今じゃ悲しいだけの愛の歌
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- (冒険者共同墓地。身寄りのない者、故郷が遠く、遺体が引き取られない者らの眠る、大きな墓地)
(その一角に立つ墓標、特徴的なシンボルマークの掘られた墓石の前に天使がゆっくりと降り立つ) …そう言えば、アンタのトコには間に合わなかったのよね家庭訪問。 まあアンタの場合は舎弟…いあ、家族達よね…の悩みを聞いてあげる側だったのでしょうけど。 (そう呟いた後、ばさり、と墓標の前に白い百合の花束を捧げ)これはアンタの舎弟からお届けもの。 アイツね、先月ドジって今、病室。看護婦ウォッチに精を出してるわ。 二度とそんな事がないように、アンタ、ちゃんと護ってあげなさいよね。…いあ、アタシの役目でもあるけど。 (それだけ告げると目を閉じ、胸の前で手を組む。そして)おお主よ、主よ、御下に召されたアーサーに安らぎを… 主よ、その光の中にて彼の魂に憩いを与え賜え…Amen…。 (――祈りを捧げるのだった) -- カナエル
- (目を覚ます。気を失っていたらしい。それに、嫌な記憶を思い出しちまった。そんなタマかよ、と嗤おうとして、喀血する)
(胸の鈍痛。見れば、冗談のように太い脚が「胸から生えて」いて、冗談のような流血が胸を染めていた) -- アーサー
- (周囲を見渡そうとして、地面に倒れる。その衝撃でまた喀血し、視界が真っ赤に染まる)
(ガウィンドは、弟分は無事か。無事でなかったら承知しねえぞ、あいつ。泣きだしそうな弟分の面を思い出しながら笑う) ……やっち、まったな、おい……。いや、違うか……。 やらされちまった、っていうのが、正しい、のか。……なあ。(返答を期待せず、尋ねる) -- アーサー
- ……いえ。明確な介入はありませんでした。 --
- ……返事が返ってくるたあ、驚きだな(実際、それを期待していたわけではない。ただ、それがどういう思考を以ているか測りかねていただけだ)
(その存在には昔から気づいていたし、そういうものが自分に存在しないとも思っていなかったが) (自分が思った以上に、王政っていうのは厄介なものなんだなと、その「ジグルド・オーケンの監視係」の声を聞きながら思う) ……んじゃあ、俺が、勝手にやられちまった、だけだってのか。 情けねえ話じゃねえか。……お前、名前は。 -- アーサー
- ありません。
必要ありませんから。 --
- じゃあ、この会話は必要だってのか……? ジネストのアニキは、死に際の俺の話し相手にでもなってやれと、そう言ったのかよ。
(あの堅物の兄がそんなことをするはずがないと、小さく笑いながら、近くにいるはずのそいつに向かって言葉を放つ) -- アーサー
- はい。
私の依頼主がジネスト第一皇子でないことを除けば、概ね正しいです。 私の雇用主は、カイザー・ゼグルーンです。 --
- 親父かよ……。っつーことは、8年か……。
何年契約なんだよお前ら……。親父が死んでから雇用が切れるとか、ぐ、がふっ……! (視界がゆがむ。シオンには、心臓がなくても生きられるなんてほざいていながら、このザマだ) ……本国はどうなってる。……まだ、あのままなのかよ。 -- アーサー
- 雇用を全うするのが生き方ですから。
質問にお答えします。ゼグルーンという国が解体されたことはご存じでしょう。 今ではゼニギアスという名に国号を変えました。 その際のクーデターで第一皇子のジネスト・オーケン様は逝去されております。 --
- (目が霞み、ぼやける)……やっぱり、アニキは死んでたか。……そりゃな。
国のために戦争を続けるなんて思想が、民に理解されるわけもねえ……。 戦争という状態を続けていねえと維持できねえなんて国を、それでもよく七年も持たせたもんだぜ……。 俺と違って、頭のいいアニキだったから、自分の死と国の再生まで織り込み済みだったんだろうな……。 -- アーサー
- はい。実際ジネスト様は最後まで暗君を貫きました。
カイザー・ゼグルーンのご遺志を継がれた、立派な最期であったと聞き及んでおります。 --
- ……そうかよ。
結局、じゃあ、俺はアニキには勝てなかったんだな……。 あんとき、アニキが中から、俺が外から国を変えるって決断した時、アニキがこういう結末を見越せなかったはずねえんだ……。 (まあ、その自分も……いまやどん詰まりにいることを考えれば、どちらの道も世界は終わりへと続いていたことになる) -- アーサー
- 私としても非常にこの結末は残念です。
8年という月日は捨て去った愛着が形になるには十分すぎるほどです。 貴方の一挙手一投足と共にあった私にとって、この結末は残念でなりません。 ……よろしいのですか。今貴方が死ねば、おそらく先に逃がしたガウィンドさんの傷になります。 その傷は、7年前にすべてを失ったあの少年にとっては致命傷たりえます。 おそらく、2度と立ち上がることはできないでしょう。 --
- (指が動かない。急に体温が失われていく感覚すらある)
(明確な死の匂いに誘われて、死神の足音がすぐそばで聞こえたような気がした) そりゃあ……眼鏡が曇ってんじゃねえのか。 8年前から俺らを見てて、その感想が出る、ってのは……おかしな話だな。 自分たちが複数で俺らを見てたって、宣言してるようなもんじゃねえか……。 -- アーサー
- そうですね。
我ながら失言でした。 --
- (口の端から、どす黒い血が漏れ出し、地面を濡らしていくのが見える)
ブラフだよ、気づけ……。 ……ガウィンドは、大丈夫だよ。 あいつはな、七年前に出会ったとき、記憶喪失だったんだ。 言葉の一つも喋れねえ、0歳の子供のような状態で俺が見つけたんだよ。
正直、直視するのも憚られた。 俺は……そいつがそんな状況になる原因のすぐそばで生まれ、すぐそばで生きてきたからな。 それが、俺の罪の形だとすら思ったよ。 -- アーサー
- だから……俺はせめて導になってやりたかった。
シオンには、それが「依存」に見えたらしいが、俺からみたらそれは違う。 ……一切のベクトルを持たない存在が、親の手本を真似るようにして着いて来ただけなんだ。 あいつは、俺に追従したんじゃねえ、俺の進む方向が前だと信じたからついて来たんだ。 だから、あいつはすげえんだよ……。あいつは、弱さを持ったまま強くなれるんだ。 -- アーサー
俺には、結局分かんなかった。 他人の弱さっていうもんが、理解できなかった。 だから同じ目線に立つことは出来ず、ただ上からそれを引っ張り上げてやることしかできなかった。 力を入れれば千切れるし、入れすぎなけりゃ落ちていく。相手がどれくらいの強さかもわかんねえから、理解しあえることはねえ。 俺……ジグルド・オーケンは結局他人に理解されることも、他人を理解することも……出来なかった。 -- アーサー
(嗤う) (そう、嗤うんだ) (不敵に笑みながら、背中で語れ) (顔で嗤って心で哭けばいい) (自分は最後まで他人を理解できなかったが、自分という形を当てはめた物は他人に魅せ続けられた) (軋む体を無理やり動かす) (例えどてっ腹に穴が開いていたとしても) (どんなに大けがを負ったとしても) (もう助からねえと分かっていたとしても)
(自分がアーサー=ワールドエンドで有る限りは、立ち上がり、天を指さす他ない) -- アーサー
(体はきしみ、血反吐が出る。それでも笑いながらたちあがれ) (折れた骨は気合いで繋ぎ、千切れた肉は心で補え)
(仁義は自分に言った。弱さを知りたいなどと言うことはことは傲慢であると) (ミラージュは自分に言った。お前はアニキであるのだから、強く、泰然自若としていろと) (ショーテルは自分に言った。自分たちは弟分で、お前がアニキで有る限り、乗り越え続けろと) -- アーサー
- (ようやく分かった)
(弟分が俺に告げた言葉の意味) (妹分が俺に掛けた言葉の理由) (それは、自分という強い者にしかできない、他人に理解される必要のない生き方)
(背中で語り、その生き様で道を示す) (自分のこの生き方は、間違っていなかったのだ) (ただ強くあり続けることが、自分にとっての役割なのだとしたら、俺は、全うできたのかもしれない) -- アーサー
- (俺がアニキである理由そのもの)
(それは傍にいる名前もない観測者である「そいつ」に聞かすための言葉じゃねえ) (俺という、ジグルド・オーケンという人間が生きてきた証でもない)
(ファミリーの、アーサー・ワールドエンドというアニキがここにいるという、その証) -- アーサー
――さあ、最後の仁義だ。 届けよ、この世界の果て。 愛するファミリーに、アニキという存在がいたことを!! (大きく指で天を指し) (仁義を叫ぶ) (俺は、誰の心の中にもいないけれど、きっと俺というアニキが存在したことは、永遠に残り続ける) (じゃあこの人生も、割と悪くなかったじゃねえかと、心の底から笑うことができた) -- アーサー
ガウィンド……。 ……楽しかったぜ。俺は。
(その言葉を最後に。意識は闇へと落ち……二度と上がってくることはなかった) -- アーサー
- その国は、片手で数えきれないほどの年数を、隣国との戦争に費やしていた。
通常、戦争がそれほどの長きに渡って繰り広げられることは、条件が揃わない限り難しいとされる。 片方の国の力が強ければ殲滅戦という形ですぐに争いは収まるし、同程度の規模を持った国家だとしても、戦争での疲弊は双方の国を確実に弱らせる。 だから、戦争はなんらかの介入や条約を必要とする。争いたいために争うなんて考えは、個人ではまだしも国というレギオンが抱ける価値観ではないからだ。 -- アーサー
- だから、その国がその長きに渡って戦争を繰り広げられたのは、その一握の例外だったからに他ならない。
介入もなければ、講和もなかった。逆説的に言えばその二つの条件がそろってしまったからその戦争は数年という長きに渡って行われたのだ。 -- アーサー
- そこまで頑なに戦争への他国の介入と講和が行われなかったことには、その戦争の発端と国の成り立ちに理由を発する。
史実にも載っているように、国と国との間を跨ぐようにして採掘された地下資源のうち、「純粋エーテル」という物質が齎す「エーテル鉱物」がその原因とされている。 エーテルとは簡単に言えば魔力成分を多く含む溶媒で、それは周囲の物質を観応化させて、「エーテル物質」へと変換する。 周囲より異常に濃いエーテル濃度を持つ地域を「エーテリア」と呼び、レベル5以上の地域は立ち入りが禁止されるほど、他の物質に干渉を掛けやすい溶媒である。 その溶媒は「森林化」「異常硬化」といった自然現象を齎すが、その際に観応した「エーテル物質」は様々な魔道具に応用が利く素材となる。 -- アーサー
- 採掘されないエーテルは、地下で煮凝りのように煮詰まり、濃度を増す。だから、長年地下資源として眠っていたそれは、最高品質のエーテル濃度を示しており、両国にとって垂涎の資源となった。
不幸は重なった。 一つは両国の間に、それほど強い結びつきがなかったこと。外交らしい外交を国主体ではなく、市場が市場と行っているレベルであったこと。 両国に、一定以上の武力が備わっていたこと。これは、皮肉なことに微量に「純粋エーテル」によって観応した金属が、武器を創るのに適していた素材であったことに起因する。 地下からしみだしてきた「エーテル」が「エーテル鉱物」を作り出していることに気付く前から、両国には十分すぎるほどの「エーテル素材」での武器が備わっていた。 -- アーサー
- どちらの国が口火を切ったか、なんてものは問題ではない。
戦争は始まった。 国は疲弊し、それでも泥沼の戦争は終わらなかった。 疲弊した国に外から攻め入ることもなく、その戦争は世界から置いて行かれたかのように年月の中に置き去りにされた。 -- アーサー
理由は簡単だ。 その戦争への介入は、皇国協議という世界意思決定機関によって否とされたからだ。 そのほうが都合がいいという、たった一つの理由で。 国が混乱のただなかに在れば、採掘は満足に行うことは出来ない。 つまり、その戦争は資源を持たない他国にとっては、行われている方が都合がよかったからだ。 -- アーサー
- だからその戦争は最初からその二国によって争われていたわけではない。
均衡した勝負に見えてその実、限られたパイを切り分けるかの如く統治計画を練り上げている大国によって掌握されていた。 そして、その戦争を行っている当事者でさえ、それを知っていて戦争を辞めることは出来なかった。 両国は争い過ぎた。国は荒れ、引けば喉元を噛みちぎられるところまで相手の根城に踏み込み過ぎた。 進むことも戻ることも立ち止まることも許されず、徐々に絞まっていく首に、ただうめき声をあげるだけとなった。 -- アーサー
- その事情を知る者は、当時国を動かしていた一部の王族だけだ。
今はもう、その戦争も集結し、王権は解体されて貴族院が行政を担当しているが、そこにオーケンという名前はない。 苗字をはく奪されて傀儡となった王の血筋は、今ではその威光の及ぶ範囲へ光を照らすための道具になり下がった。 だから今になって思う。
あの時自分が名前を捨てたのは、単なる逃げだったのではないかと。 自分の兄と袂を分かったあの瞬間、自分がこちらの道を選んだのは、こうなることを互いに知っていたからではないかと。
兄が強く、弟が弱かった。……ただそれだけではないのかと。 -- アーサー
弱い弟。 その名前を、ジグルド=オーケンという。
アーサー=ワールドエンドと名前を変えた――つまり、俺のことだ。 -- アーサー
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