施設/クリア後ダンジョン/洋上祭
- 学生街 --
- 学生街のとある通りにて --
- 男装した少女探偵は、祭りの熱気にのぼせたように騒ぐ学生街を歩いていた。
この学園祭の期間はいつまでであったろうか。洋上祭が始まって数日が経っていた。 しかし、未だその熱気は冷めないままであった。数年に一度の、学園都市を挙げての大祭。 ある意味、浮かれるのも無理はなかった。 学園都市の外部からも客が来ており、混乱は混乱を呼び、風紀警察などは過労で倒れるのではないかとも思われるほどである。 模擬店やら出し物やら、その他全く関係のなさそうな事物、出来事までもが路上に、学園都市に溢れだしていた。 そんな中を、少女探偵は、レーチェル・ダイオジェネスは歩いていた。 小説や映画、演劇などでよく見るような探偵の姿に身を包んで、人込みをかき分けながら歩く。 「マリー・セレスト」 懐に手を入れて一枚の写真を確かめ呟きながら、レーチェルはごった返す学生街を歩く。 《透明人間》が真実を暴き立てるという噂についてもまだ収束しないままに洋上祭は始まった。 調査にはひどく向いていない状況である。 -- レーチェル
学園都市の先輩と自称するジルベール・デュ・モティエという男が《行動的探偵部》の事務所を訪れてから、レーチェルはすぐに調査を開始した。 考えてみれば、依頼人であるにも関わらず大した自己紹介もなく、どうにも抽象的な情報、それに写真を渡すのみ。 不親切な依頼人と言えなくもなかったが、彼の言うことが本当ならば、あまり悠長なことは言っていられなかった。 学園都市を揺るがす大事件になる可能性もあるのだ。 レーチェル自体は、不正が暴かれること自体は反対と言うわけではない。 そう言った不正は善良な学生の輝き……自由や権利を侵すことに繋がる。 だが、かといって不祥事が暴かれ続けるのを野放しにするわけにもいけない。 正義の自警学生と持てはやされたそれは、ついに学園都市の頂点にも手を伸ばした。 学園都市の最高に位置する者たちが脅迫を受けている。数枚の写真を送られて。 真実を明らかにするのは探偵の仕事だ。しかし、それにもやり方がある。 何でもかんでも不正を暴き立てるような、無秩序な暴露。それが正しい未来を産むとは限らない。 学園都市に大きな混乱が訪れるだろう。そして、学園都市の統治者たちも、そこまで甘くはない。 自警学生が、好奇心に殺されることもある。人は万能ではない。たとえどれほどの力があろうとも、一人は一人だ。 何が起こるかわからない。 そして、レーチェルの目的は学園都市に平穏を齎すこと。闇を払い、光を灯すこと。 《マリー・セレスト》が全てを明らかにすれば、学園都市に大きな混乱が生じる可能性がある。 それは、決して良い方向に向くとは限らない。その自警学生にとっても。 だから、レーチェルは止めなければならない。彼の依頼を遂行しなければならない。 奪われた秘密を、全て取り戻すのだ。学園都市の誰よりも早く。 そして、それ以上に。 その《マリー・セレスト》も、未だ晴れぬ学園都市の暗部にまつわる存在である可能性が高い。 それがまだ何かレーチェルは知らない。しかし、それは晴らすべきものだ。 だからこそ、レーチェルはこの依頼を受けた。見過ごされ、放逐された者たちがこの学園都市にいる。 「……いるはずのないもの、か」 忘れ去られ、なかったことにされたもの。それが関わっているのか。 故にこそ、この学園都市を揺るがそうとしているのか。 まだわからない。だが、それを見過ごすわけにはいかない。 真実を明らかにするのがレーチェルの仕事だ。 -- レーチェル
《二級学生》という存在がある。 この学園都市の闇の一つだ。公式には存在していないとされるもの。 だがそれは現実に存在している。正規の手続きを踏まずに入学し、奴隷的扱いを受ける学生。 その数はこの数年で大きく減ったといわれる。調査の結果が出されているわけではないので完全な数はわからない。 しかし、そのほとんどは救済され、不当な扱いをしていた者たちは処罰を受けたといわれる。 かつて非常に閉鎖的だった学園都市の名残も、今は消えつつある。この洋上祭を見れば、皆そう思うだろう。 落第街にも風紀警察の捜査などが頻繁に入るようになった。全てが正常になったわけではないが、徐々にそうなっていくだろう。 この学園都市で様々な学生の戦いがあり、陰謀があり、希望があった。よく知られたものも、よく知られないものも、確かにそこにあった。 学園都市は変わりつつある。 しかしそれでも、学園都市の闇が完全に払拭されたわけではない。 学園都市そのものに謎が多く残っているのだ。まだまだ明らかになっていないことは多い。 レーチェルも知らない学園都市の暗部が、未だ光の当てられていない部分が存在しているのだ。 彼の《マリー・セレスト》もそうなのであろうか。 レーチェルは、そういう存在を無くすために、理不尽の悲劇を終わらせるために探偵になったのである。 この依頼は、レーチェルが行うべきものであった。 「こうして写真は撮られているんだ。そして、彼女はまだ要求を出していない。確実にこの学園都市のどこかにいるはずだ」 依頼人であるジルベールから見せてもらった写真の少女。 それから得られる情報はそう多くはない。学園都市というだけあって、一つの都市だ。 顔が割れているからといって、見つけ出すのが容易というわけではない。 「この格好は……女中などに見えはするけど」 推測はしてみるものの、情報が足りない。結局のところ、いつものように自分で調査するほかなさそうであった。 この写真とて、完全に信用のおけるものかどうかはっきりしない。この学園都市には異能がある。与えられたものを全て無批判に信じるのは危険だった。 「そして、オーファン……孤児か。あの男、結局のところ、色々と知っているらしい。どういうつもりだ」 あの口ぶりからすれば、学園都市の暗部についてもよく知っているようでもあった。 オーファン、つまり孤児。それを探せとジルベールはいった。 学園都市生まれの子供。親となった学生。この学園都市も数十年と続いている。聞かない話でもない。 「……なるほど。少しその線で当たってみるか」 人ごみを避けるように入った路地にてレーチェルは呟く。 片手には露店で買った紅茶のカップが握られていた。 -- レーチェル
- 学生街 --
- 「ハッ! 相変わらずシケた面をしているなぁ」 -- 『翻訳鬼』
- 「……そういう、アナタは相変わらず鬱陶しい面をしてますね」 -- 雑務
- 学生街の片隅。人気の多い大通りの片隅で、公安執行部の腕章を付けた大男……公安委員会執行部長『翻訳鬼』は笑い、メイド服の少女……公安委員会直轄第七特別教室雑務はジト目でそれを見上げる。
男の片手にはチュロスが、少女の片手にはビラが握られていた。 --
- 「どうした、折角の祭りだってのにンな面じゃあ、鬼が笑うぜ。こんな風にな」 -- 『翻訳鬼』
- 「それ、絶対に用法違うと思うんですけど……まぁ、そんな事はどうでもいいです。予算の潤沢な執行部と違って、私たちみたいな末端はお祭りでも何でも、先立つものがなければ御飯の食い上げなんですよ。邪魔をするならゴーホーム! 邪魔をしないっていうなら、せめてこれ貰ってください」 -- 雑務
- そういって、雑務の渡してきたビラを受け取って、一瞥する。げらげらと『翻訳鬼』は笑う。 --
- 「お前ら、メイド喫茶なんてやってんのかよ。女なんざお前と庶務の二人しかいねぇだろうに。その内一人が外に出て、出し物として成り立つのかよ」 -- 『翻訳鬼』
- 「ご安心ください。会計さんが一肌脱いでくれたおかげで無事営業できています」 -- 雑務
- 「なるほど、人柱を出したってわけか」」 -- 『翻訳鬼』
- 「綺麗事だけで渡りきれるほど、この洋上祭の渡世は甘くないんです」 -- 雑務
- 「そら違いねぇな。なんだ、雑務おまえ、随分と『公安らしく』なったじゃねぇか。執行部に引っこ抜いてやろうかぁ?」 -- 『翻訳鬼』
- 「『読み通り』のお答えしかできませんので返答は控えておきます」 -- 雑務
- 「ハッ! そいつぁ、つまらねぇな。まぁいい。どうせ俺も『読み通り』の売上しかなくて退屈してたところだ。一度くらいは冷やかしにいってやる」 -- 『翻訳鬼』
- 「それは嬉しいお言葉ではありますが……なんか、今日やけに優しくないですか? 一応、私たちって執行部とは立場的に確執もあるはずですよね? 気持ち悪いんですけど」 -- 雑務
- 「それはそれ。これはこれだ。確かにお前らんところの書記やら副室長やらと俺は『良い付き合い』をさせてもらっちゃいるが、今は祭りだ。俺は仕事の管轄外の事は食指が伸びない限りはやらねぇんだよ」 -- 『翻訳鬼』
- 「そういう風に言われると普通の事に思えますね」 -- 雑務
- 「世界は思ったよりは普通の事で概ね埋め尽くされてんだよ。だから、『読めない』とみんな慌てふためき、時には喜ぶ。『読める』程度のことは知っちまえば、わりかしそんなもんだぜ」 -- 『翻訳鬼』
- 「そんなもんなんですかね?」 -- 雑務
- 「そんなもんだ。それより、折角俺がお前らの売り上げに貢献してやるってんだからよ、てめぇもうちの売り上げに貢献しろよ」 -- 『翻訳鬼』
- そういって、食い掛けのチュロスを見せる。ぎざぎざの歯形がついているのが特徴的であるが、だからなんだとしか雑務には思えない。 --
- 「なんですかこれ? 食べさしのチュロスを無理矢理女生徒に食べさせるとか、意味不明なんですけど」 -- 雑務
- 「やらねーしくわせねーよ。うちの出し物がこれなんだよ。模擬店で売ってるから買ってけ」 -- 『翻訳鬼』
- 「ええ!? し、執行部の出し物なんですかそれ?! あ、いや、クラスの出し物ですか? そうですね、きっとそうですよね?」 -- 雑務
- 「俺は研究生なんだからクラスもクソもねぇよ。正真正銘、執行部の出し物だ。中々、良い売れ行きだぜ」 -- 『翻訳鬼』
- 「い、イメージに合わない……」 -- 雑務
- 「ハッ! 先入観で物を見るのは損するバカの証だぜ。だいたい、こういう祭りごとなら飲食物扱うのが一番手堅く儲けられんだよ。『読む』までもねぇこった。まぁ、立地が良くなきゃどうしようもねぇが、その辺は大手部活なら困る事はねぇからな」 -- 『翻訳鬼』
- 「うっわ、ずっるい。権力の横暴きったない。私たちだって、立地さえよければ今頃入れ食いだったはずなのに……!」 -- 雑務
- 「仮令、そうなったとしてもその入れ食いを捌けるだけの人員がお前らんところはいねぇだろうが。どこも身の丈にあったところで身の丈に合った事しろってことなんだよ。ま、適当に頑張れ。一応、お前らと母体が同じ以上、お互い儲けたほうが都合が良くはあるからな」 -- 『翻訳鬼』
- 「言われなくてもそうしますよ! 来年度予算前借してんですから!!」 -- 雑務
- 「ハッ! 来るかどうかもわからない次を潰して今を優先するってのは悪くねえな。せいぜい上手くやれ」 -- 『翻訳鬼』
- 笑いながら、手を振って『翻訳鬼』は雑務に背を向けたが。 --
- 「ところでよぉ」 -- 『翻訳鬼』
- 「なんですか?」 -- 雑務
- 「おまえらさ」
「……『いつまで』、こんな事続けるつもりなんだ?」
-- 『翻訳鬼』
「……? 質問の意図がわかりませんけど……いつまでって、そんなの」
「……お祭りが、終わるまでじゃないんですか?」
-- 雑務
- 雑務の返答を聞いて、『翻訳鬼』は、笑う。
深紅の瞳を細め、牙覗く口元を歪め。 『読む』異能者は、笑う。 --
「はーっはっはっはっは! なるほど、その通りだ! 逐一徹頭徹尾『全部きっと間違いなく』その通りだ! となるなら、まぁ、やっぱり来年の事なんざ気にするだけ無駄な事だと思うぜ」 -- 『翻訳鬼』
- 「もう、さっきから、一体何がいいたいんですか! 新手の嫌がらせですか?!」 -- 雑務
- 「似たようなもんかもな。まぁ、でも言いたいことは一個だけだ」 -- 『翻訳鬼』
「ただ、『今』を楽しめ。昨日でも明日でもない今を。どうせそれしかできやしない」
-- 『翻訳鬼』
- そういって、今度こそ、『翻訳鬼』は去っていく。ニヤニヤと薄笑いを浮かべながら。ただ、笑いながら。
それを見送ってから、雑務は怪訝な顔をして、眉間にしわを寄せながら、憮然とした表情で、一言だけ呟いた。 --
「いわれなくても……勝手にそうしますよ」
-- 雑務
- 学生街 --
|