CG/0013

  • うちのアパートめちゃめちゃボロイから、メンテは必須だね -- ユーニス 2021-01-10 (日) 23:57:13
    • 広いところに引っ越したいな……(壁の傷をアニメのポスターで隠しながら -- 千歳 2021-01-11 (月) 00:36:16
      • うっかり模様替え(ログ整理)したら建物ごと吹っ飛んだときはびっくりしたねぇ。 -- ユーニス 2021-01-11 (月) 00:57:26
      • まったくだ…ホームレスにならなくてよかった…… -- 千歳 2021-01-11 (月) 01:03:38
  • プラカード『私はコメント欄を吹っ飛ばしました』 -- ユーニス 2021-01-10 (日) 00:15:54
    • 私も連帯責任だな……(ユーニスの隣で正座) -- 千歳 2021-01-10 (日) 00:22:30
  • びっくりしたねー。アッハッハ!でも直ってよかったよーありがとう幼精王ー! -- ユーニス 2021-01-10 (日) 00:25:47
  • まったくだ…妖精王には大きな感謝をしないとだ -- 千歳 2021-01-10 (日) 00:29:02
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鮫ギャング編 Edit

◆1 Edit



赤黒く染まる朝焼けの空に、天を突くような黄金の巨大カジノビルがそびえ立つ。
水平線の上には、遠くサンアッシュクロス空港の海に浮かぶ島影がある。

誰も居ない、サンテリオビーチの外れの小さな埠頭に不穏な背びれが接近する。
鮫だ。
海中から鮫の頭が飛び出し、手が岸壁を掴んだ。
鮫のヘルメットをかぶった大男である、鮫の胴体は男の背中に背負われて、奇妙な
鮫潜水服になっていた。立ち上がると鮫の尾はメカニカルに変形し収納される。
歩くのに好都合。

奇妙な『鮫男』は、放置されてボロボロな20ftコンテナの扉を、乱暴に開くと中へ侵入する。
ややあって、中からフードを目深に被った少女が出てきて、コンテナの扉をそっと閉じた。

「あぅっ…」
凪ぎの時間が終わり、海風が吹いた。少女のフードが持ち上げられる。
白髪に、グレーの模様が入った髪の少女の頭のてっぺんで、背びれみたいなくせ毛が跳ねた。
シャチのようなカラーリングだ。

フードを被りなおすと、少女は摩天楼輝く街を目指して歩き出した。

………
……


『ヘブンダイナー』
古き良きアメリカの文化を受け継ぎ、観光客よりも地元の常連を大事にする、今どき稀有な
食堂だ。

少女が、ガラスの押戸を開いて、店内に入ると。
効きすぎなぐらいの冷房と、コーヒーと油の香りが押し寄せて出迎えた。
骨董品のようなラジオから、GREEN DAYのWake Me up When September Endsが流れ
誰も見ていないテレビでニュースキャスターが無音で口パクしていた。

曲に合わせステップを踏みながら店内へ進めば
これまた年季の入ったテーブルと椅子、そしてカウンター席。
椅子やテーブルにバラツキがあるのは
酔って暴れた常連客が一揃いのセットを度々壊したから
さらに奥には小さなステージが
夜になれば踊り手や芸人達が踊りや芸を披露するのだが……
今は朝。夜勤明けの客の一人が転寝をしているだけであった

そんな店の中に二人の少女の姿があった
この物語の主人公である所のユーニスと千歳だ
二人はカウンター席にて朝食の最中

「#shark human…?鮫人間か…映画の撮影か?」
千歳はパンケーキとベーコンを一緒に齧るとSNSアプリのトレンドをタップした
「んー?何か面白い記事でもあった?」
「ああ、この近くで鮫人間が出たらしい」
言って千歳はピーカンメープルパイを齧るユーニスにスマホ画面を見せた

「むむぅ?ただのダイバーにも見えるよー」
「だな」
ツイート記事の画像を拡大するが、遠目すぎて普通のダイバーにしか見えない
記事には海を鮫の様に泳いでいたとあるが。うさんくさい。

記事の事は一先ずこちらへ置き、朝食を食べ進める事にするが
「あーやっぱり水分欲しー!ますたぁコー……」
「コーヒーはよせ、トイレが近くなるぞ」
ユーニスを制すると、千歳は代わりに水にガムシロップを入れた物を渡す
節約ドリンク、糖分は脳に良いのだ。
「ガムシロ水…」
「ここのは0カロリーじゃない、正真正銘の糖分入りだ」
「オーディション受かって、就職が決まれば、朝はスタバのラテでカフェインを優雅にキめる…」
ガムシロ水トールサイズを、嫌いな食べ物を皿に盛られた犬みたいな顔で睨むユーニス。
「うちのコーヒーは飲み放題よ?しかもタダ」
カウンターの中で、化粧の濃いウェイトレスのお姉さんが、2人に軽口を返す。

フードの少女は、3人の会話を横目に店内を見まわす、テーブル席は誰も居ない。
「……」
千歳とユーニスから席を一つ開けて、少女もカウンターに腰かけた。
「ご注文は?」
すぐに、化粧の濃いウェイトレスのお姉さんが注文を聞きに来る。サービスは良い。
「あ……」
驚いたのか、少女は口をパクパクさせたり、肩にかけていた鞄を、隣の椅子に降ろしたり。
なんだか、わたわたとしている。
その口の中に並んだ歯が、獣のような牙だったのに、ウェイトレスは一瞬驚いたが。
「ごゆっくり、決まったらまた呼んで」
そういって、無料のコーヒーを注いで差し出す。
フードの少女はコクリと頷くとコーヒーカップを包む様に持ち
琥珀色の液体を一口啜った。
「…にがっ」
コーヒーは大人の味だった

苦いがサービスを無碍にはしたくない
「そだ。…ガムシロップ……」
少女はガムシロップを二個摘まむとカップへと流し込む
「…ふぅ」
やっと飲めた
くどい甘さとコーヒーの熱が冷えた身体にありがたい


「ふーん、またオーディション受けるんだ?」
「最近に街に来てるサーカス団の募集を見つけた」
「今度こそ受かるよ、受かってアメリかんDREーAM!」
で、ユーニスと千歳はウェイトレスのベティと会話の最中

「二人ともがんばるわね、羨ましい…私は諦めちゃった口だからさ?」
言ってベティは肩を竦めた。彼女もまたダンサー志望であったが
何かの理由で所属していた劇団を去る事になったらしい。
「ベティさん……。貴女のアドバイス、役に立ってる!」
「そうそう!私達の背中にはベティさんやマスターの皆が乗っているのさー…お?」
二人がそんな話をしていると、皿にハムステーキが飛んできた

「マスター?あ、ありがとう」
「肉!応援ありがとう!」
マスターが振り向かずに腕を掲げ上げた
分厚いハムステーキ、目玉焼き乗せ、コーングリッツ付きだ。
スタミナ朝食メニューに、隣に座っていた少女も思わず注目した。彼女は空腹だった。

「あ…っ」
すぐさま、自分も注文しようとして、一瞬思いとどまると椅子に置いた鞄の中身を
確認し始めた。財布だ。注文してからお金がないという事態は回避したい。
少女は、思慮深い性格らしい。

「ハムステーキ最高ー!……ってうわっもうバス来てる!?」
「もぐもぐ…んん!?」
ハムステーキか、バスか、迷う千歳とユーニスに
「いいから早く行ってきな」
ベティが促す。ユーニスはハムの上の目玉焼きを一飲みにして、千歳は、ハムと
コーングリッツを頬張り、席を立つ。
あわただしく、スマホを鞄に放り込み20ドルをカウンターに置く。

「ま、待って…!」
鞄を肩にかけた千歳の袖を、フードの少女が引っ張った。
「…カバン、私の…」
「あっ…ごめんね」
慌てていて、千歳は自分と少女の鞄を取り違えていた。すぐに少女に鞄を返す。
「チトセー」
店の入り口で、ユーニスが呼ぶ、そっちへ行きかけて、ユーニスにちょっとまって
とサインして、千歳は踵を返す。
「ごめん、私のスマホ、あなたの鞄の中なの」
少女が鞄の中を覗き込んで、スマホを取り出した。千歳のよく見知ったキャラ物のケースのスマホだ。
「チート―セー」
扉を開きながら、ユーニスが急かす。
「ありがと」
スマホを受け取り少女に微笑むと、千歳はユーニスとバスに飛び乗った。

バスが走り去ったあと、少女はカウンターに座りなおした。
「あ、あの…注文…」
「はい、何にする?」
ハムステーキを注文しようとして、少女はなにか違和感に気づく、すぐさま鞄の中を漁りだす。
「どうしたの?」
ベティがそう言うと、少女が顔をあげる、フードが後ろへ落ちた。髪はシャチのような柄である。
「…間違えた!」
少女は、弾かれたように一瞬で店外に飛び出していた。ガラス戸が振り子のようにぐわんぐわんと揺れる。
朝日の中を、銀色のバスは、すでに遠ざかっていた。
………
……


「えーと、会場のビルがここで、受付はロビーでやってます、と…」
オーディション会場周辺を、地図で確認するユーニス、現地で迷わないよう、入念にチェックだ。
今どき紙の地図を見てる奴も珍しいが、ユーニスはアナログ派である。
「はぁ…」
地図をぐるぐる回すユーニスに千歳は小さく溜め息をした
「スマホでマップを確認するか?その方がわかりやすいぞ」
「あーうん、あの付近、事務所多いからちょっと分かり辛い」
この街に詳しいユーニスが分かり辛いと言うのだ
よほどわかり辛いのだろう

千歳が鞄からスマホを取り出そうとすると……
「ママーさめー」
「ん?」
バスの後方座席から子供の声がした
振り向けば、電気鼠の黄色いの帽子を被った子供が
母親の袖を掴み窓を突く様に外を指さしていた

「さめ?」
「あ!例の鮫人間かも!どこどこ?」
スマホで見た記事の事だ。バスは丁度川沿いの通りを進んでいる
「いやまてまて……」
そんな馬鹿な…と思いつつも、窓の外へ視線を向けるのだが……
大型のトレーラーが壁となって視界を遮った。

トレーラーがどくと、道路に平行して川が見えた。市内を縦断する大きな川だ。
川面に朝日がかがやいているが、鮫がいるような様子はない。

「なんも居ないねー」
「そうだなぁ」
ふたたび座席に座りなおす2人。子供がほらいたーとまた窓の外を見てはしゃぐが。
それよりオーディションのことで2人とも頭がいっぱいだ。見向きもしない。

……一方で、川の中。少女が猛スピードで濁った川の中を突き進む。
早い!魚雷めいて推進する姿は人間離れして、まるで魚のようだ。息継ぎもしていない!

川底の堆積物を巻き上げ、小魚の群れを蹴散らして直進、ザバッ!一瞬水面へ
飛び上がり、並走するバスを確認し、再び水中へ。
市内バスはのろのろと走るものだが、それでも時速50劼禄个討い襪里法

バスが交差点をまがり、川から離れて市街へ向かう。
少女は川から飛び上がり、追って走り出した。
「なんだ!?」
驚いた釣り人が椅子から転げ落ち、川へ転落!

脅威の身体能力で走って追うのかと思いきや、少女はタクシーに飛び込んだ。
「今通り過ぎた、バス…追って!」
「こういうの今週3度目だな」
慣れた感じでタクシーの運転手は走り出した。

「…私、そう。起動キーを持っていかれた…。今追ってる。居場所を追跡、して。
…ちがう、奪われたんじゃない、間違えて持っていかれた…」
首に着けた骨伝導型マイクセットを押さえて、少女は誰かに連絡を取っている。
『まずいことになったね、すぐに仲間と向かう、見失わないでくれよ。それと、
オルカ、君の仲間も追ってきた、それに万が一…』
「大丈夫、まだインストールはされてない…」
少女、オルカは通信を切る。
「次のバス停まで先回りしてやろうか?」
運転手は慣れていた。
「行けるのか?おねがい!」
「ははっ!孫に頼まれた気分だ。シートベルト絞めな!」
「うん」
シートベルトが固定されるカチリと言う音を合図に
タクシーが加速した。

裏道を右へ左へ進むタクシーに揺られ、少女は思う
「(うかつうかつうかつ…パスワードを設定すれば良かった
もしあのアプリを起動されたら……)」
少女はネット意識が甘かった


で、一方その頃……
「…そう言えばカジノのシフト!今日は入れてなかったよな…?」
千歳は再び鞄からスマホを取り出そうとする。しかし……
「チトセー喉乾いたー」
「んあー!飴でも舐めてろ」
ぬーんと千歳の肩に顎を乗せるユーニス
千歳はポケットから取り出した大粒の飴をユーニスの口に放り込んだ
「こーら味だありがと、もごもご。あ、もうすぐ到着だよー」
「もう到着か……」
千歳はシフト確認を後回しにし、鞄を肩にかけた

「降ろして!」
信号待ちでタクシーが止まった時、ちょうどバス停にバスが入って来た。
運転手に紙幣を押し付けると、オルカは道路の真ん中で飛び出した。

止まっていた車のボンネットを飛び越えて、人をかき分けてバスに飛び込む!
「居ない…!?」
千歳とユーニスの姿がない、さっき降りてくる人の中にもいなかった。
オルカは鞄から千歳のスマホを取り出して、臭いを嗅ぐように顔の前にかかげ、目を閉じた。
だが、臭いではない。
意識を『人間には無い感覚』に集中させたオルカの瞼の裏に、ビジョンが浮かぶ。
暗闇に、光の筋が無数にうごめく、奇妙な映像…それが彼女の知覚の世界で。
通勤者が持つスマホや携帯、車の電装系、空を飛ぶ鳥、排水溝に潜むネズミ…
そして、スマホから飛び出す無数の電波が空中に軌跡を描き、ひと際輝くのは、地中の送電線、通信網…。

彼女の知覚は、周囲のあらゆる電磁気を捉えているのだ!
そして、電磁気の洪水の中から、スマホの持ち主の固有パターンを特定する。
標的は2ブロック先の通りを曲がったところに居る、その間には、いくつもビルが
立ち並び、通勤客でごったがえし、車が渋滞しているのに。正確に特定した。
もはや超能力である。

「ううー緊張してきたー」
「だからって抱き着くなよ」
廊下でパイプ椅子に座りながら、ユーニスは、隣の千歳にしがみつく。
他にもたくさんの、応募者達が並んで順番を待っている。
瞑想したり、何か呟いたり、ノートを見てイメトレしてる者もいて、それぞれに集中力を高めている。
厳かな雰囲気は、まるで試験会場めいて、緊張を高める。

「ヒーリング動画でもみといたらどうだ」
千歳がスマホを取り出す。ホーム画面をみて、首をひねった。
「…あれ、私いつのまに壁紙かえたっけ…」
見慣れた画面ではなく、表示されているアプリは1つだけ。
故障か?と千歳が思った時
「あむっ…はむっはむ…」
「ひゃぁぁぁん!?」
ユーニスがいきなり耳を舐めてきた。
全ての視線が二人に集まる。当然、千歳の顔を真っ赤に。
「ああ…うう、すみませんすみません」
「スミマセーン」
千歳はユーニスの頭を押しながら一緒にぺこぺこと頭を下げる

「急に何するんだよ」
「いやさーチトセの耳舐めると落ち着くからー、それに……」
「それに?」
「チトセも落ち着いたでしょ?」
まったくコイツは……


「いた!」
階段を上り切ると同時に少女は二人の姿を見つけた。しかも手にはスマホ
黒髪の様子から察するに、まだキーは起動されていない
廊下は一直線、ここからダッシュで接近すれば
スマホを奪いそのまま建物の外へ撤収出来るはずだ
「はぁぁ……」
少女は脚の筋肉を緊張させる

「よし!…ひゃあ?」
ダッシュしようとした瞬間、少女の腕を何者かが掴んだ
「あらあら?貴女のオーディション会場はこっちよー☆」
「え?」
見上げれば星型眼鏡をかけた派手な出で立ちの女性?匂いは男性だが……
その彼女だか彼だかが少女の腕を強く掴んでいる

「オーディション?私はちが……」
「緊張しなくても大丈夫よー☆」
そのまま少女は別の廊下へと引き摺られて行った

「次の5人、中へどうぞ」
いよいよ千歳とユーニスの番がまわってきた。書類選考と、基礎的な身体能力を
みる2次審査まではパスしている。この最終選考は大きなチャンスだ。

正直、緊張しすぎて、自己紹介のあと何をどうしたのかよく分からない。
無我夢中ってやつだ。
面接官の一人が、有名なショービズ関係の雑誌で、表紙になってロングインタビュー
されていた有名人だということは、一目見てわかった。
そして、自分たちの目指す道の、遥か先にいるレジェンドを前にして、緊張で
全身が泡立ったような感じだった。

ユーニスはそんな状態だったし、隣の千歳も同じだったろう。
「では何か、各自PRなどはありますか?」
面接も終わりごろ、そう言われて、やっと我に返った。
「はい!はい!私達ダンス動画作ったんです!youtubeにあげたやつで!
5分…3分ぐらいなんでみてくだしゃい!」
ユーニス、噛んだ。

「順番に聞きますから…」
「いいよ、彼女たちから見よう」
秘書っぽいスーツの人を制して、Mr.レジェンドが言ってくれた。
「千歳千歳!あの動画!あの動画!スマホで!」
「あ、ああ…でも、スマホが、壊れてて…」
「ええーっ!?」
「そうか、じゃあ、次の君」
「はい!」
千歳とユーニスの隣の少女が、返事をして立ち上がる。

…同時刻。別のオーディション会場では。
「あらー、あなた書類提出してないのね?まぁいいわ、お名前は?」
「お、オルカ…」
「いいわぁ☆オルカちゃん、そのヘアスタイルは、ママにしてもらってるの?」
「これ…地毛…です。あと、わたし…オーディション…違っ…」
「シャァイなのねぇ!でも私わかるわ、あなたには原石が眠っている!
自分の可能性を押さえこんじゃだめ!解き放って!」
「え、ええぇ…」
フードで顔を隠そうとするオルカのフードを払いのけて、星メガネのオネェが迫った。
………
……

「まずいな……」
「ここのコーヒーは安いけどまずい事で有名だからねー」
言って千歳とユーニスは同時にコーヒーを啜る
やはり不味い

「通称『フェアリアコーヒー(失敗コーヒー)』
これより高くて美味いコーヒー飲める様に頑張れって事なんでさー」
「なるほどな…これより高くて美味い…か……」
そう言って二人はコーヒーをもう一口啜る
「ふぅ、やっぱりまずいな」
「うん、まずいねー……」

何度かオーディションに落ちれば、結果を聞く前に自分達の合否の検討も付く
二人の演技が終わった後の面接官の顔。
もどかしさ、あるいは物足り無い…そんな表情をしていた

「今日は思いっきり疲れて寝たい気分だよ」
「だねー。カジノバイト入っていた気がするけど、どう?」
「今確認する…あ!それよりスマホだ!」
今持っているスマホは多分千歳の物ではない。
ダイナーで少女と鞄を交換した時に取り違えた物だ

「それチトセのじゃないの?」
「多分だけど、…やっぱり違う」
取り出したスマホを見れば型は同じ物だが。見慣れた傷や画面隅のヒビが無い。
「どうするか……、そうだ自分に電話かければ……」

ガシャーン(窓の割れる音)
「やだー!」
背後でガラスの割れる音と幼い少女の声が響いた
この街で、事件は日常茶飯事だが、どう聞いてもただ事で無い
確認のために振り向いた二人は同時に同じ事を言った
「「鮫人間だ!?」」
窓を突き破ってビルから飛び出したオルカがハッと顔をあげる。
千歳とユーニスが見上げる先に鮫男達が立ちはだかる。

「何あれ」
「映画の宣伝か?」
オフィス街の通行人たちは、突然マンホールから出現した身長3m近い、鮫の被り物をした
宇宙服めいたダイバースーツの大男の集団を、遠巻きにし、スマホで撮影する。
サンアッシュクロスは海辺の街だ、街の地下には、海につながる暗渠が、無数にあり、
マンホールは出入り口だ。

「GROURRRRR……」
鮫男の頭部のヘルメットの牙の間から、猛獣の唸りめいた声が漏れる。
「君たち、ちょっといいかな?撮影か、イベントかなにか?
届け出が無いみたいだし、交通を妨げているようだから、確認をさせてもらえると…」
現実の警察官は、フィクションほど高圧的ではない、特に都市部のはそうだ。
相手を無駄に刺激するのはプロの仕事じゃない。
なのだが…。
警官の体が鮫男に殴り飛ばされて宙を舞い、パーキングスペースの車のボンネットを凹ませた。
ピュイピュイピュイピュイ!防犯アラームがけたたましく鳴り響く。

「GROOOOOOOOOOOOOOOOOWL!!!」
鮫男達が雄叫びをあげ、通行人たちは悲鳴をあげ逃げ惑う!
「私の思ってる事わかるか?」
「うん、多分私と同じ事考えてるー」
ユーニスと千歳は正面の騒ぎからは目をそらず
ムーンウォーク気味の摺り足でジリジリと後ろへ下がる

「じゃあ…いつもので行くぞ」
「オーケー」
さらにジリジリと後退する二人
警察官がまた一人、鮫人間に吹き飛ばされた
それに騒ぎが徐々にこちらへ近づいている気がする
いや、確実にこちらへと近付いている

「やばいな、わん、つー……」
「やばいね、すりー、で……」
「「走り出せ!」」
二人はダッシュで逃げ出した
「こっち来てるなんかこっち来てる!」
「うわぁぁ!走るとおっかけてくるタイプだったか!?」
鮫男の一人が、足音を響かせ突進する、2人の背後に迫るメタルな鮫の牙!

ドガッシャァァ!!!横合いから黒塗りのバンが飛び出し、鮫男を轢いた。
吹っ飛ばされた鮫男は、車のボンネットを凹ませ、フロントガラスを割る。
タタタッ!タタタッ!バンから飛び出した特殊部隊のような集団が、倒れた鮫男へマシンガンを浴びせる!
車は一瞬でスクラップ、運転手が這うように逃げ出した直後、爆発炎上!

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
爆発の中から無傷の鮫男が飛び出し、特殊部隊を相手に乱闘をはじめた。
仲間の鮫男も集まり、まるで怪獣パニック映画のワンシーンである。

「ハハハ!さすがにこの街でもこんな派手なのは初めてだねー!」
「いいから走れー!」
二人は走る。通りをひたすら逃げ走る。
ダンスで鍛えた足は、一般人よりも速く走る事が出来る
が、しかし

「走る鮫って卑怯だろ!」
「泳ぐように走ってるよー!」
「SUMAHOOOOOOOO!GAEZEEEEEEEE!」
鮫の頭部は空気の抵抗を軽減し
二人より長い脚で地面を割る様にしながら追って来る

「そうだ!上に逃げるぞ!」
「上?飛ぶの?」
千歳の言葉にユーニスは上を指差した
「違うアレだ!」
「アレかー!」

二人は近場のビルに近づくと
建物側面のパイプを掴みスルスルと上り始めた
「ポールダンス練習しててよかったー」
「芸は身を助けるってヤツだ」
2人の横をワイヤー付きの銛が飛んだ、直後、ワイヤーに引っ張り上げられて
鮫男が足場の上に登ってくる。

「なにそれズルイー!」
「なんで私達だけ狙われるんだよ!」
狭い足場の上を千歳とユーニスは走り出す!
「マデッ!」
追う鮫男、だが巨体が邪魔で走りにくい。

足場の階段がある、上か、下か。
「千歳!上!」
「分かった!」
意図を理解した千歳は頷くと、階段を駆け上がった。
鮫男が腕からワイヤー銛を発射した、ビルの鉄骨にひっかけ先回りするつもりだ。
だが、2人は階段の途中で、足場の隙間を潜り抜け、下の階の鉄骨に着地した!
そのまま、足場よりもさらに狭い、建築中のビルの鉄骨の上を走りだす!

「グゥゥ…」
完全に裏をかかれた鮫男は距離を離される。
鉄骨を掴み、ぶら下がりながら下の階へと飛び降りる鮫男。二人はさらに跳躍する
ビルの3階相当の高さ!怪我は免れない、が!
地面に着く前に、隣の建物の塀に着地、落下速度を落とし、さらに塀の上から
室外機の上に飛び降り、最後は難なく狭い路地に降り立った。

「はぁっはぁ…パルクールも練習しておいてよかったねー」
「はぁ…だな」
速度を落とした瞬間だ!バゴゥッ!塀を突き破り巨大な手が2人の目の前に突き出される!
直後、壁を破壊して鮫男が出現!
「スマホ ヲ゛ガエセ!」
「「うわぁああ!」」
2人は悲鳴を上げ、再び逃走を再開する。
「しつこい!」
「チトセあそこ!」
ユーニスがアパートとアパートの間の狭い隙間を指さした
二人の肩幅でやっと通れそうな程の隙間

「わかった!帰ったらシャワー浴びるぞ」
「だねー!」
二人はそのまま隙間に身を滑り込ませる

「GAAAAA!GA!?」
当然ながら鮫男も隙間へと強引に入り込んでくる
左右のアパートの壁面をガリガリと削りながら前進する
しかし、前方に二人の姿は無い


「よし!このまま一気に上に上るぞ!」
「うひークモだ、あ、そこで前に行こう。窓から中に入っちゃお」
「不法侵入になるが…仕方ないか……」
二人は二つの壁に手と足を突っ張らせ昇り
三階辺りに差し掛かった付近で前の方へ進み始めた
が、その時ガリガリ音が近付いてくる……

「GROAAAAAAAAA!」
鮫男が昇って来る。身を捩り肩を壁に食い込ませながら上がって来る
「ちっ!気付かれたぞ!」
「え?え?あれだ!踏んで飛ぶよ!」
「踏んで飛ぶ?あれか!」

「たぁっ!」
「うりゃ!」
「UGA!?」
二人は突っ張るのやめ、鮫男へ垂直降下すると
鮫男の頭を踏み台にジャンプ!そのまま垂れたワイヤーを掴み
空中ブランコの要領で外へと飛び出した
しかし、飛び出した先は道路……

「何もないぞ!?」
「ある!ジャッキー・チェン出来る!」
二人が飛ぶ先には縞模様のオーニングシェードが待っていた
レンガ造りの古いビルの谷間に放り出される2人
「うわわっやっぱ止めとけばよかったかも!」
「今さらかー!?」
1枚目のオーニングシェードを突き破り、2枚目もすぐに突き破る!
イメージしてたより落下速度が速い、手をつなぎ、覚悟を決めて最後の1枚に飛び込んだ!

果物屋の店先を盛大にひっくり返して2人は道路に着地する。
「いてて…大丈夫?生きてる?」
「着地はちょっと失敗だったな…」
鮫男は居ない、店の人に怒られるまえに、一先ずこの場を離れよう。
だが、怒られる心配はあまりしなくてよさそうだ。店員も通行人も落ちてきた二人より
ビルの上に注目している。

「あいつだ!」
「屋上に行ったってことはまさか…」
嫌な予感が的中した、鮫男は助走をつけると躊躇なく空中に飛び出した!
ドォン!!二人がひっくり返した果物屋の店先をさらに破壊して着地!

「何こいつ、ズルイ―!」
「もう勘弁してくれぇ!」
とにかく走る!走るっきゃない!

「どこか、どっかに隠れよう!」
「ああっ息がもたん…!あそこだ!」
2人は路地を曲がり、ゴミ箱に飛び乗ると、窓から中へ飛び込んだ
遅れて、鮫男が路地にはいってくる。

「……」
「……」
荒い呼吸を必死におさえ、2人は薄暗い倉庫で息をひそめる。
重たい足音が窓の外から聞こえる。

やがて足音は小さくなり、そのまま聞こえなくなった
「…暫くは大丈夫そうだな」
「チトセーそのそのスマホ捨てない?」
ユーニスの言葉に千歳は<●><●>な目を向けた

「ほらほら、だってあの鮫どう考えてもスマホ追ってるよー?
SUMAHOOOOO!って叫んでたし」
言ってユーニスは両手をガオーのポーズにする。ちょっと可愛い

「そうかもしれない、ならスマホを捨てるのはダメだ」
「なんで?」
「元の持ち主のあの子が危ない目に合うかもしれないからだ」
そう、もしスマホが追われる原因であるとするなら
元の持ち主である少女にとって重要な物である可能性が高い
もしこのスマホを捨てた事で取り返しの付かない事になってしまったら……

「はぁ、まったく…チトセは時々優しすぎるよ」
「おまえほどじゃないさ?」
「…!…ワタシはチトセだけだしー、そんなじゃないもん!」
急にツンデレになるユーニスさん

「何やってんだよ…とにかく、スマホを開いてみるか……」
そう言うと千歳はスマホの電源をONにした
「ロック画面も無いねー?」
「本当に重要なスマホなのか…?そう言えば…このアプリ……」
画面中央に意味ありげに鎮座するアプリのアイコン
起動すれば何かわかるかも?と千歳はアプリをタップした……
………
……

ビルの外をうろついていた鮫男の鼻先に、電流のスパークが走り。
突然、その場に膝をついた。
「GURRRRR…」
苦し気にうめくと、まるで目が眩んだかのようにふらふらと手探りで路地から遠ざかる。

同時刻、オフィス街で特殊部隊と乱闘を繰り広げていた鮫男達にも異変が現れた。
掴み上げていた隊員を放りだし、鮫男たちは皆同じ方角を見上げている。
どういう理屈か、千歳とユーニスが居る方角である。
「イクゾ ミツケタ!」
特殊部隊には目もくれず、鮫男たちは暗渠につながるマンホールへ次々に飛び込む!
真っ暗闇の川の中を、鮫の群れが、魚雷のごとく突き進む。
………
……

「チトセ!チトセ!」
「Installation process 1…2…3……」
千歳がおかしくなった
ユーニスは声をかけ続けるが、千歳は奇妙な事を言い続けるばかりで
声に全く反応しない
「チトセが壊れちゃったよー!」
………
……

『ここはどこだ?』
いくつもの星が流れる中を千歳は飛んでいた
まるで自分の身体が溶けてしまったような不思議な感覚
感覚と言って良いのかわからない
自分がどんどん広がっているどんどん……
『あ、誰か呼んでる……』


「……ッ!……チトセ!」
千歳の肩を掴み、ユーニスが必死に名を呼んでいる。
「ん…ううん……?」
千歳がまぶしそうに眉をひそめる、今まで周りを取り囲んでいた
洪水のような流星は消えうせ、薄暗い倉庫の中が見える。
視界がぼんやりして焦点が定まらない。耳鳴りもして、音がくぐもって聞こえるが
確かにユーニスの声が聞える。

「大丈夫!?急に意識がどっか行ったみたいになってたよ!?」
「わからない…なんか、急に光に包まれて…目の前がまぶしくなって…」
「光…?」
一緒にスマホを見ていたが、ユーニスはあの光景を見ていないようで。
「うん、光の海の中を星がこうぱぁーって……」
「アニメでそんなシーン良くあるけど、異世界に行ったのかなー?」
「そんな馬……」
千歳が『馬鹿な』と言いかけた瞬間、二人の横の壁が吹き飛んだ
壁材が鉄筋ごと吹き飛び、二人が入ってきた窓ガラスが粉微塵に砕け散った
「ひゃあ!?」
「わぁ!?」
何事と振り向けば、壁に穿たれた穴から太い腕が突き出している

「映画でこんな場面見たー!」
「私も見た事ある!逃げるぞ…あ?」
「チトセ…?」
立ち上がろうとした千歳の身体がグラリと揺れ
床に転がりそうになってしまった
慌ててユーニスが抱きとめるも千歳はふらふらの状態

「こんな場面もあったな……」
「冗談言ってる場合じゃないよー!」
ユーニスには珍しい取り乱した声
腕に続き、突き出すのは鮫だ!しかもこんどは1匹じゃない、ピラニアのごとく
群れて、壁はあっさりと崩壊した。

「だめだ、立てない…ユーニス先に逃げて…」
「何言ってるのしっかり!」
とっさの時に、人は映画みたいなことをしてしまうものだ。
千歳を担いだユーニスごと、鮫男の一人が放ったネットガンに捕まった!

「トッター!」
「ウォオ!!」
「オォー!!」
頭に赤い傷がある鮫男が千歳とユーニスを網ごと掲げあげ、他の鮫男達が雄叫びをあげる。
少し離れて様子をうかがっているのは、2人を追い回していた鮫男だ。

急ブレーキ!車体を傾かせながら、黒塗りの大型バンが路地の入口を塞ぎ、バタタタッ!
特殊部隊風な集団が容赦なく銃撃を浴びせる!

赤い傷の鮫男に放り出された2人は、銃撃の真っただ中で身動きがとれない!
「うわわわわっ!?ストーップ!民間人がここにいるよー!」
「これは夢だ…ぜったいそうだ…頭がぐわんぐわんする…!」
網に囚われた千歳とユーニスにお構いなしだ!
その時だ、2人の前に鮫男の一人が立ちはだかる、頭のメカ鮫に銃弾が弾かれて火花が散る。
片目が撃ち抜かれて煙をあげた。

他の鮫男達は、背中の鮫メカの胸ヒレを敵に向ける。
ヴォドドドドドドドドドド!!!マシンガンよりも野太い銃声!一瞬で路地の壁が、
非常階段が、ゴミ箱が、黒塗りの大型バンが穴だらけにされ、黒塗りの大型バンは爆発炎上
特殊部隊風な集団も吹っ飛ばされる!

「チトセ、当たってない?へいき!?」
「へいき…たぶん…」
網のなかでもがく2人に、片目の鮫男が手を伸ばそうとすると、横から赤い傷の鮫男に
頭突きで突き飛ばされた。
「オレ ノ ダ!GROAAAAAAAAA!」

鮫男達が通りに踏み出した途端、サイレンの音に取り囲まれる。何台ものパトカーが
こちらへ向かってくる。
サイレンをかき消すエンジン音とご機嫌なBGMとともに、真っ赤なオープンカーがドリフトで
横づけする。運転手は鮫男だ!

「あだっ」
「ぐえっ」
後部座席に2人を乱暴に放り込むと、鮫男達はオープンカーに箱乗りになって急発進する!
軋むタイヤ、唸るエンジン、追いかけるサイレン、ボリュームがあがるご機嫌なBGM!

上空には報道ヘリまで飛来して、警察とのカーチェイスを追う。
「ハッハー!こりゃすげぇ、撃ち合いながらカーチェイスしてやがら、まるで映画だぜ!」
ヘリから身を乗り出したカメラマンが、LIVE中継の視聴者数に興奮して叫ぶ。
「やったぜ、うちの中継がトレンド3位だ!」
「何?1位じゃねぇのか?」
「1位は#shark human」
「2位は!」
「おーぅ…かわゆい猫ちゃんだ」

そして、トレンド1位をかっさらった鮫集団は、目下空港への橋の上を爆走中だ。
けたたましく鳴り響くサイレンとご機嫌なBGM、そして銃声の応酬!
「オトナシク シテロ!」
「言われなくてもしてるよ!こんなとこで放り出されたくないし!」
後部座席の床に潜り込むように、千歳とユーニスは身を隠す。
というか網で身動きは取れないし、千歳はまだ目が眩んでるし。すぐそばで
鮫男がヴォドドドドド!とごっついマシンガンぶっ放してるし。

バガンッ!鉄板を金槌で撃ったような音が耳をつんざく!
「何!?なにぃ!?」
「ぐえっ…ゆーにす…重い」
「わたしじゃないー!っていうかどいて!チトセが潰れちゃうって!」
応戦していた鮫男の一人が、撃たれて倒れたのだ!
ユーニスは、身を隠すだけの恐怖心に耐え切れず。顔を出して後ろを覗いてしまう。

パトカーを押しのけ、新たな黒塗りのバンがエントリー!しかもその屋根には
銃座に据えられたガトリングガンが!
ヴォオオオオオオオオ!!ガトリングガンが自動制御で左右のパトカーを撃ち抜く!
パトカーは爆発炎上し、後続を巻き込み横転!
ガトリングは自動制御で狙いを赤いオープンカーへ。ヴォオオオオオオオ!
急ハンドルを切るオープンカー、すぐ横を破壊的な着弾点が秒間100発、アスファルトを穿つ!

「あああやだー!降ろして―!…やっぱ置いてかないでぇ!」
「耳元で叫ぶなー!頭がゆれ…うぇ…」
ヴォオオオオオオオ!車体に火花が散り、後部タイヤが破裂、トランクが開き、中から
大量のシーフードがまき散らされる!
オープンカーは制御を失い、ガードレールを突き破る!

虚空に鮫男達と、オープンカーと、シーフードの雪がスローモーションに舞う。
きっと、死に直面した脳が見せる意識の加速現象ってやつだろう。ユーニスはそう思った。
そして、視界の中から片目の鮫男がこっちに手を伸ばそうとしているのが見えて…。
そのまま、海の中へと沈んでいった。

オープンカーが落下した地点に、黒塗りのバンが急停車すると、中から特殊部隊めいた
集団が降りてくる。
1人だけ、素顔を晒している、30代前後のカミソリのような顔つき、東洋系だ。
「足止めしろと言ったんだ、突き落とせとは言ってないぞ!」
「グハッ!もうしわけございません……」
隣に居た部下を殴りとばし、鮫男達の沈んだ海面を睨みつける。
そして、おもむろに手に持っていたライフルのような武器を背後に向ける。
カォン!光弾を発射!頭上を飛んでいた報道ヘリが海面へ墜落した!
「撤収だ…奴らはアジトへ戻った」

◆2 Edit



………
……


かなりの高さから海面に落下したが、どうやら無事だったようだ。
海中に入った鮫男達が変形し始める、着ぐるみで言えば頭の部分、
鮫男の頭部が、フードを取るように脱げたのだ。しかし、あるべきはずの
人の頭がない、代わりに背中の鮫部分が、鮫本来の体型になり、折りたたまれていた
尾がメカニカルに伸びて、まさに機械の鮫となって泳ぎ出したのだ。
鮫男の胴体は首無しで、ただの機械だったのだ!どうりでターミネーター並に強いはずである。

鮫は、濁った暗い海中を、どんどん深く潜っていく。
どんどんと……千歳とユーニスはほっとする間も無く、新たな命の危機に直面する。
鮫たちは当然のごとく、海面に戻るつもりなどないのだ!

「(やばいやばい…もうすでに息が…!)」
必死に息を止め続けるユーニスだが、鮫男達が、どこへ向かうのか、あとどのぐらい
泳ぐつもりなのか、もしかしてあのスーツの中身も鮫で、このままずっと水中なのでは!?

サバイバルの3の鉄則だ、人は食料がなければ3週間、水なら3日、そして空気が
なければ僅か3分で死に至る……。
必死に生きる方法を探り、脳が記憶をフラッシュバックさせる。
生命の危機にあって、体は、まず己を生かそうとするのだ。

だが、その時、すぐ隣の千歳が、すでに意識が無いことに気づく。
ユーニスは、とっさに、そして躊躇なく、千歳の口を自分の唇で塞ぐと、
肺に残っていた、なけなしの空気を吐き出す。
それは生存本能すらねじ伏せる、強い感情の発露で。
……やがて、薄れゆく意識の中、暗い水底に、幾つもの眩い光を見た……。

………
……


ユーニスが見た光は、実にそれっぽかったが、臨死体験ではなかった。
光を見た直後、2人は、クジラよりも巨大な鮫の口の中に飲み込まれたのだ。

そして、誰かに押し上げられて海面に顔を出す!空気がある!
「ぶっはぁ!はぁ…はぁッ…げほっ!はっ!チトセー!?生きてる!?」
必死に、抱きしめていた千歳を揺さぶる。

すでに網には囚われていない、辺りにゴウゴウと水流の音が反響している。
赤いランプが、荒れる海面と、巨大な機械鮫の腹の中を照らす。
まるで、水没した巨大プラントの内部めいている。
「……くはっ…はぁはぁ……」
「チトセ…!?」
ユーニスの腕の中で千歳が咳をし早いを呼吸を始めた
肺に入った水を吐き出した様だ

「チトセー!チトセー!生きてたー!」
「ああ、生きて、る…苦しい、死ぬ……」
ユーニスに強く抱き締められ
チトセの意識は再び消えそうになっていた
「ぬあぁごめん!」
慌てて力をゆるめ、水から上がれそうな場所を探すと、いい具合に階段がある。
ユーニスは、千歳を引っ張って階段の上に引き上げた。

「で、ここはどこだ?…地獄か…そうなると。私達はやはり死んだ…?」
泣きじゃくるユーニスの頭を撫でながら、千歳は周囲を見渡すが
闇の中、自分達を照らすのは不気味な赤い光
直前の状況を思い出しても、やはり死んであの世に来てしまったとしか思えない

「ここは多分鮫の腹の中だよ!」
「…やはり死んだか…オマエと一緒に死ぬことになるとは……」
「違うよー!多分ロボット鮫!それかグレートシングみたいなクジラロボに飲まれたんだと思う」
どちらにしても碌でもない状況ではある様だ

「…とにかく、状況は理解した。そうなるとここは鮫人間のアジトみたいなものか……クシュン!すまない」
「いいよ、身体が冷えてきたのかもね?こう言う時はお互いの体温だよ!」
「だから強いって!」
くしゃみするチトセをユーニスは強く抱き締めた
「最近こんなばかりだな…それと、……ありがとう」
「いいって事よー、んふふ。チトセがなんか可愛い!いつもかわいいけど!」
「いや、よくわからんが礼を言わないといけない気がしたんだ」
溺れ死にの危機を脱し、文字通り一息ついて喜ぶ2人だが、長くは続かない。
ブガーッ!ブガーッ!鳴り響く警告音、そして、大量の水が排出される轟音!

抱き合って、不安げに様子を伺う千歳とユーニスの目の前に、海水プールから
飛び出した人影が着地!頭に赤い傷の鮫男!今は鮫男形態だ!
警告音が鳴りやむと、照明が灯り、不気味な鮫男のシルエットが、威圧的に浮かび上がる。

「……!」
「……ッ」
目が慣れて見えたのは、バスケットコートほどの広さの、宇宙船のドックのような空間に
整列する鮫男達の姿だ。おもわず、息を飲む。
「……間違いない、鮫人間のアジトだ」
「わ、私たちをどうする気なの…」
立ち上がり、後ずさると、後ろの手すりに背中が当たった。二人が立っているのは
ドック全体が見渡せる、ロフト部分だ。足元は滑りにくい素材で出来ている。

「……」
赤い傷の鮫男は沈黙。
「な、なんとか言ったらどうなの!溺れ死ぬところだったんだよ!」
気丈に言い返すユーニスに
「……たった5分息を止めた程度でか?」
鮫の中からくぐもった、しかし妙に可愛らしい声が聞こえる。
その瞬間だ、圧縮空気の排出音!機械の鮫の背中がメカニカルに展開して、中から幼女が現れる!
「はーっ!ニンゲンは弱っちいなぁ!」
鮫男の頭の上から、鮫色のツインテールの幼女が、噛みつくような嘲笑で2人を見下ろす。
ドック内に整列した鮫男達も、次々に背中が割れて、中から次々に幼女達!みな水着のような恰好だ!
「え?え?え?」
ユーニスと千歳は一緒に『え?』を連呼した
仕方が無い、あまりにも衝撃的すぎる
二人を命の危機にさらし、街に恐怖と破壊をばらまいた鮫男達の正体が
都市伝説の怪物でもむさ苦しいマッチョでも無く
愛らしい幼女達だったのだから

「フンッ!アシカかよ、食っちまうぞ!」
「ウィウィは呆けていないでちゃんと話せと言ってる」
「…驚くなナと言うのがムリ」
口は悪いが愛らしい声は幼女のそれだ

「チトセー…私やっぱり天国にきたかもー天使がいるー」
「…おまえってそう言うヤツだよな……」
とりあえずユーニスの脇腹は肘打ちしておいた

「寝ぼけてんじゃねぇぞ、ここはてめぇの鮫地獄!俺達は鮫ギャング団だ!
で、俺のお宝をどこにやった、さっさとだせ」
鮫男が身を屈める、ウィウィと呼ばれた幼女が2人を覗き込む。
「ちょっとまって、ウィウィ、私達何も取って無いよむしろいきなり追っかけまわされて
何がなんだかっていう感じで…っていうか鮫ギャング(笑)」
「ウィーゾルだッ!ウガーッ!」
吠える幼女の口内に、鮫めいた牙がならぶ!ユーニスは、思わず息を飲む。
「ニンゲンは不味いからな、ふつーは食わねぇが。俺は味なんか気にしねぇ。
さっさと吐かねぇと……」
ガヂンッ!!ウィーゾルは鮫牙を鼻先で噛み慣らす。鮫的な威嚇術!

「ウィウィ、食べちゃ駄目」
「…オ宝ハ、小さい奴の中にアル。コイツ、メッチャ光ってる」
ウィーゾルの左右に侍っていた2人の鮫幼女が、千歳の腕をつかみ、指さす。
鮫色のお団子ヘアのハンマーと、鮫色髪で、やけに前髪の一部が長いソウだ。
ハンマーは言葉が流暢で、ソウの方がカタコトである。
「あん?」
目をすがめてウィーゾルが覗き込む。
「ウィウィ、よーく”見てみて”」
ハンマーに促されウィーゾルは、目を閉じる、真っ暗な中に稲妻のような光の流れ
だけがある。
『人間には無い感覚』電磁気を捉える特殊な知覚の中で、千歳の姿だけが細部まで
光で描きだされるようにはっきりとしている!

「こいつは…」
ウィーゾルが目を開く、そして…。
「……こいつを食えばいいのか?」
「食べちゃ駄目」
ハンマーに突っ込まれるウィーゾル

「だめぇ!千歳を食べるなら代わりに私を!」
「オ前はウルサイ」
ソウに蹴られるユーニス。
「アウチ!」
「ユーニス!」
千歳は跳ねる様にユーニスに抱き付くと
黒い瞳でソウをキッと睨んだ

「チトセ…私は大丈夫、むしろ幼女のキックはご褒美……」
「おまえなー!バカ!」
「…なんかごめん」
涙目になる千歳に、ユーニスは肩を竦め頭を撫でる
そんな二人のやりとりにソウが小さく呟いた
「オマエら仲イイナ……」
「…?」

「GROAAA!茶番はまっぴらだ!コイツらを牢屋に放り込んでおけ。後で調べる!」
「ウィウィ賢明な判断。おまえ達も静かにしていれば危害は加えない」
荒ぶるウィーゾルを宥めながら、ハンマーが告げた

「わかった…わ?わ?わ?」
「幼女ミコシだー!」
「MEGの間に連れて行け!」
千歳が頷くと見ているだけだった幼女達が二人へ集まり担ぎ上げ
そのままワッショイワッショイとばかりに運び始めた
この幼女達、見かけによらずツヨイ!?

幼女達に運ばれていくユーニスと千歳
「…!」
「…あの子は」
ドックの片隅に佇む少女。千歳はその姿に見覚えがあった……

連れ去られる2人を、片目の鮫男から降りたオルカは思わし気に見つめると、パーカーの
鮫フードを目深に被った。
「よぅオルカ、いつの間に戻って来てたんだ?」
「あぅ…っ」
フードが乱暴に払いのけられる、ウィーゾルとハンマー、ソウが、オルカに詰め寄る。
「へっ鮫のくせに相変わらず変な頭してやがんな、シャチ野郎が」
オルカの髪は、他の鮫幼女と違いシャチ柄だ。
「どっちつかずの半端者」
「オカしな奴ダ、ヘッヘッヘ」
ウィーゾルに倣うハンマーとソウ。
「……最初から、ずっと居た」
目を逸らして、オルカはフードを被りなおして背を向ける。
「まんまと戻ったからには覚悟はできてるんだろうな、調べればすぐにわかるぞ」
「裏切リ者への処罰は…」
「縛りクビ、ダナ」
背中に嘲笑を受けながら、オルカは無言で立ち去る。他の鮫幼女達は一歩引いて道を開けた。

………
……


「はぁ……」
「えぇ……」
一方でその頃、千歳とユーニスは、放り込まれた牢屋でぽかんとしていた。

壁には、クジラの頭のハンティングトロフィー、いい感じのフローリング、白い天井には
シーリングファン付きシャンデリア、そして、セミダブルのベッドメイキングされた
ベッドが2台。船窓はモニターで、コーラルリーフの海がエンドレス再生されている。
大型テレビと冷蔵庫もあり、wifiのIDとパスワードのメモも置いてある。
クラシックな豪華客船の船室風で統一された、豪華なインテリア空間である。

「ドイテ、ジャマ」
2人の間を、清掃ワゴンを押して、エプロンをした鮫色の髪の幼女が出て行った。
鮫色の髪の幼女が部屋を出て行くと
二人は視線を部屋へと戻した
「…こんな部屋掃除した事あったな……」
「うん、一泊一万$だったかなー」

ウィウィ…ウィーゾルと呼ばれた幼女は
ユーニスと千歳を牢屋へ連れて行けと指示していた
そして幼女達にワッショイワッショイと運ばれ
放り込まれたのがこの部屋だった

「牢屋へって言ってたよな……」
「どう見てもホテルだよねー」
言って二人はもう三度部屋を見渡した
すると、天井付近から声が聞こえてくる

『ぼぉっと突っ立てお前らは置物か!それともその部屋が不満かぁ!?』
『…その部屋は好きに使っていいと言ってる。
テーブルにマニュアルがある、わからない時はそれを読め』
『説明オワリ!』
一方的に説明され、一方的に打ち切られた

「だってさー、マニュアルってこれかなー?わぁ……」
「好きにと言われてもな…どうした?」
ユーニスが開いたマニュアルを、千歳も肩越しに覗き込むのだが

『ボクは鮫のシャー君!この部屋の案内役だよ!』
「かわいいな?」
「かわいいね?」
マスコット風の鮫の描かれたページ、どう見ても絵本です。
………
……

とにかく好きに使っていいと言うのなら使うしかない
「この棚に置くとクリーニングしてくれるのか……」
「チトセー!クローゼットに可愛い服たくさんあるよ!
チトセ着て!着て!着て!」
「うるさい…フリルが過剰すぎる。それより先にシャワー浴びたい」
「シャワーはこっちかな?わ!チトセー!ジャパニーズスタイルのお風呂だよ!」
「なんだ…と?」
「ユーニス!」
「うん!」
入ろう、入ろう。そういう事になった。

海水で濡れてベタベタする服を脱いで棚に放り込むと、2人は躊躇なく広いジャグジーに
ダイブした。
「ふわぁ、泡風呂だー」
「あああー…湯舟に浸かるのなんて、何か月振りだろう…」
「うちのアパート、シャワーぐらいしかまともにつかえないもんね」
アロマキャンドルに囲まれた、プールのようなジャグジーは毎日のバイトで目にはしていても
決して手が届かないブルジョワジーな贅沢である。

「はぁぁぁ…」
「はぁ…チトセー、すごくとろけた顔してるよ」
「おまえもなぁ…」
「……あいつら一体なんなんだろう、なんでこんなスゴイ潜水艦や鮫スーツ持ってるのかな」
湯舟の縁に頭を乗せてユーニスが、湯気に煙る天井を見つめながら、ふと呟く。
「……」
千歳は、眠ったように目を閉じている。
「鮫ギャング団のボスの子?チトセに何かあるって言ってたよね?……チトセ?」
「”WHALE SHARK 3.5.3”」
「ん?ジンベイザメ?」
「名称。ハイブリッド・バイオ・メカニカル。全長300m全幅30m。スーパーキャビテーション推進。
さめ、鮫男…該当、H・B・エクステンドスーツ。計画母体……タイムアウト。
バイオシャークヒューマン。2070年度までの南太平洋における超長期防衛計画大綱。S案件。
シミュレーションの誤差。原因、海面上昇率の致命的誤差…。南極の…」
「ちょっ千歳!?」
「んぁ?」
ユーニスに肩を掴まれて、千歳が目を開く。
「今なんか、頭ハッキングされたみたいになってたよ!?大丈夫!?」
「何の話だ…ふぁ…ちょっと寝てたかな、寝落ちるまえに上がるか…」
千歳は欠伸をしながら湯舟から上がる。

「ほんとに大丈夫?頭になんか変なチップとか埋め込まれてない?」
「ねぇよ」
2人そろって、洗面台の前で髪の毛を乾かす、ドライヤーは2個あったし、歯ブラシや
化粧水などのアメニティも充実だ。

「あ、着替えどうしようかな…」
千歳が、棚の上の、自分の濡れた服を見やる。
お風呂へのテンションで、後先考えずに入浴してしまったので着替えのことを失念していた。
すると、ドアから、エプロンをした鮫幼女が今度はクリーニングワゴンを押して入って来た。
「…フンッ」
そして、2人を見て鼻を鳴らすと、濡れた服をワゴンに放り込んで出て行った。バタンと閉まるドア。
「あー…クローゼットの服を着るしかない?」
ユーニスがそう言うと、再びドアが開いた。
そこに立っていたのは、パーカーを着て、鮫のフードで顔を隠した鮫幼女だった。
「あれ?おま…貴女は?」
「んにゅ?知り合い?」
「ほら、さっきの格納庫?あそこで」
ドックの片隅に佇んでいた少女
それだけでは無かった。まだ確信は持てないがこの少女とは出会った事がある
あるはず…なのだが。目の前の少女から感じる微妙な違和感、それが千歳を悩ませる

「ハなシが、アる。着替えロ」
「話?…あ?」
「そうだよねー!話すなら着替えないとだよねー」
ユーニスと千歳は風呂上り、裸にバスタオルを巻いただけの状態でありました
そして妙に嬉しそうなユーニス……
………
……

木目調の丸テーブルを三人の少女が囲み座っている
「…頭のコレいるか…?」
一人は千歳。 黒髪を飾るヘッドドレスを突きながら、動き辛そうに身を捩っている
千歳が今着ているのは、黒を基調にしたゴスロリ風ドレス
千歳のファッションの好みはガーリー寄りだが、これは少々フリルが多すぎる
先程、姿見に映る自分の姿を見たが、なんだか人形の様で恥ずかしい

「いる!絶対重要なのだわ!」
そしてユーニス。千歳の姿にテンション上げる彼女もまた普段と異なる恰好をしていた
こちらは赤を基調としたゴスロリ風ドレス
ユーニス曰く「やっぱり黒の対は赤だよねー、ねぇ千歳銀髪のフルウィッグ付けない?ロングのやつ!」
…だそうだ。当然断った

そしてフードの少女
「…そろソロ、いいか?」
二人のやりとりにしびれを切らしたのか口を開いた

「あ、ごめん……」
千歳がじゃれてくるユーニスをおさえつつ、鮫フードの少女の方を向く。
「状況ハ、理解し難いダロウが、事態ハ深刻だ、マジメに聞イテくれ」
顔は完全にフードの下で見えないが、平坦な口調に苛立ちが混じっている。

「1から説明していル暇ハ無い。お前達ヲ、逃ガシテやる。ソレカラ、お前の中に
入ってしまった”アプリ”を、アンインストールする。準備ガ整ったら、教える。
それまで、何もスルな」
それから、千歳の方へ頭を向けると
「特に、お前ハ、何か頭の中に見エたり、聞こえテも、構うな。無視しろ、イイナ
命に、関ワル」
そういうと、少女は席を立とうとする。

「って、ちょーい!それだけ!?」
ユーニスが声をあげた、これじゃ話じゃなくてただ指示にきただけだ。何も分からない。
「聞きたいことは山ほどあるんだけど、千歳の頭には、今絶対なんかおかしなモノが入ってるし。
その原因は、絶対あんたらのお仲間が持ってたスマホに違いないし。そのせいで
私達は鮫型ターミネーターに殺されかけて。あげく今日はバイトサボりだよ!
あと鮫ギャングって何!」
ふだんは大人しい大型犬みたいなユーニスだが、決して臆病ではない。

「その上、命に関わるってどういうこと?あんた達何者なの?」
「……オ前達にハ、関係、ナイ」
「まともに話せないってこと?大体、助けるってんなら、顔くらいみせたらどうなの」
「おい、ユーニス、ちょっと落ち着け…って」
立ち上がったユーニスが、少女のフードに手をかけて、思わず2人とも固まってしまった。
フードの下に顔は無く、カメラとスピーカーが付いているだけである。
「ロボ娘初めて見た!」
「そこか!?」
思わずユーニスにツッコミを入れる千歳
しかし違和感の正体はわかった
当人で無いなら違うと感じるのは当然の事だ

「こウ言う事ダ。周リは敵だらケ、私もコうしなイと接触出来なカッタ」
「アバターロボってヤツか……」
「状況はわかったけどさ、もう少し情報欲しいよー」

ユーニスの問い掛けでアバターが停止した
カメラの向こうでどうするかを考えているのだろう

「…待つか」
「うん、でも凄いよね。メイドロボとかも作れるのかな?」
「鮫型メイドロボか?」
「…それはそれで」
言いながら、ユーニスが停止したアバターを突くも、完全に無反応
「寝てんのかな?」
もう一度ユーニスが突こうと指を伸ばすと……

チュイーン。小さくカメラの動く音が聞こえた
「…わカった」
「うわ?」
予告なく再起動するアバターにユーニスは飛び退いた
アバターはそれを気にせず言葉を続ける
「あと少シだけ話そウ。しかし私の時間も状況が許す時間モ少ナい
難シくトも理解しロ。いいナ?」
二人は無言で頷いた

「まズ、黒髪ノ…じゃぱにーズか?まアいい…オマエの中にあルのは
世界を催眠術で洗脳し操ルためのモノだ」
「え?」
「わぁ……」
驚きを通り越して、ぽかんとする2人にアバターが続ける。
「正確ニハ、生体脳を特殊なクラウドシステム上のAIに接続するプログラムで
お前が持っていたスマホにはアドミニスター権限が付与サレてイタ。
主に、網膜ヲ介して通信ハ行わレ、人の脳を分散処理システムの一部に使ウ。
逆にスマホやPCヲ通して、命令を出スこともデキル……」

ますます、ぽかんとする2人。
「……だから、説明シタクなかったんダ!」
「黒髪ノ、お前ガ、スマホを間違えたせいで、今お前の頭の中ニ、SNSを通して
世界中の人間ヲ、操れる 催眠アプリが入っていて、ウィーゾルがソレヲ狙ってル。
あいつの狙いハ、人類征服ダ」

「千歳が悪いの!?そんな大事なスマホならパスコードくらい付けといてよ!
セキュリティ意識どうなってんのー!?」
「ウ゛…」
アバターが気まずそうなうめきをあげる。
「彼女も、ラップトップにパスワード貼ってる奴には、言われたくないと
思ってると思うよ」
「う゛…」
ユーニスが気まずそうなうめきをあげる。

ブザーが鳴って扉が開かれる。
「オイ、メシダゾ」
看守の帽子を被った鮫幼女が入って来る、手には手錠だ。
フードで顔を隠したアバターロボを胡乱げに見る。
「事情聴取ダ、私は開発責任者ダ」
「フンッ…オラッ手ダセ」
千歳とユーニスの腕に手錠がかけられる。
カチッ、にゅるん
電子ロック音の直後、手錠から湿り気のある音がした。
「うわ?なんか手首がニュルとしたぞ!?」
「手首ひんやりするー!」
「バイオジェルだ、オマエラはニンジャだと聞イタカラナ!手錠抜け出来ナイゾ!」
間違った情報が伝わっている様です

「行クゾ」
「おい、せかすなよ…わわ…?」
「チトセ?」
千歳が足をもつれさせ、アバターの方へと倒れかかる
「おっと失礼…なぁ……」
そのまま寄り掛かる様にしながら小声でアバターに
その向こうに居るであろう少女へと言葉をかけた
「…ダイナーに居た子だよな…?」
「………」
反応は無言。それでも千歳は言葉を続ける
今度はフードの中を覗き込む様にして

「銃撃戦の時、かばってくれたよな?ありがとう」
「……キーを守ったダケだ」
反応があった。機械音声なのに体温を感じる声
「それでいいよ、私は千歳。あっちのはユーニス」


「オルカだ……」
「オルカだね」


「何シテル、メシガ冷メルゾ!」
「わ…?」
「チトセ、大丈夫?何を話し……」
「後で話す……」
千歳とユーニスはオルカのアバターを一瞥すると
そのまま看守少女に引っ張られていった


「チトセとユーニス…か」
鮫男のドックで、片目の潰れた鮫男を修理しながらオルカがつぶやく
ラップトップのモニターには、部屋を出ていく後ろ姿が映っていた。
「すっげー…DAS BOOTの本物だ…」
巨大鮫潜水艦内は、まるで機械の獣の体内だった。
血管のように張り巡らされたパイプや配線、狭い通路、水密隔壁…。
バルブが独りでに開閉し、本物の血管のように脈打ってるように見えたのは気のせいだろうか。

「少しはマシな恰好になったじゃねーか」
食堂に入ると、ウィーゾル、ハンマー、ソウ、そして他の鮫幼女達もすでに集合していた。
「食事は全員でする、これは掟だ」
「メシー」
「ハラヘッター」
「ハヤクシロー」
騒ぐ鮫幼女達、千歳とユーニスは、隅っこの席へ座らされる。隣にはオルカがいる。
フードから覗く顔はロボじゃない、本人の方だ。

「だが、残念ながらメシの前にやらねばならないことがある」
「メシー!」
「ハラヘッター!」
「ハヤクシロー!」
「黙れ!てめぇが晩飯になりてぇか!!」
ウィーゾルが牙を鳴らし、脅しをかける!黙る鮫幼女達。

「えー、ごほんっ。掟は神聖で絶対なもの。しかしこの中に最も重罪な掟破り…
裏切りを働いた者がいる」
「ケケケ、縛リ首…」
ウィーゾルの左右でハンマーとソウが審問官めいて告げる。
「縛り首か……」
「もしかして流れで私達も?」
「それは無いだろう」
千歳の頭の中には『例のアプリ』が入ってる
即座に処刑等と言う事はないはず
ユーニスが無事なのも何かしらの理由があるのだろう
…この幼女達の性質を考えると、なりゆきの可能性もあるが

「今はそれより……」
横目でオルカの方を見るが
フード奥の目元は影となり、見えるのは口元のみ
その口元も固く閉ざされ、感情を伺い知る事は出来ない

「ふぅ…私達はじっとしてるしかないか」
「そうだねー、手錠外してほしい」
「オラ!そこうるさい!いつまでも来賓扱いと思うなよ!」
二人は来賓に手錠を付けるんだ?と思ったが黙した
「ウラギリモノ?」
「ダレダ」
「オーゥ、シンジラレナイ」
「アグアグ…」
「ワタシ タベナイデ」
ざわつく鮫幼女たち。

「オルカ、てめぇ宝を持ち逃げしてどこ行こうとしてた」
一同の視線が一斉に3人に集まる。
「…私はずっと艦内に居た、どこへも行ってない」
「ああ!?しらばっくれんじゃねぇぞ!」
ウィーゾルの鮫威嚇!オルカは動じずに、ラップトップを操作する。
すると、食堂のモニターに監視カメラ映像が。

「私のラボの監視カメラ映像だ…。私は、ずっとそこにいた」
「あれ、ほんとだ…いやまてそんなはずねぇだろ!お前は無許可でスーツで
艦外にでてるはずだ!そうだなハンマー?」
うなずくハンマー、オルカは動じずに、ラップトップを操作する。
すると、食堂のモニターに管制室で居眠りするハンマーの姿が。
おまけに寝相が悪く、投げ出した足がコンソールパネルを蹴る。その瞬間
『LAUNCH』のランプが点灯、鮫男がシュポンと射出される。
「…おかげで、私は泳いでスーツを拾いにいくハメになった」
「……オイ」
ウィーゾルに睨まれるハンマー。
「……えへっ」
「寝相ワルイなオ前」

「えーじゃあ、誰がお宝持ち逃げしたんだー…?」
「メシー!!」
「ハラヘッター!!」
「ハヤクシロー!!」
空腹に耐えかねた鮫幼女達が暴動寸前だ!
「…しょうがねぇなぁ、飯だ!」
「「「わー!」」」
「ハンマー、お前は飯抜き」
「そんなぁ!」
「ケケケ…マヌケ」

「あれ、さっきのロボだよね?」
こっそり耳打ちする千歳に、オルカが小さく頷く。
「でも、あまり、仲間から信用されてるわけじゃないんだねあんた」
状況を見守っていたユーニスが言う。
エプロンをした鮫幼女が、相変わらずめんどくさそうな顔で配膳ワゴンを押して来た。

ドンッとテーブルに置かれる、銀のトレイ、その上には山盛りミートボールスパゲティ。
さらに、山盛りフライドチキン、山盛りブリトー、大量のトルティーヤチップスにワカモレ、特大LLピザに
氷の入ったバケツにつっこまれたバケツアイス!

「はわぁ…今日はパーティーなの!?」
ユーニスの意識はごちそうへ向く。
「潜水艦の食事と言うからミリ飯みたいのを想像していたよ」
「私はそれでもいいー!」
「…ああ、三食パンの耳よりはマシだ」
そんなに二人に多数の憐れみの視線が向いた気がするが
今はきにしない。食える時に食う!それが二人の食生活での信条

「よし祈るぞ!」
ウィーゾルの宣言にユーニスと千歳は目が丸くなった
「祈るんだ」「祈るんだ」
いきなり食べ始めると思っていた
だから食事前の祈りがあるのは予想外だった

「海と!」
「「「海と!」」」
「海と?」
「海と?」
ユーニスと千歳も慌てて幼女達の声に続く

「鮫に…感謝!!食え!!」
「「「感謝!!ワー!」」」
感謝の声と同時に一斉に食事が開始された
「これが祈り?あ、感謝!」
「感謝!私も食べるー…手錠は……」
二人も食べようとするが
手錠が邪魔でナイフとフォークを上手く使う事が出来ない

「おーい、おーいってばー誰も聞いて無いよー」
幼女達は食事に夢中で誰も二人の声を聞いてない
「はぁ、仕方が無い…ほれ」
ユーニスの方へフォークに刺さったミートボールが突き出された
「これは!いわゆる『アーン』」
ユーニスのテンションはマックスになった

「あー…んっ!うんーおいしいー!じゃあ千歳にもあげるね!はい、あーん?」
ユーニスはフォークでパスタを巻き取って、千歳の方へ差し出す。
「あ、あーん…にやにやするな…こうしないと食べられないだけだ」
「へへへー」
照れる千歳に、ユーニスはますます顔がにやける。

「味も良い感じに濃くてイイ…、ねぇねぇ、あんたら毎日こんないい物食べてるの?」
オルカに、ユーニスが声をかける。
「…だいたいこんなもんだよ」
ラップトップを弄りながら、ブリトーをもそもそと齧るオルカ。周りを見ると
他の鮫幼女達も、最初の勢いはどこへやら、なんだかテンションが低い。

「キョウモ サカナ ナイ…」
「カニ タベタイ…」
「ワタシ イカ…」
「久シブリ 海上 デタノニ…」
「魚はみーんな、逃走中にバラまいちまいましたからね」
飯抜きにされて、水だけ飲んでたハンマーが言う。
そういえば、千歳とユーニスが海に落下する直前、車のトランクから撒かれたのは
札束でも宝石でもなく、シーフードだった。
「冷食アキタ、オ前ニヤル」
ソウがフライドチキンをハンマーの方へ押しやる。
喜んで齧り付こうとするハンマーだったが、ウィーゾルに横取りされて空を噛んだ。
ウィーゾルだけが食欲旺盛で、皿ごと食べてる。

「こんなに美味しいのにな…ふーふー…うん?なんだよ」
「ふーふーって冷ますのって恋人感あるよねー」
ユーニスの言葉に真っ赤になる千歳さん
「な!食え!」
「あはは…熱ッ!」
まだ冷め切らないチキン突っ込まれました

「エッチダー」
「キスシロー」
「サカナー」
「ウニー」
二人を見ながら囃し立てる幼女達
気にせず食べ物の愚痴を言う幼女達
まるで保育園の食事風景の様だ

「子供がそんな事言ったらメっ!だ」
「チトセが先生みたいだ、チトセ先生ー」
「センセー?」
「センセーセンセー」
幼女達の騒ぎは止まらない
しかし、その様子で千歳は何か思いついた様で

「オマエまで……オイ」
「あはは…何?」
「ワー!キスシテルー」
「してない!…これは使えるかもしれないぞ」
千歳の言葉にユーニスは首を傾げた

「…この子達、IQは高いが基本子供って事だ」
「ほおほお?…そうか!つまりベビーシッターみたいな事をすれば」
ベビーシッター、二人には経験があった!
ボスのウィーゾル達や、オルカはとっつき難い雰囲気があるが、他の鮫幼女?
達はなんていうか、ほんとに小さな子供で、うまくすれば懐柔できそうだ。

「みんなお魚好きなんだねー、私もだよ。どんなお魚が好きなのかなー?」
「マグロ!」
「ウミガメ!」
「アザラシ!」
「カニー!」
魚が1種しかでてこなかったが、気にしない。
魚の話に鮫幼女達は、食いついて来た。
フライとかスシとかバーベキューとか丸呑み等々、食べ方にもこだわりがあるようだ。

「タコ」
鮫幼女の一人がそう言うと、他はなんだかビミョーって反応をした。
軟体動物はあまり好みではない?
「イカ ノガ ウマミ アル」
「あータコならこないだ釣って食べたなー…」
「ウマイ」
「味はともかく、見た目がヤバイって、だってこーんなだよ?」
体をうねって見せるユーニスに、鮫幼女の一人が思わず吹き出す。
「おっ受けた、千歳、ちょっと手伝って!」
「ん?おっと、こうか?」
2人でタイミングを合わせて、全身を波が伝わっていくようにうねらせる。
単純な動作だが、ちょっとコツがいる。
もう一人が、ぷへっと吹き出した、ダメ押しで逆再生にうねってみる。
「ブアハハ!」
「タコー!」
ウケた!子供には単純なダンス芸はよく効く!

「ふふふっ私達ダンサー(志望)だからね。どーお?ちょっと踊らせてみない?」
今度は椅子の上でタップを踏み、ゴスなドレスをふわりと広げて回ってみせる。
「オドッテーオドッテー!」
「イカー!イカモー!」
「ユーニス今度はイカだ、私に肩を寄せて鏡合わせしろ」
千歳はユーニスと同じ椅子に片足で飛び乗ると乗ると
ユーニスへ肩を寄せた
「OK!」

右に千歳左にユーニス。それぞれ左足と右足で椅子に立つ
そして、そのまま千歳は右足をユーニスは左足を広げる
スカートの中から足が伸び
手錠に繋がれたままの両手を頭上に掲げ寄せる
すると……

「イカ!イカダー!」
「スゴイ!イカスゴイ!」
「このまま泳ぐぞ!」
「ちょっとアスレチック思い出すねー」
二人は椅子の上で広げた足を揺らめかせながら
軸にした足で回転して見せた
即興のイカダンス!
「イエー!」
「ハハハ、グルグル!」
思わぬ横用に鮫幼女たちは夢中だ、思った通りチョロそうだ!
少し離れていたオルカも、齧りかけのブリトーを持ったままちらちら見てる。

「手錠も外してくれると、もっと色々踊れるんだけどなー」
あっさり手錠も外された。チョロイ!……と思って顔をあげると、目の前に
牙を剥きだしたウィーゾルだ。咥えていたフライドチキンの骨が噛み砕かれる。

「おもしれぇ、踊ってもらおうじゃねぇか」
ウィーゾルが乱暴に机の上の皿をどける、飛んで行った料理と皿は
鮫幼女達がキャッチした。

ガヂンッ!ウィーゾルの鮫牙が鳴る!
「ひゃぁ!?」
「うわっ!?」
足を噛まれそうになって、隣の椅子へ飛び移る千歳とユーニス、そこへソウが
またガヂッ!と牙を鳴らす、そのまま机の上へ追い立てられる2人!

「野郎ども、リードしてやれ!」
号令で、机の両側に鮫幼女が整列、2人の側に居た子が足に噛みついて来た!
「うわっとと…!」
可愛く見えても、鮫牙はトラバサミめいて凶悪だ!骨も無事ではすむまい。
あわてて飛びのくと、また別の鮫幼女が噛みついてくる!
「ギャハハハ!踊れ踊れ!」
「オドレオドレー」
飛び跳ねる二人にウィーゾルが囃し立て
鮫幼女達もそれに追随する

「踊るさ、なぁ?ユーニス」
しかし千歳の一言で流れが変わる
「踊るよ!チトセ!」
千歳の言葉にユーニスはニヤリと笑みを浮かべた

「なんだなんだ?大したヨユーじゃねーか!」
「ネーカ!」
言いながらウィーゾルと鮫幼女達は二人に牙を伸ばす!
が、しかし!

タンッ!二人が跳ねた
そして着地と同時にパンっと手を叩く
「フラメンコのリズムだな」
「そっちかー、サンバだと思った」
「命のかかった舞には情熱的なフラメンコが合う」
「確かに、サンバだとしまらないねー」

「何だらだら言ってやがる!ゴラッ!」
「違うなオレ!だ」
「オレ?」
「そうだ、オレ!」
言って千歳がパンッと手を叩いた

ガキンッ!タンッ!
ガキンッ!タンッタタンッ!

鮫幼女達の牙をかわしながら二人は足でリズムを刻む
おあつらえ向きに二人はドレス姿
フラメンコを舞うにうってつけ

「いいね!盛り上がって来たよ!」
「私もだ!」
二人は手を取るとスカートを翻しながら
テーブル上を自由自在に舞い踊る

「スゲー!」
「ナンカタノシー!」
鮫幼女達の牙がまるで拍手の様に
二人の舞を盛り上げる
「あはっ、この子達みんなノリいいじゃん」
「このまま、今度はこっちが踊らせてやろう、みんなも踊りたくないかー?
簡単さ、一緒にあがっておいでよ!」
「ヤルヤルー」
「ワタシモー」
「サメェー!」
「あっおい、てめぇら!」
乗せるとチョロイ鮫幼女達は、次々にテーブルに上がって千歳とユーニスの
動きを真似て踊りだし、大騒ぎだ。

2人がリードしてステップを踏むと、皆一斉に踵を鳴らし、左右でペアになって
互いの回りを回りだす、いつの間にか伴奏をしてる鮫幼女までいるし
牙を剥いて威嚇してたウィーゾル達もなんだかウズウズしている。

「実は、みんな踊りが大好きなのかも、なんか仲良くなれそー!」
「なんだか、私も楽しくなってきた…ん?」
皆が踊りに興じるなか、相変わらず、オルカだけは隅っこの方に居る。
「ユーニス」
「おっけ」
目配せで合図すると、ユーニスから、千歳が華麗なブエルタ(回転)で離れ
オルカへ手を差しのべる。
「……」
「怖がらないで、大丈夫」
戸惑っていたオルカが、手を伸ばそうとする。
「おらー!勝手に盛り上がってんじゃねぇー!」
踊りだそうとしていたハンマーとソウの頭を押さえて、ウィーゾルが踊る鮫幼女
達に雄叫びを上げる!
驚いたオルカが手を引っ込めた瞬間、千歳の体がぐらりと揺れる。
「千歳!」
慌てて、ユーニスが手を引っ張っる、床へ落ちそうになるのを抱きよせる。

「また、頭に何か…」
千歳の視界と聴覚が、どんよりとする。
伴奏が止まりユーニスの声がくぐもって聞こえる、天井の電灯が揺らいで無数に増え
たように見えて、そのまま意識は飲み込まれていった…。

………
……


ポポッコッ、コッコッ、ポッ、ポ…コココ…

妙な鳥の鳴き声で千歳は目を覚ます。金縛りにあったように体は動かない。
自分の体の違和感に気づくと、突然目が見えるようになった。

ポポッコッ、コッコッ、ポッ、ポ…コココ…

「!?」
闇の中に、白く長細い人影が、自分を取り囲んで見下ろしている。
白くみえるのは、人影ののっぺらぼうめいた体表に、高速で這いまわるシロアリ
のような意味不明な文字列が走っているからだ。

英語のように見える記号や、歪なひらがな、気味の悪い漢字、見知った文字が歪に歪む
違和感と、人影の不気味さにゾッとする。
「…………!!」
”文字列ののっぺらぼう”が、顔を近づけてきて、千歳は悲鳴をあげるが声が出ない。
歪んだ文字の列がほどけて、千歳の頭の中に入り込む。頭の中に100万の小さな手が
入ってきて、脳神経を直にいじられる感覚が千歳を襲い、体が激しく痙攣した。

「ッ…やめろ!」
腕が動いた!煙を払うように文字列ののっぺらぼうは形を崩し、千歳から離れて
ふたたびもやっと形を取り戻す。

寝台から転げ落ちるように千歳は走りだした。赤い照明の狭い通路だ。壁に天井に
木の根のような配管が這いまわる。
夢特有のイヤな浮遊感、足を動かしてもちっとも進まない…。突然、配管の隙間
から、のっぺらぼうが壁を通り抜け出現!まともにぶつかってしまう。

「ぬぁぁああ!…あ、あれ…?」
凄まじい痛痒を脳内に感じて頭を抱えたが、不快感と引き換えにしっかりと
地に足がつく感触がある。
吐き気を堪えて顔をあげると、目の前を小魚が横切って行った。

「…幻覚か?いや、これは…夢?夢…だけど」
小魚が、薄暗い通路内を漁礁のように漂っている。目を凝らすと小魚にノイズが走り
気味の悪い歪んだ文字列に解けた。
「…なんか、読めてしまった…うっぷ、気持ち悪い…」
どうやら、小魚の1匹1匹が、鮫潜水艦に関する情報で、千歳はどういうわけか
情報を『頭にねじ込まれて』いるらしい。

ポポッコッ、コッコッ、ポッ、ポ…コココ…
「げっ!」
後方の壁から、のっぺらぼうが群れで湧き出てくる!千歳は走り出す。
格好が何故かバニーガールになっている!
「なんでだよ!?」
思わず突っ込み入れて小魚とぶつかりながら通路の奥へ!ぶつかった小魚は
文字列に解けて光の粒子になった。

通路の先に、人影がよぎった。
「あいつらじゃない…!ねぇ!待って!」
追いかけると、人影は部屋に飛び込んで、分厚い水密隔壁をロックした。
「お願い開けて!私も追っかけられてるんだ!」
ロックの解錠音、ドアがひとりでに開かれると中で、のっぺらぼう達にたかられ
床に押さえつけられた少女が居た。

「こいつら…!放せってーの!!」
とっさにのっぺらぼうを掴んで、ぶん投げる!投げられた!壁に叩きつけらた
のっぺらぼうは、霧めいて霧散!
「掴めた…!あ、君…大丈夫?」
「───」
鮫色の髪をした、競泳水着のような姿の少女が千歳を見上げる。
姿は、鮫幼女とよく似ていたが、ずっと大人びて少女という方が合う。

「あー…ごめん、変なの連れてきちゃって…。早く逃げた方がいいよ」
通路の奥からポポッコッ、コッコッ、ポッ、ポ…コココ…と不気味な鳴き声がする。
千歳は、入口の前に立った。あのディメンターみたいな奴が、アプリの力で、
あまり良いモノではないということは、察しが付いた。
巻き込んでしまった責任はとらねばなるまい。
「あ、ねぇ君は……」
千歳が少女の方を振り返った瞬間だ。突然、海中に投げ出された。
どこまでも青く澄んで、頭上から陽光がカーテンのように揺らめき

エンジェルラダーのような光の中を、クジラのように大きな鮫が、千歳の
頭上を泳いでいった。

………
……


「……」
目が、覚めた。天井でシャンデリアが光っている。
「……」
そして、ユーニスが顔に影を落としながら、ガン見してきている。
膝枕されているらしい。

「…オゥッ」
手をあげて頬っぺたに触れたら、ユーニスが鳴いた。体は動くようだ。

「あああ、よかった!千歳が気が付いたー!!」
「ごめん……」
「謝らなくてもいいよーチトセが生きてるならー!」
大げさな…と言いかけて千歳は言葉を止めた
ユーニスが千歳の頭を抱える様にしながら泣き始めたから
………
今日は

……
こんなのばかりだな……



「落ち着いたか?」
「うん、チトセは?」
「わからない、わからないが…わかった」
「どゆこと?」
千歳の言葉にユーニスは首を傾げた

チトセ自身、今の自分が正常でない事はわかる
しかしその一方で
自分の中にある『力』の一端が見えた様にも思える
多分、あの不可思議な夢は『力』が見せた物

「…やっぱまだわからない……」
「もう少し休むといいよ?私の膝枕は最高でしょ?」
「…バカ」
「ぬひひ…♪」
…まったくコイツは。
そんな事を思うも、この膝枕が心地良いのは事実であった

「…それで、あれからどのくらいの時間が経ってる?」
ユーニスに膝枕されながら、気絶していた間の事を確認する
「あ、えーと…時計はどこだー?」
「はい」
「サンキュー、21時かー、そんなに時間は経ってな…うわっ!?」
ユーニスはびっくりして顔を上げる。オルカがスマホを差し出して立っていた。
千歳の奴だ。

「どっから!?いつから!?」
「天井から、抱き合って泣いてたぐらい。頭は大丈夫カ?…ああ、何か変なモノを
見たり、頭痛や幻聴がするかって意味だ」
「あー聞くのはちょっと待ってー?」
「なぜだ?」
千歳の代わりにユーニスが答え
その答えにオルカは不思議そうな顔をする

「チトセ、今は恥ずかしいモードだから」
「は?」
見れば千歳は仰向けからうつぶせになり
ユーニスの膝に顔を埋めたままぷるぷるとしていた
………
……

「黒髪、落ち着いたか?」
「チトセの名前はチトセだよ、チトセの黒髪は綺麗だけどさ」
「…うう…落ち着いた。さっきの質問に答えると…見た。夢の中でだけど」
正座し顔を伏せた状態のまま千歳は答えた
「詳しく聞きたい」
クリーニング済の2人の服を投げ渡しながら、オルカの表情が少し険しくなる。
「わかった…私が見たのは………」

「……なるほど、やっぱりそうか。
ハッキングの痕跡も確認した…」
千歳から夢の内容の説明を聞いて、オルカはフードを脱いだ。
「ただの夢じゃない、黒髪がアプリの力を使ったんだ。使うなと言ったのに…」
「なんだよー、こっちは被害者だぞ!」
自分の服に着替えながら、ユーニスがオルカをにらむ。
「落ち着けって、でも、私も使った覚えはない…」
ズボンを穿きながら千歳が答えると、オルカはじっと2人を見つめる。
内気な彼女が、強い感情のこもった表情を見せていた。怒りだ。

「あれは洗脳アプリだと言ったけど、本当は特殊なAIで、仕組みはSNSそのものなの。
例えばウィキペディアのように、世界中の人々から知識を集めることもできる。
…ただし、無意識のうちに強制的に…」
オルカはユーニスの頭を指さす。
「人の脳から直に知識を吸い出すから、どんなセキュリティも機密も通用しない。
AIは、世界中のスマホやPCを使う人の脳を、演算処理に利用して命令一つで何でもやる。
ハッキング、フェイクニュース、金融操作、暴動の誘発、新兵器の開発、なんでも…」

「そして、使われるのは、スマホやPCを使う何十億って人達…。
無意識のうちに強制的に、本人の意思に関係なく!
洗脳は、その副産物に過ぎない。核兵器以上に危険なものなの」

「じゃあ使わなきゃいいじゃん!チトセは、世界征服なんかしないよ!」
オルカの手を払って、ユーニスは千歳を抱きしめる。
「う、うん…する予定はないな、したくもない」
「だけど、現にこの艦のシステムにハッキングしてる。
はっきり命令してなくても、黒髪が『ちょっと気になる』って思っただけで
アプリが世界中の脳みそから情報をかき集め、艦を乗っ取る手はずまで整えてる!」
「……」
語気を強めるオルカに、ユーニスは思わず黙ってしまった。風呂で千歳が、言っていたうわごとは
実は彼女たちにとって重大な秘密だったのではないだろうか…。

「ちょ、ちょっと待って、じゃあ例えば私がドアに開けーとか命令したら……」
千歳がそう言うと、ヴィーとブザーが鳴って、入口のドアが1人でに開いた。
ちなみに、ホテルみたいな部屋だが、一応牢屋なので、看守が外にいる。
「ウェ?」
アイスクリーム食べようとしてた鮫幼女と目が合う。
パタンッ…とドアが一人でに閉まった。

「……あれ?」
「…えーと……」
千歳はユーニスの顔を見るが
ユーニスはお化けでも見た様な顔をしていた。
お互いに思う事は一つ『どうしようか?』

「何をしてる!直ぐに入って来るぞ!」
呆けたままの二人をオルカが怒鳴りつけた

「だよね?だよね?」
「どうするんだよ!」
「いいか、入って来たら直ぐに黙らせるんだ!」
オルカの言葉にユーニスと千歳は再び顔を見合わせた

「戦えって言うのか?私は日本人だがニンジャじゃないぞ!?」
「私もカンフーもカラテは映画でしか見た事無いよ!」
「人間では鮫に勝てない!」

「じゃ……」
「アイスオトシタ!イマノナンダ!」
『じゃあどうするの?』と言うより先に扉が開き
看守の鮫幼女が入って来た

「わーどうにでもー」
「なっちゃえー!」
「オッ!?」
二人は鮫幼女の両手を握ると踊り始めた

「ワンツー♪ステップ♪」
「スリフォー♪ターン♪」
「オッ?オッ?オー!ステップターン♪」
いきなり踊らされ驚く鮫幼女だが
踊り好きなのは食堂で確認済み 
すぐに二人のペースに嵌り、一緒に踊り始めた

踊り続けながらユーニスと千歳はアイコンタクトを交わす
『ドウスル?』
『ワカラン!』
で、二人はオルカの方を見た
「仰向けにひっくり返せ!」
オルカが叫ぶ、千歳とユーニスは鮫幼女と繋いでいた手を大きく回した。
鮫幼女の小さな体が天井スレスレまで登って1回転!
「ワーイ!タカーイ!オ゛ゥ゛ッ゛!?」
ベッドに落ちた!

「……動かなくなった」
仰向けにされた鮫幼女は、目を開けたまま、スンッ…となって固まってしまった。
「大丈夫なのかこれ」
千歳が目の前で手を振ってみても反応なし。
「大丈夫だ、鮫幼女は仰向けにされると気絶する」
「へぇ…!」
ユーニスが好奇心に満ちた顔をしている。

「仕方ない…アプリの力に頼ろう。艦を浮上させて脱出する。
黒髪の、どこからなら艦のコントロールにアクセスできそう」
「えぇと…たぶん、操縦室みたいなとこ…?」
「発令所だね、こっち。……おい、お前…私にはぜったいやるなよ」
好奇心に満ちた顔で、オルカの背後ににじり寄ろうとしてたユーニスの顔を
オルカが顔面クローで押し返した。
「ふごご……んにゅ?チトセ何してるの?」
「…ん?」
ユーニスがオルカと戯れていると
千歳は気絶した鮫幼女の側でなにやらしていた

「あ?うん、目を開けたままだと何か可哀そうだから」
目が乾きそうだしな?と付け加え、鮫幼女の目を閉じてやる
それを見ていたユーニスはこんな事を言う

「なんか最後を看取っているみたい」
今度は千歳から顔面クローを貰った
「5分もすれば目を覚ますよ。だからいそいで!近道を案内する」
3人は部屋の外へ飛び出す。そこへ鮫幼女達が
「ケーホウ ナッタゾ」
「ナンダナンダ」
「アッ! ダッソウ!」

「まかせて」
ユーニスは前に出ると、ベルトの背中に突っ込んだ拳銃を抜くように
古びたMP3プレイヤーを抜き放ち、再生ボタンに指をかける!
「ダンスバトルだよ!」
ゴキゲンな80年代ディスコサウンドとともに踊りだす、ユーニスのターンが
終わると、鮫幼女の1人がノッてきた!
「ウケテタツ!」
小さい体でシャークダンス、牙も動きのキレも鋭く決めポーズ!
「ていっ」
その隙を突いてユーニスが鮫幼女をひっくり返す!
「コノー」
「ツギハ ワタシタチー」
2対1で、噛みつくようなデュエットダンス連携が繰り出される!
「いいね、ノって来た!へい!」
ステップとターンで連携攻撃をかわす!
そして両腕を交差させて、鮫幼女たちの手を掴むと、翻すようにひっくり返してKO!

「ちょっと楽しくなってきた!」
「私の出番もとっておけよ?」
足でリズムを刻みながら声を掛ける
ユーニスのダンスを見ているうちうずうずとしてきたようだ

「わかってるって!ホラ!」
「OK!交代だ」
遠くから近づく足を音を聞けば
ユーニスはバックステップで下がりながら
すれ違いざまに千歳とパンっと手を合わせる

「イジョウジタイー!」
「トツゲキー!」
「サメェー!」
「ウニャー!」
角の向こうから現れたのは四人の鮫幼女

「ユーニス、この間聞かせてくれた曲あるか?」
「んーボーカロイドの?」
「それ!」
「あるよー♪ミュージックスタート!」

ユーニスのプレイヤーから早いテンポの曲が流れだす
機械の音声だからこそ出来る早口気味のテクノミュージック
「いいね!さぁ!私と踊ろうか!」
「オドルー!?」
「ダンス?」
四人の鮫幼女に囲まれるが千歳は笑みを浮かべている


「アイツ大丈夫なのか?」
「見てなって、チトセと幼女のダンスなんて眼福だよ」


「手を前!手を横!そこで足をタンっ!」
「ワ?マエ!」
「ヨコ!」
「「タン!」」
歌詞をダンスのステップに変え、千歳は踊る
早い流れの曲調は考える暇を与えず鮫幼女達をダンスに誘う

「ダンスは楽しいか?」
「タノシー!」
「オドルー!」「サメェー♪」「ウニャー♪」
鮫幼女達の声を聞けば、千歳のダンスはさらに加速する

「舞えや踊れや、夜更かし朝まで
踊りはチケット、夢へのチケット
舞えや踊れや、夜更かし朝まで
踊り疲れて。おやすみなさい♪」
「「「「オヤスミナサーイ…ムニャ」」」」
千歳の歌に合わせコロンと寝転がる鮫幼女達
………
……

一方、ホエールシャーク憩癲∋隆閏爾如帖
「騒がしいな…」
「ふわ…トイレカ?1人でイけよ…」
ハンマーとソウが2段ベッドで目を覚ます。そしてモニターのスイッチを入れる。
「うわっ!大変だ、あの二人が逃げ出した!オルカも居る!」
「ナニ!?ボス、起こさないト…」
2人は顔を見合わせ、艦長部屋の扉をおそるおそる開く。
士官部屋より広い部屋で、子供用ベッドにウィーゾルは仰向けで寝息を立てている。
「ウィウィー…脱走ですよー…」
「オキテー…」
声をかけても効果なし、体を揺すろうと手を伸ばすと、ガヂンッ!
「ヒィ!?」
「むにゃむにゃ…」
噛まれそうになって、ハンマーは手を引っ込めた。
「ムリだな、一杯ヤッテ、朝マデぐっすりダ」
机の上の可愛いマグカップと空の牛乳パックを持ち上げて、ソウは肩をすくめた。

………
……


「ナンノ サワギー?」
「おーけー次は私のでばーん!」
ハイテンポヒップホップ、そしてブレイクダンス。転がされる鮫幼女達!

「アッチデ オモシロ ソウナノ」
「イッテミヨ」
「交代だ」
激しいテクノポップにのせて、ロボットダンス。動きをコピーした鮫幼女達が
稼働停止ポーズになったところを次々に仰向けにしていく!

千歳とユーニスは、ハイタッチから拳を打つけて、踊るように高速ハンドシェイク。
最高にノってきた。
「下の格納庫を抜ければ、発令所はすぐだよ」
気絶する鮫幼女達を踏まないように、オルカが2人の後をついていく。
「おっけー!」
「この調子なら楽勝だな!」
「あ、まって…ここからは静かに…」
ユーニスが梯子を滑り降りていく、千歳も後を追う

「わっ、急に立ち止まるな」
振り返った千歳が、ユーニスの背中にぶつかった。
肩越しに覗き込んで千歳も思わず固まる、広い格納庫には小型の鮫潜水艇が
駐機され、その間に無数のハンモック。
物音に気付いた鮫幼女達がハンモックから身を起こし、視線が一斉に2人に集まる!
「…おっと、しまった…」
遅れて降りてきたオルカが不穏な言葉を口走った。

「どーしよチトセぇ、この数はさすがに…」
「寝起きでちょっと機嫌悪そうだぞ…」
背中合わせの2人に、鮫幼女達の包囲がじわじわと縮まっていく…。
いっせいに飛びかかろうと身構えた瞬間!

「HEY!キッズ!ハッピーダンスの時間だよ!」
急にユーニスが良い笑顔で叫び出す。鮫幼女達が首を傾げ、思わず千歳まで振り返る。
「(おまえ…まさか、アレやる気か?!)」
「(だって、他に思いつかないんだもん!ほらチトセも!)」
背中越しに、小声で言うと千歳はほとんどヤケクソ気味に
「一緒に元気よく踊ろうね!」
叫んで踊り出した。
それは、ユーニスがバイトに行く前に見てる、朝の幼児向け教育番組で
日本で言うと『おかあさんといっしょ』とかそんなやつで。
毎朝、ユーニスがいい年してテレビの前で踊るものだから
千歳も覚えてしまったダンスだ。
鮫幼女達は、ぽかーんと二人を見つめている。

「(…くっ流石に無理か…!)」
「(マイリトルポニーにしとけばよかった!)」
その時だ、鮫幼女の一人が前に出てきて、踊りを真似しだす。
2人はダメ押しでもう一度、幼児向けダンス曲を歌って踊ってみる。
すると、もう1人、2人…踊り出す鮫幼女達が増えていく!

「しめた!さあみんな元気よく―!」
ユーニスが鮫幼女たちを煽る!気が付けば、格納庫内でみんな一斉に踊りだす!
「サニーデイ、サニースマイル、U&I、We happy firends♪」
歌も踊りも簡単だから、2人のリードで、鮫幼女達は歌って踊ってハッピーだ!
「それじゃあみんなー!ぶつからないように広がってー…」
「ごろんと転がってフィニーッシュ!」
そして一斉にでんぐり返し!仰向けになった鮫幼女達は全員同時に気絶!

「…みんな見た目通りで助かった…。チトセもいいお姉さんっぷりだったよ」
「うっさいバカ、二度とやんないからな!」
顔を赤くしてユーニスの背中を叩く千歳さん。

………
……


「来たカ」
千歳とユーニスが発令所に踏み込むと、オルカが当直の鮫幼女達を縛り上げていた。
「その声…身代わりロボットか」
千歳がそう言うとフードで顔を隠した身代わりロボが頷く
「私ハ、逃走手段の準備をシテいル。艦を浮上サセたら、スグ、外へ出ろ」
「うわぁお…クリムゾンタイドの世界だ…いや、どっちかっていうと…
ハンターキラーの方かな?ねぇねぇチトセ!これ潜望鏡だよ!本物だー!」
ユーニスは状況そっちのけで楽しそうだ。あっちこっちをキョロキョロするうちに
監視モニター映像に気づく。
第三デッキと表示された監視カメラ映像に、ウィーゾル、ハンマー、ソウの3人の姿が!
「って…うわっやばい!ウィーゾル達がこっちに来てる!えぇと…第3デッキってどこ?」
「発令所の近くダ、急ゲ」
「急げって……」
「黒髪!とにカク、浮上させロ!おまエなら複雑ナ操作もひトリで出来ルはズだ」
「そっか!今の千歳はスーパーハカー!」
ユーニスは一回転すると千歳をビシッと指さした

「…はぁ、試してみるか」
回転に突っ込みたい気持ちを抑え、千歳は目を閉じる

Dive into The…

するとすぐ視界が変化した
目は閉じられているはずなのに、光が流れていくのが見える
しかし、前回見た物とは違うイメージ
淡い蒼光の海を光の魚達が泳ぎ回っている

「あの時とは少し違うな…これは海のイメージか…?」
気を失っている間に見たのとはかなり違う光景
とりあえず、近くを漂っていた七色の魚を突いた
すると……

「わぁ!?」
「あソんでるのカー!」

ユーニスの驚く声、続けてオルカの怒る声が外から聞こえた
ウィーゾル達に突入されたか?と慌てて目を開けるが
そこには予想外の光景があった

「なんだ…これは!?」
天井にはキラキラ輝きながら回転するミラーボール
七色に輝く床パネル……
そして70年代風ダンスミュージックに合わせ踊るユーニス
オルカの方は鱗の様なラメ入りのスーツを着ている
発令所が狂乱の空間へと変身している

「チトセー発令所がダンスホールになっちゃったよ!」
言ってユーニスは決めポーズ。完全に楽しんでいますね
「…黒髪がコの艦ヲ自由に出来ル事は十分にワかった……」
「ごめん…もう一回やる……」
二人に謝ると、千歳はもう一度目を閉じた……
目の前を回遊する魚の群れが、視覚化された鮫潜水艦の操船プログラムだ。
よく見ればちゃんと分かるようになっているはず。ユビキタスシステムってやつだ。

(そういえば、現代の車はハンドルやペダルはただの指示入力装置で、実際の制御は
車のコンピューターがやってるってテレビで見たな…)

なんとなく、ユーニスと一緒にみたネトフリのドキュメンタリー番組の事が
頭をよぎる。その途端、魚の群れの中に色んな車のカタログやら、グーグル検索結果やらが
紛れ込んできて、視界を邪魔する。

「集中を乱すのもだめか!よし、じゃあこれだ!」
千歳は直感で魚をタップ!
流れ出すボン・ジョビのEDMリミックス、派手なレーザー演出で床のパネルが光る。
「YEAH!レトロから一気に最新モードだ!」
「クラブから離れロ、このパリピめ!」
また間違えちゃいました。

「これか!」
別の魚をタップ!
「あ、これ絶対違う…」
千歳の目の前の海がクリスマス仕様になって、BGMが陽気なジングルベル。
「勝手に俺の船を弄るんじゃねぇ!」
ドンドンと水密隔壁を激しく叩く音が、仮想空間海中に響く!
「チトセー!ウィーゾル達がドアの前にいるよ!…ぶふっ!トナカイの恰好してる!」

「えええっと…これか!それともこっち!こっちかな?これ…じゃなくてこっち!!」
千歳が魚をビシバシ連打していくたびに「Halloween!!」だの「ハピバースデー」だの
ウェディングマーチ、再び70年代風ディスコサウンド、<<自爆装置作動…カウント10・9…>>
艦長のお気に入りと書かれた幼児番組が再生され、「今日の魚料理はー…」料理番組、
休日のハワイアン、<<Transformaition to MEGALODON…>>、ダンスナイトプロトコル ヲ カイs…。

「どうなってるんだこのシステム!」
千歳が魚をタップするたび、艦内が目まぐるしくかつ陽気に改装されていく!

「チトセー!やばいっ!もっ…開けられちゃいそう!やばいよー!」
「だめだ、モーターが、焼ケル…押エ、ラレない…」
頭を抱える千歳に、ユーニス達の切羽詰まった叫び声が、さらに焦りをかきたてる。
「落ち着け…落ち着け……、せめて時間稼ぎ出来れば……」
発令所ばかりが異常な事態になっているが
先程オルカが言った様に、扉の向こうも何かしらの異常が発生しているはず

「もっと物理的な手段で……」
狂暴でも相手は子供、過激な事はしたくないが
今はなんとか時間稼ぎをしたい

「───」
「え?」
声がした。千歳を呼ぶ声
でも言葉ではない、もっと直接的な呼びかけ
「…この魚?」
赤と白の魚が泳いでいる。声は囁く、その魚に触れろと
千歳を導かれるまま魚に触れた
すると……

「チトセ急に静かになったけど何したの?」
「緊急消火装置ガ作動してルな。泡が噴き出スやつだ」
「…あはは、扉の向こうは泡塗れって事か……」

「チトセ、使える様になったの?」
「わからない…わからないが、道は見えたかもしれない」
「そっか。とにかく寝てる間のチトセの身体は私が守るから!」
「たのもしいな。たのもしいが…抱き付くな」
「てへっ♪」


千歳は再び目を閉じ意識を集中する
目指す方向はわかっている、あの声の方向
あの方向に『彼女』がいるはず……
千歳は軽く跳ねると、蒼光の中を泳ぎ始めた

この空間の距離感は曖昧だが、泳ぎ続けると遠くに何かが見えてきた
それは最初の夢で見た奇妙な人型、文字列を纏った奇妙なのっぺら坊達だ
感覚的に分かる、あれは『良くない物』。それが誰かを取り囲み押さえつけている
きっと『彼女』だ、千歳の身体は自然に動いていた

「チトセキーック!」
もしユーニスがここに居たら、絶対弄られる
でも、名前+キックはかなり強い必殺技なはず
きっと何かしらのアプリが作用する

『SUPER HERO TIME!』ほら聞こえて来た
「現実じゃ無理だよな、けど!」
赤い閃光を纏った飛び蹴りが、文字列ののっぺら坊を一瞬で蹴散らした
「…いいな、そのうちダンスで使ってみよう…さて、大丈夫?」

「───」
鮫色の髪の少女が座ったまま千歳の顔を見上げている
怯えている様な、何か悲しい様な……
そして何かを求める様な表情……

『オルカちゃんに少し似てるかも……』
顔立ちが似ていると言う訳ではない
纏う空気、遠くから二人を見ていた時の瞳
それが少女と重なる

「えーっと……」
「───」
なんて言えば良いのだろう?
こんな時、ユーニスなら気の利いた言葉の一言でも言えるのかもしれない
しかし、自分はユーニスではない。自分に出来る事をするしか無い
だから考えに考えて出た言葉が……

「一緒に踊らない…?」

………
……


「チトセ遅いな…大丈夫かな……」
目を閉じたままの千歳の周囲をグルグル回るユーニス
時折千歳の顔を覗き込むが小さな吐息が聞こえてくるばかりで
目を開ける気配はない

「おまえはぐりズリーかまダ5分も経っテないゾ…オッ?」
扉を抑え続けるアバターが呟いた直後……
艦が振動を始めた……
「やった!動き始めた!おっとっと!?」
ユーニスが、よろめいて、コンソールに手を付いた。
鮫潜水艦の姿勢を示すホログラムが、激しく揺れ動いている。どうやら、急加速
から、アクロバットな航行を始めたようだ、しかもどんどん激しくなる。

「まるで踊ってるみたい…」
ユーニスが呟いた瞬間、バギンッ!金属破断音!ドアのロックが物理破壊された!
なんという怪力だろうか!
「ワッ…ガガッ…ブブッ…ザァァ…ッ」
分厚い水密隔壁をぶち当てられて、オルカのアバターロボは煙をあげて機能を停止した。
泡だらけのウィーゾル、ハンマー、ソウが発令所に踏み込んでくる!

「今すぐ俺の船を止めやがれ!頭を噛みちぎってやるぞ!」
「くっ、ドア開けるだけでボロボロなのに、威勢がいいじゃん!」
無防備な千歳を背に庇い、でかいスパナを構えて、ユーニスが立つ。
「いや、これは」
「ウィーゾルに噛まれたヤツ」
全身歯形だらけのハンマーとソウが答える。
「GROOOOOOOOOOOOOOOOWLLLL!!」
ウィーゾルが鮫牙を剥く!

その時だ!床が急傾斜に傾いて、強いG加速が全員の体を引っ張った。
艦が急浮上を始めたのだ!
「うわ!」
「ウワー」
「グェェ!」
折り重なるようにスッ転ぶウィーゾル達。ユーニスは、とっさに千歳の体を
掴んで踏ん張った。

鮫潜水艦は、殆ど垂直に近い姿勢で上昇していき、荒れる波を突き破り
ついに海上へ飛び出した!

加速と揺れが止まり、静寂が訪れる。
「もしかして、海面に出た…?チトセ!」

……
………
「うん、いい感じだ」
「───」
少女が小さく笑みを浮かべた。誰もが憧れるお姫様の様な笑み
「なんだか王子様になった気分だよ」
「───♪」
千歳の言葉に少女は笑みを強くし頷いた様に見えた。多分頷いたのだろう

「はは、王子様か。そうそう。私に合わせて…焦らなくてもいい、流れに乗って……」
前へ後ろへ、そして上へ下へ……
光の魚達の祝福を受けながら千歳と少女は舞い踊る。
少女をリードしながら千歳は思う
『王子様の才能はユーニスの方があると思っていたんだけどな』


思い付きで「一緒に踊らない…?」なんて言ってしまったが
手を差し出し待ち続けるも、彼女は手を見続けるだけでダメかと思った
しかし、少女は千歳の手を取ってくれた。

慣れないダンスに最初こそ少女は戸惑いを見せたが
千歳がリードし踊り続ければ
感情の見えなかった瞳が輝き、閉ざされていた唇が笑みへ
やがて少女は踊る事を楽しみ始めた


「そうだ…さっきはありがとう。ここへ呼んでくれたのは君なんだよね?」
「───」
少女は小さく頷くと千歳と一緒にクルリと回った
そしてそのまま急上昇。蒼光の中を駆け上がって行く

「私に逢いたかった…?それってどう言う……」
「……─」
少女が口を開こうとしたその時……

「チトセ!」

「ユーニス?」
外から声がした、ユーニスの声だ
何か重大な事態が起きたのかもしれない
まさかウィーゾル達に掴まった?

「ごめん、私は行かないと……」

「それともう一つごめん、私…君を利用しようとしたんだ……」
「───」
「え?何、知ってた…それって……」
少女と手が離れ、千歳の意識は現実へと浮上する
夢から覚める様な感覚。少女の姿が蒼の中へ消えて行く……

『そう言えば…私、あの子の名前聞いてないな……名前、名前……』
千歳が最後に呟くと同時に目が覚めた
………
……

「…ユーニス?」
目を開くと千歳の顔を覗き込むユーニスの顔があった
「チトセチトセチトセ!やっと起きたよー!」
大型犬の勢いでユーニスは千歳を押し倒す
「…苦しい…また意識が飛ぶ……」
「起きたら立ってー!」
「グエッ!?」
慌てたユーニスの腕が、千歳の首に食い込み、ラリアットみたくなってしまう。
千歳の意識はちょっと飛んだ。

「はやくー!」
ユーニスが腕を引っ張って急かす、依然ピンチなのだ!
折り重なってダウンしていたウィーゾル達が早くも復帰し、発令所に通じる通路に
鮫幼女が殺到している。逃げ道は艦橋へあがる梯子だけだ!

ダンサーコアマッスルを発揮して、千歳の足を掴むと、梯子の穴の中へ
リフトアップで突っ込む。そして、自分もジャンプして梯子を掴むと
反動を利用して狭い穴の中へ飛び上がった!ユーニスのつま先を掠めてガヂンッ
と鮫牙が鳴る!
「チトセ!昇って昇って!」
「わかってる!本当に今日はこんなのばかりだな!」
愚痴りながらも、両手を交互に繰り出しながら格を掴み梯子を昇って行く

「でも、メカゴジラの内部上がってるみたいで少し楽しい!」
「おまえなー」
確かにユーニスの言う通り金属に囲まれた細い通路は
なにか生物の体内を思わせる
だとしたら、この先にあるのは大きな口なのだろうか?
そんな事を思い見上げるが、先は薄暗く出口はまだ見えない

「この梯子長いな?ウィーゾル達はどうしてる?」
「あ、なんか詰まってるっぽい?」
「詰まってる?」
確かに唸り声は聞えるが、声は近づいてこない

「早く登れ!噛むぞ!」
「噛んでル!」
「痛い痛い!」
…とりあえず大丈夫そうだ
とにかくこの隙に上り切るしかない

ゴンッ

硬い何かに頭をぶつけた
「イタっ」
「凄い音聞こえた!?チトセ大丈夫?」
「痛い…急ぎ過ぎた、…これが出口か?」
頭を撫でながら見上げれば、ハンドルの付いた如何にもなハッチがある
これを開けば多分外へと出られるのだろう

「いきなり海って事はないよねー?」
「それは大丈夫なはず『彼女』がこの船を浮上させてくれた」
「『彼女』?誰?誰?」
「…後で話す、今はこのハッチを開けよう…おっ?」
ユーニスがいつも以上に食いついたが、今は悠長に話している場合では無い。
今はこのハッチを開き、外へ脱出するのが先
だから千歳はハンドルに手を触れるのだが……
「あ?」
ハンドルは勝手に回転を始め
軋んだ機械音と共に、重量感ある分厚いハッチが開いていく
そして差し込む陽光……は無かった

解放されたハッチから顔をのぞかせる二人の頬を大粒の雨が叩いた
「嵐だな……」
「嵐だね……」
久しぶりに見た外界は嵐の海でした
「ここからどうやって逃げるのー!?」
2人が出たのは、高さ10m以上はあろうかという、鮫潜水艦の背びれのてっぺんだ
真っ暗で唸りを上げる海に囲まれて、実際の何倍も高く感じられて足がすくむ。

「ハハハ!バカが!泳いで口に入る小魚だな!」
「早く上がってー頭ふまないでー」
「ツッカエてんゾ ボスー」
あっという間にウィーゾルに追いつかれ、狭い艦橋内に逃げ場は無い。
「外…外ってまさか…この下に滑り降りろってことか?」
千歳が、艦橋の下を見る。たしかにバスケットコートより広い甲板があるが
背びれ型艦橋の傾斜はきつく、上から見たらほぼ垂直である!
「ウソでしょ!?死ぬって海に落ちちゃうって!」
「GAAAAAAAAAAAAA!!」
「ひぃーこっちも殺されるぅぅ!」
牙を剥きだして威嚇するウィーゾル!本能的恐怖に震えるユーニス!
人は鮫を前にして、自らが脆弱な獲物だった事実を思い起こすのだ!
「うーうー…あー!!チトセ行こう!」
「行くって…ひゃぁぁぁ!?」
「ナンダト!?」
追い詰められた人間は思わぬ行動をとる事がある
ユーニスは雄たけびを上げると千歳を胸に抱き
ほぼ垂直の背びれを滑り降りる

「ひゃっはー!」
「本当に今日はこんなのばかりだ!」
風雨に顔を叩かれながら背びれを滑り降りる二人
乾いた服が一瞬でびしょ濡れ状態だ

「これで一安心だねー?」
「まて…何か聞こえないか…?」

ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ!

鋭い風切り音。音は頭上から聞こえる
「何か飛んでる?あ?えー!?」
「なんだ?え…飛んでるー!?」

見上げる二人の頭上をいくつもの飛翔体が通り過ぎていく
最初はミサイルかと思ったが違う
「サメェー!」「サメェー!」「イカァー!」
鮫幼女達だ!
両腕を身体の両脇に揃えた姿はまさにフライングシャーク!
しかし……

「うにゃ!」

「あ、海に落ちた……」
「…落ちたな」
飛んで行った鮫幼女達は次々海に落ちて行った
暴風の中を飛べばこうもなります
「あー、私らは艦内から行きません?」
「ウォォォオオ!!」
「ア、行ッチッた…」
ハンマーを無視して、ウィーゾルが艦橋からジャンプ、派手に飛沫をあげて
千歳とユーニスの前に着地を決める!
「あああああー!っととっ・・・!」
「痛っデ!尻打っタ!」
ハンマーとソウも後に続く、さすがにこいつらは他の鮫幼女とちょっと違う。

嵐の日に堤防に立ったことがあるだろうか。今千歳とユーニスの状況が
まさにそれである。高い波が甲板の上まで押し寄せて、3人と2人の間に飛沫をあげる。
「どうしよう…泳いで逃げる?」
そうは言うものの、黒々とうねり、果ての見えない海に飛び込むのは
自殺に等しい。正直、揺れる甲板の上に立つだけでも恐ろしい。
大きな波が鮫潜水艦に当たる!思わず抱き合い、足がすくむ2人、おまけに
「サメェー!」「サメェェ!」「モゴモゴ…」「サカナ!?」
荒ぶる波をものともせずに、鮫幼女達が海から飛び上がってくる!
完全に彼女たちのホームだ、勝ち目は無い…。

その時、海面から巨大な影が飛び出した!
巨大な鮫だ!その腹に首無しの人間がいる…鮫男だ!
機械鮫の破壊された片目につけられたカメラが、赤い光の筋を暗闇に引く!

首無し鮫男の腕が動き、千歳とユーニスに向けて何かを発射した!
「うわっ!?」
「ボールの中に入っちゃった!?」
アクアボールのような透明ボールに捕獲される。そしてボールはロープで鮫と
繋がっていて、一瞬で2人は甲板から嵐の海に飛び出した!

「わっ、なにあの装備初めて見た」
「サスガに私らデモ、生身じゃ追えネーナ」
「クソッ…!オルカァ!裏切り者がぁぁ!絶対に、許さねぇからなぁ!!」

機械鮫の内部のオルカは、波の向こうに遠ざかる艦の映像をモニターから消した。
棺桶のように狭いコックピットの中で、うつむいた彼女の顔を見ていたのは
スマホの黒い画面だけだ。

………
……


「助かった…のかな?うわっでも乗り心地は最低だねこれ!うわぁ!?」
鮫に引っ張られたアクアボールが海面を跳ねながら疾走する。その中に入れられた
千歳とユーニスも跳ねる跳ねる…。
ボンッと大きく跳ねた拍子に、千歳と折り重なって倒れこみ、エアクッション
みたいなユーニスの乳房が圧迫!
「むぎゅ!?」
重量感ある乳房に圧迫され千歳は潰れた饅頭の様になった
普段から抱き付き癖のあるユーニスに圧迫される事はあったが
今日のは勢いが付き過ぎていた

「チトセー生きてるー!?」
「生きてる、生きてるが苦しい…むぎゅっ」
苦しいと言ってる傍から再圧迫

「チトセが死んじゃうー!」
「…死なない…わっ!?」
波の勢いでアクアボールが大きく跳ね、二人の体勢が入れ替わる
今度は千歳の乳房がユーニスの顔を圧迫!
圧迫するのだが……

「ふにゅ!?…ふお!」
「すまない…大丈夫か?…ってオイ」
千歳の身体を抱き締め、ユーニスは至福の表情を浮かべていた


「何遊んでるんだアイツらは……」
瞳に後方の様子を映しながらオルカは溜め息した
高い波の向こう側にサーチライトの灯が一瞬見えた。近づいてくる小型の
貨物船が見える、巨大な鮫潜水艦に比べて、荒波に揉まれる姿は頼りない。

オルカが機械鮫を加速させる、船尾に回ると、跳ね上げ橋が降りるごとく船尾が開き
誘導灯が点灯した。
機械鮫はさらに加速!海上に飛び出し、即座に鮫男に変形し、船内に飛び込んだ。
続いて、ボヨンッと千歳とユーニスが入ったボールも転がり込む。
その途端、3人は銃を構えた男達に取り囲まれた!
H&K MP5を構えた黒いレインコート達と、オルカの鮫男が対峙する。
ビィー!ビィー!黄色い警告灯が点滅し、船倉がゆっくりと閉じられる…。

「えっ何…なに??」
「助かった…んじゃない…のか?むぐっちょっ…苦し…」
ボールの中で、ユーニスが不安げに千歳にしがみつく。
ジャッギンと静寂を破って鮫男の腕から鮫牙ナイフが飛び出す!

鮫牙ナイフがボールに突き立てられて、プピィー…と気の抜けた音を立てた。
中の2人が、外へ出される。

「大丈夫!大丈夫だ!彼女は我々の協力者だよ。君が、オルカ君だね?」
白衣の男が階段から駆け足で降りてきた。男達がH&K MP5を降ろす。
圧縮空気の解放音、鮫男の背中から、オルカが出てきた。

「オフラインで会うのは初めてだね、僕がソンだよ。無事そうで何より…。
それで…例の物は…」
「……ソン博士…彼女たち」
ほっとしたように溜息をして、オルカが千歳とユーニスを指さす。
「アプリは、黒髪の方にインストールされてしまったの…」
「ふぅぅむ…」
ソン博士と呼ばれた白衣の男が、ツカツカと2人へ歩み寄る。
似合わない黒縁メガネの奥の、カミソリのように鋭い視線が2人を射抜く。
ユーニスが千歳を抱きしめたまま警戒した。

不意に、ソン博士は、千歳の目の前で指を立てる。
「何本に見える?」
「え…2本?」
「意識はしっかりあるようだ、なるほど…確かに瞳孔に変化があるな」
まぶたを指で押し開くと、なにかブラックライトみたいなものを当ててきた。
「ちょっ、いきなり何すんの!」
千歳をひったくり返して、ユーニスが唸りそうな顔で睨んだ。

「いいだろう、精密な検査はラボに戻って行うとして…」
ビィィ!鮫男のコックピットから警告音!
「…まずい、ウィーゾルが追って来た!」
弾かれるように鮫男に飛び乗ったオルカがモニターを見て叫んだ。



同時刻、鮫潜水艦内。

赤い戦闘用照明に照らされた発令所で、ウィーゾルが仁王立で指揮をとる。
ハンマーやソウ、そして鮫幼女達もポジションについて戦闘態勢だ。

「前方に目標を捕捉、距離3000」
「もっと近づけ、ばらばらにぶっ飛ぶのをこの目で見てやる」
「というと…」
「魚雷発射用意だ!船ごと撃沈しろ!」
「ギョライはヤリすぎじゃー…」

「ギョライ!?」
ちょっと引くソウの後ろで、めんどくさそうな顔で掃除していた鮫幼女が、
エプロンを脱ぎ捨て火器管制パネルに飛びつき、ものすごい勢いで操作しだす!
諸元が次々に入力され、魚雷が弾薬庫からローラーコンベアの上へ転がりこみ
発射管へと運ばれていく。巨大なリボルバー型の機構へ魚雷が2本、押し込まれ
コンソールの『READY』の文字が点灯。1番と2番発射管に注水、門扉が開かれる!
「ギョラーイ!!」
すっげー嬉しそうな顔で銃型のトリガーデバイスに指をかける鮫幼女!

「ねぇ、ウィウィ考え直したほうが…」
「うるせぇ!裏切り者がどうなるか、思い知らせてやる…発射!」
「イェェェェエ!」
トリガーが引かれる!
……だが、魚雷は一向に飛び出さない。
「…アレ?」
カチッカチッと何度もトリガーを引く鮫幼女、そのうちイライラしだして
振ったり叩いたりするがいっこうに反応なし、かわりにコンソールに『ERROR』が点滅。
「ノォォォォ!ギョラーイ…」
鮫幼女はコンソールに突っ伏してトリガーをぶん投げた。

「クソッ!どうなってやがる!…どけ!」
「グエッ」
ウィーゾルは、操舵をしていた鮫幼女を突き飛ばして、舵を握る。
「最大戦速の体当たりだ!粉々にしてやる!」
鮫潜水艦の巨大な背びれが、嵐の海を切り裂いて浮上する!



再び貨物船内。ブリッジ。

「博士、レーダーに巨大な艦影が現れて、急接近してきます」
「体当たりする気か、振り切れ」
「ムリです、この悪天候では速度がでません!」

船倉から、千歳、ユーニス、オルカもブリッジへ上がったが。
どう見てもやばい雰囲気だ。
高波に船首がもちあがり、坂を一気に落ちるように下がる。
木の葉のように揺れる貨物船が、さらに不安を煽る。

「チトセ…生きて帰ったら結婚しよう」
「死亡フラグ立てんな」
投げよこされた救命胴衣を着ながら、ユーニスに突っ込みいれる千歳。
「私のせいだ…ちゃんと巻けなかったから…」
「いや、大丈夫だ。オルカ君、対策はある。電磁爆雷を投下しろ」
ソン博士が言うと、部下がコンソールを操作する。

貨物船の後部甲板に並べられた、横倒しのドラム缶のようなものの固定具が外れる。
ドラム缶は傾斜したレールの上を転がり、そのまま海中へ落下。
そして…船尾の海中で、稲妻が爆発した!

時間差でもって、何度も嵐の海面をもりあげて、水中で巨大な放電球が膨れ上がる。
「…ヅッ」
「チトセ!?」
「うぁっ…おでこにビリビリくる…!」
千歳が頭を押さえてふらっとすると、横でオルカもおでこを押さえた。
船のコンソールにもノイズが走る。

「少し我慢したまえ。奴らの特殊な感覚器官を狂わせる、強力な磁場を発生する爆雷だよ」
「巨大な艦影が後退していきます」
「帰投だ、残りの爆雷は10分間隔でばら撒き続けろ」
悶える千歳やオルカに一瞥もくれず、カミソリのように鋭い顔つきでソン博士は部下に命じた。

………
……



「チトセ…落ち着いた?」
「…うん、さっきより楽になった…顔が近い」
覗き込みながら問い尋ねるユーニスに千歳は小さく頷いて
ユーニスの頬を指で突いた

「にひひ、チトセが元気だと私も嬉しい」
「…おまえって、本当にイケメンだよな…うっ」
「チトセ!もう少し寝てなよー!」
身を起そうとするが、直ぐにユーニスの膝へと戻された

千歳は現在ユーニスに膝枕状態
そしてここは貨物船の船室
プレハブ造りを思わせる簡素な室内には古びた二段ベッドが二つ、壁際に設置され
ベッドとベッドの間には簡易テーブルとパイプ椅子が二脚

電磁攻撃の影響で千歳とオルカは立ち眩みを起こしてしまい
到着までここで休む様にと言われたが
鮫幼女達の船の牢屋を思い出せば
実はこちらの方が牢屋なのでは?と思えてしまう


「ごめん…そう言えば、船の揺れが収まったみたいだけど……」
「いいって事よー、うん!嵐は収まったよ。窓から星が見える」
そうかと頷いて窓の方を見るが今は闇しか見えない

「…チトセどう思う?」
「どう思うって?」
「この船!なんか怪しい。なんて言うかさ…街の裏路地みたいだ」
ユーニスはそう言って先程トイレに行った時の話をする

「あの扉の向こう、銃をもったレインコート男が二人も張り付いてる
…ソン博士?だっけ、護衛だって言うけどさ……」
「………」
ユーニスの言葉に千歳は無言で考える

ユーニスは普段は呑気だが『鼻がいい』
危険の多いサンアッシュクロスで女子二人が今日まで上手くやって来れたのも
ユーニスの鼻によるところが大きい
その彼女が怪しいと言うのだ
この船には見えない何かがあるのかもしれない

「…わかった、用心しよう」
「うん」
「…博士は信用できる人だよ」
反対側のベッドで、背中を向けて寝ていたオルカが声をあげた。
「ぬぁ、起きてた」
少しばつが悪そうなユーニス。

「『アプリ』はウィーゾルがあるハイテク企業から盗んだんだけど。そいつら、自分じゃ
アプリを完成できないから、ワザと私達に盗ませて、完成させようとしてたんだ。
それに気づいた私は、すぐに追跡装置を解除した。でも、別にもう1つメッセージが
隠されてたの、アプリの危険性をよく分かってる人からの……」
オルカは身を起こして、ベッドに座りなおす。
「それが、ソン博士?」
「そう、アプリの本来の開発者で、悪い企業に奪われたアプリを悪用されないよう
仲間達と活動してたの。
私も、アプリは危険だと思ったから、博士の仲間に加わったの。
彼は、博士号を3つも持ってるし、紳士的で、いい相談相手だよ」

オルカは全面的にソン博士を信頼しているようだ。オルカのIQについていけそうな
鮫幼女は居なかったし、インテリ同士波長が合ったのかもしれないが…。
「前から何度もあってたの?」
「ネットでね、実際に会うのは今日が初めて」
「えっとさー、信用しすぎじゃない?」
「…ぇ」
オルカの話を聞き終え、最初に口を開いたのはユーニスだった
思わず呆けた顔になるオルカ

「私はアプリをどう作るかとかはわからないけど
ネット上には危ない事がたくさんある事はわかるよ、だから……」
「そんな事ない!ソン博士は信頼できる……多分」
「ほら、やっぱり…オルカちゃ…むご?」
言葉を続けようとするユーニスの口を千歳の手が抑えた

「悪いな。コイツ、子供とか好きだからさ…オルカちゃんを心配してるんだ」
「むごむご(そうそう)」
「それにさ……」
「ぷはっ!チトセ…?」
ここまで膝枕されていた千歳が身を起こした

「オルカちゃんも心配なんだよね?仲間の事がさ……」
言って千歳はにっこり笑みを浮かべた
「…仲間?私が?」
オルカは意外そうな顔をした。

「…さあ、どうかな…。たんに、ウィーゾルみたいなのに、世界征服も
できちゃいそうな力を持たせちゃいけないって思っただけだよ。
だって、あいつらバカだもん」
「ああー…」
あんまりな物言いだが、何一つ間違ってなくて、ユーニスは思わず(わかる…)
みたいな反応が出てしまう。

「ふむ……」
二人を見て千歳が頷いた。何かに気付いた様だが……

「チトセどしたのー?」
「あー…うん、なんとなくだけど」
「なんとなく?」
千歳はもう一度ユーニスとオルカを見ればこんな事を言った

「いやさ、なんとなくおまえ達って似てるなーって」
「…えっ」
「えぇー似てないよー」
「私こんなに性格悪く無いし」
「私こんなに頭悪く無い」
ほぼ同時に似たようなセリフを発すると、お互いを指差し、むっ…と睨みあう。

「…まぁいいよ、少し休む。アプリを黒髪から取り除いたら、誰にも使えない
ように処分しなきゃだし…」
そういってオルカはまた背を向けてベッドで丸くなる。

「……似てる?」
千歳にこそこそと耳打ちするユーニス。
「んー……」
「ごくり……」
ユーニスをじっと見つめる千歳
そして、千歳の言葉を待つユーニス

「…どうだろうな…?」
ニッと意地悪な笑みを浮かべ言った
「チトセ〜〜〜!」
「少し寝る、おまえも寝とけ」
千歳はそう言ってユーニスの膝から頭を上げると
腰かけていたベッドに寝なおした
潰れた枕は寝辛いが
今は疲れている、多分直ぐに眠る事が出来るだろう -「むむー…」
ユーニスは不満げに唸っていたが、灯を消すともぞもぞと千歳にくっついて横になる。
ふと、丸い船窓を見上げると、黒い雲が流れていくのが見えた。

◆3 Edit



………
……


廊下の船窓に明かりは一つもない。夜の洋上は、真の闇だ。
常夜灯だけが灯る廊下の突き当り、通信室から明かりが漏れている…。

「アクシデントにより遅れが生じましたが、対象の確保に成功、〇六時までに
本社へ移送完了できます」
モニターに向かい、直立不動の姿勢でそう報告したのは、ソン博士だ。
メガネをしていない。

<<アクシデントとは、幼稚園児に襲撃され、アプリの力が部外者に
インストールされてしまった、ということだな?>>
モニターに映し出されるのは5人の重役の姿。壮年の男が4人、中年の女が1人。
リモート会議である。
「…はい、しかし、ラボにて権限の委譲は速やかに行えます。問題はありません…」
<<判断は我々の仕事ですよ。それに、問題がないのなら、なぜ精鋭部隊の派遣を
要請したのですか、”ウォン”>>
顔つきのきつい、中年女が骨ばった指を組みながら釘をさす。
「はいっ…。万が一、鮫ギャング達の襲撃があれば、下請けPMCでは役に立ちません。
私の部下達を集めていただきたく……。」
ソン博士…ウォンと呼ばれた男は頭を垂れたまま言う。
<<お前のではない、会社の道具だ>>
「はいっ」

モニターの一番上に表示された、灰髪のアジア系の男が、灰色に濁った
感情の一切見えない目で言う。
「…だが、よかろう許可する。アプリを回収し、部外者は速やかに始末しろ」
灰髪の男は、真っ赤な絨毯の大会議室に座している。
背後には、明朝の時価数千万の高価な白磁の壺があり、壺には金箔の施された
桃の木がフラワーアレジメントされている。
金箔桃の枝に、牙を剥いた大蛇の金彫刻。そして背後の赤い壁には、菱形の中に
『威力』の金文字をあしらった、純金エンブレム。
誰もが社名を知る超有名な財閥グループのアイコンである!

<<はっ!我命に代えてでも!>>
「よし、行け」
大会議室に投影されていたウォンのホログラムが消える。

「以上だ、報告業務を終了する」
灰髪の男がそういうと、他のメンバー達のホログラムも消えて、豪奢な会議室に
灰髪の男だけが残った。
そして彼はおもむろにタブレットを開き、灰色の瞳にブルーライトの光を反射させた。

貨物船の通信室内、モニターが完全にオフラインになるまで、頭を下げていたウォンが
おもむろに顔をあげると、チェックのシャツにつけたダサイネクタイの首元を緩める。
その瞳は、獣のように炯々とぎらついていた。

………
……


「ついたぞ、車に乗れ」
熟睡していた千歳達が、H&K MP5を持った男共にたたき起こされたのは、まだ夜明け前だった。
大型の黒塗りハンヴィーが3台、貨物船から出て港を別々の方向に走っていく。

顔を洗う暇もなかった3人は、寝ぼけながら車に揺られる。
「朝飯だ」
大欠伸するオルカとユーニスに、市販のサンドイッチと水のペットボトルが投げ込まれ。
2人は、半分寝ながらサンドイッチを食み始める。

「…わたしの分は?」
千歳がそう言うと
「君は、これから精密検査を受けるから、済むまで水も朝食も無しだ」
助手席からソン博士の声がした。

「喉乾いて死にそう…」
「ふわ…水ぐらい、いいでしょ…あい…」
普段の10倍は眠そうな顔のユーニスが、自分の水を千歳に差し出す。
オルカは、くあっ…と欠伸している。
「駄目だ!」
ガッとボトルをソン博士が掴んだ。
いつの間に振りかえって、座席の間から手を伸ばしたのか。まったく見えなかった。
白衣の袖から出る手に、指抜きグローブの黒いカーボンファイバー手甲をつけている。

「……胃は空にしておきたまえ、処置の途中で吐しゃ物が気管に詰まって
窒息する危険がある、いいね?」
眠気の吹っ飛んだ千歳とユーニスは、黙ってうなずく。
「んっ…んぐ…ぷはー」
その横で目を瞑ったままオルカが水を飲んでいた。

………
……


誰も居ない早朝のオフィス街を黒塗りの大型ハンヴィーが走る。
運転するのはSPみたいな黒服にサングラスの男。
WEIRITEC-威力先端技術公司-とかかれたビルの前に来ると。なんの変哲もない
地下駐車場のバーゲートをくぐり、奥の厳重なバリケードの敷かれたゲートの前で止まった。
銃を持った見張りが、ウォンの顔とIDを確認すると、ゲートを開く。
軍事基地のような厳重さの駐車場には、何台もの黒塗りのハンヴィーや、装甲車
まで並んでいる。

「(チトセ…見た目ミリタリーだけど、こいつら…)」
カタギの連中じゃない。言外に含めつつ、千歳にぎりぎり聞こえる声で耳打ちする。
ユーニスが感じ取っているのは、ギャングやマフィア達から感じる種類のヤバさだ。
オルカは横で居眠りをしている。
ユーニスの言葉に千歳が小さく頷いた
この異様な空気、とてもじゃないがまともな会社とは思えない
黒服にサングラスの男が警備員らしき男と言葉を交わしているのが見えた

「(警備員の持ってるあれ、軍隊で使ってる銃だよ)」
「(詳しいな…?)」
「(映画で見た)」
すれ違いざまにじっと目を凝らせば銃のごっつさが良くわかる
…分厚い装甲を撃ち抜き内部に致命的なダメージを与える画期的な銃です
現在、各国の軍事関連組織に……

「(うおっ?)」
「(チトセ…!?)」
「(なんか変な情報が流れ込んできた……)」

「(アプリのせい?大丈夫?頭痛くない?)」
「(頭痛は無いんだが…なんか、体の中がかゆい…けど…)」
ユーニスの危機察知能力は野生動物並だ。アプリの力は使いたくないが、有益な
情報があるかもしれない。千歳は、流れ込んでくる情報を読み解こうとする…。
「!?」
前触れも無しに、車内に白い幽霊めいたのっぺらぼうが現れた。
体がシートや人を貫通しているのに、誰も気にしていない。肉眼でAR映像を
見ている気分だ。気味の悪い変形文字列がスライドして、ハリポタのディメンター
みたいな奴の輪郭を宙に浮かび上がらせているのだ。
(ユーニスなら、どっちかっていうとフラッシュのタイムレイスって言うかも…)
思わずそんなことを考えたら、画像検索結果に視界が覆われそうになって
必死に頭を振る。
(だめだ、止めろ…!)
情報を流し込んでくるのを止めようとしたら、背骨からゾクッとするような痙攣が走り…。

「ひゃぁん!?」
「ちょっチトセ!?」
変な声がでてしまった。のっぺらぼうは掻き消えた。
ユーニスは、隣で居眠るオルカを揺すりおこす。
「んぁ…ああ…。アプリが脳をハードにするせいで、神経が誤作動してるんだよ…」
「ねぇそれ大丈夫なやつ!?」

「着いたぞ」
後部座席で騒ぎ出す3人を制するように黒服が言う。車から降ろされ、今度は
業務用のエレベーターに乗せられた。10階…20階…途中でエレベーターが止まる。

「お前たちはこっちで待て」
「待てって…ちょっチトセ…」
「ユーニス!」
有無を言わさず、黒服がユーニスとオルカをエレベーターから降ろすと、再び
エレベーターは上昇を始める。
ソン博士は、手を後ろに組んで立ったまま、終始無言。

「あ、あの……」
「……なんだね?」
千歳の呼びかけにソン博士は振り向かず返事をした

無言のプレッシャーに耐え切れず声をかけてしまったが
別のプレッシャーを感じる
それに、先程までのソン博士の声とは何かが違う

それが何かはわからないが
出した言葉を引っ込める事は出来ない
だから千歳は言葉を続ける

「…私、この後どうなるんですか…?」
「健康診断をするだけだよ
君の状態がわからなくては何をする事も出来ないからね?」
「はぁ……」

ソン博士は質問に答えてくれたが
これは絶対にそうじゃないパターンだ
だって、ソン博士の言葉に感じる物が一瞬前とは違うから

「(…これ絶対危ない事されるよね…困ったな)」
心の中で溜め息しながら天井を見上げれば
龍と目があった
エレベータの天井に龍の絵が描かれている
長い髭をゆらめかせ手には玉。そして長い胴、いわゆるチャイニーズドラゴン
今の自分はまさに龍の牙に咥えられた様な状態かもしれない

流されるままここまで来てしまったが
この状況は異常だ
鮫男や鮫幼女達と関わった時点で異常ではあったが
この状況はそれ以上におかしい

千歳にもわかる
ここは本来なら自分達が関わるべきでは無い場所だ
世界が違い過ぎる

「(…はぁ、フラグでも立ててみるか…私、無事に戻ったらアイツと結婚するんだ)」
心の中で言って、千歳は苦笑を浮かべた
エレベーターは50を越えまだ上がり続けていた
「…それで、何がわかったんだ」
背を向けたまま、ソン博士が言った。
「今、君の頭は世界一の諜報機関だ。国防総省から最新兵器の図面をダウンロードし、
愛人に返事しようとスマホを覗いた大統領の頭から核の発射コードを盗むことも容易い。
我々が何者か、気づいていないと思うほど愚かではない」
発せられる気配の質がさらに変化する、押しつぶされる息苦しさから、鋭いナイフを
喉元に突きつけられる緊張感…!

「……」
何も見てない、と言おうとして口を開いたまま固まってしまう。
この街で1年暮らしていれば、マフィアやチンピラ、ジャンキーなんてヤバイ奴は
慣れっこだ。恐怖にすくまず、逃げるなり頭を働かすなりできるようになる。
それができない。
化物じみた鮫男を前にしても、動じなかった心臓が縮み上がり頭は真っ白だ。
この男から発せられるヤバさは、未知の物だった。

「人間すら自由に操れるアプリだ。対策など無いのは、我々が一番
よく知っている…だから、その目で、よく見ておくといい…」
まるで、今までとは別人に変わったような、ソン博士の鋭い視線が、千歳を射抜く。
その瞬間、千歳の思考が意思に反して、生存本能に突き動かされ情報を求めて
力を働かせてしまう。

脳裏に入って来たのは、監視カメラの映像、銃を向ける男達に囲まれたユーニスと
オルカの姿だ!

「ユーニス…オルカちゃん…!」
「やはりシステムをハッキングしていたな。油断も隙もない。
大人しくすれば殺しはしない、もちろん君もだ。覚醒状態でないと分離ができ
ずに厄介なことになる。厄介と言うのは、抵抗するなら首だけになってもらい
脳を生かしながら処置をしないといけないという意味だ」

「わかるな?そうなったら友人を生かしておく意味はないし、君の体は大小2つ
の生ごみになる」
ソン博士がメガネを取るとエレベーターのドアが開いた。
全身防護服で覆ったスタッフが、物々しい機械類の間を動き回るいかにもな
SFめいた部屋である。そして部屋の中央に脳外科用の手術椅子、天井はスパゲティ
のように絡まり合うパイプと機械が埋め尽くす。

「はぁ……」
千歳は大きく溜め息した
あまりに大きな溜め息だったから
ソン博士…ウォン以外の全員が千歳の方を見た

この男の本当の名は『ウォン』
中華系メガコーポ威力先端技術公司を傘下に収める巨大財閥の暗部を司る男……
ファミリーネームが消されているのを見るに『ウォン』と言う名すら偽名なのかもしれない
…と、文字列ののっぺら坊達が、千歳に情報を押し付けてきたが
情報に混じる画像のあまりの悍ましさに、慌てて払ってしまった

しかしわかった。この男はやると言ったらやる
これまでしてきた事を、千歳…そしてユーニスにもやる
だから今の千歳に出来る事は……

「わかった…従うよ?」
千歳は肩を落とし視線を落としながら言うと
「その代わり…二人を傷つけるなよ…?」と今度は斜めに視線を上げ言葉を続ける
そう、今の千歳に出来るのは従う事だけ……

「…あ、ああ…よろしい、それで良い
後は彼らの指示に従いたまえ、君がする事はそれだけだ」
「そうか…それだけ、ね」
千歳は視線を伏せ返事し、もう一度視線を上げるが……

「…!早く行きたまえ!」
「…あ?、わかった」
目を逸らすウォンが気になったが。今は気にしている場合ではない
一つ頷くと千歳はそのまま作業員達の方へ向かった
無抵抗のまま、椅子に仰向けに座らされ、手足と首に枷をつけられる。
頭上の機械が、振動しだしヴゥゥゥ…と低いノイズを発しながら降りてくる。

(やばい…やっぱり怖い…やめときゃよかった…!)
今になって後悔の念が押し寄せる。今はソン博士…ウォンを信じるしか…。

信じる?
できるのか、そんなこと。
目的の物を手に入れた奴らが、自分達を始末しない保証は?

ユーニス達の命が危なくて、何も考えず行動してしまったけど…。
もっと、できることがあったんじゃないか?
今の自分には特別な力があるのに。
人命をなんとも思わない連中ですら、恐れるような…。

恐れ?
そうだ…さっき、ウォンは目が合いそうになったら咄嗟に視線を避けたんだ。
まぎれもなく、自分の中にあるものを恐れたんだ。

天井から迫ってくる機械を見つめて、思考が火花を散らすように加速して、
そのとたん、機械が停止した。
視線を動かせば、防護服達も、ウォンもまるで一時停止をかけたようだ。
いや、よくみれば、機械はごくごくゆっくりと動き続けている…。

ポポッコッ、コッコッ、ポッ、ポ…コココ…

不気味な鳥の声が聞こえた。足元を見ようとしたら、体は枷をすり抜けて幽体離脱めいて
立ち上がる。
白い幽霊のようなのっぺらぼうが、相変わらず不気味な文字列を体表に走らせながら
ゆらり…浮かんでいる。
おもむろに、節くれた棒切れのような両手を前にかざすと、ユーニスとオルカの
監視カメラの映像が現れた。周りと同じように一時停止している。

画面隅、停止していた時刻表示が動き出す…ストロボのようなマズルフラッシュ
サイレント映画のワンシーンのように、その場に崩れ落ちる2人の姿。

「!」
千歳が息を飲む。映像は逆再生され撃たれる前にもどった。
時刻表示は、0.1秒だけ進んでいる…。

ポポッコッ、コッコッ、ポッ、ポ…コココ…

不気味な鳥の声が、目も口もない顔から発せられる。
…望めば、最悪の未来を変えてあげよう…とでも言うように…。
今のはきっとアプリが予測する未来の一つなのだろう
もしかしたら捏造かもしれない
かもしれないが……
今の千歳にそれを否定する心の余裕は無い
こう考えている間にも時間は流れていく
今は加速された思考時間の中
僅かに猶予が与えられたにすぎない

ポポッコッ、コッコッ、ポッ、ポ…コココ…

のっぺら坊は不気味な音…声?を発しながらじっと千歳を見ている
ゆらゆらと揺れる頭に目は無いが
流れる文字列が時折、ニヤニヤとした表情の様に見せる

「(悪魔がいるとしたら…こんな風に契約を持ち掛けるのだろうな……)」
千歳は溜め息をした……
………
……

防護服の作業員達が作業プロセスを進行している
黒のフェイスゴーグルには固定され横たわる少女の姿が映る
「スキャナー接続と同時にお宝を捜す」
「乙女の秘密とご対面と言う訳か」
「電気信号を記憶映像として読みとれるならな」
「ははっ冗談で…おっ!?」

ヒュン……

不意に機器が停止した
ランプを明滅させていた操作装置も
数字を刻んでいた機器群も停止している

「停電か……カハッ!?」
作業員の一人がラリアットをくらった
機器運搬用のクレーンが勝手に作動し薙ぎ払ったのだ

「なんだ!?灯が消え…ウグッ!!」
部屋の灯が消え、室内は暗闇に閉ざされた
「警備員だ!警備…ク!」
「OUCH!」
闇の中、聞えるのは作業員達のくぐもった悲鳴の連続

やがて訪れる沈黙

「…殺してないよな…まったく!これっきりだからな…?」
千歳は呟くと拘束を解きベッドから起き上がり
闇の中、出口へと真っすぐに歩いて行った

そんな千歳の背を、闇に浮かぶ白い笑いが見詰めていた……

『火災発生、火災発生…』
赤い非常灯に切り替わった室内に女性ボイスのアナウンスが大音量で流れる。
ブシャァァァァアッッ!「ぐわーっ!?」「何が起きてる!?」「くそっ、消火剤が目に…!」

ユーニスとオルカを銃殺に処しようとしていた男達に、天井から消火剤が直撃して
泡まみれになった!
「走るよ!」
ユーニスがオルカの手を引いて走り出す。
「待て!」
パンッ!パンッ!銃弾が壁やネスラックに当たって火花を散らす!
「うわわっ!?鮫っ子!!あんたの鮫男は?!」
「鮫っ子!?私のこと!?鮫男!?ああ、エクステンドスーツね!応答が無いの!」
「肝心な時に!」

ドラム缶の影に飛び込んだ2人を銃声が追う。
「ぐわぁぁぁ!?」「ぎゃぁぁあ!」「がべべべべ!」
突然の男達の悲鳴!ドラム缶から顔を出すと、筒状の警備ドローンのテーザー銃で
感電しているではないか。
『不審者を発見、対処を開始します…。不審者を発見、対処を開s…ガガガガガガ』
「ぐわぁぁぁ!?」「ぎゃぁぁあ!」「がべべべべ!」
不運なことに消火剤は電気をよく通す、ドローンと男達はショートしてさらに感電
黒焦げになって倒れ伏す!

「…Alright!(ヨシ!)」
「…何が?」
男達とドローンが完全に動かなくなったのを指さし確認すると、ユーニス達は
逃げ出した!

「アウ!ノオオオオオオオ!」
黒いゴーグルに黒いベストの男達が床清掃ロボの群れに押し流されていく
男達の持っていた火器類はダストシュートへ放り込まれ。反撃の可能性は無いはず
…だが、別の方向から声がした

通路の奥から先よりさらに重装備をした一団が現れた
「捕獲対象を発見!ガス弾を使え!」
「サーイエッサー!」

隊長らしき男の指示でジュース缶の様な物が投擲された
しかし……

ガンッ
ふらふらと飛んできたドローンに命中
ジュース缶(?)は投げた側へと逆戻り
「Noooo!」
『防火シャッターが下りますご注意クダサイ、ご注意クダサイ』
ジュース缶(?)が部隊の中央に落下すると同時に防火シャッターが降り始めた

「全員走…ウゴッ!?」
「隊長ォ!」
隊長らしき男の顎にドローンが命中
防火シャッターは閉じられ混乱は扉の向こうに


「…うう…なんだかどんどん大げさになってる」
千歳は自分の身を抱く様にしながら呟いた
最初は警備員と黒服達だったのが
気付けば重武装の兵隊?特殊部隊の隊員の様な者達が襲ってくる

それはつまり、それだけ千歳が危険な存在であると言う事だ
危険な存在……
千歳自身分かっている。全てが見え全てが出来る……
思うだけで、文字列ののっぺら坊達がその時に必要な物を提示し
千歳はただそれを使うだけでいい……
あまりにも簡単すぎて怖い……

怖いが、今は使わなくては生き残れないし
助ける事が出来ない

ココッ ポポッ コポポッ……

「…わかったこっちか」
千歳の前にワイヤーフレーム化されたビルの地図が浮かび上がり
そこに人員の配置図と『敵対存在』と『ゲスト』の位置が示させる
「はぁ…敵対存在って私の事かよ……」
千歳は本日何度目かの溜め息をすると
『ゲスト』の居場所への最短ルートを走り始めた

「見つけたぞ!」
廊下の向こうに黒づくめの戦闘アーマーを着たウォンの姿が現れる。間髪入れず
『防火シャッターが下りますご注意クダサイ』
合成音声アナウンス、千歳との間の防火シャッターが降りる
「シィッ!」
ウォンの投げたクナイダートが、数インチの隙間に吸い込まれるように入り込み
機構を破壊!シャッターが半分閉じて止まった。

「チトセェ!」
廊下の反対側にユーニスとオルカ達が階段を駆け上がって来た!
「ユーニス!オルカちゃん!…まずい!」

クラウチングスタート姿勢のまま、ウォンが凄まじい加速、半開きのシャッター
目掛けて猟犬めいた疾走をする、速い!
『防火シャッターが下りますご注意クダサイ』
合成音声アナウンス、2枚目のシャッターが間一髪でウォンの突進を遮った。分厚い防火シャッターが
大きくたわむ。

「チトセ!…チトセー!」
「うわっ!?っとっと…!」
振り返りざま、ユーニスに突進を食らってよろめいた。苦しいくらいに抱きしめ
られる。
「チトセー!チトセ生きてたー!生きてから結婚しよー!」
「わかった!わかったから落ち着け…苦しい……」
「はぅ!」
千歳の声を聞きユーニスは慌てて抱き締める腕を緩め
代わりに頬と頬がくっつくほどにすり合わせる

「擦りすぎだって…とりあえずオマエもオルカちゃんも無事でよかった……」
言って千歳は笑みを浮かべ、そしてオルカの方を見た
しかし、オルカは笑みを浮かべずに言う

「『アレ』は黒髪…あなたがやったの?」
オルカは閉じられた防火シャッターを見やった後
千歳に視線を戻すと強く睨みつけた
『アレ』とは防火シャッターだけで無く
施設やドローンの暴走、全ての事を言ってるのだろう
だから、やったのか?と問われれば頷くしかない

「やっぱりそうなの……」
「ワオ!凄いよチトセ!アベンジャーズに入れるよ!だからキスしよ結婚しよ!」
「だからお前は落ち着け……」
ユーニスの頭を撫でながら千歳は苦笑を浮かべた
しかし……

「結婚式にはまだ早いみたいだよ……」
そうオルカが呟いた直後

ドンッ
衝撃音と共に鋼鉄の腕が防火シャッターを貫いた

「うぇぇ!?」
「昨日もこんなことなかったか!?」
圧倒的デジャブ!鉄製のシャッターを素手で引き裂き、ウォンが侵入してくる。
微かにモーター回転のトルク音…サイバネアームだ!
昨日までの2人は、そんなもの、あと半世紀は空想の世界の物だと思っていたのに。
鮫幼女や、目の前のサイボーグ手術をしたウォン等が、やすやすとフィクションの
次元の壁を飛び越えてきて、もはや驚きを通り越して諦観の境地に達した感すらある。

「どうやら、首を切り落とすしかなさそうだな」
「ソン博士…」
オルカが2人の前へでる、戸惑いながら、名を呼ぶ
「そんな人間は端から存在しない」
「嘘だ…!だって……」
「仲間外れな自分に優しく声をかけてくれたのに…か?
周りは魚並みの脳みその連中ばかりで、自分だけが特別で、本当の居場所は
ここじゃない…とでも思ってたんだろう。
ネットに欲しい答えを探す愚か者を、騙すほど容易いことはない」
容赦なく言い捨てるウォンに、オルカは返す言葉もなかった。

「鮫っ子…」
ユーニスはうなだれるオルカを見やる。
そして、今この場でウォンの面にパンチをかませないことに腹が立ってきた。
蹴りならワンチャンあるか?とか考えてると。
千歳も同じ気持ちなのか、じっと相手を睨んでいる。

「フンッ私にアプリの力で催眠をかけるつもりか?無駄だ。そいつは電子機器を
介して人の網膜に信号を送るものだ。通信デバイスを持たない相手には無力…」
グワッシャー!シャッタがボロクズと化す!
「鮫男!?」
「私のスーツ!」
『GRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
「アウチ!あれ、俺こんなとこでなにしてんだ…」
片目がカメラアイの鮫男が雄叫びを上げ、背中から警備員を振り落とした!
「部下にも、仕事中にスマホ見るなって言っておくんだったな」
額に浮いた汗をぬぐい、不敵に笑いながら千歳が言う。
地下駐車場のオルカの鮫男は、通信妨害で呼び出せなかった。
そこで、サボってスマホを見ていた警備員の網膜から、思考をハッキング、ここま
で運ばせたのだ!
千歳は、視界の端っこで、あののっぺらぼうが、人間を操作しているのを見せられ
た時には流石に止めようかと思ったが、非常事態だったので、心で詫びておいた。

「ちぃ!ゴミめが!」
ウォンが、躊躇なく警備員にクナイダートを投げる!ガキンッ!鮫男の腕が弾く!
「ひぃ!?俺ただの契約社員なんだよたすけて!」
慌てふためいて走り去る警備員。

『グルルルル……』
オルカの搭乗した鮫男が、ウォンを睨み、鮫牙の間から獰猛な唸りを発する!
「よっしゃやれー!ぶっ殺せ―!頭くいちぎっちゃえー!」
ユーニスの殺されかけた恨みがこもる容赦ない声援!
「…頭イタイ…後は任せる……」
「わぁ!?チトセー!?」
テンション上げるユーニスの横で千歳がガクリと頭を垂れた
脳への負荷大きいアプリの力を使い過ぎたのだろう

『アトハマカセロ!』
オルカの鮫男が野太い声で答え親指を立てた
もはや恐れる物はない、オルカは全身を緊張させウォンと対峙する、が……

『…ン?ナニ?コノヨジョウウェイトハ?』
視界の片隅でスーツの異常を知らせる警告ランプが明滅している
腰付近に何か未確認の重量物が存在していた

「ああ…使えそうなの…括り付けてきた……」
『…ソウカ…ツカワセテモラウ!GRAAAAA!』
鮫男は重量物…対戦車ライフルを構え上げると咆哮を上げた

BLAM!BLAM!鮫男は対戦車ライフルを2丁拳銃持ちして、乱射する!
防火シャッターが吹き飛び、壁に大穴を穿つ!ウォンは身を沈めながら後退、
そこへ対戦車ライフルの追撃!ウォンはさらに後退!
『緊急事態発生、警備部へ通h…ボガーッ!』壁の向こうに居た警備ドローンが
12.7x99mm弾の餌食となる!
『GRAAAAAAAAAAAAA!』
辺りはすでに粉塵と硝煙と警備ロボが起こした火災で戦場さながらだ!

2丁対戦車ライフルの鮫男は雄叫びを上げ、めったやたらに追撃!
KABOOOOOOM!ラボの何らかのハイテク装置が火花を散らして爆発を起こす!
『『『『『『ボガーーーーーーッ』』』』』』
一直線上に並んでいた警備ドローンが12.7x99mm弾に貫かれ爆発を起こす!

やっとスプリンクラーが作動した時、フロアはほぼ廃墟と化していた。
スプリンクラーの雨に打たれ、ライフルから湯気が昇り、無表情な鮫男の顔を
雫が落ちていく。

「おーぅ…そういえば、こいつも鮫人間なの忘れてた…」
「あ、あたま…ガンガン…する…」
千歳と抱き合ったまま、ユーニスは、おそるおそる顔をあげる、あたりはもうもうと
立ち込める煙で視界が悪い。視界の中で黄色いランプが霧の中で明滅するように
光っている。天井パネルが崩壊して配線やら配管が落ちる音がした。

ドンッ!鮫男の巨体が宙に浮かされた瞬間、ユーニスは千歳を抱いて
反射的に身を伏せた。
鮫男の踵が耳の側をかすめる、鋼鉄の塊にプレスされる予感に背筋がゾクッと
したが、すぐに焼かれるような熱さに変わる。

『GAAAAAAAAAAA!』
凄まじい爆炎に吹き飛ばされ、瓦礫に鮫男が叩きつけられる!
「うひぃ!?タワーインフェルノになっちゃった!?」
天井や壁が黒焦げになり、足元の水たまりが湯になっている!
『逃ゲロ、火炎放射ダ!GAAAAAAAAAA!』
「うひゃぁぁ!?」
立ち上がる鮫男に爆炎が浴びせかけられる!髪を焦がしながらユーニスは間一髪
転がって回避!

煙の中から炎を纏って現れたのは、ガスマスクと溶接面を融合させた禍々しい
フルフェイスマスクにファイアファイター(消防士)風ボディアーマーの……。
「ニンジャだ!」
「…えっ、ナンデ?ニンジャ?」
ユーニスは思わず叫んでいた。ふらふらしつつ困惑する千歳。

「スーツはマニュアルモードだ、通信は使うなよ」
『シュゥー…了解…』
消防士風の奴が、炎を吹き出す両腕を前につきだし、オルカへにじり寄る。
ゴーグル付きマスクをつけたウォンは、警備ロボの残骸を踏み砕きユーニス達の元へ…。

ユーニスは、鮫男が落とした対戦車ライフルを拾い上げると、千歳に肩を貸しながら
部屋の中に逃げ込んだ。
「…手向かわなければ楽に殺してやるぞ?」
マスクを投げ捨て、おもむろにウォンが部屋の中へ踏み込んでいく。

「こっちのセリフだよ、頭吹き飛ばされたくなかったら、どっかいって!」
机の上を乱暴に払って、銃架を出した対戦車ライフルが叩きつけられるように据えられる!
「馬鹿め、素人が扱えるものでは…」
BLAM!何らかのハイテク装置に大穴が空く!ウォンはすさまじい瞬発力で
部屋外へ飛び出す!

「アメリカの田舎育ち舐めんな!赤ん坊だって銃ぐらい撃てるわ!
チトセにひどいことして…絶対許さない!次は本気で頭ぶっ飛ばすかんね!」
反動の痛みも、発砲音の耳鳴りもあまり感じない。たぶんアドレナリンで麻痺してるのだ。
オーディションで演技をする時と同じで、鼓動が凄まじく早いけれど、あがってる
わけではない。体は獲物を追う狼のように熱いのに、頭だけがすごくクールだ。
引き金に掛けた指の震えも止まった。
(絶対にチトセは守らなきゃ…)
指に再度力を込めようとした、その瞬間…!

シィィィィィィィィィッッ!!ビームがライフルを両断!
「うわぁっ!熱っ…くない!」
なぜか辺りに水しぶきが飛び散る!
ガボンッ!ボルル…っ大量に水気を含んだ重たい足音がした方を見れば。
さっきの消防士風のマスクの、デブ仕様とでも言うようなマスクをつけた
球根体型アーマーの…

「新手のニンジャだー!?」
「…ナンデ?」

「ウゴケ!」

オルカの大声が飛んできた
ユーニスは反射的に両断されたライフルを投げ捨て
千歳を抱えたまま飛ぶ様にしながら転がる

スパッ!
「ヒッ!?」
投げ捨てたライフルがさらに細かく切断された

「很好!どうだね?『彼』の水龍咆は?」
瓦礫の戦場に硬い拍手が響く
ウォンが金属の手を叩き合わせながら戻って来た

「これまでのウォータージェットガンは距離が離れると威力が落ちる欠点があった
しかし、彼の使う水龍咆は……」
「ヨユウダナ!ワタシヲミロ!」
「おや?君こそそんな余裕はあるのかな?」
オルカの怒声、そして続く銃撃音
しかしウォンは動かない、彼の耳は弾が自分に当たらないと判断した
彼の予想通り、弾は彼に当たらない
代わりに天井がガラガラと崩れ落ち
水系ファットニンジャとユーニス千歳の間に瓦礫の遮蔽物を作る

「キコエルカ!クロカミトオマケ!
トマルナ!ウゴケ!シニモノグルイデウゴケ!」
「おまけって私ー!?せめてデカパイとか言ってよー」
「…馬鹿言ってないで動くぞ…おまけ」
「チトセまでーうー……」
唸りながらもユーニスは千歳を抱え動き出した


「不注意が命取りだ!」
『GYAAAAAAAAA!!』
炎系ファイアファイターニンジャの火炎放射!鮫男が炎に包まれる!

「うぁぁ…!!まずいっ…!」
鮫男のコックピット内でオルカがうめき、投影モニターにはDENGERの文字が明滅する。
咄嗟にオルカは瓦礫の中に鮫男を突っ込ませて消火すると、鮫ヒレを突きだす。
ヴォドドドド!大口径のマシンガンが連射される!
「ハァー!」
ファイアファイターニンジャが両腕を回転させると、炎の竜巻が出現、銃弾は
竜巻の中で融解!なんという熱量!

『GAAAAAAA!』
オルカはすかさず格闘戦へ移行!相手の炎の出にわずかなタイムラグを見切ったのだ。
鮫歯ナイフを腕から飛び出させ、斬りつける!ファイファイターニンジャは
スウェーで回避!
「炎を出す暇を与えない状況判断か!見た目よりは頭が使えるようだな!」
『GAAAAAAA!』
鮫男のするどい刺突!からの鮫ファング!狂暴な連続技に相手は炎を出す暇もない。
しかし、のらりくらりと回避する様は、風に揺れる火めいて捉えどころがない。
「だが甘い!貴様はすでに私の炎の中に居る!ハァーッ!」
突然、2人の周囲の虚空が爆発した!回避しながら燃料と酸素を散布していたのだ!
混合気が最適となった瞬間、鮫歯ナイフの散らした僅かな火花で火災発生!
『GAAAAAAAA!』
「ハァーッ!」
吹き飛ぶ鮫男!ファイアファイターニンジャは周囲の酸素を炎で焼き尽くし
自らの周りに真空のバリアを発生!きわめて理性的な戦い方である!

一方その頃……

「フォオオオオ!」
咆哮と共に剥き出しの鉄骨が三角に切断され
ガランガランと重い音を立て床に落下した

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!ぜったい死ぬってばー!」
「…死ぬ死ぬ言うと…本当に…死ぬぞ……」
千歳を抱え必死に走るユーニス
そう、ユーニスと千歳は逃げていた
これまでも危険な案件から逃げた事はあるが
二人の人生の中で最も長い距離を逃げ続けていた

「HOOOOO!」
ガスタンクの様な異形の人型が咆哮を上げた
二人を追うニンジャだ
彼は『水龍咆』と呼ばれるウォータージェットガンを自在に扱う
水系スイトンジツニンジャ
彼の水龍咆はあらゆる物体を超高速水圧ジェットで切断する
金属であろうとコンクリートであろうと、そして人間であろうとだ


絶望的な状況。生き残るためには多少の無理は必要
だから千歳は言う
「なんとかしてみる……」
「チトセ!無理はダメだ……」
千歳はユーニスの唇を指で塞ぐとニッと笑って見せた
「おまえにばかりいい恰好はさせない…さ……」

ブーン!
回転音が近づいて来る、戦闘用ドローンの編隊だ。その数十二
この惨状の中、千歳は未稼働だった機体を検索し呼び寄せたのだ。
「やった!これで勝つる!」
「…フラグ立てんな」

「HOO…?」
十二体のドローンに囲まれるウォーターニンジャ
そして十二本のテーザーガンが同時に放たれた!
だがしかし!彼は動じない!ニンジャはセンジツのプロでもある!

「HOOOO!スイトンジツ!アリゲーターテイル!」
ウォーターニンジャは高速回転、水龍咆を十二方向へ同時に放つ
正確な射撃!切断!爆散!切断!爆散!切断!爆散!
ああ無残!テーザーガンは回転に弾かれ
十二体のドローンは一瞬にしてガラクタへとなった

「うっそー!?ニンジャ強すぎるよー!」
「…くっ…他の方法……あ……」
千歳の鼻からドロリと赤黒い鼻血が流れた……

「チトセ!?」
糸がカットされたパペット状態で千歳の体が脱力する。
一瞬、最悪な考えが浮かんでユーニスは全身が泡立つのを感じたが。
千歳を抱きかかえた腕に、鼓動と体温を感じてほっと息を吐く。

「脳の性能不足で、アプリに食われるリソースが増大したようだな。
ちょうどいい、この状態なら処置がやりやすい…。生け捕りにしろ」
「HOO…もう1人の方は」
太ったマスクから何かを期待するような、水中エフェクトのかかった声がする。
「殺せ」
「フォォォォォォォ!」
恐ろしい喜悦とともに水龍咆が発射される。
「くっ!」
千歳を引きずってユーニスは太い柱の影に逃げ込んだ。
鉄筋コンクリートの柱に深い切りこみが入り、ユーニスの頬を掠める。

「はぁ…っはぁ…!」
動かなくなった千歳を肩にかつぎ、廊下へ転び出たユーニスは必死に足を動かす。
ビシッ!
「ひっ!?」
足元に水龍咆!危うく転びそうになる。
ブシュッ!
「ひゃぁ!?」
水龍咆が鼻先を掠める!髪が数本宙に散る。
壁越しにわざと狙いを外して撃ち込み、弄んでいるのだ!

「遊びもほどほどにしておけ」
「ハッ!…フォォォォォォ!」
複数の水龍咆が発射!ばらばらに動いて壁をバターのように
切り裂いた!
「HOOOOOOOOO!」
針のように細い水流が、消防車の放水に拡大された!
「ぶわぁ?!」
圧倒的水圧を受けて、ユーニスは水浸しの廊下に押し倒される。

ガボンッ…。幾分スリムになったウォーターニンジャが壁を乗り越えて
ゆっくりと歩み寄る。彼のボディアーマーは超高分子特殊ポリマーの分厚い層
からなる、歩く貯水槽なのだ。

『GA…A…』
「鮫っ子!?」
浅い川となった廊下に黒焦げの鮫男が倒れ、湯気を上げる。
その後から、全身を炎に包んだファイアファイターニンジャ!
「おい、打ち合わせと違うじゃないか火が消えたらどうしてくれる」
「細けぇやつだ、ぶふぅ…」

「くっ…!」
万事休すである。ここで、ユーニスは無惨に殺され、千歳はウォン達のモルモット
にされてしまうのか…オルカはすでに焼き魚だ。

その時である、足元の水面がさざ波立つ、地震だろうか…突然2人のニンジャ達が
その場から跳ね飛んだ、一瞬遅れて瓦礫が吹っ飛び、壁が崩壊し、ビルの外まで
見晴らしがよくなった!
耳をつんざくような凄まじい重爆音!突然殴りこんできた破壊の嵐に、千歳を
胸に抱いてうずくまるユーニス、頭の上を特急列車が時速90マイルで爆走しているようだ!

酷い耳鳴りで痛い鼓膜にさらなる爆音の攻め!顔をあげると、差し込む朝日の中
ビルの外に、甲高いジェット排気を響かせF35Bステルス戦闘機が、ホバリングしながら
ビルの中を覗いているではないか!
「……なにこれぇぇ!?」
凄まじい風圧と水しぶきを受けながら、ユーニスが叫んだ!そして思った!
戦闘機って実物は思ってたんよりでっかい!

<<ガード1より司令部、目標を視認>>
パイロットの装着したヘッドマウントディスプレイ内、そこに亡霊のごとく
ゆらゆらと浮かぶ白いのっぺらぼうの姿!

<<司令部よりガード1、偵察ドローンの映像を確認した。奴らは極めて危険なテロリストだ
  釘付けにし、可能ならば破壊せよ>>
通信を受けた基地の司令部のモニターにも、幽霊めいた姿が一瞬横切る。
<<了解ラジャー>>
通信機からパイロットの虚ろな返事が聞こえる。
「…なぁ、いったいなんの作戦なんだこれ」
「わからん…」
「作戦中だ無駄口を叩くな、参謀本部直々の緊急オペレーションだ」
「イエッサー」
虚ろな目をした基地司令にどやされ、オペレーターはモニターに視線を戻した。
そこにも、白い影…。

ホバリングを続けていたF35Bが機体を傾けて移動する、エアインテーク上部の
蓋が開く、ヴォオオオオオオオオオ!!!内臓されたガトリング砲が文字通り火を噴く!

「ハァーッ!」
「HOOOOOOOO!」
凄まじい破壊がビルの窓ガラスをたたき割りフロア内の壁を柱を削り飛ばす!
流石のニンジャ達も回避に専念するしかない。

「ハァーッ!」
ファイアファイターニンジャが火炎放射(フレイムスロウ)!F35Bは機体を傾けて
回避すると、エンジンを響かせて飛びさり、すぐにUターンして戻ってくる。
ヴォオオオオオオオオオ!!すれ違いざまガトリングがさらに追撃!
「フォォォォォオ!!」
ウォーターニンジャが巨大な水柱を発生させ、辛くもガトリング弾を防ぐ!

「…はぁっ!?ぼけっとしてる場合じゃなかった!はやく、早く逃げないと…!」
千歳を持ち上げようとするユーニスの手にクナイダートが刺さる!
「イッ…!?」
「逃がさんぞ…」
煙の中から、青龍刀めいたナイフを手にウォンが迫る!

………
……


「…うぅ、頭が割れそうだ…」
チトセは薄暗い場所で目を覚ます、鼻を手の甲でこすったが、鼻血はついていない。
何か、体に違和感を感じる…。というか、服装が鮫潜水艦で着せられたゴシック
なドレスになっている。
「……ああ」
思い当たる節は2つ、気絶してる間に攫われたか、もしくは…。
2つ目の節があたりだ、目の前の巨大な洞窟は、全体が黒い粘菌
のようなものに覆われて、網の目の隙間に青白い光が明滅している。
よく見れば、黒い粘菌の根の1本1本に白い変形文字が流れるように表示されている。

ポポッコッ、コッコッ、ポッ、ポ…コココ…ポポッコッ、コッコッ、ポッ、ポ…コココ…ポポッコッ……

そして、あの音だ…。
無数に聞こえる、気味の悪いさえずりが、雑踏のざわめきのようにあふれている…。

「これは…」
千歳が立ち上がると側にあった粘菌の瘤が光って、映像を投影した。千歳達が
居たビルの回りを戦闘機が飛び回り、機銃攻撃を加えている。
映像に手を伸ばしかけて、千歳は止めた
蠢く壁。触れたら絶対良くない事が起こる
なにより、ぬるぬるとした見た目が生理的によろしく無い
見える範囲全てが文字列ののっぺら坊達が結合し融合した壁……
こんなのに取り込まれたらと思うとゾッとする

「…なんにしても…コレ外の状況だよな……」
これは現実世界を示した映像
つまりは自分達の居るビルが機銃攻撃を受けていると言う事
さらに言うのなら、のっぺら坊が千歳の意思を読み取っての攻撃

コポッ…コポッ゚……

「…はぁ…やっぱりどんどん酷くなって…ううん!?」
粘菌の瘤が浮き上がり地図が映し出される
ビルを中心に何か蜘蛛の糸の様な線がどんどん伸びている
知ってる名前に繋がった。山向こうにある軍の駐屯所だ
さらに糸は伸びる。州をまたぎ大規模航空施設のある基地へと繋がる

ココッ…ココッポ…ポポポ……

「オペレーション…なんだろう?制圧作戦…戦争でもする気かよ!」
さらに瘤が盛り上がり別の映像が映し出された
潜水艦の映像。何か発射装置の様な物が稼働している
ロケット?多分ミサイルだ、もしかして核ミサイル?

「まてまて!核なんて使ったらビルだけでなく私達まで吹き飛ぶぞ!?」
慌てる千歳に見せつける様に、次から次へ瘤が浮き上がり映像が投影される
大型の機銃を装備したヘリコプターの映像。ずらり並ぶ戦車の映像
ライフルを持ち走る兵士達の映像もある

千歳の横に、足元から糸が伸びる、ひょろ長い人型を編むと、体を曲げて千歳を
覗き込んだ。顔に変形文字の横テロップが流れはじめる。
口のあるべき部分の文字列がぐにゃりと歪み、耳まで裂けた悍ましい笑みの形を
とった!まるで、私の力は素晴らしいでしょう?と誇るように!

「こいつは…」
その瞬間、千歳は悟った。
こいつは、人の悪意や暴力といった本能的な欲望を、増大させる悪魔的な触媒なのだ!
催眠術は、かけられる人間が望まないことはさせられない、これが『催眠アプリ』
とはとんだ皮肉だ。

「ぐ…気持ち悪い…でも…止めないと……」
糸が伸びる程、頭に圧迫を感じる。吐き気すらある
しかし、かまっている場合では無い
ビルだけ無く街一つ、いや州が消し飛ぶ『力』が動きつつある
今、これをなんとか出来るのは千歳しかいない

「…例のキック行けるか…?」
鮫幼女達の潜水艦でのっぺら坊達を蹴散らした赤い閃光のキック
あれをまだ放つ事が出来るのなら……
なにより外ではユーニス…そしてオルカ達がピンチかもしれない

「やるしかないか…ワンツースリーで…せやっ!」
千歳は飛び上がると蹴りを放った、しかし……
あの時の様な声はせず、赤い閃光も現れない

「あ、私…死んだかも……」
このまま粘菌の壁に突っ込めば、絶対不味い事になる
死ななくとも、脳の負荷が限界を越え廃人コースかもしれない
さらに壁に大きな口が開く。蠢く触手の口

千歳が諦めかけたその時……
「─────」
声がした。知っている声だ
千歳の足が鮫色の閃光を纏った
そして鋭い牙が粘菌の壁を切り裂いた

インパクトポイントを中心に洞窟に亀裂が走り、粘菌達は光になって消滅!
陽光の差し込む海中に千歳は投げ出された。
すると、どこからともなく、鮫灰色の髪をなびかせた少女が、大型魚のように
泳ぎ寄ってくる。

競泳水着風の衣装を着た少女が、千歳の前で微笑む。

「えっと…また会えたな……」
「────♪」
漂いながら千歳はつぶやく様に言った
少女の笑みが妙に恥ずかしい
ユーニスが居たらきっと首を絞められる

ああ、そうだ、先に言わないといけないと事がある
彼女には二度も助けられた、だから言わないと
腕を泳ぐ様にしながら、少女へ近づき言う

「ありが…え!?」
「───!」
しかし、少女は魚雷の様に猛スピードで千歳に近づくと
両手で千歳の身体を突き飛ばした

「!?」
「──!」
大きな口が少女を飲み込んだ
少女の居た場所には大きな笑い顔
消滅したはずののっぺら坊の生き残りだ

いやアレは悪魔の様に計算高い
意図的に消滅を装ったのかもしれない
アレは肥大し増殖する
欠片でも残っていればアレは死なない……
「貴様らー!!クソっ!クソっ!」

コポ…ポポポポポ………

笑い声にも似た音が響く中、千歳の意識は途切れた
………
……

ゴンッ
「…ぷはぁっ!?…イタッ!」
「いたぁーい!」
目を覚まし頭を上げた千歳の頭が何かとぶつかった
何かの正体は声でわかるユーニスだ

「イタイ!イタイけどチトセが目を覚ました!…泣いてるの?」
煤塗れのユーニスの顔。 その顔を見ればユーニスがどれほど自分を心配したかわかる
そして自分が現実の世界へと戻った事も……

「…泣いてないやい……」
千歳は自分の目をこすった

ザンッ!
2人の目の前を青龍刀めいた幅広のナイフが遮る!
「うわぁ!?」
千歳は一発で目が覚める!
「ひゃぁ…あっイッ…だぁぁぁああああ?!」
ユーニスは手に突き刺さったクナイダートを鮫男にぶつけて悶絶!
「……」
鮫男内のオルカは沈黙!

「シィィ‥‥ッ」
口元を歪ませ、ウォンはワイヤーでナイフを手繰り寄せると、首を刎ねるべく
ナイフを逆手水平に構える。

「ウォン様!回避を!」
「フォォォォォォォォォ!?」
「!?」
ウォンが注意を側面へ向ける、F35Bがビルめがけて加速してくるではないか!

<<!?司令部!なんで俺は飛んでるんだ!?くそっどうなってる!?
  操縦ができない!何も動かせない!>>
コックピット内では正気に戻ったパイロットが、必死に回避を試みるが
機体は吸い寄せられるようにビルへ向かう。デジタルコンソールが乱れ
文字化けが、のっぺらぼうの顔をつくる。口元だけが笑みの形に歪む…。
<<もうだめだ…!イジェークト!>>
緊急脱出装置が作動、風防が吹き飛び、ロケット噴射の炎があがる!
パイロットは座席ごと機外へ!機体はビルへ突っ込み1億5千万ドルの花火と化した!
パラシュートに揺られながら、朝日の逆光の中そびえる高層ビルから黒煙があがるのを
彼は茫然と見るしかなかった。

「ごほっ…ゴホッ!小娘どもがぁ!」
ウォンは苛立たしげに、F35Bの残骸を蹴り上げた。
ウォーターニンジャがスプリンクラーのように霧状の水を散布して火災を
消火する
「奴らはどこだぁ!」
「ウォン様…」
「なんだぁ!」
ファイアファイターニンジャが指さす方を睨むと、そこには扉をこじ開け
られ丸見えになったエレベーターシャフトがあった。
「追え!保有者は頭だけ生かして連れてこい!残りの二人は殺せ!!さっさと行けグズ共がぁ!!」
「「ハッ!」」
2人のニンジャは即座にエレベーターシャフトへ消えた。

「小娘ごときに…おのれぇぇ!!」
手近な柱を殴りつける、腕が柱を貫通して鉄筋を粉砕した。

その時テンプレートで無味乾燥な着信音が鳴る。ウォンは警戒した。
電源を切ったはずのスマホが鳴っている…。
「ハッキングだな、その手には乗るか。画面を見なければ感染はでき…何ィ!?」
スマホから放電!ウォンのサイバネアームを伝って這い上がってくる!

「馬鹿なっ!?はっしま…ぐわぁああああ!」
一瞬、冷静な判断力を欠いたウォンは、画面を見てしまった!
不気味な文字列を張り付けたのっぺらぼうの笑みを見た瞬間、視界がホワイトアウトする。
放電がウォンの両目を直撃したのだ!

「ぐわっがぁあああああああ!」
黒い水たまりに飛沫をあげ、仰向けに倒れ込む。
「ぐわっがぁあああああああ!」
サイバネフィンガーが顔面を掴み、頭蓋が軋みをあげる!
「ぐわっがぁあああああああ!」
両手を無理やり引きはがす!見開かれたウォンの両目がオレンジの光を放つ!

「………」
光が収まり、金属の焼けた匂いと白煙が漂う、ウォンはぴくりとも動かない。
水たまりに落ちたスマホの画面で、不気味なのっぺらぼうが亀裂めいた笑みを浮かべていた。

◆4 Edit



水深200m付近…深海の水際を一頭のクジラが泳いでいる。
クジラは小さな海底渓谷のそばまで来ると。急に踵を返してその場を離れて行った。
渓谷の中にはクジラよりも巨大な魚影が…鮫ギャング団の母艦、ホーエルシャーク傾罎澄

「うーん…あっちもダメ、こっちもダメ…」
配管がむき出しの狭い廊下を、歩きタブレットしながらお団子頭の鮫幼女が歩く。
「ワッセワッセ…」
「イソガシイイソガシイ…」
通路の前後から大きな工具箱を抱えた一般船員鮫幼女がくると、お団子頭のハンマーは
タブレットに視線を落としたまま、ひょいと避けた。
「「ウワーッ!」」
ガシャーン!工具箱を抱えた鮫幼女は衝突したらしい。

「ウィウィ、やっぱり昨日からエラーがひどくなる一方だよ」
「ッチ!やっぱりあったまぐわんぐわんになる爆雷のせいか」
砂嵐やノイズが走る発令所のモニターを睨みながら、艦長のウィーゾルが舌打ちする。
「物理的損傷は無いよ、神経系も全部チェックしてきたでも…」
「アレだろ、意識ガどっか飛んじまってんだ」
装置の間から顔を出すのは、前髪が伸びすぎロングヘアのソウである。
「ギャー!浸水ダー!シズムー!!」
パイプから水が噴出し、鮫幼女に直撃する。ソウがバルブを閉めて水を止めると
エプロン姿の鮫幼女が、めんどくさそうな顔で清掃ワゴンを押して掃除しに来た。

彼女らの艦は、昨夜から調子がおかしくなり、航行不能に陥っているのだ。
「ニンゲン共とオルカの奴が何かしてったんだ!クソッ!」
ウィーゾルは苛ついて頭を揺らす、鮫灰色のツインテールも揺れる。

「アー……」
ソウが何か言いたげにハンマーと目を合わせ
「…んー…その事だけど…こういう場合は、オルカが居れば何か分かるんじゃぁ…」
ウィーゾルの恐ろしい白目が2人を睨む!攻撃の際に目を保護する瞬膜だ!
小さく悲鳴を上げる2人にウィーゾルがつかつかと歩みより、そのまま発令所を出て行ってしまった。
「…はぁ」
「…ぁーぁ」
顔を見合わせた2人は、ため息した。

「ナァ、ほんとにオルカが裏ぎったと思うカ?」
「…性格はともかく…悪い奴じゃないけど…」
「性格はともかくナァ…」
「うん…やっぱり、探しにいくべきじゃないかな」

頭を付き合わせる2人を後目に、エプロンの鮫幼女は、スマホゲーのアイコンをタップした。
海を舞台に、プレイヤー達が、気軽に撃ちまくれるのが売りのゲームだ。
彼女の全身武器だらけの自キャラが、魚と機械と人の入り乱れる戦場を、
超本格美麗3Dグラフィックで暴れまわる。

フィールドボスの巨大な艦影が見えたところで、画面にノイズが走った。
「ヘーイ!」
不機嫌な声をあげた。ここは海底で、通信環境は悪い、だが、ノイズはすぐ
におさまった。
オールウェポンを一斉射する絶好のポジションだ、彼女は舌なめずりする。
その瞬間、画面がブラックアウトした。

「ノォォ!ギョラーイ!!アアーッ!!」
思わずスマホをぶん投げる。溜息をして、すぐに拾いに行く。
ノイズが走り意味不明なザッピングを繰り返す潜水艦のモニター。機材の隙
間に落ちたスマホを拾う。

「ワッツ?」
埃を払ってスマホのボタンを弄ってみるも反応なし、壊れたか、ペシペシ
やってもだめだ。
ため息をついて、真っ暗な画面を見た。
『ケンランタルカミフブキハ…』
「ハァン?」
ブラックアウトしたスマホ画面に、世界中の文字を混ぜたような奇妙な文字
の羅列。
『オモイシルガイイハバカルコトハナイススメアツマレ…』
人には読めないソレを、彼女が読むうちに瞳のハイライトが消えて無表情に
なっていく…。
『ワタシコソガワタシコソガワタシコソガワタシコソガワタシコソガワタシコソ
ガワタシコソガワタシコソガワタシコソガワタシコソガワタシコソガワタシコソ
ガワタシコソガワタシコソガワタシコソガワタシコソガワタシコソガ…………』

「………」
狂い繰り返される文字列が、人の顔の形に盛り上がり。文字列を張り付けた
のっぺらぼうになる。そして耳まで裂けた笑みを浮かべた。
「grr bgthr lflflrggpbvv…」
エプロンをした鮫幼女の口から、およそ人では発声不可能な、うなりとも
喉につまった粘質な水を泡立たせるともつかない、不気味な声を発する。

「!?ティティ…?」
「ハンマーちかよるナ、あいつ…違ウゾ!」
振り返ったハンマーとソウが、不気味にうなるエプロンの鮫幼女から後ずさる。

………
……


個室があるのは、艦長のウィーゾルだけだ。
全長300m、規格外な巨大潜水艦でも、他の潜水艦の例にもれず、居住スペー
スは狭い。
暗い部屋でベッドに座ったが、すぐに立ち上がり、直径数十センチの楕円を
描 いてうろうろする。

鮫幼女は、じっとするのは落ち着かない。 ふと、壁に掛けられた写真に目が
止まり、立ち止まった。

完成直後のホエールシャーク靴料阿如∩完で撮った海中の集合写真だ。
最初はきちんと並んで撮影しようとしたのだが。全員が写真におさまったの
は、ホエールシャーク靴亮りを鮫幼女達が、イワシの群れみたく泳いでい
る写真1枚だけだった。

真ん中にいるのが昔のウィーゾル、ハンマー、ソウ。
少し離れて、はにかんだように笑っているのがオルカだ。
画面右下の、オレンジ色の日付は、随分と古い。

他の写真へ目をうつす、掃除中に踊り出した鮫幼女達の写真や、食堂で特大
誕生日ケーキを囲んでる写真、魚雷にへばりついて離れようとしない奴、
スーツが完成したその日にロボットサメダンス踊ってる鮫幼女達…。

オルカが真ん中にいる写真は1枚もない。一番最後に映った写真ではフードで
顔を隠していた。

ドンッ!扉がはげしく叩かれ、ウィーゾルは振り返る。
ドンッ!再びはげしくドアが叩かれる。音が嫌に重たい。
「おい!何を騒いでやが…」
「オラーッ!」
「うぉ!?」
ドンッ!ソウがぶん投げた鮫幼女が壁にぶち当たる。
「gvrrrthff…?」
足元に転がった鮫幼女は四つん這いに跳ね起きて、獣めいてとびかかった!
仲間の突然の凶行に、ウィーゾルは戸惑…わない!ノー躊躇でぶっ飛ばす!
「グブァー!」
「俺に喧嘩売るのか!上等だ!ぶっ飛ばしてやる!」
「ウィウィ!みんながおかしく…」
「GAAAAAAAA!」
「殴ってないで話聞いてー!!」
「無理ダ!コッチも余裕ネーゾ!」

狭い通路に殺到する鮫幼女達を、ハンマーは両手足を壁に突っ張り、自らを
壁にして押しとどめる。

「痛ッ!痛ひぃ!?噛まないで!…ギャッ!誰!?お尻噛んだの!?」
ハンマーが体を張る間に、ソウは階下へ通じる扉を開く。その時だ、通路の
反対側の扉が開き、鮫幼女の群れが殺到してくる!
「あ、これ私ヤバ…うわーっ!」
あっという間もなくハンマーは鮫幼女の濁流に飲み込まれる

「マズイ…ウィーゾル!先イケ!」
「ふざけんな!ハンマーが喰われちまってんだろ!」
階段へ押し込もうとするソウをひっつかんでウィーゾルが抵抗していると。
ハンマーに群がっていた鮫幼女達は、ハンマーの目の前にスマホを突きつけた。
顔を背けるハンマーの頭を抑え、目を開かせて無理やりに画面を見せる。
ものの数秒である、ハンマーの目からハイライトが消え、片方が解けた
お団子ヘア頭を揺らしてゴボゴボと唸りはじめる。

「ア゛…aA…Gァ……」
「ハンマー?おい……大丈夫なのか?」
鮫幼女達が動きを止めて、ハンマーのまわりでうぞうぞとしている。
ウィーゾルが声をかけると、ハンマーは、鮫牙を剥きだし、亀裂めいた笑
みを浮かべ。
「vfぁぁ…z、す…スマイル・メzi…krあぁ…grthth…ワタ、私ハ…グッgu…
グッグッ…わた…しは…”SMAILE・MAKER”…あa”…HA…Ga‥HAぁH…」
何者かが、ハンマーを操って発する悍ましい声!
鮫幼女達は、一斉に口を空けてグツグツと笑い出す。

「セイッ!」
「うわっ!?」
隙をついてソウは、ウィーゾルを階段に突き飛ばした!
そのまま階下の格納庫まで転がり落ちるウィーゾル!人間なら大けがだ!
だが、文句を言う暇もなかった。
「「「「「ぐrrrgはvv…gAaaAAAaaaha」」」」」
小型鮫潜水艇が並ぶ格納庫も、すでに狂った鮫幼女達に占拠されている!

「ウィーゾル!リトルジョーズに乗レ!」
階段を飛び降りてきたソウが、鮫幼女達を蹴散らしながらウィーゾルの
首根っこをひっつかんでぶん投げる!
鮫潜水艇(リトルジョーズ)の上あごが開いてウィーゾルを飲み込む。
「バカ!俺を閉じ込めてどうすんだ!…おい!」
鮫潜水艇の上部ハッチから顔をだし、ウィーゾルが叫ぶ。
「手動デ、キンキュウ発進だ。ハッチ閉メロ」
「お前…ふっざけんなバカ野郎!戦わずに逃げろってのか!この俺に!」
「聞ケ!このままじゃ全滅だ!艦長のお前ガやられたら、私ラはお終いな
んダ!……オルカを、見つけてクレ」
「おまえっ…!」
「これはオルカの仕業じゃない、私は仲間を信ジル」
制御装置を掴むソウに、容赦なく鮫幼女が群がる!

「ぐrrr…」
鮫潜水艇を揺らし、目を異様に光らせたハンマーが着地!ウィーゾルへ手
を伸ばす。
「くそっ!くそっ!!!」
ウィーゾルは、ハッチの蓋を閉めた、すぐに操縦席に飛びつくと機関を始動
させる。

「GAAAAAAAAAAAA!!!」
鮫幼女に埋もれていたソウの背中から、巨大な背びれと尾びれが生える!
「「「「「グヴァー!!!」」」」」」
尾びれに凪ぎ払われて鮫幼女達が吹っ飛ばされた!
ソウは、水かきのついた巨大な手でレバーを引き下ろす!

ブガーッ!ブガーッ!照明が赤に切り替わり、警告音が鳴り響く、
巨大な格納庫内はあっという間に海水で満たされ、ウィーゾルの乗った鮫潜
水艇は、うしろ向きに海中へと滑りだす。

海中へ泳ぎ出た鮫幼女達は、泳いで追うが、鮫潜水艇が全速前進を
始めるとすぐに距離を離され見失う。

「くそっ…ちくしょう!ふざけやがってぇええ!GAAAAAAAAAAAAA!!」
ウィーゾルは、やり場のない怒りを堪えきれず、潜水艇のコックピットで独
り吠える。
鮫潜水艇はただ1隻、深海の闇へと潜っていった…。

………
……


「Nooooooooooooooooooooooooo!!!!!!!!!!!!!!!」
エレベーターシャフト内にユーニスの絶叫が響き渡る!
「シャベルナ!舌噛ムゾ!」
ギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリ!!!オルカの鮫男が
掴んだケーブルが火花を散らし、片腕で千歳とユーニスを抱えている。
奈落の底へ目掛けて3人は落ちていく!
「……」
千歳は気絶している!

Boooom……? 地下の高層階直通エレベーター前で、見張りをしていた武装警
備員は、エレベータードアから響く衝撃に振り返った。
顔を見合わせ、銃を構えると、恐る恐るドアへ近づく。

チーン。エレベーターの到着ベルが鳴る。その瞬間!
「GWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」
「ワッザ!?」
ドアを突き破り、鮫男がラリアットの両腕で武装警備員を吹っ飛ばす。
BATATATATATATATA!!マシンガンが鮫男の体に火花を散らす!
鮫男はものともせずに距離を詰め、ガブリ!マシンガンを一噛みで破壊!
「オ、ォウ…ア゛ア゛ー!!?」
鮫男の鼻突きで武装警備員を吹っ飛ばす。吹っ飛ばされた武装警備員は、
駐車された車のフロントガラスを割って、ピュイピュイピュイと防犯ベルが
鳴る。

ヴィィーッ!ヴィィーッ!防犯ベルをかき消す警報のけたたましい大音声!
鮫男が振り向くと、武装警備員達が大勢駆けてくる!

「鮫っ子ー!こっち!こっちよ早く!!」
ユーニスは黒塗りの装甲バンに千歳を押し込みながら叫んでいる。
「エンジンヲ゛カケロ゛ ハヤグ!」
「わかってるわよ!ええと、キーは…」
BATATATATATATATA!!マシンガン!
「GAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
鮫男は手近な車をひっつかんで盾にした!

「キーはどこ…キーは…」
サンバイザーとかダッシュボードを漁るユーニス、だが見つからない。
ならば、配線をショートさせてエンジンスタートさせる、往年のアメリカ映
画でお馴染みの自動車泥棒テクを実践しようとするも、パネルが外れない。
そもそも、この車はプッシュスタート式だ!70年代の車と違って電子制御
のデジタルカーにアナログは通用しない!

「マダカ!ノロマ゛!」
「今やってるよ!!」
ドルルルッ!…フォン…。その時、突然エンジンがかかった。
デジタルコンソールが点灯し、カーナビが起動し
『グッモーニン サンアッシュクロス!今朝の天気は晴れ…』
カーラジオも流れ出す。

「ヅッ…うぅ…」
「チトセ!?気が付いたの!?大丈夫!?」
助手席の千歳が、額を抑えながら頷く。車のシステムをハッキングして始動
させたのだ。額にういた汗を手の甲で拭う。
「無理しちゃだめ!」
ユーニスが言う、危機的状況だが一番心配なのは千歳のことなのだから。
「お前こそ、大けがしてるだろ…」
「え?ああー…」
今までアドレナリンで忘れていたが、ユーニスの左手にはクナイダートが刺
さりっぱなしだ。
「かすり傷さ!」
「いや、思いっきり刺さってるからな?」
「サッサト出セ!!」
鮫男ボイスでオルカに怒鳴られ、ユーニスはハンドルを握りアクセルを踏み
しめた!

「GROOOOOOOWLLLLLLLLLLLLL!!!」
鮫男が盾にしていた車をぶん投げる!KABOOOOOOOOOOOOOOOOM!!
車は爆発炎上!地下駐車場に吹き荒れる炎を背に、黒塗りの装甲バンは
スロープを駆けあがり、バウンドしながら道路へ飛び出す!

バァー!真っ赤な高級EVスポーツカーにクラクションを鳴らされた。
「ったくどこのチンピラ共だ…」
赤い高級EVスポーツカーの運転席で、上等なスーツを来たサングラスの男は、
悪態をつくが、バンの荷台に張り付いた鮫男と目があうと、驚きサングラス
がずり落ちた。


バンの荷台に通じるドアがあいて、倒れるように鮫男が突っ伏する。
鮫男の背中が割れて、汗だくのオルカが起き上がる。

「フゥー!車ってマジで映画みたいに爆発するんだね!映画のフィクション
だとおもってたよ!」
ハンドルを握るユーニスが興奮気味に言う。
「…私がミサイルを撃ったんだよ。残りのも起爆させる…2・1」
KBOOOOOOOOOOOOO…
サイドミラーに越しに、今さっき脱出したビルの地下駐車場から、爆炎の
吹き出すのが見えた。
「ふぅ!」
ユーニスは、ギアを上げて、交通量の増して来た道路を加速する。

………
……


突然の爆発に、サングラスの男はあんぐりと口をあけていた。
すぐ後ろの車が、爆発に巻き込まれて、横転している。

彼が最初に考えたのは『なんにせよ、自分が巻き込まれなくて良かった』
であった。
逃走していった黒塗りのバンが、犯人だろうし。昨日、街で暴れまわったと
SNSでトレンドになっていた鮫男も居た。

しかし、自分には関係のないことだ。
この街では毎日事件が起こっていて、大事なのは関わらないことである。

ドガッシャァ!!真っ赤な高級EVスポーツカーのボンネットが崩壊!防犯ベルを鳴らす。
「ノォォォ!?」
サングラスの男は悲鳴を上げる!
グワッシャァ!!EVスポーツカーは横転!白煙をあげ虚しく防犯ベルを鳴
らす。

「ラッシュアワーか…ッチ、めんどうだな」
EVスポーツカーのボンネットを破壊した、球根型サイバネスーツのニンジャ
が舌打ちする。
「偽装工作だ、ハイ・タイド=サン」
EVスポーツカーを横転させたファイアファイター型サイバネスーツのニン
ジャがピシャリと言う。
「了解だぜ、インフェルノ=サン、優等生=サン、Hooooo!」
「貴様はプロ意識に欠ける、いまの言動もウォン様へ報告させてもらう」
「勝手にしやがれ」

ハイ・タイドから噴出された水蒸気が、インフェルノから発せられた熱気に
よって、瞬く間に数ブロックに渡って街を霧に覆う!

この時期のサンアッシュクロスで、朝に霧の発生することはめずらしくな
い。完璧な偽装工作である。
周囲はまたたくまに濃霧に覆われ、2人のニンジャは霧の中へ消える。

EVスポーツカーから、上等なスーツを台無しにしたサングラスの男が這い
出てきた。
あんぐりと、口を開けて、ニンジャの消え去った方向を見ていたら、クラク
ションを鳴らしながら、タクシーに追突され、EVスポーツカーは完全にひっ
くり返った。廃車確定である。

「見えたぞ!」
インフェルノが叫ぶ。
濃霧に姿を隠し、ビルの壁面、ベランダの手すり、標識や街灯などを足場に
宙を駆けるように、追跡する彼らは、千歳、ユーニス、オルカの乗った黒塗
りの装甲バンの姿を捉えた。

「Fuuuuuu…!」
「はぁぁ…ッ!」
ハイ・タイドの体が不気味に収縮して、周囲の水蒸気を蠢かす。
インフェルノから発せられる熱気がさらに増す。
彼らが、何らかの術を行おうとしているのは明らかだ!
だが、その時突然、スーツの通信機にノイズが走る。
「待て!通信機が作動している…!?」
「故障だろ?さっさとやっちまおうぜ」
「ハッキング対策に受信機を物理カットしてるんだぞ、構造上ありえない動作だ、続行は危険だ…」
インフェルノは非常に慎重な性格で『石橋も叩けば割れる』が座右の銘だ。
「ガキ共が何してようが、一瞬でカタをつけてしまえばいいだろう」
「だが……!?まて!ウォン様だ!」
「何!?」
インフェルノが術を解くと、ハイ・タイドを手で制する。
「!?ウォン様!?通信は封鎖では…!」
「フォ!?どういうことですか!?」
ビルの壁面に垂直に停止した2人が、ヘッドギアの耳を抑えて通信を聞く。

『…撤シュウ…しろ、今゛すグに…』
「しかし、ウォン様…」
『すGUダッ!』
「…ハッ」
インフェルノが、顔をあげると、ハイタイドは肩をすくめて首をかしげる。
黒塗りの装甲バンは、濃霧を抜けて走り去っていった。

一方黒塗りの装甲バンの中では…。
「霧!霧晴れた!?ニンジャは追ってこない?」
「おっおい!ユーニス!赤っ!赤信号ー!!」
「わぁぁぁああ!?」
寸でのところでハンドルを切って横から突っ込んできた車を回避した。

「うう、だんだん左手痛くて痺れてきた…!っていうか今気づいたけど貫通
してんじゃん!?エッぐいわー!」
「おい!金髪の!私と運転代われ!」
「その身長でアクセル踏めんの!?」
「後ろ向くなバカァ!サイドミラーぶつけたぞ!じゃあ黒髪の!お前運転
しろ!」
「車の免許は持ってないので」
「非常事態だろがバカだなっ!わかってたけどバカだなお前ら!」
「ぎゃぁあああ!ナイフ引っこ抜いたら血がっ!血がぁああ!」
「ユーニスー!?おまっ!血がっすっごいぞお前ー!?止血!左手かせ!
握っててやるから!」
「目霞んできやがった…千歳…私が眠っても手を離さないで…」
「眠る前にアクセルから脚を離せぇ!?…オルカちゃん涎垂らさないでコワイよ!?」
「じゅる…すまん、血の匂いに反応した」

装甲バンの中は大混乱だ。装甲バンはクラクションを鳴らされながら、ふら
ふらと蛇行する。通勤時間帯だ、交通量が増えてきた。
「!止まれ!ユーニス!ブレーキだ!」
「!」
キィィ!と急ブレーキ音をさせて、装甲バンが停止、オルカは荷台でひっく
り返った。

「警官だ、よかった…」
千歳がほっと息を吐く、911に電話するのは、のっぺらぼうに邪魔されそうで
ためらわれたのだ。直接事情を説明できれば、今3人の置かれている状況を
分かってくれるはず…。

突然側で急停止した、戦場を走ってきたかのような装甲バンに、警官たちも
すぐに気付いて近づいてくる。ユーニスはウィンドウを開けた。
千歳の英語は達者だが、やはり地元の人間とややこしい話をするのは、ユー
ニスに任せた方が良い。
オルカは空気を読んで、言わずとも荷台に鮫男と隠れてくれた。

「よかった、お巡りさん。お願い助けて欲しいんです…」
ユーニスが、バイト中でも聞いたこともないような営業ボイスと表情を繰り
出した。
相手が典型的な中年の白人警官だと見るや、即である。

(こいつは、こういうとこ結構したたかだよな…)
千歳は思った。
しかし、警官たちは、胡乱げな顔で車内を見つめていた。
無理もない、いくらユーニスが、ブロンド美人のモデル体型のティーンエイ
ジャーだとしてもだ、煤まみれに血まみれで、乗ってる車は弾痕だらけだ。

「…免許証とIDを見せて」
「はーい」
ユーニスはすぐに胸の間に手を突っ込む。ブラにしこんだ隠しポケットがあ
るのだ!ついでに、胸元をわざと相手に見せるようにするのも忘れない。

(したたかだよな…血も滴ってるけど)
シートに転がってたクナイダートで、自分のシャツを割いてユーニスの手に
巻いてやった。

警官たちは無線で連絡を取っているようだ。何て言ってるのかはわからな
い。
通勤の車たちが横を通り過ぎていく音が、車内に響く。

「……」
「どした?手が痛むか?」
「いや…」
なんだか、愛想をひっこめたユーニスが険しい顔をしている。
「君たち、エンジンを止めて、降りてくれるかい」
警官の1人が、穏やかにそう言った。映画や洋ドラマでみるのと違って
実際の警官は、物腰が柔らかい人が多い。
千歳は、言われるままドアを開けようとして…ユーニスに腕を掴まれた。
「どうし…」
「はい、はーい、今おりますから…」
そういって、ユーニスは、エンジンボタンに手を伸ばす降りをして…
ギャギャギャギャギャギャギャッ!!!!アクセルを全力で踏んだ!

「お、おい!?」
ユーニスは、停車中もギアをパーキングには入れてなかったのだ、いつでも
走り出せるようにドライブのままブレーキを踏んでいたのだ!
装甲バンは即座に加速!ババーッ!クラクションを鳴らされながら車線に飛
び出す!

「おい!どういうつもりだよ!?」
突然の暴走に、助手席で身を起こしながら千歳は抗議する。
「あの警官!」
「なんだ!?」
「怪我した女の子を見る目じゃなかった!もう1人はいつでも銃抜けるように
してた!私達のこと、ギャングかヤクの売人をしばく時の気配してた!」
「んな!?」
ユーニスは、危険に鼻が効く。それも千歳は信用してる。
だが、さすがに、今回は勘違いじゃないかと言おうとしたら、後方からパト
カーがサイレンを鳴らして追って来た!

「追って来たぞ!?」
「逃げたら追って来るに決まってるよー!」
決まってるはずだがユーニスはアクセルから足を離さない
ベタ踏み状態で加速を続ける

罅の入ったミラーで後ろを見れば
ブルーのパトランプの明滅が迫って来るのが見える
ミラーを見ずともサイレンの音で追われているのがわかる
「わかるぞ、私にはわかるぞこの後の展開……」
「うん、私のもわかるよ!」
千歳が言いユーニスが頷いた

「「ほら!」」 悪い予感は当たってしまうもの
最初は一つだったパトランプの明滅がどんどん増えて行く
一つ、二つ、三つとどんどん増え行く

「なんで警察に追われるのさー!?」
「アイツらが手を回したのか…それにしては早すぎる……」
三人が装甲バンで逃げ出してからまだ数十分程度
アイツら…ウォンの組織が警察に手を回したとして
下まで通達が回るのが早すぎる

「貴女達…話題になってるよ?」

後ろからオルカの声が聞こえた
千歳が振り向けば、サメスーツから上半身を出したオルカが端末を見ていた
「どう言う事だ…?」
「私見れないから言葉で説明してー!出来るだけ簡単にねー!」

「はぁ……、SNSだ。あらゆるSNSアプリでお前らの事が話題になってるぞ……」
言ってオルカが端末の画面を見せた
『凶悪テロリスト逃亡中!』『WEIRITEC社ビル爆破!911の悪夢再び!』
『国際テロ組織が関与か!?』『グラマラスなテロリスト現る』『厳重警戒中!』
『#テロリスト描いてみた!』『#金髪&黒髪』
もはや書かれ放題な情報が流れている

「…そんな…あ、ああ!あのアプリか…!?」
「アプリ!?あれはチトセが支配してんじゃなかったの!?」
「いや、今はもう…私達の敵…だと思う」
「どゆことー!?」
ユーニスが混乱するの無理はない、電脳空間で起きたことを知らない。
「やはり、あいつはお前には制御しきれなかったか…」

人の目では追いきれない更新速度で流れる画面を、黒い瞳に映して、オルカ
が呟く…。
「……」
後ろを振り返り、千歳は、オルカの諦観と怒りの混じった表情を見つめ…。
急ハンドルを切ったせいで、オルカは諦観と怒りの混じった表情のまま、横
滑りして荷台の壁に鮫男ごと叩きつけられた。

「なんでぇ!?路地にまで先回りされてるよぉ!」
ユーニスが泣きそうな声を出す!その横をミサイルが飛び出してフロントガ
ラスを突き破り、前方で炸裂!パトカーは左右に道を開け、中央を装甲バン
が突っ切る!鮫男の腕からミサイルが発射されたのだ!

「私達の位置情報もリアルタイムでツイートされてる、この街すべてが私達
を追い詰める監視網の中ってわけだ」
「パトカー撃つんじゃないよ!このっバカ鮫ー!罪が増えんでしょー!?」
「はぁ?直撃させてないし、爆発でどけただけだぞバカ、金髪」
(あ、オルカちゃんめっちゃイラッとした顔してる…)

装甲バンは大通りに飛び出す!通勤時間帯だ!
「ごめんなさい!ごめんねぇ!っつーかどいてよー!」
ユーニスは叫びながらハンドルを握り、装甲バンは、そこら中の車に横アタ
リしながら交通量の多いビル街の大通りを暴走する!

「ひぃぃ!車が全部こっちにむかってくるー!」
「ばかぁ!反対車線だぞ!?」
おまけにサイレンと回転灯の群れが迫る、オルカは無言で鮫男に搭乗した、
ヤル気だ。

「ユーニス!まっ…ユーニスゥゥ!!」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
交差点に突っ込む装甲バンの左右から20ftコンテナ車とタンクローリーが
挟み撃ちで突っ込んでくる!
そのデカさといったら、家一軒が猛スピードで突っ込んでくるごとくであ
る!まさにアメリカンサイズスーパーカー!

装甲バンは加速!後部バンパーをタンクローリーに吹き飛ばされながら
ぎりぎりのところで回避!
タンクローリーとコンテナ車は車体に火花を散らしながら、ぎりぎりの所で
衝突を回避、一泊遅れてパトカーの群れがタンクローリーとコンテナ車の壁
に次々と突っ込んだ!

派手な衝突事故の様子は沿道に群れた人々のスマホの写真で動画でコメント
で、瞬く間に拡散され炎上騒ぎとなる!

「あっはっっは!やった!巻いてやったわー!あはははは!」
「笑い事じゃない!って…ユーニス!避けろ!」
進行方向上にスクールバス!通学のための子供たちが乗り込んでいる!

「っくっ!!」
ユーニスはハンドルを切った!強く握るハンドルにべったりと血がつく!

スクールバスと衝突を回避した装甲バンは、ガードレールを突き破り、宙に
飛び出す。一瞬の浮遊感、3人の体はふわりと無重力にただよい…。
CRAAAAAAAAAAAAAAASH? 装甲バンは横転し下の道路に投げ出された!

市街を流れる川のフェンスを突き破って装甲バンは完全に停止した。
すかさずにサイレンを鳴らしながらパトカーが道の前後を封鎖するうように
殺到する。

「…このクルマさ、変形して泳げたりしないかなー?」
「あ、あー…どっかにボタンとか無いか…?」
ユーニスのボケに千歳が乗った

普段ならありえない状況、しかしそうなるのも仕方がない。
もはや逃げ場無し。目の前は川、背後には大勢の警察官
さらにヘリのローター音まで聞こえて来た
頭を出した途端スナイプ射撃されるかもしれない
それに装甲バンは横転した状態、これ以上走る事は出来ない。

何も出来ないまま時間が流れて行く
しかし……
「チトセー…何も言ってこないね?ほら『手を上げ出て来い!』とかさ?」
「これは、オルカちゃんの鮫男を警戒してるのか…?」
「…あーじゃあSWATとか待ってるのかなー?」
「最悪だ……」
横転バンの中、二人は横に傾いた状態のまま会話を続ける

「当たりかもしれないわよ?」 「え?」「え?」
しばらく無言だったオルカが口を開き
二人に端末の画面を見せた、ライブ映像だ
横転した装甲バンと距離を開け取り囲む警察
その中に物々しい武装をした一団の姿があった……

「オゥ…シット!完全にお尋ね者じゃん私達!」
「どうしよう…日本でもニュースになっちゃうかな…ああ…」
千歳の脳裏に浮かぶのは、『日本人女性テロ容疑で逮捕』のテロップと
連行される自分のニュース映像だ。
あまりに鮮明すぎて、またのっぺらぼうに頭をハックされたのかと思ったが
自前の妄想だった。しかし、現実になるのも秒読み段階だ。

「おまえー!お前が走って逃げたり、パトカー撃ったりするから!」
「痛い!痛いって!だって捕まっちゃうし!撃ったのは鮫っ子だよー!」
パニックになりかけた千歳がユーニスを揺さぶる。
「ひどすぎる…私たちはオーディション受けに行っただけなのに…ステ
ージじゃなくて、刑務所に行くはめになるなんて…」
泣けてきた。逮捕されたら強制送還で、国外追放だ。ダンサーになる夢も潰
えて無実の罪で犯罪者だ。
「チトセ……そこの鮫に脅されてたことにしようぜ」
「え゛ぇ…」
ユーニスは真顔で言ってのけた。
「バカイッテ ナイデ 、ニ゛ダイの方へコイ包囲ヲ゛突破スル」
鮫男を起動させながらオルカが言うと

『バンの搭乗者、両手を見えるようにして、車から出てこい』
バンの外から拡声器の声がする。SWATの配置が完了したらしい…。
チトセとユーニスは不安げに目を合せる、鮫男は体のパーツを動かし、ダ
メージを確認すると、低く唸って目を光らせた。

抵抗か、投降か。今すぐ決断しなければならない…。
「……」
「……」
暗い荷台の中で、二人は一呼吸だけのあいだ見つめ合い、答えを選んだ…
それは…

『鮫だああああああああああああああああああああ!!』
悲鳴に近い叫び声!続けてパトカーがひっくり返る音!
「チガウッ」
とっさに、鮫男の方を見た二人に、オルカが否定する。
ドガンッ!ガギギギッ!!!衝撃と金属破断音!横転したバンがひっくり返
されてタイヤを下に着地、運転席がもぎ取られ、荷台の中から外が見える。

「撃て!撃て!」
「仲間の鮫だ!絶対そうだ!」
「どうみても機械だぞ!?」
「サイボーグジョーズだ!」
銃声と怒号が鳴り響き、目の前を、巨大な鋼鉄の鮫が、腹ばいになって特殊
部隊の包囲に突っ込む!
スクラップマシンめいた大顎がパトカーを鉄くずに変える!銃弾を弾く!

再び千歳とユーニスは、オルカの方をガン見!言葉が出ない!
「リトルジョーズ ダ!」
オルカが叫ぶ
「ホエールシャーク靴両型潜水艇ダ!」
ホエールシャーク靴蓮∋幼女達のアジトの潜水艦だ。

「じゃ、じゃあ助けにきてくれたの!?」
「ユーニス危ない!」
ギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリ!!!
リトルジョーズははげしく火花を散らしながら、陸上で超信地旋回!
パトカーを警官たちを、SWATを尾びれで蹴散らし、バンの荷台を川へ叩き
落とすと、自らも川へ飛び込んだ!

「がぼごぼごぼ…!」
「…ぼはっ!?んんー!!」
3人は、荷台から水中へ投げ出される、濁った水中で千歳が驚いて指さす方か
ら、リトルジョーズがスクラップマシンめいた大顎を開いて突進してくる!

「んんんー!!」
(助けじゃなくて殺しに来たんだ!鮫にもニンジャにも警察に追われて、もうほんといい加減にしてぇ!!)
心の中で叫ぶと、ユーニスは必死に泳ぎ出すが、水中で人が鮫に敵うはずがない!
オルカの鮫男が、千歳とユーニスを抱えて猛然と加速するも、相手は
水中移動用のマシンなのだ。
あっという間に巨大な掘削機の刃のような鮫牙が、真後ろに迫り…。

ザバァァアアッ!
鮫が消えた川面を警戒していた、警官たちの目の前で、リトルジョーズが
垂直に浮上する!
銃弾を受けながら身を翻し、水柱をたてて潜ると、川面から突き出した背
びれもやがて消えていった……。

………
……


「……頭イタイ…」
「私も…っていうか、ここどこー!?」
輸送機の格納庫めいた薄暗い空間に、ユーニスの声が反響する。

「鮫潜水艇の中ダ…ソン…ウォンや警官カラハ 逃ゲラレタけど、
今度はウィーゾル達ニ捕まっタな…」
鮫男に乗ったオルカがそう言った瞬間だ!勢いよく前方の扉が開かれ
ユーニスと千歳を突き飛ばし、誰かが突っ込んできた!

「……お尻イタイ…」
「わぁ!?」
突き飛ばされた二人が尻もちをつく、余りの素早さに姿も見えなかった。
ゴッガァァァアアアッ!!空気が震えるほどの衝撃音!
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
そして、耳を劈く凄まじい怒りの咆哮!

「…かはっ!」
オルカの鮫男がショートして膝をつき、背中からオルカを排出した!

「…ぅぐ…ウィーゾル…!」
首を掴み上げられたオルカがうめく。
鮫灰色のツインテールを振り乱し、拳を振り上げたウィーゾルが睨みつける。
血走った目、様子が尋常ではない。

鮫男を素手で破壊した拳は、皮が破れ血塗れだ。
鮫牙を剥き出し、唸り、凄まじい怒りで震えてすらいる。
あまりの迫力に、千歳とユーニスも気圧されて言葉を失った。

「…オルカァ…てめぇのせいで…ガァアアアアア!!!」
ウィーゾルが拳を振り上げ、ゴッシャァ!生々しい打撃音!血飛沫が散る!
「ガッ…はっ!ごの…離せぇ!」
オルカも殴り返した!ドズッ!重い音がしてウィーゾルが前かがみに後ずさる。
見た目幼女な女の子が、喧嘩してる音じゃない!

「チトセー…可愛い子達が可愛くない音を出してるよー」
「…ああ…これどうするんだよ……」
はっきり言って二人の力ではどうにもなりません。

ユーニスも千歳も身体能力は平均値より高い
しかしそれは、俊敏さや持久力等ステージに立つための身体能力で
戦うための身体能力では無い。
街でいざこざがあった時でも基本逃げるか隠れる
それにこの国は銃社会、多少腕力があったとしても一発の弾丸で命が終わる
だから、逃げる事は臆病では無く賢い戦術なのだ。
なのだが……

「このままじゃダメだよな…どうにか止めないと」
「なんか棒で叩く?」
「…おまえ時々ぶっそうな事言うよな、それにおまえ今は無理だろう…?」
「え?…あ!ああ…痛いの思い出したー」
血塗れの左手を思い出し悶え始めるユーニス
「なんかごめん……」

「GRAAAAAAAAAAAAAA!」
「GAAAAAAAAAAAAAAA!」
オルカがウィーゾルに掴みかかり、壁にはげしく叩きつけると床が傾く。
ウィーゾルは蹴り返し、オルカは反対の壁に叩きつけられた。
潜水艇を揺さぶるケンカに手の出しようがない!

「てめぇの…せいでなぁ!!」
「何があったって言うの!…がはっ!」
オルカの顔面にウィーゾルの拳がめりこむ!思わずダウンしたが、すかさず
立ち上がりざま頭突きを喰らわせる。
「ごぁ…!」
ウィーゾルの鮫牙が飛んだ!
「はぁ…はぁー…だから!一体何があったっていってるでしょ…!」
ダンッ!仰向けに倒れかけたウィーゾルが足を踏み鳴らしとどまる!
「はぁ…ぺっ!何がだぁ…?何がだと!?艦がなぁ!仲間もみんな!
乗っ取られたんだよ!てめぇのせいでな!」
「……うそ…」
「GAAAAAAAAAAAAAA!!」
ゴッシャァアア!驚いて動きを止めたオルカに、拳がクリーンヒット!
膝から崩れ落ちる!

「う゛ぁ…ッッ!」
「GAAAAAAAAAAAAAA!!」
怒りの収まらず、ウィーゾルは止まらない!凄まじい拳の連打!
膝をついたオルカは立ち上がる事も出来ず、一方的に殴られ続ける!

「って、チトセ!これは流石に不味いよ!」
「な、なんとかしないとなんとか…ヒィッ!?」
近寄ろうとした途端、ウィーゾルの背中から鮫尾びれが生えて千歳の鼻先を
掠める。本能的にバックステップ!空ぶった尾びれは、潜水艇の床を
ひしゃげさせた!当たったら首が飛んでいた!

「お前が裏切ったからだ!裏切って!俺達から去って!おまえが…!!」
「ぐぅっ!痛ッ…!や、…ちがっ…違う…!私は…ッ!」
「違わねぇ…!お前の…せいで!!」
動揺と激しい殴打で、オルカは頭を抱えてうずくまるしかできない。
ウィーゾルは怒りにまかせて殴り続け、拳がさらに血染めになっていく。

「いやっ…やだ、止め…ッ」
「GROOOOOOOOWL!!」
「やめてぇ!お姉ちゃん!!」
「!?」
「!?」
「!?」
オルカの突然の叫びに、3人が一瞬固まった!
「げほっ…ウィおねえちゃ…」
「……」
血反吐を吐きながら、貼れ上がった目元に涙を浮かべて、絞り出すように
オルカが言う。血塗れの拳をふりあげたままウィーゾルは堪えるように
歯ぎしりをして…。

「1・2・3で…」
「ひっくり返せぇ!!」
「ガァッ!?」
一瞬の隙をついて、ユーニスが足払い、千歳はタックル。
床に、ウィーゾルを押し倒す!鮫幼女は仰向けにされると気絶する!
「はぁはぁ…ほんとに人間じゃないんだな…」
「ふぅふぅ…なにあの尻尾!鮫男よりヤバイじゃん!」
床にウィーゾルを引き倒し、千歳とユーニスは額の汗を拭う。
ふいに、ユーニスはオルカの方を振り向き…。
「なニ゛…」
ぐすっと啜り上げながらオルカが言う。
「おねーちゃんとか言ってなかった?」
「……」
「おねーちゃんって…」
「言ってない」
「お…」
「言ってない」
鼻血を手で擦りながら、オルカはそっぽ向いた。

………
……

「硬い!歯が痛い!」
「おまえなんでも食うなよ…でもこれ干し肉だよな…?」
言って千歳が箱からカロリーメイトの様な塊を摘まみ引っ張り出した
ユーニスが齧ったのは非常食として出された謎の物体。
一見固形肉の様だが、床を叩くとコンコンとするほどに硬い

「アザラシの肉をミンチにしてブロックにしたものよ」
潜水艇の倉庫を漁りながらオルカが答える。
「人間の歯は弱いな、なるほどだから年寄りの歯は少ないのか……」
「幼女つよい…あ、コレ舌で舐めると味が染み出すよー?」
「…アザラシの味だぞ…?」

美味しいのか?美味しいよ?と
二人がやりとりしていると
「…う…う…?」
うめき声が聞こえた、ウィーゾルだ
どうやら三人の話声で目を覚ましたらしい

「おい!テメーラなにして…」
ウィーゾルは立ち上がろうとして阻まれた
見れば両手と両足、それぞれロープで椅子に拘束されている
「なんだよ!この状況は!」
小さな艇内に大きな怒声が響いた

「んひゃっもうおひた!らいひょぶ?あぶひひゃい?」
「アザラシしゃぶりながら言うな。えと、ウィーゾル、話を聞いて
欲しんだ。私達は敵じゃ……」
「GRRRRR…ガアアアアアッ!」
千歳が話そうとするも、オルカの姿を見ればウィーゾルは吠え猛る!
手足を縛る太いロープが今にも千切れそうだ。
「ガッ…!?」

オルカが椅子を蹴っ飛ばして、仰向けに転がした。
再び気絶するウィーゾル、二人はちょっと呆気にとられる。
「……何?」
「いや、良いんだけど…」
「あっはっはっは!」
なぜかウケるユーニス。

「ぐっ…」
「わっほんとすぐ目が覚めるねこの子!」
ウィーゾルの側からユーニスが慌てて飛びのく。
「ガァッ!ぐっ!ぬぅ…!?」
ロープが鎖になっている。千歳はなるべく冷静に…
「オーケー、怒るのも無理はないと思うんだけど…」
「ぐぅぬぉおおおおお!!」
全身に力を込めるウィーゾル!ギシギシと悲鳴を上げる鎖!
「えいっ」
「ガッ!?」
キックで蹴り倒すオルカ!ウィーゾルは再び気絶する。
「もうちょっと説得する努力を…」
「私の代わりに殴られてみる?」
「あっはっはっは!」

「……」
ウィーゾルが、三度、目を覚ます。
「おい…」
ウィーゾルが口を開くと、オルカは無言で、椅子を蹴り倒した。
「話聞いてあげよう!?」
「あっはっは!」

………
……

鎖で椅子に拘束されたまま、ウィーゾルは3人を睨む。
オルカが、鮫男の修理をする音だけがしている。

「……鮫幼女達がそんなことになってたなんて…」
「どこも敵だらけじゃん!どうしよう…」
千歳とユーニスは頭を抱える。
ようやくウィーゾルから話は聞きだせたが事態はますます悪い方向に進んでいた。

「ハッ!よく言うぜ、てめぇらの仕業だろうが!’’スマイルメイカー’’なんて
ふざけた名前を名乗りやがったあれは、オルカ!てめぇが作ったんだろ!
お前らもグルだ!」
ウィーゾルが吠える、言い返したのはユーニスだ。

「ヘーイ!待ってよ、私とチトセは100%被害者だかんね!?洗脳アプリもニンジャも
鮫ニンゲンも、昨日まではフィクションの中の存在だったんだよ!?それが何?
チトセは頭にコンピューターウィルスをインストールされて、暗黒メガコーポの
ニンジャに命を狙われてさぁ!?鮫のUMAには何度も喰われそうになるし!
オーディションにも落ちて、私は掌の向う側が見えそうな穴開けられてんだよ!?」
「知るか!ごちゃごちゃうるせぇ!喰っちまうぞ!」
「上等だよ!フカヒレスープにしてやんよ!」
「落ち着け!お前まで喧嘩してどうすんだよ!」
千歳はユーニスを羽交い絞めにして、がるるる…と威嚇しあう二人を引き離す。

「ウィルスか…なるほど、近いかもね」
「ああ!?なに他人事みたいに言ってやがる!」
「まぁまぁ…落ち着いて…今は何でもいい、分かることがあるなら知りたい」
ウィーゾルを千歳がなだめると、オルカは手を止めずに言葉を続ける。

「アプリ…’’スマイルメイカー’’はウィルス…いや、寄生虫なんだ。そう考えると、行動
に説明がつく。
アイツは初め、黒髪の脳に寄生した。けれど、黒髪は宿主には適さなかった。
人の欲望が餌なんだ。欲望を刺激し、自分の力を使わせることで肥大化していく…。」

「話を聞けば、黒髪は、何度もスマイルメイカーの誘いを拒否したんでしょ?」
「あれは…うん、絶対に危険なモノだから…」
オルカの言葉に千歳がうなずく。命を守るためだったとはいえ、奴の誘いに乗った時に
スマイルメイカーは、力を見せつけるように軍隊まで動かしてみせた。
それに、対峙した時の悪魔めいたおぞましさ…強い拒絶感も、体が憶えている。

「だから、餌をくれない黒髪を見限って出て行こうとした。
そして、目をつけたのが…ホエールシャーク靴裡腺匹世辰燭鵑澄
「チトセが電脳空間?で出会ったって言う鮫の女の子?…可愛い子だった?」
「…今そこ気にするとこか?」
横からどうなの?と覗き込んでくるユーニスを、押し返して、続きを促す。
「grrr…」
話がよくわからないのか、ウィーゾルは唸りっぱなしだ。

「…ホエールシャーク靴機能不全になったのは、AIがスマイルメイカーに取り込ま
れたせいだ」
「やっぱりてめぇらのせいじゃねぇか!…おい!仰向けはやめろ!」
「オルカちゃんやめてあげて」
千歳が言うと、ふんっと鼻を鳴らしてオルカは、椅子の背から手を放す。
「艦のAIはまだ無事だよ」
オルカが言った。

「彼女には、外部からの攻撃に対するセーフルームがある。きっとそこに逃げ込んだんだ。
根拠は2つ、スマイルメイカーが潜水艦を動かせていないこと。
そして、乗組員に狙いを変えたこと…。
私達を操って、セーフルームを物理的に突破しようとしてるんだ」
「突破されたら…」
「今は黒髪のもつ保有者権限で、行動が制限されているけど。それが無くなる。
檻を飛び出して、世界に解き放たれる…。世界中の人間の欲望を煽って、自
分を使わせようとするだろうね…」
「世界中の…」
そうなったら、冗談じゃなく人類社会の破滅を意味する。千歳は息を飲だ。

「はい!」
「はい、金髪の」
「作ったのオルカでしょ!責任取って!」
「人間のことなんかどうでもいい!仲間の洗脳を解きやがれ!」
そういう、ユーニスとウィーゾルにオルカはため息して
「…黒髪の、停止スイッチは押せる?」
「え、何それ?」
「万が一に備えて、プログラムに緊急停止コードを入れて置いたんだけど…
電脳空間?にアクセスする時、必ず手元にあったはずだよ。
見たら絶対わかるカートゥーンの自爆スイッチみたいなやつ」
「…え?」
千歳が首をかしげる、そんなもの影も形もなかった。オルカがため息。
「…やっぱり、正規の使用者じゃないからバグったんだ…」
「チトセェ…」
「ハァ…」
「なんかごめん!」

居たたまれない気持ちになったが、千歳は頭を振って気を取り直す。
「でも…停止スイッチであいつは止まるんだよな?」
「うん、プログラムの根幹に食い込んだコードだし、機能自体は保持されてるはず」
「よし…!」
千歳はうなずくと、ウィーゾルの前へ行く、そして目を合せる
「ア?」
鮫牙を見せつけるウィーゾルを恐れず言った
「私達に、協力してほしい」

「ハァ?」
「えっ!?」
「うん??」
呆気にとられるウィーゾル、ユーニス、オルカ。

「話を聞いて分かったんだ。私は、あの子…AIに接触するとパワーアップ
できる。だから、停止スイッチを押すには、あの子に助けてもらう必要がある。
それには、もう一度鮫潜水艦に行って、あの子を助け出さないと…」
「ちょっ、ちょい待ってチトセ!それって、洗脳された鮫幼女がうじゃうじゃ居る
潜水艦に行くってことだよね?」
「そうだな」
「それで、チトセがスマイルメイカーって奴に支配された電脳空間にアクセスして
スイッチを入れてくるってことだよね??」
「あの子を助けだして、協力してもらうんだ」
「チトセが死んじゃうでしょー!?」
ユーニスが叫んだ。

「ゴリラより強い鮫っ子だよ!?それに’’スマメイ’’に廃人にされかけたって言ってた
じゃん!チトセは超かわいいけどキャプテンアメリカでもアイアンマンでもないんだ
よ!?ただの超キュートな女の子なんだよ!?」
「いや、まぁかわいいのはおいといて…聞いてくれ。
…私はスマホを取り違えて、巻き込まれただけかもしれない。
…でも、スマイルメイカーの誘いに乗って力を使ったんだ…」
「しょうがないじゃん!死にそうだったんだし!」
「それに…あの子を助けなきゃって思うんだ。」
「チトセ…」

「あの子にとって、私はやっかいな奴を連れてきたうえに、自分を利用しようと
してただけの存在だったはずだ。だけど、何度も助けてくれた。そのうえ身代わりに
なって私を庇ってくれたんだ」
それでも…と言うように、泣きそうな顔で首を横に振るユーニスの肩を抱いて言う。

「確かに私はヒーローじゃない、ただの小娘だ。
ユーニスが居なかったらサンアッシュクロスで生きていけなかったし、あの子に助けら
れなかったら今ここに居なかった。
だから、お前をおたずね者になんてさせないし、あの子をスマイルメイカーや
ウォンみたいな奴らの好きにさせたくない!」
迷いなく、そう言い放つ。そして、ウィーゾルに向き直り。

「うまくいけば、ウィーゾルの仲間達も助けることができる。
だから…協力して欲しいんだ。うまく行ったら、おせっかいかもだけど…オルカちゃん
のことも許してあげて欲しい。彼女はウォンのバカヤロウに利用されてただけなんだ」
「……」
ウィーゾルは、沈黙したままじっとチトセを睨む。鮫のような目だ。

「…鎖を解け」
ややあって、唸るように言った。
「ちょっチトセ!?」
「止めた方が良い、潜水艇の操作なら私でもできる…」
そう言う二人に、千歳は大丈夫だと制して鎖に手をかけた。

ジャラジャラと音を立て、鎖が床に落ちる。
「grrrrrrr……」
低く、長く唸りながらウィーゾルが立ち上がった。
そして、オルカを睨むと、操縦席へ行く。
「隠れ家は俺しか知らねぇ、シャークティースも洗脳された、見つかりゃ
魚雷をぶち込まれる。…そいつにゃ無理だね」

操縦桿を握ったウィーゾルが、潜水艇を始動させながら振り返る。
「何ぼさっとしてやがる!さっさと支度しろ!艦長命令だ!」
千歳たち3人は、顔を見合わせて頷いた。

◆5 Edit



ユーニスは深く溜息をした。
剥き出しのフレームに配管が這う天井が、切れかかった蛍光灯に照らされる。
鮫潜水艇(リトルジョーズっていうらしい)は敵の手に落ちた母艦へ、深く静かに潜航
しているらしい。

操縦席のウィーゾルは、背中越しに殺気を漂わせて。千歳とオルカは、鮫男から引っ張り出
したコードやらを頭につけて、ハッキングの準備をしている。
ユーニスは完全に手持無沙汰で、クナイダートで穴の開いた手が痛い。

「(傷残るよねぇこれ…後遺症とかあったらやだなー利き手じゃないだけましか…)」
「痛ッ…!」
怪我のことを意識したら、急に痛みだして悶えた。
刃物で手の平を貫通されたのだ、圧迫止血してないと血も吹き出す。
即病院レベルの大けがだが、今は我慢するしかない。

「ねー千歳ー電脳ダイブどんな感じー?また具合悪くなったりしなさそう?」
「ん?んー…今度はオルカちゃんとブレインシンクロ?ってのをするから、私の負担は
ずっと少なくなるらし…」
「ちょっと、時間無いんだからこっちに集中して。金髪の、邪魔しないで」
「お、おう…ごめん」
千歳はほっぺたを抑えられて、ぐいっとオルカの方へ向けられてしまう。
おでこをくっつけ合って見つめ合う格好で密着している。電脳戦は現実からは何をしている
のか分からない。
「むぅ…」
ずるい、私もやる!と言いたいところだが我慢するしかない。

操縦席の方をそっと覗き込む…。
見たことないけど、人間の潜水艇は、こんな見た目はしてないのは分かる。
奇妙な操縦席の、ゲーミングチェアに座ったウィーゾルがいる。

「…邪魔したら喰うぞ」
ウィーゾルは振り返りもせず、目を閉じたまま言った。
「なんで分かったの!?鼻?やっぱ鼻とか効くの?鮫だし…」
「うるせぇ!こっちは忙しいんだよ!」
「え、そうなの?全然揺れないからまだ出発してないのかと思ってた」
「おまえな…」

「(ユーニスの奴、騒がしいな…。平気って言ってたけど怪我が辛いのかな…)」
「金髪はほっといて、こっちに集中して」
思考を読んだようなオルカの言葉に、千歳は驚いた。

「やっと脳活動がリンクし始めた…。鮫幼女同士なら簡単にできるけど、あんたは
頭の中のスマイルメイカーのコアプログラムを通してやるし、人間だから。
脳神経を怪我したくなかったら、私だけを感じて…」
「(ユーニスがちょう反応しそうなセリフきた…。いかん、集中だ…)」
一瞬、眠りに落ちる瞬間のような、意識が自分の中から抜けていく感覚がして。
はっと意識を確かにした途端、海中に投げ出されていた。

「おあっ!?」
巨大魚の群れが視界一杯に泳いでいる!
一匹が目の前を塞ぐように前へでて、思わず腕で庇おうとする。
腕の感覚が無い。
驚いて身をよじると、他の魚とぶつかりながら、群れの外へ出た。
ラッシュアワーめいた巨大魚の群れが、頭上を高速で泳ぐ。

……一方鮫潜水艇内。
突然大きく揺れ、床の上を物とかユーニスが転がった。
「むがーっ!?おいっオルカ!てめぇ!そいつの思考が’’こっち’’に混線してんぞ!」
「うっさい!分かってる!’’スマメイ’’の出力が高すぎるの!」
「痛ッッだぁああ!怪我してる方の手をついちゃっ…イッダァァア!!!」
「そいつも黙らせろ!」
「こっちで手一杯!」
「いぃぃぃぃ!!死ぬぅぅ!!!ぎゃー!?また出血したー!」
「うるせぇ!ぶっ殺すぞ!」
「死ぬぅ!!」

……現実では眠ったまま、千歳の意識は、まだ潜水艇と同期している…。
海中だ。奇妙に明るく、地上と同じくらい遠くまで見渡せる。
深い蒼海の色に染まる、広大な地平線の上を、浮かぶように飛んでいるのだ。
幻想的な海底の空を、巨大なジンベイザメ型のシルエットが横切っていく。

壮大な景色に一瞬見惚れると、体が誰かに操られるように勝手に動いた。
速度をあげ急降下させられる、地上のよりも、深く高い渓谷へ飛び込んだ!
頭上で巨大魚の群れがぱっと散る。目を凝らす…というか”鼻先にピリピリする”妙な
感覚に集中すると、小さな人影が、自分の体の何倍もある魚の群れを、追い散らしているの
が分かった。

「(あれ…鮫幼女だ!それじゃあ、あの大きいのが母艦か…)」
「おい!操縦に割り込むんじゃねぇ!死にてぇのか!」
「!?」
急に、ウィーゾルの怒声が響いて、千歳の意識は潜水艇に戻って来た。
頭のてっぺんがなんだかちりちりする…。

「…潜水艦が見えた。もう近くまで来てたのか」
「そうよ、時間がない。
今度は私の目を見て、ぎりぎりまで意識を’’あっち’’に飛ばさないで!」
「わ、わかった…」
オルカにがっちり顔を掴まれて、まつ毛を、数えられそうな距離で見つめ合う。

「…よし、死角に入ったぞ、ここなら見つからない」
潜水艇を操縦する手を止めて、ウィーゾルが言った。
「むぅ…また千歳と鮫っ子が見つめ合って…」
ユーニスは腋と手のひらを必死に圧迫しながら、千歳とオルカをぐぬぬ…と睨む。
「俺らは頭の特殊な器官で、網膜を通して…なんだ…つながるんだよ、頭が。
’’すまいるめいかー’’とかいう奴も原理は同じやつだ…たぶん」
「…ガチ恋距離…うらやましい」
「…何言ってんだお前」

………
……


「あれっ…また海の中に…」
眠りに落ちる瞬間が知覚できないように、ぎりぎりまで意識を保っていても
気づかぬ間に、千歳は再び、深い蒼に染まる海の空にいた。

「大丈夫、今度は上手く行った」
「オルカちゃん!」
千歳のすぐ側に、オルカが泳ぐように降りてくる。
競泳水着風の服に、黒いパーカー、潜水艇内の姿と同じだ。
「なんで私はゴスロリ服なんだ…これ昨日着てたやつだな」
千歳は、黒いゴスロリ服だった。

「上に母艦が見えるでしょ?侵入して制御AIを取り返しにいくよ」
「スルーされた…。あ、うん、わかったそれでどう…」
ビュンッ!水中をビームが飛ぶ、爆発!千歳は吹き飛ばされる!
「うわぁ!」
「いきなり!?気を付けてよね!」
オルカに岩陰に引っ張りこまれる。
「ポコココ…ポッココ…コ」
不気味な小鳥の囀りめいた声がする。
襲撃者達が殺到して来た。兵士、クリーチャー、ロボもいる!
まるでゲームキャラクターの寄せ集めである。
何より異様なのは、皆一様にスマイルメイカーの歪な文字列お面をつけている!

ジャガッ!襲撃者たちが銃、斧、牙!武器を構える!
間違いない、敵だ!こっちの武器は!……無い!
「武器をイメージしたら出てくるのがお約束じゃないのか!?」
「シャァーッ!」
あたふたする千歳を尻目に、オルカがその場でターンをする。
背から巨大な尾びれが伸び、襲撃者共を一蹴した!

「やっぱり鮫幼女って尻尾出せるんだ!ってあれ…」
「尾びれだよ、どうしたの」
ノイズになって消えていく襲撃者達の姿が、一瞬、倒れた人間に見えて…。

「…この敵キャラみたいなのってまさか…」
千歳は頭上を見上げた。
雑多なキャラクター達が銃やミサイルを撃ち放ち、マグロが口からレーザーを吐く。
まるで大混戦のゲームフィールドだ!
彼らは何者なのか?

―同時刻。世界のどこか…。

アジア系の青年がゲーミングPCでオンラインゲームに興じている。
薄暗い部屋、メガネには画面の明かりが反射する、その中にスマイルメイカーの文字列
のっぺらぼうお面が揺れる!
別の国の、ラップトップでゲームをする黒人の少女がいる。彼女のラップトップの画面にも
スマイルメイカーが入り込んでいる!
さらに南米のどこか、派手なシャツを来た男のスマホ画面にスマイルメイカー!
仕事をサボってSNSを眺めているホワイトカラーのPC画面にも!

地域、国籍、性別、年齢問わず、彼らは、クラウドシステムの人間サーバーとして利用され
ているのだ!本人たちに自覚症状はない!
脳容量をかすめとられた彼らは、本人も知らぬ間に電脳攻防戦に駆り出されている!

特にリソースを喰われているのは、数時間前、配信されたばかりのゲームのプレイヤーだ。
開発者不明、配信元不明、プラットフォーム、ネットに接続できる機器なら何でも。
事前情報も何もなかった、謎のゲームは、DL、同時接続数を爆上げしながら、その他の
あらゆる有名ゲームの記録を秒で更新し続けている!

まるで疫病だ。そう、これはスマイルメイカーの仕掛けた洗脳なのだ!
巨大なジンベイザメ型のボスは、鮫潜水艦のAI、千歳を助けた鮫の少女が立てこもる砦だ。

プレイヤーは自分の意思でゲームをプレイしながら、スマイルメイカーのハッキングを
手伝わされているのだ!
人間を無自覚のうちに闘争と破壊の衝動へ駆り立てる、これがスマイルメイカーの本性!

―同時刻。電脳深海、バトルフィールド。

頭上の巨大なジンベイザメ型の潜水艦が、ホーミングレーザーを発射!
命中したキャラ達はノイズになって消滅!

「スマイルメイカーの攻性プログラムを、母艦のシステムが迎撃してるんだ。
やっぱり、’’彼女’’はまだ無事だ!」
「ポコココ…!」
不気味な囀り!スマメイ面の大男が、バトルアックスを振り上げオルカに襲いかかる!
「シャァーッ!」
「待ってー!」
千歳はオルカを引っ張って止める。パガンッ!バトルアックスが岩を抉った!
「あっぶな!…何すんの!」
「こいつらはスマイルメイカーに操られてる人間だろ!?
この空間で意識体を殺したら…」
「シャァーッ!」
オルカは千歳を無視して大男の頭を鮫牙で噛みちぎった!
大男はノイズになって霧散!

「ああー!」
「脳にプログラムを、植え付けられた黒髪とは違うよ。利用されてることにすら気付い
てない、現実でのフィードバックも、ちょっとビリッとする程度だよ」
「ほんと…?」
「……ホント」
一方現実世界、アジア系のメガネゲーマーが突然スタンガンをあてられたように痙攣失神!
命に別条は無い!

「他人より自分の心配をして。
あんたはここで死んだら、現実でも脳が焼き切れて死ぬかもよ。同期してる私もね」
「死…ええっ!?そういうのやる前に教えて欲しかった……。
ってぇ!オルカちゃん!魚雷!あれ魚雷だよねー!?」
鮫潜水艦が魚雷を発射!魚雷は一定距離まで進むと、回転して小型のクラスター魚雷を
まき散らす!
ドドドドドドドド!!
雲霞のごとく群れるスマメイの操作キャラ達を、爆発の連鎖で一網打尽にする。
ドゴゴゴゴゴゴッ!!
さらにクラスター魚雷が海底にも降り注ぎ、絨毯爆撃!

「うわぁ!!」
「きゃあ!!」
千歳とオルカにも容赦なく爆発が襲った!

………
……


一方その頃……
「うぐぐぐぐぐ……」
 ユーニスは唸っていた。
 すぐそこに千歳が眠っている。眠っているが手を出せない。
 正確には眠っている訳では無い。
 今の千歳の意識はオルカと共に電子情報の世界へ旅立っている。
 
「チトセの寝顔可愛い、可愛いのにうぐぐぐ……」
 でも目を瞑って動かないのなら、眠っている事と変わらない。
 眠った千歳の寝顔ははっきり言って可愛い。
 頬を突きたい、撫でたい。
 でも触れたら千歳の意識が覚醒し、潜入作戦が失敗してしまう。
 だから、触れる事が出来ない。それでも……
  
「うう、チトセかわいいかわいい……Auchi!」
 叩かれた。叩いたのは幼い小さな拳、だがゴツンと音がしそうな強さで叩かれた。
「さっきからうるせぇぇぇ!潜伏中に騒ぐな!」
 ウィーゾルだ。
 ユーニスが顔を上げれば、振り向かずに左手を鮫の口の様に開いたり閉じたりしている。
「…痛い、それに私よりウィウィの方が声大きい!」
 さっきも急にむがーって叫んだし。
 
 ウィーゾルはユーニスに見えない何かを見ている。それが何かわからないが
 あの身体のどこから声が出てるの?と言いたくなるほど声が大きい。
 しかし、ウィーゾルは怒鳴り言う。
 
「俺様は艦長だからいいんだ!」
「独裁政権だー!でもさぁ、ウィウィはいいのー?」
「は?何がだ?それとウィウィ言うな!」
 訳がわからんっと言った顔でウィーゾルが振り向いた。
 これをヨシ!とばかりにユーニスは言葉を続ける。
 
「ほらさ、可愛い妹がおでこくっつけて他の子と寝てるんだよ?むがー!ってならない?」
「むがー?意味がわからん。噛むぞ」
「噛んでる!」
 いきなり頭を噛まれた。
 
「がう!」
「うう、言い方が悪かったかなー?
 つまり、えっと…こー心の奥がもやもやってしたりさー」
 ユーニスは語りながら自分の胸に右手を当て、左手を天へ掲げ上げた。
 それを、覚めた目で見ながらウィーゾルは言う。

「嫉妬って言うヤツか?だとして、なぜそうなる?そもそもだ……
 俺とアイツのマ…母親は違うぞ?」
「え?そなの?でもさでもさ!だからこそじゃない?」
 一瞬ママって言いそうになった?と思いつつ、ツッコミはしない。噛まれたく無いから
 しかし、二人が同じ母(?)から生まれた姉妹で無いと知りユーニスのテンションはさらに上がる。
 
 いや、むしろ先程から妙に高い。
 だとしても、それが分かる千歳の意識は今はここに無い。
 だから、ウィーゾルにはユーニスが小うるさく絡んでいる様にしか思えず。

「ああ?何がだからこそなんだ!?」
「本当の姉妹じゃないって事はさー、もっとこういちゃいちゃしたり……」
「はぁぁぁぁぁ!?」
 狭い艇内に可愛いくも大声が響き、続けて鈍い音が響く
 
「Auchi!なんで叩くのー!?」
「おおおまえが訳の分からない事を言うからだ!!」
 これまでのウィーゾルとは違う、明らかに動揺している。それに顔も赤い。
 だからユーニスは直ぐにピンっと来た。
「…ウィウィこう言った話に免疫無いタイプ?…Auchi!」
 当然の如くユーニスは叩かれた。しかし今度はあまり痛くない。
 
「…ったく、余計な事ばかり言いやがって……」
「あはははは、何かしゃべって無いと手が痛くてさー。
 それに、ウィウィと話してるとなんかおもしろいしー」
 ユーニスは笑いながら、穴の空いた手を掲げて見せる。血が垂れましたよ
 出血が止まらず血が垂れる程の怪我
 しかも、鈍いジンジンと止まらぬ痛みもある。なのに、なぜか妙に意識が高揚している
 多分、エンドルフィンが出まくっているのでしょう。
 
「………」
「あう!痛い痛いって!噛まないで噛まないで!」
 いきなりウィーゾルがユーニスの手を掴み立ち上がった。
 幼女とは思えない腕力。
 もしウィーゾルの方が背が高ければ、そのまま持ち上げていたかもしれない。
 
「ああ…もしかして怒った?ねぇ怒った?」
 問い掛けるもウィーゾルからの返答は無い。
 相手が幼女でも流石に無言で腕を握られ続けるのは怖い。
 共同戦線を張る事を決めたが、これは距離感を間違えてしまったかも?
 一瞬不安になってしまう、が……
 
 シュッ。
 
 何かの噴き出す音、スプレー音だ。
「え?冷…うぼあああああ!?」
 一瞬手が凍り付く様な感覚、続けて刺す様な激痛。
 ユーニスは握られていない方の腕をぐるぐると振り回し悶える。

「痛い痛い!死ぬ死ぬ!」
「死なん!消毒だ!ムシも死ぬやつだから痛いのは当然だ!」
「死ぬって痛いって?え…消毒?でも痛い!」
 ムシ。寄生虫の事だろう、海の魚は表皮や鱗に寄生虫が付く事がある
 海で暮らす鮫幼女達にとって寄生虫は死活問題。対策は必須なのだろう。
 だとしても、しみるし痛い!

「だから少し我慢しろ!治療してやるってんだ」
「治療?でも痛い!穴開いてるし!」
 ウィーゾルの治療と言う言葉で僅かに冷静になるも、やはり痛い。
 
「この程度の穴なら綺麗に塞がるから安心しろ!」
 言ってウィーゾルは側の引き出しから見慣れぬチューブ薬を取り出した。
 見た目は歯磨きチューブだが、リアルな鮫の絵が怪しい。
「え?それで塞がるの?しかも綺麗に?」
 塞がると聞いてユーニスの目が丸くなった。
 しかも、ただ塞がるだけで無く綺麗に塞がると言う。
 
 誰が見てもユーニスの怪我は簡単に治る様な物ではない。
 むしろ重症。ウォンの放ったクナイダートが刺さり、手の甲から掌まで貫通した大怪我
 もし、医者がこの怪我を見たのなら、外科的手術あるいは縫合の処置を行う判断をするだろう。
 だから、チューブで治ると言われても不安と疑いの言葉出てしまう。
  
「本当に効くの?」
「海由来の生き物なら効くはずだ」
「えー……」
 ユーニスは微妙な顔をするが、人間の先祖も遥か古代には海で暮らしていた
 だから人間も海由来と言う意味では間違っていない。
 
「とにかく塗るぞ!怪我人らしく大人しくしてやがれ!」
「う、うん」
 こくりと頷き、ユーニスはちょこんっと座り直す。
 口調は荒く暴力的だが、ウィーゾルの言葉は間違いなく自分を思いやってくれている
(ウィウィってやっぱりお姉ちゃんなんだなー……)
 そんな事を思えば、微笑ましい気持ちなる…が……
 
 ピトッ

「…い、いたああああああい!!」
 狭い艇内に再び悲鳴が響いた。
 治ると言われても痛い物は痛い。
 皮が抉れ、肉や神経が露出した様な状態なのだから当然と言えば当然だ。
 
「ああ!うるせえ!飲め!」
「んぐ!?」
 今度は何か咥えさせられた。
 瓶だ、しかもこの大きさには覚えがある
 
「これは…栄養ドリンク?」
「痛み止めだ!」
「あるなら先に飲ませてよー!?でも美味しい?」
 抗議するが本当に美味しい。
 果実のシロップ漬けの様に濃いめの甘さ、しかし口に残る様なくどさは無い。
 むしろ喉越しすっきりで、ゴクゴクと飲める。

「ううん?おおっ!痛くないー?」
 嘘みたいに手の痛みが引いた。
 傷はまだ手にある、しかし先程までの激痛は消えている。
「急に手を動かすな!それは痛みならなんでも効くからな!
 だが『癖』が強いから飲みすぎるなよ?」
「癖?あ、おかわりいい?」
 言ってユーニスは空になった小瓶の口を持って振る
 なんだか、空になった徳利を振っている様にも見えるのは気のせいだろうか?


………
……


舞い上がった土砂は、地上よりも長く漂い、電脳海底を闇に包んだ。

鮫潜水艦、ホエールシャーク靴諒ったクラスター魚雷により、スマイルメイカーの攻性
ハッキングキャラ達は全滅した。
しかし、千歳とオルカも攻撃に巻き込まれてしまったのだが…。

バォッ!土砂から人影が飛び出した!
黒い鮫コート、戦闘ブーツに、鮫幼女の競泳水着風衣装、オルカだろうか?
身の丈よりも巨大な銃器!銃床はメカニカル鮫デザイン、カラーリングは黒!
そして髪の色も黒である!フードの下の顔は千歳だ!

「衣装が変わってる…。じゃなかった!オルカちゃん!?」
「(ここよ)」
「どこ!?」
振り返ってもオルカは居ない。声だけがする。

「(あんたの頭の中。というか、私の意識がメイン、あんたがコ・パイ)」
「(あれ、それじゃあ…)」
「そう、体…というかあんたのリソースを私が占有した。その方が効率いいから」
千歳の顔と声で、オルカが独り言をする。
「(私達合体してるー!?)」
オルカと千歳…’’オルカ千歳’’である!
オルカは、頭の中の千歳と話していたのだ!

パーカーのフードの上に、ピピッと稲妻めいたアイコンが出現、耳のようだ。

「敵が来た」
「(え、敵?)」
オルカは答えず、巨大な銃を両腕で構えた。
その瞬間、周囲にリスポンを示す光の柱が立つ、その数、10、20、30…100!増加中!
ヴォドドドドドドドドドドドドド!!
巨大銃を掃射!リスポン直後のスマイルメイカーのキャラ達は、ノイズになって霧散!
現実世界で、黒人の少女、派手シャツのスパニッシュ、ホワイトカラーが、一斉に気絶!

「「「「「「「「「「ポポポコココココ…」」」」」」」」」」
かなりの数を仕留めた、しかし、フィールドを覆い尽くす数の敵が、イワシの大群めいて押
し寄せる!

「(わぁぁああ一杯きてるぅ!?)」
「見れば分かる」
オルカは銃撃の手を止めた、一瞬の溜め動作の後…。ビシュッ!レーザーを発射!光速の
レーザは敵の体を一直線に、数十mに渡って貫通!
オルカはその場で1回転!半径数十m内の敵は全て上下に切断!
ドドドドドドドドドド!!
さらにレーザーは時間差で爆発!ここは電脳空間、物理法則は絶対ではない!

「はぁッ!」
爆発の中から、’’オルカ千歳’’は飛び上がった。
頭上に居た触手系クリーチャーキャラを、銃床で殴りつけ、粉砕!
打撃の反動を、回転して上昇力へ変換、なんなく鮫潜水艦の上にヒーロー着地をきめた!

「(お、オルカちゃん〜…まって、あたま…あたま痛い…)」
頭の中で千歳が話しかけてくる、へろへろだ。
「人間の脳組織じゃ、この負荷はキツイでしょうね」
ここは電脳空間だ、派手な力をつかえば直結している脳神経に、比例して負荷がかかる。
「(オルカちゃんは痛くないの…)」
当然の疑問だ、今、オルカと千歳の脳はリンクした状態である。
鮫幼女は脳みそも頑丈なのかもしれないが…。

「…死ぬほど痛いよ」
「(え…)」
帰って来たのは意外な言葉だった。

「でも、今は私がやるかしかないから…!」
「(オルカちゃん……痛ッ!?あだだだだだだだだ!わかった!でもいきなりはやめて!
 心の準備ぐらいさせてぇ!!)」
「我慢して!」

オルカが銃へ処理能を傾けると、アーク溶接のような閃光が、銃口に集まる!
鮫潜水艦の分厚い耐圧殻が、真っ赤に溶け落ちる!空いた穴へ’’オルカ千歳’’は飛び込んだ!

ヒーロー着地!頭上に開けた穴が、ノイズを発しながら塞がっていく。

「(仮想現実って感じだな…)」
「仮想じゃないわ、まぎれもない’’現実’’よ」
「(うん…)」
武器を構えて、オルカは走り出した。
「(自分の目線なのに、おんぶされてるみたいだ…変なの)」
「集中してってば」

艦内は不気味な靄が立ち込めて、薄暗い。
しかし、構造は、現実の鮫潜水艦と変わらないらしい。

「(ここからが本番か…発令所へ向かえばいいの…?)」
「違う、セーフルームはそことは別にある」
「(え?じゃあ……)」
 発令所までの道は記憶に残っている。
 しかし、そことは別の場所となると千歳にはさっぱりだ。
 そうなるとオルカの指示だけが頼りなのだが……
 
「こっち!」
「(わ…勝手に動かないで…!?頭が……)」
 指示が出るよりも先に身体が勝手に走り始めた
 走る衝撃が頭痛の頭に響く。

「…っと」
「(今度は急に止まらない…出た!?)」
 床と壁から何かが滲み出してくる。
  
 最初は黒い染みの様に見えた
 しかし目を凝らし見れば文字と文字が何重にも重なりあった印刷ミスの様でもあり
 様子を伺ううち文字と文字はさらに重なり合い盛り上がり……

 コポポ……
 コポポポ……
 コポポポポ……

 人型となる。スマメイ再び!
 向かう通路を塞ぐ様に床と壁からスマメイの一団が現れた。
 武器を構え臨戦態勢をとるオルカ千歳だが、しかし何か様子がおかしい。

「(攻撃してこないぞ…?)」
「もしかして、私達を観察してる?」
 スマメイの一団はオルカ千歳をじっと見詰めるばかりで何もしてこない。
 それは返って不気味でもあり。
「攻撃してこないなら、こちらから行く!」
「(待って?何か変だ)」
 オルカ千歳が武器を構えた直後変化が起きた。
 
 ポポポポコ……
 ポポポコ……
 ポポコ……

「(あれ?消えた…?)」
 スマメイ達は現れた時と同じ動作を逆再生する様に
 印刷ミスの文字染みとなり床と壁へと消えた……
「私達を見ていた?なんで?…ううん、答えは単純」
「(どう言う事?って急に走らないで!?)」
「もたもたしてる余裕は無いわ!」

入れ替わるように現れたのは、スマイルメイカーの攻性ハッキングキャラ達だ!
「シャァーッ!」
ドガガガガガッ!!銃撃で霧散!もはや敵ではない。
一気に速度を上げ、狭い通路を疾走する。

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
通路全体を震わせる雄叫びに、オルカ千歳は急停止した。
歪な文字列が人型のシルエットに固まっていく。

「(この声って…)」
「………」
「Grrrrrrr…」
身長2mを越す巨躯、獰猛なメカニカル鮫頭部、間違いない…。
「(鮫男!)」
「エクステンドスーツだってば!」

名称の違いは置いておく。
問題は、鮫男(エクステンドスーツ)姿の敵が現れたということだ。
他のゲームキャラは皆、法則性のない自由な姿だった、リソース元の人間の意識を反映した
姿なのだろう。
それが、鮫男の姿である。電脳鮫男のリソース元は明白…鮫幼女だ!

「(オルカちゃん…)」
「シャァーッ!」
「GRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
千歳の心配を振り払うように、オルカが叫んだ!同時に鮫男も走り出す!

鮫男の回りの通路が、ぐにゃりと変形し、空間を広げた!
狭い場所ゆえの不利がなくなり、鮫男は両腕から鮫歯ナイフを飛び出させ、振り被る!
ヴォドドドドド!!広い方が有利なのは、こちらも同じだ!巨大な銃を構え、オルカ千歳
は先制銃撃!鮫歯ナイフが砕ける!

「GWOOOOOOOOOOO!!!」
銃弾が鮫男の体に弾かれ、火花を散らす。銃撃をものともせずに鮫男は間合いを詰め
両手を頭上で組み、ダブル・スレッジ・ハンマーを叩きつける!
ドガンッ!銃口が床にめり込む!
「GAAAAA!!!」
「うわぁっ!」
銃を握っていたオルカ千歳の体が、跳ね上げられる。
とっさに武器を手放し回避しようとした所を、鮫男の剛腕が襲う!

「うぐっ!」
ガード!しかし重たい一撃!壁に背中から叩きつけられる!
電脳空間での強さは、イコール脳力だ。鮫幼女の脳の処理能力は、人間を遥かに上回る!
そこにスマイルメイカーの力もだ!電脳鮫男のスペックはオルカ千歳を越える!

「(頭がが…!オルカちゃん!上!)」
「分かってる…!」
オルカ千歳は転がって回避、鮫男の剛腕が壁にめり込む!

「GAAAAAAAAAAA!!!」
「シャァーッ!」
腕を引き抜きざま、振り回す鮫男に対し、オルカ千歳は壁を蹴って宙に身を躍らせる。
そして、鋭い蹴りを鮫頭に見舞った!

「GA…GYAAAAAAAA!!!」
バランスを崩した鮫男は仰向けに転倒、床に突き立った鮫型銃床に、延髄から倒れ込む!
鮫男はノイズになって霧散!

「ふぅぅ…ッ!」
着地し、床に膝についた’’オルカ’’は、深く息を吐いた。

「(オルカちゃん大丈夫…?)」
「ん?問題ないわ、先を急ぎましょう」
 言ってオルカは重い動きで腰を上げると
 膝に手をついてからもう一度深く息を吐いた。

「(そうじゃなくて…無理してない?って事)」
「無理?私が?何に?」
 天井に顔を向けながら無表情じみたオルカ千歳の左眉が上がった。
「(鮫男…えくすてんどすーつ?多分、あれを動かしているのって……)」

 この空間に現れる敵対キャラクターの向こうには操る存在がいる
 それはスマイルメイカーの力によって脳を使われている人間達。
 もし鮫男達も、彼ら彼女達と同じ存在であるとするなら……
 
「…だから…?」
「(え?だって……)」
「だとしても気絶する程度よ
 むしろ、操られたままでいるよりはマシなはず……」

…コココポポポ……

 囀りだ。
 先程と同じようにスマイルメイカーの発する無機質な囀りが聞える
「どっち!?」
「(前!通路の先!)」

 千歳の示す先に、既に具現化を完了したスマメイの群れが蠢いている
 うぞうぞ、ゆらゆら蠢く姿は、粘獣の触手の様な不気味さで。
「(さっきもだけど、何してるんだろう?)」
「偵察よ。私達の戦力を見ているの」
「(え!?それってマズくない?)」

「むしろ好都合だよ」
「(え…それってどう言う……)」
 千歳が言い終えるより先にオルカは走り出していた。
「向こうはリソースが足りてない
 つまり、私達を直接相手にする余力が無いんだよ!」
「(余力が…?でも……)」

 オルカの言う事は理に叶ってはいる。
 しかし千歳は見た。スマイルメイカーの力の大きさを。
 戦闘機を動かし、軍隊を動かし、潜水艦まで操ろうとしていた
 その光景が千歳を不安にする。
 そして、それは的中した

「ギョッラァァァァァイ!」
「え、魚雷!?くっ!」
 雄叫びの声と共に死角から魚雷が飛んできた
 武器を構える余裕は無い、バックステップで回避
 しかし、床へ着弾した魚雷は周囲に爆風と衝撃を撒き散らし
 オルカ千歳の体勢を崩す!

「ティティ…!」
 膝を突きながら爆風の向こうへ視線をやると『オルカ』が呟いた。
「(え、誰?…うぐっ…!)」
 千歳に、鋭い頭痛が突き刺さる。同時に、掃除用ワゴンを押すエプロン
姿のめんどくさそうな顔の鮫幼女の姿が脳裏に浮かんだ。
 ユーニスと一緒に捕まった時に、何度か見た鮫幼女だ。
 なぜ今見えたのだろう…。

「気を逸らさないで!」
「(ご、ごめん!)」
今度は衝撃音と共に床に地割れが走る、続けて聞こえる抉るような機械音。

「この感じ…知ってる」
「オマエ、オルカなのカ?」
 爆風の向こうから声と共に小さな姿が複数歩み出て来た。
 一団から歩み出る二人の鮫幼女、その顔は千歳も覚えている。

「ハンマー?ソウ?」
「(あの子達、ウィウィと一緒に居た……)」
「うん、私だよ!オルカ……」
「そうか、無事だったんだ」
「ココにキたってことは、ウィウィも一緒カ」
「うん…」
 オルカ千歳は立ち上がるとふらふらとした足取りで
 二人へと近寄って行く、だが……
 ハンマーとソウは、ニタリと口元を歪めて笑い出した。
 顔半分が、スマイルメイカーを模したバイザーで覆われている!

「うら…裏切りモノ…モノ……」
「…ウウウらギり者…」
 バイザーを走る文字列が、あの『スマイル』顔になる。
「え……」
「(…!、オルカちゃん下がって!)」
 茫然としたままオルカ千歳の前で
 ハンマーの持つ無骨な鉄槌(ハンマー)が振り上げられた 
 この後に起こる事は誰でも予想がつく、しかしオルカ千歳は動かない。

「(オルカちゃん!…ふんぬううう!)」
 身体が重い。半分とは言わずとも何割は千歳の身体のはず
 なのに…いやだからなのか金属製の重鎧でも纏っているかの様に身体が重い
 それでもと、千歳はふんばり全身に力を込める。

「(あ?動いた?)」
 倒れる様な動きだが、後ろに飛び金槌の一撃を回避出来た。
 先程のバックステップとは違う鈍く重い動き。
「(…けど…重い!うわっ!?)」
 先程までオルカ千歳の居た場所が
 金槌で穿たれノイズ混じりのポリゴンの様になり砕け散った。
 
「ウラうら裏切リ者!」
「(わぁ!?今度はチェーンソー!?)」
 機関銃の様な機械音と共に機械式の切断機…チェーンソーが迫って来る
 当たったら絶対えぐい事になる。
 そうで無くても激痛で現実の本体(脳)がどうにかなるかもしれない…。
 
「(身体が…重い……)」
 避けようとするがやはり身体が重い。
 足もまるで鉛の様な重さで、得意なはずの逃げ足が生かせない。

「せいっ!」
「(動いた!?)
「ガッ!?」
 気合の声と共に身体が動いた。
 オルカ千歳の身体が立ち上がり、手持ちの武器で横薙ぎにチェーンソーを払う。

「ごめん、もう大丈夫だから……」
「(オルカちゃん?本当に?)」
「…私はやるべき事をやるだけ」
「(でも……)」
 オルカはこう言うが、融合している千歳には見えてしまった。
 オルカの中には明らかな動揺がある。

「話は後!来るわ!」
「ギョッラァァァァァイ!」
 ティティの援護射撃だ!
 ハンマーソウが通路の左右に広がり、その間から魚雷が飛んで来る。
 その数5!

「シャァーッ!」
 オルカ千歳は武器を構え直し連続射撃により魚雷を撃ち落とす。
 一つ!二つ!三つ!四つ!
 魚雷はオルカ千歳へ到達する事なく空中で爆散!
 しかし……
「(あれ!?)」
「撃ち漏らした!?私が…くっ!?」
 目前に迫った魚雷を武器のストックで弾き飛ばすが
 魚雷の撒き散らす爆風が視界を閉ざす。

「(周りが見えないよ!?)」
「…見えなくても位置はわかるはずよ」
「(う、うん?本当だ……左右から来る!)」
 オルカの言う様に意識を集中すれば爆風の中に人型を捉える事が出来る
 ズキリッと頭痛が走る。位置だけではない、相手が『誰』なのかまでわかる。


「裏切り者、狩るニャ!」
「……KILL!KILL!」
 爆風の中から猫耳の様な髪型の鮫幼女と
 そして鼠耳(?)の様な髪型の鮫幼女が飛び出して来た
 それぞれ爪の付いた手甲と二本刃の短剣を構えている
 どちらも相手の懐へ飛び込む事を前提とした武器
 完全なインサイドファイターだ!

 刃の嵐が襲ってくる!右から左から、上から下から
 フェイントを交えた二人の連携攻撃。
「……ッ!」
 オルカが奥歯を噛みしめ、連携攻撃を銃を盾にして辛くも防ぐ。
 押されている。
 オルカ千歳は中・遠距離を得意とするタイプなのだ。
 さっきの鮫男でもそうだったが、近接戦闘には弱い。
 
 死角からの遠距離雷撃、そしてハンマー、ソウと新手の鮫幼女に
 よる格闘包囲網。
 スマイルメイカーの高度な解析力による隙のない戦術だ。

「ニャァァッ!」
「SHAAAARKッ!」
「(ヅッぅ…!)」
 猫耳鮫幼女と、鼠耳鮫幼女の連携攻撃!激しくなっていく頭痛!
 
 猫耳の鮫幼女は、キャット。
「ニャァァッ!」
「グゥ…ッ!」
 キャットの爪が、オルカ千歳のパーカーの上から肉を切り裂く。

 鼠耳鮫幼女は、ブルー。
「SHAAAARKッ!」
「クッ…!」
 ブルーの、鮫歯短剣が、髪を散らし、頬を掠める。
 姿勢を崩したところへ、2人の強烈な鮫蹴りが、オルカ千歳の鳩尾にさく裂!

「ガッハァッ…!!」
「(うわぁぁぁ!!)」
 オルカ千歳は蹴り飛ばされ。ガラァンッ!巨大銃が、音を立てて床に転がる!
 ピンチだ。
 だけど、こんな時なのに…千歳の中に流れ込んでくるのは…。
 目の前の鮫幼女達を、一人一人、はっきりと認識しているこの感覚。
 出会ったばかりで、鮫幼女達の見分けもつかない千歳の感覚ではなく…。
 
 炸裂した魚雷が燃えて、煤と硝煙が立ち込めている。 
 ガリガリガリ…金槌を引きずる音がする。
 倒れたオルカへ、鮫幼女達が距離を詰める。
 皆スマイルメイカーの面をつけて、笑っている。
 
 追い詰められ、血を流し、地に這っているのは自分なのに。
 何故、追い詰めてくる彼女達の姿を、痛々しく思ってしまうのだろう。
 何故、彼女達の、本当の笑顔を思い出しているのだろう。

「グゥゥッ…!来い!」
 落ちた銃を引き寄せると杖代わりに、オルカ千歳が立ち上がる。
 立ち上がるが、千歳にもすさまじい痛みが伝わってくる。

「(オルカちゃん無理しないで?)」
「無理なんかしてない!くっ!」
 飛んで来る剣戟を再び武器で弾く。
 思考の会話は一瞬だが、その一瞬の間に戦闘は再開されてしまう。
 そうで無くても、追い詰めている側が弱った獲物を逃すはずがない。
 今の彼女達はそう動く様にされているのだから。

「(オルカちゃん…逃げよう!)」
「なんで?逃げるなんてありえないわ!」
「(でも……)」
 千歳が逃げる提案をしたのは臆病風に吹かれての事ではない。
 見えてしまったから。

 彼女達とオルカの記憶、思い出の映像を。
 海の中で伸び伸びと泳ぎ回るオルカと鮫幼女達。
 海の仲間達と戯れるオルカと鮫幼女達。
 映像はまだ続く……
 大泣きするオルカとブルー、二人の頭を撫でるウィーゾル。
 三人を笑顔で見詰めるハンマーとソウ、ぴょんぴょん跳ねるキャット
 喧嘩する事もあった、泣かされる事もあった
 でも、最後には笑いがあった。
 
 ハンマーとソウの時もだ、それにシャークティースの時も
 記憶の中の鮫幼女達の瞳の中に蔑みは無かった。
 それはオルカ自身の瞳にも……

「かっ!」
「(オルカちゃん!今のままじゃ無理だよ!)」
「(私にも分かる!この痛みは!脳の負荷じゃない、オルカちゃんの心の痛みだ!)」
「うるさいうるさいうるさい!」
「うにゃぁッ!?」
 キャットを蹴飛ばすとオルカ千歳は強引に距離を開け
 そして武器のトリガーに指を……

 鮫幼女達の見えない瞳が一斉にオルカ千歳を見る
 瞬間、強い記憶のリフレインが千歳を襲う。
 千歳の中をオルカの記憶が疾風の様に突き抜けて行く。
 自身が消えてしまいそうになる程の記憶の…感情の嵐……
 そして、嵐が収まると声が聞こえた

「あ、ああ…出来ない…出来ない……」

「(オルカちゃ……わぁ!?)」
 武器が床に落ち、次の瞬間……
「あれ?出ちゃった!?」
 床にぺたりと女の子座りした千歳の姿がそこにあった。


………
……


「鮫幼女ってサイコーね!ねえ見て、私の左手!もう完全に治ったみたい!」
「いや、手当しただけだかんな、あんま動かすなよ」
「おどろきねー!まさかグーグルアースで南極まで見れる時代に、未発見なUMAがいるな
 んてさー」
 鮫潜水艇内では、ユーニスがウィーゾルに絡んでいた。顔がやけに赤い。
 ウィーゾルの方は、うんざりした顔である。

 最初は無視していた。そしたら、ユーニスが、電脳ダイブ中のオルカと千歳に、
 私も添い寝するー!とか言い出して。邪魔しようとしだしたので仕方なくユーニス
 の面倒を見ている。鮫幼女の’’痛み止め’’を飲んでから、様子がおかしい。

「…はぁ、人間はこの星の表面しか知らねぇ、本当の世界は、昔も今も俺らの
 縄張りなんだよ。今どきの人間よりか、昔の船乗りのがよっぽどモノを知ってたぜ」
「私そういうの好きー。えへへっウィウィは良い奴だなぁ。よくみたら結構かわいい
 んじゃない?……んっんっ…ぷはー…この痛み止めもいいねー」
「おい!お前いつの間に取った!?もう飲むなって言ったよな!?」
「…へへっ」
 ユーニスが手を開くと、痛み止めの小瓶がじゃらっと手の中にあった。
 
「返せ!それは何本も飲むもんじゃねぇ!殺すぞ!」
「そうだねー、鮫幼女のこととか、オルカの事を教えてくれたら返すよ」
「……」
 オルカの名を聞くと、ウィーゾルが無言でユーニスを睨む。

「なんで、’’スマメイ’’なんて作ってたの?オルカは、あんたが、人間から
 奪ってきて作らせたって言ってたよ」
「違うね、俺達に攻撃をしかけてきたのは人間の方だ」
「ウォンとか…威力財閥の奴らが?」
「知らねぇよ。俺の船をしつこく追いかけまわして、攻撃し続けて来るんだ。
 いくら鮫が温厚な生き物でも、さすがにキレるぜ」
「鮫って狂暴でしょ…」
「あ?殺すぞ」
「ほらね!」

-間-

「まー結局、鮫幼女のことをどっかで知ったウォン達が、利用するために、撃沈
 を自作自演して、ウィウィにスマメイを盗ませたし。
 後で回収するための仕掛けもしてあったと…。
 でも、ウィウィ的にはそんなん知らねーし、嫌がらせしてくる相手は…」
「ぶっ殺す!殺した獲物は俺らのもんだ!なんか文句あっか!」
「ですよねー?」
人間的には乱暴な理屈だが、ユーニスは納得した。
ウィーゾルは人間嫌いだし。実のところ、ユーニスもあんまり人が好きじゃない。
好きになれる人がいるだけで、基本的に、ほんのりと人間が嫌いなのだ。
不思議と、人間とはまったく違う価値観で生きる、鮫幼女に、ウィーゾルに共感を覚える。

「うんうん、ウィウィって分かりやすいもんねー!」
「…お前、バカにしてんのか?」
「してないよ、むしろ好きになって来た。千歳の次に」
「そうか」
素直に頷くウィーゾルに、ユーニスは笑顔になる。
つまりは、ウォン達はウィーゾルのこういう性格に付け込んだのだろう。

そして、ユーニスも見た事がある、相手の気質を利用するそう言う連中を。
ウィーゾルは、人を見下していたが、釣りの技術に関しては、きっと人が長けているのだ。
ともあれ、ひとまずは合点が行ったし、ウィーゾルが悪い奴じゃないのも分かった。

「スマメイが、鮫幼女に渡った真実は、そういうことか…。
 それで、完成させたら人類征服でもするつもりだったの?」
「はぁ?興味ねえよ、そんなこと」
「でも、オルカはそう言ってたけど…」
 ウィーゾルの手が素早く動いて、ユーニスから痛み止めの瓶を奪った。
 蓋を指で弾き飛ばし、中身を一息に煽る。
 それを見ていた、ユーニスは、溜息混じりに微笑んで言った。

「あんたさ、オルカのことを殴って、後悔してるんでしょ」
「はぁ!?」
「ウィウィはいい奴だよ、優しくて思いやりがあって…」
「何言ってんだお前…あいつは、仲間を裏切った!裏切りは最大の罪だ!」
「だから縛り首?」
 ウィーゾルと初めて会った時、たしか、裏切りの嫌疑をかけられたオルカに対して
 そんなことを言ってた。

「…そうだ」
「そんな気、無かったでしょ。私さ、実の親に本気で憎まれて暴力振るわれたり
 したからさ。わかるんだよ。自分のために暴力振るうような奴って、悲鳴
 を聞いたらもっと興奮するんだ。自分が相手を支配してる気持ちになるから」
 小瓶の口をひねって開けると、ユーニスは半分だけ飲んだ。

「ウィウィが自分の為に怒って誰かを殴るような奴なら、オルカに、お姉ちゃんって言わ
 れて、拳をとめたりはしなかった。
 きっと私達も、殺されてたよ、ジョーズに襲われる人間みたいに」
「……」
沈黙である、ややあって…。

「…ジョーズはヤラセだ」
ウィーゾルが言った。
「あははっ!」
ユーニスが笑う。

………
……


ヴォッ!ヴィィィィィッ!ジャッ!シッ!
ハンマーが、チェーンソーが、爪が!刃短剣が!
一斉に迫りくる!
千歳は跳ね起きた!

「ぅぐっ!」
千歳の隣で、へたり込んでいたオルカが、パーカーの首根っこを掴まれて
息を詰まらせる。

「でぇぇええええい!!!」
千歳は、オルカを廊下の隅に放り投げる。落ちていた巨大な黒い銃を両腕で抱え上げ
引き金に指をかけた。
ヴォドドドドドドド!!!!
発射!体ごと浮きそうになるのを、必死に踏ん張る。
銃自体がものすごく重たいのに、反動で跳ねる銃口を押さえるのでやっとだ。
狙いをつける余裕なんかない。

ここは電脳空間、基底現実と違い、物理法則よりも、演算能力、脳の力こそがパワーだ。
それでも、である。オルカ千歳が片手で乱射していた巨大銃は、千歳1人では、とても
扱いきれない。

「…このぉ!」
ヴォドドドドド……。千歳の腕の中で、巨大銃がポリゴンの光になって消滅した。
銃撃が止むと鮫幼女達は一気に迫ってきた!


「えっと…こう言う時はこう言う時は……」
考えている間にも鮫幼女達は近付いて来る。
前に出ているのはキャットとブルーと呼ばれた鮫幼女の二人
その後ろにハンマーとソウが続く。分かりやすい程の連携フォーメーション。
武器は無いし、あっても今の千歳ではどうしようも無い事もわかってしまった
それにオルカも……

「うん!」
頷くと千歳はグルンと向きを変えた。
「逃げるしか無いな…!」
『逃げんだよぉー!』
ほら!宙に浮かんだユーニスも言ってる!(幻覚ですね)

「オルカちゃん!…オルカちゃん……」
「………」
オルカの名を呼ぶがしゃがみこんだままで反応が無い
「…ん、くっ……」
千歳は一瞬だけ何かを言いかけて、オルカに走り寄ると
オルカの身体を抱く様にして立ち上がらせる。
その直後……

ダンッ!
「ニャァッ!」
「SHARKッ!」
跳躍音そして雄叫び、振り向かずともわかるキャットとブルーが攻撃を仕掛けて来たのだ。
そう思った瞬間、千歳の足は駆け出していた。

「ギョラァァァイ!!」
背後から魚雷が飛んできた!
「それミサイルだろ!」
おもわず突っ込みながら、曲がり角に飛び込んだ!階段だ!
悠長に駆け降りてる余裕はない。

「オルカちゃん!ごめんね!」
「なっ!?うにゃぁぁぁ!?」
蹴った。
電脳空間で致命傷を負うと現実で脳が焼き切れるらしいが…。
逆に言えば、死ななければ多少の無茶は大丈夫だ。多分。
そして、鮫幼女は階段から落ちたぐらいで死なない。多分!

千歳は、階段を途中から飛び降りて、階下の手すりに足をつけて着地
その瞬間、頭上では魚雷が炸裂して、さっきまで居た場所を爆風が吹っ飛ばした。

倒れてるオルカをちょっと強引に引っ張りおこす。
「〜〜〜ッ!今度蹴ったら殺す!」
「じゃあついてきて!今は逃げるよ!」
言うがはやいか、再び階段ショートカットで飛ぶように階下へ!
パルクールだ!

「逃ガすかぁ…!」
「GAAAAA!」
鮫幼女達が迫る、オルカも意を決して飛び降りて千歳の後を追う。


階段を飛び降り通路を駆け抜け奥へ奥へと進んで行く
行くのだが……
「ねぇ!どこに向かってるか解ってる?」
「…わかってない!けど、わかる様な気がする……」
オルカの問いに千歳は曖昧ながらも確信のある答えを返した。

「そう、まだ力は使えると言う事なのね」
「んーそうなのかな?」
千歳にはピンっと来ないが、もし今感じている物はそうであるのなら
そう言う事なのだろう。
確かに、直感に近い感覚でどう進めばいいのかわかる
背後から、鮫幼女達が追って来る事もわかる。

千歳の言葉にオルカは考える。
「……(スマイルメイカーのコアプログラムはまだ彼女の中にある。
 もし彼女が無意識にでもそれを使っているとしたら…ありない話では……)」
「オルカちゃん…?」
「なんでも無いわ、先を急ぎましょう」
「わかった、この先!」
千歳は感じるままに通路進んで行く。
右へ曲がり、左へ曲がり、そして真っすぐに進む
今の所、背後からの追手の気配は無い。

「………(やはり彼女は力を)」
オルカがそう確信しかけた直後
突然通路の雰囲気が変わり、開けた場所へと飛び出した

「あ……」
「あ……」
そして二人は同時に同じ声をあげた

「…やっぱり私がナビをした方が良さそうね」
「はい、そうみたいです……」
二人は固まりながら言葉を交わす

「サメェ…?」「しゃーく?」「イカァ!」
二人を睨むスマメイバイザーを付けた大勢の鮫幼女達の姿
二人はモンスターハウスならぬ、鮫幼女ハウスに飛び出してしまった!

「昨日もこんなことあったなぁ!?」
前門の鮫、後門の鮫だ。引き返そうにも逃げ場が…
「!あっち!?」
なんか、千歳の頭にピンッと来た、鮫幼女たちの一番密度が低い場所が瞬時に分かる。
千歳は駆け出した。後ろをオルカがついていく。

「ナビするって、こういうこと!?」
向かって来た鮫幼女を跳び箱ジャンプで回避。
「そう!代わりに私の体の制御はあんたに任せる!蹴られちゃたまんないからねっ!」
言いながら、オルカは目を閉じたままその場でしゃがむ、左右から突っ込んできた鮫幼女は
正面衝突してひっくり返った!

「こういうことだな!二人分の体を動かすって悪くないな。
思い通りに行くデュエットダンスみたいだ」
ブガーッ!ブガーッ!警告灯が点灯!行く手の重厚なメカ扉が開かれ…。

「オルカちゃん、道間違えてない!?」
「いいえ、あってる」
扉の向うは、大量のゲームキャラで埋め尽くされていた。
挟み撃ち!だが、ゲームキャラ達は千歳達を素通りして、鮫幼女に襲い掛かる。

「サメェェッッ!」
「ウォーッ!」
「シャァァァッ!」
「イヤーッ!」
「GROOOOOWLLL!!」
「BLAM!BLAM!」

あっという間に乱戦が始まった!
ゲームキャラ達の戦闘は、スマイルメイカーの鮫潜水艦ハッキングが具現化したものだ。
鮫幼女達は、洗脳支配されていても、鮫潜水艦側のシステムだから。
両者が出会えばバトルが開始されるのは当然だ。

「オルカちゃん…」
千歳に不安がよぎる、これも、仲間と戦う苦しみをオルカに与える結果になるのでは…

「サメェェェェェッッッ!!」
「アアアウチッ!」
「フカーッ!」
「アバーッ!」
「GAAAAAAAAAAAAA!!」
「Mooooom!!!」
鮫幼女に集られて、ゲームキャラ達は次々に血祭にあげられていく!
千歳は思わずあっけにとられる。

「何?ぼさっとしないで、私の体預けてんだけど?」
「ああー…」
うわ、鮫幼女つよい。スマメイの用意した人間なんかまったく相手にならない。
やられた人間達は、リアルで次々に失神してるんだろうけど。
人間の被害に関して、オルカはまったく頓着する気配がない。
仲間と戦うのが嫌なだけで、仲間以外はわりとどうでもいいらしい。

「…話は後にしよう!」
悲鳴と血飛沫をあげる人々に、心で詫びつつ、千歳は駆け出した。

「ひとまずここを離れるわよ」
「わかった!…えっと、あっちだな?」
部屋の一角にある通路に千歳の視線が行く
同時に乱戦を避けるための最短ルートがラインで示される
「(あ、昔こんな漫画読んだ事ある……)」
「余計な事を考えないで、急いで」
「そうだな…急ごう!」

最短ルートは示された。しかし……
「おっと!」
突き飛ばされたゲームキャラクターがルートに飛び込んできた。
棒高跳びの要領、身体を捻る様にしながら飛んで避ける。
千歳の動きに追随する様にオルカの身体も避ける。

「ふぅ、アドリブは必要か……」
「私が出せるのは行動直前の情報だけよ。
 一秒後…0.1秒後は貴女の直感に期待するわ」
「直感かぁ……」
先程の件を思えば千歳に自信は無いが、やるしかない。

だから千歳は駆け、そして飛ぶ
飛んで来る弾丸をスライディングで避け
積み重なったゲームキャラクター達を飛び越える


「うん、だんだんわかってきたぞ」
「…何が?」
「この身体のやり方」
「…?」
千歳の言葉にオルカが疑問の言葉を投げるが
この感覚はそれ以上に答え様が無い。

「ダンスと同じ…動いたからわかる…っと!は!」
「人間の思考は難しいわね…っと!は!」
飛んできたミサイル群を飛び石を踏む様に飛び越え
そのまま転がる様にしながら通路へと飛び込む
直後、爆発が起こり通路の入口に瓦礫の山が築かれた

「少し時間稼ぎになりそうね」
「うん、この幸運を上手く生かそう」

「ハァァッ!」
金槌が恐るべき鮫幼女腕力で床に叩きつけられ、クレーターを作る!
瓦礫が!ゲームキャラクターの死体の山が浮き上がる!

「GAAAAAAAAAAA!」
ヴィィィィィィィィィッ!!!チェーンソーを構えたソウが竜巻のごとく回転!
瓦礫を!ゲームキャラクターの死体を巻き込んで破壊のトルネードを起こす!

「くっ…!予想より早い…!」
「全然ラッキーじゃなかった!」
どうする…!?顔を掠めて吹き飛ぶ瓦礫を回避しながら、千歳の脳繊維が火花を散らす。

「うわぁっ!」
「オルカちゃん!痛ッ…!」
思考にリソースを割いたとたん、体の動きが鈍り、チェーンソーが体をかすり、重たい
ハンマーにバランスを崩される。
「ニャァァァァッ!」
「SHAAAAAAARK!」
「うあぁぁ!」
「ぅぐっ…!」
爪!そして鮫歯短剣の攻撃が突き刺さる!

「バカッ!あんたが考えても仕方ないでしょ!人間は頭悪いんだからっ!」
目を開いたオルカが叫ぶ。
「考えるなって……そうか!」
そうだ、この空間は’’’脳力’’がイコールパワーなのだ!

「ダンスと同じだ!踊ってみなきゃわからない!」
その瞬間、千歳とオルカのギアが一つあがった。
破壊的なハンマーを、チェーンソートルネードを、爪を、短剣を!紙一重で回避する。
その姿は、まるで、嵐の中でステップを踏むようだ!

鮫幼女は人よりも強い体、そして優れたテクノロジーを持っている。まるで人のようだが。
それは違う、そもそも生物的に優れた生き物が人とは限らない。
鮫幼女が人に似ているのではない、鮫に遅れて進化した人間が、人型に、鮫幼女に収斂進
化したのだ!

ひらめきに似た直感が千歳の脳繊維の中をスパークする。
理解すると同時に、体はまったく思考に足を取られずに動く!

「はぁっ!」
「シャァッ!」
「GUWA!?」
「Soウ!?」
チェーンソーを振り回していたソウの左右をすれ違いざま、千歳は肩を掴み、オルカは
足払いをかける。ソウの体がその場で空転!ひっくり返って気絶!
鮫幼女の弱点は、スマメイ洗脳されても有効だ。
仮想空間でも、殺すことなく一時的な行動不能ならば、オルカの心も痛まない。

「はぁっ!」
「シャァッ!」
しゃがんだオルカの腕を、千歳が引っ張り上げる。オルカはジャンプして、千歳に担がれて
リフトアップ!
「ニャァッ!?」
「FUKA!?」
千歳はその場で回転!キャットとブルーがオルカの脚に蹴られて転倒!

「ハァァッ!」
ハンマーが金槌を振り上げた瞬間には、二人は脱兎のごとく横を駆け抜けていた!

「Guゥゥ…何Zeだ…!ただのニンゲンGa…!」
忌々し気に唸るハンマーに、走り去る千歳は答えない…というより答えられない!
彼女は今、脳のリソースを、全て体の制御に振っているのだ!

鮫幼女は鮫から進化した、だから強い。人間は猿から進化した…ゆえに機動性が高い!
海中で浮力に支えられ泳いでいた鮫と、地上で重力に抗い、手足で立体起動してきた猿。
生物としての違いが、強みになったのだ!
そして千歳は、ダンサーだ。運動神経は発達している。パルクールもできる!

「(この先の通路を右に行けば、隔離区画へ通じてる!)」
「…!」
頭の中ですら言葉を紡がず、ただ分かったと、意思だけでオルカに伝える。
極限の集中状態では、脳の言語野を使う余裕すら惜しいのだ!

理性や論理的思考は脳のほんの一部の機能に過ぎないという。
直感、センス、インスピレーション、時に人に神がかった働きをさせる力。達人の領域。
それは、繰り返しの経験と記憶、そして鍛錬に培われた、脳神経の無意識の連携に他な
らない。
千歳は、今まさに達人の領域に足を踏み入れていた!

「ハァァァァァァッ!」
裂帛の気合とともに、ハンマーが金槌を全力で振り下ろした!
ドゴォォォゥ!!衝撃が地面を割り!破壊の波となって千歳とオルカを追いかける!
なんということか!衝撃波が、目にみえる形を描きだす、それはまさしく…鮫!

鮫衝撃波は床を壁を天井を破壊しながら加速する!二人に牙が掛かろうとした瞬間!
バンッ!千歳は一気に跳躍した!

「ひゃぁ!?」
手を引っ張られたオルカが思わず、かわいい悲鳴を上げる。
手を引っ張る千歳の姿が、赤いゴス衣装から、スポーティーな軽装に変わっている!

「うさ耳?」
うさ耳だ!高機動なのが一目瞭然!

ガッ!バニー千歳が迫って来た鮫衝撃波の鼻づらを踏んづけて、ジャンプ!
ドガァァアアアアアッ!!鮫衝撃波は大爆発!

「うわぁっとっとと…!」
狭い通路に飛び込んだオルカは、勢いあまって壁に激突しそうになるが、千歳に手を
引っ張られてブレーキした。
正面から両手を握り合った状態でうまく止まった。


「……ありがとう」
「…!?…!……うん」
オルカがありがとうと言った。その衝撃に千歳の集中が乱れそうになるが
脳内で数字を数える事で落ち着かせる。
そして、多くの言葉を飲み込み、代わりに頷く事で返答とした。

「えーあー…この通路を真っすぐ行って
 暫く狭い通路が続くけど…今の貴女なら大丈夫だと思う」
「(こくり)」
頷くだけをすると、バニー千歳はオルカの手を引き再び駆け出した。
そして、思考を絞りながら思う。感情とはかくも脳を動かす物なのだと

「サメェ!…さめ?」
「SHARKSHARKSHARK!!」
「ドケどけ!うがぁぁぁ!」

背後から鮫少女達の声が聞えてくるが何かおかしい
「…詰まってるわ、大勢で飛び込めばああもなるわね」
僅かに振り向き後ろを見れば鮫幼女達は渋滞を起こしていた……
そうでなくても、ハンマーの使う鉄槌の様な武器は狭い通路では上手く扱えない
キャットやブルーの様なインサイドファイターも狭い通路では連携が取れない

「このまま一気に引き離しましょう」
「ん」
千歳は小さく頷くを足を加速する。
バニーの姿になってからずっと足が軽い、本当に兎になった気分だ。
通路を駆け抜け、目的地までまっしぐら!
…とはならなかった。


「ここから広い通路に出るわ、敵の数は…ゼロ?」
「…?」
オルカから疑問の思考が流れて来る。
敵の数がゼロ、つまり敵の気配が無いと言う事で先に進む分にはありがたい。
しかし、ここまでの流れを考えると違和感を覚えるのは当然の事。

「まって!敵の気配が…上から!?」
広い空間に出た直後それは起きた!

ドンッ!
「UGAAAAAA!」

天井が弾け瓦礫と共に何かが落ちて来た、ハンマーだ!
彼女だけではない、ソウ、シャークティース、キャットにブルー
その他、見覚えのある鮫幼女達が次々と降りてくる。

「ショートカットされた?それともワープポータル…?」
ここはゲーム的な電脳空間、あらゆる可能性がある。
しかし、今は考えている余裕は無い。この危機をどう回避するかの方が優先だ。

「通路を戻って!別ルートを…待って!?」
「…♪」
千歳の瞳がニッと笑った。
言葉が無くてもわかる、その意味は『私に任せて』だ
「いいわ、貴女を信じるわ」
信じると決めたのなら、オルカに出来るのは一つだけ
『身体を任せる』だ

千歳は頷き一つすると、鮫幼女達の群れに突っ込んで行く
「うにゃっ!?」
「WHAT!?」
前に出ていたキャットとブルーの周囲をクルリンと一回転し
千歳とオルカ、シンクロした動きで二人の足を掬うと寝転がせた

「ナニが!?ナニが!?…ガ!?」
今度はソウの番。足を止める事無くスライディングの動きで滑り込むと
繋いだ手で足を引っ掻け立ち上がり、ソウの身体を空中で一回転
頭を抱きとめると仰向けの姿勢で床へ。

「GA!?ナン……」
ハンマーは最後まで言葉を言い終える事無く
振り下ろしかけたハンマーを二人の動きに絡めとられ
そのまま転倒し転がった。

もうこの後は二人のペース。
空間はバニー千歳とオルカの演舞場となった。

「この先に’’彼女’’がいるわ!」
背中合わせにオルカが叫ぶ。

前方には階層をつらぬく、巨大な柱と銀行の金庫めいた巨大なロック機構の門だ。
Maxi Security Containment Facility って書いてある!

千歳はオルカの手を握ると駆け出した!
鮫幼女の横をすり抜け、鮫男の牙をかわして駆ける駆ける!
ゴールは目前だ。千歳が、少女を導く白兎となって、鮫幼女の一気に突っ切ろうとした…
その時だ!

「Gあ阿aaあァAA…!」
落雷めいた衝撃、青白い球状放電が、鮫幼女を吹き飛ばした。

「イッ…ヅッうう…!?」
「ウゃぁぁっ…!」
凄まじい頭痛と、グワングワンと頭蓋の中身を揺すられる不快感…。
これは脳への負荷ではない…この不快感はつい最近も味わった。

「ウォンが使ってた電磁爆雷か…!ぶわっ!?」
急に狭いとこに押し込められた、一瞬捕まったのかと思ったけど、オルカのパーカーの中
だった。
オルカは、千歳を胸元に抱え込んでパーカーのフードをしっかりと押さえる。
対電磁パルス攻撃装甲的な奴である!

次々と青白い球状放電が爆発、鮫幼女達は全員昏倒した。
鼻につく焼け焦げたイオン臭…。刺激を伴う煙の中を、影が飛び回っている。

「スマイルメイカー!」
「くっそ、やっぱりアイツらまだなんか仕込んでたな!」

「ポッポッ…コココ…ポッ…」
スマイルメイカーの歪な文字列面が、倒れたソウに近づく、すると…。
その体が、操り人形のようにぎこちなく動き出した。

周りに倒れていた鮫幼女達もである、次々にゾンビめいて起き上がり、虚ろな顔で唸り声を
あげる!その光景はあまりにもゾンビパンデミックだ!

「こいつら…!」
オルカのパーカーの胸元から顔をだす千歳、怒りが湧いてくる。
ほんとに荒らし・嫌がらせ・混乱の元の権化みたいな奴らだ。

「MSCFの入り口が…」
オルカがぐっと歯噛みした。
スマイルメイカーに操られたゾンビ鮫幼女は、アリのように門に群がる。
自らを盾に肉壁を作らされているのだ。

「アイツ…私の足を封じてきた…!」
あんな風に密集されては、鮫幼女達の間を駆け抜け転がす戦法が使えない。
それに、今の鮫幼女達が転がしたからと失神するとは思えない。
推測になるけど、今の鮫幼女達はスマイルメイカーの操り人形状態。
先程までの洗脳ではなく、身体だけを使われている。
文字通りの人形……
(あんな状態を見て、オルカちゃんは……)

「…合体して突破しましょう」
「え?オルカちゃん?」
首を傾げる様に回しオルカの顔を見る。

無表情なオルカが、千歳を見つめ返す。
感情が、痛いほどに突き刺さってくる。
オルカは、仲間を撃つ覚悟を決めたのだ。

「でも…っ!」
「もう一度合体する、突破しなければ、彼女は助け出せない、誰も救えない」
「それでも…!」
まるで機械のように淡々と言うオルカに、千歳が叫んで首を振る。

オルカは有無を言わさず、千歳の腕を掴んだ。
’’オルカ千歳’’へ変身するのだ。千歳自身の処理能が上がっている今、二人の力を合せれば
力づくで突破可能だ。

これで良いのだろうか?
スマイルメイカーに操られ、正気を失った仲間を助けるため、今はこうするしかない。
本当に…?
多少の痛みはあたりまえだ。
そうなのか?
ここは仮想空間で、死んでも現実では失神する程度だ、問題ない。
それはそうだが。
命がかかってる状況で、手段を選んでいられない。
……。

この思考は…オルカじゃない。千歳は、直感した。

『スマイルメイカー…!』
『ポポッコッ、コッコッ、ポッ、ポ…コココ…』
不気味な囀りが聞こえて、周囲の時間が停滞している。
歪な文字列の面をつけた亡霊が、千歳の目の前に浮かんでいる。

威力テックのビルで、捕まった時と同じだ。
こいつは、千歳の頭の中に巣食っているスマイルメイカーのコアプログラムだ。
今の千歳には、はっきりと分かる。
これが、千歳の脳に寄生したスマイルメイカー…スマイルメイカー・コアだ!

ニタリッ…と文字列面の口の部分が、笑みに歪む。
スマイルメイカー・コアは、枯れ枝のような手で、オルカを掴もうとする。

『…やめろ』
歪んだ笑みが、千歳を見た。
本当に止めていいのか?本当に…?
私が手を貸さずに、彼女が引き金を引けるとでも?
まるでそう言っているようで。

『…ッ!』
言葉に詰まる。
スマイルメイカーは全ての元凶だ。
しかし千歳が、戦えるのも、スマイルメイカー・コアのおかげだ。

『コポポポ…』
スマイルメイカー・コアの手が、オルカの頭を掴む。
オルカの願いに応えて、戦う力を与えようとしている。

『(今は、しかたないのか…)』
千歳はうつむく。
あの時と同じだ、結局、スマイルメイカーの力に頼るしかないのだ。
『(力が、無いから…)』
頭の中で言葉にしたら、惨めな感情が足元から湧いて沈んでいくような気がした。

この感情は、今作られたものじゃない。頭の奥深く…脳の古い神経組織。
昔から、繰り返し、何度も味わって、こびりついている。
なにか、大きな事件があったわけでも、トラウマというわけでもないのだが。

昔から、心のどこかで常に無力感を感じていた。
特別な何かが欲しい、今よりもずっと強い何かになりたい。
そんな思いが、影のように後をついて離れないのだ。

思えば、アメリカ留学したのも、友達が皆、進学を選ぶ中、夢を追うと言って、
渡米を決意したのも。
今、鮫幼女と一緒にニンジャやらスマメイやらと戦ったりしているのも。
もっと力をと渇望する、千歳自身の影のせいなのかもしれない。
ユーニスに、ヒーローじゃないんだって言われて。
まったく悔しい気持ちがなかったと、言い切れるだろうか?
スマイルメイカーの力を得て、微塵の優越感もなかったと、本当に言えるのか。

オーディションに落ちるたびに、もっと才能があればと思った。
美人がよくいう、特に何もしてないを、地で行くユーニスを見て、神を呪ったこともある。
この街に来てからは、スゴイ奴らだらけで、自分の何も無さを思い知った。

力の無い者がいくら願っても、虚しいだけだから…。
スマイルメイカーに憑りつかれたのは、自分が’’力’’を求め続けていたから…。
スマイルメイカーは欲望を、無限に肯定してくれるモノだから…。

暗い思いに沈む千歳を見て、スマイルメイカー・コアがますます笑みを大きくする。

『痛…!』
腕に電流を当てられたような痛みが走る。
千歳の腕を掴んでいたオルカの手からだ。

痛く、そして熱い…。時間は停滞したままで、オルカは動かない。
けれど、思いに時間は、関係ないのだから。

『この痛みは…オルカちゃんの心の痛み…。ああそうか…!』
千歳が、オルカの手に自分の手を重ねた。
『勘違いしてた…。ここが現実とあんまりそっくりだから。
 今、ここにいるのは…私達の体じゃなくて、心そのものだから…!』
『コポ…?』
スマイルメイカー・コアが首をひねる。

『オルカちゃんが、なんで引き金を引けなかったのか…。
心の底から、仲間を傷つけたくなかったんだ!守りたかったんだ!』
剥き出しの心では、誰も嘘をつけない。
だから、人のことは平気で撃つくせに、仲間のことになるとオルカはこんなに苦しむのだ。
彼女にとって、仲間達だけが自分以上に大切な全てだから。

『…人の弱みにつけこんでぇ…』
重ねていた手を離し、千歳は拳を握る。強く握る!

『へらへら笑ってんじゃ……ねー!!!』
『ゴッッポ!?』
千歳の拳が、スマイルメイカー・コアの顔面を殴った!

「グッゥウウウ!!」
「あっぐ…ッ!」
その瞬間、意識の時間は元にもどる。
オルカは歯を食いしばり、’’オルカ千歳’’へ変身しようとしている。二人を紫電が包む!

「んっぬぁぁぁぁ!!」
「きゃぁぁっ!…何するの!?」
千歳が、オルカの手を引きはがす、紫電が散り、合体シークエンス解除!
二人とも吹き飛んで尻もちをついた。

「オルカちゃん…合体しよう」
「はぁぁ!?…だから今、合体しようと……」
手を伸ばし、千歳はオルカの手を掴む。
「ううん、今度は私がやる!オルカちゃんの出来ない事を私がやる!!」
「…あなたが、みんなを倒すっていうの…?」
「違う!」
叫び宣言する様に言うと千歳は立ち上がり
オルカの手を握り絞めて立ち上がらせた。

「もう誰も傷つけない、オルカちゃんも苦しませない!
 しょうがないからって…そんな理由で誰も戦わせない!!」
「そんなこと…どうやってやるっていうの!?」
「踊る!」
「貴女何を言って…?」
「私にできるのは、踊ることだけだから」
タンッ!タタン!
千歳とオルカがステップを踏み、ターンを決めて踊りだす。

「ちょっ…勝手に体うごかさないでよ!?踊るってまさか…」
「言葉通りだよ!」
かっこつけてみたものの、実質ノープラン。
スマメイの力に頼らない自分にできるのは、本当に踊るしかない。

門にへばりついたゾンビ鮫幼女たちも、こころなしか、ぽかーんと
した顔をしているようだ。

「もう、いい加減にして!こんなことしてる場合じゃ…」
「みなよ!スマメイの奴らもあっけにとられて手だしできない」
「それはね!頭おかしくなったと思ってんじゃない!?」
「それに…オルカちゃんも、ダンスは嫌いじゃないんだろ?」
踊りながら、オルカが赤面した。
もし、オルカが本気で拒絶するなら、千歳の操作を拒むことができる。
だけど、そうはしていないのだから。

オルカの心から、不安と、そして期待を感じる。
本当に誰も傷つけずに、助ける、魔法のようなことができるのかと。

踊る2人にスマイルメイカー・コアが付きまとう。

――幼稚で非現実的な考えはやめろ、力なら私がくれてやる。
お前たちに何ができるのだ。
そんなもの、劣等感から出た、根拠のない現実逃避だ。
安易な妄想に逃げるな、さあ良い子だから…。――

文字列面を怒りに歪ませながら、未練たらしく手を伸ばす。
オルカをリードして、千歳は回避する。

「夢を実現するのは難しいよな…。自分にはできないことだらけだ」
「…?黒髪…?」
オルカが首をかしげる。
業を煮やした、スマイルメイカー・コアから触手が伸びる!
回避するたび、ダンスは速度をあげて激しさを増す!
攻撃は、千歳以外には見えていない!

「努力や思いが報われないことの方が多いんだ…」
両手を握ったまま、オルカと見つめ合う。
足を止めた2人に、スマイルメイカー・コアから触手が伸びる!

━━そうだ、夢は無力だ、理想に逃げるな、現実を知れ、挫折を恐れろ、
死に怯え力を求めろ!他者を出し抜く強さを!私が……━━

悪魔めいた喜悦の笑みを浮かべ、スマイルメイカー・コアから触手が伸びる!

「それでもぉぉぉぉ!」
「くろ…千歳!?」
オルカの両手を握った千歳は、そのままジャイアントスイング!

「ゴッポォ!?」
オルカの鮫尾びれが、スマイルメイカー・コアの顔面を痛烈に打った!

「今なんか蹴った!?って、ええ!?何こいつ!?」
「ふぅ…やっぱり、口より体を動かした方が早いな」
「コポ…ポッコォォォォ」
実体化したスマイルメイカー・コアから触手が伸びる!
千歳は呆けるオルカを引き寄せると強く抱き締めた。
二人の間に輝きが生まれる。
思考が追いつかない、直感に、確信があった。
これは、傷つけ争うための力ではなく…。

「これは……」
「大切な人達の事を想うんだ…絶対に助けたい人達を」
「私の…大切な」
「そう、自分の、私の守って共に歩みたい人の…」
オルカと千歳が、光の中で額をくっつけ合うようにして目を閉じた。
それぞれに思い浮かべる。
仲間の事…ウィーゾルのことを。
ユーニスのことを。

二人の体を光が包み込み、光は衣服の輪郭を形作っていく。
光の繭の中で、少女達は、新たな姿へと生まれ変わっていく!

瞬間、輝きが鮫の形となって弾け飛んだ。

「…あ、え?こういう衣装、昔アニメで見た事あるけど…これは……」
「あれ…なんで?私…小さい……」
鮫を模した帽子にセーラー服を模した服、新たな衣装を纏った千歳と
その周囲をくるくる回るピンクの鮫達。
そして……
妖精の様な小さな姿となったオルカが千歳の肩付近を漂っていた

「コォポポポポオッッ!!」
スマイルメイカー・コアが触手を槍衾のごとく、二人目掛けて突き出す!

「うわ!あぶな…ってぇぇぇ!?」
軽くジャンプしただけで、千歳の体は急上昇!床は遥か下だ!
天井にぶつかりそうになって、空中で蹴りを繰り出す。態勢を変えると、天井に着地した。
うさ耳の時よりもスピードがある、多分十倍ぐらい!

「こらー!置いていくなー!私弱体化してるじゃん!?きゃぁ!?」
ふよふよと漂うオルカに、鋭い触手の突きが襲う!
「オルカちゃん!」
千歳の姿が天井から掻き消える、次の瞬間、触手がまとめて地面に叩きつけられた。
「せやぁ!」
追加の触手を払いのけ、スマイルメイカー・コア本体に蹴り!
「ゴポォォォォッ!!」
吹っ飛ぶ本体、パワーも上がっている!多分十倍ぐらい!

「すごい…力が湧いてくるみたい…」
「コココココココ!」
一瞬の隙をついて、地面の下から触手が突き出し、オルカを狙った!
「あ、しまっ…」
「「キュゥゥゥッ!」」
ピンクの鮫達が2匹、素早く泳いで、触手を噛みちぎる!

「なるほど…私はこっちの担当なのね」
ピンチを救ってくれたピンクの鮫達の頭を撫でるオルカ、みんなちっちゃい。

「そうと分かれば…」
「「シャァァァァッ!!」」
ピンクの鮫達が、牙を剥き、スマイルメイカー・コアを睨む。
尾びれをうち振り、突進!からの…丸くなって体当たりだ!
「ゴポォォォォッ!!」
背びれが、回転のこぎりよろしくスマイルメイカー・コアの体を切り裂く!

「ゴポッ…!ゴポポポッ……」
身体を切り裂かれ、蠢く肉塊となったスマイルメイカー・コアが怨嗟の呻きを上げる
もはや人型を維持する事も出来ないのだろう。
「前回はここから酷い目にあったけど、今回は油断しないよ……」

千歳の中に苦い記憶が蘇る。
スマイルメイカーを倒したと思った直後、鮫色の少女…AIを奪われてしまった
あんな悲しみは繰り返さない。
だから、今回は緊張感を解かない、視線を外さない。
しかし……

「うらギリギリ……」「さめさめさめ……」
スマイルメイカー・コアの周囲を鮫少女達が取り囲んだ。
「どこまで卑怯なのかしら…!」
小さなオルカが宙で手足をバタバタと振り回しながら怒りの声を上げる。
ピンクの鮫達もパタパタとヒレを振り回している。

「かわいい…じゃなくて!ねぇオルカちゃん…あの子達の洗脳解けないか…?」
「かわいい言うな!…え?洗脳を解く?」
「アイツ(スマイルメイカー)が弱っている今なら力に干渉出来る気がする…だから!」
理屈じゃない、確信としてある。
今の自分達なら、鮫少女達を傷つけずに救う事が出来るはず!

「そうね、プログラムコードを解析して分解して…あ!そう言う事なのね!」
「え?え?」
「貴女は既にやってるの!スマイルメイカー・コアに干渉してるの!
 だから、今から目に見える形でプログラムコードを引っ張り出すから!」
「えーっと、わからないけどわかった!」

千歳が頷くのを確認すると、ミニオルカは宙へ舞い上がりクルリと一回転
彼女を囲む様に見慣れぬ文字列と数字が展開された。
「行くわよ!」
オルカの言葉を合図に千歳の周りに七色の輝きが生まれた。

「わかる!やり方がわかる!」
言葉にせずともオルカのイメージが流れ込んでくる。
今の二人は別々の身体でも繋がっている。
だから出来る。だから千歳は踊る!

「1(ワン)!2(ツー!)」
千歳が右の裏拳で赤の光を叩き、続けて左の裏拳で橙の光を叩く。
すると……
「さ…め…?」「シャー……」
「ゴポッ…!?」
ハンマーとソウがバタリと倒れそのまま光となって消えた。

「3(スリー)!4(フォー)!」
今度は右足を高く上げ黄色の光を蹴り、続けて後ろ蹴りで緑の色の光を蹴る
「うにゃ…」「SHあ……」
キャットとブルー、そして何人かの鮫少女達が光となって消えた

「コポポポポッ!」
その光景に怒りを覚えたのか、スマイルメイカーの呻きが轟き
地面を突き破って槍の様な触手が千歳へ伸び迫る!
「させないよ!」
「ガプッ!」「ガプッ!」
オルカの声でピンクの鮫達が触手の槍を噛み千切った!」

「ありがとう!5(ファイブ)!6(シックス)!」
オルカにウインクしながら上でパンッと手を叩き青の光を
下でパンッと手を叩き藍の光を、そして……
「7(セブン)!」
紫の光を回し蹴りすれば、残り全ての鮫幼女達が光となった。

「ゴポーッ!?」
盾としていた鮫幼女達が消え去り
剥き出しとなったスマイルメイカー・コアを七色の輝きが檻となって拘束する
「さぁ!フィニッシュだ!」
輝く光の中で、千歳が舞い、踊る。
「「キュゥゥーッ!」」
ピンクの鮫たちが、千歳の元に泳いでくる。軌跡が星屑を撒いて輝いている。
輝きを纏った鮫達は、千歳の両手に光となり宿った!
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
両手で大きく円を描く、円は輝く飛沫をあげ渦潮となり、見る間に巨大化!
あっという間に、周囲を蒼く輝く海に飲み込んだ。
海中に、輝く星が浮かんでいる。まるで銀河の天の川のようだが
ぐんぐんと、近づいてくるそれは…鮫だ!
星の数ほどの光の鮫達が!360度全天周から、流れ星となってスマイルメイカー・コア
へ降り注ぐ!

「ゴポポッ!?ゴッ…ゴポォォォォォォォ!!」
「千歳!」
「うん!」
鮫流れ星に乗って、オルカが飛んでくると、大きく吠えて巨大な鮫に姿を変える!
「とぉぉぉりゃぁあああ!!」
巨大なオルカ鮫にライドオンした千歳がスマイルメイカー・コアを轢殺!鮫!容赦なし!
断末魔も残すことなく、スマイルメイカー・コアは光の中に、黒い沁みとなって消滅した。

「ごきげんよう」
着地を決めると、千歳は右手を垂直横にし正面を見据えるポーズで呟いた。
「…なにそれ?」
鮫の姿から小さな姿に戻ったオルカとピンクの鮫が首を傾げ問い
千歳が答える
「女の子が必殺技で敵を倒した時はこう言うって、ユーニスが……」

「必殺技?ジャパニメーションって奴?確かカグラが好きだったわね
 まぁいいわ、周囲にスマイルメイカーの気配は…無さそうね」
「でも油断は禁物だ。変身は解かないままで進もう」
敵に止めを刺したのなら変身解除して日常シーンへ…がお約束だが
スマイルメイカーは狡猾だ。まだ欠片が残ってる可能性は否定できない。

「さて、進むはいいけど……
 こんな大きな『扉』どうやって開けるんだ?」
呟きながら千歳は向き直る。
視線の先にあるのはロック機構のある巨大な扉。
『Maxi-Security Containment Facility』
厳重隔離区画。
この先に鮫潜水艦『ホエールシャーク掘戮魎浜するAI…鮫色の少女が居るはず。

「セキュリティコードを入力すれば開くはずよ?」
「出来る…?」
「やってみる……」
小さなオルカが扉の元へ近付いて行く
が、しかし……

「あれ?あれれ?無い…無い…そんなはずは……」
扉と睨めっこをしていたオルカが急にぴゅんぴゅんっ飛び回り始めた
「オルカちゃんどうしたの…?」
「無いの!入力に関する一切が無いの!」
そしてギュンッと音がしそうな勢いで千歳の顔面近くに
「わぁ近い!?入力に関する…無いってどういう事?」

「言葉の意味そのままよ。もっと簡単に言うなら…そう!鍵もノブも無いって事!」
「え?でもそれっぽいのなら色々付いてるぞ?」
言って千歳は扉を見る。
扉には回転しそうな歯車や伸び縮みしそうなシリンダー。
機械的な仕掛けが多数見て取れる

「全部ダミーよ。『外の世界』からハッキングでも仕掛けたら
 多分このダミーにぶつかるのでしょうね……」
「そうなんだ……」
千歳に良くわからないが。大事な物を守るために偽の仕掛けが設置されていると理解した

「んー…どうにかして開かないかな?ほら、さっきみたいにさ?」
鮫幼女達の洗脳を分解して解いたのと同じ事が出来ないか?と言う事だ
「どうかしらね?確かにこの『扉』もコードの集合体ではあるけど」
「集合体って事は壊してはいけない物もあるのか…?ん…?」
オルカとの相談を続けながら、千歳は何の気無しに扉に触れた
すると……

ギッギッ ガコン 
扉についていた機械仕掛けが作動を始めた
歯車が回りシリンダーが伸び縮みする

「わぁ!?」
「貴女!何したの!?」
「わからん!本当にわからない!!」
千歳は振り返りながら両手を胸の前で振る。
コメディ番組である、何気に壁を触ったら倒れてしまった
そんなシーンを体験した様な状態。

「ふーん…あ!」
千歳の反応に首を傾げていた小さなオルカがポンッと手を叩き
納得した表情で頷いた。
「わかったわ!貴女こそが鍵だったのよ!」
「…私が鍵…?」

「AIは貴女を待っていたの。黒髪、貴女けっこうなタラシなのかもね?」
「…え?」
ぽかんっと口を開いた姿勢で千歳が固まった。
確かにAI…鮫少女と踊り、王子様の様に振る舞いはしたが
タラシと言われると困ってしまう。

「ほら扉が開くわよ?迎えに行ってあげなさい。騎士様」
「騎士様って……」
王子様の次は騎士である。
あれこれ考えている間に扉の開錠過程は進行し。
仕掛けの稼働が収まると今度は扉が縦に横に斜めに開き始め。
そして中から現れたのは……
赤い屋根の白い小さな家だった。

「あ?あの中…だよな?」
「でしょうね?多分あれは最終障壁
 かわいい見た目だけど、他よりセキュリティレベルは高いはずよ?」
「どうやって入るんだ…?」
「ノックでもしてみたら」
言って小さなオルカが肩を竦めた。

「…そうなるよな?」
千歳は小さく息を吐くと慎重な足取りで小屋へと近付く
それに遅れ、小さなオルカがふよふよと付いてくる。
なんだか小妖精を連れた騎士だか王子様になった様な気分だが
オルカには黙っておいた。

やがてお菓子の様な扉の前に至るとオルカが口を開いた。
「うん、やはり貴女は迎え入れられたみたいね?
 そうでなかったら、攻性ワクチンが作動していたはずだもの」
「…もしかして、私を盾にした?」
「だって……、今の私は小さいもの?」
千歳は溜め息した。

とりあえず千歳は気を取り直すと扉に向き直り深呼吸をする。
オーディション前より緊張するが、今日は隣にユーニスはいない。
一人で頑張るしかない……
いや、オルカがいる。だからオルカを見頷くと、頷き返されるのを待って
コンコンと扉を二度ノックした。

「…いるんだよね?私だよ、助けに来た」
千歳は飾らぬ言葉でシンプルに呼び掛けた。
「後は反応待ちね?一応、逃走ルートは再検索しておくから上手くやりなさい」
「…ああ、頼む」

そこから無言の時間が流れ、やがてその時は来た
カチャ。
「鍵の音だ」
「ここから本番ね?私は暫く静かにしてるわ」
「わかった」
頷くと千歳は蒼銀色のノブに手をかけ回し引いた。

小屋の中は小さなアクアリウム様で
虹色に輝く小魚達が泳ぎ回り、七色の海藻がゆらゆらと揺れる
「…あ」
「───」
居た。彼女が居た。
部屋の中央に置かれた珊瑚の桃色をしたベッド
そこに彼女…鮫色の少女は腰かけていた

「お姫様の登場ね」
「…静かにしてるんじゃなかったのか?」
「これは失礼」
「まったく……あ?これは君にじゃなくてね…?」

「──♪」
腰かけたまま少女が笑った。小さな小さな鈴の様な微笑み。
あの時と変わらぬ表情で彼女はそこにある。
「…ごめん、あの時は助けてもらって……」
真っ先に出たのは謝罪の言葉、彼女の顔に悔しさを思い出す。
一瞬の隙を突かれ、スマイルメイカーの罠に嵌ってしまった悔しさ。
その光景を思い出せば千歳の目に涙が溢れる。

「───……」
少女の指が伸び、千歳の目から涙を拭い微笑む。
「…うん?ありがとう…大丈夫、今度こそ君を助けるよ!」

「はいはい、お熱いやりとりはいいから脱出しましょう」
二人の横に小さなオルカが飛び出て来た。
「…!?お熱いって。…ああ、この子は…え?知ってる?」
「当然でしょう?彼女がホエールシャーク靴料瓦討魎浜しているのだから」
「なるほど。じゃあ…私と一緒に……」
言って千歳は少女に手を差し出した。その直後!

「很好!」

二人の背後で声が響く、聞き覚えのある声。
「ウォン!?」
聞えたのは忘れ様も無い宿敵の声。
言ってやりたい事は山とあり、叩きのめしてもやりたい。
しかし、二人が言葉と行動に移すよりも先にそれは起きた。

「あぐっ!?」
「にょわ〜〜〜?」
圧。殴る様な圧と共に千歳は壁に弾き飛ばされ
小さなオルカはクルクルと空中を舞う。
全て声を聞いてから一瞬の間に起きた出来事

「な、何が起きた…?」
「今の力は何?うう、目が回るわ……」
頭を振るいながら起き上がるも身体のあちこちが痛い
電子の虚像であるはずの身体が悲鳴を上げている。

「素晴らしい、実に素晴らしい」
二人の間をコツコツと靴音が通り過ぎて行く
倒れている二人を気にかける事も無く、ただ真っすぐに一直線に。
靴音の向かう先はただ一つ。

「ッ!」
鮫の少女がとっさに大岩を動かして、行く手を閉ざそうとする。アクセスを拒む
障壁の視覚化されたものだ!
ガッガガッガ…!見えない何かが、大岩が閉ざされるのをさえぎった。
それでも無理やりに閉じようとする大岩に圧されて徐々に姿を現す…スマイルメイカー!
千歳たちを監視していた亡霊タイプである!!千歳たちに一撃を加えたのもこいつらだ。

「コォォ…ォォォ…ォ」
風の唸りめいた不気味な声をあげて、スマイルメイカー・亡霊は大岩を破壊した。
かなりのパワーだ、非力なユーレイの姿は欺瞞だったのだ!狡猾!

「ご苦労だった」
「ンぅぅ…!!」
ウォンのサイバネアームが、鮫少女を乱暴に掴み上げた!

「この…!その子から、手を離せぇ!」
千歳が拳を握りウォンに殴りかかった、ウォンは微動だにせず、拳は顔面に当たる。
「ンフフ…」
「え…」
変身した千歳の拳をうけて、ウォンは微動だせず、薄ら笑いを浮かべていた。

ここは電脳空間で、物理体格差などは関係ない。
変身した千歳のパワーは十倍にもなっている、なのに…。

「せやぁ!」
鋭い回し蹴りが、ノーガードの胴を打つ、ウォンは微動だにせず!
パンッ!ウォンが軽く手を払うと、千歳が吹き飛ばされた!
「きゃぁ!?」
「千歳!大丈夫?」
「平気…!」
「理解できないという顔をしているな。…ッハッハッハ…
 クゥーアッハッハッハ!ハァァッハッハッハッハッハ!ヘヘヘッ!!」
掌で顔を覆い、ウォンは大爆笑。

「何がおかしいの…!」
オルカがウォンを睨む。
「ハハッ…笑いたくもなる。こうも簡単に、望んでいた最高の結果になればな!
 クククッ…小娘、貴様はその少女趣味な恰好を、パワーアップだと思っているようだが…
 …ァァハ…弱体化だ!」
「はぁ!?」
「それって…まさか!」
「まさかさ!小娘ぇ!お前は、自分の手で、力の源スマイルメイカーを破壊したのだ!
 自ら力を手放したのだ!愚か者め!…いや、ドーモ・アリガトウと言っておこう」
ウォンの背後に、スマイルメイカー・亡霊が集まり、一つの体に吸収され、枯れ木のような
体が、膨れ上がっていく!

「コォォォォ……」
スマイルメイカーの面の文字列が、アステカの呪われた古代遺跡を飾るレリーフのごとく
禍々しく神聖味を帯びた文様へ変化した。
いや、変貌は、体の方が著しい!亡霊めいていたその体は、パンパンにパンプアップされ
ミノタウロス…いや!熊!角も生えている!爪も生えている!

「貴様の中のスマイルメイカーは邪魔だった、いずれ貴様ごと始末するつもりだったが…。
 手間が省けた!必要なものも手に入れた!」
ウォンが乱暴に鮫少女を抱き寄せる。
「ンンー!!」
抵抗してもがくが、サイバネアームがめきめきと膨れ上がり、離さない。
「’’私の’’スマイルメイカーが最強になった!
 そうだな…名づけるなら、セカンダリ…いや…」
「スマイルメイカー・饕餮(とうてつ)!」
「コォォォォォォォォォォッッッ!!」
スマイルメイカー・饕餮が雄叫びをあげる!
ウォンは、スマイルメイカーの歪な文字列面を自ら被った!

「ハハハ…」
鮫少女の体がスマイルメイカー・饕餮の手の中に握られる。
「!!」
華奢な体は、網に取られた魚のように身動きがとれない!鮫少女の肌に黒い菌糸の
根が這い、侵食していく…。
「ヤメロォ!」
「很好!很好ォォ!!ハァーハ哈ハハhaハ!!」
「コォォォォォォォォォォッッッ!!」
千歳の叫びが、ウォンの哄笑とスマイルメイカー・饕餮の雄叫びにかき消される。




ー基底現実、コンクリートの牢獄…

出入口がどこかも分からない、コンクリートで覆われた部屋の中央で、ウォンは
椅子に拘束されている。両腕のサイバネアームも外されて接続部が剥き出しだ。

<<……君の失態で、わが社が被った損失は計り知れない>>
空中にモニター投影されているのは、威力財閥の重役達である。
壮年の男が4人、中年の女が1人。リモート会議だ。
<<情報操作、隠ぺい工作、設備破壊に伴う汚染への対応…
  もはや、あなた1人程度の命に替えられる額ではありませんよ>>
骨ばった中年の女が、言う。
ウォンは、うなだれたまま動かない。
<<よって責任追及の手順を省き、君には、一命を賭して損失の補填をしてもらう>>
チビのメガネの中年男が、死んだ目で睨む。
ウォンは、うなだれたまま動かない。

コンクリート壁の一部が音もなく開き、手術衣を来た巨漢が二人、入ってきた。
その頭部は、機械が埋め込まれ。フランケンシュタインめいて切り刻まれている。

<<最後に…>>
中央に投影された、灰色髪の男が言いかけ…。
ウォンが顔を上げた。
口元だけが歪に釣り上がり、人の相貌(かお)とは思えない歪な笑みを、満面に浮かべる。

全員、言葉を失い凍り付いた。次の瞬間。
ゴトンッ。物の倒れる音がマイク越しに聞こえる。
重役の1人が、額の穴から血を流して机につっぷしていた。絶命している。

「な、なんだこれは!?」
死んだ目の中年重役が、豪邸のワークスペースで椅子を蹴って立ち上がった。
背後の、高い窓の上から、スルスルと人影が降りてくる。
ガシャーン!窓ガラスが割られると同時に、中年重役の首は床に転がった。

大通りの交差点で、高級リムジンが横からの追突で止まった、そこへ続けざまに
何台もの車が突撃し、爆発炎上した。
マニキュアを塗った腕がガソリンと血だまりの中に落ちる。

重役たちを映したモニターは、次々とオフラインになって消えていく。

<<貴様…貴様!何をした!!>>
灰色髪の男が叫んだ。ウォンは動じず、二の腕から先の無い腕を広げた。
腕をとって、フランケンめいた巨漢が立ち上がらせ、傅いた。
<<きさっ……!>>
「スマイルメイカーは、完全に私のモノとなった…。イヤ…フッフッ…
ハハハ!我しガ…su・マイルMA可…そのもの、というわ苛だ」
<<…ッ!>>
歪な人外の相貌を向けられ、威力財閥会長その人は、額に汗を浮かべる。
そんな彼をウォンはあざ笑う。

「無駄だ。お前の命令は、もはや誰も聞かない。
 Naぜなら…!ワたし餓!スマイルメイカー・饕餮―なのダから!」
会長が画面外で操作していたタブレット画面を、コミカルなスマメイアイコンが覆い尽す。
ボンッ!破裂した!

<<わが社を喰いつくそうというのか…化物め!>>
「くっく…世界48か国に支社を持ち、関連企業、子会社の社員数30万、資産額は1国の
 国家予算に匹敵するという大財閥をですか?」
「……はぁぁぁぁぁ」
ウォンは深く溜息をついた。
「つまらない…」
<<何!?>>
「つまらない、つMaらない、Tuまらナイ!!!ちっぽけに、過ぎル!!!!!!」
フランケン巨漢が自らの腕を引きちぎり、ウォンの両腕につけさせる。
巨漢たちの腕の人工血管から、赤黒い血がコンクリート床に流れ落ちた。

「世界に、人間が何人いると思っている、7,808,913,556人だぞ?’’今この瞬間にだ''」
この詳細な数値、でたらめではない。スマイルメイカーの力をもってすれば、地球上の
人口を計算やデータ照合ではなく、実際に数えるように把握することなど容易い!

「その全てが、私の手足!私の脳!私の物!さらにだ!」
ウォンに接続した腕が、ボコボコと波打つ、サイバネ機械が生き物のように収縮し、蠢く!
映画では客に見飽きたと言われるような陳腐な演出である、しかし…なんということか!
現実に、サイボーグと肉体が蠢いて融合し、ウォンの腕を再生したのだ!生身のだ!

「…フゥゥ…はああぁ…。鮫共の技術も完全に手に入れた。貴様らが数十年に渡って
 研究し続けて、ついに得られなかった技術だ」
恐るべき事実、ウォン達の使うサイバネ技術も、鮫幼女由来のテクノロジーだったのだ!
サイバネ改造を施したウォンの体は、鮫幼女テック由来のスマイルメイカーと親和性が
高かったのだ!悪魔めいた偶然!絶望的な悲劇!

「お前など、もう要らん」
モニターを指さし、ウォンが言った。
机を叩き割り叫ぶ会長の姿を映して、モニターはオフラインになった。

ドッ!ドサッ!フランケン巨漢が、失血多量で倒れて絶命した。
ウォンは血の海の上を歩くように、出口へ向かう。

ー同時刻 サンアッシュクロス近海

夕暮れの海に、カモメが群れて飛んでいる。
静かに揺れていた海の一角が、突然黒ずんだ。そして、大きく持ち上げられるように
膨らんで…山のように高くなった瞬間に、海が破れて飛沫が散った。

海面に現れたのは、波間を切り裂く、背びれ型艦橋、四角いシルエット、人の潜水艦
にはまったく似ていない、濃い鮫灰色の金属ボディ…その全長は300mを越える!

カモメたちがギャアギャアと騒ぎたてる下を、陽光の元に姿を晒した鮫潜水艦が巨大な
航跡を描いて直進する。
進路の先にあるのは…サンアッシュクロス!

◆6 Edit

ポート・マフオネス、コンテナヤード。
ガントリークレーンの操縦室は、最高の展望台だ。
観光客が高い金を払う、サンアッシュクロスの海と夕日を、タダで独り占めにできる。
窓には、セクシーな黒人バニーガールの写真が貼ってある。
まぁ仕事中は、足元の窓ばかり見てるし、写真は彼女ではなく、彼が熱をあげているカジノ
のバニーなのだが。

クレーンオペレーターのフランクは、地上にいる同僚が玉掛けするのを見守っていた。
船の汽笛に、顔を上げる。目の前には輝く夕日と、電灯の灯り始めた街並み…。
しばし役得に浸っていると…異変に気付いた。
大型コンテナの汽笛が立て続けに響く、沖合から波を蹴立て巨大な何かが迫ってくる。

「なんだぁ、ありゃぁ…?巨大シャーク?」
内線コール、スイッチを入れる。ノイズ混じりの同僚の声。
<<フランク!緊急事態だ!はやく…>>
「鮫のガッジラのことか?航路を無視して違反切符が怖くねぇらしいや」
<<冗談を言ってる場合じゃない!…じゃだ…>>
「ワッツ?ノイズがひどい」
<<ニンジャだ!うわーっ!>>
通話はノイズでかき消された…。

冗談はどっちだと言いたくなったが、足元の窓をみると、地上は騒然としている。
沖合から迫る巨大な物体は、速度を落とすことなく港に迫る!
フランクは反射的にスマホを取り出してカメラアプリをタップ、現代人の性である。

津波のような波を立てて巨大鮫は岸壁に衝突!衝撃で、クレーンが揺れた。
「オーマイガッ…モンスターシャーク…オーマイガッ……」
波にさらわれて、人影が海へ引きずり込まれる。
ビルのように積まれていた40ftコンテナが崩れた。

港に衝突した巨大な潜水艦にも見える鮫は、無傷だ。
巨大な口を開き、停泊していた船に噛みついた!まるで巨大鮫が小魚を呑むようだ。
バギンッバガンッ!破砕音が操縦室内にまで響いてくる。

「なんてこった、ヤバイぞこれはヤバイ…」
言いながら彼はツイッターを立ち上げて動画を投稿しようとしている。現代人の性である。
「ワッツ!?なんでつながらないんだ!wifi?くっそ!ネットもだめじゃねーか!」
ガンッ!クレーンのアームに何かが衝突した音!

クレーンの鉄骨アームに着地したのは、ダイバースーツめいた格好のあやしい人影だ。
足に巨大な猛禽類の爪のようなサイバネを装着している。
赤いゴーグルをつけた顔が、クレーンの操縦室内を覗く。
中には誰も居ない。ダイバースーツの怪人はコウモリのような両腕を広げて飛び去った。

「(なんだあれ…絶対に天使なんかじゃねぇ、ニンジャだ畜生!ニンジャナンデ!?)」
フランクは、操縦席の後ろに隠れて、口を押えていた。
震える手でスマホを操作する。
「…Shit!」
オフラインだ。

………
……


電脳空間での戦いは続いている。

「ハハハハ!素晴らしい…!あらゆるものが全て私の知覚の中にある!世界が私の手
の中に……否!世界が!私の手足だ!ハハハハ!!」
「コォォォォォォォォォッ!!!」
ウォンと、彼に憑りついたスマイルメイカー・饕餮の歓喜が響き渡る。

「このっ…離せ!!」
「無駄だぁ!!」
「きゃぁっ!!」
スマイルメイカー・饕餮の丸太めいた腕が千歳の華奢な体を殴り飛ばした。
後方で受け止めようとした、小さいオルカとピンクの鮫達もろとも壁際まで吹っ飛ぶ!
巨大な格納庫が振動しはじめた、そして、周囲の壁が、柱が鳴動し、組み替えられていく。

「…何をするつもりなの!」
異変を感じて、オルカが叫ぶ。
「フヘッハハハ…」
「コォォォォ……!」
不気味なスマイルメイカー面の下で笑い、ウォンが片手を上げる。
背後に投影される、ホエールシャーク靴了僉浮上し港に停泊していた小型貨物船を
食らうと、背面に奇妙な構造物を構築しはじめた。歪なジグラート…狂気の神殿
あるいは冒涜の王の玉座…!
構造物の突起に、ゴミのように引っかかるのは、貨物船の乗組員だったモノの一部だ。
ウォンは、雇ったPMCや、部下のニンジャごと貨物船を食らったのだ!その顔に犠牲を
顧みる気配などはない、新世界の神への供物だとでも言うように笑っている!

「あなた…!彼女を…私達まで道具にしようっていうの…!……千歳!」
「…わかった!」
オルカと千歳が見つめ合って頷き合う、今二人は一心同体、思いはすぐに伝わる。

二人の体が光に包まれて、魔法少女風の衣装が消える。変身解除、からの一瞬で再変身!
黒いフードに、巨大鮫銃を抱えた’’オルカ千歳’’だ!

バシィ!レーザーが正確にスマイルメイカー・饕餮の顔面を撃つ!
「コォォオ!?」
「ぐっ!小癪な…!」
強烈な閃光と熱で、スマイルメイカー・饕餮が一瞬ひるんだ、しかしダメージは浅い。
オルカ千歳の破壊力をもってしても、完全体になりつつあるスマイルメイカーは手ごわい。
「シャァッ!!」
間髪入れずに銃床の鮫牙を開いて、突撃!丸太めいた腕の唯一細い部位…手首に正確に噛み
ついた!すこしでもズレれば鮫少女を傷つけていたところだが、オルカの制御は正確だ!

「シィ…!」
ウォンの鋭い蹴りが襲う。
「あっぐ…!ぬぁああああ!!」
ガードすることなく、まともに蹴りを受ける、吹き飛ばされそうになるのを巨大鮫銃にし
がみついて踏みとどまり、銃のレバーを引き下ろした。
バッヅヅン!!
「コォォォォ!?」
スマイルメイカー・饕餮の手首を切断!鮫少女の体が宙に投げ出された。

「───!」
「え?」
鮫少女は一瞬だけオルカ千歳を見ると口を開いた。
音の無い声。しかし、オルカ千歳には聞えた、彼女の声が確かに聞こえた。
そして、鮫少女は小さく微笑むと七色の粒子となり…消えた。

「なっ!?小娘共ガッ!!コォォォォォッ!!」
後にはスマイルメイカー・饕餮の怨嗟の雄叫びだけが残った。

………
……


同時刻、ホエールシャーク憩眤萋麋番連絡通路。

電脳世界で千歳とオルカがウォンと対峙していた頃。
艦内には異様な光景が広がっていた。
各部屋、通路、そこかしこに倒れた少女達の姿があった。

まるで毒ガスか細菌兵器でも使われたかの様な惨状
しかし……

「うにゃ〜…ネズミは食べないにゃ〜……」
倒れている少女の一人が寝言をした
しかも、手を猫の様にしながら宙を掻いている。
そして、寄り添う様に隣にもう一人。

「うー…食べないでー……」
こちらは鼠の様な大きなお団子髪の少女。
何か悪い夢でも見ているのか、うなされている。

少女達は生きている!
そう、彼女達は眠っているだけ。
彼女達はスマイルメイカーに操られていた少女…鮫少女。
千歳とオルカの活躍により洗脳から解放され、今は夢の世界をお散歩中。
悪夢から解放されて、それぞれに愉快な夢を見ているのだろう。

しかし、そんなおやすみの時間は不意に終わりを告げた。

ガコン。通路に異音が響いた。機械的な音。
鮫潜水艦の中は多くの音で満ちているが
この音は何かが違う。
もし、鮫幼女達の誰か一人でも起きていたのなら
異変が起こっている事に気付いたかもしれない。

ガコンガコン。誰も目覚めぬまま機械音は続く。
ウィーン。音が変わった、今度は何かが回転する音だ。
壁のボルトが回転している。
二つのボルトが回転し床へと落ちた。
そして……
シュッ。排気音と共に壁の一部が開き
何かが飛び出した!

「サカナ〜……うにゃあ!?」
飛び出した何かは近くで寝転がっていた猫耳髪の少女の頭に見事にヒット!
「な、何事にゃ!?何事にゃ!?」
少女は手足をバタつかせながら起き上がると、周囲をキョロキョロ。

「うにゃー!?みんな寝てるにゃ!?」
起き上がって直ぐに猫耳髪の少女は周囲の異常に気付いた。
誰が見ても異常があったとわかる状態。
即に対処すべき異常があったとわかる状態なのだが……

「にゃんで?にゃんで?…ふにゅ?ボールにゃー!」
猫耳髪少女の興味はコロコロと転がって行く『何か』へ
壁から飛び出した何か…『玉(ボール)』へと移ってしまった。
「うにゃー!キャットの頭を叩いたのはアイツにゃ!」
玉を追いかけ走り出す猫耳髪少女…キャット。

「OUCH!」
キャットが走り出した直後
隣で眠っていた鼠耳髪の少女を蹴飛ばして行った
「ブルーごめんにゃ!キャットは忙しいのにゃ!」
「な〜に〜?イタイ……」
訳が分からないままキャットの背を見送るブルー

キャットの追跡は続く。
「まつにゃ!」
待てと言われても玉は止まらない。
コロコロ、コロコロと通路を転がって行く。

「ぴぎゃ!?」
「ぐえ!?」
誰かを蹴っ飛ばしたのか、蛙を踏んだ様な声が二つ聞えた
しかし、玉を追う事に夢中なキャットは気にせず駆けて行く。
さらに言うなら、艦内の様子が知る物と大きく変わっているのだが……
玉に夢中な彼女の目には全く入っていない様だ。

ポイン。
「へぅ!?」
寝転がる鮫少女の一人に玉が当たった。
しかし、玉は止まらない
今度はポンポンと跳ねながら通路を進んで行く

「ニャニャニャニャニャーッ!」
鮫のくせに猫みたいな声をあげて、キャットが駆けていく。
「ぎにゃ!」
「シャー!?」
「ふかっ!」
キャットと転がる玉に踏んづけられて、雑魚寝していた鮫幼女達が目を覚ます。

「取ったにゃー!」
跳躍したキャットは両手に玉を掴んだ。
「んにゃにゃ?」
手の中の玉を見ると、奇妙に変形した文字が刻まれていた。スマイルメイカーの
面にうかぶ文字列に少し似ているが。あれほど気色悪くはない。
「さめぇ?※超重要?食べるナ??」
ガゴンッ!ゴンゴンゴン…重たい扉が開かれて、怪しいスモークが流れ込む。
立っていたのは…人の形が歪むほどにサイボーグ改造を施された…
ニンジャ達だ!メンポ型マスクの目が怪しく光る!

「な、なんにゃお前らー!フーッ!」
「…確保…鮫、玉をヲ…」
ニンジャ達が手を伸ばす、キャットは本能的に危機を感じ取る、玉を抱えるとニンジャ達
の足元をすり抜けて駆け出した!ニンジャ達は身を低くして後を追う!

「なんなんにゃー!何が起こってるんにゃー!」
困惑しながらキャットは走った!

Last-modified: 2021-01-25 Mon 02:55:25 JST (34d)