http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst066965.jpgスィーニの日記帳。
(上に行くほど最新の日記です)


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妹が、血まみれで家の前に倒れていた。
転移魔法で帰ってきたのだろう。
最期の力を振り絞って。

「最期」
ひとめでもうあまり持たない事がわかった。
だって妹の柔らかな腕も、花のように笑いかけてくれた顔も
赤くひしゃげて、私は直視できなかった。

動けない私を押しのけてリラが妹を部屋に運ぶ。
そこから先はあまり覚えていない。
すぐに兄が来て、父が来て、私やリラを修復する時と同じように処置が施される。

でも、上手く行かなかった。
シーツやタオルがどんどん赤く染まっていって、交換するリラが大変そうだった。
手伝わないと、と思うのに、体は部屋の隅から動けない。

何だろう。お芝居を見ているような感覚で…今も実感が無くて、
弱い呼吸をする妹と二人になった横でこの日記を書いている。

兄達は、最期は私と妹二人っきりでと言って部屋を出て行った。





またシーツが真っ赤だ
いつもの真っ白なワンピースも真っ赤
かえのものと交換してあげなくては

ああ、

このこはしぬのか

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今日は帰りが遅くて酷く心配した。
何故かと聞いてみると酒場で寝こけていたと妹は言った。
不思議な列車に乗ったのだと。
そこではファルコ殿や酒場の人たちと一緒で、旅の果てに
「懐かしいと感じるけれど誰だかわからない人達」を見たそうだ。

お話にあるような死者を乗せた列車のようだったとも。

妹は古い星座の歌を歌いながら、いつか自分が死んだら…と言いかけてそのまま黙ってしまった。
私が悲しむと思ったんだろう。何でもないと笑顔でまた歌を聞かせてくれた。

いつか、
いつか彼女が死んだら
彼らに会えるのだろうか。

でも、それは無理な話
だって妹には魂が無いのだから。

消えてなくなるだけだ。

妹も私も、それを知っている。

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長く冒険をしているし、親しい人が目の前で死ぬのも経験している。
けれど、人の手で処刑されるのを見るのは初めてだった。

高いところにある断頭台の周りは人の波。
人々は興奮気味に壇上の少年を、いや、もう青年と呼んだ方がいいのか…青年を罵倒していた。
さも見てきたように彼の罪を語り、耳を覆いたくなるような汚い言葉を吐き捨てる。
この人たちは彼の何を知っているのだろう。ぼんやり思う。
それは私も同じ、知っているようで何も知らなかった…でも
少なくともこの、騒ぎ罵倒する人よりは…彼のことを知っている。
私はそんな名前も知らない人々が恐ろしいと思った。壇上の青年よりも。

そのうちに彼の長い髪が切り取られ、断頭台へ促される。
…彼はずっと笑っていた。満足そうに。満ち足りた顔で。

断頭台へ行く直前、彼は空を見上げて何か処刑人に言っていた。
私には聞こえないけれど、答えを聞いてまた笑っていた。

そうして首と体が固定されて、刃をつないでいた紐が切られる。

あっけないものだった。

歓声が上がり、処刑人によって首が掲げられる。
丁度逆行でよく見えなかったのでどんな顔をしていたのかわからない。
それよりも真っ青で綺麗な空のほうが印象に残った。
最後に彼が見ていたものだ。

見えなかった彼の顔は、笑っていたんだろうと思う。



気がつくと屋敷の前で馬車が止まっていて、御者の人が私を何度も呼んでいた。
帰り道の記憶があまりない。家に帰ると兄が待っていてくれた。父はもういなかった。
私を気遣ってくれる兄にひどいことを言ってしまった。
このままじゃ妹はただ生きているだけ。それで幸せになれるのか、と。
それは私が望んだことなのに、兄は私を責めたりはしなかった。
ただ謝ってくれただけ。

そして妹の部屋に行く。
丁度目を覚ました妹は笑顔で私を迎えてくれた。

その天使のような無邪気な笑顔に…罪悪感も、悲しみも、何もかも消えていく気がした。

私は酷い姉だ。
この子が生きていれば、この笑顔を見ることができるならば、何だってかまわない。

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妹を部屋に閉じ込めた。飛び出していかないようにと見張りをつけて。
こういう時、ラーラ殿はとても優秀だ。
私のように妹の泣く声に心を乱されることがない。
…乱されることがあっても、動かない強い精神を持っている。
リラは流石に外の見張りをお願いした。あの子は恋が絡むと駄目だから。妹に手を貸しかねない。
ただひたすら好きな人へまっすぐ走っていく所は二人は良く似ている。
やっぱり姉妹なのだと思った。

私も昔はそうだった気がするけれど…もう遠く、昔の話。

閉じ込めた妹には外部の情報が入らない。処刑が決まったことも知らない。
妹は初めはドアを叩き続けていたけれど、今は静かにお祈りをしている。
何か気づいたのだろうか…明日は処刑の日だ。

私は今これを処刑の広場の近く、小さな宿で書いている。
処刑の時間は朝。妹のかわりに見届けてこようと思う。

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彼に会いに行くと言って聞かない妹をやっと眠らせることができた。
会いに行く…そんなこと、できるわけがない。ううん、兄に頼めば何とかなったかもしれないけれど。
やっぱり駄目だ。あの人が本当に悪意に満ちた者ならば、妹は傷つけられるだけ。

でも、本当にそうなんだろうか。
新聞に書かれている様な事が真実なのだろうか。
妹のそばにいた彼はいつだって優しい目をしていた。
いつかの旅行で命をかけて守ってくれたのもまた、真実だ。

私にはわからない。わからないから妹を行かせる事ができない。
ごめんなさい、可愛い妹。

兄に連絡をして…記憶を改竄する日取りを決める。
丁度処刑の日の連絡が来たのでその前の日に。
妹が眠っている時で良かった…。

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手紙が届いた。そこにはセレイア殿の死の真相。
私が兄に頼んで調査してもらっていたのだ。もしかしたら父が…と思って。
しかし調査の結果は予想とはぜんぜん違う。

セレイア殿の死は、アルヌール殿のせい。
アルヌール殿が渡した義眼が、爆発したんだ。

信じられなかった。何かの間違いだって、だってそうとしか…。
妹の誕生日の日、あんなに仲が良さそうに話していたのに。
妹を、手に入れるためなのだろうか。でも、でも…そこまでするものだろうか。

手紙は燃やしてしまった。どうしたらいいか解らない。
日記に書くことすら迷っているうちに彼が捕まったという知らせが届いた。
セレイア殿の事だけではないらしい。他にも沢山…殺された人がいるということなのだろうか。
兄の話では証拠もそろっているものが多くて、処刑されるのは確実だろうと言っていた。

妹がこのことを知るのも時間の問題だ。
耐えられるだろうか。ううん、きっと無理だ。

早く手を打たないと…!今度こそ妹は壊れてしまう!

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妹はずっと勉強してる。魔法、北の雪国の歴史、何でも将来役に立ちそうなことを。
あの国を守りたい。ただその思いに突き動かされるように。部屋に引きこもって。
その気持ちはどこから来るのか、彼女自身にはわからないようだった。

あの子は、守りたいのだろう。いつか一緒にと彼と約束した場所を。
本当は見たこともない国を。

大事にしているぬいぐるみも、何故ぞれが大事なのかもわからない。

私は彼女に何も言えない。教えることもできない。ただ、悲しいと思った。

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兄が来て父が来て、眠る妹に魔法をかけていった。もう三度目だったか、慣れてきているようで一時間もかからなかった。
目が覚めればまた一人の人間の存在が妹の記憶から消えているだろう。
一時間で、ここ数年の彼の記憶が消えてしまう。
ベッドの横にあるチョコレートの箱を、誰に渡すはずだったのかも忘れてしまうのだ。
あんなに懐いていたのに。

妹のあどけない寝顔を見ているうちに、涙がこみあげてきた。
沢山泣いておこう。この子の代わりに。

貴女が忘れてしまっても私が覚えているから。
あの黒髪の優しい魔法使いも、無精ひげの黒竜の騎士も。

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クリスマスが来て、年があけ、目まぐるしくすぎて行く日々。
妹は今年はギルデ殿のところへバレンタインのチョコを持っていくのだと、今から注文する店を選んでいる。
幸せそうな妹の顔。記憶の改竄が上手く行った様でほっとする。
私も一緒に持っていこうかと少し考える。彼はいつも私や兄にもプレゼントを持ってきてくれていたから。

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セレイア殿から貰った水晶はまだ部屋にある。誰から貰ったのか妹は忘れてしまっているはずだ。
だけどいつも大事そうにベッドの横に置いてある。
本当に妹は忘れてしまっているのだろうか。時々夜中泣いているのを見る。

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セレイア殿が亡くなった。手の施しようの無い状態だったと聞く。
死因を聞くと…少し引っかかる死に方。
父の仕業だろうか。いや、あの男だったらあんな殺し方しないだろう。
では誰か……やめよう、こんな事考えても答えが出る筈がない。私が知っていることはとても少ないもの。
兄ならわかるのだろうか…。

妹より私が先に知ってよかった。これを知ったら…あの子は確実に壊れてしまうだろう。
兄に知らせようとして…少しだけ迷った。
成長した精神を改竄するのはもう無理だろう。戻しても彼の死には耐えられそうにない。
ならどうするか…彼の存在を記憶から消すのだ。

セレイア殿のことを妹は忘れてしまう。あんなに…兄妹のように仲がよかったのに。
妹はそれで本当に幸せになれるのだろうか…。
私は迷った。
でも、
でも…私は…あの子に生きていて欲しい。笑っていて欲しい。
元は兄の記憶でも、もうあの子はあの子だ。私にとっても。

妹が街に入る前に馬車で迎えに行き、薬を飲ませて眠らせた。
私の言うことは何でも素直に信じるから…とても簡単だった。
屋敷に戻ると兄と父が待っていた。

そして彼は妹の中から消えた。

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妹は様々な人と話をして成長していく。彼女なりに考えて、答えを出して。
フォルトゥナ殿や那智殿と話してからよく勉強をするようになった。
今日も自室で北の国から取り寄せた本を読んでいる。
たずねて来た兄にそのことを話すと、彼は目を細めた後に、
成長すればするほど、人格が崩れる危険も大きくなると言った。
複雑になっていく思考と積み重なっていく記憶、作り物がいつ耐えられなくなるかわからない。
このままずっと耐えられる可能性はゼロではないけれど、おそらく無理だろうと兄は続けた。
私は聞きたくないことだったけれど妹の心が壊れた場合父はどうするつもりなのか聞いた。
兄は新しく改良した人格を入れるのだと答えた。あの子も知っている事だとも。

あの子はリラやラーラ殿にしてきた実験の集大成。
魔力の強さは父が意図的に手を加えた結果だと言う。作られた最強の鬼。
妹を使って父は北の雪国を手に入れるつもりなのだろうか。

消えてしまうのがわかっていて、その後自分がどう扱われるかもわかっていて
それでも妹は未来に夢を見る。皆が手を取り合い共に生きていく夢を。

私はあの子に何をしてやれるのだろう。

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大きな帽子をかぶったハーフエルフの少女…ウェイビアー殿が亡くなったと知らせが入った。
彼女に妹はよく懐いていたので、またあの時と同じ事になるかもしれない。
とりあえず兄に連絡を…と使いを出そうとして話している所を妹が聞いていたらしい。
その場で泣き出してうずくまる。私はすぐ兄を呼ぼうとした、けれど妹は大丈夫だからと止める。
お願いだから消さないで、と言って。

妹は自分の感情や記憶が改竄された事に気づいているようだった。
倒れた時のことを覚えているのかとなだめながら聞いてみても泣きじゃくるばかり。

私は…このことは二人の秘密にしておくことにした。

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朝方、妹が銀髪の少年と馬で外へ行くのを見た。少年に見覚えがあったので止めなかったけれど。
きっと止めた方が良かったのだろう。遠目にみえたあの子の横顔…あの幸せそうな顔は。
…兄に言っておいたほうがいいのだろうか。きっとまた同じことになるかも…。
迷う…。

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恐れていた事が妹におこった。
セレイア殿が冒険から大怪我をして帰ってきた。
父が玄関先で彼が倒れているのを見つけたらしい。急ぎ運び込み、傷の治療をした。
それを妹が見て、悲鳴を上げた所から彼女に変化が起こる。
頭を抱えて、呻き苦しんで、私の呼びかけも、父の声も聞こえていないようだった。
徐々に髪が銀色に染まり、瞳が菫色に変わり…その頃には表情もなくなって…ただ立ち尽くすだけ。
虚ろな表情の妹を部屋に運ぶ。体を揺さぶり、呼びかけても何も反応しない。
セレイア殿の治療が終わったのか、父がやってくる。ラーラ殿が連絡を取ったのか、兄も来た。
二人はしばらく何か話していた。私にも少し聞こえたけれど意味はわからない。
しばらくしてから二人でスーの手を取ると何か呪文のようなものを同時に呟く。
そして兄と父がかわるがわる呪文のようなものを唱えていると…妹の瞳に光が戻った。
髪の色も、瞳の色もいつの間にか戻っている。

妹は笑顔で言った。おはようと。
訳がわからない私は呆然とするしかない。兄が妹にセレイア殿が怪我をしたことを伝える。
そんな事をしたらまたさっきの様に…と思ったが妹は泣きそうな顔で彼の部屋に走るだけだった。

どういうことだと二人に詰め寄る。私が一番あの子のそばにいるのに何も知らない。
これではあの子を守れない。感情的になりすぎて、涙が零れてしまった。
それを見た兄が私に話してくれた。父は黙ったままだった。

妹の仮の人格がセレイア殿の大怪我を見てショックで壊れかけたので、感情に手を入れて事実に耐えられるようにしたのだと言う。

精神は日々育ち、様々な事実を理解できるようになっていく。
妹は大怪我をした人の痛みや苦しみを想像できるようになっていた。人を大事に思う感情も。
成長した心は大事な人がそんな苦しみを味わったと知った…そして激しい動揺、悲しみ。
妹の作り物の人格は耐えられず壊れかけた。
兄たちはその成長した心を戻したのだ。成長する前に。

私は壊れかけた彼女の体に何故あんな変化が起きたのかも聞いた。
銀色の髪、菫色の瞳。あれは兄たち純血の鬼のものだ。
純血でなくても受け継ぐ事は稀にあるけれど、あんな風に別の色から突然変化したり戻ったりしない。
兄が言うには、妹の髪や瞳の色は今の色が魔法で与えられた仮のもので、本来は純血の鬼と同じ色を持っているらしい。
父の娘だとわかり難くするためのもの。
それが心が壊れかけたことで魔法も弱まり、本来の姿になったのだと。

その後兄は父と共にセレイア殿の治療に行った。

彼のそばで泣きじゃくる妹を、治療の邪魔にならないようにと廊下へ連れ出した。
私の腕の中で涙を流す妹。泣くと言う事は痛みを想像できると言う事だろう。人を大事に思う心もある。
では何故さっきのようにならないのか。多分「大事な人」の意味がもう少し深かったからだ。

この子は…恋することも許されないのか。

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妹の初めての誕生日、セレイア殿のアイディアでパーティをすることになった。
アルヌール殿とギルデ殿、私達姉妹もこっそり参加してのサプライズパーティ。
あんなに嬉しそうな顔の妹は見た事がなかった。
妹は彼らに自分が作り物だということを打ち明けて、いつか記憶が持たなくなる時が来ても忘れないと誓った。
私には、忘れないでと言っているように聞こえた。作り物の心でも、記憶でも、妹にとっては本物なのだ。
誰かに覚えていて欲しい、覚えていたい。そんな小さな願い。
このまま上手く安定してくれれば…と願う。
騒ぎ疲れて眠ってしまった妹を寝室に運び、今隣で日記を書いている。
プレゼントを抱えてとても幸せそうな寝顔。
大好きな人に囲まれて、この子は何て幸せなんだろうか。
かつての自分を重ねてしまう。良い仲間に恵まれて、幸せだったあの頃。

どうかこの子が私のように愛する人を失いませんように…あんな気持ち、この子には味合わせたくない。
…いいえ、違う。その痛みも大事に抱えて、真っ直ぐに生きていけますように。
彼女は冒険者、そしてミハイロフ家の当主。強くならなければいけない。

きっと父や兄はまだ何か私に隠している…この子について。
私も強くならなければ。あの鬼達からこの子を守るために。

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昨日の列車がテロリストか何かに襲われて事故があったと連絡があった。
妹は無事なようだけど…アルヌール殿が妹をかばって大怪我をしたらしい。
セレイア殿もギルデ殿も、妹を守ってくれた。
冒険者にして良かったと心から思う。きっとその経験はあの子を強くするだろう。
守られて強くなることもあると、私は知っている。

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列車旅行の券を父が手に入れたので、妹が行くことになった。
今のうちに色々な所へ行ったほうがいいと私は彼女を送り出した。
セレイア殿やアルヌール殿や、貴族のパーティでよく一緒になる数奇卿…腕っ節も強い貴族達も一緒のようだから
心配はいらな…やっぱり少し心配だったので兄に頼んで用心棒を雇ってもらう。
兄が連れてきたのは酒場で少し見かけたことがある無精ひげの軽薄そうな人…い、いや、見た目で判断してはいけない。うん。
彼が懐いているからには悪い人ではないのだろう。妹も懐いている。
転送魔法で飛んだ時の盗賊退治で縁があったらしい。名前はギルデ殿だったか。
しかしまぁなんと、礼服の似合わない人か…私も人の事言えないのでこれ以上感想を述べるのは控えたいのだけど。
…似合わなさではドレス姿の私といい勝負だ。少し泣く。

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妹はセルフェール家の人間…名前はセレイア殿だったか…と仲良くなってしまったらしい。
なんて子だろう。純粋さというのは何よりも強いと兄が言っていたけれど、本当にそうなのだろう。
館に訪れた彼を案内しながら彼を見た。綺麗な黒髪。純血の鬼達とは対照的だ。
優しそうな人だと思った。
妹が好きになるのも解る。話をする様子は仲の良い兄妹に見えた。
兄に言うと臍を曲げそうなので黙っておこう。

そういえば妹が冒険をはじめたばかりの頃に来た銀髪の少年も、妹は気に入ってるようだった。
確か名前は、アルヌール殿と。
銀の髪、菫色の瞳。純血の鬼に良く似ている…心なしか顔立ちも。
気のせいだとは思うけれど。

セレイア殿とアルヌール殿、二人とも北の雪国の故郷を感じさせる人だ。
あの子は与えられた兄の記憶の中でしか故郷を知らない。
それでも恋しく思うものなのだろうか。あの雪ばかりの土地を。

Edit

妹が貴族たちのパーティでセルフェール家の人間と出合った。
父が陥れて潰した家の子供。妹にはミハイロフ家のことは一通り教えてある。
さぞ心を痛めただろうと思う。
塞ぎこんでいる様子を見て、父がまた憎くなった。

Edit

妹から連絡があった。怪我も無く無事。ほっと胸を撫で下ろす。転移魔法の失敗で遠くの町へ飛ばされていたらしい。
いつの間にそんな魔法覚えたんだろう。しかも盗賊退治に一役買ったようだった。
子供というのはあっというまに大きくなるものだなと感心してしまった。

明日友人と一緒に帰ってくると言っていた。
前に家を訪ねてくれたハーフエルフの魔法使いの女の子だ。
ウェイビアー殿と言っていた。
彼女はしっかりしてそうだったからひと安心…急に眠気が襲ってきた、少し寝よう。
無事で本当によかった…。

Edit

妹がいなくなった。部屋は魔法で爆発のようなものが起こったらしく荒れ果てている。
規模的にはとても小さくて体を消し飛ばせる程のものではなかった。
はじめは起こられるのを恐れてどこかへ遊びに行ったのかもしれないと思っていた。
冒険者になって友達も出来たようだったから。
けれど夜になっても帰ってこない。誰かにさらわれたのだろうか。悪い方向に心当たりがありすぎる。
なるべく大事にしないように、知り合いや家族だけで探す。
心配で眠れない。これを書いた後も探しに行く。
どうか無事で。
隊長殿、私の妹を守って下さい…。

Edit

もうすぐ彼女は冒険者になる。
私は反対したが、この先命を狙われる中、生きていく為には鍛えることが必要だった。

ミハイロフ家の当主として彼女はいつか北の雪国へ戻る。
長らく不在だったミハイロフ家当主がまた現れればきっとあの国も少しは落ち着くかも知れない。
彼女は幼い頃の兄を超えるほどの魔力の持ち主だった。
まだうまく使えないようだけれど、いずれは強い魔法使いとなり、一族や他の魔法使い達への圧力となるだろう。
彼女が国に戻ることを良く思わない者達がどう動くかは想像しやすい。
最近はかつて北の雪国でミハイロフ家と肩を並べていた魔法使いの一族、セルフェール家が力を取り戻してきているとも聞く。

この子は強くならなくてはいけない。
冒険者というのもは見も心も成長させてくれる良いものだとは思うけれど…心配なのには変わりない。
この子は私とは違うのだ。何度も体を作り直せる私とは…。

先日、兄が私に言った。
この子には魂が無い、と。

何故だかは解らない。
無理な生まれ方をしたせいなのか、母体が本来子供を産むはずが無い存在のせいなのか。
…ひとつだけ解っている確実なことは、魂が無ければ蘇生が出来ないということだ。
兄の魔法は魂を死の世界から戻し、その記憶から体を再構築するもの。
この子が死んでも、私達にはどうすることもできない。

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父が妹に会いに来た。
妹は初対面の父の胸に、嬉しそうに飛び込む。
父への愛情が初めから刷り込まれているらしかった。作られた愛情で満足なんだろうかこの男は。
…満足なのだろう。なんて幸せそうな顔。

私とも初対面。すぐにわかった、この男が父なのだと。
銀の髪、菫色の瞳、色で受け継いだものは無いけれど…顔立ちが私に少し似ていたから。
これが私の母を死に追いやった男。リラを彼女の母から取り上げ、暗殺者に育てた最低の…!
様々な思いがこみ上げてきて、私達兄妹の不幸の源であるこの男をこの場で殺してやろうと思った。

けれど、できなかった。妹が、父にしがみ付いて離れない。
彼女が目を覚ますまでずっと父と私を合わせなかった理由がようやく解った。
兄はすべて解っていたんだ。
私がこの哀れな妹を愛することも。その妹が一番愛しく思っている父を殺せなくなることも。
彼が死ねば、彼女の心は壊れてしまうだろう。
私にそんなこと、できるはず無かった。

Edit

妹はどんどん感覚を覚えて行く。もう十分外に出しても大丈夫だろう。
私が彼女に日常の生活のことを教え、私が冒険でいないときは兄が魔法を教えた。
何でも素直に受け取って、無邪気に振舞う妹。
かわいいと思った。

彼女が目を覚ます前に兄から聞いた話を思い出す。
この人格は兄の子供の頃のものをコピーしたもので、いつか消えてしまう仮のものだとも。
しかも不安定で、感情が強く揺さぶられると崩れてしまうかもしれないと教えられた。

作り物だらけの哀れな存在。しかもそのことを本人は知っているのだ。
当たり前のことだと認識する様に心をいじられて。
「いつか消えてしまう今のスーを覚えていてね」とある日妹が言った。
とても無邪気な笑顔で。
愛しいと思った。ただの同情なのかもしれないけれど。

どうか、どうかこの子が幸せになりますように。

Edit

保存液から出した妹が目を開いた。
笑顔で私におはようと言った。0歳の子供がだ。…いや、心は10歳程度か。

リラが作った食事を食べさせる。あの子は何故か料理が得意だ。台所が大惨事になることに目をつぶればいい腕だと思う。
妹はおいしそうにパンをかじって、スープに口をつける。熱かったのか小さく悲鳴を上げた。
私が少し冷ましてやろうとスープをかき混ぜていると、妹は笑って「これが熱い、なのかな?」と言った。
知識と実際の感覚がまだ上手く噛み合い切っていないらしい。ひとつひとつ教えていこう。

Edit

妹が生まれた。
北の国から帰ってきた私はそれに立ち会うことになった。

…「生まれた」という表現が正しいのかは微妙な所だけれど。
人の形をようやくとりはじめた子供を、腹から引きずり出し無理矢理成長させ、知識を植えつける。
そうやって処理を施した人間が外へ出られるようになった日。
生まれた日と言っていいのか…悩む。

母体が常に命の危機に晒されている以上、子供を守るためには仕方の無いことだと兄が言う。
母体は子供を生かすためにここにはいない。命を狙われているから。
ただ子供を生かすための、最大の努力をした結果がこれなのだ。

わかっている、その気持ちはきっと良いものだ。 でも、でも私は…薔薇色の水銀のような保存液の中で眠る少女がひどくおぞましいものに見えた。

こんな事になってるのを知っていたら絶対に帰ってこなかったのに。
兄の子供っぽい振る舞いに相変わらず騙されてしまった自分が憎い。

Edit

孕んでいたのは父の方だった。
何を言っているかわからないと思うが私にもよくわからない。何か恐ろしいものの片鱗を味わった気がする。

Edit

北の雪国で任務についていた私に、兄から手紙が来た。
手紙には妹が生まれるので帰ってこないかと書いてあった。
…妹。また父の悪い癖が出たのだろうかと眩暈がする。

けれどそれと同時に懐かしい酒場が脳裏に浮かんだ。
帰ろうかな。久しぶりに。
身内の悪口は言いたくないけれど、まともな人間がいない。そんな中で妹がまともに育つだろうかという不安もある。
…私がまともだとも言いにくいけれど。まあ、あの人たちよりはマシだろう。


Last-modified: 2010-09-13 Mon 17:24:36 JST (5060d)