スカートめくり祭りは終了しました?
- (アルヌールの処刑が確定してから数日後。幾重もの鉄の扉の奥に男はいた)
(何人もの貴族を殺害し続けた稀代の殺人鬼を畏れているかのような物々しさの中で、一人自室で寛いでいるかのような雰囲気を纏うアルヌール) (小さな小さな窓から漏れる光の下、唯一支給された聖書に紫眼を落としていた) -- アルヌール
- 「…あの檻の中に居るのは悪魔です。人の皮をかぶった。どうかくれぐれも…」
(そこから先の言葉を手で制す。まだ何か言いたげな看守の気持ちは結局のところ「ここであんたが殺されれば、俺の責任問題になる」だろうとタウザーは読み通す) (駄目押しに金貨をもう数枚看守に押し付け、タウザーは踵を鳴らし檻の前へ。格子の向こうの見知った顔は、多くの囚人がそうなるようには衰えておらず、不自然なほどに変わりがなかった) ……つまらなそうな本だ。ふん、こんなものがどこの国でも売れ筋というのだから始末に負えぬ。 (カツン、と肩膝をゆるく曲げ、右手を腰に当てたタウザーは暗がりの奥の男を片方だけの瞳で見下ろす) --
- (リボンはどこかで解けたのか、自由になった長い銀髪の奥の瞳が現れた男を捉えた)
タウザー。(いささかも衰えが見えない端整な顔を上げて名を呼ぶと、幼い少年のように「にぃー」と顔一杯に笑った) 愚書でも何十回も読み返せば愛着が湧くものさ。良く来てくれたね、あの看守を見たかい? 話しかけても何も答えてくれやしないんだ、僕を爆弾か何かと勘違いしてるようでさ、はは -- アルヌール
- (その笑顔。いつもならタウザーの心をそわそわとさせるその表情が、ただ牢獄の中にあるという一点において影を落とす。見つめ返す視線に、思わず少しだけ眉をしかめてしまう)
どうだろうな。爆弾ならば取り扱いの専門家を呼んで任せればよい。だがお前のような者の扱いとなれば…ただの牢番にはさぞ荷が重かろう (変わることない刺すような視線。タウザーのないまぜの心情をただひとつの瞳に映す。責めるような、問うような。怒るような、悔しいような。諸々の渦巻く感情だ) (目の前の男、犯罪者・殺人鬼・華やかな社交家・子爵位の貴族・いけすかない男、そして、かけがえのない友人。目の前の男から何かを見出そうと、じっと瞳を凝らして見つめる) --
- そんなに目を凝らしたって、何も出てきやしないよ。(くすくすと肩を揺らして微笑む)
(華美な衣装はすべて剥ぎ取られ、シャツとズボンだけのアルヌール。見てくれは浮浪者とそう変わりはないが、それでいてなお白鳥のような百合のような美しさを溢れさせていた) 君は優しいな、世間も貴族界も僕の話題で持ちきりだろうに。聞いたかい?新聞じゃ僕を悪魔と契約しただの、サタンの申し子だの、デタラメ言ってるんだぜ? 笑っちゃうよねぇ、くくはは。 -- アルヌール
- (ため息の代わりにふんと鼻息ひとつ鳴らし、冷たい石の廊下に座り込む。懐から携帯用のボトルを取り出し、一口くいっと唇を濡らす)
ああでたらめだ。本物を知ってる人間なら、そんなちゃちなものじゃあないってことくらいすぐにわかる。………なんだ、やらぬぞ。 (琥珀色のとろとろ流れる火酒を舌にくぼみを作って丸め込み、小さく塊のようにしてから一息に飲み干す。二度三度、うまそうに、見せ付けるように) ……………………ふ…はぁ……… …………っ………………………………莫迦…… (視線を逸らし、ほんの小さく。モルトの香る吐息とともに想いが漏れた) --
- (じゃら、と重い鉄を引きずる音が響いた。タウザーの前にアルヌールが立っている。)
(以前のような身長差はないが、すこしだけ背が高い。その白い足首には笑えるほど無骨な足枷が太い鎖を引き摺っていた) タウザー、僕はね、今までになく爽やかな気分なんだ。こんな場所でも高原のように感じられるんだよ。 自分の嘘を全部吐き出したからかな。それで助かったのなら何も言うことはないんだけどね。 それでも君がこうして尋ねてきてくれて嬉しかったよ。此処は些か殺風景に過ぎるから、美しい君はどんな名画にも勝る潤いを与えてくれた。 ありがとう。タウザー -- アルヌール
- よせ!やめろ莫迦っ!聞きたくなんてない!そんなっ……! そんな…何もかも、終わってしまうような…言葉を、アルヌール、お前から…
(怒りに任せて投げ捨てられた銀製のボトルが耳障りな音を立てて石壁に跳ねる) (未だ感情に整理のつかない自分と、文字通り憑き物が落ちたような、獄中にあってなお輝くアルヌールの微笑み) 礼なんていらない!くそっ、ぼくは、ぼくは!! (続ける言葉を失い、喉を詰まらせる。何を言おうとしてたのか自分でもわからない。いや、きっとそれは「何もかも」だ。) (自分がどうにかして救うと。いや、その身で罪を償えと。見損なったと。でも来てしまったと。言葉になる前の泥のような感情のすべてを伝えるのに、タウザーの、人間の口は小さすぎた) --
- だからさ…。(鉄格子の隙間から白い手が伸びてそっとタウザーを抱いた)
どうかそんなに悲しまないでほしい。断頭台は人道的な処刑らしいし、きっとそんなに痛くはないよ。 それに地獄に行ったあとだって、僕はなんとでもやっていける自信があるんだから。 ほら、僕は口が上手いからね…。(にぃ、と無邪気に笑うと声色を変えて小芝居を始める) 地獄はさ、地の底にあるから、この世を見るには首を上げなきゃいけないだろ? 「何か問題が?」悪魔が聞く。僕は「見上げると首から頭が落ちてしまうんです。斬首刑だったから」と首を摩りながら言うんだ 「ふむ、それなら。そこに変えの頭がいくらかあるから、それで重い頭を見つけなさい」 そうして僕は、地獄から君を見上げるんだ。君が素晴らしい人生を謳歌していくのを。 -- アルヌール
- アルヌールっ!!
(格子の隙間から右手で囚人服の襟首を掴み上げ、引っ張り、歯と怒りをむき出して額をぶつけんばかりに顔を寄せる) (だが、怒りはアルヌールにではない。自分にだ。何もできない己への炸裂する感情の爆発を、ただの八つ当たりに目の前の少年にぶつけているだけだ) (怒りの形相はやがて僅かに震え出して、今にも泣き出しそうな、小さな子供の顔になる。思えば自分がこれだけ激しく感情をぶつけたことのある人間は、目の前のアルヌールがはじめてだったのだ) --
- だから、どうか。(震えるタウザーの顔に手を添えて、区切るように、諭すように、宥めるように、懺悔するように囁く)
どうか、幸せに。それが僕の、最後の願いだ。(タウザーの額に、そっと口付けを交わす。いつものキスよりも暖かな生きている証) -- アルヌール
- (不思議だった。ただ額と唇が触れ合っただけの、なんでもないそのことが、しかし確かにさきほどまでのタウザーの悩みも、感情の奔流も、ほんの一押しでとめどなく溢れてしまいそうだった涙も、全てを潮が引くように音もなく薄らいでいく)
(タウザーがその人生においてもっとも安らいでいただろう乳飲み子のときの、記憶にはもうない記憶。これが愛なのだと、タウザーは思った) (この街へ来て、多くのことを知り、学んだ。取り戻したものも抱えきれないほどあった。そこに無かったものが、忘れていたものが、理解しえなかったものを、タウザーは受け取った) (いつの間にか右手はアルヌールの首下を離れて、握るとなくアルヌールの左手へ。長い長い数秒に目を瞑り浸る) --
- (唇がゆっくりとタウザーの額から離れる。そしてそれに沿うように手もゆっくりとタウザーを後にする)
かけがえのない友よ、いつまでも君を愛している。 (言葉ではない、深い紫の双眸の眼差しがそう囁いた。二度と触れ合うことはない指先が、静かに離れた) 約束だよ。(あの日、林檎を捥いだままタウザーを見下ろしていたあの笑顔。あの声だった) -- アルヌール
- ああ……わかったよ。約束だ。アルヌール……ぼくも…いつまでも、お前を…きみを…
(そこまで言いかけて、これがほんとうの、今生の別れになると。思わず喉の奥がせり上がって、不安な気持ちが、弱気な気持ちが、今にも泣き出しそうになってしまう) (だが、だからこそ。最後だから。無様な姿だけは見せられない。そうだ、胸を張って、顎を引いて、ぼくはタウザーだ。タウザー・グレンタレット。彼の友人であると誇るなら、その身こそ気高く咲く薔薇であれ) ―――――愛している。 (五年前は訝しみ睨みつけた顔を、今はただ、大きく、とびきりの笑顔を咲かせて。) --
- 時間だよ。(タウザーの笑顔をまぶしそうに眺めていたアルヌールがぽつりと零す。見れば看守がもう時間だと、不安げにドア越しに顔を出している)
君と会えてよかった。(幾重にも意味が重なった囁きを最後に、アルヌールは口を噤んだ。ただ柔らかな微笑を浮かべて) -- アルヌール
- ぼくもだ。
(ただ一言、短く言葉を返し、キルトを翻らせタウザーは歩き出す) (重荷がやっと下りたような表情の看守がドアを開き、今か今かと物好きな貴族の帰還を待ち侘びる。境界を超える寸前、ぴたりとブーツの音が止む)&br:それじゃあ、またな。 (そうして、タウザーは湿った暗がりの牢獄から初夏の光が燦々と降り注ぐ地上へと帰ってきた) (痛めつけるようなまぶしさがタウザーの単眼を刺し、思わず手で日よけを作り目を細める。しかし、すぐにそれにも慣れてしまうのだろう) (それから少しして、アルヌール・リシュリューの処刑は予定通り、ひとつの滞りもなく行われた。) (安楽椅子に腰掛け新聞記事をつまらなそうな半眼で読み流していたタウザーは、その記事に目を留めると、のっそりと立ち上がり、荷物入れから酒を取り出し、部屋を出ていった―) --
|