VG/トラウム
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- //これは失礼しました! 直させていただきます。ありがとうございます! --
- 「語る者:最後の観測者」
- 「私は土くれ。神の御手によって作られ、そしてこの世の終わりまでを見つめる者」
私の目の前にいる少女は、硝子のように透き通った瞳を私に向けてそう言葉を放った。
薄暗い工房の中には、歯車や工具がところ狭しと溢れているが、動いているものは彼女と私だけ。
彼女は工房の最奥に位置する、小さな小さな舞台の上に立っていた。人形劇の舞台のようにも見える。
そして、私はただ一人の観客であった。いや、観客というのは正しくない。これは劇ではない。
これは、彼女が私に物語る場なのだ。彼女は私に物語っている。
磁器のように白い肌、透き通るような瞳、流れるような長い髪。
幼い容姿のように思えるが、同時に幾百の時を生きてきた老木のような黄昏をも秘めている。
彼女は何者だろう。完璧なほどの美麗を備えてはいるが、その姿は人間の子供にしても少し小さい。
どこか、人にあるべき生気というものも感じられないように思われる。彼女自身、自らを土くれだと語っている。
神の御手によって作られた者なのだと。そうして見れば、非常に精巧なアンティークドールにも見えてくる。
彼女は何者だろう。私はつぶさに彼女を観察する。彼女について聞いてみたいという心が動き出す。
私はそれを止められない。彼女の語り始めについては、何もわからない。だけれども、私は知りたい。
語りの途中であると憚られたものの、彼女は最初の一節を口にした後は、私を見つめてジッと黙るのみだ。
ならばこれは、私の問を待っているのだ。私はそう一人納得すると、ついに口を開いた。
「……君は、何者か」、と。
きりり、きりり、と少女は身を軋ませながら、私に小さく微笑んだ。
その瞳は虚ろ。吸い込まれそうな空の色である。
人ならざるものの魅力を私は感じないではいられなかった。
やがて私の質問に彼女は答える。
「私は、土くれ。私は、トラウム。すなわち、《夢》――私は、世界が今際の際に見る夢でございます」
「君は、夢……夢だというのか」
「私は土くれ。私は神の御手によって作られた夢。そして――全ての結末を見届けるための、お人形」
わからない。やはり彼女が言っていることは私にはよくわからなかった。
自信が土くれであり夢であるという。およそ理解できるものではなさそうだ。
しかし、最後の言葉だけは私にも理解できるものだった。お人形。そう、やはりお人形なのだという。
何らかの比喩的な表現の可能性もあるが……今の私は、それを素直に受け止めていた。
「ならば、教えてほしい。君は誰に造られたのか、何のために造られたのか、夢とは、全ての結末を見届けるとは、どいういうことなのか」
私のどこか不躾な質問にも、行儀よく目の前の、トラウムと名乗る人形は一礼して答える。
「私はお人形。朽ちることなく死することのないもの。故に私はすべてを見届け、語る者。神に最後の使命を下されたもの」
ぐるりぐるりと、いつのまにかトラウムの頭上に吊り下げられていた天球儀が回り始めた。
世界が、宇宙が、無限に回り始める。
「私を造りし人は、かつての人形師、そして今は神となり――既に宇宙より去られ給うたのです」
トラウムの左手の甲に掘られている蝶のような紋章が鈍く輝き始めた。
「たとえ神が去ろうとも、私は語り続けます。本来、この世にはない物語を。異なる世界の物語を」
「私が私を語るには、それに至る全ての経緯を語らねばなりません。遙かなる過去。既に滅びし宇宙の物語から」
「全てははじまりの勇者によって、そしてはじまりの勇者によって終わるのです。それは最も古く、最も新しい物語。伝説。神話」
「貴方が願うのならば、私は語りましょう。この虚ろな瞳は何も語りませんが、この口は、あらゆる物語を語ります」
「すべては永遠の勇者がはじまり。ですが、それを語るのは全てを語り終えてから」
「神を殺した者の物語、和音と不協和音の物語、人と人形との物語を終えてから」
「そうして、私の全てを語りましょう。全ては連なり、ひとつであるゆえに」
歌うように語るトラウムの姿を、私は静かに見つめていることしかできなかった。
「私は、全てを見つめる最後の観測者。そして、神様のお人形」
- 「私は土くれ」
- ここに現れたるは一体のお人形。
世界の再編に伴い現れたのか、はたまた最初から現し世にあったのか。
誰にもわからないことでございます。
虚ろな瞳は過去を語りません。未来を視ません。過ぎ去りゆく過去を眺めるのみ。
神の御手によって作られた、偽りの生命。土くれより生まれた、アダムではなくイヴ。
「私は土くれ。そして仮初め。私は世界が今際の際に見る夢にすぎません」
お人形の夢と目覚め。
しかし、はたして。このお人形が目覚めることはあるのでしょうか。
夢という名を与えられたお人形の夢を、世界は見続けることができるのでしょうか
「それでも、私は見続けましょう。この世界という夢が果てるときまで。神の人形としての時を刻むそのときまで」
既に幕は上がっております。既に幕は下りております。
はたまた、舞台はまだ開演していないのかもしれませぬ。
ですが、既に世界はこのお人形の夢を見始めております。
ならば、既に舞台は開演しているのでしょう。緞帳から既に彼女は顔を出しているのです。
「叶うのならば、その時が来るその前に、私は人形として、人形があるべき姿で、この世にありましょう」
「世界の夢が覚めるまで」
ではどうぞご堪能ください。神の人形が神の御手でその使命を果たします、そのお人形遊びを。
我がお人形が土くれに還るそのときまで。
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