BGBR/0008


  • 「あっ、あっ、どっ、どうも!本日はお日柄もよくお足元もわるいなかっお越しくださりっ!」
    「……混ざってる混ざってる。雨降ってないでしょお姉ちゃん」
    「お日柄は本来は縁起を指すのであながち間違いでもありません。しかし一般的には天気を指すことが多いですね」
    エリが半眼で突っ込んでくる。しょ、しょうがないじゃん!こんな挨拶とかするの初めてだしっ!
    お母さんはお母さんでフォローになってるんだかなってないんだかだしっ!

    所はネオトーキョー、ではないリアルの東京。貸しスタジオの一室。
    そこに居るのもバニー姿ではない制服姿のわたし。リアルな、俯いているただのわたし。
    その前に並ぶのは、お父さんを除いた家族二人、と…今日初めて会う、でも初めてじゃない人たちの姿。
    「春日殿…じゃなかったね。春日さん、いつも通りで大丈夫だよ、息を吸って、肩から力を抜いて」
    さっぱりとしたシャツを着た大柄なお兄さんがゲームの中と同じ鷹揚な表情で、でもゲームとは違う砕けた口調で言う。
    こっちでは図書館に勤めているイナバさんのその言葉で、ふー、すー、と少し深呼吸して緊張を落ち着ける。
    「そうだぞニナ。筋力は緊張だけで作られるのではない、脱力も大事なのだ。きちんと今も筋トレはしているか」
    動きやすそうなスポーツウェアのギョクトさん。この人はゲーム内と殆ど変わらなくて、それが逆にちょっと安心する。
    どうも聞く所によると大学生で、やっぱりボクシングをリアルでもやってたらしい。アマチュアでは大会優勝経験もあり、プロを狙っているとか。
    「はは、大いに緊張するといい。その経験も財産となる。なぁに、戦にも負けてみよ。敗れて初めて覚り得るもの有り、さ」
    落ち着いた佇まいの高そうなビジネススーツのキレイに髭を整えたおじさんは実業家の曹操さん。ゲームでの少々乱暴でノリの軽いふるまいとは全然違う。
    でもスタジオに迎え入れる時にゲーム内で後宮入らない?とか言われたのは忘れてない。えっちなこと無しとは言え。やっぱ根がパリピだ。
    「…大丈夫お姉ちゃん?本当に演奏できる?あまり無理しなくても…」
    心配そうなエリの声。うう、ありがとうエリ。で、でも胃を捩じ切りそうになりながらオフラインでの連絡先も貰ってUssa内の人たちを呼んじゃったし、
    予約とか支払いとか全部頑張って自分だけでやってスタジオも借りて、ここまで来てやーめた!本日解散!会えてよかったぜ元気でねせんきゅー!とか。
    ……言いたいけど。言いたいけど!
    「どんな結果になろうと、私は聞いてみたいですが。曲、苦労して作ったのでしょう?」
    お母さんが優しい声で言う。そう、今から演る曲は、わたしオリジナルの曲だ。
    ゲーム内で演奏していたのは全部私が大好きな、わたしにギターの素晴らしさを教えてくれたあのバンドのコピー曲。
    だからこそわたしに力をくれた。だからこそなんにも無かったわたしがギターを持って、戦えた。

    でも。
    「うん、頑張ってみる…!」
    わたしは、わたしの曲を。わたしの世界を広げたいと、あの日、ステージを割った日、思った。
    これが終わったら、イナバさんに勉強を教えてもらおう。ギョクトさんに運動に付き合ってもらおう。曹操さんにはお仕事の話を聞こう。
    震える手、激しく脈打つ心臓。ピックが滑りそうになる手汗をお行儀悪くスカートで拭いて、ギターを、赤いギターを構える。
    そうすれば、Ussaの中でそうだったように、わたしの中に力が湧き上がってきて、視線を上げる事ができた。
    みんながわたしを見ている。わたしがみんなを見ている。世界は、敵だらけじゃ、ない。
    アンプに繋げたスマホから、ギター以外の打ち込み音源を流す。すぅ、と息を吸う。
    さあ、もう後戻りはできない。始めの一歩を、踏み出そう。
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    『Greatest Guitar Bunny』
    ピックを振り下ろす。わたしは自然、笑顔になっていた。
    -- 2023-02-14 (火) 01:03:19

  • 満員のスタジアム。大歓声。その中心の大きなステージ。そこに立つ二人。
    「まさかこんな形であなたに会うことになるとは思いませんでしたが…久しぶりですね。ニナ」
    波一つ無い湖畔の湖のような落ち着いた声。硬質で、でも少し優しげな感じがするトパーズのような瞳の視線。
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    「わ、私だって一ミクロンもそんな事思わなかったよ、…お母さん!」
    そう、目の前に立つ一人の少女…そう、少女は私の母、ユリカだ。
    もちろん、実年齢通りではない。母は美人だと言われる事は多かったがいくら何でもこんなに若作りではない。
    「驚きましたか?お父さんが私がUssaをやるなら、と調整を。私は別にそのままでも良かったのですが」
    わたしも気づいた瞬間は驚いた。見た目の年齢がイジられるとは言え、母は母だ、15年間見続けたその姿を間違えようもあるまい。
    が、お母さん?その手に持ったものはなんですかぁ?
    「出会った頃の君の姿を見たい、などと。全く、学生のバンド活動なと遥か昔のことだと言うのに。当時のベースまで再現して」
    そう淡々と言う母だが、声色はまんざらでもなさそうだ。あーあーお熱いことで。うん。夫婦仲が良いのは良いことだけどさぁ。
    「あの…お母さん…?まさか当時もそんな衣装着てたわけじゃないよね…?」
    おそるおそる。今でさえ見てはいけない物を見てるような気分になってるのだ。ぶっちゃけ似合ってるしキレイだとも思ってるが、
    よく知る母親が大舞台で肌もあらわに堂々と立っているのを見るのは若干キツい。
    「………」
    「なんか言ってよ!?」
    だいぶキツくなった。さ、さすがにリアルであんな衣装を着てたとは思いたくない。もうその辺は忘れる。
    しかし、お父さんがギターを、お母さんがベースをやっていたのは知ってはいたが、こうやって持ってる姿を見るのは初めてだ。
    もう引退したとか言ってたけども、そこは昔とった杵柄という所だろうか。サマになってる。
    「積もる話もあるでしょうが、今は試合の前です。おしゃべりはこの程度にしておきましょう。あなたの成長…見させてもらいますよ」
    母がこちらを鋭く見つめる。が、それに眼を合わせられない。私はもうギターを構え戦闘準備を済ませているにも関わらず、だ。
    エリに教えてもらった所によればお母さんが主に活動をしていたのはお父さんとお母さんの二人の地元であったネオコウベらしい。
    試合数こそ多くはないものの一度たりと敗戦はなく、一つ一つの試合の成果も高く、数が少ないのに
    ネオコウベでは総合して上位ランカー並の成績を収めていたそうで、この試合は上位ランカー同士の最終盤の試合ということもあり、
    スタジアムを満員で埋めるような注目を浴びているという状況だ。流石にコウベでの事は知らなかったけど、遠征してるファンとかもいるのかな。
    だが、それにも納得してしまう。家に居た頃から、お母さんは私とエリがやってるゲームに付き合わされて参加しても、
    私が一回も勝てなかったどころか、エリにも圧勝しまくっていた。普段全然そんなゲームやらないのに。
    たまに親戚の集まりがあったときでも同じ。電子ゲームでもボードゲームでも、非電源ゲームでも負けた所は私は見たことがない。
    そんなお母さんに勝負で勝てる気がしないのもあるが…理由はそれだけじゃない。
    才色兼備、文武両道。交友も広く、今でこそ一介の主婦に収まっているが、趣味のバンド活動のみならず、スポーツでも成績を残し、
    一流大学を卒業し、一流の会社に入り、そしてそれをあっさり捨てて家でも一流の主婦をやってる。
    勝負事に限らず、家事でも家の事でも私はお母さんが失敗らしい失敗をした記憶を殆ど思い起こせない。
    …まあ、私が引きこもりになったのは教育の失敗かもしれないけど。あっ、勝手に私に凄い精神ダメージ。痛いとても痛い。
    ともあれ、お母さんは私のカンペキな理想の一つであり、越えられない壁でもあるのだ。
    それが今、目の前に、私を倒すべき相手として立っている。どうして直視できようか。…でも。
    「…私だって…。いつまでも前の私のままじゃ、ない…!」
    ギターを掻き鳴らし、打ち振るった日々。それを思い起こしてどうにか立ち向かう。
    「それでこそです。ニナ。……バニーファイト・レディ」
    「………ゴー!!」
    そんなこんなで、最後のライブが、始まった。
    -- 2023-02-12 (日) 23:37:39

    • 「最初っから、クライマックスだ…っ!」
      試合開始直後、始まったが早いか私は即座にピックを振るって演奏。ソングロジックを奏で、
      『Crazy Sunshine』…!」
      私の頭の上に狂ったように赤く赤く、うねるようなプロミネンスを纏う小太陽が現れる。
      そしてそれが、ユリカへと向けて放たれる。その弾速はそれほど早くない、が試合が始まったかどうかの
      フライング気味のこのタイミング。不意打ちとも言えるこの時ならば、あるいは。
      直撃すれば一発で試合を終わらせる事もできる一撃だ、そうでなくとも広範囲を焼き尽くす光熱はダメージを与えられるだろう。
      そう、私が考えて放った太陽は、その音色は、
      『太陽が燃えている』
      驚くべき事に私が攻撃をした後から、ピックを持つことさえなくベースの太い弦を指で弾く音に遮られた。
      超高速のスラップ。弦を親指で叩くサムピング、人差し指で高音弦を引っ掛けて鳴らすプル。
      中指や薬指、あまつさえ小指まで使って全ての指が、全ての音を鳴らし、一つの曲を形作る。
      それはとても正確で早く、それでいて何より派手なイカしたロータリー奏法。
      私の演奏よりも何倍も早い、その刺激的な低音が、彼女の前に煌々と白く輝く小太陽を生み出し、放たれる。
      「…くっ!」
      そして、赤い太陽と白い太陽が激突し爆発。お互いがお互いの威力を相殺しあい二人の間の空間に光熱が溢れる。
      なにあれめっちゃ早いしめっちゃ上手い!それに私好みのチョッパーだし!カッコイイ!!
      …じゃない!感心してる場合じゃぬぇ。私の不意打ちは当然のように防がれたが、勢いを無くしてはならない。
      無くしては、飲み込まれる。
      『ハイブリットレインボウ』!」
      演奏を続ける。曲と曲の繋ぎも自然に、私の次のソングロジックが発動。私の周囲に七色の光が生まれ、
      爆熱残る空間を、七色の光が貫き、青いバニーガールの姿へ殺到するが。
      『SPARK』
      雷のような超絶スラップ。いや、ような、じゃない。眼で全然追い切れないような高速の指さばきから、
      母の周囲に何条もの稲妻がばりばりと奔っている…そして、それを発射。私の放った七色の光線へと次々と殺到し、
      それらを叩き落とし、へし合い、逸らしていく。しかも、それだけではなく。
      「良い音になりましたね、ニナ。…お父さんを思い出します」
      稲妻で落としきれなかった光線を自ら前へ出て、鮮やかな体捌きで躱しつつ、ベースのネックを持ち、
      ユリカが、青いその姿が、彼女自身が稲妻のように突っ込んでくる。
      「お母さんこそ!引退してたんじゃなかったの!?」
      ヤバい。迎撃せねば。振り下ろしてくるベースへ、振り上げるようにギターを振るい、ごぉん、と
      鋭いギターの音色と鈍いベースの音色がそれぞれ放たれ打ち付けあった。
      「Ussaの中では弾いていましたが?」
      「しれっと言うなぁ!」
      鍔迫り合い…ならぬギター迫り合い?ベース迫り合い?ああもうどっちでもいいか。をしながら拮抗する。
      流石に打撃力は似たようなものか、たぶん聞くまでもなくあっちのベースもお父さんの入れ知恵装備だ。
      私のギターにもお母さんのベースにもお父さんが手を抜くとは思えないから装備自体の性能差は殆どないと思っていいだろう。
      だけど。
      「…ふっ!」
      拮抗していたボディ同士の競り合い、その力がふっと抜けてベースが消えた。必然私のギターが流れる。
      その瞬間、ベースが横薙ぎの軌道で私の胴体を薙ぎ払うように振り抜かれんとする。
      「わっちゃぁ!」
      それを、どうにかギターを引き戻して、縦にして構えて受け止める。またぶつかりあった楽器たちの音色が響く。
      あっぶない、ギリギリ間に合った。…あれ?今思い出したら…お母さん、剣道やテニスもやってなかったっけ?
      そんな事を考える間もあればこそ、続けて打ち込まれるベースのボディ。
      「ちょ、ま、タイム!タイムぅ!」
      「何を言っているのですニナ。審判も居ないような試合で」
      正論。分かってるけど、分かっていますけどもね!?もはや殆どカンだけでギターを操り、ベースを防ぐ。
      打撃力に差はなくとも、人間力に差がありまくりだこれ。竹刀やラケットを扱うような技術を応用しているのだろう。
      明らかにあちらのベースの振りは鋭く、的確だ。こうして防げているのが奇跡に近い。
      やっぱりお母さんはすごい。とても敵いそうにないと思う。
      「がっ…!」
      捌ききれなかった一撃が、私の頬をクリーンヒット。頬が切れ、唾液に血が混じって飛んでステージの床を汚す。
      でも。だからこそ、越えたい、と思う。お母さんの凄さを目の当たりに…いやぶつけられて、
      そんな気持ちが湧いてくることが自分でも少し不思議に思う。それが、殆ど勝手に我が身を動かし。
      「むっ…!」
      カウンターでギターを突き出し相手の腹を突いた。重い手応え。軽く吹き飛ぶ青いバニーの姿。
      私の方がダメージは大きいが、やられてるだけじゃない。それを知ってもらいたい。
      「…やりますね」
      お母さんが私を少し嬉しそうに見た。私はそれに笑みだけで答えて、作った間を使ってギターを爆速弾きする。
      『Blues Drive Monster』…!」
      私の体のあちこちから青い炎が吹き出し、纏わり付く。使用中は大幅な身体能力バフがかかるが、
      同時に継続中はスリップダメージをもらい続ける短期決戦用のソングロジック。出し惜しみは、無しだ。
      「そんで…『RUSH』!!」
      桜色の光が幾つも私の周囲に浮かぶ。これで、私のギターの一撃は疑似エネルギー体によりコピーされて
      一振りで幾つもの打撃を生み出すことになる。これなら、技術差を埋められるはずだ。
      そう、ゆらりと青い炎と桜色の光を揺らめかせて私が動こうとするも。
      「…『楽園』
      お母さんがベースを掻き鳴らす。いつも冷静沈着なお母さんが、楽しそうに見えたのは気の所為だろうか。
      その曲と共に青いバニーの足元から光り輝く白い花が生まれ、母を中心にぶわりとステージを覆っていく。
      …あー、エリから聞いたなこれ。持続型のフィールドデバフだ。近接型の私じゃ避けようがないやつ。
      今なら一歩でステージの端から端まで踏み込めそうだったBlues Drive Monsterのバフが、弱まるのを感じる。
      「続けて、『球根』
      そして、次の曲のソングロジックで…お母さんの体の周りに、文字通り球根のような光の壁が生まれた。
      そんで、これはエネルギー障壁系のバリア、と。コピー打撃対策だね、うん。
      「…私さぁ。今私はお母さんの娘なんだなって思ってるところだよ。似たもの同士って言うか?」
      「私似だとよく言われるのはエリの方ですがね。…もちろん、あなたも私の大事な子供です」
      大事な子供今思いっきりぶん殴ってたよね?まー私が思いつくような事はお母さんもだいたい思いつく。みたいな。
      対策されても別に私のスキルが無効化された訳じゃない。バフは弱まっても充分に効いてるし、
      バリアも疑似エネルギー体は防げても物理実体は防げないはずだ。私のスキルが有効な証だ。
      「それじゃ…派手な親子喧嘩といこっか」
      「いいですね。あなたとは一度もしっかり喧嘩したことがありません。いい機会です」
      そりゃさ、私が大半の事はビビっていい子してたからね!逆らえないもんお母さんには!
      でも、もちろんお母さんの事が嫌いな訳じゃない。むしろ大好きで、尊敬もしている。
      逆らえなかったのはひとえに私が弱かっただけだ。でも、私はここで強くなった。…ちょっとは。
      だから、今、私は、壁を超える。
      そして、赤い兎と、青い兎がぶつかり合う。
      -- 2023-02-12 (日) 23:39:01

      • 夜のネオトーキョー。スタジアムの中央、ライトアップされたステージ。
        その場所をぐるりと見渡す、明かりを落とされた暗い観客席から湧く大きな歓声。
        興奮に、どん、どどん、と踏み鳴らされる床。床音はステージの激突して震え鳴り響く楽器の音に合わせるように。
        遠く響かせるはギターの高音と、ベースの低音。あるときは速弾きのように激しく連打され空気を掻きむしるように、
        あるときはバラードのように途切れ途切れに打ち合い空気を緊張させるように。
        観客席をドラムとし、若く情熱的なギターと、熟練した技巧的なベースの音色が、ひとつのバンドになる。
        ボーカルは居ない。それは、観客全てであり、青いバニーであり、ギターを持つ一人の少女だからだ。
        「…だからさあ!野菜も食べてるって言ってるじゃん!」
        ぶおんと振るわれる赤いギター。それに追従する桜色のコピーギターが一瞬だけ実体化して飛び、
        バリアにあたって弾かれ、本体の赤いギターは青いギターで斜めに弾かれる。
        「本当ですか。どうせ栄養にならないからと好物のイチゴばかり食べているのはないですか」
        私の脚を狙ったベースでの突き。バフの力に任せて小さく跳ね避けて、そのままの勢いで回し蹴りを放つ。
        が、しっかりと畳まれた腕で受けられ、お返しに切り返したベースのアッパーをお腹に食らう。
        「う゛っ。…そ、それに消灯時間とかやめようよ!他にお家で聞いたこと無いよそんなの!」
        二重の意味でうめき、痛みに耐えてギターを袈裟懸けに鋭く振る。無理な切り返しに体勢が整ってなかった
        お母さんの肩にギターが直撃するも、耐え切られてギターを掴み拗られそのままの動きで私を床に投げ落とす。
        「…くっ。私も無駄に厳しくしたい訳ではありません。あなたが徹夜でアニメを見たりギターを弾いてたりしなければ済む話です。
         ヘッドフォンで練習してても生音の方が意外に響いてるんですよ」
        ぐえー。私の背中にも衝撃が意外に響いています。ぐいっと捻ってギターを取り戻し、追撃に上から振り下ろされていた
        ベースを横から殴るようにして逸らす。コピー打撃もバリアを殴って彼女の動きを鈍らせるのに一役買ってくれた。
        「───…それで!」
        「───…ですから」
        この際だからと普段の不満を一緒にぶつけながら、バンドの演奏は続く。その音色はスタジアム全体を響かせて
        大きなうねりになり、一つとなって会場全体のボルテージをどんどんと上げ続ける。
        それでも、長くは続かない。熱狂的だからこそ、その時間は永遠には続かない。
        だからこそ、その瞬間を、その狭間を思いっきり感じて、思いっきり楽しむ。呆れるくらいに。

        「………そろそろ、客電が点く時間かな」
        桜色の光も、体の炎も消え、バニースーツも大破寸前、下着同然の姿になり、血を流しつつ私はぼそり、と呟いた。
        「……ええ、名残惜しいですが、ここまででしょう」
        あちらもバリアはなくなり、ステージの花もなく、同じように大破寸前の姿で、同意を返した。
        「ああ、楽しかった。こんな大勢の人の前で演奏が出来るなんて。私、ギターをやってて、良かったよ」
        心よりの言葉を呟く。Ussaを初めて、良かった。ずっと家に居たままだったら、ずっとあの部屋に居たままだったら、
        こんな経験は絶対に出来なかったと思う。
        「私も、良かったと思います。あなたの、ニナのそんな姿を見られたことは…母親として感無量だと言えます」
        しみじみと、今日初めて見る微笑みを浮かべ感慨深くお母さんが言う。
        お母さんは色々厳しかったけど、通学以外殆ど家にずっと居た私に、一回も家を出ろとは言わなかった。それが今は、嬉しい。
        「…『プライマル。』
        青いバニーの両腕に、広背筋にみきみきと力が漲っていくのが分かる。とてもとても原始的な、力の高まり。
        とにかく単純に、獲物を力強く振り抜くための、強い強い筋力の高まり。それは一振りでビルだって崩せそうだ。
        「お母さん!」
        超強化された筋力でベースをゆっくり構えた母が、何事かとこちらを見つめる。
        私が生まれてから今までずっと見守ってくれていた、その厳しくも優しいトパーズ色の瞳で。
        「ありがとう!」
        その母の瞳を、赤い瞳で私は真っ直ぐに見つめ返した。
        そして、赤いギターを普通に構え、インベントリから出したピックを手に持って。

        exp037176.png
        『I think I can』
        残った全てのエネルギー、全ての力を増幅し、私の持った赤いギターへと集める。
        泣いても笑ってもこれで最後、これを振れば私はすっからかんの空っけつ。
        じわ、とギターは赤く光を放ち始め、私という意思を、私という存在を示すように、強く輝き始める。
        そう、私は思う。私は出来る。
        このビスケットハンマーで、ちっぽけな私の居場所なんて、ぶち割ってやるんだ。
        -- 2023-02-12 (日) 23:43:25


      • 「───……うん、いい顔してた。お疲れ、お姉ちゃん、お母さん」
        明かりのついた観客席、外へ出ていく観客の中で、少女がひとり呟く。
        その視線の先、先程まで兎たちが激しい戦いを繰り広げていたステージは、真っ二つに割れていた。
        観客たちの中、興奮のままに早口で連れと語っている者がいる。リズムに身を揺らしている者が居る。
        様々な者が居たが、その思いは顔を見れば分かるだろう。皆には、笑顔があった。
        「おめでとう。あれなら、もうあっち戻ってからも大丈夫かな。…ふふ、ちょっとだけ、寂しいかも」
        そう少女が苦笑めいた笑みを浮かべて背伸びをした。
        「…帰ろっと」
        そうして、会場は、静かになった。
        -- 2023-02-12 (日) 23:44:43

  • exp037174.png
    「はふー………」
    長い息をつく。まるでプールみたいに広いお風呂はそれだけで心地よくて、溶けてしまいそうになる。
    いや、一応これ温泉らしいんだけどね、データ的には。でも差とかわからんし。
    「えっ、友達できたの!?お姉ちゃんが!?」
    わたしよりはちょっと慎ましいスタイルの妹が驚いたように言う。でも今中学二年だし、
    それでこのラインをお持ちであれば将来有望だと思う。
    「……ともだちっていうかぁ、知り合い?顔見知り?みたいな?」
    「でも二人でお茶したり、筋トレとかしてるんでしょ?筋トレはまあマニアックだなーとは思うけども。
     しかも片方は男……あの知らない人と十秒眼を合わせたらそれこそ兎驚きのダッシュで瞬間移動さえ果たすと言われたお姉ちゃんが」
    「誰が言ってんのそれ。うちの人間しかいないじゃん。…まあ、たまにだよ、たまにね。
     進歩だとは思う。けど…そう言われるとちょっと腹たつなぁ」
    ぱしゃぱしゃエリにお湯をかけてイカンのイを示す。きゃあきゃあ言って彼女が逃げる。
    「ごめんごめん。そんでUssaの成績もいいんだから、ホント進歩だよ。お姉ちゃんギター以外にも取り柄あったんだね」
    嬉しそうにエリが言うも。
    「いや、それも結局ギターのおかげかな…?ま、いっか」
    うーん、とお湯に沈みつつ、エリが、ぴ、とお風呂内のモニタを操作する。
    「いよいよ次が最後の試合になるね、他の人はもう殆ど試合を済ませてるみたいだよ」
    「あ、そうなんだ?わたし試合するの遅めだったからなぁ。こう…いざ試合、ってなるとどうしても脚が引けるというか」
    「…いい加減慣れなよ。模擬戦も含めたらもう何十試合やってるの」
    呆れたようにエリが言う。っていうか実際呆れてるなこれは。苦笑でごまかしながら、モニタを見る。

    「現状の上位入賞候補の人たちは三人くらい。お姉ちゃんのすぐ上はミーナって人だけど…
     この人記録が殆どないなー、とりあえず装備が結構レアでお宝物みたい。
     …でも重厚なのに露出度がすんごい高いっていう諸刃の剣みたいな装備っぽくて…私はちょっと遠慮したいな、あはは」
    「おおう…これは…腰回りとかここまで攻めていいの!?別にこれもう壊れてるんじゃないよね!?」
    「たぶん、これが、素」
    二人でとおいめする。この人胸が結構大きいからまだ見栄えがしてるけど、わたしとかエリがもしこれ着たら悲惨だな…。
    いや着ませんけども。ギター持った時のテンションでも無理だよこれは!逆バニーかな!?
    「…で、でもでもニンジンソード?ランス?はすごいカッコよくて好きかも。
     左の盾もカッコいいし、もしかしてこの人も騎士なのかもしれない…」
    「自らの肌に剣を捧げる騎士的な?」
    「ルナティックで脱いじゃったローラン的な?」
    「違うと思う」
    「わたしもそう思う」

    「それで次はBって人。たぶん」
    「たぶん?」
    「この人も記録というか…情報自体があんま無いんだよね。大迷宮ってあるじゃない?あそこがホームらしいよ」
    「あー、あのバトルロイヤル好きな人が入り浸ってる?一度演ってみたくはあるんだよね。わちゃわちゃノリが良さそうじゃない?」
    「どーかなー。この人そういう誰も彼も殴り合え、みたいなバトルには顔出さないっぽいね。
     んーと…あ、これか。『迷宮の行き止まりで突然ヤラれた!誰もいなかったはずなのに!』とか
     『通路を歩いてて悪寒がしたと思ったら倒れてた。なんか白い…妊婦みたいな影が見えた気が…』とか、そんな噂が」
    「……妊婦?」
    「妊婦」
    「ニンフとかじゃなくて?こう、迷宮を漂う真っ白な妖精さん的な。こんな所をウロウロしてると悪戯しちゃうぞ的な」
    「妊婦」
    「…はい」
    妊婦さんだって、バトルしたい!…ということでいいんだろうか。うん、世の中広いなぁ。
    「ちょっと試合映像は見つからなかったんだけど、噂によればヒットアンドアウェイで判定狙いみたい。
     うんうん、私好みのスタイルだなぁ。応援したい。…けど、なんかある時期から目撃情報さえも途切れてるね。なんでだろ」
    「……出産してるとか?」
    「………ありえなくはなさそう。…何生まれるんだろ」
    …赤ちゃんのプレイヤー?という想像をした所で閉鎖されている状況だとどういう扱いになるんだ、と思った所で
    思考がパンクしそうになったのでやめた。元気な赤ちゃんが生まれますように。

    「で、今もっとも優勝に近いのが、晴海って人。面白い装備をもっててね、同型機を二種類持ってる」
    「んん?同じのを二種類?」
    「正確にはガワだけ変えた銃と剣みたい。見た感じからするとこれ変形してる風な感じイメージしてるんじゃないかなー、
     こういうこだわり、いいよね。そんでこういう凝った事する人が得てして強かったりして、実際晴海って人は強い」
    「へぇ、武器に名前もつけてるんだ。わかる。わたしもビスケットハンマーの名前、初日の初っ端につけたもん」
    うんうん頷いてモニタを眺める。グレイプニル…晴海…んー?と、何か脳裏に引っかかるものがある。
    「…あれ?これたぶん…天魔福音って本のやつじゃないかな?」
    「なにそれ。私知らない」
    「そういうシリーズのラノベ。確か。わたしもちゃんと知ってる訳じゃなくてタイトルと作品ネタ見かけた事あるくらい。
     なるほど、そういうプレイか……うんうん、いいねいいねぇ」
    引きこもりの定番として、わたしも結構漫画やアニメには詳しい。一番はギターなのでその練習の合間に見てる程度ではあるが、
    一般人に比べたらかなりの量を見てる方だと思う。ちなみにエリは一般人より。ゲームは割りとやるけど。
    がぜんこの晴海さんという人に親近感が湧いてきた。陰キャ…という程には陰のオーラは感じないが、
    映像を見ている感じ、どちらかと言えば大人しめな雰囲気の子だし。…たぶん。
    「ふむふむお姉ちゃんは晴海がお気に入りと。好きなものを好きなままにここに持ち込んで、楽しんでるって所も一緒だしね。
     好きなものこそ上手なれ、って言うけど、二人共そのタイプってことかなー」
    「わ、わたしなんかがお気に入りとか恐れ多い……」
    わたわた。ヤバい、わたしのダークフォースが晴海さんに影響して優勝を逃しては残念だ。
    わたしはそっと物陰からほんのり勝利を祈るだけにしよう。いやまあ、意識しなくともいつも物陰に居ますけどね。

    「そーしーてー。今のお姉ちゃんの成績だと…んー、優勝はもう無理かなー。入賞もたぶんちょっと厳しい。
     行けてベスト4ってところだけどそれも最後の試合に勝てたらかな」
    ベスト4。充分すぎると思う。エリとの対戦ゲームを除けば、古今東西人と競い合うようなもので
    目覚ましい結果を出したことなんて一回も無い。それが、一体何人居るのか数え切れない程の数が居る
    Ussaプレイヤーの中での、4人のうちの一人。もうそこに届くのだというだけでも望外と言える。
    「………せっかくなら、勝ちたい、かな」
    「…ふふ、勝負事になると基本諦めから入ってたお姉ちゃんが、変われば変わるものだね。
     うん、頑張ろうよ。私もサポートするからさ。お姉ちゃんがベスト4っていうのも、私も自慢できるし…」
    言いながら、一旦モニタは切って、エリが試合情報を手元のホログラムミニモニタでぽちぽち調べだす。
    大丈夫?のぼせない?もう結構お風呂入りっぱだよ?なんて思いながら、
    わたしのために調べてくれているのが嬉しくて、それを止めようとはせず見守っていたが、
    「……!?」
    「……え?」
    情報を調べてたエリが、びくっ、となってお湯が跳ねる。手元のミニモニタをぐわっと眼を開いて見る。
    そしてわたしの方を、なにかすっごい複雑な表情で見つめて、
    「お姉ちゃん、………気を強く持ってね」
    「なにごと!?」
    何やら死刑宣告を受けたような気持ちになり、エリが手元のミニモニタをわたしへ向けて見せる。
    見る。数秒、何がそんなに変なの?とその次の試合相手を見て、首をかしげる。
    もっとよく見る。…あれ?もしかして、これ。
    「ぬ゛ゔぇーーーー!!!」
    「お姉ちゃーーん!!」
    女の子にあるまじき悲鳴…というか汚い鳴き声をあげてお風呂にばたーん倒れるわたし。
    ぶくぶくぶく…と沈んでいったわたしをエリが救出して、脱衣所のベンチへ寝かせてくれたのは、
    その数分後くらいのことだったとか。
    もう回線切りたい。切れないけど。
    -- 2023-02-12 (日) 02:14:15

  • 「……あの!エリもUssaやってたなんて、わたし聞いてないんだけど!!」
    ビル群の谷間。真冬の設定なのか雪が所々に積もる市街地…を模した大規模アリーナマップで、
    今回の相手を前に、ギターを構えていないわたしとしてはかなり強気に抗議の声をあげる。
    長年の友人の壁くんとか以外に、わたしがそんな強気になれる人間はそう多くない。というかめっちゃ少ない。というか数人。
    「……あー…うん、言ってなかったからね。だってほら…そんな衣装でギター弾いたりしてるのを
     知り合いに…更に言っちゃえば身内に見られてるの知ったらお姉ちゃん、絶対恥ずかしがるじゃない」
    というか家族。
    「…うっ。なんのはんろんもできない」
    はいその通りです。さっすが生まれて数年くらいからわたし知ってるだけはある。わたしに詳しい。
    「場合によっちゃこっちでも引きこもりになりかねないしね。そうじゃないのには、安心したよ」
    にひ、と意地悪そうな笑みを浮かべてエリ…わたしの妹が言う。はいはいご心配かけました!
    「でもまさか、上位ランカーにまでなるとは思わなかったけど。だとしても…私に勝てるとは、思わないことだね」
    ちゃ、と銃を掲げてエリはこちらをまっすぐに見つめる。わたしはギリギリそれを真っ向から受け止める。
    オイオイ見くびってもらっちゃ困るよ?妹でなかったら目ぇ逸らしてたとこだよ?
    「家でやってた対戦ゲームだって、お姉ちゃん基本私に負け越しだったもんねー。じゃ、よろしく♪」
    「わわわ、わたしにだって、姉のいげん?とかあるし!よろしく!」
    けらけら笑って、エリが冷たいビルの谷間に消えていく。わたしはそれを見送る。
    実際、勝負事はあんまり勝ったことはないけど、それはあっちでの事だ、ここでなら、ギターを持ったわたし、なら。
    わたしも妹に背を向けて離れる。この通常より広い市街地の大規模マップでは、初期戦闘開始位置は結構離れている。
    シューターに有利なマップになるが、仕方ない。ランダムで選ばれたマップだ。
    しばらく歩いて所定の位置について、ギターを下ろしてひと鳴らし。切れのあるサウンドがアスファルトに響き、
    わたしの全装型バニースーツの露出が上がり、戦闘準備が整っていく。ぬぬぬ、この姿をまさか妹に見られることになるとは。
    なお、露出度が上がっても、スーツの体温維持機能で雪がちらほら見えてるこの状況でも殆ど寒くない。ちょっとは寒いけど。
    『それに…慣れておいた方がいいかもだしね』
    『…ん?どゆこと?』
    もうだいぶ離れてしまってるのもあり、肉声ではなく通信でエリが話しかけてきた。
    でもその言ってる意味が分からず、聞き返したところで、試合開始時間が到来する。
    『なんでもない。お姉ちゃん、バニー姿似合ってるよ。それじゃ、バニーファイト・レディ』
    『ごー!…ありがと!!』
    なので、わたしがちょっと赤くなってるのは、寒いからじゃない。
    これさあ!わたしが大破したときも多分見られてるよねぇ!確かめたくないけど!!!
    -- 2023-02-11 (土) 04:49:35

    • そんな身内に恥ずかしい所を見られてた感に別の意味で心臓高鳴る状態とは裏腹に、
      試合そのものは静かに立ち上がった。当然だろう、ここでの初期位置はエリの持つ恐らくは実弾系銃のライフルでも、
      そう簡単には直接攻撃出来ないくらいの距離がある。それに、流石にわたしも初心者ではない。
      開始と同時に、エリの消えていった方向から盾になるよう、建物の影に隠れている。
      結果として、始まった直後は特に何事も起こらない。
      ゲーム内の銃だから本物の銃とは違うかもしれないが、あの形の銃だったら射程距離は通常数百メートルといった所だろう。
      アサルトライフルだっけ。それこそ家でやってたリアル重視のFPS系ゲームで対戦した時にエリが言っていた。ボロ負けだったけど。
      あのゲームでのリロード動作は凝ってたな。まあ、今は凝ってるどころじゃないリロードをエリはしているんだろうが。
      そんな事を考えながら一応隠れはしたけどその参考情報的には射程外だろう場所で、
      立っているだけでは何も始まらないのでとりあえずビルの影から出て距離を詰めようとした瞬間。
      嫌な予感がした。
      「み゛ゃっ」
      変な声を出しながらのけぞる。その眼の前を何かが通り過ぎた感覚があって、その先の雪溜まりが弾け、
      たぁーん、とそれからちょっとして間延びしたような銃声がビルの合間に鳴り響いた。
      『…惜しい。相変わらず変なとこでカンは良いねお姉ちゃん』
      「ままま、マジで!?この距離で当てられるの!?」
      思わず肉声でお返事。聞こえてないから。言いつつ、ばっ、とビルの影にまた隠れる。
      私は耳が良い。着弾より後から響いた銃声、あの音の響き方からしてここはエリから1km近く離れているはずだ。
      何かしらのスキルか、装備補正か。熱感知する装備とかもあったっけ。…それともエリの腕が純粋にいいのか。
      専用のスナイパーライフルでもないのにこの距離を当てられるのは凄まじいと言わざるを得ない。
      姉の威厳が早速消えて冷や汗が流れそうになる。これは詰みでは?
      『エリ!?前にやったゲームの時と全然違うんだけど!?』
      『Ussaってすごいよね。一般ゲーとエイムのし安さ比べ物になんないって言うか』
      微妙に答えになってない。ヤバい。これはヤバい。この距離に居ては嬲り殺しになるだけだ。死なないけど。
      大破まではいかずとも、試合終了時間までに一発でもカスってしまえば、蓄積ダメージ差の判定で私は判定負けになる。
      早急に距離を縮めねばならない。ひとまずは…建物内越しに動くしか無い。
      -- 2023-02-11 (土) 04:50:00

      • そしてしばしの時が経つ。銃声の聞こえた方向に建物内を経由して、出来るだけ身を晒さないように移動する。
        それでも窓の側を歩いたときとかを狙い澄ましたように撃たれたりして、そのたびに私は心臓を跳ねさせる羽目になった。
        とはいえこの超長距離の間合いでは、流石のエリでもそう簡単には当てられないのか、距離自体は着実に詰められている。
        距離を詰めさえできればこっちのものだ。明らかにエリは長距離構成のビルド。打撃戦の距離ではよわよわのぷーのはず。
        イナバさんみたいに近くても離れてても強い構成の人もいるけど、それでも中距離が普通は限度。
        だから、この一戦はわたしがどれだけダメージを負わずに打撃戦に持ち込めるか、それに掛かっている。
        で、建物の出口からギターだけちょっと出して様子見。がんっ、と嫌な手応えに響く弦の低い音。
        ぎゃー、私じゃないけどギターにダメージが!ごめんねビスケットハンマー!
        第二射を撃たれる前にささっと次のビルへ。良く頑張ったビスケットハンマー、だいぶ距離を詰められた。
        今の音の感じからすれば残りは1〜200mといったところか。これだけ近ければ方向だけではなく、発射位置もざっくりだが分かる。
        ここまでくれば、Ride on shooting starで空を飛んで一気に近寄るのも手ではあるがまだ時間に余裕はある。
        それにエリの腕を考えると、宙を高速で飛んだとしても叩き落されそうで怖い。
        ここは堅実に間を詰め……ん?…んんん?
        「…あはぁ」
        そろりそろりと近づいていたその最中、私は面白いものを見つけてしまった。
        それは、ひとつのビルの前に積もっていた雪…の上にあったもの。小さな、私より一回り小さな、足跡。
        このマップには人間はプレイヤーの二人しか居ない。つまりは、誰の足跡かは明白。
        抜き足差し足忍び足で、そのビルに近づく。さっきの銃声の聞こえた方向とも合っている。
        この上にエリが居るに違いない。それほど大きくはないビルだ、ギターが弾かれた角度からすると居る階数も察しがつく。
        その階まで息も殺して登っていけば、部屋数も多くはなく、私の居た方向も加味すれば発射地点の部屋も探すまでもなく分かり。
        ふっふっふ。昔から詰めが厳しいエリにしてはミスったね。こうなればこっちのもの、姉としての立場を、
        一刀にして…いや一ギターにして思い知らせてあげよう。
        「あっはっはっ!降参するなら今のうちだよエリ!!……んにゃ?」
        その部屋のドアをばーん、と開けてギターを振りかぶった先に居た…いや、あったのは、なんか変な台に乗った、銃だけだった。
        『ハ・ズ・レ♡ 昔から詰めが甘いよね、お姉ちゃんは』
        聞き慣れた声の通信。それと同時に、台がうぃん、と動き私を照準する。反射的にギターを振るい、それを叩き落とした瞬間。
        「ぐっ…!」
        銃声。真横にあった窓から横合いに撃たれた。腕に強い強い衝撃。軽く吹き飛ばされ体が一瞬宙に浮く。
        自身の迂闊を悟ったその時、歯噛みしながらもなんとか窓から影になる位置へと倒れるように転がり込む。
        追撃は来ない。ある意味ではこの一撃で勝負が決したようなものだからか。
        銃身がひん曲がった設置されてた銃を睨みつけながら、私は自らの能天気さを呪う。
        あの雪の足跡は、罠だったのだ。そこに自分がいると思わせて、誘き寄せるための。私を銃撃しながらも、
        ポイントに設置された遠隔か、自動かで撃ってくる…オートタレットって言うんだっけな。なんかのゲームで見たことある。
        それを設置し、巧妙に銃を撃つ頻度をそちらに入れ替えて、位置を誤認させる。
        今の感じからすると私を撃ったのは隣のビルからか。それもタレットなのか、本人だとしてももう移動しているだろう。
        ズキズキと痛む腕を抑えながら、相手にというよりはまんまと引っかかった自分に腹が立つ。
        骨は折れたり砕けたりはしてはいないが、せっかく鍛えた(つもり)腕の筋肉は血を流している。結構なダメージ。
        もうこれで後はエリは待つだけでも勝てる。ダメージ差で判定勝ちだ。ピンチ。
        -- 2023-02-11 (土) 04:50:24

      • そして更にしばしの時が経つ。これ以上のダメージを受けないよう、先程以上に慎重に立ち回りエリを探すも、見つからない。
        時おり銃撃は受ける、が頻度は低く、その方向もバラバラ。本人か、タレットなのか分からない。
        オートタレットを使う事がバレた以上、もう隠すつもりもないのだろう。
        この間に本人は遠くへ逃げている可能性もあるが…、それはない、と知っている。
        エリは不確実な想定より、確実な勝利を求める。数多くとの彼女との対戦(家ゲーでの)を経験した私は知っている。
        その経験から、逃げの姿勢に入ったとしてもエリは仕留められれば私を仕留めようとする事も。
        だが、それを知っていても、今の私に出来ることは少ない。どれかの銃声へとワンチャン突撃して、
        それがエリなのに賭けるか?分の悪い賭けは嫌いじゃない。ロックだし。でもそれは分が悪い通り越してただのバカな気がする。
        もっと勝機を探れ、イナバさんならどうする。ギョクトさんならどうする。エリなら、どうする。
        「いや…違うか」
        手に持ったギターの重みを感じた時、思わず声が出た。そうだ、誰かならどうするかじゃない。
        私なら、どうするか、だ。覚悟を、決めろ。
        「…よし、私は、私のGIGを、始めよう」
        ゆっくりと身を隠し腰を下ろしていたビルの影で立ち上がる。切るように、ピックを振り下ろす。
        exp037171.png
        LITTLE BUSTERS
        ギターを掻き鳴らす。雪景色の冷たく音のしないコンクリートの街並みに、鋭いギターサウンドが響き渡る。
        私の心の中に、その音色と共に体を燃え上がらせるような熱いものがどんどん溢れ出してくる。思わず笑みが浮かぶ。
        『……良い音だね。家に居た頃より、良くなってる』
        少し優しげな声がした。もちろん、こんな静かな場所でこんな音を奏でていれば離れていても余裕で聞こえるだろうし、
        その位置もバレッバレのモロバレだろう。だが、必要なのだ。私が、勝つために。
        『ふふっ。Ussaの中でもちゃんと練習してたからね』
        タレットからの射撃が来るかと思ったが、それは来なかった。なんとなく嬉しくて、更に笑顔が深まった。
        -- 2023-02-11 (土) 04:51:20

      • そして更に更にしばしの時が経つ。街はまた静寂に包まれていた。
        もはや銃撃さえもせず、耳が痛いほどの静けさに街は何も言わず、ただ時を刻んでいる。
        もう、試合終了までそう時間がない。エリはこのままであれば勝利者になるだろう。そんな中、
        「うわああーーー!!!」
        と、叫んで私はビルの合間の大通りに飛び出した。ギターを手に、走り出す。
        走る方向は先程銃声が幾つかしていたその一つ。銃に当たらぬようジグザグの軌道で、
        凍りつきあちこちに白い雪溜まりが落ちる道路をずばーっと突っ走っていく。
        その後を追うように、銃撃が幾つも走る。だが、全力疾走する私の脚はなかなかだ、そう簡単には当たらない。
        濃く白い息を吐いて、鳥肌をさせる冷たい空気を切り、寒さに震えながらも私は走る。
        そうして一つの発射地点の目前まで近づいて……思いっきり、コケた。
        アスファルトの上、くぼんだ部分に溜まった水たまりが凍っていた箇所を踏みつけたのだ。
        いつも私はこうだ。Ussaに来る前、ギターを持っていない時、私はいつもこうだった。
        ピンク頭の思慮は浅く迂闊で、俯いてるから視界は狭く、肝心なときにはポンコツにやらかして。
        『………お姉ちゃんはやっぱりお姉ちゃんだったね』
        体勢を崩した私に声がした。銃撃が来る。タレットでの精度の低い自動銃撃ではない、
        針のように研ぎ澄まし、狙い澄ました、彼女自身の一撃が。エリなら、こんな瞬間は絶対に見逃さない。
        私を良く、とても良く知っている彼女だ。下手をすればこんな時が来る事を予感さえしてたもしれない。
        そう、いつもこう"だった"、私を。
        「っバッチこーーーーーい!!」
        叫ぶ。出来るだけ身を丸め、ギターの影に半身を隠すようにする。コケた"フリ"から一転、
        空中で無理やり体勢を立て直し、地面に倒れる際も出来るだけ身を伏せて面積を小さくするような姿勢を取る。
        『…!?』
        言葉はなく呼吸から困惑だけが伝わる。でももう遅い。
        衝撃。がぁん、とギターが大きく鳴り、手に重い振動。それと同時に、お腹に鋭い痛み。
        防ぎきれなかった。でも、致命傷じゃない。だから、観る。
        その瞬間、数十を越えようという赤い眼が、白く長い耳が街を舐め回すように見、聴いた。
        その眼は、耳は、小さなもの。私がソングロジックで出現させ…試合終了間近までの時間で、
        街中に隠れながら慎重に配置した、大量の小人たちのもの。
        私をディフォルメした、マスコットめいた、ぬいぐるみめいた小人たちが、一斉にその一発の銃撃の発射地点を探る。
        探査は小人たちに任せてお腹の痛みに耐えつつ…すぐさまそのまま転がり、身を立て直す。
        『見つけた』
        即座にRide on shooting starを演奏、反重力を生み出して飛ぶ。
        我が身を囮にし、今までの人生を囮にして見つけた、その相手の姿へ。
        -- 2023-02-11 (土) 04:53:03

      • 私をよく知るからこそ、来ることが分かった瞬間を利用した分の悪い賭けに私は勝った。
        ただ突撃しただけでは十中八九負けていただろう。だからこそ小人を街中に配置し、反撃の瞬間を逃さぬよう用意した。
        銃撃も来る時がわかっていればそれなりに対処の方法はある。まあそれでもダメージは負ってしまったが。
        宙を飛びながら私は思う。マジで今までだったらこんな作戦とか考えなかったなーと。
        これも軍師っぽい人?に負けた経験とかあったからだろうか。自分囮作戦とか度胸もついたよなーとか。
        そんな事を考えてたのも数瞬のこと。エリは、少し意外な場所に居た。
        辺りに立ち並ぶビルの中ではなく、その間にある公園の大きな木の中程にだ。
        なるほど、と少し思う。ビルの中では追い詰められた時に逃げ場が無い。それにこんな環境だったら
        まずビルに居るだろう、となんとなく先入観があるのは否定できない。
        でも、もう、逃げる時間は与えない。ここで、終わらせる。
        『…正直、驚いたよ。それじゃあ、決めよっか』
        『うん、決めよう!』
        まだ遠いが、エリの顔が直接見える。その顔は困惑というよりは、少し嬉しそうな微笑みで。
        私もそれを見て少し嬉しくなったけど、油断はしない。こと、対戦に関しては彼女のほうが上手だ。だから、
        ハイブリッドレインボウ!」
        ギターを掴んじゃってるので自動演奏でソングロジックを奏でる。そうすれば私の周囲に七色の光が生まれ、
        それが公園へと向かって飛び…エリ、ではなく、木の近く、公園の凍った池へと撃ち込まれる。
        元よりこの七色の光は威力はともかく射撃精度が低い、更にはこの距離では私はエリのように精密な狙いはできない。
        ならば狙うのは彼女ではなく、池。さすがにでっかい池なら外さない。そうすれば、
        『…!煙幕ってワケ!』
        ご明答。七色の光の熱に反応し、溶けた氷が気化。もうもうと水蒸気が木の周りに立ち込める。
        エリならば相手が飛んでいようと撃ち落とす可能性は充分だが、こうなればそう簡単にはいかないだろう。
        そして、更に、もう一つ。
        「かーらーのー。さあ!爆音ライブだよ!」
        公園に集合しつつある感覚共有しているマスコット私たちに思考で命令を送る。
        すると小人たちは各自、自らの持つ小さなギターを構え、一斉に演奏を始める。ソングロジックは使えなくとも、
        演奏だけなら立派にできる小人たちのギター音が、辺り一帯を包み込み鼓膜を破らんかの爆音の嵐となる。
        『……っさい!』
        という通信さえもよく聞こえない。木の外が水蒸気で見づらくなったとしても、静寂の街の中を凄い勢いで飛ぶ私は
        結構凄い風切り音を出している。その音を狙う可能性も、潰す。
        『いっっっえーーーい!!』
        爆音に私はノリノリだ。テンション上がってきた。ちょっと横ノリのヘッドバンキングしなからも、
        単純に真っ直ぐではなくある程度ランダムな軌道を描く。その様自体がもう、音楽にノッてるようにさえ見える。
        そうして様々な手段でエリに狙いをつけさせず、私はエリへと急接近し、
        「生意気な妹には…お姉ちゃんが直接オシオキだ!」
        もう通信を使う距離でもない。肉声で叫びながら、ギターを振りかぶって水蒸気の中へと突っ込んでいく。
        その勢いで水蒸気は晴れるも、この距離まで近づけば関係ない。もはやあと一歩。
        だが、エリの顔からは…微笑みが消えず。
        「引きこもりのお姉ちゃんは…妹が直接蹴り出してあげるべきじゃない?」
        その言葉と同時、幾つもの木の枝が、その枝に青々と茂る葉々が、ざわりと奇妙にざわめいた。
        それが示したのは…実に巧妙に樹上迷彩で隠されていた大量のオートタレット。
        「それとも逆に囲っちゃおうかな。…この私の、キリングゾーンで」
        エリの微笑みが、深くなる。それは、嗜虐的で、魅力的な、背筋がぞくりとする微笑み。
        十重二十重に張られていた、銃の結界。それが、もはや自動照準の精度であろうと関係のない距離、
        わたしに向かって槍衾のように連なった銃口を向け始め…
        「社会復帰の邪魔すんなぁ!」
        ごん!とギターをエリの頭に振り下ろした。素晴らしい手応え。
        やはり防御値の低かったっぽいエリはそれで一発KOになったっぽく、
        銃の結界の弾丸は放たれる直前でギリギリ紙一重で動きを止めていた。
        「な、なんでぇ…」
        すっごく頭が痛いだろうに、頭を押さえることもせず困惑が勝ったのか驚愕の表情で弱々しく呟くエリ。
        わー、エリのこんな顔見たこと無いや。この子こんな顔もするんだ。
        「こ、ここ、には私が手づから調整・プログラミングした特別装備を配置したのに…
         このタイミングなら私のカンペキ射撃AIなら間に合うはずなのにぃ……」
        確かに言われて見れば、ここのオートタレットはビルで私が折った奴とは違う種類のようだ。そりゃ自信満々な訳だ。
        しおしおと力が抜け、枝から落ちそうになるエリ。っと、あぶないな。とその手を取れば、
        「…!?…つ、冷たい…!?なんでお姉ちゃんこんな手が冷たいの!?」
        そう言われて、苦笑する。
        「いやー、やれることをやっただけというかー。あ、あはは」
        「そっか……それで………光学映像識別系はともかくとして精度上昇のため熱感知系のサーマル処理分が遅れて…
         …お姉ちゃんの作戦に…私は負けちゃったんだね…」
        聞く感じ、どうやら私のあがきの一つが当たったらしい。覚悟を決めて、小人を出して街中に忍ばせている間、
        時間もあったので私はやれることをやった。この真冬の市街地を模したマップの中、体温を十全に保っていたバニースーツの
        体温維持機能を自ら切り、雪溜まりを集めてその中に寝て出来るだけ体温を落としたのだ。
        どちらかと言えば隠れている相手を見つけたりする探知系のスキルや装備としてポピュラーな熱感知に対しての
        対策のつもりだったが、違う方向で役立ったらしい。
        もちろん、凍えて動けなくなるというリスクもあった。あったがそこは私の中にあった熱を信じた。
        体温というステータスには出ない、私の中の強い強い、熱情を。
        でも、そんなことは口に出して言うのは恥ずかしかったので。
        「いいや、違うね」
        「…え、何が?」
        「私がお姉ちゃんだから、勝ったんだよ!」
        ふんぞり返って、そう言った。
        「…………意味わかんない」
        そう、エリは言ったけど、その口元にはまた微笑みが浮かんでいた。
        「そ、それよりも…お風呂!お風呂行こう!!寒いめっちゃ寒い!!」
        また体が震えてきた。そうだ、そんでお風呂でエリのUssaでの事を聞こう。私の話もしよう。
        いつもこう、じゃなくなった、私の話を。
        -- 2023-02-11 (土) 05:10:52
  •   -- 2023-02-11 (土) 04:46:44
  • 「おっんもっーーい!」
    心の底から声が出た。生まれてこの方ギターより重い物を持ったことのないわたしにはヘルモード過ぎた。嘘だけど。
    「ぬぅ、そうか…。ニナは瞬間的にはそのダンベルよりももっと高い負荷をいつもかけているはずなのだがな。ギターを振る時に」
    ギターが思ったより重かった。わたしの人生いつもヘルモードという新事実が発覚しつつ、
    両手に持っていたダンベルをごとりと床に置いて、寝っ転がっていたベンチから起き上がる。うおー、腕いったぁい。
    「ダンベルフライがお気にに召さぬのなら、次はダンベルプルーバーはどうだ。ダンベルも一つで済む。
     それにそれはリアルでも剣道家などが剣速を高めるために行っているような振り下ろすための筋トレでな…」
    いつもより心なしか楽しそうな声でスクワットしながら今は鎧を着ていないギョクトさんが言う。
    肩の上にわたしのダンベルの二十倍以上はありそうなバーベルを背負ったまま。ゴリラか?
    「え、えぇとぉ、ギョクトさんが勧めてくれるならやるけどぉ…今はちょっと休憩ぃ…」
    よろよろとベンチを離れて休憩スペースのスポドリを飲みに歩き、とすんとそこの椅子に腰を下ろす。
    そう、ここはジムで、今はギョクトさんとふたりっきりだ。ちょい緊張する。
    「うむうむ、無理はせずとも良い。自分のペースでな。しかし私は嬉しいぞ。ここはUssaでは流行らぬ鍛錬場だ、
     私以外の誰かと一緒に筋トレができるとは思ってもいなかった」
    余り表情を出さないギョクトさんがさっきからずっとうっすら微笑んでいる。これマジで嬉しいときのやつだ。
    実のところ想像より百倍キツかったんでもう帰ろっかなとかチラっと思ってるとかとても言えないやつだ。
    「あ、あはは…ま、まぁ強くなるのにどんなことしてますか、なんて聞いたのはわたしですから…
     こちらこそ…色々教えてくれて嬉しいです」
    「ああ、ここでは特殊な鍛錬ではあるが私に教えられることであれば何でも教えよう。察するに…この前の敗戦がきっかけかな?
     何にせよ高みを目指す事は良い事だ。私もやりがいがあるというものだ」
    正解。苦笑する。彼女の微笑みが深くなる。こりゃ頑張るしかないな、とヘルモード継続を心の中だけで覚悟する。
    そう、ジム自体は広いのだが、そこに二人しか居ないのは当然でもある、なんと言ってもUssa内での筋トレは、"意味がない"。
    わたしは筋トレには詳しく無いが、その狙いくらいはわかる。筋肉をいじめていじめて、ッザケんなコラッ!ってなった
    筋肉が負けん気溢れて成長することを期待する行動だ。つまりは、筋肉細胞を強く成長させるためのものだ。
    だが、"ここ"は、結局のところただのゲームだ。
    五感があり、現実にも思えてしまうほどのリアリティがあると言っても、デジタルデータで再現された筋肉は
    鍛えた所で別に元の太さより大きく成長したりしない。だから、雰囲気出し用と思われているこのジムには人が居ない。でも、
    「繰り返しになるが…意味はあるのだ。確かに、Ussa内では筋肉は成長しない。太い筋肉を得たいのであれば、
     より強い人工筋肉へ自らの筋肉を置換すればいい。そこまでせずとも単純に腕力を強化する装備もある」
    ふっ、ふっ、とドデカバーベルを背負ってスクワットしながら額に汗を煌めかせ流暢にギョクトさんは話す。
    今はごつい鎧はなく筋トレ用の肌に密着する薄いスポーツウェアを着ているので、別に鍛まらないけど躍動するしなやかな筋肉と、
    結構グラマラスなその体のラインがよく分かる。…わたしより明らか胸でかい。ギョクトさんが脱いだら誰得ではないな。
    …この人脱げてもそのまま真顔で御見事とか言いそうだけど。それはそれで得する人居そうだな。おっぱいは柔らかそうだし。
    ちゃんとスポーツブラはつけてるけど、ダイナミックな動きに負けてて結構ぽよんぽよんしてるし。
    「ニナ?」
    「ひゃい!?はい、聞いてます聞いてます!」
    髪色だけでなく若干ピンク色の脳みそになりかけてた頭が名前を呼ばれて正気に戻る。ちなみに彼女はわたしを呼び捨てだ。
    初対面の時に呼び捨てでいいって言ったのを覚えてたようだ。その辺り律儀というかなんというか。
    「すまないな、嬉しくて少し喋りすぎたか。まあ、端的に言えばステータスに出ない所を鍛えるのだ。
     重い物を持った時の感覚、それを動かすときの感覚。そして動かすためにもっとも効率の良いフォーム。
     それらを筋肉にではなく、私達の脳みそに刻み込む。…"外"で元気にしているはずの、私達の脳みそにな」
    「なるほど…あれですかね?すごい単純に言っちゃえば、かけっこしたとしてゲームの能力値の速度で倍負けてたとしても、
     倍効率良く走れば追いつける、みたいな?感じですかね?」
    「極論すればそうなる。もちろん、先に言ったような部分は僅かな差だ、倍の能力差を覆すには相当な積み重ねが必要だろう。
     だが…覚えてしまえば相手の能力を可視化するアナライズ系のスキルでも読み取れない確かな差になる。
     それに、装備を変えたとしても応用が効く。近距離系装備の者が射撃武器に応用するのは少し難しいだろうが」
    彼女と対戦した時に驚嘆したダッシュ力はこのへんに秘密がありそうだ。堂に入ったボクサーっぷりといい、
    筋トレ好きといいたぶんリアルでもボクシングをやってたんだろうな、ということは容易に分かる。
    「あはは、筋トレで銃打つの上手くはならないですよねー」
    「いや、その辺はまだ応用が効く方だな、銃の命中率は実弾系なら反動を如何に抑えるかでかなり変わる。
     光線系の銃でも、銃自体の重さを上手く支えられることには変わりない」
    そこまで言って、ふ、とギョクトさんがスクワットを止めてバーベルをどずん、と床に置いた。おいすごい音したよ。
    「そういえば…ニナの次の相手も射撃武器の使い手だな。なかなかの強者のようだぞ?」
    ぴ、と手元にホログラムメニューを表示させてジムのモニタをギョクトさんが点ける。そこに、その対戦相手が表示される。
    「私も見ていたが、シューターというよりは凄腕のハンターという印象だったな。狙った獲物は逃さない、という。
     しかし、改めて見てみると…少々君に似ている気がするな。そうは思わないか?…ニナ?」
    そう、モニタとわたしの方を見比べて言う彼女。でも私は、その声に答えられなかった。
    exp037170.png
    「………エリ?」
    そこに写っていたのは…"外"で待っているはずの、わたしの妹だったからだ。
    -- 2023-02-10 (金) 22:47:43
  •   --
  • ひとことで言えば、調子に乗っていた。と言えよう。
    たまに辛勝、といったような試合はあったものの模擬戦含めてわたしのみょーなスタイルに惑わされた
    プレイヤーが多かったとも言える。わたしはこの世の春にノリにノッていた。
    うぇーい!わたしこそがクィーンイオブバニー!チキチキバーンバン!

    そんな時、現れたのだ。

    目にも眩しいギラギラのラメ入り龍袍の古代中国の王も驚嘆する見事な龍を外衣に纏い、
    天下のフィーバーを一身に背負い、その片手にピタサンドを持った現代の中華の皇帝の姿が。
    その者こそは治世のチャラ男、乱世のウェイ系と呼ばれた男。人呼んでパリピ曹操。
    「オレが天下に背くのはいい、しかし天下の兎にはオレに背かせねェ!」
    そう叫んで彼は龍袍を脱ぎ捨て、百花繚乱のパーティタイムがネオトーキョーで始まった。
    exp037168.png
    結果。

    わたしを上回る思いもよらぬおかしな奸雄の奇策の煌めきにわたしは彼の手のひらの上で
    踊りに踊らされキリキリ舞いまくり、最終的には完膚なきまでの大ダメージを負い脱がされる羽目となったのだ。
    ちくしょー、わ、わたしのハダカとか誰得だよぅ、うわぁん。
    exp037169.png

    にしてもまさか…ピタサンドをああいう使い方するとは…策士、恐るべし。がくり。
    -- 2023-02-08 (水) 01:50:38
  •   --
  • と、いうことで。
    たっぷり二晩くらいかけておっけぇ、みたいな桃色ウサギのスタンプをメッセージに返した私は、また例のアリーナにいた。
    ただし今度は閑散としていた以前とは違い、そこそこの人数のギャラリーが居る。
    アリーナの近場にはイナバさんと似たような西洋鎧風スーツを装備した人たちが、そして少し遠巻きに何やら物珍しそうな人々。
    う、うえぇぇ、レートバトルでちょっとは慣れたとはいえ人が多いぃぃ。ニンジン手に書いて飲まなきゃ。人参だけに。
    「…貴殿が春日ニナ殿か。いや…ギターバニー、と呼んだ方が良いか?」
    西洋鎧軍団の中から一人の女性が歩み出てくる。その女性の視線は、強く、硬く。確固たる意思を感じさせる。
    exp037162.png
    「お初にお目にかかる。私は白兎騎士団団長、ギョクトと名乗る者だ。お見知り置き願う」
    胸の前に片腕を水平に持ち上げる…敬礼?っぽいポーズをしたギョクトさんが言った。あーあれイナバさんもしてたな…って。
    「だ、だだ、団長!?そ、そんな偉そうな人がなんで!?…ぁ、え、あ、か、春日、春日でいいですっ、ニナでもなんでも呼び捨てでも!」
    「ふ、別に偉くはないさ。ただのマイナープレイヤーチームのまとめ役のような事をしているだけだ。
     それに、今なら貴殿の方が有名なのではないか?」
    豪快に笑うイナバさんとは対照的に口元だけでギョクトさんが薄く微笑む。クールタイプな美人さんだ。これ私みたいのが憧れる系だ。
    「え?えへえへえへ、そうですかねぇ?有名ですかねぇ。いやー、困っちゃうなぁ」
    くねくね。謙遜してるんだか図に乗ってるんだか分からない感じの妙な動作で体をくねらせる私。
    実際、この間レートバトルでどうもわたしが暫定一位になった瞬間があったらしい。
    多分白兎騎士団の人以外のなんやかんやなギャラリーの人たちが居るのは、それもありわたしを見物に来た人だと思う。
    他とはベクトルの違う装備や戦い方が上手くハマってるだけだと思うのだけど、まあ今のところ大破もせずに勝ててる。
    嬉しいには嬉しいのだが、困るのも本当ではある。ギターを持ってないときのわたしは十人以上の視線に晒されたりすると
    無意識に…こう…手汗とかがにじみ出そうになる。緊張で。目を逸らしてもみんなこっち見てると逸らした先で合ったりするし。
    なので最強の逃避先の自分の足元見ながら、目を合わさず退け腰で、それでもうぬぼれフェイスでニヤニヤ笑うという
    割りと気持ち悪い生き物になりつつも、だからこそ避け得ない困難に直面する別種の緊張を私は感じていた。
    「ああ、だが……この世界に必要なものは、そんな知名度などではない。必要なのは、強さ。だろう?」
    「……デスヨネー」
    知ってた。元より試合をするとのことでの誘いだ。そりゃそうなるのだが。
    「当方も、胸を借りるつもりで挑ませてもらう。…油断は無いと思って頂きたい」
    「…はいぃぃ」
    こっちは油断があると思って頂きたい。だってさ、わたしはずっと気持ちよく演ってただけだもん!
    -- 2023-02-03 (金) 02:08:28
    • そして、辺りが落ち着いた月光の光に溢れ、爽やかな程よい温度の風が吹き抜け、青々とした短い草が茂った夜の草原となった。
      適度に木も生えた草原マップとなったアリーナで、ギョクトさんが白銀の鎧の小手、両手を持ち上げてゆっくりと構えた。
      それは、わたしもすぐに分かった。ボクシングの構えだ。
      前にテレビで見たことがある、それ。ちょっとぴょんぴょん跳ねて動き回るようなスタイルではなく、
      どっしりとした重量感のある落ち着いた構え。…なんかイナバさんより全然背が低いのに、
      イナバさんより重そうに見えるんですけど。武器なしの素手?というか小手?で殴る系?この人もちょっと珍しくない?
      そんなギョクトさんを見てわたしは今回は速攻でギターを手に取る。前回は思う所もあって慣れぬブラスターで序盤を戦ったが、
      流石に今回はそんな舐めた真似は出来なそうだ。
      いや、イナバさんを舐めてたって訳じゃないけども。なんかなんでも許してくれそうだしあの人。
      続けて草原の上にわたしのギターから音色が広がっていく。ビブラート奏法の音色が風に揺れる草を更に震わせるように。
      その音色に反応しバニースーツが変化していけば、私の中に力が漲ってくる。その震えが、私の心臓も震わせる。
      「ふー……別に、一位取ったことがあったからって私が強いだとかなんて思っちゃいないけど…」
      弾いてたギターをくるりと半回転。逆さまにネックを握り、殴打する構えに。
      「そう簡単には、負けてやれないよ!」
      口元に構えた白銀の小手の両拳の上から、こちらを睨みつける硬い視線を真っ向から受け止めて私はにっこりと笑う。
      「こちらこそ、望むところだ。…バニーファイト」
      拳で見えないはずの、表情の薄い彼女が、拳の裏で笑った気がした。
      「れでぃ・ごー!!」
      と歓声をあげて一歩踏み出した次の瞬間。私はボディの相手に向けていたギターを平たく縦に持ち替えた。
      なぜならば私が踏み込んだ瞬間、少し離れた戦闘開始位置に居たはずのギョクトさんが、何故かもう目の前に居たからだ。
      「!?」
      なんて突進力。つい先程までぴくりとも動いていなかった人間の動きかこれが。バネじかけのおもちゃみたいだ。
      ファイトコール(ただの一部の慣習だ)をしている間に、脚に力を貯めていたのだろうか?いや、違う。
      「んっ…くぅっ!」
      小さなうめき声を上げてギターを盾にギョクトさんの左ストレートを受け止めた私は、後方に軽く吹っ飛ぶ。
      ギターが強烈な打撃を受けてちょっといい感じに鳴る。あ、弦のある方で受け止めちゃった。いい音だなぁ。
      なんて脳天気な事を考えるも一瞬。吹っ飛んだ私を、さっきと全く同じ勢いでダッシュし追い詰めてギョクトさんが拳を振るう。
      「ふっ!」
      「や、やばっ!」
      また、ギターが鳴る。重く重く硬い一撃。今度は…確か右フック、かな。
      テレビの解説聞いててよかった。手がすんごいびりびりしてるけど。
      でも分かった。やはり違う、脚に力を貯めている様子なんて無い。この突進力が、彼女の常の力なんだ。
      なら勝手に止まることは期待できない。こっちから、止めるしか、ない。
      「…あはっ、ギョクトさん、シビれる音鳴らすね!じゃ…こっちも!」
      震える心臓を、痺れる手を、感じながら、後方へズラされながらも鋭くギターを所謂袈裟斬り、という感じの軌道で振るう。
      が、これも。
      「貴殿に音を褒められるとは恐悦だ。返礼は我が白銀の拳としよう」
      ごっ、といい音をさせて、なんかハエを追い払うような凄い短く鋭い裏拳?で弾き飛ばされた。たぶんパーリングってやつだ。
      あれこれテレビで見たプロのボクサーの人よりもなんかすごくない?ヤバくない?
      「すっごい!ぃいぃぃーー!?」
      私がバニーじゃない時みたいなちょっと変な動きで横にくの字になる。返す刀で私のお腹を彼女が殴ろうとしたのを躱したのだ。
      流石にこれはテレビ見てなくてもわかる。ボディ。ボディだ。うつべしうつべし。いや女の子のお腹を打たないで。
      打ってるのが女の子だったらイーブンでは?そう私の中のフェミニストがささやくが知らないことにする。ふぁっきん男女平等。
      「…まだまだ行くぞッ!」
      などと思ってはみても彼女の勢いは知らないことには出来ず。
      振るわれる拳を受け、躱し、時には奮起してこちらも殴り返し、凌がれ。と、そのたびにギターを鳴らし。
      しかし前へと進みながら殴ってくる彼女を止めきることができない。時には彼女の肩や体にギターを打ち込むこともできるのだが、
      「硬ったぁい!」
      恐らくは、敢えて受けている。その箇所は必ずと言っていいほど、彼女の鎧が厳重に守っている箇所なのだ。
      そしてその次の瞬間はこちらの攻撃の終わり際を狙ってくる。ああああっぶない。なんてクレーバーな。むしろ隙を作らされてる感覚だ。
      圧倒的な打撃力と防御力。そして冷静な判断力。そんな人間と戦っているというよりは、何やらロボットか何かと戦ってるみたい。
      ああ、でも、これは。
      「…楽しくなってきたねぇ!」
      ごぉん、がぁん、と打ち鳴らされる拳とギター。そのリズムがどんどんとテンポを上げていく。
      テンポが上がるたび、自分の心臓のテンポも上がっていくのを感じる。脳裏が音色に浸っていくのを感じる。
      わかる。今、来る。ぎぃん、弾いた。次は私。今。殴る。当たった。来た。わかってる。小手をネックで逸らす。弦が銀で掻き鳴らされる。
      「ああ、楽しい、な」
      上がるビート、早まるBPM。二人が奏でる音色は、奇妙なセッションになり始める。
      次々と鳴り響く金属的な打撃音。草原の土を蹴り、捻り、添えられる擦過音。衝撃に拳に爪弾かれ尖った音を出すギター。
      いつしか押されるばかりだった展開が、拮抗し、時には押し返し始める。
      余り居ない徒手の間合いの相手に慣れ、こちらの利点でもあるギターのリーチを活かせるようになってきたのもあるが、
      熱を感じた。鉄の塊…というよりは銀の塊と戦っているようだった彼女から、彼女の熱を。だからこそ、
      何よりも彼女というリズム。それにノれるようになってきたのがデカい。アガってきた。
      「くっくっくっ…はーーはっはっはぁ!」
      ギョクトさんが、もうたまらない、という風に大きく笑う。わかるー。わかるよー。
      「このままでは…私の方が押し切られてしまいそうだな。ならば…決めさせてもらう」
      「どんとこーい!!!…わぁっ!?」
      ひときわ強力な爆発的な右アッパー。それで殴りかかっていたギターを跳ね飛ばして、彼女は私との間に間を作る。
      そして…スローモーションにも思えるような。でも実際は僅かな時間の間、ひゅん、ひゅん、と彼女は頭を振る。
      ひゅん、ひゅん、ひゅん。ひゅん、ひゅ、ひゅ、ひゅ、ひゅひゅひゅひひひひひひひ。
      いつしか風切り音も置いていきそうな、体ごと円を描く高速のウィービングが、月光に照らされ空間に白銀の残像を残す。
      それは地上に朧月を映すように空間に淡い光の輪を作り出す。その最中、彼女は両腕の肘から上、拳を手首からぎちりと固め握りしめて。
      作られたのは、インパクトの瞬間拳を握り衝撃力を高める拳闘の拳ではない。それは、硬く、深く、突くための白銀の杵の如く。
      「月中に玉兎有り!杵を持ちて人を撞く!!!」
      彼女が間を作ったと同時に、ここが正念場だ、と私はギターを普通に持ち替えて弦を弾いた。爆速速弾き。
      乗りに乗ったテンポのまま、思うがままにかき鳴らす。それは嵐の如く。月を隠す縮れ雲を吹き飛ばすように。
      『RUSH』!!!」
      ビスケットハンマーが唸る。ソングロジックが押し寄せるような倍音を論理回路に変えて一つのスキルを形作る。
      その成立を鼓膜で感じた私は、ギターのエネルギーを出せるだけ出して放出すれば、ぶわりと桜色の光が周囲に舞う。
      exp037163.png
      そうして彼女に負けぬように両腕に思いっきりの力を込めて振り上げれば、
      桜色の光が収束し、私の周囲にエネルギー体で作られ疑似物質化した幾十ものビスケットハンマーが現れる。
      「いっけぇーーー!!!」
      それらが全て、私の岩を割るような全力の振り下ろしと同じ勢いで一気に、一点に、彼女へと放たれ。
      白兎騎士団長が描く朧月の円軌道。その延長線から放たれる高速フックによる超連打と激しくぶつかり合った。
      -- 2023-02-03 (金) 02:09:02

      • 月下の草原に風が吹く。その風は、熱持つ二人の体を冷ますかのよう。
        しかし今は、二人の激突点から巻き上がり、姿を消した土埃をただ流していくだけ。
        そうして、ギターを持った私の姿が現れる。深く体をくの字に折り、腕を変な角度に曲げ、膝をついて口を大きく開けよだれまで垂らしてしまっている。
        なんて無様。もはや一歩も動けず、体を貫いた幾つもの痛みに全身が悲鳴を上げている。出来の悪い、実に出来の悪いかっこ悪い彫像みたいだ。
        だけど。
        更に風が土煙を運んだあと、大地の草が吹き飛んだ後の地面にうつ伏せに倒れているのは、白銀の鎧の姿だった。
        それをなんだか信じられないものを見るような目でみれば、WIN表示のホログラムが、私の頭上に浮かび…ようやく勝ったのだ、という実感が出た。
        頑張って口を閉じて、めっちゃ痛いお腹を抑えて、よろよろとゆっくりギョクトさんに近づく。
        そうすれば、ギョクトさんも時間をかけてゆっくりと起き上がり、土に汚れた、でも晴れ晴れしい表情で。
        「…いい勝負だった」
        しみじみとそう言うギョクトさんに、体の痛みと、よく勝ったものだという思いやらでなんて言っていいのか分からず、
        足りない思考をした桜色頭のくるくる脳みそは何故か見ていたテレビの試合の終わり際の事を思い出し、これだ!と何故か結論。
        彼女の片手を取って、痛むお腹を伸ばしまっすぐに立って、その彼女の拳を掲げ
        「あおこーなー!ぎょくとー!」
        と高々と月を突くように上げた。自信満々に。そしたらギョクトさんが一瞬、きょとん、としたあとに口元を抑えて可愛らしく吹き出し。
        「…ぷふっ。ば、馬鹿者。それは勝者がやられるものだ。ははっ、まったく…」
        なんて苦笑交じりに笑われてしまった。…あれ?試合の最後は頑張った人の手を挙げるんじゃなかったっけ…?あれ?
        どうも何か間違えてしまったらしい。まあ、でもいいや。楽しかったし、ギョクトさんも楽しそうだし。
        そうして、笑う彼女をみて、わたしも釣られて笑い出し、草原に最後に響いたのは…二人の少女の笑い声だった。
        -- 2023-02-03 (金) 02:10:22
  •   --
  • 「……はい?」
    鳩が豆鉄砲を食ったよう、というよりはチベスナがチーズをぶつけられたよう、みたいな半目の間抜け顔をするわたし。
    いや違くて。そんな分かりづらい例えしてる場合じゃない。
    「いや、だからですな春日殿。我が団員でそちらと試合をしてみたいという者が居るのですよ」
    ずずー、とカフェでコーヒーを飲みながらイナバさん。Ussa内ではご飯を食べなくとも別に餓死したりはしないが、
    割とみんなこうして食べたり飲んだりしている。味も再現されているので殆ど娯楽のためだ。
    むしろログアウト出来なくなってからは食事をしている人が多くなった。
    抜け出せない事への不安を誤魔化すためとか時間の使い方を持て余してるのだとか一説には言われたりしてるが、
    わたしはもっと単純だと思う。ただの習慣だ。食べてないと、落ち着かないのだ。
    だって、あくまでUssaは非日常であって日常ではない。日常と言えるくらいにどっぷりな廃人の人もいるけど、
    そういう人だって普通にリアルがあってその中の一つとしてのUssaがあったはずだ。
    でも、今この中に居る人は、強制的に"ここ"が日常になっている。だったら、ここで日常を過ごすしかない。
    「…ええー。そりゃまた聞いてなんて言っちゃいましたけど…知らない人ですかぁ」
    ううーん、とこちらはイチゴバニラシェイクをずびずび飲んで言う。だからわたしもリアルで好きだったイチゴ味の飲み物を飲む。
    みんな日常が恋しいのかもしれない。わたしは…どうだろう。少し微妙かもしれない。
    だって、現実のわたしはギターを持っても人前で演奏をすることが出来ない。でも、ここでなら。
    「春日殿のファイトスタイルを話しましたら興味を示しましてな。よろしければ」
    デジタルデータで作られたストローを咥えて、うーんうーんと唸る。もちろんデジタルな味はしない。紙製でもない。
    紙製のストローとかデストロイ。ふやけちゃうしこうして咥えたまま悩めもしない。しかし…うーん。
    別に知らない人と対戦をするのは初めてじゃないし、あの日からたまーに連絡を取り合うようになったイナバさんだって
    対戦が元の縁だ。対戦するの自体だって別に嫌いというわけじゃない。むしろ演奏ができるのは好きなんだけど…。
    「一晩…い、いや、2日くださいぃー……」
    あ、露骨に苦笑された。し、しかたないじゃないですか!知らない人と顔直接合わせるのとか
    冬の池に裸で飛び込む並に心の準備運動を入念にしないとムリな陰キャ心ってもんを分かってくださいよ!
    …という思いを込めて背中を丸めてシェイクを抱え込んでずずずー、と飲む。
    ここで、わたしがもうちょっとこうじゃなかったらイナバさんを少し睨みつけたりするのかもだけど。
    「おうさ、承知いたした」
    「…よろしくですぅ」
    カフェの席、一応は知り合いなのにわざわざ向かい合わない別テーブルの席を選んで
    ちょっと離れて横に座っている今じゃムリっぴ。お話できてるだけ大躍進だっぴ。
    そろっと横目でイナバさんを見る。
    exp037160.png
    あ、やっぱちょっとまだこわい。めそらし。
    -- 2023-01-31 (火) 00:27:45
  • 世界は、見渡す限りの敵だらけだ。

    …なんてことを本気で思っている訳じゃないけど、だいたいそんな感じ。
    わたしに取ってはノータイムで味方なんて言えるのなんて、家族のお父さんにお母さんに妹だけだ。
    必然的に、事件以降その家族と引き離されている状態のわたしにとっては、Ussaは敵陣の奥深くに居るに等しいのだ。
    なので、超精細なデジタルサイネージや立体ホログラムが作り出す現実よりも格段に派手できらびやかな街並みの中、
    今わたしが行っている行動は実に英雄的行動と言えよう。讃えてほしい。お父さんならきっと褒めてくれる。いないけど。
    「…あ…あのうぅ…」
    恐る恐る手を差し出し、街往く人へ手をよれよれと伸ばし小さな小さな声をかける。
    客観的に思うとこれで気づいてくれる人はなかなかすごい。そんな凄い人は朝から数えて今日で四人目だ。
    こっちを振り向いた長身の女性…やたらと露出の多い煽情的なバニースーツを着ている、が
    怪訝そうな顔でこちらをその丸く黒い綺麗な瞳で見つめてくる。
    「ぴゃっ!…なっ、あっ、なんでもっ、ないです!すいませんすいません!」
    ヘビメタ系ライブでのヘッドバンキングもかくや、という勢いで頭をめちゃくちゃ下げまくって謝る。
    お姉さんの顔が一瞬で怪訝な顔から不審者を見る顔に変わった。ですよね。
    早足でお姉さんが去るまでたっぷり数分はVの字ヘドバンを披露し、首がちょっと痛くなってきた頃、
    もう辺りに人は少なく、日が落ちそうになっていることに気づいた。
    あわわ、どうしよう。もう時間があんまりない。次だ、次で決めなければ。
    清水の舞台から飛び降りる気持ちで覚悟を決めた。清水とか行ったことも見たこともないのは忘れよう。
    忘れるのは得意だ、さっきのお姉さんのうわぁって顔もほらもう忘れ…忘れ……がががが
    「大丈夫大丈夫…気持ち悪くない、怪しくない、わたしはふつう、ふつう…ふつうってなんだ…?」
    自己嫌悪パーリーが桜色頭の中で開催されそうになったのですんでの所で壁とお話して乗り切った。
    壁くんはわたしの少ない友達の一人だ。あとは空き缶さんとか電灯ちゃんも。
    -- 2023-01-27 (金) 22:03:32
    • 「ふむ!このあたりが宜しかろうな春日殿!良き場所である!」
      「ひゃ、ひゃい…」
      いかにもジョックという感じの体育会系の短い金髪をした大柄な体格。ハキハキとした聞き取りやすい大きな声。
      歯磨き粉のCMが似合いそうな白い歯を見せた快活な笑顔。この世を謳歌してるって感じのキラキラした青い瞳。
      そして、それらを包み込んでいる白銀に輝くごつい全身鎧。こわい、こわいよう。
      だがしかし、視線を合わせずに横目で見るこの眼の前のお兄さんが今日唯一の声掛け成功例なのだ、
      つまりここが清水ステージの下で飛び降りた先なのだ。我慢せねば。
      お兄さんはチーム白兎騎士団のイナバさんと言うそうだ。小脇に抱える白く輝く西洋鎧を模したスーツのヘルメットには、
      きちんと金属製のウサ耳もついている。あの兜かぶってくれないかな、目合わせなくて済むし。
      「しかしレートバトルとは別に模擬試合を行いたいとは、関心なこと。熱心なのですな春日殿は」
      「…うぇ?……へへ、へへへ…そ、そうですかねぇ」
      変な声でた。ぶっちゃけバニーズファイトに熱心なのともちょっと違うのだが、褒めてくれてるので隠して言葉を受け取る。うへへ。
      わたし達の居る場所は、メインバトルアリーナからは離れた場所にある小規模アリーナだ。一見は大きめの公園に近い。
      メインでやるほどではないマイナーな試合や、練習試合をする際などに使われる。今は時間も遅いので他に人は殆ど居ない。
      アリーナ端の操作端末でイナバさんがマップ設定を行う。ぴ、ぴ、という小さな電子音が響けば辺りは岩の転がる荒野となる。
      「特段指定のロケーションはありませんな?では…早速始めると致しましょうか!」
      模擬試合なのでもちろん賭けなどもなく、ダメージも実ダメージは負わないためスーツも破壊されない。が、
      胃から何かがこみ上げてくるような緊張感が襲いくる。ちょっと気持ち悪い。胃薬ほしい。
      いつもの猫背に加えお腹を抑えながら戦闘開始規定位置に歩いて着いて、同じように規定位置に着くイナバさんと向かい合う。
      わたしはインベントリボックスからブラスターを取り出しておぼつかなげに持ち、
      イナバさんは鎧と同じく白銀に輝くロングロードをスッと取り出して構え、ウサ耳つきの兜を被った。…可愛くないな。
      「ではいざや…バニーズファイト…レディ・ゴー!」
      「ご、ごー!」
      溌剌な意気に気圧されながら彼の楽しそうな掛け声に合わせて消えそうな声で答えた。
      どうしてこの人誘われた側なのにこんなノリノリなんだろ、これだから陽キャは。
      -- 2023-01-27 (金) 22:03:57
      • 「にゃーーーーー!?」
        飛び交うエネルギー体を、にょにょにょ、とぬるっとした動きで逃げてそれを躱す。
        開幕早々に幾つも放たれているのは彼が振るうロングソードから発生したビーム系の斬撃だ。
        剣装備に付属する戦士系のビルドとしてはスタンダードな機能のやつ。
        一部のゲーム内スラングだとよくスラッシュとかソニブーとか言われる一般的なそれであり、
        銃系の装備には射撃能力は劣るものの、遠近をバランスよく補助するにはよく使われるスキルだ。
        しかし、イナバさんは結構なファイターなのかそのスラッシュを射撃職もかくや、という精度で放ってくる。
        「はっはっは!面白い動きですな春日殿!ですが逃げているだけでは勝てませぬぞ!」
        おっしゃるとおりで。人の視線や意識を避け続けて生きてきた技を活かした変態機動で斬撃を必死こいて避け、
        荒野の岩陰に隠れたりして、合間に時おり握ったブラスターを彼に向けて撃つも、
        こちらの光線は明後日の方向へ飛んでいってイナバさんは動くまでもない。
        当然だよね、まずイナバさんを直視できてないからね。試合開始前からね。
        「ちょ、ちょっと激しすぎませんかねぇ!こう…穏やかな立ち上がりとかありません?!じっくり睨み合ったり!」
        「む?模擬戦で様子見を長々とやる意味もないのでは?」
        弱腰発言を正論パンチで殴らないでください。まあ、でもイナバさんの言うことは当然といえば当然だ。
        ある意味ではわたしの願ったり叶ったりでもあるのだが……でもさぁ?
        「どんどん行きますぞ!己は気が長いタイプでもありませんですからな!」
        次々と放たれるスラッシュ。わあ隠れてた岩が割れた。さよならわたしの引きこもりハウス(即席)。
        あれだ、これは飛ばして落とす、ではないが走らせて叩く、の定番戦法。のレベル高いやつ。
        遠距離攻撃で相手を動かしてスタミナと精神を削り、動きのパターンを掴んで、機を見て近接の強烈な一撃で落とす動きだ。
        今はギリギリ斬撃を避けられているが、だんだん避けきれなくなり当たるようになり、動きも止まっていずれはずんばらり。
        わたしの全装型スーツは防御力が高いが、その一撃を受ければ耐えきれずKOとなるだろう。
        「ぴゃっ、とっ、きゃっ………こ、これは…ムリ!ムリムリかたつむり!」
        にょいっと、くきっと、もいっと軟体生物めいた動きで避け続けるも、そろそろ限界は近い。
        もう充分に今日の目的は果たせたと言える。全くもって慣れない逆ナンもどきをした成果はあった。
        つまりは、やっぱりわたしには、
        「…うん、分かった、分かりました」
        距離を取り、手に持ったブラスターを捨てる。そして…その代わりに背中に背負ったギターを手を伸ばし、
        「それじゃあ、…GIGを始めましょう」
        ギターしか、無いのだ。
        -- 2023-01-27 (金) 22:04:25
      • ♪──────────!
        白銀の鎧の動きが止まる。最初の一瞬はただの大型アクセアイテムだと思っていただろうギターを私が戦闘中に手に取った驚き、
        その次の瞬間からは…たぶん、私が弾いた高速の鋭いギターフレーズにだ。そうだといいな、いやそうに決まってる。
        「…試合を諦めた…という訳ではなさそうですな。春日殿、好い目をしてらっしゃいますぞ」
        「ふふふふ、はははははは、あはははははは!!!」
        空気を裂くような音色の余韻がアリーナに響く、心の底から激しく震えるような何かが湧き出てくる。
        真っ直ぐ前を見る。白銀の鎧の兜の奥、さっきまでは目を逸らすしかなかった青い瞳と向き合う。
        意識せず大きな笑みが浮かぶ、今なら月だってブチ割れる、そんな気がしてくる。
        まるで愛銃を構えるかのように構えたギター…「ビスケットハンマー」から響いた音色に呼応するように、
        全装型バニースーツ「ONE LIFE」の外装が細切れの光の欠片になって組み変わる。
        防御力特化型から、より攻撃的に、その防御力を速さと攻撃力に変えるべく、体の動きを阻害せぬよう、
        有り体に言えば露出が高くなっていくのだが、今の鋼弦の響きが体を支配している私にはそんな事は気にならない。
        なにせ今の私は、春日ニナじゃない。ギターバニーだ。
        exp037156.png
        「あははっ!待たせたねイナバさん!いっくよーー!!」
        ぎゅるり、とギターを半回転。逆さにして棒状の部分…ネックを片手で鷲掴んで胴体であるボディをイナバさんへと向ける。
        まるで今からお前をギターで殴るぞという風に。いや風じゃなくてそのつもりだけど。
        そして、しゅばっと鋭く前へ。先程のフレーズに負けない切れでダッシュをかけた。
        「…む!これは…!」
        さすがはベテランっぽいイナバさん。明らかに私の動きがさっきと違う事に気づいたのか、即座に剣を振るう。
        先程までの逃げる小動物を追い込むような斬撃ではなく、当てて倒すためのスラッシュを放つ、が。
        「遅ぉい!」
        がぃん。と流石に弦を引くのとは全然違う、重くて低くて、でも小気味良い激突音が響いた。
        私が彼の放ったスラッシュをギターで殴り飛ばした音だ。うーん気持ちいい。
        「ほほう…!しからば己も本気を出さねばなりませんな…!…ららららぁ!」
        イナバさんの構えが変わった。雄大な広い構えから、力を讃えた弓のような構えに。そして、スラッシュ…、いや、
        ストーム、とでも言えるような、数多くの連斬撃が容赦なく放たれた。
        「ひゅー!かっこいー!めっちゃ派手じゃん!」
        鋭いステップで斬撃を躱し、当たりそうな斬撃はギターで殴り逸らし、光の嵐を凌ぐ。
        キラキラと輝くそれらはステージ演出みたいでキレイだなと思ったが、そんな場合じゃない。
        「ぬー。派手なのはいいけどー。あららこれもしかしてジリ貧?」
        こっちもあっちも本気を出してる、のはいいのだがその結果としての二人の構図が変わっていない。
        手練の重騎士なイナバさんはエネルギー残量にも体力にも自信があるのか、派手な攻撃を繰り出し続けながらも全然焦っていない。
        つまりは私はこのままでは削られて、薄着になったバニー服を更に派手に剥かれてしまう訳だ。模擬戦だから脱げないが。
        「ならー…ワンチャン狙わなきゃウソだよね!」
        嵐の密度が薄くなった隙を突いて距離を取り、またぎゅるりとギターを半回転。普通にギターを構えてきらりとピックを手に取り、
        「…『Ride on shooting star』!」
        ビスケットハンマーに内蔵されたスキルロジックの一つ、それを起動するためのビートを刻んだ。
        起動と共に反重力機構が作動し、ギターを持ったまま、加えて演奏したまま、私の体はふわりと浮かぶ。
        そして中空に浮かんだところでギターを寝かせるように足元へ置いて、私自身はその上にサーフボードに乗るように乗る。
        残りの曲は自動演奏機能で勝手に私がプログラムした時の記録を元に弾いてくれる。ずっと弾いてたいけどこれは致し方なし。
        「おお…これは奇妙な…いやはや、これもまた興味深い。楽しいぎぐ、ですな!」
        笑いながら白銀の騎士はまたもスラッシュの嵐を放つ。次は何を見せてくれるのかと。
        「うっふっふー!そう言ってもらえると、私も嬉しいっ!」
        私も笑う。疾風のように空を滑空しながら。イナバさんが放つのが放つのが光の嵐なら、私は一陣の桜色の風だ。
        地上を走るのなんて比べ物にならない速度、範囲で複雑な起動を空に描いて斬撃を置いていく勢いで避けていく。
        さすがのイナバさんも空中を高速で飛ぶ私を追い切れないのか、広く放たれる斬撃の密度は薄くなり、付け入られる隙間が出来始めている。
        地上の彼と目が合った。あ、これあっちも分かってるや。
        にんまりと笑顔を浮かべる。こんな強い人と言葉もなく通じ合えた気がして嬉しくなる。
        もう少し速度を上げれば仕掛けられる。しかしそれは相手もわかっている。恐らくは当初の作戦通り、
        私が仕掛けるその瞬間に強烈な一撃をカウンターで見舞い、終わらせるつもりだろう。
        それをなんとなーく察し、一瞬思考する。じゃ逆手に取ってカウンターをカウンターする?ああ、でもそれは…
        「……ロックじゃないなぁ」
        速度を上げた。スラッシュを完全に振り切って、姿勢を低くして彼の斜め前方から突っ込む。
        桜色の髪が風になびいて大暴れする。更に速度を上げる。イナバさんが剣をがちりと構えた。更に速度を上げる。
        「参る…!oreilles de quenouille!!」
        ぶわっ、と今までの非じゃないエネルギーがロングソードに注がれて、まるでフランクフルトみたいに彼の剣をビームが覆う。
        何アレふとい。ビーム棍棒じゃん。先に避けたほうがいいかなぁ…けど。
        「私、速弾きは得意なんだよね!!!」
        最後の加速。真っ直ぐ乗っていたギターを引き抜くように引っ掴み、力いっぱい構える。
        そして、光の穂と桜の風が交差した。
        -- 2023-01-27 (金) 22:05:54
      • っこーーん、という高く高く、大きな音がアリーナに鳴り響く。それが、このGIGの終止符だった。
        「にゃーーーー!?」
        ごろごろごろ、と飛んでいた勢いのままにアリーナを転げる。そしてそのまま涅槃のポーズみたいにして、
        横寝状態でずざーと荒野をマッピングされた大地を滑る。ぎゃー股間がくいこむー。って、ど、ど、どうなった?
        彼の方向を見るよりも、勝利アナウンス代わりのWIN表示よりも、何よりも先に、
        ごん、と眼の前の地面に落ちてきたウサ耳付きの兜が結果を教えてくれた。
        「御見事…!」
        悔しそうな、嬉しそうなつぶやきと共に、少し置いてずん、と大きくて重い音が地面越しに伝わった。
        イナバさんがゆっくりと地面に倒れた音だ。そしてそれと同時に、視界の上の方にWIN表示のホログラム。
        格上への後先考えない破れかぶれの突進が起こした結果が、くるくる輝き回るその文字で示されていた。
        口元が緩む。戦っていた時とは別種の喜びがにじみ出てくる。飛び上がって両手を広げて振り回したくなる。
        ああ、でもその前に。
        起き上がって土埃を払い、地面へ倒れている兜の脱げた白銀の騎士へと歩み寄る。
        そうしてその彼の目を見つめて、微笑み手を伸ばす。
        「ありがとう。…また、私のギター聞いてくれるかな?」
        答えは、伸びた手が示していた。
        -- 2023-01-27 (金) 22:07:13
  • ♪♪♪ -- 2023-01-27 (金) 21:58:37
    • ♪♪♪ -- 2023-01-27 (金) 21:59:42

Last-modified: 2023-02-14 Tue 01:03:19 JST (440d)