは思うが…』
街から引きはがせってんだろ!わーってる…よっ!
クギをさしておかねばいくらスラムとはいえ街中で巨大ロボと怪獣とのプロレスを開始する恐れがある、あざりはそういうタイプである 言っているそばから巨大怪物体の後方に回り込んでの拘束ついでにバックドロップ、倒れたところに蹴り上げ、パンチ、蹴り上げという格ゲーまがいのお手玉ついでに周囲の建造物が破壊されていく すでに全身ひび割れてグロッキー状態でいるものの、まだ抵抗する意思がある様子の巨大怪物体が苦し紛れに放ったパンチがシャガラの顔面を掠め外套の一部が切断、外套に覆われていた頭部が露出…
こういうのもカッコいいな…だがよ…一張羅に何してくれてんだてめぇーっ!
「シチュエーションには満足したがそれはそれとして許さん。」という思春期もそろそろ終わる少女の理不尽な怒りに反応したシャガラの右拳に光が走る! 初戦闘で三つ首海龍を撃破したというあざりの自己申告といい、海産物に特効でもあるのかというその「光る拳」は直撃するや否や文字通り土手っ腹に風穴を開けると巨大怪物体の五体を爆発四散!跡形もなく粉砕した その余波でスラムの端のほぼ無人地帯とはいえ街中に、シャガラを中心とした小規模なクレーターを形成して。 --
時を同じくして、荒涼たる風景の広がる郊外の荒野まで飛び散った破片の中にその化石はあった、口を閉ざしたシャコガイの化石…巨大怪物体の「本体」である
ご き り 。
不気味な音を響かせゆっくりと開かれるその中からは…「金髪、紅眼、豊満な肉付き、やわらかな唇、白磁のような肌」を併せ持つ女体が一糸まとわぬ姿で現れた 神話に語られる「女神の誕生」にも似た禍々しくも美しい光景、それを目撃する者が「ひとりしかいない」のが惜しまれるほどに
…この女の思い描いた美しきモノへの嫌悪という名の憧れ、それが私を呼び寄せ、私は生まれた…『繋がった』のよ
荒野の中、食らわれた貝塚の「美しさへの憧れと憎しみ」を自分の事のように語り始める「女神の異形」
美しさの欠片を蛹の中で融かして混ぜ合わせ…そう、イモ虫が蝶に生まれ変わるように…そこまでして美しさを求める醜さ、愛おしいとは思わない?
切断された娼婦たちの一部は「最も美しい部位」であり「美しい部位をつなぎ合わせて自分のものにした」 そう語る異形は声までもが人を魅了する魔性を持つように見えた、夜明け前のひときわ暗い夜に輝く「明星」のごとく
どうかな?溶けて一つになるのって『繋がってる』って言わないんじゃない?
異形に答えるのはさっきから姿を見せなかった大翔、女神の異形を前にしても飄々とした態度は崩さず、いつものように他人事のようでもある。
そう…残念ね、いまはとても気分がいいから、見逃してあげようと思ったんだけど…ね。
大翔の答えがお気に召さなかったか、ふうと溜息を付く女神の異形の周囲に「浮遊する光点」が出現すると…その全てが一斉に大翔を穿つかのような動きをし撃ち込まれる!
…ゼンキッ!
名を呼び、呼び出された刀を手に取ると…光点を避けずその場で構えた! 撃ち出される光点ひとつひとつを取り出した刀で弾き飛ばしていく、その剣技は尋常ならざる悪を討つためのもの。
せぇあっ!
ふふふ…足掻きなさい、生命は足掻けば足掻くほど煌めきを増していく…
発声とともに地を蹴り、異形へと距離を詰める大翔だったが… 「斬る」ことを完全に防いでいるかのような女神の異形の「光の剣」との鍔迫り合いと剣戟の応酬に徐々に押され始め… 一瞬のスキをつかれてゼンキを跳ね上げられてしまう、超重量の刀は周囲の岩の一つに深々と突き刺さり荒野に轟音が響く
ただの人間にしては頑張ったほうだけれど、もう、おしまいよ。
おしまい?…違うね、その逆さ…これから「始まる」。
苦し紛れの軽口か、それとも必勝の秘策か…それはすぐに明らかになった。 --
あぅ…ああ…!?なんで…?私は…わたしたちは完全に融けて一つになった…繋がったはず…!?
女神の星、明星だって「太陽」相手には掠む…言うだけヤボかもしれないけどね。
腐り落ち、眼球が垂れ、女神の異形の顔が崩れ始めたのを皮切りに「継ぎ目」から腐臭を伴って次々と崩れていき…腐肉の塊と成り果てた 美しさを求め「明星の女神」の似姿を取り、分不相応の神性を得てしまったことによる負荷や、大翔の言うように明星の女神を模したことによる影響を太陽の出現により受けたのだろう かくいう大翔はその時東の空を背にしていた、夜明け前にひときわ輝いていた明星を上回る原始の光、昇る太陽を背負った男の姿が炎を伴って変わっていく…
ここだっ!まだ気配が残って…なんだありゃあ!?
あっけなく爆発四散した巨大怪物体に手ごたえのなさを感じたあざりは気配をたどって現場にたどり着く 巨大なシャガラを通しても伝わる邪悪な気配とそれに匹敵する暖かな…それでいて激しい炎のような気配 それぞれの気配の主の両者が動く、腐肉の塊が炎を纏った大翔をいままさに飲み込もうとしているところで
『…オオォォォ!』
ひときわ大きく炎が巻き起こると、そこには瓢箪の事件のとき姿を現した「赤鬼」がいた 大翔こと赤鬼は腐肉の塊を焼き尽くす炎を纏ったまま左右の拳を連続で繰り出し、弱ったと見るや片腕で「掴んで」投げ飛ばすという荒々しいスタイルで腐肉の塊を圧倒していく
『覇ァッ!……』
腐肉の塊が投げ飛ばされたそこには先ほど岩に突き立てられた刀、ゼンキ。 赤鬼は深々と岩に突き刺さったそれを抜き慣れた刀を鞘から抜き放つように…抜く!
アァァァァァァ……!
『無に…帰れッ!!』
もはや言葉すら失い、崩壊する身体に走る苦痛に悶え苦しんでいるように見える腐肉の塊目掛けて 大上段から振り下ろされる炎を纏った鉄塊修刀、ゼンキ。
……そして…また、どこかで。
腐肉の塊が炎に焼かれ消滅する間際、犠牲となった人々の魂が昇天するさまを見上げる それは憤怒を以て悪を滅する鬼ではなく、魂の幸福を祈る人としての姿だった… --
さらに三日後…
大翔の野郎はどこだっ!どこにいるーっ!!
『…自分の壊したものの後始末くらい自分でつけろ。』
シャガラによる破壊活動はさすがに「御山」でも隠蔽しきれなかったらしく、 巨大怪物体から街を守るためのやむを得ない行動という、お涙頂戴のあざりの三文芝居を交えて情状酌量を訴えたところ… 幸い深夜で死傷者ゼロだったため超法規的処置という便利な展開で周辺の瓦礫撤去や新たな博物館建設の手伝い等々にシャガラごと狩りだされるあざり 大翔にも手伝わせようとするもののそこはさすがの自由人、いまごろどこで何をしているやら…
……あむ。(あざり宅の屋上でプレーンシュガーのドーナツを頬張る) --
名は証、存在を証明するモノ 証を奪われた絶望の果て、最期に呼ぶその名は 次回『希望』 鬼神、炎に立つ。 --
酒場『平頂山』、いつごろからそこに在ったのか不明な…まあこの界隈では逆にありがちな店。 東洋情緒あふれる店内には冒険者や冒険者くずれのごろつき、そうでないごろつきが昼夜問わずたむろして…これもありがち しかし…
人が次々消えるってのは、ありがちじゃあマズいよな。
ことの起こりは数時間前、故郷の「御山」とぼちぼち手紙のやり取りをしていたあざりの元に指令書が届く。 あざりの実家は化物退治専門の法師の総本山であると同時に、「鬼」と呼ばれる怪物退治ボランティア…の、サポートをする法師の斡旋所の側面もあるのだ。 指令の内容は「冒険者の街に異魔呪(いまーじゅ)出現の兆候あり、高野山あざりは当代の「イズルビ」と協力しこれを討滅せよ。」 異魔呪とは即ち「異なる世界から現世に生じる特に強力な魔性、呪いの総称」である、通常のモンスターと異なりこの世ならざるモノの御多分に漏れず…物理的に滅する事が不可能 法師の術や鬼の炎で「浄化」しないことにはラチが開かぬゆえに、たまたま現場の冒険者の街でヒマしていたあざりに白羽の矢が立ったのだが… 「会ったことも見たこともないやつのお守りなぞできるか」といつものスタンドプレーとワンマンぶりを発揮し、自分ひとりで行方不明者捜索に乗り出したのだった。
おい、誰に向かって話してんだイザヨイさんよ…
『記録をつけるにしても、口に出しながらのほうが捗るんですよ僕は。』
そうそう、自己紹介がまだでしたね。僕は天狐のイザヨイ…語り部兼、あざりのお目付け役です。 --
指令書によればこの酒場『平頂山』を訪れたまま帰らぬ者が後を絶たぬとの事 奇妙なのは人が消えた事に誰も気づく事がない、それどころか「最初からそんな人物はいなかった」と周囲が認識してしまうこと ひとりふたりならそのまま隠し遂せたのかもしれないが、その数が10人、20人と増えるにつれて存在の消失による齟齬が大きくなっていき… とうとう「御山」の知るところとなった、だがそれが異魔呪の力なのだとしたら少々厄介なことに…
ダメだ、酒くせえばっかりでまったく何も感じねえってのが逆にうさんくせえ!
『僕もだ、例の力で己の存在をも隠し通しているのかもしれないが…』
お前も似たようなことやってんだろ?蛇の道は蛇ってやつでなんとかなんねえのか?
『まるで違う。これは君に僕が視えているように、「センスのある者」ならば視えるし、会話もできる程度の術だ。だがこれは…』
そう、僕ことイザヨイの姿はこの場に居る者ではあざり以外には見えていない…はずだった。 --
これは、何かな?
声をかけてきたのはやせ型でひょろっとした印象、歳は二十歳ほどのうさんくさい男。さきほど酒場での手品ショーを終えたばかりだという…~ あざりとの会話に割って入ってきたということはつまり。
『「視えている」…?』
そーだ!アンタ店員なんだろ?ちょっとこの店の怪しいネタとか、ウワサとか、知らねえのか?
怪しいネタ?ううん…そうだな…ほかの店と比べるとびっくりするくらい金払いがいいし、酒も料理も、デザートまでお安くて美味しい事かな。
ただの宣伝じゃねぇーか!さっさと失せろっ!!
怖い怖い…それじゃあ、またね。
あざりだけでなく、僕のほうにも視線を向けていたように見える男だが…どこかで感じた覚えのある気配を身に纏っていたようでもあり。 ともあれ、男と別れてからは手がかりもなく酒場をうろついていたところ… --
まあまあ、こんな夜遅く…どうされたのですか?
桃色の豪奢な着物に身を包んだ黒髪、東洋系の妙齢の女性が声をかけて来た、聞けばこの店のオーナーだという… 酒場も盛りの真夜中に店内をうろつく子供のあざりの姿を見かねたらしい、そこであざりは何かを思いついたようで。
ううう…お姉さん!実は俺家出してきてさ…もう金なくって!腹も減ってて!働く場所が欲しいんだよ!住み込みでもなんでもしてキリキリ働くから雇ってくれよぉ!
まあ、それはかわいそう…あなた、お名前は?
ひっく…こうやさんあざり…ぐすっ…
口から出まかせとウソ泣きと自分の年齢を武器に「切羽詰まった家出少女」を演じたあざりの申し出を快く受けたオーナーの指示で 黒服の店員に連れられまんまと店の奥に侵入することに成功したのだが…
みたかいまの演技!アカデミー賞モンだったろ!?
『ノーコメントだ。』
一瞬のスキをついたスピニングなバードの蹴りで黒服2人のドタマをどついてKO、山猿めいた身体能力を発揮したあざりはさらに店の奥、意味深な行き止まりに出くわす すると勝手知ったるといった様子で「印」を組み始め…次の瞬間あざりの手から迸る光が床ごと周囲を粉砕し…「地下室」の存在を明らかにした。 --
『もうすこし手段を選べないのか君は?』
結果オーライだっつの、大当たりだぜ!
店の地下には一種の農園が広がっており、そこで栽培されているのは巨大な「瓢箪」のような植物、それもかなりの数。 植物でありながらツルを触手のように動かし、半透明になっている瓢箪の内部にはご丁寧に溶けかけの「人型」と何かしらの液体…匂いからしておそらく「酒」が透けて見える。
あらあら…困った子ねぇ…
おうオーナーまた会ったな!親切にしてもらってナンだが、床下でウラナリ瓢箪の栽培が趣味ってなぁハッキシ言ってどうかと思うぜ!
この状況で軽口を叩けるほどに余裕なのか、それともバカなのか…バカなんだな。 閃光と轟音を伴い派手に店を破壊して気づかれぬはずもない、騒ぎに気づいてやってきたオーナーと対峙するあざり。
そうなの、ここ…日陰で空気も澱んでるでしょう?この子たちをもっといい場所へ連れて行ってあげるために…協力してくれないかしら? あ ざ り ち ゃ ん 。
謹んでお断り申し上げるぜクソったれ!いますぐこの青びょうたんにまとめて火属性付与して…ぐっ!?身体が…!
うふふ…いいお返事ありがとう。高野山あざりちゃん♡
そう、「存在が無かったことになる」「名前」「瓢箪」「返事」ここからひとつの仮説「名前を呼ばれて返事をしてしまうと瓢箪に取り込まれ、名前を奪われたあげくに溶かされ酒にされる。」 を導き出したときにはすでに遅く…名前を知られたことによって呪いを受け一瞬身動きできなくなったあざりは さっきまでオーナーだったもの、人間の上半身と巨大な瓢箪の下半身、そこから生えたツタで構成される「瓢箪の異形」のツタに絡めとられていた。 --
くそっ!!おらっ!離せ!離せってんだよっ!!
乱暴に引き千切ろうにもまともな人間の力ではびくともせず、印を組もうにも手足を拘束されているのでは不可能 おそらく被害者たちはこうして絡めとられたのち、名前を奪われたうえに瓢箪に飲まれその中で絶望し、一人また一人と瓢箪に消化されていったのだろう…
まるっきり他人事みてーにしてんじゃねーよ!こういうときのカミサマじゃねーのかよ!?
『これくらい一人でなんとかできるんじゃなかったのか?』
僕はあくまでお目付け役、神として振る舞うのはあざりがいよいよどうにもならなくなってから…とはいえ、さすがに手を出さずにいていいラインを超えるかと思われたその時 炎、夜の闇を照らす紅蓮の炎が瓢箪畑に放たれた、しかし不思議なことにそのど真ん中にいるあざりにも、僕にも、その炎が襲うことはなく…「瓢箪のみ」が次々と燃え尽きていく。
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いってぇ!腰打ったぁぁぁぁ!
『この炎、来たか…』
ツタも瓢箪もあらかた炎上しあざりも拘束から解放されてしりもち、まずは一安心といったところ 一方、炎の中には影が一つ…異形。紅い異形が瓢箪の異形の前に立ちはだかった。
いやっ…いやあああ!!わたくしの!わたくしの子供たちがぁ!?……のれ……おのれ…おのれおのれおのれ!!貴様いったい何者だぁ!?
眷属を焼き尽くされ怒り狂う瓢箪の異形、しかし…
『…参ったな、名前考えてなかった。』
怒り狂う瓢箪の異形にまるで他人事のように言い放つ、紅い異形。
『そうだな、つらぬき丸。そう、烏天狗つらぬき丸ってのはどうかな?』
ふざけているのか、貴様あああ!!
『……ふざけてるのは、お前だろ。』
瓢箪の異形のツルが紅い異形の全身を包み込むも…常軌を逸した膂力でそれを引き千切り、焼き尽くしていく… もはや戦闘ではない、単なる蹂躙に近いそれを見たあざりも、僕も、絶句していた。
ひっ…まさか、貴様…!?
『…ゼンキ!』
紅い異形が天に腕を翳し叫ぶと、紅い光を伴って一振りの刀が落ちて来る。破壊された地下室の瓦礫に突き立つ際の轟音は見た目以上の重量があることを周囲に伝える その鉄塊を片手で引き抜けば、跳躍!「刃のない刀」で瓢箪の異形を大上段から断ち斬る紅い異形。断末魔の叫びすら残さず、文字通りにその因果ごと。
『無に、帰れ。』 --
地下室の瓢箪畑をあらかた焼き尽くし、炎も収まったころ紅い異形がこちらに声をかける
『フィー…お疲れ様、じゃあまたね。』
それだけ言い残し、「自称烏天狗」に恥じぬ跳躍を見せると夜の街に姿を消していく…
アイツが、例の鬼…ってヤツか。……横から全部かっさらってったぞアイツ!?
『ともかく、これで一応のエンドマーク…というわけにはいかないか。』
やべえ!もたもたしてられねえ…ずらかっぞ!!
騒ぎを聞きつけて野次馬や巡回の騎士団がやってくるのも時間の問題、いまはこの場を後にすることが先決 そうと決まれば一目散に撤収、後処理は「御山」の処理班が首尾よく行う手はずとなっている… こうしてこの街での初仕事を辛うじて達成するものの、前途多難なストートとなった。 --
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