怖い夢 †
雲に月が隠されて、真っ暗な夜。闇夜と同じ黒衣を纏って”仕事”をする。
目の前に立ちはだかる邪魔ないきもの。私は短剣を振りかぶって… ……
…気がつけば血の海。”仕事”の終わり。
雲が風に流され月明かり。地面に転がったいきもののひとりの顔が目に入る。
あの人だけはどんな時でもわかるって思っていたの。愛している人は特別だって。
幸せな事 †
私が血まみれで帰ってきた夜あの人が言った。「結婚しよう」と。
血の理由が言えないでいる私を、抱きしめて。
白いドレスの私とスーツの貴方。お揃いの銀の指輪。神様の前で愛を誓う。
死が二人を分かつまで、と。
いいえ神様、死ぬ時だって私たちは一緒よ。どんな事だって私達を引き離す事はできない。
走り書き †
死ぬのが怖い。どうしても怖いのよ。あの人がいない世界で生きていたって仕方がないのに。
猫の子 †
猫みたいなあの子、幸せそうなあの子。どうして私と同じなのにあんなに平気な顔をしているの?
私と同じ育ちなのに、私と同じ血のはずなのに。
純血種に近いから、あの子は幸せなんだろうか。私の方が純血種のような見た目なのに。
人の幸せを憎いと思うほど、もう若くはないのだけど。
ほんの少しだけ…本当にほんの少しだけ… (書かれた言葉は上からぐしゃぐしゃに塗りつぶされている)
冒険者の町と最後の純血種 †
あの人を失って、何年たったのか数えるのが怖い。心の痛みが薄れていく自分が悲しい。悪夢は相変わらず見るのに。
そんな頃、私は仕事の拠点を変えるように命じられて、住む場所を変える事になった。
冒険者に混じって”仕事”をしろと言う。…猫の子と、同じように。
冒険者の町…最後の純血種、鬼がいる町へ。
鬼は、とても無邪気に笑う子供だった。
鬼は、母親のように私に「おかえりなさい」と言った。
似ている二人 †
私と同じ名字。私と同じ髪の色。私と同じ瞳の色。
そして多分、もう一つ同じ。
海が見える古いお墓の前で、青い花を供えながら鬼は言った。「僕達、親子になろうよ」と。
蜂蜜と兎 †
明るいお店、可愛い女の子達と優しいマダム。今日からここで働くんだ。
「”仕事”以外はどうか穏やかな日々を」養父になった鬼の願い。
駄目よ父様。ゆっくり時間が流れると、私は悪い事ばかり考えてしまうのよ。
「損な性分だね」とマダムが笑って…そして私に仕事をくれた。
ひなげし †
「一晩お相手したお二人は〜 翌日三途の川渡り〜 四日で五人〜 手元に残るは六文銭〜」
窓辺でぼんやりしていると歌が聞こえる。綺麗な人が唄う歌。
寂しそうな人だなって初めて見た時思った。その後で養父に聞いた話で納得。
彼女の真似をして同じ歌を唄う鬼。窓辺に腰をかけて。
「…彼女を僕が買ってみようか」
ふいに歌をやめて彼が言う。
「貴方は、死なないから?」
「ううん、もしかしたら…死ねるかもしれないって思って」
彼の言葉に私は「無理よ」と笑った。
「どうしてさ?」と振り向く鬼。不思議そうな顔をして。
「自分が死んで誰かが傷つくくらいなら、何をしても生き残るでしょう?貴方は」
たとえ一言会話しただけの子であっても。古い友人が連れてきた子に、そんな事。
「……そうだね」
鬼は苦笑して、また窓の外を見る。外は夕焼け。もうすぐ、仕事の時間。
そして彼は、芝居がかった声で続ける。
「俺を殺せる存在はもうこの世界にはいないらしい 」
「なぁに、それ。お芝居の台詞?」口紅を取り出して、私は仕事の準備をする。
鬼はそれを手に取ると、私の頬に手を添えた。慣れた手つきで紅がひかれる。
「死ねない死にたがりが言った言葉さ。もうずいぶん昔…」
「彼はもう、死ねたのかな」
私と同じ色の紫の瞳で、彼は老人のように静かに笑った。
面影 †
殺風景な部屋。生活感のないその部屋に置かれた青い花。私を抱いて眠る人。
疲れた顔はいつもより少しだけ幼く見える。
あの人に目許が似ているかな?静かに話す声は?…いいえ、やっぱりどこも似てない。
似ているのならば、自分の心も誤魔化せるのに。
私より白い肌。赤く染まった指先の白い手に、自分の指を絡める。
いつかこの人の面影を誰かに探すようになるのだろうか。
そんなことを考えながら、夜明けに怯える。
黒猫 †
猫が羨ましい。彼らは自由でどこにだって行ける。
でもきっとこれは無いものねだり。怖くてどこにも行けないだけの子供の我侭。
それでも猫は温かくて、私の側へと寄ってくれる。
沢山食べて好きなところで遊んでおいで。でもちゃんと帰ってきてね?
様々なものを見てきた、硝子玉のように綺麗な瞳を、また私に見せて。
知られてはいけない事 †
スラムのアパートの一室。私の隠れ家。
かつては異国の神様に仕える誰かの部屋だったらしく、細かい細工の施された祭壇がある。
香の効き目が切れるまで私はここで眠る。
夢心地のまま廃墟を歩いていると、いつか見た少女に出会う。…冒険者。
駄目だとわかっているのに殺したくてたまらなくなる。
香が切れなかったらと思うと恐ろしい。彼女を傷つけなくてよかった…。
気づいただろうか。彼女は。
遠くに見知った顔が見えた気がした。
祭壇のある部屋に逃げ込んで、名前も知らない神様に祈る。
どうか知らないままで。どうか穏やかな時間を私から奪わないで。
古いアパート †
仕事の黒衣のままあの人の家に行く。どうしても顔が見たかった。
もう全てを話して、彼に縋ってみよう。そんなことを考えながら、痛む腕を布で縛る。
灯りの無い部屋。扉をノックしても…誰もいない。
寂しさで泣き出しそうになる。でもどこかでホッとしていて。
会いたい。でも…会えなくてよかった。
女同士 †
花束を持って彼女がやってきた。…きっと襲った人間が誰か確かめるため。
私は笑顔で花を受け取る。
彼女も笑顔。
知らない振り。ずるい大人な私達。
でもそれは何よりも優しい事だと思った。
金色 †
監視者か確かめなくてはいけない。彼女は砂漠の出だと言った。
彼女の香水には私と同じ香りはしない。
酷く怯える私に彼女は秘密を分けてくれた。
私には無い強い意思の瞳。陽射しに輝く砂漠の金色。
余計に自分の事は言えなくなる。きっと邪魔になるだろうから。
小さな檻すら壊せない自分には、彼女はとても眩しくて…少しだけ妬ましい。
ふと、彼女の弱さを支える人はいるのだろうかと思う。
どんな人でも弱いものは持っている。ああでも、私に強さが無い様に彼女には弱さが無いのかもしれない。
…強さ、私にもあるのだろうか。
深紅 †
新しい着物を鬼の子にもらった。彼のお気に入り、窓辺で歌う彼女への贈り物のついでらしい。
何をするでもなく、彼は彼女の元へ通っていた。
彼女の何が彼を惹きつけたのか…どこか儚く、そして死の香りのする女性。
赤い綺麗な振袖を大事にそうに抱える鬼。それを横目に着物に袖を通してみる。
振袖と言う歳でもないので普通の着物。真っ白い生地に異国の鳥や花が描かれてとても綺麗。
鏡をうっとり眺めながら、あの赤い振袖はどんな模様なのだろうと思う。
贅を尽くした可憐な振袖だと得意げに鬼が言っていた。彼女が着るのが楽しみ。
鬼は歌う。彼女の歌を、幼い声で。彼女の帰りを待ちながら…
そしてふいに歌が止んで…
…それから彼がその歌を唄う事はなかった。
やまない雨 †
「今日は雨が酷いからもう帰りなさい」
庭でぼんやりしているとマダムが言った。
「…雨?マダム、雨なんて降っていないわ……?」
今日は綺麗な星空…空を見上げると星が滲んでいる事に気がつく。
頬を伝う涙。
…雨粒は私の瞳から。
帰ってこない。あの人が帰ってこないの。
まだ彼に何も伝えていないのよ。私。
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