ウェーバー家出身 ヨハネス・ウェーバー 265240 †
これはヨハネス・ウェーバーという、ある一人の男の物語です
彼は悪魔を世界の誰よりも、何よりも憎み、それを滅ぼすために戦い続けました それは彼の恋人が悪魔に奪われたから それは彼の相棒との誓いだったから 彼はそれを絶対の正義と信じ、もう二度と自分のような者を出すまいと神に誓いました 彼は自分の行動を正しいと思い、死ぬときもそう思い続けました 徐々に彼の精神が異常をきたしても、その信仰が狂信に変わっても 彼は恨みを晴らすために、世界を平和に導くために、悪魔に対して刃を向け続けました 彼は冒険で瀕死の傷を負い、逃走中でした 悪魔をこの世から根絶するためには死ぬことは許されないという断固たる思いが彼にはありました しかし、そのとき、彼の恋人を奪った悪魔と――悪魔の虜となったかつての恋人が現れたのです 彼らの目的は、ヨハネスを嘲笑うためでした 死が目前のヨハネスをからかいにきたのでした 恋人を奪った悪魔と、そしてかつての恋人が目の前にいるのです、彼が正常でいられるはずもありませんでした 彼は必死で恋人の名を呼び、恋人を取り戻そうとしました 彼が悪魔を滅ぼそうとした始まりは、彼女のためにありました しかし、恋人はその想いに応えることはしませんでした ヨハネスを嗤い、悪魔の上で淫らに腰を振る、見も心も悪魔と化した女がそこにいるだけでした 彼女は操られているわけではなく、本当に身も心も悪魔に売り渡してしまったのでした 彼が悪魔を滅ぼして助けようとした恋人はもう存在しないのです 彼は、こんな女のために、今まで戦い続け、相棒までも失ったのかと、失望しました そのとき、目の前の恋人だった者を見る瞳は、悪魔を見る地獄の業火よりも燃え滾る憎しみの瞳となっていました 最早恋人は悪魔となってしまった、いや、そんな者はとうの昔に存在しなかったのだ そう悟ったヨハネスは、再び悪魔を全滅させることを天に誓い、その女へと槍を向けて飛び出しました 今度は恋人の敵討ちのためではなく、共に悪魔を滅ぼすと誓った仲間のために 共にエクソシストとして戦った女に報いるために、彼は刃を悪魔に向けました 女とその女を抱く悪魔諸共消し去らんと、心臓目掛けて槍を突き出しました しかし、女と悪魔の心臓を貫く前に、彼の心臓は悪魔の巨大な爪に貫かれていました それは当然のことでした、人間であるヨハネスが、悪魔に勝てるはずなどなかったのですから 悪魔と女は高らかに嗤いました しかし、次の瞬間には彼らの笑いは止まっていました ヨハネスが悪魔も怖気づいてしまうほどの憎しみと怒りと狂気を滾らせた瞳で、彼らを見ていたからです そして、巨大な爪に貫かれながらも、ヨハネスは叫びました 「絶対に、絶対に許さぬぞ! この我が身が滅んでも、未来永劫貴様らを呪い、滅ぼしてくれる!」 どんな化け物も逃げ出してしまうほどの、大気を震わせ、地面が割れんばかりの怒りの咆哮が、世界に響き渡りました 近隣の村ではその叫びが三日三晩続いたと伝えられるほど、それは凄まじいものでした まさに悪魔の叫び、そう形容できるほどのものが、強く大地に木霊しました 悪魔と女はそのあまりに恐ろしい叫びに慄き、その場から逃げるように立ち去りました ヨハネスが今にも蘇り、彼らを縊り殺すのでは無いかという恐怖があったからでした 悪魔と女が去り、爪から抜け落ちたヨハネスは既に息絶えていました 後街まであと少しのところで、彼は一人、息を引き取ったのです このヨハネスの絶叫は街にも届きました これを聞いた人々は、まさしく悪魔の叫びではないかと思い、恐れ慄いていました 世界全てを呪わんとするような怒りが満ち溢れていたからでした 人々が街の外を見に行くと、そこにはヨハネスが倒れ、死んでいたのです ヨハネスは街ではあまり良く思われていませんでした 彼の異常なほどの信仰と悪魔を憎む心による行動のためです ヨハネスの悪魔を憎む心は、相棒が死ぬと悪を憎む心にまで広がり、まだ子供だった悪魔や、生き残るために盗みを行った子供を殺したからです そのあまりの憎しみによる行動は、彼の死後に様々な噂を生みました 話はどんどん尾びれをつけて、彼は連続殺人鬼であったとまで語られ 最後は、皮肉なことに、彼が最も憎んだ悪魔と同一視され、彼は悪魔として死後も人々に忌み嫌われてしまいました 彼が死んだ場所には小さな十字架が立てられています その場所がある平原を人々は悪魔ヶ原と呼んで、忌み嫌って誰も近づこうとしませんでした 彼が守ろうとした人々により、彼は聖人でもなく、人間でもなく、悪魔として葬られたのでした 彼の墓標は最早朽ち果てていくだけでしょう 今でも悪魔ヶ原の近くでは、ヨハネスの叫びが聞こえるだとか、亡霊がさまよっているとか、様々な噂が流れています 彼が天国へ行ったのか、地獄へ行ったのか、それとも未だにこの世に留まり、悪魔を呪い続けているのか それは誰にも分からず、そして解明もされないでしょう 愚かな一人の人間の男の人生は、世に意味を成すことなく、朽ち果て、消えていくのでした
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もらい物 †// † |