名簿/498280
- 私の好きなもの
バレエと空想と物語……そして、眠ること それさえあれば幸せで、他には何も要らなかった -- ジリアン
- 私がバレエを教わったのは、お母様からだった
お母様は、私達を産む前はバレリーナのダンサーとして生活を立てて来た お母様の生きた証 そして、母が娘へと 自分の身に付けた知識や特技を伝える様に 私はお母様から学ぶバレエが、とてもとても大好きだった バレエを教える時のお母様は厳しかったけれど それでも私はお母様と触れあえる時間が大好きだった それは確かに、私とお母様の繋がりのある時間であり ……お母様が亡くなってしまった今でも、確かに私とお母様を繋いでいた絆の証でもあり 踊る事で、お母様が傍に居てくれるような想いに 或いは、お母様と統合して同一になった錯覚を受ける事が出来るから -- ジリアン
- 私はお母様もバレエも好きだったけれど……
お爺様とお婆様からは激しく反発された ……こっそりと、お母様が私にバレエを教えている事を知る度に 理不尽な程、お婆様はお母様を責め立てた 『お前の様な娼婦の血が入ってしまったとはいえ、この子はニュクス家の血を引いているのよ お前の様な娼婦を育てる為に養っているのではないの――……! 家名を汚した上に、伝統あるニュクス家の血まで貶める気か――……!』 -- ジリアン
- 後から知った事だけれど、私のお母様の結婚も、私達も望まれたものではなかったらしい
バレエのダンサーというものも、舞台の上で華やかに踊る芸術家ではないのだ 今となっては……或いは此方の方では高値の習い事の様ではあるけれど 私達の生まれ育った場所では、それはオペラの添え物であり、パトロンを持って階級を上がりブルジョアジーの生活へと入っていく 一種の立身出世の手段の一つであり、生活の糧だった お母様のパトロンをしていたのがお父様で 両親に決められていた許嫁と縁談があったにも関わらず、それを蹴ってしまうほどに熱愛していたらしい 周囲の反対を押し切り、愛人で済ませればいいとの忠告を無視して、お母様と無理矢理に駆け落ちをして、生まれたのが私達だった -- ジリアン
- ……私にはよくわからない事なのだけれど……
駆け落ちをして結婚し、子供が生まれたのだからといって無視する事も まして絶縁するというような簡単なものではない様で 望んでいない子とはいえ、ニュクス家の血が入っている子を野放しにしたりも出来ないらしい 結果的に私達は、ずっとあの窮屈で厳格な家で生まれ育ってきた バレエをする以外は、伯爵家に相応しい教養を、と 勉学の詰め合わせという、実に退屈な日々を送らされた ……その中でも、ピアノだけは好きだったから救いだったのだけれど -- ジリアン
- 私はお母様の子供であるにも関わらず
お爺様とお母様が、卑しい身分の出身を良しとせず、寧ろ悪影響になるからとの理由で幼い頃から引き離された お母様は自分の手で私達を育てたかったようなのだけれど ニュクス家……もとい、伯爵家等の貴族の家は 子育てはナニー(乳母)に任せるものとして、お婆様に酷く陰険な罵倒をされていたらしい 事あるごとに、お母様の出身の事や身分の事を言葉の暴力でねじ伏せられていた そのたびに私は、お母様から傍を離れる様に言われたのだけれど――…… 興奮してお母様を誹謗するお婆様の声は、屋敷中に響くもので お母様を否定される度に、私の心は幼いながらに辛かった 耳を塞いで逃避しようにも、それすら赦さないかのように 私達と、お母様の血を重箱の隅でつつくような批判をするお婆様の呪いが、物語の魔女の様に 私達やお母様の心を黒く黒く、塗り潰していった -- ジリアン
- お母様に会えず、バレエを出来ない時以外は――……
専ら飽きる程退屈なお勉強かピアノ、礼儀作法を学ばせられる毎日で 私は時間を持て余し、灰色に彩られた毎日にうんざりして 口煩く私達を忌み子の様に、存在を消してしまいたい様に感じているお爺様とお婆様が居無ければどれだけ私達の世界は彩られたものへと変化するだろうかと――…… ベットへと横になり、瞼を閉じて広がる、もう一つの世界に想いを委ねる事をし始めた その世界での私は自由の身で、誰も口煩く咎める人もいなければ まして、存在する事を否定する人は影も形もないのだ――…… そこで私は、もう一つの世界の中へ――……つまるところ、空想の中に――…… 『もう一人の私』と『本来の自分』の姿を重ね、理想の姿を描き 心の平穏と、自己価値――……自身の存在を護ってきたのだった -- ジリアン
- そこには、豪奢な家具に飾られた部屋に、流行のドレスを身に纏った私が幸福に包まれて確かに存在していた
誰からも愛されて、誰よりも幸せに生きる幻想を抱く為に――…… いいえ、幻想を超えて、それが本来の私の姿であるという事を私自身に思い込ませる為にも 装飾された家具を始め、レースの一つ一つの刺繍までも、鮮明に脳裏に描いていった 其れが曖昧であればある程 結局のところ幻想で逃避しているみじめな自分が浮き彫りになるばかり 私はそれが許せなくて、描ききれない時は自分にきつく叱咤して『もう一人の私/本当の私』を描いて行った――…… それを行う度に、其れは鮮明に描かれて、本当に私は『実は現実で生きている私は仮の姿で、此方の方が本当の私ではないか?』と思うようになっていった………… それからそこに、私の理想が無意識の内に投影されていたのか――…… 気付かないうちに『もう一人の私/本当の自分』の物語は命を吹き込まれたかのように息づき、果てしない物語を紡いでいった あまりにそれが楽しくて、夜に眠りにつく時間だけでは事足りず 昼間にもお昼寝と称して椅子に座り、まどろむ時間が増えていった -- ジリアン
- 日々を幻想の世界で過ごすうちに
イメージングは一瞬にして鮮明に描けるようになってしまった 目を瞑る事で世界が広がるようになり それに集中する事で、お母様へと向けられるお婆様の悪意からも遮ることが出来て 以前よりもずっとずっと私の心を護ることが出来る様になっていった 私はそれがうれしくて、益々自分の世界へ浸る様になって行った そのうちにお婆様の暴言やお昼寝と夜の時間では事足りず 暇な時間があれば、目を開けたままに世界を思い描いて行き それが徐々に鮮明になれば、目を開けたままに自分の部屋に居るにもかかわらず 私の目に映るのは、現実のクラシカルで伝統ある家具ではなくて 私の空想の中に存在する、最新の美しい装飾で飾られた家具の部屋だった そこでの私のお洋服も、レースの細部に至るまで思い描いたものそのもので もう一つ望むものがあるとすれば、ジギタリスとの楽しい時間だった あの子と私は、殆ど引き離された状態だったからbr; お婆様は私達二人を卑しい血の孫だと嫌ってはいたけれど ジギタリスだけは、お婆様から 私に注がれる筈の愛も受けていた ……理由は簡単 あの子の出来が良く、美しくて利発な子だったから 物心つく時から私はアリスそのもので それは『伯爵家の令嬢』としては遠い存在であり、望まれない者なのだ ……それ故にお婆様は、殊更私をお母様の血を色濃く引いた、おぞましい存在の様に見ていたと思う -- ジリアン
- お婆様からはニュクス家の血筋に相応しくないとして嫌われていたけれど
お婆様の手の内に引き取られた……と言うべきか 正しくは魔女の生贄に、或いは家系の人柱となった片割れの存在があったからこそ お母様と私が一緒に居る事については――……嫌な顔をされては居たけれど 卑しい血だとか、低俗な出身の娘としては丁度いいとして もしくは、考え事をしている最中に、ふと他の事を考えてしまうような私を見捨てたからか 結果として私がお母様と過ごす時間は確かに存在していたし お母様の手元に残った娘として、私は大いにお母様に愛されて、とてもとても嬉しかった お父様は等しく私達を愛してくれたけれど…… この頃は新しい事業として。貿易商を始めたお陰で、物心がついてからあまり顔を合わせる事は無くなってしまった お父様とお母様が揃って過ごせる機会は稀だったけれど 私にとってその機会は、クリスマスのプレゼントよりも遥かに嬉しいものだった ……それも、今となっては遠い思い出になってしまったけれど…… -- ジリアン
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