ここから遠く離れた地方に大きくも小さくもない、王国がありました
農業が盛んで住民はとてものんびりとしており、飢えるものもなく識字率も高く犯罪を犯すものも少ない平和な王国
しかし今から数年前に王様が死去、国民は悲しみに満ち溢れると同時に次の王様となる王様の一人娘の国政への期待も感じていました
この国は確かに平和で豊かで素晴らしいけど、長い長い王様の平和な治世のせいで刺激が少し足りないかもしれない
若く聡明と噂され、あの王様の娘である皇女様ならばこの国をもっと新しい方向へと導いてくれるはずだと、国民は思ったのかもしれません
そしてその思いや期待は見事に的中してしまいます………誰もが望まない形で
皇女様はまず、この国の牢に囚われていた囚人達の元へと赴きました
囚人とは言っても軽い犯罪を起こし改心が認められれば明日にでも罪を償ったとして釈放されるような、元は善良な市民です
ですので囚人達は「ああ、自分達は恩赦としてここから出されるんだ、良かった」そう思います
皇女は、彼女は檻の仲で希望と犯罪を起こしたことへの後悔で胸を溢れさせる囚人達の前でこう言い放ちます
「お前達を明日、城下の広場で斬首刑に処す」
次の日の事です
朝一番に城下の至る所に処刑を公開する、という報せが貼られ、人々は懐疑を抱きながら城下の大広場へと足を運びます
すると何ということでしょう、そこで国民達が見たのは見事に地面に打ち付けられた断頭台と、鎖でつながれ身動きを取れなくなった罪人達
そしてあろう事か、集まった人々を満足そうに見渡す皇女様の姿でした
傍に斬首人を携え人々が集まった事を確認した皇女はにっこりと頷くと処刑の開始を宣言します
真っ青になった顔で断頭台に首を置かされる罪人、分厚く巨大で鋭い真新しい斧を持った斬首人、振り上げられる斧
朝の爽やかな陽光を反射して斧が一瞬きらりと輝くと、その刃が首へと振り下ろされます!
湧き上がる歓声!この国の誰もが見た事のない斬新で暴力的な刺激に打ち震える広場!
あぁ、しかし何ということでしょうか
長らく平和で安寧として平穏を満喫していた国の斬首人は、罪人の打ち首を切り落とす事は出来ませんでした
それも中途半端に斧が打ちつけられたせいで、罪人は即死…苦悶の表情だけを残して絶命し二度と息を吹き返す事はありません
気まずい空気の中でもう一度振り上げられる斬首人の斧
今度こそと固唾を呑んで見守る広場の国民、そして斧が振り下ろされます
あぁ、しかし何という事でしょうか
斬首人の斧は一度失敗をしてしまった事による緊張と怯えから手が震えてしまい、今度はだらりと垂れ下がった罪人の頭を打ち付けてしまいます
これには見守っていた国民はたまりません
首を切り落とすのはまだか、ふざけるな、いい加減にしろ、早くしろ、落とせ、殺せ、殺せ、殺せ
罪人は既に死んでいるというのに、国の中心には早く首を切り落として殺せという、叫び声が木霊します
もはやそこには、昨日まで平和を満喫していた心優しい民は消え去り、ただ残虐なショーが見たいだけの獣がいました
彼らには今だらしなく首をぶらりと下げ落とし濁った瞳で空を見上げる罪人が、国の中でも特に有名な細工師で
酒に酔った帰りに喧嘩をしてしまい、反省のために牢屋に入れられただけの人間である、という事すら忘れてしまっています
もう一度、もう一度、もう一度
斬首人の刃は何度も、何度も罪人の首へと振り下ろされますが、とうとう…その首を落とす事はできません
するとどうでしょうか…怒り狂った民衆の一人が大きな声で叫びます
首を切り落とせないなら、あんな奴は要らない、殺してしまえ
その言葉に民衆の残虐性はひとつにまとまり、その声が総意と化してしまいます
皇女もまた、いつまでたっても首が切り落とされない事をつまらなく感じていたのか、素直に彼の私刑の総意を受け入れて頷き…
次の瞬間には斬首人に大勢の人が群がり、ただ一人を標的として広場は狂乱に包まれます
そして数分も待たない間に、広場には二つ目の死体が転がっていました
「さて、私の用意した斬首人は今、自らの仕事を全うできない罪によって死んでしまった、誰か…誰か代わりにこの罪人の首を切り落とすものはいないか?」
皇女が問うと、民衆はいっせいに静まり返り、一人の少女が手をあげました
「はい王様、よろしければ私がそのものの首を切り落とそうと思います」
数年後
人は生きているだけで他人と交流を持ち、生まれた交流の間には噂が飛び交います
数年前まで平和だったこの王国でもそれは例外ではありません…例えば
やれ、今度の戦争も大勝利だった、今度相手の国の偉いさんを処刑するらしい
やれ、なんでもその処刑を執行するのはあの有名な首落としの彼女らしい
やれ、王様が酷く天才的な少女を使ってなにやら怪しげな研究をしているらしい
やれ、あそこの家のやつらは女王に楯突く連中だから近いうちに捕らえられるだろうよ
そのように色々な噂が都飛び交いますが、やはりもっぱらの噂は数年前に自ら斬首人に名乗り出た彼女の事です
巨大な処刑人の斧を軽々と持ち扱い、罪人の首を一撃の下ではねおとし
時にはわざと失敗をしてみせて、すっかりと治安の悪くなったこの地域で発生した大犯罪者の苦痛の悲鳴を広場に轟かせ
国民達の日常の中に最高に残酷で暴力的なひと時をもたらしてくれる彼女はすっかりと、町の人気者でした
ごーん、ごーーん、ごーん…正午を知らせる教会の鐘が鳴り響きます
仕入れをしていた屋台の職人達は自らの小さな店を伴って広場に向かい
仕事上がりの大工や職人達や書類仕事の役人達が食事を求めて広場へと向かいます
広場の名前は通称「斬首広場」そうあの時最初の公開処刑が行われて以来市民達の間で親しまれてきた名前です
そして今日も、食事を求める人々の間に鎖で繋がれた罪人と彼女を拘束するための兵隊達、そして話題の中心でもある斬首人の彼女が入場してきます
更に数年後
斬首人は死にました
女王になってからずぅっと、我侭の限りを尽くしてきた女王は自らの国を豊かにし、自らの生活を良くする為に周囲の国へと戦争を仕掛けては侵略をしていました
そのせいでしょうか、平和だった国は平和で危ない国として周辺から認識されてしまい
そして数日前に、複数の王国からなる同盟軍によって打ち破られたのです
皇女も、家臣も、将軍も、そしてあの斬首人も、裁判で死刑を………それも、斬首刑を宣告されました
自分達がしてきた事で、自分達の罪の重さを噛み知れ、それが通達された言葉を要約した内容です
「斬首広場」に国の重鎮達が処刑される事、先駆けてあの斬首人をまず斬首刑罰に処す事が知らされます
国民は少し前に始まった同盟軍との戦争により疲れきっており、ようやくこの戦争が終わる事に安堵してか、誰一人として不満を漏らすものはいません
次の日に、斬首人は鎖に繋がれとおりを大勢の人に見守られて練り歩き、たまに石を投げつけられながら斬首広場に連れて行かれます
連行してきた兵士達の手により、断頭台に首を押し付けられた彼女が見たもの…それは
アレだけ自分がしてきた事に熱狂し、狂喜した、その民衆の侮蔑や恐怖の視線です
お昼の高い日差しを受けて、他の国で考案されたギロチンという処刑器具の刃がきらりと輝きます
彼女が何を思ったのか知りません、ですが………その首は痛みも、熱狂も、何も生み出さないまま、彼女の首と胴体を分け、その首を地面へと落としました
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