『蜘蛛の呪い』
昔々、極楽に、美しい女神が住んでおりました。
ある日の事でございます。女神が極楽の池のふちに立ち、地上の様子を眺めておりますと、
美しい花々を女神の祭壇に生けて祈る、一人の牧童の姿が眼に止まりました。
その一日だけであれば、女神もさして気に留めなかったことでございましょう。
ですが牧童は次の日も、またその次の日も美しい花々を手に祭壇を訪れて、祈りを捧げて行きます。
そうして幾年かが過ぎました。
牧童は見目麗しく成長し、女神はいつしかこの若者に恋をしておりました。
しかしその時既に、若者には一人の恋人が出来ていたのです。
その恋人は機織りの名人で、女神にも劣らぬほどに美しい娘でありました。
それまで牧童は山で摘んだ花の一番美しい一束を女神へ捧げておりましたが、
今は一番美しい一束を別に取り、次に美しい一束を捧げて行くようになりました。
最も美しい花々は機織りの恋人へ。
恋人もまた牧童のため、二人の閨を飾る帳を織る。
女神の心は楽しいはずもございません。
女神の中に、強い妬みの心が起こりました。
「わたしよりその娘を選ぶのか。
ならばその娘に、蜘蛛の如き瘦せ腕と糸への執心を与えてやろう」
そう独り言つと女神は、機織り娘に呪いをかけたのでございます。
娘の体は女神の呪いに侵され、その腕は痩せ細り、まるで蜘蛛の脚のよう。
しかし娘は機織りの手を止めることなく、部屋は織糸で溢れ、まるで蜘蛛の巣のよう。
牧童の恋人は女神の望んだとおり、蜘蛛の怪異と見紛うばかりの姿になってしまいました。
それからどれほど歳月が経ったでしょうか。
荒れ果てた家の中で、二人の屍が見つかりました。
幾重もの蜘蛛の巣のように広がった織糸の上、折り重なった恋人同士の様子は、
あたかも一つの体から伸びる細い八本脚、一匹の蜘蛛の如き姿だったそうでございます。
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