出発の前 †
昔の話だ……俺の親父はお袋と幼い俺を置いて人を殺す仕事をしていた
たまに帰って来ては俺を引っ張って剣の修行。なんだって言うんだ
"お前も強くなれ"だと?
俺にはそんなもの必要無い。大体親父のやってる事は金の為に人の命を奪ってるじゃねぇか
だから……俺はそんな親父が大嫌いだった
訓練と称して俺をボコボコに殴る、なす術も無いまま剣を持たされて戦わせる
夢に親父の顔が出て来たくらいだ……親父が家に居る時は毎日が悪夢だった
ある時、親父が俺の育てていた花を踏みつけた。お袋に渡すために育てていた花だ
許せなかった、その時俺は本気で親父を斬り付けた。しかし……敵う筈も無く
いつしか親父に殺意まで抱くようになっていた。訓練の時にどうにかして殺せないか
そればっかりを考えていた
そして……親父が俺を呼び出した。ついてこい、最初の仕事だ、とな
戦場 †
いきなり連れてかれて馬でとある町まで行く。宿で食事を済ませその足で沼地まで向かった
夜中のぬかるんだ道は歩きづらく、馬で進むのにも一苦労だった。木々の間を縫って進んで行くと高台に出た
見たところ……戦場のようだ。崖下で歩兵同士が陣を組んで敵と向かい合っている
俺達は斥候の役目らしい。親父の馬に続いて必死に敵陣をかいくぐる
親父は俺の前で剣を振りながら走っていた。今なら殺せるかもしれない
そう思いながら馬を進めていくと敵の伏兵と出くわした
"ついてこい"と親父は言った
馬から降りて親父が突っ込んで行く。傍目に見りゃあ只の策無しの馬鹿だが
強い、ほとんど立ち止まらずに一人で敵を斬りつけていく
俺はと言うと、ただ剣を持って親父の後ろをついて行くだけだった
悔しかった。足が震えていた。むせ返る様な血の匂い、目眩がした
親父を殺すんじゃ無かったのか……くそ……が……
いつの間にか俺は気絶していた
"起きろ"と親父の声がした
目が覚めるとそこには死体の山だった
鬱蒼と生い茂る木々の数に負けないほどの死体がそこに転がっていた
"休んでいろ、後は俺がやる"
くそっ……俺だって……俺だって……
俺は夜が明けて親父が戻ってくるまで草むらの影で吐き続けた
幼馴染 †
戻ってきた俺は酷く疲労していた
だが親父は返り血で汚れているだけで全くの無傷だった
これが実力と経験の違いか……許せなかった。
もはや逆恨みかもしれないが、俺は親父が死ぬほど嫌いだ
帰って来たその日は死んだように眠った
──朝になった。うちに幼馴染の娘が遊びに来た。俺の具合を心配して見舞いに来たらしい
彼女と遊ぶのは楽しかった。俺は戦よりも森の中を駆け回る方が好きだった
あいつは俺に色々教えてくれた。植物の名前、森の道筋……
幼い頃は良く遊んだものだ。それこそ日が暮れるまでずっと
親父が帰ってくるまでは……
文様 †
ふざけるな……くそっ……くそ……
最近悪夢に魘されてばかりだ。やはりこの前の戦場のせいか
俺は……弱い。自分でもわかっている。だからこそ強くならなければいけない事も……
それにしてもあの時の親父には凄まじいまでの迫力があった
孤軍奮闘とはまさにあの事だった。悔しいが親父は強い。それは事実だ
それもこれもあの紋章のせいだ
親父がいくら切られても力が落ちないのと、あり得ないまでの剛力を発揮できるのは全身に刻まれたあの文様のおかげだ
何でも、高名な魔術師に彫って貰ったとか言う
頭髪まで剃り落とし、全身に施された奇妙な文様が親父をさらに異形の物と彷彿させるようだった
正直言って近寄りがたい。遊びに来ていた幼馴染もすぐに逃げるように帰ってしまった
自身の事は構わず、俺には強くなれと訓練ばかり、もう嫌だ
あいつはあの紋章があるから強いんだろう。それが無い俺に同じくらい強くなれとかどうすれば良いんだ
丁度その頃、家に親父の知り合いが来ていた。鍛冶屋だとか
やたら背の低い爺だった。唸るような声で親父に何かを説明していた
そこに見えたのは……血のように真っ赤な篭手だった
赤いガントレット †
その次の日、親父に呼ばれてコロシアムと呼ばれる所に行った
何でも相手と殺し合いをして勝った方に賞金が出るのだそうだ
戦でもないのにこんな所に行く親父の気が知れなかった。俺は半ばあきれながら門を開いた
──想像を絶するほどの熱気が、殺気が、俺の横を通り過ぎて行った
次の試合は親父が出るのだそうだ。剛腕の英雄のコロシアム参戦に会場は熱気だっていた
対戦相手は全身甲冑に包まれた巨大なメイスを持った大男だった
次に出て来た親父は……この前の赤い籠手を身につけていた
試合開始の合図とともに対戦相手の男が構える
そして一歩踏み込んで身の丈ほどのある巨大な鉄塊とも見えるメイスを親父目掛けて振り下ろした
巨体に似合わずかなりのスピードだ。俺じゃせいぜいかわすのが精一杯だ
だが親父はそこから動かずただニヤリと笑って大剣で相手の攻撃を受けた
そして……相手の今わの際の声が鳴り響いた
……親父は……その攻撃を相手ごと受けてそのまま切り裂いたのだ……
ただ剣を下から持ち上げて振り下ろすという動作だけで
俺は戦慄した。親父の様子が違ったからだ。いつもの怪力を発揮したのは解るが
全くの余裕の表情である。いつものように狂ったように叫んだりしていないのだ
つまりは……紋章が発動していない。己の力だけで相手に勝ったのだ
信じられない。いくら人間の力と言えども限界がある。俺は真っ先にあの籠手の事を疑った
後ほど親父にその事を聞くとやはりその通りだった
あの籠手には親父と同じ文様が刻まれていて。腕力だけ恐ろしいまでの力を発揮できるのであった
その籠手と親父の紋章が同調したら……俺はさらに親父の事が恐ろしくなった
殺めると言う事 †
程無くして二度目の戦場に駆り出される
どうしても乗り気じゃ無かった。以前の出来事があったので俺は完全に戦意を失っていた
親父が前線に乗り込んで行く。俺は後ろで残党の処理……と言っても親父が全員殺すので出番は無かった
吐く白い息が視界を遮るほどの冷たい夜。俺は剣を握りながらただ後ろについて行くだけだった
──刹那、伏兵が俺達の後ろから攻めて来た。少数精鋭、たった4人に仲間が次々と斬られて行った
親父は遥か前方、間に合いそうも無い。俺が戦うしかない
数ではこちらが圧倒的に有利。4人いた相手も一人また一人と倒れていく
俺達の陣を乱すための特攻だろうか。何とも愚策だと俺は思った
しかし……最後の一人が危険だった
踊る様な剣捌きで相手の懐に潜り込み切り付け、その剣を奪ってまた次の相手を斬る
どんどん俺の方に迫ってくる。戦わなければ殺される
俺は相手を見据えた。どんな動きでも一定のリズムがある。動き続けるには限度がある
その休符を狙えば何とかなるはずだ
回転するような動きで斬り続ける敵をじっと見つめて、隙を見て剣を突き立てた
肉が裂ける音がした。相手に鈍い悲鳴も聞こえた。嫌な感触がする
俺はそのまま上に切り上げた
相手の肩口が大きく裂け、腕が千切れそうなほど下に落ちていた
おぞましい。これは俺がやったのか?
どうにも現実味が無い。目を見開かせた相手が俺を睨みつける
……と同時に。岩ほどの巨大な手が相手の頭を掴み……ぐしゃり、と潰した
親父だ。金剛力士像の様な表情で俺を見据え
「これが殺めると言う事だ」
そう言うとまた前線に戻って行った
戦が終わっても俺の震えは止まらなかった。これは恐怖から来たものなのかそれとも……
終わらない †
親父が死んだ。いつものように仕事に出かけてそのまま帰って来なかった
俺はその日親父の訓練で負わされた傷で動けなかった
帰ってきたのは親父の装備だけだった
今まで恨まれていたのだろう。死体は粉々に切り刻まれたという
仲間か知り合いの男がそれだけを届けに来た
何なんだこれは……何の気持ちだ
俺はおかしくなっていた
親父が憎い、親父を殺した奴が憎い、自分が憎い
「終わる……はずがないだろう」
俺は家を出ることにした。親父に縛りは解けた。だが自分の縛りは
まだきつく俺の体に残っている。縛りを断ち切ることはしない
だが暴れる、暴れてやる。俺は自意の赴くまま殺戮してやる
──いつの間にか手には篭手が装着されていた
良いだろう、俺は……
脚甲の女 †
一寸した切っ掛けで剣を交えることになった
相手は女、俺は自分の力を過信していた。相手を見くびっていたのだ
女は守られるべき……あいつだってそうだった……
俺が戦に行くようになってから相手にされなくなった。血生臭い男は誰だって避けるはずだ
鈍る剣先がぶれ、意識が飛ぶ──
いつの間にか俺は篭手を付けて倒れこんでいた
あの女はいない。殺してしまったのか……
いや、違う。ぬかるんだ大地……確かに足跡があった
傷が痛む、それよりも相手に投げかけた言葉と相手を傷つけたこの腕が痛む
俺は足を引きずりながら山を降りた
妖精の女 †
いきなり家にやってきて余計な事ばかりをのたまった奴だ……
菓子屋を経営しているらしくたまに届けてくる
恩は返さなければなるまい。店舗周りの警護と無くして困っているという髪の結い紐を探した
見つかるわけがない……俺は途方に暮れた。何故ここまでする必要がある……
だがなんとなく気が済まない。代わりの紐でも持っていくか
店員の奇異の視線を掻い潜りながら俺はリボンを買ってあいつの留守の時に玄関にくくりつけておいた
衝動 †
篭手を付けてから体の調子がおかしい。依存性があるのか……?
腕が疼き、血の流れが敏感に感じられるようになりまるで自分の腕ではないようだ
気付けばまた篭手を身につけて暴れている。こんな時依頼があるのは助かる
だが長くは無いようだ。精神まで汚染されている……弱い自分が憎い
依存 †
親父の目的が分かった。俺の体質の問題だったんだ
俺の体には溢れるばかりの何かが湧いてくる。それを制御できない
体を動かし、暴れ、破壊し、気絶するまでそれが続く。そんな事をしなければいけない
その為には強くなるしかない。親父は俺を守る為に鍛えて……
いや、そんなはずはない。俺は違う。俺はあんな奴に使われたくは無い。俺は違う
唯一篭手を手入れしている時が心が安らぐ。こいつがあれば俺は思う存分力を発揮できる
体の事など知った事か。俺は……今が良ければそれでいい
遅い †
もう遅い。何もかもが遅い……気付くのが遅すぎた。せめて、あの二人だけには礼をして……
街を離れる。なるべく動かないようにする、人の目のつかない場所、森、隠れ、外れない
遅かった。。。。。。。もう、遅い、意識が──
価値 †
憎しみが無ければ自己を確認できない
憎むことでしか存在価値が見出せない
親父……あんたは一体なんなんだ。俺をどうしたかったんだ
……せめて俺の手で殺させろ。くそ……
こうして自意識を保てる時間も少なくなってきた。この場所で朽ち果てるのを待つのも良いかもしれないな
後悔 †
霞んだ目が開く。目の前には悲惨な光景が広がっていた
粉々になぎ倒された木、動物の無残な死体。これら全てが俺の手によるものだとは明らかだった
俺の軟弱な精神は篭手の狂気に充てられて自我を失っていたのだ
本能の赴くままに破壊し、殺戮し、今がある
……なんて事をしてしまったんだ。もう何もかも嫌だ
俺はふらついた足取りで自宅に向かった
退治 †
長年依頼をしていると噂にも高耳になる。故郷の隣の国に赴いた時の話だ
とある山岳にある廃村に化け物が住み着いたと言う情報を得た
それだけなら大した話じゃないのだが、その化け物は通りがかる人間を全て殺戮していると言う
討伐隊も三度結成されたが誰一人として生きて帰ったものはいなかったらしい
それだけじゃない。その化け物は2mを超す巨漢で全身に奇妙な刺青がある禿頭の男だと言う
……何やら嫌な予感がした。俺は討伐隊に参加することにした
対峙 †
依頼者から支給された特殊な魔術加工が施された漆黒の鎧を身につけ
俺達8人は山岳に向かって歩を進めた
金属同士がぶつかり合って不快な音を立てながら悪路を進む
口数は少なく、誰もがまるで死人のような形相で……
まるで、これから起こる事がなんなのか分かっているかのような雰囲気だった
──やがて、廃村に着いた。家々は朽ち果て、木々は所々なぎ倒され、広場は何やら動物の骨が転がっていた
不快な悪臭を放ち、浸みるような黒い煙が所々に上がっていた
同行者の一人がそれに触れると、たちまち外套が溶けて無くなってしまった
瘴気だ。ここには何かとてつもなく禍々しいものが潜んでいるという証
俺達は歩を進めるしかなかった
大剣にメイス、斧槍、クロスボウに革張りの大弓。それぞれバランス良く組まれた隊は
非の打ちどころが無いはずだった。奴を目にするまでは……
突然廃村の奥の森からけたたましい叫び声が聞こえた。これは……
翼の生えた人のようなものが複数空を飛び、逃げ惑っていた
金切り声をあげ、何かをみるように空中を旋回した後、数人いたはずのそれは地に落ちて行った
その後……深い地響きとともに全身泥だらけの肉塊のような化け物が俺達の前に現れた
ひとつ咆哮、全員の戦意が無くなる。隣の奴は斧を落としてしまった
慌てて隣の奴が弓を射る、敵目掛けて撃たれたはずの矢は宙に放たれた途端
玩具の用に弧を描いてぬかるみに落ちて行った
「嫌だ……」
誰か一人がそう呟いた。仲間は震えながら奴と向き合っていた
ふたつ咆哮、明らかに俺たちに向かっての威嚇
今まで動かなかったクロスボウの男が狂ったようにボルトの矢を目に刺した
その後、素手で奴に向かっていったが……
みっつ咆哮、そいつは粉々になった。ビチャビチャと音を立て悪臭とともに肉片と骨片が辺りに散らばる
剣を持っていた仲間の女が逃げ出した。それに続くように弓の男も……
俺は逃げない。そう思っていたのだが……
ぶおん。
何か鈍く風を切る音が聞こえた。俺達は5人になった
……俺はこの状態で、どうすれば最後の一人になれるかだけを考えていた
畏怖 †
ここにいる5人全員が、己の細胞で、筋肉で、神経で、死を覚悟しただろう
震えが止まらなかった。圧倒的な力に対する恐怖。だが俺は……
ここで止まるわけにはいかない。相手に向かって剣を構える
泥だらけで何なのかよくわからない。流動する体表面上の泥の奥に赤い瞳が見えた
突然奴は仲間の一人を捕まえた。もがく暇も無く仲間は潰された
拉げた体から血飛沫が噴き出した。それはまるでシャワーのように奴の体にかかり……
──見てしまった。奴の体を。忘れもしないあの忌々しい紋章を
仲間を殺された怒りか、それとも別の感情か
「親父ィィィィィィィィィィィィィ!!!」
俺はあの真紅の篭手を身につけ、奴に飛びかかった
全身に血が巡る。視界が広がる。背中の大剣を抜いた
奴は逃げようともせず俺の斬撃を片腕で受けた。その腕は俺の剣によって落ちた
手ごたえはあった。他の奴らも戦意を取り戻したようで各々に構え始める
だがしかし、奴は笑っていた
にたり。
体の暗褐色と飛び散る血飛沫の赤とその牙の白のコントラストが、瘴気に満ちた廃村を彩った
肢体 †
「リオウガイスト!」
仲間の一人が叫んだ。目の前には漆黒の闇が広がった。俺はいつの間にか吹き飛ばされていた
いつの間にかあいつの腕は再生していた。隙を見て千切れた腕を拾ったのだろう
だがどうやってくっつけ……
「何を勘違いしているかは知らんがあいつは怪物だ。人間じゃない」
「……ましてやお前の親父さんなどとは……」
褐色の肌に金髪の男が呟く。視線は相手を見つめたまま
──篭手の力が流れ込んでくる。視界が歪む。俺は……
目の前で死闘が繰り広げられているのはわかった。何人か倒れ傷ついたのも
だが俺には赤しか見えない。憎悪か恐怖か。俺の四肢は前に進む事しか許さなかった
自身 †
赤い、紅い、アカい、アカイ……腕が……止まらない
周りをなぎ倒す。周りって何だ? 家屋? 木々? それとも……
許さない……あいつだけは……俺から……奪った
──意識が……遠のく
追憶 †
あの頃の僕は、人を喜ばせるのが好きだった
母さんは病気がちでそんなに構ってくれなかったけど
こっそり森に行って花を摘んできて渡したら喜んでくれた。勿論近くの花畑から持ってきたと嘘はついたけど
ある夏の日の事。向日葵の花の種を集めていた時、彼女が話しかけてきてくれた
レティーナ。近くの街の花屋さんの女の子だった
「何してるの?」
男の癖に花が好きだった僕を不思議がったのか、それとも……
彼女とはすぐ仲良くなった。僕は母さんの為に色んな花の話を聞いた
珍しい植物を探しに森の中にも行った
危なくないと思ってた。でも僕たちはこどもだ。無茶だった
獣に襲われた事がある。僕は必死にレティーナを庇ったが、どうにも上手く行かなかった
彼女は松明に火を点けた。獣は一目散に逃げて行った
「だらしないのね」
そう言って彼女は笑った。何だかちょっと悔しかった
でももうすぐ彼女を見返す事が出来る。僕の父さんだ
生まれてから会った事は無いけれど、母さんの話だと凄い英雄でとっても強いと聞いた
母さんの好きな人。僕の父さん。きっと、きっと二人を喜ばせる花を咲かそう
そしてこの花が咲けばレティーナに……
殺意と憎悪 †
……殺してやる、殺してやる……殺してやる
親父は俺から平穏を奪った。安息を、日常を、そして……
日に日にレティーナが余所余所しくなった
俺は変わってしまったんだ。お袋……どうして、どうして止めてくれない
嫌だ……こんなの嫌だ。放っておいてくれ……こんなことならいっそ……!
人を避けるようになった。戦いの事だけを考えるようになった
親父に連れられて戦に行く日々。いつの間にか親父は死んだ
覚えている。あのコマ切れになった体の一部。腕……あれは……
お袋……俺は……? 何故一人で家を……? 何故……
あの日、何があった? "俺は縛りを断ち切りたかった"
あの記憶は? どうして篭手だけある? お袋はどこに行った? あの死体は?
あ。
ああ。
あああああ。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!
──視界が揺らぐ。赤に染まる。腕が痛む。痛む。痛む……痛む
決着 †
きっと俺の眼は今紅く光っているのだろう。もう何日たったのか
それ程長く感じられた。目の前の黒い怪物と戦い続けた
何千、何万と剣を振りおろした。奴はそれを軽々と受け止めた
……ふと視界が広がる
辺りには仲間の死骸。呆気無いものだ
人間などすぐに壊れてしまう
だが俺はこいつを潰すまでは終われない。粉々に……お袋のように粉々にしてやる
べちゃり。まるで自身の皮を剥ぐかのように黒い怪物、奴は何かを体から剥がした
現れたのは禿頭の、全身に見覚えのある紋章が刻まれた大男だった
親父、なんだな……
急に心が風の無い水面の様に静けさを取り戻した
何となくわかった気がする。ここで終わらせなければ……
──剣を振り下ろす。やはり受け止められる。しかしそれを受け止めた親父は……
笑っていた。泣いていた。何とも言えない表情だった
俺は体を捻り剣の自重を利用して親父の背中を斬った
低いうめき声と共に崩れる体。勝負は呆気無いものだった
首を切り落とした。これで、これで良かったんだ
そして……俺も……
犠牲者の簡単な墓をつくった後、朦朧とする意識の中、山を降りる
何だか見覚えのある景色だ。故郷に近いんだったな……なら小さい頃通ったのかもしれん
俺は……この手で……両親を斬り殺したんだな……
不思議と罪悪感は無い、寧ろ何だか重荷が取れたような……
「ははは」
最低だな、俺は……涙も流さず、こんな時に浮かぶのは彼女の笑顔か
元気にしているかな? そんな事を考えながら歩を進める。
やはりここは歩いた気がする。もう半日ほど進めばあの街だ。彼女のいる……
最後に、あの街に行こう。そして、死のう。レティーナのいるあの街へ……
化け物 †
山岳の麓の街にしては綺麗な場所だ。今も変わらない
夜だからだろうか……人通りは少ない
もう少しで彼女が住んでいた場所だ……遠目に、見るだけで良い
今の俺じゃ迷惑しかかけないからな……
灯りが点っている。何やら食事の匂いもする
話し声が聞こえる。彼女、レティーナの様な声と、低い声、そして、甲高い泣き声が
──いつの間にかこんなにも月日は流れていたんだな
彼女は夫と、子を設けていた。どう見ても幸せな家庭、俺が邪魔するわけにはいかな……
鈍痛がした。背後から殴られたらしい。よろめく、体勢を崩す
周りを、見る……自警隊? 衛兵? そうか……俺はどう見ても怪しい奴だからな
説明すれば分かってもらえるは……痛ぇ……そんな眼で俺をミルナ……
騒ぎ……大きく、なる。レティーナ達が出てくる……
俺だ……オレだ……リオウガイス
「……化け物……」
彼女の表情は俺を軽蔑するどころか、俺を恐怖していた……
なんでだろ……こんなはずじゃ……無かったのに……な……
母さん……父さん……
何かが終わる音がした。自分自身の中で
薄れ行く意識の中で微かに声が聞こえた
「──やめたまえ」
知人 †
夢を見ていた……とても穏やかで優しい夢。俺がまだ子供だった頃
あの景色も見覚えがある。この景色も覚えている。俺は……なんて美しい場所に住んでいたんだ
だが分かっている。俺はここには居ちゃいけない。振り返ってはいけないその後ろの世界。
──血生臭い
唸り声が聞こえる。足元の花たちが枯れて行く……嫌だ……嫌だ……
……嫌だ!
……魘されていたのか? ぼやけた視界には天井が見える。ここはどこだ……?
「ようやく目覚めたね。よっぽど良い夢を見てたのかい?」
「さっきまではあんなに穏やかな顔だったのに、まぁ無理もないか」
目の前には栗色の髪を三つ編みに束ねた少年が立っていた。
古い若草色のローブを纏って何やらメモを取っている
「おはよう、リオウ君」
何者だ、お前は?
「僕かい? 君の命の恩人さ」
ふざけるな餓鬼が。俺は別に……
「おいおい、ブルは一体息子にどんな教育をしてたんだか」
何だと……? お前、親父を知っているのか?
「知ってるも何も、彼は僕の古くからの友人さ。その彼の頼みで君を攫いに来たんだけどね」
──状況がよく飲み込めない。右肩に激痛が走る。まだ怪我は完治していないようだ
どうやらここは街から離れた屋敷らしい。人目には余りつかないようだった
少年から詳しく話を聞いた。彼は見た目に寄らず高齢であり、俺の親父とほとんど変わらない歳らしい
にわかには信じがたいが昔話を聞いているうちにそれは確信へと変わって言った
何でも魔術を研究しているらしく、その副作用か何かで"成長"する事を奪われたようだ
深緑の美しい瞳をこちらに向けて少年……いや、親父の友人、ニデルはそう答えた
「彼は自分が長くない事を知っていた。そして、それからどうなるかも」
「だから僕に依頼をしたんだ。紋章に支配されて暴走したら殺してくれ、ってね」
「そうしたら君がいたのさ。その目の下の傷、父親と同じ目つき、一目でわかったよ」
「君はもう親父さんと……」
ああ、そうだ。俺はこの手で親父を殺した
「そうかい。別に責めてるつもりはないさ」
「誰かがああしなければもっと被害が出ていたかもしれないね」
「それに……この篭手だ。」
ニデルは狂気の腕を持っていた。やめろ、それに触るな……
「大丈夫さ、このアーティファクトは君専用のものだ」
「気付いてなかったのかい? こいつは成長して使用者に馴染んでいく事を」
……薄々解ってはいた。こいつは俺の魔力と血を吸収するらしい
それを動力に力を俺にくれる様だ
「ブラッドシュバイクの血を途絶えさせるわけにはいかないからね」
「もう、君しかいないみたいだし」
だから俺を助けたのか。それで、俺はどうすればいい?
「君はまだ子供だな。何もかも嫌になったら逃げるのかい?」
「それは全くの解決になってないよ。僕ならこうするね」
「……生きて、生きて、それから何かを残すんだ」
「僕はこの世界で困っている、弱っている人たちを救いたい」
「医術も魔術も勉強した。それでも足りないんだよ。君みたいな人が居るからね」
「……年寄りの世話焼きさ。君は冒険者なんだろう? 戻る場所があるはずだ」
……お前に言われなくても解っている……帰るぞ
「ははは、じゃあ薬だけ渡していくよ」
……なんかマイペースな奴で調子が狂う
「ああ、リオウ君」
「元気で」
──屋敷を抜けると深緑の風が俺の頬を撫ぜた
まだやる事はあるはずだ。俺は、その足で依頼の場所へと向かった
道標 †
俺には誇れるものが無い。ただ己の欲望と憎悪のまま突き進んでここまで来てしまった
今更真人間に戻れる気も戻る気もない。ならばどうする?
帰る途中で泉を見つけた。随分綺麗だ、これなら飲める
鎧を外し、服を脱ぎ捨て傷痕に水をかける。治療は施してあるのである程度は大丈夫だが
色々戦ってきた。何度も命の危機を迎えた体は傷を受けても痛みを余り感じさせなくなっていた
触れてから判る傷痕。自分がどれだけ体を酷使していたか分かる
だがもう良いんだ。まずは篭手に負けない精神を身につける
そして力を制御できるようになれば、それで暴れてやろう
久しぶりに笑えそうになったがどうしても俺の表情は変わらなかった
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