HNH/4545
+
| |
|
- --
- 一節 夜の狩人
- 霧烟る夜の街、野良犬の遠吠えが聞こえる。
だが夜の街とは無情の象徴、その叫びに応えることは決してない。 仲間を求めてか、飢えに耐えかねたか、それとも野良である境遇を儚んだのだろうか。 野良犬の遠吠えは何度も繰り返しては夜の闇に消え、その声もほどなくして聞こえなくなった。 人も動物も薄情に遠ざける夜の底では見慣れた情景だった。 そしてまた、───犬が鳴く。
- 「ひっ! あぁ…っ! やめ…! ぐ…っ!」
路地裏で牝犬が喘ぐ。水音が弾けては悩乱の声が響き、獣のようによがり鳴く。 「はぁあぁ! はげしぃ…! はげしい…のぉっ!」 はだけた衣類、振りかぶる頭が髪を揺らし発情の汗を散らした。 売女と見紛う女の痴態だが、一晩の金でも持て余した情欲を散らしているわけでもない。 ───強姦だ。女の頬にうっすらと痣があり、逃げられぬよう壁に向かって凌辱されている。 女の喘いでいたが、救いを求めた悲痛の叫びでもあった。 しかし野良犬と同様に夜の街は彼女を助けてはくれない。等しく、無情なのだ。 そして無情の原因でもある恐怖、女を犯すものが嘲う。 「ひゃひゃひゃ! いいかぁ…こんな夜に一人で出歩いてるとこんな目に合うんだぜ」 耳障りな声だった。老人のようにしわがれているか傲慢に満ち、精力に溢れた男の声だった。 だがそれは人間などではない。人の形をした悪鬼だった。 爛々と光る赤の瞳、口は裂けて耳元まで裂けて犬歯よりもするどい牙が出ている。 肌からは生気を感じられず青白くむくんでいる。しかし対照的に女性を犯す男性器は禍々しく赤みを帯びている。 人々はこの凌辱鬼たる存在を、妖魔と呼んでいた。
- 妖魔は人に在らず、獣に在らず、この世のものに在らず。一説には魔界から来た存在ともいわれているが真偽は分かってはいない。
欲望のままに蹂躙しては貪り、人に害為すことだけ伝えられている。 「ひひ、ひゃはは! どうだァ…夜に出歩ク悪い子はちゃんト躾けテやらねえとナァ…!」 妖魔の手に掛かって慰みものとなり、心を壊される女性もそう少なくはない。 妖魔の凌辱は一切の手心がなく、自らが満ち足りるまで続く。 時として相手が事切れるまで。死してもその亡骸までも冒す。 故に人々は恐怖たる妖魔を畏れた。星明りも見えぬ夜の底、人目につかぬ路地裏、闇の向こうより妖魔が顕れるとして。 女性も妖魔のことは知っていたが、半疑が付け入る隙を生み、過ちが絶望を溢れさせる。 「やめてぇ! こわ…こわれ…こわれちゃう……!」
- 女性への凌辱は加減というものが端から無い。力任せに膣に突き入れる妖魔の肉棒は凶器としか言いようがない。
抽挿されるたびに凶器をおさめきれない膣窪が圧迫され、下腹部に妖魔のイチモツを迂回揚がらせた。 圧迫感が苦しみを生むが、同時に犯されるたびに下腹部から溶けていく感覚が女を困惑させた。 「なんで…こんなに……! こんなにいいの…っ!?」 何人ものボーイフレンドと付き合い身体を重ねてきたが、こんな感覚は一度たりともなかった。 「はぁ! いい…いいのぉ! こわれちゃうくらい、いいのぉ!」 女の表情から抵抗が薄れ、獣のようにまぐわう状況を受け入れつつあった。
- 乱れる理性に凌辱者が嘲る。
「ヒヒ…オレたちと犯る女はなぁ…みんナそうなるんダ。オレのすべてが、お前たち女を狂わせる毒にナるんだぜ」 妖魔の多くが異性を狂わせるフェロモンを持ち、体臭や体液を感じ取るほどその効果は増していく。 場合によってはそれだけで精神が壊れてしまいかねないほどの劇物だが、凌辱者にとっては都合のいい体質でしかない。 「壊レろ! 壊レちまえよ! オラ! もっとすげエのくレてやるヨ!」 妖魔の抽挿が早まると同時、その背中が波打つ。 女からは見ることはできないが背中には幾つもの肉瘤が生まれていた。 常識ではありえない速度での肉体の変化が狂気を加速させる。 肉瘤が弾けると皮膚をやぶって肉蔦がうまれていた。 突如として背中から生えた触手、快楽に緩んでいた女性もこの光景に恐怖を取り戻す。 「イ、イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」 路地裏に女性の悲鳴が木霊するが助けはない。返ってきたのは悲鳴に気を良くした凌辱者の笑みである。
- 妖魔の意志によって動く触手は瞬く間に女性の四肢に巻き付きく。その先端は男性器、亀頭のように先割れていた。
妖魔の手足、いや凌辱器官として動く触手は女を締め付けていく。 だが触手の表皮から分泌する粘液が潤滑剤となり女を苛める。 妖魔の体液、触手から分泌する粘液が触れる女の肌を火照らせ熱くさせた。 「ふあぁ…気持ちわるい…のにぃ…気持ち、気持ちいいのぉ…!」 恐怖していた女性を彼岸へと引き戻す。女ではなく牝として発情してしまったこと、それを意識ではなく肉体が分かってしまったのだ。 女の変化に笑いが止まらなくなったのか、げらげらと嗤う妖魔。こうやって女を狂わせるのが何よりも楽しいのだろう。 「キヒヒ。なあ…もうどうスればいいか分かるよナあ?」 耳元で囁く誘いの声、女から発せられる次の一声が劣情を燃え滾らせる最後のスパイスとなる。
- 粘液にまみれた四肢は気持ちよさで痺れ、胸は鼓動にあわせて弾み悩乱する。
思考は触手による凌辱が始まったあたりから止まっていた。気持ちいい、もっと、ずっと、という肉体の意志が思考を阻害する。 そこに与えられた思考実験、どうすればいいかなどという実証は決まっていた。 「お…、おねがい、───します」 隷従こそが答え、快楽への誘いを断る意志など溶けてなくなっていた。 「私に! 私に、いっぱい! いっぱいください! あは♪ ここに、オマンコにください!」 言葉にした瞬間、解放感が女性を満たした。 これから起こることは場合によっては自分というものがなくなるかもしれない。 だが…、それでもいい。最高に気持ちよくなれるなら他は何もいらない。 その意志が隷従へと走らせ、人としての尊厳を捨てた。 「よく言ったぜぇええええ!」 女の宣言を皮切りとして妖魔は歓喜し、肉棒と触手のダブルピストンによる動きがトップギアへと入る。
- 「あはぁ♪ すごい、すごぃっ! こんなの、はじめて! もっと! もっと! もっとしてぇ!」
女は堕ちた。妖魔の誘いに乗り、劣情にかき立てられるがままに燃え上がる。 「ゲヒャヒャ! サイコーに気持ちよくしてやルぜえええええ!」 燃え上がったのは凌辱者もである。支配した充足感が欲望を沸騰させ、滾る迸りを女に浴びせてやりたい。 その一心が、「ヒャーハハハ! 射精してやルから…有難く受ケとりナあァ!」 全身から湧き上がる射精欲を押し上げていた。 「きて! きてぇ! いっぱい、いっぱい味あわせて!」 女もまた肌で、感覚で凌辱者の滾りと解放点を感じていた。 「ひ、ヒャハハハ! ヒャーヒャヒャヒャ!」 妖魔の下品な高笑いと共に、触手から、肉棒から有り余る白濁の波が放たれた。 ぶびゅ、びゅる、びゅるううううう! これはオノマトペなどではなく、震動として感じられる音として、噴き上がる射精音として路地裏を支配した。 「い、いぐうううううううううううっ!」 押し寄せる白濁は粘液の比ではない刺激を与え、下腹部から満たされる多幸感が女をショートさせた。 限界以上の感覚に耐えきれず暗転する視界、しかしお構いなしと妖魔の射精は続く。 ぶくり、ぶくり、どぷり、と女体に余すことなく触手からは降り注ぎ。膣ダムからは収まらない精液が決壊していた。 「ひひ、けひゃひゃ! 逝っちまったかぁ…? 生きてるかぁ…?」 白目を向いて失神した女性を笑い、頬を触手で叩く姿はまさに悪漢である。 「まあ…生きてヨうが死んでヨうが関係ねえけどナ。まだまだこっちハ、してぇんだからヨ」 栓となっていた肉棒がきゅぽん、と引き抜かれると押しとどめられていた精液が噴き上がる。 力なく地面に伏した女性とは対照的に妖魔の滾りは収まってはいない。 これまでと同様にこの女も何度も繰り返して犯しては壊していくのだろう。 ───快楽の果てに待つのは破滅、誰彼も等しく同じことである。
-
●
- 夜の虚空に銀の線が描かれる。妖魔の左目に矢が突き刺さり、獣を越えた絶叫が木霊した。
「があああああああああああああああああああああああああああああ!」 苦痛とも怒りとも取れる怒号は空気を震わせる。一声は夜の街に響き、聞くものを震え上がらせる。 右目の矢を引き抜こうとすれば掴んだ掌が灼ける。陶器がひび割れるように顔に皺が入り、醜き顔がさらに苦痛へと歪む。 不浄を祓う銀製の矢であった。妖魔の右目と掌を灼き、焼け爛れた痕が激痛を物語る。 「誰ダぁぁ! 誰ダああああああ!!」 引き抜いた銀の矢が路上に転がると同時、矢が飛来した方へ向き直る。 その敵意と殺意たるや怒号の色となってぶつけられた。 だが妖魔の怒りに憶することなく、向かい合うように立つ姿があった。 ───女だ。コートに身を包み、ボウガンを構えた女がそこにいた。
- 女性が着るには大仰なコート、しかし金色に装飾された十字架の意向が如何なる存在かを妖魔に知らしめた。
「貴様ァっ! 教会の執行者カ!」 妖魔にとっての天敵、それこそが教会の執行者。───魔を祓い討ち斃す、退魔師である。 「…そうさ。今夜、お前にとっての"死"が私だよ」 教会の退魔師が冷酷に、感情を込めずに言い捨てる。 いや感情はある筈だ。目の前の女性が慰みものにされ、見るに堪えない姿となっていることに憤りはある。 だが妖魔との戦いにおいて激情に駆られることは油断にもつながる。ゆえに彼女は冷静に、冷酷な執行者として相対していた。 その鉄面皮が癪に障るとして、 「何ガ死だ! てめエをぶっ殺シて死体で弄んでやるゼええええええ!」 妖魔が吠え地面を蹴った。
- 地面が砕けるほどの瞬発力、一息で距離を詰めた妖魔の爪が退魔師を捉えた。
妖魔の力を持ってすれば骨肉を引き裂くことは容易だ。コートの繊維を断つ感触がし、次に得るのは女の柔肌…の筈であった。 しかし爪が捕らえたのは宙であった。爪が何もない空を掻き、女が身を翻して脱いだコートが爪へと巻き付く。 唖然にとられる妖魔。右目を失ったことで距離感を失い、そのことに怒りで気付くことが出来なかったのが生死を分けた。 「───闇に帰りな」 コートを囮に半歩下がった退魔師が腰に携えた銀の剣を引き抜く。一歩、前に踏み込むとすれ違い様に妖魔の首を断ち斬り、落とす。 首を落とされた妖魔は反転する天地と女の背を見た。 鍛え上げられた肉体、女性的な体つきを醸し出す密着したボディスーツ。意識だけで劣情を催し、分かたれた肉体があればこの女を味わいたいと思った。 だがそれも敵わない。薄れゆく意識の中、こちらを振りむく女の瞳を見て驚いた。 赤く輝く鋭い瞳、妖魔たちの間で噂になっていた同属殺しの女。 走馬燈となって妖魔を殺す教会の半端者(ハーフ)の話を思い出し、自嘲しながら妖魔の首は灰となって消えていった。
- 灰は灰に───。闇より生まれた妖魔は死すると朽ちて灰と為り消えていく。
消えた首を追うように、膝から崩れ砕けていく胴体を退魔師は一瞥し、剣を納めた。 髪の毛で隠れた右目を隠す。人間でありながら妖魔の血を引く女、教会に身を置き妖魔を狩る存在。 それが退魔師、───トリスであった。 トリスは失神し壁にもたれ掛かっていた被害者の女性に寄り、一言。ごめんと告げた。 自分がもっと早く駆けつけることが出来ていたら心に傷を負う事もなかったであろうと後悔する。 妖魔に狂わされた人間が元に戻れるか、精神が擦り切れて廃人となるかは分からない。 妖魔の灰に覆いかぶさっていたコートを拾い上げ、女性を寝かせその上へと被せた。 あとは教会へ連絡し、後続班が妖魔の処理と女性を介抱することだろう。 妖魔を屠ることしかできない自分に罪悪感を感じつつも、仕事での住み分けは必要だとしてこの場を立ち去る。 ───快楽の果てに待つ破滅、それは妖魔とて同じこと。 これは夜の底で妖魔と戦い、人知れず闇に抗う修道女の話である。
- test --
|
Last-modified: 2019-02-11 Mon 00:31:53 JST (1901d)