名簿/513052
- 探偵として必要なものとはなんだ。
それをずっと考えているが、正解はわからない。 だが俺は今の仕事を天職だと考えているし、それを間違いだとは思わない。 でも、今の俺が探偵として間違っていないか……そう問われると辛い所だ。 だが、少なくとも俺の信条には反していない。ならばそれでいい、というのが今の見解だ。 「だから俺は、平和的解決をこれから図ろうと思う」 -- 陽介
- コートの内側から鈍く、でかくて黒光りするそれらを取り出す。無骨なそれこそがまさに俺の象徴と言えるだろう。
目の前には、怒りに息を巻く奴、何を言い出したんだとおかしなものを見る目をする奴、俺が取り出したものを凝視して怯む奴。様々な反応が見て取れる。 全ての反応が全く正しいし、悪党と呼ばれる奴らとしては酷く真っ当で助かる。どんな種類の人間でも真っ当なのはいいことだ。 この世の中は予想に反する事をしてくる人間ほど厄介なのだから。そういう意味ではとてつもなく助かる。 では始めるとしよう。
「暴力による平和的解決を行使をさせてもらうぜ」 これ以上ないくらいの笑顔と銃声と共に、現場は一気に修羅場と化した。 -- 陽介
「今回も、楽な仕事だったな」 紫煙をくゆらせて、そんな言葉を呟いた。 家出した子供の捜索が今回の仕事だった。最後にちょっと変なチンピラ集団に絡まれたが……まぁそこら辺も含めていつも通りだ。 今頃は全員警察の厄介となっているだろう。善意ある一般人のおかげで警察も仕事ができて万々歳というわけだ。 だがまぁ、全部が全部万々歳というわけでもなく、子供は怪我もなく無事に助け出せたのはいいが俺の大立ち回りを見て目を輝かせているのは問題だ。 ロクなものじゃない。暴力を振るうというのは本当にロクなものではないから、どう言いくるめたもんか悩ましい。 あれよこれよと考えてる内に依頼者の家に辿りつく。まぁ、ここから先は俺の考えることでもないか、親が頑張ることだ。 俺の仕事は、ひとまずこれで終了である。子供には悪いが、ぜひ真似をして痛い目を見てもらいたい。いかに暴力が馬鹿げたことかわかるだろう。 -- 陽介
- 経緯はかいつまんで話した。そもそも発見して確保するのが俺の仕事だ。それ以上の内容については俺からは語らない。
こういうのは、助けられた人間が話を大きくするに限る。そうする事でボーナスが出てくる可能性もあるからだ。 とはいえ成功回数は今のところ四分六といったところか。まぁしょうがない、そもそも四割は人語を話さない動物なのだから。 だが子供の方がどうやら話を盛り上げてくれているようで、俺は命の恩人となっていた。まぁ間違ってはいないのだが、俺の実際の労働時間を考えると大げさな気もする。 なにはともあれ、どうやら今回もボーナスにありつけそうだ。 しかし、ボーナスは現物支給らしい、貰えるというのならありがたいが、しかし現物支給となるとこれはなかなか難しい。 正直、金になるものか食べ物だと言いたいところだが……がめついと思われれば次に繋がらない。子供のヒーローを気取る為にも安そうなもので手を打つとしよう。 なに、報酬はそれなりに悪くはなかったからいい。だが次回はボーナスも金でお願いしたい。もしくはそれに類するもので。 心の中でそんな事をぼやきながら、ふとあるものが目に止まる。 -- 陽介
- 「あれはなんですか?」
隅っこで、つっかえ棒かなにかとして使われていたのだろうか。「それ」は落ちていた。 この辺ではあまり見ることのないそれを拾い上げる。これは一体どうしたのですか? と依頼人に尋ねてみた。 聞いた経緯は大したものではなかった。知り合いからもらい、強固な封がしてありそれもなんとか開けてみたが中身は読めず、持て余していたということだった。 得心はいった。しかし、そんなものに何故自分が心惹かれたのかがよくわからなかった。 運命的という言葉は好きではないが、言い表すとしたらその言葉が似合うかもしれない。 結局、その巻物を俺は手にして依頼を終えることになった。通常よりも多めの報酬と、1円にもなりそうにない巻物を手にして。 --
- 「しかし、中には何が書いてあったんだろうな」
中は見ないで持ってはきたが、気になるとこではある。家に持って帰ってから開いてみるのもいいのだが…本当にごみだった場合、脳裏によぎるのは妹の激怒する顔だ。 また妙なものを持ってきて、と怒られるのは目に見えている。とりあえず言い訳を帰宅する前に考える為、一度確認しておいてもいいだろう。 そう思い経てば近くの河原に座り込み、コートの内側にしまっていたそれを取り出して紐により簡易的に封をされたそれを紐解く。 その瞬間、先程まで何事もなかったそれは眩く光り出す。そして自身の内側から溢れる、いや、この巻物に自身の力を吸い込まれていく感覚。 「これは……魔導書か……!!」 ならば次に起きるのは力の暴走、もしくは……! 来る光景に備えるようにその光の先を見据える -- 陽介
- かつては何者をも解くことが出来なかった封が、旋盤工の卓越した技術により破られている。
どこにでもある普通の巻物のようにヒモは解け、巻物は広がる。 体内を食らいつくされるような感覚が陽介を襲う。安易に開いてはいけないものだったのだろうか?禍々しい気配があたりを包み、ただの光とは思えぬぞっとする冷たさをもった光が視界を覆ってゆく。
不意に、陽介の眼前が闇に閉ざされる。かなりの重量が頭部にかかり、やわらかで温かい何かが、陽介の顔を覆っている。 --
- 「どわぁっ!?」
辺りを包む禍々しい気配も、戦慄させるような感覚をもった光も、忘れようにも忘れられないのだが…… 自身に実際に襲い掛かってきた衝撃にひとまず置いておかれる 「ちょ、な、なんだいったい!?」 自分の顔を覆う柔らかく温かい何かを掴んでのけようとしながらそう叫んだ --
- 顔を覆う物を掴むと、手のひらで包めるほどの柔らかくて丸い物に触れる。それは左右に2つくっついたような形状で、指先が肉の谷間に挟まれている。
「きゃあっ!」頭上で悲鳴が聞こえ、何かがギュッと頭部を締め付ける。 冷静になるとそれは人間の肌のようで、頭の上には手のひらが置かれている。 --
- 小ぶりではあるが、この柔らかさには覚えがある。もちろん誰と特定できるわけではない
女性特有の丸みを帯びたそれでいて弾力のあるこれは、なるほどそうか。何が起きているんだ俺の身に 「とりあえず、よっくわかんねぇけど……離れろや!」 力任せにまだこちらにしがみついてる謎の女を引き剥がす 「一体、お前は、何者なんだよ……!?」 呼吸も荒いまま、引っぺがしたのと同時にそう問いかけた -- 陽介
- 頭上から落下してきた少女を顔から引き剥がせば、肩に乗っていた体重が腕にかかる。それほど体重があるわけではないが、さすがに人一人、それなりの重さ。
ズズズとずり落ちち下腹部からやわらかな丸いお腹、視界の左右に握りこぶしよりもやや小さい乳房、肌色がゆっくりと下降してゆく。そして小さなかかとが陽介の肩に引っかかると鼻先に少女の顔が現れた。 くりくりとした生意気そうなつり目が、不思議そうに目の前の陽介の目を覗きこむ。 --
- 「お、っとと……!?」
自分の腕に、まるで猫のようにつままれたそいつは……やはり誰だかわからない。自分を狙う刺客の類、にも見えない。 というか、この図は正直やばいのではないだろうか。年端もいかない少女を、しかも全裸の少女を抱えているこの姿はだいぶまずいのではないだろうか? 「とりあえず、ここはまずいな」 そう言って自分が着ているコートを被せれば 「いいか、なにがなんだかわからねぇけど、迷子だってんなら警察に……」 そう言って手を引こうとして -- 陽介
- 被せられたコートは年の頃は12歳程度だろうか?女としての萌芽が見え始める小さな身体には大きく、頭からすっぽりと覆ってなお余裕がある。
前を閉じても肩からストンと落ちかけるコートを恥ずかしそうに手で抑えながらじっと陽介の顔を見つめる。 「……殿?」小さな唇からポツリと言葉が漏れる。特徴的でありながら可愛らしい声だ。 「貴殿が、殿ですか……?」 --
- 手を引こうとして、投げかけられた言葉に硬直する。殿? だれが?
「それは、俺の事を言ってるのか……?」 恐る恐る自分を指差して聞いてみる。なんのことだかわからないが、嫌な予感がしてたまらない。 頼むから、予想した答えが出てこないでくれることを祈る -- 陽介
- こくり、少女は頷く。じっと見つめれば、雰囲気がそうなのだろうか?ほんの僅かに陽介の面影のようなものを感じる。
それは、陽介の力を取り込んで出現した者であるからだろう。そう推測するのは容易であった。 少女は、陽介の言葉をじっと待っている。 --
- 自分と似た雰囲気。どこがそうとは言えないのだが、そういったものを感じる。
何が自分の身に起きたのかは知らないが……トリガーとなったのはやはりあれだろうか。 あの巻物。開いた瞬間に感じたあの感覚。二度と味わうことはないと思っていたあの感覚……ならば…… 目の前の少女は、そういう事なのだろうか……? 「殿ってのはよくわかんねぇけど、お前は……魔導書なのか?」 頭では否定しようとした。だが、確信めいた何かが自分の中にあるのを感じていた -- 陽介
- 「まどう…しょ?」少女は首を傾げる。
この少女がそうなのは間違いはないだろう。しかし、魔導書には二種類ある。 魔導書として作られ役目を持った魔導書。そして、書の内容や作者の力により意図せず魔導書として描かれてしまった魔導書。 おそらくこの少女は後者なのだろう。 少女は答えを待つ。貴殿が殿か? --
- 問いの返事はわからない、と。少女はただ首を傾げてこちらの様子を伺う。だが、その反応は明確に答えを告げていた。
魔導書、ではあるのだろう。自身に似た魔力の流れを少女から感じる。わからないのは、どうして巻物がこうなったのか。 わからない、わけではない。要はこうなることが目的で作られたものではなかったのだろう。 魔導書として作られたわけではない自覚のない魔導書。存在すると言われていたが、目にするのは初めてだ。 とんでもないものを報酬として受け取ってしまった……心底そう思う。 『あの日』から、こういうものには関わらないように生きてきたというのに。 視線を少女に向ければ、じっとこちらを見てその視線は揺るがない。質問返しではぐらかした答えを待っているのだろう。 『殿』という単語も、おそらくは魔導書のマスターなのかどうか、そう尋ねているのだろう。 なら、答える他にないだろう。 「本意ではないけど、お前がこうして姿を現す原因を作ったのは……はぁ、俺だな」 ため息交じりにそう答える他になかった。 -- 陽介
- 「ならよかった…」少女はホッとしたような笑顔を浮かべる。どうやら殿で間違いはないようだ。そのことに安堵する。
ファサとコートの裾が空気をはらむ。少女はその場に正座をし、頭を垂れる。「して、それがしはなにをすればよいのでしょうか?」 静かに主の命を、まつ。 自分に血肉を与えてくれた主に仕えること。それは、魔導書に課せられた役目ではなく、この少女の性格設定のようなものであった。 --
- よくねぇ、と口をついて出そうになる言葉を何とか飲み込む。くそ、なんでこんなのに俺は気を遣ってるんだ、信じられない。
「いきなりんなとこで座りだすな馬鹿! だーっ!もうどうしたもんだかな、ほんと……!」 がりがりと頭を掻く。なにかをさせるつもりなどない。そもそも契約、したことになっているようだが……するつもりもなかったのだ。 魔導書とは、もう関わらない。そう決めた。あれは人の手に余るものだから。 だというのに、なんだこの状況は。ふざけてやがる。なんでこんなことになってやがるんだ……! 「あー、そうだな……お前、巻物に戻ることはできないのかよ。で、この契約のクーリングオフをしたいんだが……」 そうすれば、妹に怒られるかもしれないが厳重に封印して世に出ないようにすることもできるかもしれない。 そうできればの、話ではある。少なくとも具象化された魔導書との契約をなんとかしたという話はどれも凄絶で、目の前の少女にそれをする気にはならない。 すでに、まるで人として扱っている時点で……どうしようもないのかもしれないが。 -- 陽介
- 面を上げる。よく見ればちょっと生意気そうな子供。
「それは…」 「殿の忍者粒子…つまり、魔力が尽きれば、書に戻ります。殿のお力を頂いて、こうして顕現しているわけですから、そうなります。」 条件は、陽介の魔力が0になること。完全に0である。 死してなおこの世に魔力を残す魔法使いもいることを考えれば、状況によっては死んでも戻らないと取れなくもない。 --
- 「……なるほどな、俺が死ねば元通り。だが最悪の場合は……」
どうにもこれは切羽詰まった、とは言い難いがしかし面倒なことに、とても面倒なことになった。 なんにせよ、どうしたものか……ちらりと少女を伺う。そして思いつくのはなんとも最低な思考だ。 俺は、彼女に選択をさせようとしている。何も知らず、何もわからない彼女に。 「正直に言えば、俺はお前を望んでこうして契約したわけじゃない。偶然、こうなっただけだ」 「お前がいなくても困らないし。お前を頼るようなことも今現在なにひとつない。ハッキリ言おう。お前は俺に必要ない」 「だけどこうして、お前はここにいるし。魔導書だというなら主従関係になるわけだ。知らなかったとはいえ、俺がお前のマスターとなった以上……責任は取る」 「俺が聞きたいのは、お前がどうしたいかだ。改めて言うが、俺はお前になにかしてもらいたいことなんて何一つない。それでもお前は、どうしたいか。それを教えてくれ」 ずるい言い方だ。子供のような目の前の相手に大人気のない言葉を並べている。何故そんなことをするのか。 言い訳が、欲しいんだ。多分それが理由だろう。それは、きっといつかの日の贖罪の為の言い訳。それが欲しいんだ。 -- 陽介
- 「そ、そのようなことは…」主に、死ぬようにと言ったのではないかと責められた気がしてあわてて平伏する。
うかつな発言だったろうか?しかし、どう表現すればよいのかわからない。 陽介の言葉に表情をコロコロと変える。そしていま、顔に浮かんでいるのは困惑と思案。 どうしたいかなど、そんなこと…「殿の役に立ちたいです。」決まっている。 主に従順で、主の役に立つことが幸せの幼いくのいち。これがこの巻物を記した著者の設定である。 --
- その言葉を聞けば、目を閉じ腕を組み大きくため息を吐く。
「そうかよ、何もねぇって言ってるのにな」 どこの誰がこいつを書いたかは知らないが、なんとも難儀な本を作ってくれたものだ。 魔導書と言えば、どれもこれもが一癖二癖あるものばかりだが、こいつもご多分に漏れずなかなかのものだ。 もっとも、それじゃあいなくなりますと言われても俺はきっと困っていたかもしれないし、安堵したのかもしれない。 役に立つ為に、ここにいる事を選んだ彼女を……俺は疎んでいるのかもしれない。だがさっき思った通り、俺は機会が欲しいんだ。 だから、この偶然を精々利用させてもらうことにしよう。 「お前がどうしたいかはわかった。だけど、俺の答えはさっきの通りだ。だから……まず今はそうだな、仮だ」 「今は仮契約だ。お前を俺の相棒にするかを見極める。また、お前はお前で、俺をマスターとして充分かどうか見極めろ」 「その結果いかんで、改めて主従として契約をする。ひとまずは、そういう感じで」 そう言って右手を差しのべ、少女に立ち上がる様促す。 「湊陽介だ。期待はしていない。だから、それを裏切るような働きをしろ」 -- 陽介
- 「殿を試すようなこと、めっそうもありませんっ」これは…からかわれているのか、それとも反応を試されているのか?わからない。たしかにつながったが、それは相手のことがわかるわけではない。
恐る恐る顔を上げ、差し出された手を取ればにこりと笑顔を向ける。 「湊様、ですね。」 「それがしは…」この巻物には名前はない。この巻物は…神とも言える忍者の秘匿すべき黒歴史。名前の無いただのノートなのだ。 --
- 本には本の名前がある。またはそれに準ずるものがあり、それを魔導書の精霊は名乗ってくれる。
だが、どうやらこの少女にはそんな通説は通じないらしい。 「……そうだな。巻物……紙……うぅーん」 「それなら」 思い出したのは、昔住んでいた場所。そこにあった一本の樹木。 「お前の名は、楮。ってのはどうだ? 気に食わなかったら、お前が名前を考えてくれて構わんが」 -- 陽介
- 「い、いえ、そんなことありません!」気に食わないなどあろうはずもない。
フルフルと首を振ると長い髪が揺れる。 「今日から、某は楮…楮です。」頂いた名を噛みしめるように。ペコリともう一度頭を下げる。 「これから、よろしくお願いします、湊様」にこりと笑った。 --
- 「お前がいいならそれでいいよ」
思いもよらず喜ぶ姿は、直感的に決めた事に少なからずの罪悪感を感じさせた。 「あと、その湊様ってのやめろ。くすぐったいし、これから一緒に住むことになれば……同居人であるあいつに説明する時少々厄介だからな」 そういえば、こいつが出てくる前に考えていた問題……結局更なる難題として俺に降りかかってきているな……とそんな事を思った -- 陽介
- 「はいっ!」嬉しそうに答える。
「湊様は湊様です。某の」 「殿でありますからっ!」長すぎて引きずっているコートの裾が、川からふく風に煽られてふわりと舞った。 -- 楮
- 「さてと、どうしたもんだかなぁ……」
事務所までの道のりは大変だった。そもそも一糸まとわぬ姿で現れたのだから、服だけじゃなく靴もない。結局履いてた靴も渡しここまで来たが……まぁそれは別にいい。 最悪なのは、何も言い訳思いつかなかったことだな。何を言ってもいい未来が見えない。見当たらない。最悪捕まる、俺が。 ドアを開けるかあけまいか、逡巡して五分くらいはすでに経っていた…… -- 陽介
- 「ここが殿の住まわれてるお城ですか。」ビルを見上げる。街は、城が立ち並ぶ異様な光景でもあった。
忍者であるゆえ裸足でもよかったのだが、はけと言われてはいた靴をカポカポ鳴らす。 (ふむ…)と城の前に立つ主を見やる。これは、中から家来が門を開けるのを待っているのだろう。しかし、なかなかあく気配はない。 つまり、きっと、そうだ。 「申し訳ありません、殿!」ガチャリと扉を開けた。 自分が開けるのを待っていたのだ。 -- 楮
- 「いや馬鹿お前ちょっと待て……!?」
思案している隙に楮が予想外の行動に出た。お前一体何つーことしてやがる!? 止めようとするも時遅し。かくて扉は開かれた。 -- 陽介
- 「ん?」振り向いた笑顔の上に軽い?マーク。 -- 楮
- 「どちらさまですかー?……って、あれ? お兄ちゃん、お仕事終わったの? おかえり……ってどうしたのその子?」
そう言って扉の先から出てきたのは、ボブカットで利発そうな顔立ちの少女がそこにいた。 背丈は陽介よりも低いが、楮よりはもちろん高く、大人と子供……と言ってもしょうがない差がそこにはあった。 もっとも、陽介自身はそんな事今はどうでもいい。まずはこの最愛の妹をどう騙くらかして楮の一件をなんとかするか、それに対する答えを探す。 「あ、依頼人の方が言ってた子なの? もしかして。えっとね、私はその人の妹で湊陽向。もう大丈夫だからね……?」 そう言ってなにか誤解したままの自己紹介をしていくが、なるほど。これは非常にまずい展開なのではないか。陽介は眉根を寄せて天を仰いだ。 --
- ばったり。
「ふむ…?殿の奥方様ですか?」少女を見上げ、じっと見つめる。 が、ちがったようで。「ああ、妹様でしたか。」ペコリとおじぎをする。 [某は、殿にお仕えするシノビで、名を楮と申します。」だぶだぶのコートが肩からおちる。 -- 楮
- 「
違 話 聞 」 しかし言葉は届かず、視界が一気に暗くなった 「ぐおおおおおおおおお!」 両目を抑えてごろごろ転がる -- 陽介
- 「しばらくそこでそうしててね、話はよくわからないけど中に入って。ちゃんとした服持ってくるから」
凄い速さで陽介の両目を突いたと思えば、そういって楮を半ば強引に部屋へと導いていく。 「私の子供の時の服、まだあるからそれが入るといいんだけど……」 -- 陽向
- 「と、殿!?」突然の攻撃。妹だと紹介されたが、敵の変装なのだろうか?
ここですべきはさらなる一撃へのガードが、はたまた敵の撃滅か?それとも、殿を連れて安全な場所へ逃げることだろうか? などと考えているうちに手を掴まれ、室内に引きずり込まれる。 「と、殿〜〜〜〜っ」 -- 楮
- その後、悶絶しているところに転がった場所が悪いのか、もしくは確信的なのか強烈な勢いで開け放たれたドアが頭をヒットして更に悶絶することになる。
しばらくそうしていると、痛みが治まったくらいにようやく部屋に連れて行かれるが、何故か俺の両手には銀色の輪っか。俗にいう手錠が嵌められた。 どうやらわが妹君は大層ご立腹のようである。 「すまんがこれを外し……いや、すいませんごめんなさい言い訳させてください」 凄い目つきをされた、なるほど。あれだけくりくりとした丸く愛らしい瞳もあれだけ鋭くなるもんなんだな。俺の妹だわ…… 結局その凄みに恐れを抱きながら俺はありのままを陽向に告げた。依頼人からもらった巻物が魔導書で、意図的にではなく偶然に契約をして、服を着てなかったのはそいつが悪い、と。 「こんな感じが今回の顛末だ」 100%真実で話した。にも関わらず相変わらず胡散臭いと言わんばかりの目をこちらに向けてくる。いやぁ、涼しくなるなぁ… -- 陽介
- 着替えが終わり、楮に自分の服を着させて2人が戻ってくる。そして手錠を嵌めた陽介の正面にあるソファ―に座り
「えっと……楮ちゃん、って呼んでいいかな。それで、この男の話、どこまでが本当なの? 私はあなたの味方だから、本当の事を言ってくれて構わないわ」 そう言い放つ陽向の目にはふざけているというわけでもなく、本気で楮にそう問いかけている。 どうにも陽介を信用していないようだが、しかしコートの下が全裸の少女を連れてきて、魔導書なんです。というのはどう信じろというのもわからないでもないだろう。 多分、陽向自身も信じたいのかもしれない。そうでなければ即警察に突き出しているだろう。実の兄の所業としてはこれ以上ないくらい最低過ぎて、半ばパニック状態だ。 -- 陽向
- 「はい、楮です。」と笑顔で答える。主に頂いた名前である。
「まどうしょ?というのは某はよくわかりませんが、概ね真実です。服は、その…。殿より頂いた気が少々足りず……」赤面。きちんと羞恥心もある。 「しばし時間をいただければ、毎日少しづつ気を頂戴して、武装することもできるんですが……」 -- 楮
- 「嘘を言ってる感じでは、ないのね……」
すんなりとその言葉を信じるとはいかないが、しかし嘘を言っているようにも見えない。 「でも、やっぱり裸だったのは……!」 そう言ってじろりと陽介を睨みつけて -- 陽向
- 「俺だって知らなかったって言ってるだろう!? 不慮の事故ってやつだよ、そういう気はなかったし、俺はできれば胸が大きい女の方が好みだ!!」
声高にそう叫ぶ。しかしそれが必ずしもいいわけでもなし、それに自分の現状も考えないその発言はよくなかった 「殴るこたねーだろうがよ……ともかく、どうすりゃ信用してくれるってんだ……楮は巻物にもどれねーし……なんかできねぇのか? それっぽいこと」 楮に向かって小声で聞いてみる -- 陽介
- 「胸、ですか。少しだけならありますが……。殿はそういったことを楮に望まれるのですか?」不安そうな目を向ける。陽向の服はやや小さい。
「それっぽいとは?巻物に戻るようなこと?でしょうか?邪魔なら、小さくなっていますが?」と体育座り。 -- 楮
- 「望んでない。お前に何かしてほしいことはないってすでに言った筈だぞ。それはそういう事も込みだ。お前には、何も期待してない」
さっきも言っただろう、と言いたげな目を向ける。 「要はお前が魔導書らしいことを、というか俺はお前がなにができるのかわからないんだが」 そう言って体育座りなんてしなくていいとソファーに座らせ 「……や、そんな目で見るなよ陽向。話聞いてたらそんな事聞いてる場合でもなかっただろ……で、なにができるんだ?」 -- 陽介
- 悲しそうな表情を浮かべる。主の望むままに役に立つのが、この忍の望みである。女としての相手を望まれるのは怖いが、かと言ってなにも望まれないというのは悲しい。
見た目通り、軽い。陽介がひょいと持ち上げてソファに座らせるのは容易でった。 楮は首を傾げる。 「まどうしょ…というのは一体なにをするものなんですか?」 -- 楮
- 「そんな顔するな、言っただろう。ならそれを裏切るような働きをしろって。俺がお前に期待をかけるかどうかは……お前次第だ」
説明するのは、正直嫌だ。巻き込むにしても妹までとなると話は変わるが……魔導書、つまり楮がどのような存在かは、知っておいてもらわなければならないだろう。聞きたそうにもしているしな 「大体は、契約した主の魔力を強化したり、荒唐無稽とも呼べる代物を扱うエネルギー源にもなり……それを扱うことのできる人間というのはまさしく狂人。そして超人だ」 「超常的な現象を行使することができたりするのが常だけど、ピンからキリまである魔導書にセオリーなんてありえない。お前自身にも多分なんらかの力がある筈だが……それを見せてほしいのさ」 「できることなら、穏便な力であってほしいけどな」 -- 陽介
- 「はぁ…」考える。
しばし思案し、真面目な顔で 「それがしは、忍者です。」 そう答えた。 -- 楮
- 「………」
言葉を失う、という意味をまさに初めて知った気がする。いや、実際は何度も経験があるがしかし、なかなかの発言だった。 「忍者か……それで、忍者はなにができる……」 -- 陽介
- 「はぁ…」どうしよう?
忍者ってなにができるんだろうか?生まれた時から忍者であり、著者もまた忍者であるから取り立ててなにができるかなどわからない。 「し……」 「シノビますっ!」 -- 楮
- 「………」
日に二回言葉を失うというのも初めてだな。しかしまぁ、考え込んでいたのを気づいていて聞いた俺が悪かったのだが…… 「ん、んじゃ機会がきたらよろしく頼む……」 思わずそんな言葉を言ってしまった -- 陽介
- 「はいっ!」
一言で忍者の職能を答えるのは難しい。忍者を一言で表したつもりだったが、主には気に入ってもらえただろうか? 「お任せくださいっ。殿の手足となって働きますよっ」ちょっと不安になったので補足した。 -- 楮
- 「お兄ちゃん……」
わかってるわよね、という視線を投げかける。わかってるよと言わんばかりの表情を見せてくるので、安心はするがしかし…… 過去の事を考えれば、兄が何故彼女を引き取ったのか……いや、それこそ考えるだけ無駄なのだろう。彼は、そういう因縁に囚われない。 「それじゃあ……後必要なものを二人で買ってきて、その間に私料理を作っておかなきゃだから。今日は、仕事も無事に成功したし、家族も増えたんだからお祝いだよ」 -- 陽向
- 「買い物ですね!お任せください。」
買い物など忍者にとって造作も無いことである。自信満々に最初の忍務を仰せつかった。 「それで、必要なものとは?」息を呑む。 -- 楮
- 「このメモに全部書いてるから、それを買ってきてもらいます。荷物係としてお兄ちゃん連れて行ってくれていいから、よろしくね?」
そういってリスト化された様々な生活用品を書きだしたメモを渡す。それはそれぞれが一人分のもので、食器や歯ブラシ、言わば陽向が楮を受け入れた、ということだろう。 魔導書という存在に対して、兄が何か話す事はない。だが、なにかあったのは知っていて、そしてもう一度それと向き合うと言うのなら反対などしない。 それに、妹という存在が欲しかった。という少し自分本位な思いもあったようだ。それに、二人きりよりは三人の方がきっと楽しい。 「というわけで、いってらっしゃい二人とも。あんまり遅くならないようにね?」 そう言って二人を送り出すのだった。 -- 陽向
- 「ふーん、で、これを買ってこいと……」
渡されたメモ書きを見ながら陽介は楮の隣を歩く。既に両手にはいくつかの荷物があり、それらは陽介が全て持っている。 しかし面倒なのはこの洋服とかだな……というか、下着とかはお前が一緒に買いに行った方がよかろうよ……。 思わず頭を抱える。要はこれに対して俺がどういうアクションを取るか見ているのだろう。楮自体の存在は容認した、が。 つまりは、俺が楮に対してどう接するのかを見ている。どうもこうもないんだがな……溜息しか出てきやしない。 「とりあえずは、様子見って感じだしな……それにこうしてると、普通の……」 普通の人間に見える、などと考えるなよ俺……あくまでもあいつは人じゃない。本なのだ。 それは忘れてはならないことだ。どうあっても、どうしても。 「それで、あとは何を買うんだ……?」 隣の楮にそう問いかける。 -- 陽介
- 主に荷物持ちをさせるのは心苦しく、自分が持ちますと言ったのだが、メモを参考に行き先をナビゲートする役目を与えられ、おとなしくそれに従うことにした。
情報は大事である。つまり、大事な役目である。 「はい、えっと......。」メモに目を落とす。やや癖はあるが読みやすい字だ。 リストをたどり、いくつかの墨で消された項目のしたに目を落とす。 見た目は、普通の人間である。その感触や匂いも人間そのものであるのは陽介はすでにわかっているだろう。 「しょーつ?というものと、着物です。」小さく首を傾げ、陽介を見上げる。 -- 楮
- 「……そうか」
なるほどな、どうやら既に事は最終段階まで来ていたようだ。 「それで、他に買うものはないのか?」 逃げ道がないのかもう一度確認する。大事なことだからな、逃げられる可能性にかける……! -- 陽介
- もう一度、確認する。指差し確認。
「他はもう済みました。」 ズラリと並べられた項目の殆どに墨で線が引かれている。 -- 楮
- 「ふむ、なるほど……ちなみに、一人で買えそうか?それらは」
一応聞いてみる。正直最初からずっと、一緒に買い物をしていたのでそれは無理かもしれないと思うのだが…… しかし、言葉自体を知らないのでは……だが俺がそれを一緒に買う姿というのはどういうものだろう。犯罪的ではないだろうか、悪い意味で。 ひとまず、楮の答えを待つとしよう……それ如何で覚悟を決めるとしよう…… -- 陽介
- 見くびられては困るとばかりにナマイキそうにニヤリと笑う。
「この楮、買い物くらい一人で十分と思っていたところでした。着物も、このぶらじゃー?とかしょーつ?とか言うものもきちんと買ってまいります。」よくわかっていないようだ。 -- 楮
- 「……はぁ」
どうにもよくわかってなさそうな楮に思わずため息を吐き、まぁこうなるよなというのもわかっていた。 というか、これ完全に陽向からの嫌がらせなんじゃないか? とふと思った。多分間違ってない。 「しょうがねぇ、さっさと行くぞ。こんなもんパッとやってパッと帰る。そういうもんだ」 そう言って先導して歩き出した。 -- 陽介
- 「むむ...」先に立つ主の背に不満気な表情を向ける。
躊躇。 主が向かうのと別の店に行こうかと思ったが、自分はこの街のことは知らない。なにより、買うものが同じなら向かう先も同じなのではないか? しぶしぶ主の後について行く。 -- 楮
- むくれる楮に溜息を吐く。ほんとに、こいつのどこが魔導書なんだ、というかこいつを書いた奴はいったいなにしてやがるんだ、と。内心悪態をついて。
「服にしろ下着にしろ、お前一人に任せるには今はまだ早すぎるだけだ。まずは常識ってもんを身に付けないと、ってやつだよ」 「今後は任せるから、まずは一緒に行くぞ。それに、服は一緒に選ぶが下着はお前に任せる。今言ったことを店員に伝えてやれば選んでくれるだろうよ」 だからむくれるな、と後ろを歩く楮の方へと顔だけ振り返って告げる。 こうしてなんともぎこちないやり取りをしながら服屋へと向かうのだった -- 陽介
- 「そんなことはありません。この町のしくみは(だいたい)おぼえました。一人でなんでも出来ます。」
陽介の言葉は、ハートに火をつけた。 「何を伝えればいいのでしょうか?」一応、聞いておくことにしたらしい。ああは言ったが、道を違うことなく、陽介についてくる。 -- 楮
- 「むぅ、お前従順なようで意外と噛みついてくるな……」
見た目がどこか自分に似てるというのもまた、そう思わせるのかもしれない。 「なんにせよ、そう言ってるうちは半人前だ……一人で何でもできるなんて思ってるうちはな」 「ブラジャーとショーツをくださいって言えばいいよ……」 そこまで言ってふと気づく。隣に俺がいるその光景は酷いものなのじゃないだろうか……? 想像してげっそりとするが、目の前は既に目的地で 「……やっぱ、嫌がらせだな」 そう独り言をつぶやくのだった。 -- 陽介
- 「……」
真っ白に燃え尽きた、というわけでもないが……なるほど、こうまで精神的にくるものだとはな…… あの店員のゴミを見るかのような目は中々耐え難い。そしてそれを知り合いに見られるというのはいいコンボだ。即死するわそんなん ふらふらと帰る帰り道。荷物は服で結構増えたので、最終的には半分こという形になった。 -- 陽介
- 買い物を終えると、もうすっかり機嫌も治ったようで軽やかな足取りで陽介の前を歩いている。
服屋は目新しい刺激にあふれていたようで、しきりに綺麗だのかわいいだのと陽介に話している。 「さぁ、急ぎましょう。陽向さまもきっとまってますよ!」 -- 楮
- 隣のこいつは、どうやら俺のそんな様子には意を介さずしきりに嬉しそうに話しかけてくる。
来る前は不機嫌だったのだから、なんにせよ結果オーライ……いや、俺のダメージでかすぎてそう思えないぞ…… 「ああ、そうだな。きっと美味い飯を作って待ってくれて……ん、あいつは……」 こちらに向かい走ってくる人影。見覚えがあるその姿は、こちらに気づき更に速度を上げて目の前で止まった。 -- 陽介
- 「よ、陽介さん……! お探し、しました……っ!」
「ハチか、なにやってんだそんな急いで。また『あいつ』の雑用か? 大変だな。つーか、今度はどんな依頼持ってきたんだ?」 今日は勘弁してほしいんだがな、とうんざり顔をするも、 「それどころじゃないんですよ! 陽向さんが……!」 続く言葉は、そんな疲労や倦怠感を吹き飛ばすものだった。 「陽向さんが、攫われました……!」 -- 陽介
- 行動はすぐだった。荷物をハチに押し付け、二人に構わず全力で事務所へと向かう。
裏道、近道、それらを駆使して事務所に戻り、待っていたのは一人の女。 「おかえり、陽介。随分と早く戻ってきてくれたようでよかった」 黒いパーカーでフードを被り、そこからのぞくのは金色の髪。その顔には薄い笑顔が張り付けられているが、大した理由などない。 そうした方がいいから。それだけだ。それだけなのだが、今それを見るのは大層腹が立つ。 「状況は?」 「拉致されてから30分。ほら、これが原因のようだぜ」 放り投げたそれを空中でキャッチする。キャッチしたそれは、黒い小さな長方形。 「それで盗聴されてたようだ。キミのコートから見つかった。GPSの代わりにもなっているようだ、すごいねこれ。というわけで、どうやらいつも通りヘマ踏んだようだね、陽介」 くつくつと笑う。それもまた嬉しそうに笑うのだからまったくもって耳障りだ。 「あれかな? 新しい【魔導書】にご執心だったせいかな? どちらにせよ、キミは本当に馬鹿だな。実に度し難い」 感情を逆撫でするような口ぶりで俺にそう囁く。だが、今更怒りなど湧かない。これがいつもで、こいつはそういう奴だから。 -- 陽介
- 慌ててついては来たものの、状況がよくつかめない。
どうやら話しているのは主の知り合いのようであり、その様子からあまり仲はよくなさそうだと感じた。 二人の間で通じる会話であり、当然自分には何を言っているのかわからない。かと言って、紹介しろとも言いづらい切羽詰まった雰囲気に、荷物を手に首を傾げる。 -- 楮
- ちらりと、気配を感じて後ろを見ればどうしていいかわからないと言いたげに楮が立っている。
「アリス。俺をいじめるのは後にしてくれ。陽向はお前にとっても大事な友人だろ」 「そうさ、そして妹分でもある。だから、今回はお金ではなくいつかタダ働きしてもらうことで返してもらうことにするよ」 そう言ってポケットからメモ帳を取り出してさらさらと何かを書けば、そのメモを俺に渡してくる。 「ありがたい限りだよ。近日、妹がお前を食事に誘いに来るだろうよ。その時にきちんとこいつを紹介する。行くぞ」 最後の言葉は楮に向けて言って、楮が持っていた荷物をアリスに渡して事務所をあとにする。 メモに書かれているのは陽向を拉致し、捕らえている連中のアジト。全くもって手際がいい。今度から未然に防いでほしいものだ。 「それはできないよ。僕に力はないのだぜ? 君の不始末なんだから、君が気を付けるべきだ」 背中にそうかけられる声はなんとも正論すぎて耳が痛い。が、しょうがない。緩んでいたのは事実だ。 一日で色々あって、疲れていた。そういう言い訳がこれを招いたのだとすれば……今後は少しは改善していかなければならないだろう。 なんにせよ、まずはやることをやるだけだ。 「今からするのが、俺たちのやる最初の仕事だ。陽向を救い出す、お前の力……貸してもらうぞ、楮」 -- 陽介
- 行くぞ、という言葉に「あ、はいっ」と戸惑いがちに応え、ペコリと女にお辞儀をして主の後を追う。
主に不信などはない。ただ、よくつかめていなかったがゆえに戸惑っているのだ。 状況が理解できていなければ、自然と応えも曖昧になる。具体的な指示らしい指示もないのであればなおのこと。 だが、主の言葉はそんな楮を奮い立たせた。 「はいっ!お任せください殿っ」 腹立たしいほどにこの状況に不釣り合いとも言える笑顔で応えた。 -- 楮
- これから行うのは荒事だ。きっと修羅場であり、おおよそ碌なことにならない。
それを知っているのか知らないのか、笑顔で応える楮を見てなんとも頼もしいと思う反面、大丈夫かと思う気持ちもあった。 「その言葉、頼りにさせてもらうぜ楮」 強めにその頭を乱暴に撫でて、目的の場所へと向かうのだった。 -- 陽介
- 「お任せください!」もう一度、はっきりと応える。
果たしてどんな役目を与えられるのだろうか?今現在与えられている魔力でできることは少ない。魔力が供給されれば様々な術も使えるだろうが、必要となるような事態でなければよいのだが。 -- 楮
「新しい魔導書……か」 二人の後姿を見ながら、そんな言葉をアリスは呟く。 いつかの時も、同じような姿を見送った事があった。そう思えば感慨深くもあり、なんと言えばいいのかわからなくなる。 「願わくば、次こそは幸せな結末であることを祈ろうか」 その言葉を吐き出した時に見せた笑顔。貼り付けられた笑顔と違い、しかしその顔は…… -- アリス
- 「それじゃあ作戦を説明するぞ、といってもそこまで難しいもんでもないけどな」
目的の建物を前に堂々と説明を始める。監視をしていただろう人物は、目につかないところで意識を失い倒れている。 もちろん、最初からそうだったわけではなくそうしたわけなのだが。 「まず、俺が正面からあいつらの下にいく。その間お前はこの建物を探り、陽向を見つけ出せ」 指差したのは長らく人が入っていないと思われる廃ビル。 アリスから渡された地図。それには廃ビルとそれに隣接された廃工場が示されていた。 どちらかに、陽向がいる。どちらにいるとは書かれていなかったのはそういう事なのだろう。急場に調べたにしては充分すぎる情報だ。 「おそらく、どちらにも人員は配置されている。だけど俺が隣のこっちで暴れる事で目を引く。少しはこっちに人も割かれるだろう、その間にお前の技術を駆使して助け出してくれ」 「単純な陽動作戦だけど、お前が本当に優れた忍だとしたら俺よりも潜入するのは得意だろ……? だから、頼むぞ」 -- 陽介
- 「お見事です、殿っ!」手際の良さに喝采を送る。
「それは…」主の作戦は、現状においては最善だろう。だが…。 「すこし、すこしだけ某に気をいただければ、陽向様がどこにいるのか見つけ出してみせます。」 陽介から奪い取った膨大な気は現状、人としての姿を形作ることに全てが費やされており、体術等は人並みには可能だが忍の本領である忍術を使うには足らない。少しだけ足らない。その状況においてはおそらく最良の作戦だろう。 しかし、廃ビルと工場それなりの大きさはあるが、広大と呼べるほどではない。諜報に用いているあれを使えば、おそらく中の様子を探ることはたやすいはず。 -- 楮
- 「魔力を分け与えるということか……」 確かに、こいつの力を見るというのであればそれは悪くないかもしれない。
魔力を分け与え全力を振るってもらうのはこいつを測るには丁度いい。だが…… 脳裏をよぎるのはいつかの記憶。自分が、魔導書を使役した結果に起きた事象。 あの頃から、少しは俺だって変わった筈だ。もうそんな不手際なんてしない。 「わかった。だから、必ず成功させてくれ。傷一つつけさせず、助けてやってくれ」 そういって、楮に向かって手を翳す。主従のリンクができているのなら、こうした形でも魔力は流れていくだろう。 「お前の真価、見せてもらうぞ……!」 -- 陽介
- 「ん…」かざされた手に額を当てる。
小さな波のような感覚。わずかに閉め忘れた蛇口のように、楮の中にゆっくりと、ゆっくりと魔力が流れこむ。 どれだけそうしていただろうか?まだ、全然足りない。足りないが……。「十分です、殿。」 これ以上の時間はかけられまい。殿の感情を感じる。 タンクの壁面を湿らせる程度の気をかき集め、片手で印を結ぶ。 ポゥ…… 楮の開いた手のひらに小さな武者人形―陽介が見ればロボットに見えるだろうか?―が現れる。 同時に鈍い光を放つ半透明の巻物が現れ、開かれる。巻物はモニターのようになっており、そこに目の前の景色が映る。 楮の指令を受け、小さな人形が跳ねる。人形の動きに合わせて巻モニター中の景色がうごく。「まずは、工場を見てきます。」とは言うが、おそらくこの気の量では片方の建物を偵察するのが限界だろうが……。 -- 楮
- 時間にして10分も経っていない。だが、時間をかけ過ぎればその分陽向は危なくなる。
だが、この魔導書を満たすだけの魔力が俺には足りていない。鍛錬不足。その言葉が頭をよぎる。 ようは魔術師として不十分なのだ。今の俺では、楮を使いこなすことができない。 そして、不十分にも程がある魔力供給に対して楮は充分と答える。なかなかに情けないな。 だが、充分だと言われればその言葉の意味を汲み取るしかないだろう。 「それなら……よかった」 今はそう答えるしかない。そして、目の前の楮が印を結ぶ。 淡い光とともに出現したそれは「デウスマキナ……か?」サイズが小さすぎるが、しかし楮が魔導書だとすればそう考えるのが妥当だろう。 これで偵察するのだと、楮は言う。だが、俺が供給した魔力では両方偵察を行うのは難しいだろうし、時間もかかるだろう。 「工場の方はいい。そっちは俺が受け持つ。さっきも言った通りだ」 「お前は廃ビルの方をこいつを使って探りつつ、陽向を救い出せ。頼んだぞ」 -- 陽介
- 普段からためておけばなんとかなるだろうが、いずれもっと効率よく気を分けて貰える方法が必要になるかもしれない。
「でう…?えっと、これは忍者がよく使う式と呼ばれる使い魔です。」と簡単に説明する。 「え?」片方だけでも探ってあたりかハズレか判断できれば、有利な状況に持ち込める気がしたが「わかりました。」ここはひとまず殿の作戦に従うことにする。 偵察用の式を、廃ビルへと飛ばす。 -- 楮
- 「むぅ、なかなかお前は規格外だな……」
そもそもが巻物だったわけだし、よく考えれば通常の魔導書とも違う部分が多々ある。それはそれで、悪くはないのかもしれないが。 「陽向は、おそらく廃ビルの方だ。これも探偵の勘というもんだ」 もちろん嘘だ。単純に、陽向に仕掛けていた魔術。それでわかっている。かけている眼鏡に映るのは周囲の状況と、赤い、人の塊をしたなにか。 壁越しからでもこの距離ならば、見通すことはできる。とはいえ距離の制限があるから、場所を教えてもらえなければ役に立たない魔術なのだが……そして問題はそこに行くまでのルート。 透視できるのは人物。それもその人物に備わったオーラが見えるというだけだ。建物の内部までは把握できない。 ゆえにそこからは潜入というものが必要だが、今の俺にそれができるか甚だ疑問だ。 けれど隣のこいつは違う。自称忍者。どこまで信じていいか迷うし、最愛の妹の命をこいつに預けるのはありえないが……。 最悪の場合、自分ひとりでどうとでもできるから、構わない。試すなら今だろう。 -- 陽介
- 楮の飛ばした偵察用の式神は、廃ビルの中の様子を映し出す。
最短で最速。一階から各部屋を覗き次々と階層を上げていく。 式神から送られる様子を固唾を飲み覗き込みながら、式神は遂に陽向を見つけ出す、しかし…… 「警備は……なかなか厳重だな」 場所は最上階。その隅に位置する部屋で、入口はもちろん固められているし室内にも2,3人銃火器で武装をした人間がいる。 忍び込む隙はあるのだろうが、容易ではないようにも窺える。少なくとも、陽介では無理だろう。 「楮……いけるか?」 -- 陽介
- 「なるほど、勘ですか。」主が、すでに人質の居場所を特定していることなど全く気づかず、その言葉に納得した素振りを見せる。
主の目算など見通せるはずもなく、のんきに自分は頼られているのだと嬉しそうな笑顔を浮かべる。 そして 「あ、いました!いましたよ、陽向さんっ!」巻き物に映しだされたモニターに、式神が見つめる陽向の姿が映る。 「ずいぶんいっぱい居ますね。」
主の問に、不安になるほど自信満々の様子で「はい、任せてください、殿」と答えた。 -- 楮
- 「……ああ、任せるぞほんとに」
一抹の不安、どころの話ではないが今回は一人でやるよりも二人でやった方が楽に済む。だからこそ、信じたいのだが…… まぁ、最悪の場合のことも考えてないわけではない。力を見るが、妹の安全もかかっている。 「お前も陽向も、無事に戻ってこい。それがお前に達する任務だ」 「稼げる時間は10分、それまでに陽向を救い出し安全な場所へと連れて行ってやってくれ」 「それじゃあ、行くぞ……!」 -- 陽介
- 主の合図で廃ビルへとかけ出す。
式を使いルートの安全を確認しながら進む。 動きは素早く機敏だが、今の戦闘力ではおそらく銃を持った相手に勝つことはできまい。なにせ、こちらは武器を持っていないのだ。 時に天井を伝うパイプに捕まり、時に外階段を使い、最上階を目指す。 そして… 足を止める。最上階は厳重に守られている。さて、どうしたものだろう。扉からは入れまい…。 -- 楮
- 最上階には武装した男たちが集まっている。もっとも、銃火器を持っている者は少ないようには見える。
しかし守りといっても階層を巡回するような真似はせず、部屋の前で気だるげに集まり喋っている。 とはいえ正面から行くのは無理だ。しかし、下の階層を通った際に気づいた部分があるだろう。それは階層自体や部屋の作りは似たようなものであり おそらくそれは、エアダクトの通気口も一緒であるだろう事が。もしかしたら、そこから部屋に向かう事も可能かもしれない。 --
- ―廃工場前―
おそらくは既に侵入が開始されているだろう。稼げる時間は10分、できることは限られているが……なんとかする手段は持ち合わせている。 まずは……と廃工場の入口周辺を固める連中ににこにこしながら近づいていく。 「ん、なんだおま」 言葉は最後まで喋らせない。笑顔のまま一撃で殴り倒す。地面に激しく叩きつけられるそいつを見ている連中も一人ずつ。 そして、鳴り響くのは人数分の銃声。倒れた奴らの足を撃ちぬき、無力化し 「最後まで喋れなかったお前にビッグチャンスだ。俺の到来を知らせる役目を授けよう」 笑顔を張りつけたまま、足を抑えている男を掴み持ち上げれば思い切りよく入口へと叩き付ける。 作りが頑丈ではなかったのか、老朽化が進んでいたのか、理由は定かではないが扉はいともたやすく破られ、壊れた扉と共に転がり入る男の跡から悠々と 中へと入る。 「待たせたなお前ら。探偵の湊だ。お呼び出しありがとうよ、さて、早速だが妹を返してもらおうか」 「穏便に済ませるつもりがあるならいいんだよ。きちんとしたおもてなしをしてくれたのなら尚よしだ」 「ただ、怪我の一つでもつけていたらお前ら……ただじゃ済まさないなんてそんな生易しいものではないと知っとけ」 足元で呻いている男を足蹴にして 「慎重に答えろよ。なにするかわからないのはこっちも同じなんだからな」 そう告げれば、廃工場の中からはぞろぞろと得物を持った男たちが囲む様に現れる。 チンピラのような風体をした人間ばかりの中から、上等なスーツを着た小太りの男が一人陽介の前に姿を現す。 「恐れずに現れるとは見事だな。この界隈のトラブルシューターを気取るのもわかる」 「だがな、はしゃぎ過ぎれば相応の報いを受ける。今回は特にそうだ、あの誘拐は俺たちにとってはビッグビジネスのチャンスだった。成功していれば、路頭に迷うこともなかった」 「やりすぎたんだよ探偵。まずは、お前も大事なものをなくせ」 そう言って指を鳴らせば後ろに控えた男の一人が持っていた携帯を取り出して告げる。 「女を殺せ」 最初から、取引の材料でもなかった。彼等は陽介に思い知らせたかったのだ。自身の無力を、そして全てを奪い取ろうと思っていた。 今回は確かに陽介も思慮が足りなかったし警戒も足りていなかったのかもしれない。だが、彼等もまた無警戒だった。 十数人を返り討ちにした男。それらを聞き、人質を取り銃火器で武装し人数も総勢30人の戦闘要員。 しかしそれだけでは足りない。圧倒的に足りない。 電話を持つ男の顔色が変わる。そして 「ボ、ボス……! 駄目です、繋がりません!」 「ならほかの奴のを」 「繋がるわけねーだろ」 割って入るのは陽介の声。一部始終のやり取りを聞き、聞いた上でその顔には以前笑顔が張りついている。 「そんなもん、最初っから封じるに決まってるっつーの」 -- 陽介
- 「そのとおり」
場所は変わり廃工場より遠く離れた建造物、その暗い暗い一室。機械の音で埋まるその部屋で先程の少女アリスが呟く。 陽介が持っている小型マイクで音を拾い、状況に合わせてその場一帯を強制ジャミングして通信機器を遮断。 「ふふ、妹関連だと無茶してくれるから嬉しいよ、おかげでまたタダ働きしてもらえそうだ」 部屋の一室でくすくすと笑う声が響くのだった。 --
- 慎重に式を飛ばし、建物を探る。妹様はまだ移動されていない。最初に探った場所に、最初に探った時と同じように監禁され、銃を持った見張りが油断なく監視している。
その入口も変わらず銃を持った見張りによって守られている。 こういった状況では下手に動けない。自分だけなら3人くらいなら相手にできるだろう。だが、今は話が別だ。 見張りを倒す場合、全てを同時に一瞬で倒さねば人質に危害を加えられてしまう。 戦うことよりも救出することを先に行わねばならない。 見張りが守る扉をどうやって抜けるか・・・。慎重に式を飛ばし、建物の構造を探る。 「あった!」程なくして、それは見つかった。小さな換気ダクト。それは、陽介が通れるような大きさではないゆえに、彼らの警戒からは逃れていた。楮にも少し狭いが、頑張ればいけないこともない。 -- 楮
- 式を使い見回りの目を逃れながら、身軽に天井のダクトに進入する。途中、何度も引っ掛かって脱げそうになるズボンを直しつつミシミシと音をたてる狭いダクトを腹ばいになって進む。
式を先行させ、現在地を探り。進む。 (そろそろだ・・・) しかし、全くこの狭さは嫌になる。途中で直すのも面倒になったが、さすがにそのままで降りることはできない。物ぐさからそのままですすみ、膝までずれたズボンを直そうと手を伸ばした瞬間 バキッ ぎりぎりのサイズだったダクトは身体を丸めようとした結果、接合部から折れ、楮は頭から部屋の中へと落ちる。 -- 楮
- 騒然とする工場内。しかしその様子を陽介は黙って見ている。しかし
『やぁ、陽介。緊急事態だ』 耳から聞こえてくるのはこの事態を作り出した本人からのもの。念のために魔力を介して音声をキャッチする小型のイヤホンを装備していたが、何かあった時以外は連絡するなと言ってあった。 なにかがあった。しかし声からは少し楽しげなものが聞こえてくる。ハッキリ言って相当不快だし、あんまりいい報告じゃあなさそうだ。 「一体なんだよ、陽向になにかあったか」 『妹ちゃんは無事だよ。ただねぇ……ふふ、どうやら君のニンジャちゃんがやらかしちゃったみたいだね』 『身柄は確保したようだけど、盛大に侵入がばれたみたい。どうするの?』 どうするもこうするも……何故このタイミングでそんな事を……というかあいつ、しのべてねぇ……! 「とりあえず、陽向の身柄さえなんとかなってるんなら脱出くらいはなんとかなるだろ。お前はナビをしてやってくれ」 『りょーかい、追加料金ってことで、いずれ払ってもらうから』 「そこはサービスってことにしといてくれよ、と」 独り言のように喋っていた陽介に視界の男たちの持つ得物。その銃口が向けられるのを見て手を上げる。 「何を話している……! どうやって連絡をとっている!!」 「さぁね、お前にゃ関係ねぇよ。それよりも、だ。取引してやるって言ってんのにてめぇら、反故にしやがったな」 にこりと笑う。人間怒りを通り越すともう可笑しくて可笑しくて仕方がなくなるものだな。少なくとも陽介はそう思ったようだ。 その様子を見て周囲の空気が変わる。目の前にいるのは常人のそれではないと、そう言いたげだ。 「ビビるな! 殺す順序が変わっただけだっ!! どちらにしろ、こいつも殺すんだ。それに変わりはねぇ!!」 手下のチンピラたちを鼓舞するように小太りの男が叫ぶ。そう、優位は変わっていない。どれだけ小賢しい事をしてもこれだけの人数と銃器があるのだ。 目の前の男など容易に殺せる。生殺与奪の権利は―― 「撃ち殺せ―――」 こちらにある、そう勘違いしていた。 マズルフラッシュと銃声が響く。しかし目の前の光景はそう、異常。異常だ。 その銃弾は陽介の身体に突き刺さり肉を飛ばし血を流させる。一斉に陽介を目がけて撃ち放ったそれらは全て空中で停止していた。 物理法則などを無視したそれらは、しかしこの世界ではよくある光景であり、だがそれと遭遇し相見える事はよくない。決してよくない事が起きる。 「魔法、使い……」 誰かが発した言葉は、しかし的を射ていた。正しくは魔導師だが……彼らには同じことだろう。 「どうやら、場もあったまったようだな」 この異様な光景の前に誰もが言葉を失う中で、陽介がそう言葉を発する。笑顔を崩すことなく、コートを翻して胸元のホルダーから二挺の拳銃を取り出して。 「それじゃあ、暴力による平和的解決を行使させてもらうぜ」 -- 陽介
- 「こ、楮ちゃん!? どうしてここに、っていうか大丈夫なの!?」
やけに天井の軋む音がするな、と思っていたら何かが降ってきた。と思ったらそれが顔見知りというのはどういう事だろう。 そして運がいいのか、楮は室内にいた見張りの頭上に落下したようで室内には一人しかいなかった見張りを見事ノックアウトしいていた。 とはいえ、かなりの物音だったのですぐに他の見張りが室内に入ってくるだろうが。 「ともかく、大丈夫なら早くここから逃げないと! 私は大丈夫だから、楮ちゃんは逃げて!」 助けに来たであろう者に対して、なんとも素っ頓狂な事を言う。だがこれが彼女の性格だ。 自分以外のものを優先する、度を超えたそれは病的とも言える。 ゆえに陽介はそれを心配し色んな対策を講じている為、今回の件のような事では彼女の身は実際確実に守ることができるのだが…… しかし、楮に与えられたのは彼女の救出だ。それは陽介からの試験みたいなもので、クリアしなければいけない。 合格の条件は、たった一つだ。だからこそ、なんとしても救わなければならない。彼女、湊陽向を。 -- 陽向
- 「いたた…は?一向に無事ですが?」
天井はそれなりの高さがあったがやはり身軽で、受け身をとっているから怪我らしい怪我はしていない。それでもぶつけたところはちょっと痛かったようで、思わずつぶやいたところを心配された事に少し傷ついたらしく、言葉尻は強い。 「それよりも見張りは…」 部屋を見回せば、侵入前にいたはずの見張りがいない。表情に緊張が走る。何処かに隠れてこちらを伺っているのか?だとすればこちらの潜入を仲間に連絡している可能性が高い。 一体どこに隠れているのだ。右か?左か?前か?後ろか?上か?それとも、下か? 足の下で、伸びている男に気づく。 ふむ…どうやら奇襲はうまく行ったようだ。 「今、助けます!」 急いで駆け寄り、確認。「よかった…」特に大きな怪我などは無いようでほっとひといき。だが、問題はここからだ。 まずは気絶している男を手早く縛った。 銃は危険な道具だ。 それを持っているものが何者であろうとも、巨漢の男であろうが老人であろうが子供であろうが等しく…とまではいかないが、人を殺すことを可能たらしめる威力をもたらす。 誰が手にしていても高いレベルの警戒をしなくてはいけない武器だ。手にしていれば小さな女児であろうと敵は警戒し、逆に言えば小さな女児であれば相手は油断し武器を使わず、相手たか子どもとタカをくくり全力で殺しにくることはない。 などという計算があったわけではなく、目覚めた相手が万が一抜けだして手にとったら危ないと思い、弾を抜いて適当な場所に捨てた。
脱出するか、それとも籠城するか。
かなり大きな音を立ててしまった。このフロアどころか下のフロアにも音は響いたろう。 このフロアに、この部屋に向かって来ているのは確実だ。 式をつかい、慎重に進めば敵の動きもわかるのだが、そんな余裕はなさそうだ。 ここは迷路のたぐいではなくビルである。フロアのレイアウトも利用しやすいようにできている。追いかけっこになれば数にまさる敵のほうが圧倒的に有利だ。 「手伝ってください、陽向様!」 机、椅子、棚、家具という家具を扉の前に積み上げる。かなりの重労働だ。 籠城は、この場合脱出よりもさらに誤った選択肢だ。 閉じこもっていても、扉はいつか破られる。閉じ込めている限りその準備もできる。こちらの行動が制限される。敵は自由に動き思案することができる。 だが… だが、楮には半ば確信めいた気持ちがあった。 それは、魔力でつながった小さな絆のようなものだったのかもしれない。 -- 楮
- 「さて、こいつでちょうど30、だな」
最後の一人となった男の首に、閃光のような蹴りが刺さる。悲鳴と共に壁に叩きつけられ力なく倒れるそいつは、一向に動き出す気配もなく呻いているだけだ。 廃工場の中は元々古びていたし、荒れている部分もあった。依然荒れているのだが、今やその光景すら整然としていたと思えるくらいに室内は破壊されていた。 壁のあちらこちらに穴があき、積まれていたであろう廃材が地面に散らばっている。 それらと一緒に30人近くの人間が地面に倒れ伏している。中には壁を破り外に転がっている者もいた。その中には銃弾を浴びて倒れている者もいるがどれも致命傷ではないものの、動くには支障のでるダメージを負っている。 誰一人、この場の人間の命を奪うことなく収めた。というには些か場の状況は凄惨なものだったが。 残っているのは陽介と小太りの男。出てきたときはなんとも腹立たしい笑みを浮かべていたこの男も、恐怖に顔を引き攣らせて陽介を見ている。 「で、どうする? 妹を返して、俺の前に二度と現れないなら……なしにしてやるよ、今回の事は」 加えて、顎で倒れている奴らを指し、それともお前もああなるか?と言外に相手にそう示す。選択の余地を与えているだけ優しいくらいだ。 「………ゆ、許してくれ。もう……お前には二度と……近づかない……!」 時間にして一分程経ってから、顔をゆがめ苦々しく男はそう告げた。 歯を噛み締める音がこちらにも聞こえてきそうなくらい悔しそうな顔をこちらに向けながら。 「……ああ、そうしてくれ」 ようやく終わったか、と安堵すると同時に、今度は隣のビルに視線を移す。 人質は確保できたが、この分だと一人人質を追加しただけになってしまうかもしれない。 とりあえず状況が酷いものにならないことを祈らないと、そう考えながら男から背を向けた時だった。 背後から空気を震わす発砲音が鳴り響く。ゆっくりを首を回して後ろを見れば引き攣った笑いを浮かべた小太りの男と、その手には拳銃が握られていた。 「……はぁ、お前もつくづく小悪党だな」 コートを翻し男の方を向く。その際に銃弾が音を立てて床に落ちる。残念ながらその程度の銃で俺のコートは貫けない。 「でも痛いことに変わりないんだがな」 一閃。男の顎先をかすめるように掌底を打つ。大きく首が揺れ、崩れそうになるところを支えれば工場にあった鎖で縛りあげてその鎖に魔術刻印を刻む。 そうしてそのまま男を高く高く天井めがけて投げてやる。男自体は天井にぶつからなかったが、鎖の先が天井を掠め、まるでぴたりと溶接されたように鎖と天井が繋がる。 ひとまずこれで誰かが起き上がったとしても救えないだろう。少しの時間は稼げるはずだ。 「あとは、助けるだな」 陽向と、あの使えるんだか使えないんだかよくわからない忍者と名乗る少女を。 -- 陽介
- ビルの中へと入るのは容易だった。なにしろ、見張りがいない。
どうやら楮と陽向を捕まえる為ビル内を捜索なりなにかしているのだろう。 で、あればこの状況は二人がまだ相手の手に渡っていないということだ。それを知れたのも大いにありがたい。 眼鏡に映る陽向の姿。といっても身体から滲むオーラしか見えないのだが、見間違えることはない。 そしてもう一つ、近くに大きさは小さいが明らかに人とは違うオーラを纏ったなにかが傍にいるのがわかる 「どうやらはぐれていないようだな……」 もしも逃げる際に再びはぐれていたら面倒だと思ったが、そこは流石になかったようだ。 籠城してるのだろうか、だとしてもこのビルには現在十数名の人間がいる。となればその籠城もすぐに壊されるだろう。 赤い影はどんどん2人と同じ階に集まっている。銃器もあるだろうし、たやすく破られてしまう可能性もある。 ならばやることは一つだ。あの壁が破られる前に全員片付ける。 いつも通りだ。やることは変わらない。 階段を駆け上がり、目的の場所へと走る。途中、まだ最上階に向かっている最中の人間を一撃で片付けながら、上る。 障害と呼べるものもなく、足は最上階へと辿り着くが扉を開ければ目の前には銃器を構えた男たちの姿。もちろん、こちらに向けているわけではない。 陽向たちを探しているところだったのだろうが、みな扉を開けた俺の方を注視していた。 人数は六人程度か、全員ではないようだ。 一瞬の隙。それを突いてまず前方一番近くにいた男の喉を突く。その隣にいた男が掴みかかろうとするが身体を斜めにずらし、相手に半身を向けそれを躱しその勢いのまま相手の頭を壁に叩き付けた。 事態に頭が追いついていない、という顔をしている男達だったがようやく把握する。目の前の男は、資料として渡された自分たちの敵だという事を。 一気呵成に来ようとするところを喉を突かれ、崩れる男を掴んで前方へと投げ飛ばして怯ませる。 その投げた方とは反対にいたその隙を突こうとして果敢に接近してきた男の膝を前蹴りで砕く。悲鳴を上げて倒れる男の後ろで拳銃をこちらに向ける奴がいるのが見えた。 もはやそれは意識して行った動作ではなく、身体が反射として動いた。懐から拳銃を取り出し、撃つ。その動作が単純に相手が引き金を引くという動作よりも早く、その銃弾は相手の手の甲を貫き銃を落とす。 そしてそのまま奥の方で声を上げようとしている男の太腿を撃ち、最後に前方でようやく投げつけられた男を押しのけこちらを向いた哀れな男に膝蹴りを見舞う。 陽介を見つけた男達は全員倒したが、しかし銃を使ってしまった。銃声を聞けば敵も警戒度が増す。特に今回みたいな場合は面倒だ。 適当な所に身を隠して眼鏡に魔力を通し、フロアの様子を探る。二人がいるであろう部屋。その扉の前には数人が扉であろう所に群がり集まっている。 あとは他にも何人かが警戒しながら動いているが、一人ずつ動いている。 「……ま、こんなもんだろう」 兵士というわけでもない。あくまでもごろつきの集まりで、指示をくれる人間もいない。だが、もし警戒しているならもう少し固まって歩いているといいのに。 銃器を持っていることが自分達を安心させているのかもしれない。だが、それが通じない相手だとしたら? なんにせよ、好都合には違いない。一人ずつ潰していく。それだけだ。 -- 陽介
- フロアで銃声がどれくらいが経過したか。時間にしては僅かだろうが、しかし籠城している二人からすれば体感としては長く感じているかもしれない。
ドアが軋み、強く叩かれているが、それもまた限界が近いようだ。その様子からもこれ以上はもたない事が伺える。 そして遂にはそのドアが破られ、一人の男が息を吐きながら二人を見る。 「手こずらせやがって……ガキ共が……!」 怒りが滲むその面持ちは、対象となる二人に向けてその手に握る銃器を向けようとする。しかし―― 「待たせたなお前ら」 銃口を向けることは叶わず、その顔からは意識ごと怒りは刈り取られ白目を剥いてその場に倒れる。 その背後から現れたのは、しかめっ面ながらも二人の無事な姿を見ればふぅ、と安堵の溜息を漏らす陽介の姿がそこにあった。 「さ、帰るぞ。警察も呼んであるし、ここにいると面倒だ」 -- 陽介
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