遠い記憶 †
暖かい †
小さい頃いじめられていた俺は、こうしていつも裏山に逃げ込んで、彼らの気が削がれるのを縮こまって待っていたんだ。
俺だって強くなりたい。だから毎日頑張って稽古をしているし、最近は力もついてきたと思う。
でも強くなったからといって、今度は仲間はずれにされるんじゃないか。そんなことばかり考えて、堪え切れずに涙をこぼしてしまう。
そんな時は、いつも姉ちゃんが元気付けてくれるんだ。
「こぉら陽介!泣くな!立て!男だろ!」
姉ちゃんは俺にとって、まさしく太陽のような存在だった。
道場から声が聞こえる。姉ちゃんの声だ。
毎朝早く起きて組み手で少し汗を流すのが日課になっているのだが、どんなに早く起きても姉ちゃんの方が先に道場に居る。
時々エスパーなんじゃないか、とも思う。
「遅いぞ陽介!さ、始めよう!」
流れるような足運び、力強い突き、熱射のような気迫に圧倒される。
この組み手で、まだ俺が勝ったことは無い。
「い〜つまで寝てんだ!ほら、朝飯いくぞ!」
こうして手を引かれるのも日課。ちくしょうめ。
いつか絶対見返してやる!
そして日は沈む †
俺はその晩、何故か胸騒ぎがしてなかなか眠れなかった。
そうこうしているうちに催して、厠を目指し縁側を歩いていたその時
居間が明るい…?なにやら怒鳴り声もする。
聞き耳を立てると、その声の主がオヤジと姉ちゃんだと分かった。
「・・・な・・・・・!・・・・・・お・・・・勘・・・・・・・・・・・だ!・・・・・・行・・・・っ!」
「あ・・・・!・・・・・・よ!お・・・・・・・・!・・・・・・・・世・・・・・・!」
なんだか怖くなって、尿意もすっかり引いた俺は、急ぎ足で寝床へと戻り
布団の中でかたかた震えていたんだ。
次の日の朝、道場に姉ちゃんの姿はなかった。
記憶 †
疾走、焦燥 †
この街に辿り着いてからはや数ヶ月
冒険者が集うという酒場に出入りするようになり、分かったことがある。
自らを「太陽」と名乗る赤毛の少女のこと。
俺と似たような拳法を使うということ。
もう最近は姿を見せていないということ。
一歩近づいたようで、実は既に、すごく長い距離を離されたのかもしれない。
どれだけ速く走っても、それに追い付くことはできず
ただ焦りの念だけが蓄積されていく。
前進 †
この酒場にくるのもほぼ日課になっていたある日
報告書をまとめて管理しているという人を、マスターに紹介してもらった。
姉を探している旨、名前と年齢を伝えると、膨大な量の報告書から
姉が参加した依頼をリストアップしてくれるという。
そんなことが可能なのかどうかは分からないが、今はこの人に賭けるしかない。
はやく見つかるといいな。
崩壊 †
嘘だ。
なんだよ、これ
一体なんなんだよ。
こんなことがあってたまるか。
この目で確かめるまで、俺は絶対に信じない。
そしてまた日は沈む †
その洞窟の主と思われる年老いたゴブリンをあっさりと倒し、暗闇の中を探索していると
一際異臭を放つ、貯蔵庫と思われる部屋に、その姿はあった
「……………あ…………………ああ…………」
見慣れた胴着に、燃えるような赤い髪
「う…………………嘘だろぉ………………っ」
その身体はもうミイラ化していて、その蒼い瞳は輝きを失っていて
しかし、見間違える筈もなく
それは、愛する姉の亡骸だった。
視界がぐにゃりと歪み、俺の意識は闇に飲まれた。
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