名簿/500244
- 月の都 《月宮》 --
月。地上から見れば空に浮かんだ輝く円。そこは、天人たちの住む異界である。 仙境、仙界、彼の蓬莱山のように、金銀瑠璃の水が流れ、黄金に輝く木々が茂る世界。 夢幻の如き様相が、月には広がっていた。高度に発達した文明は、地上の世界を汚らわしい世界と見下す。 そんな月世界の都の中心には月の王の宮殿――《月宮》と呼ばれるものが存在した。 奇蹟の限りを尽くして作ったような宮殿。あまりに眩い宮殿。それが、月の都の中心に屹立していた。 --
- 《月宮》――まさしく仙界の中に現れる城のように、それはあった。
彼の浦島子が訪れたというような、竜宮城にも似た雰囲気が《月宮》の周りを包んでいる。 天人の兵隊や天女さえも寄りつくことのできない、孤高の城。《月なる王の城》―― 月の王の宮殿こそが、ここであった。 月を統治する輝ける君。 月を統治する偉大なるもの。 月にありて死すことも老いることもない神なるもの。
――月読命 --
《月宮》の奥の神殿――月読命が神として、己自身を祭る神殿――にて、一つの眩い影があった。 神殿の奥の高き御座に坐すものこそ、この月世界の支配者、月読命であった。 眩い光――それそのものが月であるかのような輝きを秘めた神であった。 不思議な月の装束を身に着けたその姿は形容しがたく、まさに輝きの君としか表現のできない姿である。 祭壇の頂上に鎮まる鏡は、まさに満月そのものであった。 《月宮》の神殿から眺められる地上――地球――の姿は、青い青いものである。 輝きの君たる月読命は、その瞳で、地球という惑星を眺める。 「――我が月なる輝きも、彼の国においては、夜闇を照らすにすぎぬ」 --
- 月読命の声が響く。冬のつららの如き冷厳なる響きが神殿を覆う。
刹那、高き御座に坐していた月読命の姿が消えた。「――なればこそ、汝が使命を果たせ。汝が月の輝きを彼の地に齎せ」 月読命は祭壇の最上部にまで移動していた。祭壇の頂上に鎮まる鏡がそこに在る。 「我が姫、我が娘」 月読命が鏡面に触れると、鏡面はまるで水面のようにゆらゆらと揺れ始めた。 「――かぐや姫」 鏡面は奇怪な共鳴音を出し始めた。凛とした弓の如き音色が、響く。 すると、それに呼応するかのように、祭壇の後ろを覆っていた巨大な黄金の壁が開き始めた。 その壁が開いた先は、房室となっていた。黄金色に輝く竹林がそこにはあった。 竹林の中に、小さな人間なら入れそうな大きさの籠が置かれていた。竹で編まれた籠が。 そのなかに、その中に封じられているかのように入れられているものがあった。 十二単を着こみ、長く豊かな黒髪を惜しげもなく垂らしている童女。 絵巻物の中の、物語の中の姫のように、非現実的な美しさを秘めた童女。 それが、捕らわれるがごとく、籠の中に収まっていた。 竹林に抱かれるようにして眠る童女、これこそが。
――なよ竹の《かぐや姫》である。 --
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