過去の神父の手記は今はサザンカの手元にある

  • ―――(パイプオルガンを演奏しながら、ふと昔の――あの事件を思い出す)
    • (あの時――俺はアルテアを掬う為に。教団を亡ぼした)
      (だが、教団から発掘した…また、教会内に眠っていた資料を紐解けば、あの教団も元は善なる側の存在であったことが知れた)
      • (当然、昔は昔だ。1000年も前の、昔。今は……あの時、この手で教団を亡ぼしてよかったのだと確信している)
        (だが、それでも。俺の手で滅ぼしたあの教団にも歴史があり、それに殉じた人たちがいたのであれば―――)
      • (―――――俺が奏でる曲は、鎮魂曲であるべきだ。)
    •               Goldenore
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      • Love, I've got to feel it
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      • If you put your trust in me
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      • I know what my life would be
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      • Oh, you are all I ever need
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      • I try to hear what you say
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      • So I pray But you're fading away
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      • Don't go and break my fragile heart
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      • We won't fall apart
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      • 'Cause you're my only star
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      • .         ever                forever
      • .                     future
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      • I wonder why my tears come at night
      • Calling you, so like a little child
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      • All the things you have in mind
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      • I wish I could see your insides
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      • I feel alone and empty
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      • You're far, that's why I can't bear to be
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      • Move on, but it's not that easy
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      • Oh, don't you know I still believe.........
  • (手記は。サザンカの部屋に、大切に置かれている―――この手記が開かれることは、今後は無いだろう。きっと。)
  • (黄昏歴999年 11月)

    アルテアは、教会地下…教団本部から教会へ一方的に通信が来る、通信装置の存在を知っていた。
    それにより、新しく暗殺依頼が舞い込むのが本日の予定である。

    サザンカは、逆探知をその装置に仕掛けたうえで。
    さらに、転移機能を外付けで組み込んでいた。
    その転移機能を持った装置、10人がギリギリ乗り込めるサイズの大型機械の上で、みんなはその時を待つ。


    「…坊や、相変わらずよくこんな機械を作れるわね。本当に魔法は使っていないのかしら、この装置…?」

    「使ってないよ。…特に、この転移装置…ワープ機能を有した機械は、作りやすかった…なんでだろうね」


    サザンカはカレリアの問いに応えながら、己が細胞の半分、機械知識の才能を持っていた黄金歴の冒険者の存在へ考えを走らせる。
    教団の、神父の手記にも詳しくは書いていなかった、そちらの細胞。
    ジャック、という呼ばれ方をしていた者の細胞と言う事だったが、こちらの方が明らかに異端だとサザンカは思っていた。

    もう片割れ…キャスカ・ベルマークの、肉体の、格闘に特化した細胞ならばわかる。
    遺伝子的にも筋肉量や反射神経の部分は生まれつきによるところが大きい。
    そのキャスカと言う人が最強の狩猟民族、その最後の生き残り――というのであれば。その子孫もまた肉体格闘に秀でてしかるべきだろう。

    だが。知識は細胞に、基本的には反映されない。
    親がどんなに博識で頭がよかろうと、子どもが生まれながらに知識を引き継ぐはずもなく。
    せいぜい引き継げるものは、IQ…頭の回転程度であり。それすらも肉体の優良な遺伝子と比べれば比率は酷く低い。
    それなのに。自分に使われている細胞の一つは、俺にこうして稀有な機械知識をもたらしている。
    ……きっと、常識では考えられないほどに知識に飢えていたのだろう。
    もしくは、狂っているほどに。常人では、間違いなくなかったのだろう、と。サザンカは考えた。

    ――もっとも、自分に適応された細胞のかけあわせ、クローンの生成方法は単純な卵子、精子というそれではない。
    それでは、劣勢形質の遺伝がひどく弱くなってしまうがゆえに。
    それぞれの細胞の、優れた部分をすべて遺伝させて……組み込ませて作られたというのだから。
    俺の存在は、人間のひどく罪深い部分の結晶だな、と。サザンカは思った。



    「普段であれば、もうすぐ定期連絡が来る頃です――その連絡が来たら、同時に転移いたします。皆さま、お気をつけて」


    アルテアが幼い声で、今回の教団壊滅任務に参加する冒険者たちに言葉をかけた。
    カレリア、カサネ、キョーレン、レクトール、メイ、アニー、グレイ、シヴァン。
    8人の冒険者たちは、その言葉に頷いて固唾をのんだ。

    …なにせ、転移装置を体験することなど初めてなのだから。
    それも、魔術的なものではなく物理的な、機械工学のものでワープをするなど。


    「…なぁサザンカ君。これ、ホントに敵の本部に一気に行けるんだよな?途中でぐえーってなったりしない?」

    「……ワープを使い、その転移中に塵となって消えた、という小説があったな…」

    「グレイさん怖い事言わないで!?はぁ…この冒険が終わったらちゃんと仕組み説明してね、サザンカ君?」


    カサネの言葉にグレイが反応し、アニーが研究者気質を見せる。
    だが、3人とも…装置自体の仕組みはともかく、装置を作ったサザンカへの信頼は持っている。
    この少年ならば、こういうあたりはきっちりやるだろう、と思うし。
    もし転移が発動しなくても、歩いてぶち壊しに行けばいいだけの話だ。と考えていた。


    「心配性だなみんな…!大丈夫、絶対成功する。…それより、転移直後の攻撃には気を付けて」


    サザンカは、転移した瞬間の教団からの攻撃を危惧していた。
    監視カメラなどですぐに存在は知られるところだろうし、ガンカメラなどもあるかもしれない。
    アルテアは、教団の暗殺者の中では自分が一番優秀だった、と言っていたので。これほどの強さの暗殺者が他にいるとは思わないが。
    それでも、教団本部に今も手練れの暗殺者の集団がいないとも限らない。万全の注意を払うべきであった。


    「大丈夫↑だよー↑、サザ↑ンカ君た↓ちの足手まといになる↑ほど、腕↑に覚えがないわけじゃな↑いし」

    「―――――――やばい時は―――守りは――――――――任せて――――――――――ください――――」


    メイがサザンカの肩を叩いて、にこっと笑顔を見せる。
    シヴァンもまた、自分の防御への自信を口にし、うとうと眠そうな顔ではあるがサザンカを鼓舞する。


    「…わかった、有難うみんな。必ず、教団本部を叩きつぶそう」

    「具体的には、本部の重要そうな機械を全部ぶっ壊したうえで、首謀者みたいなのがいたら捉える、と。…そんな感じかねぃ?」

    「施設の破壊には爆弾や大規模な魔術などが必要そうだな…斬鉄自体は可能だが。最後の一撃はカレリアに任せることにしよう」


    サザンカが紡ぐ希望を、レクトールとキョーレンが具体的に行動方針を示した。
    ただし、既に全員の共通認識として…一つだけ。サザンカとアルテアから聞いた、今回の依頼の縛りがあった。


    人はなるべく殺さないこと


    暗殺と言う任を受け、暗殺に手を汚したアルテアの…それは、願いだった。
    教団は憎い。
    でも、それで教団を潰す際に。もし、アルテアと同じ境遇のものがいたとしたら?
    それを無下に扱うことは、サザンカとアルテアにはできなかった。

    勿論心底の屑のようなものがいれば話は別だが。
    今回の依頼については、教団本部の設備を叩きのめし解散に追い込むのが主の部分になり――殺しに行くわけではない。
    そう、決めていたのだった。



    「……もう、まもなく」

    「……行くぜ、みんな」



    アルテアが呟き、サザンカが身構える。
    5秒後。教団本部から、通信が届き―――――座標が、高速でサザンカの目の前にある、転移装置のディスプレイに表示され。
    次の瞬間、虹色の光の粒子が全員が乗っている転移装置からあふれ出し。
    10人の姿は、シュン!と音を立てて掻き消えた。



    ※             ※            ※



    教団内部は、機械に包まれていた。
    余りにも無機物的な、工学的な直線に包まれた空間。
    そこに、サザンカたち冒険者らは出現した。


    「………いかにも、ってところねぇ 私の爆裂魔法で壊せるといいのだけれど…」

    「うわあ↑、なにこれー…?こんな↓の、地元じゃ見た↑ことないよ↑ー」

    「……人の気配はないようだが。どうすればいい、サザンカ」


    みんなが周囲を緊張しながら見渡す中、キョーレンに問われてサザンカは顔を上げる。
    サザンカの目前。液晶のディスプレイのようなものが見え…それを、サザンカは視た。
    視ることで、あらゆる機械の内部構造を理解することができる……サザンカの細胞が形為す特殊能力。
    それにより、サザンカはこの教団の構造を少しずつ理解していた。


    「…ここは、通信制御室らしい。ここで各地方の暗殺者に指示を出してる…尤も、ここ十数年は冒険者の街、シスターへ送ってる履歴しかないけれど…」


    光の幕のようなディスプレイの上で素早く指を動かして、過去の履歴まですべて開示させたうえで教団内のデータベースにハッキングを試みるサザンカ。
    他の同行している冒険者…アルテアを含めて。既に何をしているのかがよくわからない状態であり。手持無沙汰に見守るのみである。
    ……そんな風にして、2分ほど経過したとき。


    「……しまった!!わりぃ、バレた!」


    部屋中にけたたましい警戒音が鳴り、レッドランプが周囲を赤く染め上げた。


    「オイオイオイ!!どーするサザンカ君!この後俺らはどう動きゃいいよ!?」

    「結局のところ、手当たり次第にぶっ壊して行きゃいいんじゃね〜のかぃ、サザンカ少年?」

    「…この状況。待っていて好転するとは思わないがな、俺は」


    指示を待たれている状況に、サザンカは…正直に言えば、もっと情報を引き出したいところだったが。
    しかし、よく考えてみれば。この教団の情報など、必要最低限のそれでいい。
    俺たちは、すべてを壊すために来たのだから。


    バキン!と音がして。
    サザンカの拳が、目の前のディスプレイに叩き込まれ……にぃ、と獰猛な笑顔を皆に見せた。
    作戦開始だ。



    「…作戦を伝える。みんなで全力で、あらゆるモンをぶっ壊しながら進んで全部ブッ壊す!!以上!!




    「サザンカらしいわ…ふふ、。さぁ…お仕置きの時間よ!」

    「そういうシンプルな作戦嫌いじゃないぜ!よーし俺もりもり頑張っちゃうぞー?重ね当てのフルコースやー!」

    「少女に涙を流させた……その報いは、これから起こす破壊の嵐で償ってもらうとしよう」

    「やっとサザンカらしくなったな?俺っちもカチコミは得意だぜぃ?若々しく暴れてやるよ」

    「悪↑い奴は↓、ぶっ飛ばさないとね↓!」

    「ここの技術力には、少し興味はあったけど…私もやりたい放題やるよ!皆を陥れようとしたツケは払ってもらわないと!」

    「人殺しはしない…だから、人殺しを強要していた存在も、許せないね。やろうか」

    「私は―――――敵が来たら―――――――防衛に―――――回ります―――任せて――――」


    サザンカの鬨の声に、全力で応える8人の冒険者たち。
    そして、アルテアも。


    「咎人の存在を、これ以上作ることはありません―――完膚なきまでに。叩きつぶします」


    その手にナイフを持ち、殺戮ではなく、暗殺でもなく。ただ、開放を求めて。
    アルテアのその瞳に、涙はなく。決意を込めた瞳で、進む先を見据えた。


    「一応本拠点っぽいところはデータ取ったから…そこに行くまでに防衛機構が働くだろうけど、気にせず突撃!行くぞー!!」


    サザンカの一声と共に、冒険者たちは走り出した。




    ………その後、10人による快進撃が続く。
    酷く生活色のない教団本部の廊下を、斬撃と衝撃と爆撃と打撃と銃撃が満たしていた。
    破壊の嵐。彼らが通り過ぎた道は、もはや道として機能しないほどに破壊しつくされ。

    部屋を見つけては暴虐の限りを。
    マシンガンとキャノンを持った警備用小型人型兵器も、見つけ次第破壊して無力化した。
    相手の防衛機構、その攻撃の数が多すぎるときは、


    「攻勢──────絶対──────防御──────第4────フォートレス───」


    24枚の分厚い装甲を用いて完璧な防御を果たすシヴァンの技により、負傷もなく。
    サザンカたちは、1階から地下3階の本部中枢に向けて、歩を進めた。



    「……ここか!!」


    バン、と自動ドアを蹴り割って、中に突入するサザンカ、そして後を追い他のみんなも入ってきた。
    酷く広い空間が、地下に広がっており。その中には、複数の棚があり、無数の小さな試験管が並んでいた。
    ―――中には緑色の液体が満ちており。
    その中には、まるで人間の赤子の胚のような……おぞましさを感じさせる、生物が浮かんでいた。


    「……なんだこりゃ、なんか悪の組織ってカンジー」

    「気味が悪いわね……全部、壊してしまいましょう」


    それぞれが得物を携え、この部屋も―――全て壊してしまおうとした、その時。
    大きな…10mほどの影が、冒険者たちへと襲い掛かってきた。


    「っ――――防御壁―――展開―――――!――――――え……………………?」


    シヴァンが咄嗟に装甲24枚をそちらに展開し。
    その装甲ごと、力づくで――押し返されたことに驚愕した。


    「みんな、避けろっ!!」


    大きな影、それが振るう腕、爪が全員を引き裂かんとする。
    それを、それぞれが大きく跳躍して回避。


    「クッ…速い!」

    「大型の獣!?……いえっ、これは……」

    「……キメラ、ってやつかねぇ?にしちゃあ……ちょっといいとこどりしすぎだぜぃ?」


    そこにいた化け物は、ヴァンパイアの牙を。巨人族の筋肉を。グリフォンの羽を。マンティコアの尻尾を。
    クラーケンの触手を。アークデーモンの角を。そして、ドラゴンの爪を。
    全て持ち合わせた、合成獣であった。

    しかし、冒険者の皆が一番注目したのは―――その、体毛の色。
    人の顔を模したヴァンパイアの、手入れなどされていないだろう雑多に伸びた髪、その色が。
    ――――濃紺。


    「……同じ色だな。サザンカ君の髪と――」

    「―――――――――――」


    サザンカは、その体毛の色を見て。
    その存在の意味を理解した。

    ――――これは、俺の細胞と同じ組み合わせに、さらにあらゆる怪物の細胞を掛け合わせてできた存在。


    キメラが、甲高く嘶いた。
    まるで金切声の様に、超高音程の、不快感を刺激する――甲高い叫び声を上げる。
    冒険者たちは思わず自分の耳をふさいでしまうが―――塞がないものが、一人。


    「――Amen!」


    アルテアが…聾唖の、修道女が。
    瞬間、神速の高速軌道から、360度全方位からのナイフの投擲を、キメラに繰り出す。


    GYAAAAAAA!!とナイフが全身に突き立つ痛みに、キメラの叫びが鼓膜を刺激する甲高い音から変化する。
    そこで、全ての冒険者が三半規管の痛みから解放され。


    「………殺して、くれ


    サザンカの一言と共に。全員の必殺技をその身に受けたキメラは、その強靭な肉体を四散させ――息絶えた。


    ※      ※      ※



    「……それで、この先なのね?この基地の中枢は」

    「ああ。そのはずだ…そう、データには書かれていた」


    キメラを爆散させ、試験管もひとつ残らず叩き割ったのちに。
    その部屋の奥にある、厳重に機械施錠がしてある扉の前に、10人は集まった。


    扉を殴り壊す前に、その扉の施錠部分にある暗証番号を入力する機械。
    それにサザンカが手を伸ばし―――ハッキングにより入手した暗唱番号を入力する。


    11--4686510-4981518-5151413


    入力し終え、プシュー、と音がして重厚な響きと共に扉が開き。
    その奥。
    組織の中枢の演算機能がすべて詰まった機械と―――
    ―――――1つの大型液晶ディスプレイが、存在した。

    その、液晶の画面の中。
    金髪の、少年にも少女にも見える中性的な顔立ちの人間が、写しだされていた。


    <…とうとう来ましたね。被験番号-1595426514。……いいえ、今はサザンカでしたか>


    その顔がしゃべる様に口を開き、そして部屋全体に音が響いた。



    「………………お前か。全ての元凶は」

    <どうでしょうね?わたくしは、ただ機械に意識を組み込まれただけの存在ですから>


    サザンカがにらみを利かせ、それを飄々と…笑顔のような、哀愁のような表情をたたえてディスプレイの少年が返す。




    「――なんで、こんな教団を作った」

    <かつては。黄金歴の時代には、この教団は必要でした――異能の、保護のために>



    「…どういう意味だ?」

    <貴方が想像している通りの意味です。この教団は、1000年前はまともだった。異能に苦しむ人たちの保護のため、尽力していた>



    「………どこでねじ曲がった?」

    <貴方の研究を始めた時からです。貴方を作り出すことは大変に難しく――その研究に没頭しているうちに>
    <異能の保護という最初の目的が失せてしまった。1000年も研究を続けていましたからね>
    <次第に、異能を持つ者――強い者を亡ぼし、自分達の立場を、強さを守る様にと変わっていった>
    <人の持つ悪の部分です。人は、人を蹴落として相手よりも上位に立ちたくなる。誰もが>




    「――――なんで、止めなかった!」

    <止める気も特にありませんでしたからね>
    <人が獣を殺して食らうのと、人が人を殺して優位に立つ>
    <そこに、違いを見出すことができなかったので>




    「……詭弁だっ!!俺は、俺は………なんなんだ!?俺の存在は!!」

    <それは、貴方がこれから見出していくものです>
    <人はその意志の力こそが人である理由です>
    <貴方の意志がどういった未来を創るのか。それは貴方自身の問題です>




    「―――――俺は――――――」

    <わたくしを、ここのすべてを壊しなさい>
    <貴方には全てを終わらせる権利があります>





    「―――――俺は………!!!」

    <さようなら。貴方に。あなた方に、神のご加護がありますように>




    「……っうわあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!


    サザンカは―――やりきれない己の意志を。すべて、自分の法力に乗せる。
    全てを終わらせるために。


    サザンカの体が、発光しだす。
    普段の法力の、白い光のそれではない。
    全力の法力の、金の光のそれではない。

    ――――虹色。全身から、虹色の光が輝いていた。



    「…っ!まずっ…坊やっ!」

    「っみんな伏せろォォォ!!やべーぞサザンカ君!!」

    「サザンカ君っ!?無茶はしないで!?」

    「サザンカ↑君、怖い↓…!」

    「気功の練りが異常だ…!サザンカ、我を見失うなよ!?」

    「これが…サザンカの真の力、ってやつなのかねぃ。…ヤバいな」

    「恐ろしい殺気…いや、怒りと哀しみか…!」

    「――――防御――――展開―――――第4……第6―――同時展開――――!」



    「―――サザンカ」


    サザンカからあふれ出す怒りと、その破壊衝動に。冒険者全員が身の危険を感じて下がり、伏せて。
    それを覆うように、シヴァンが防御壁にて、サザンカ以外を包み込む寸前。
    アルテアが、紫の瞳でサザンカを見た。



    「―――帰ったら。今度は、私が貴方を救います。…一緒に、ずっといるから」




    サザンカは、それに頷いて。

    法力…いや、自分の全てのエネルギーを振り絞ったかのような、その力を。自分の両腕に集中させて。

    両手を、まるで神に乞うかのように。目の前の機械へ、上向きに開いて構えて。

    放つは、その力そのもの、全て。




    ―――――浄化を―――!!




    膨大な光の奔流が、破壊を伴いサザンカの両手から放たれる。
    その光の帯は、教団の中枢となっている機械を砕き、ディスプレイを蒸発させ。
    さらに地下3階から2階、1階、地上へと。
    まるで天に光の柱が立つかのように。大穴を――空まで、ブチ開けた。


    その衝撃が部屋の中まで及び、周辺の壁すら瓦礫に変えて。
    しかし防御壁にて衝撃をこらえた冒険者たちが、その下から出てくる。


    「…………すさまじい、威力ね…」


    ぽつりとつぶやいたカレリアが、天井を…今は無き天井を、見上げると。
    そこには、曇り空だった雲すらぶち抜いて。青空が広がり、日の光が差し込んでいるほどだった。




    「サザンカ、……っ大丈夫!?」


    アルテアが、天に手を掲げたままのサザンカに駆け寄り…ふらり、と崩れ落ちそうな体を抱き留める。
    その様子に他の冒険者たちもあわてて駆け寄る―――が。
    サザンカの、その顔は。
    やり遂げた男の顔であった。


    「………大丈夫だよ、シスター。…これで全部終わったんだ、これで」

    「…サザンカ…」

    「……俺は、俺の生まれなんて気にしない。あの街で、あたたかい人達の中で。ずっと過ごしていくんだ」

    「…サザンカ…!」

    「……だからさ。帰ろう。俺たちの街に!」



    強く、強くサザンカを抱きしめるアルテア。
    温かい太陽の光が、地下の闇の中。2人を、ゆっくりと照らし出していた。
  • (黄昏歴999年 10月末)

    ……そろそろ教団から何か動きあった?

    いいえ、特には。…でも、流石にそろそろ感づかれるでしょうね。依頼を仲介していた者は2週間に一度程度、この街に来ますから

    だよなー……そんじゃ、潰しに行くか。酒場に依頼、出しておくよ。
  • (黄昏歴999年 10月末)

    クライベイビー事件の噂が、ぴたりと止んだ
  • (黄昏歴999年 10月中旬)

    (毎晩だ。)
    (毎晩のように、クライベイビー事件が起きていた)
    (赤子の泣き声。悲痛な叫び声。襲撃される冒険者たち)

    (だが。襲撃された冒険者たちが死亡した、という話は一切上がらず)
    (そして、襲撃されたという冒険者も、なぜか一様に口を紡ぐのだった)

    (私は/私は/僕は/しらたまは/我は/俺は/私は/私は/私は/俺は/私は/俺は/僕は/私は/拙者は/拙者は/私は)

    (襲われてなど、いないと。襲撃者の顔など、見てもいないと)
  • (黄昏歴999年 10月)


    (行こう)

    (ここ数日………想い、悩みもしたが。結局のところ、出た答えは一つだ)
    (私は、汚れている)

    (汚れた手を持つものが、サザンカの隣にいることはできない)
    (ならば、せめて私はサザンカを守ろう)
    (その結果、彼の傍にいる人たちをすべて皆殺すとしても。)

    (そう。サザンカにとっては大切な人でも、私にとっては他人でしかない)
    (私の家族はサザンカだけ。私に必要なのはサザンカだけ)
    (だから、他の人を殺すのに、何のためらいも持たない)

    (――――――――はずだ)

    (サザンカ。何も言わず、ここを離れる私を赦してね)
    (そして、私を一生赦さないでほしい)
    (貴方の中に残るのならば、私は赦されないままでいい――――)


    ―――――――愛していたわ、サザンカ。

    本当の、家族のように―――――――――



    (10月に、暦が変わったその日。)
    (アルテアは、教会から姿を消した。)
  • (黄昏歴999年 9月)


    (楽しい)
    (最近は、日々を楽しいと思えるようになった)

    (ここ数か月、暗殺の任務もこない)
    (もちろん、自分の手が汚れていることは理解している―――それでも、ここ数か月の日々の楽しさは。自分にとってとても充実したものだった)

    (ミスコンに参加した)
    (審査員や参加者の皆様から、様々な評価を得た…楽しかった)

    (美味しいカレーの作り方を覚えた)
    (アニーが教えてくれたレシピの通りではあるが。それでも、全ての人たちに好評だった)
    (ファウストやキョーレンと共に炊き出しを行った。……楽しかった)

    (サザンカが、最近いつも以上に明るくなった)
    (試合が多かったからだろうか?それとも、あの子と一歩進展でもしたのだろうか?)
    (とにかく、いつも以上に笑顔を見せることが多い…………とても、とても嬉しかった)


    (――――――だが)
    (それらはすべて、過去形で表現される)


    ――――――――――――――――っ…………!!(自分に舞い込んだ、暗殺任務)
    (普段ならば、羊皮紙一枚で綴られるはずのそれ)
    (それが…………今回は、数十枚。いや、100枚を超えていた)

    (殺害任務)

    (標的)
    (この町に住む、全ての冒険者、及び特異能力を有するすべての住人)

    (罪状)
    (―――その街自体の、危険性を加味した結果)

    (判決)
    (―――死刑。すべからく死刑)


    (信じられない)
    (信じられない)
    (信じる者は救われる?救われるはずがない。掬えない。)

    (今ならば――)
    (今ならば、そう。ビリーの気持ちが、よく理解る)

    (あの人は、きっといつもこんな気持ちだったのだろう)

    (殺したくない)
    (失いたくない)
    (幸せに、なりたい)

    (それらすべての祈りを。目の前の、無慈悲な監察官が否定する)
    (何も語らぬその瞳。でも、私の目には何を言いたいかがわかる)
    (否応なしに、わかってしまう)

    『お前が任務を果たさないのならば。あの個体を殺すだけだ』

    (やめてください)
    (私には、サザンカしかいないのだから)
    (私が生きる意味は、もはやサザンカだけなのだから)
    (私という存在を、否定しようとしないでください)

    (やります)
    (殺ります)
    (泣ります)
    (死ります―――――――)


    (任務の文章の最後にある、一言)
    『ただし、当教団により生み出した例の個体を除く』
    (その一文が、神の慈悲の様に私には感じられた――――――――)
  • (黄昏歴994年 6月)

    (サザンカはすくすくと成長している。半年で8cmは身長が伸びたか。年齢で言えば1歳半だが、だいたい11歳程度の外見だ。)
    (近所のエイルちゃんといい感じに馬が合い、よく遊びに行っているようだ。後でエイルちゃんとこにお礼に行かねばなるまい。ああして明るく成長したのは彼女のおかげが大きい)
    (また、アルテアのほうも自分より年下と共に生活することで少しは変化が出てきたか。)
    (今まで自分以外の世話を焼く、なんて経験がなかったんだろう。いつもサザンカに振り回されては困ったような笑みを俺に向けてくる)
    (常に笑顔でいろ、と言ってやったそれを守ってるのか、アルテアの顔からは笑顔が消えることがない)
    (作られた仮面なんだろう。だが、いつかそのガラスの仮面は本物の微笑みに代わることを期待する。)

    (追記。サザンカの格闘術の才能はすさまじい)
    (間違いなく波乱万丈の人生を送ることになるだろうこいつに、せめてもの護身術って事で法力の概念だけ教えてやったが、呑み込みが異様に早い)
    (意図してこちらから教える内容を制限しないと、どこまでも強くなっちまいそうだ。これが才能ってやつなのか)
    (こいつは強くなる。間違いなく、俺よりも、アルテアよりも。戦いの勘や向上心も大したもんだ)
    (心から祈ることとしちゃ、こいつのこの強さが誰かを傷つける為ではなく誰かを守るために使われて欲しいという一点のみだ)
    (神に祈るのは苦手なんで、祈りはしない。ただ、あいつの周囲の人が優しい人達であることを願うのみだ)

    (あと数年の内に、俺は死ぬだろうからな)
    (死んだあとはリカルドでもレクトールでもいい。上等なワインを墓に注いでくれりゃそれで俺は満足さ。)
  • (黄昏歴999年 5月)

    ――――――Amen

    (殺した。今日の暗殺対象は冒険者ではなかった。ただの街人であった。)
    (彼女とは何度か顔を合わせた相手だ。間違っても、暗殺というそれで殺されるような人間ではなかった)
    (人柄もよく、友人も多い、この街のどこにでもいそうな女性だった)
    (一点だけ。凄まじい力を持った魔術師の末裔であり、膨大な魔力を秘めている、という点を除けば。)

    ――――――ぁぁ―――

    (彼女は膨大な魔力を秘めていた。それに気づいている冒険者も何名かいた)
    (しかし、彼女は魔術を覚えてはいなかったし、覚えようともしなかった。実家の家業を継いで慎ましく暮らすつもりだった)
    (だから冒険者になどなるはずもなく、危険に身を置くこともなかった。この街で、とても平和に過ごしていた)

    ――――――ぁぁぁぁ―――――

    (だが、私は教団から暗殺の命を受けた)
    (将来的に魔術を覚えたら、その膨大な魔力量で教団を脅かす存在になる可能性があると)
    (――ひいては、全世界の平和のために。殺れ、と。)
    (そんな、理由で。私は彼女を殺した)

    ――――――――――ぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――

    (暗殺は何の苦労もなく終わった)
    (夜。熟睡している彼女の部屋に忍び込み、そのまま彼女を路地裏へ運ぶ。起こさず、誰にも見られず)
    (そして刺し殺す。今回の刑罰は『串刺しの刑』。…尤も、叫び声を上げられぬよう、痛みをできる限り感じさせず即死させた)
    (安らかな寝顔のまま死んだのがせめてもの救いか)

    ――――――――――――ぁぁぁぁぁあああああ……!!!

    (私は、泣く。)
    (暗殺という仕事を終えた後、私は泣くようになった。)
    (どんな声を上げているのかはわからない……だが、涙がこぼれて止まらないのだ)

    (こんなこと、したくない)
    (したくないのに。ただ、平和に過ごせればいいのに)
    (……それを、目の前の監察官の存在が許さない)

    ――――――――――ああああああああああああああああああああああああ……!!!!

    (神よ。いるのならば応えてください。)
    (なぜ、世界はこんなにも悲しいの?)


    (翌日、路地裏で殺害された少女の死体が見つかった、という張り紙が酒場、及び依頼掲示板に張り出された)
    (被害者はただの街人。無差別殺人か、しかし現場が被害者の家から離れた路地裏でもあり、被害者の日頃の動向についても騎士団により調査が入っている)
    (現在のところ犯人は不明。証拠になるようなものも何もなく、ただ被害者の首をナイフのようなもので一突きされているという事しかわかっていない)

    (――――なお、証言として。彼女が殺害されたと思われる時間帯。周辺に、『赤子のような鳴き声』が聞こえていた、という話があった)
    (連日の殺人事件の時にも、そういった泣き声が聞こえたという噂がある。)
    (広告協会、及び騎士団では、この連続殺人事件を今後、『クライベイビー事件』と呼称し、今後も調査を続ける予定だ)

    (有益な情報があればこちらまで 住所○○○-▽△△………………)
  • (黄昏歴422年 9月)

    (―――被験番号682334367番。失敗)
    (同じく被験番号682334368番から682339740番が本日執り行われ、すべて失敗となった)

    (この研究について改めて記しておく。)
    (この研究は、黄金歴に存在した2名の冒険者の細胞を交配させ、1つの人間を生み出すものである)
    (一人の細胞は格闘術、肉体的なそれに極めて優れた民族の生き残りの細胞である)
    (原初の被験者である冒険者の名前はキャスカ=ベルマーク。彼女は剣闘士時代を経て、ある学園の教師を務めたという記録が残っている)
    (彼女の細胞だけを使用したクローンについては黄金歴に記録が残っている。
    ショウ=ユダーナ。彼はキャスカ=ベルマークの細胞を用いて生成されたクローンであり、類稀なる格闘技術を有した。
    彼はアドベンチャラーアカデミーと呼ばれる冒険者養成校に入学したという記録が残っているが、それ以降の記録は破棄されているようだ)

    (そしてもう一つの細胞についてだが、こちらは英知の結晶ともいえる細胞である)
    (これをもともと持っていた冒険者…名前は無い。ジャック、と名乗っていた時期もあったようだが、彼の正式な名前は誰も知るところにない)
    (通称が広く広まり、それで呼ばれていたという記録が残っている 彼はあらゆる学問に精通し、特に機械工学に強かった)
    (当時の冒険者達の異様な科学技術をすべて複製し自分の物にしたという記録が残っている)
    (また、彼の細胞だけを使用したクローンについてもわずかに記録が残っている)
    (そのうち一つ、トレイズ=アンデルセンと呼ばれた個体については、例の町にある教会で神父の仕事をしていた それが我々教団と冒険者の町を初めてつないだラインとなる)
    (彼は自分の才能に気づくことなく死んだという記録があるが、それでも英知の気配についてはあらゆるところで見られていたようだ)
    (独自に伸縮自在、切味は堕ちず永遠に再生を続ける剣を作成したという なんと恐ろしい知識であろうか)
    (また、トレイズが発明したものについては現在の教団に利益をもたらしているものが大変に多い)
    (すなわち、それほどの細胞だという事だ。この細胞は)

    (そしてそれらの細胞を掛け合わせたクローンを作成するために、教団は日々研究を続けている)
    (今まででおよそ6億強の失敗を繰り返した。既に400年以上も研究は続けられているが、いまだ成功例は無い)

    (だが、いずれ成功させて見せる。その時こそ、我が教団が全世界を支配する瞬間であろう)
    (誰も適わない武術と、誰も適わない知識があるのだから。ははははは、)
    (はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは)


    ―――彼らは狂っていた。
  • (黄昏歴993年 12月)

    糞が。糞が。糞が。そんな言葉を書き連ねる事しかできない。
    今日、うちの教会に一人の子供が本部から送られてきた………遺伝子工学によって生み出されたガキだ
    本部は人の命を何だと思ってやがるのか。しかも、報告書にはとんでもない細胞同士を掛け合わせて、15億9500万回の試行の上で成功した個体だっていうじゃねぇか。
    こいつが生まれるまでにどれだけの命を生み出して犠牲にしたのか。こいつがそのためだけに、細胞なんかを組み合わせる為だけに生まれたのか?俺の文字はもう荒れている、何を書いているかもわからない
    ただ―――ただ。こいつが、このガキが、その命の重さを背負うことはない
    本部はこのガキをこの街、かつて反映した黄金の町で細胞を目覚めさせろとのお達しを俺にくれたが、それこそ糞食らえだ
    俺は絶対にこいつを真人間に育てる。クソみたいな生き方しかしてこなかった俺だが、こいつを同じ道に走らせたくはない。絶対に。
    アルテアのやつは何て言うかわからんが……あいつも、最近は少し柔らかくなってきている。できれば、あいつもこれを機に、家族愛に目覚めてほしいものだ。

    この世界は、愛に満ち溢れてる。
    それが、俺の持論だ。

    ひとまず名前を付けよう。10歳くらいの外見年齢で、過去も知らねぇ名前もねぇ、じゃあ人間じゃねぇ。まずはこいつを俺が人間にする。
    ……教会の花壇に咲き誇ってる花。その花言葉は、「困難に打ち克つ」「ひたむきさ」。
    こいつの名前は、今日から『サザンカ』としよう。

    …ハッピーバースデー、サザンカ。お前の行く道に、真の勇気で勝ち取る幸福がありますように。
  • (黄昏歴999年 3月)

    (私は今、サザンカにお願いされて、彼の友人たちの服を縫っている)
    ……………
    (サザンカの希望通り、女性物の服だ 悪戯が過ぎるとは思うが…私も言ってしまえば、可愛い少年がそういった服を着る姿を見るのはやぶさかではない)
    ……………
    (ファウスト、しらたま、虎彦、サザンカ。4人分の服を作るのは時間がかかるが…楽しんで、作ることができた)
    ……………
    (サザンカには、教会に古くからある胸パッドも渡しておこう ウェイトにもなるので、サザンカはちゃんとつけてくれるだろう)
    ……………

    (楽しんでいた。私は、楽しんでみんなの服を縫って、作っていた)
    ……………

    (……毎日が、こうして楽しんでいられればいいのに。サザンカと、町のみんなと、ただ平和な日々を暮らせれば、それでいいのに。それで、私は――)

    ……………っ

    (いつの間にか、目の前に男が立っていた。私の『監督官』だ。)

    ……………

    (わかっています。理解っています。了承っています。覚悟っています。諦観っています。)
    (私が、この暗殺の任務から逃れられないという事を)
    (私の手は、血にまみれているという事を)
    (――――――わかって、います)


    (アルテアの自室。そこには、一人でもくもくと少年たちの服を縫う、修道女の姿があった。)
    (それしか、なかった。)
  • (黄昏歴992年 6月)

    (俺がアルテアと名付けた暗殺者、もとい修道女はようやく他人に対して笑顔を作れるようになってきた)
    (そもそも顔というか躰もだが、素晴らしく美人の才能を持つこいつなので笑顔を見せれば一躍男どもが教会に訪れるようになった)
    (耳が聞こえないことでなじるような奴はこの街にはいないし、いたら俺が潰す。人との付き合いも増え、アルテアもまんざらではない様子…に見えるが)
    (とはいえそれは日中の事 裏の話になれば、なぜ暗殺の任務を果たさないのかと詰め寄られるばかりだ)
    (殺すことは何も生まない、と伝えても今はどうしようもない こいつはそれしか知らずに生きてきたのだから それにそんなことを言ったら俺が殺される)
    (それを言うべき時は今じゃない。アルテアがもっと人に触れ、愛に触れ、人間らしい感情を取り戻したらだ)
    (ちなみに、アルテアと先日組手をしたが相当の使い手だった 17のガキのくせによくやる…同年代の俺は、少なくとも超えている)
    (この才能をもっと別のところに生かせなかったものか。悔やむが、悔やむ権利もない俺には何も言えない ただ今日も暗殺任務が舞いこまないことを祈るだけだ)
    (アルテアが俺にワインを酌してくれるのはいつ頃になるだろうか レクトールと一緒に飲んだ酒の味を思い出す)
    (あいつはいいやつだった 一度はお互い殺しあったが、分かり合えば男なんてもんはそんなもんだ)
    (数年前にどっか旅してくると言ったきりだが、この街に戻ってきたらその時はまた酒を飲もう レクトールならアルテアも酌をしてくれるだろうよ)
    (あいつは外見と外面だけは本当によくなってきたからレクトールも喜ぶだろうさ)
  • (黄昏歴999年 2月)
    • (2月。夜。三日月が頼りなく闇を照らす)

      (いつものように酒場で酒を嗜み、文字通り千鳥足を踏みながら自宅へと帰ろうとしているレクトールの姿があった)
      (場所は路地裏………家に行くまでの近道だ。人通りが少ないそこを、レクトールは通る)

      (それを、紫色の瞳で静かに見つめる女がいる。気配はない。…音は―――そもそもこの女の世界には存在しない) -- アルテア 2016-05-16 (月) 19:39:39
      • (ここ暫くはずっとこの道を通っていた。酒場街から宿屋までの帰り道、近道的にこの路地裏を通る。まるでそれが既定ルートだったかのように
         実際、もう今月はそういう習慣になっていたと言って差し支えない。人通りの特に少ないこの路地裏を選び、隙を作った
         ――それはそれとして、この獣翼人は酔っ払えば隙が増える。そこに「騙し」は存在しない……謀りながら酒を飲むなどもってのほか。酒は美味しく飲みたいものだ)

        うぃ〜……今日は少〜し飲み過ぎた、かね……っと

        (酒を飲んでいる間は忘れているが、この路地裏に来ると思い出してくる。元々はどういう意味でこの道を選んだのかを
         だが未だに刺客は現れない……今夜も来ないのか? いや、それならそれでいい……何も起こらないことが一番いいのだから――)
        -- レクトール 2016-05-16 (月) 20:00:28
      • (習慣的にそこを通る鳥人を、暗殺者は把握していた そしてこの時間、このあたりに人が一人もいなくなることを)
        (そして酒を愛飲することも知っていた なぜなら、何度か教会でも酒をふるまったから―――彼が、酒を愛する者であることを、よく知っていたから)

        ――――――――――――っ(胸が、痛む)

        (見知っていた。知り合いだった。弟のような存在の少年がお世話になっていた。神父様の古き友人だった)
        (その者を殺さなければならないことに―――――ひどく、胸がいたんだ。)

        (なぜ、貴方は知ってしまったの?)
        (なぜ、貴方はわたくしのことを気にかけてしまったの?)
        (…なぜ?)
        (……なぜなの?)
        (………なぜなのよ……!!)

        (レクトールが路地裏を歩く…道の突き当り、T字路になっているそこ。交差点の正面、目に見える位置に、普段は無い張り紙が張ってあった。壁に、ナイフで縫い付けてある)
        (そこにはこう書かれていた)

        『罪状:我が教会の裏を知り、ひいては全世界の平和を脅かす存在であること』
        『弁論の余地:無』
        『反論の有無:無』

        『ドミネ・クオ・ヴァディス?(どちらへ、いかれるのですか?)』

        『判決:絞首刑』

        (それをレクトールが目にした瞬間。女は動く―――――レクトールの周囲。狭い道の頭上と左右から、音もなく投げナイフが飛んだ) -- アルテア 2016-05-16 (月) 20:06:53
      • ……そういや、アルテアちゃんにお酌してもらった酒。美味かったなぁ
        (唐突に思い出す日常。普段は安酒を一人で呷っているのだから、そう思うのを誰も責めはしないだろう……
         思い出の中、お酌するアルテアの顔に…別の誰かの顔が重なる。その少女は誰だったか、その笑顔は自分にとってどれだけ失ってはならないものだったか――)

        ん……?
        (おぼろげな思い出の中を夢遊しているかのような歩みだったが、気付けばT字路。現実に引き戻されるかのように「張り紙」に手をつき身体を支える
                                 ――張り紙……?)
        まずっ――!!

        (咄嗟に手=翼で壁を押し、反動で後ろへ下がる。上からのナイフが右手を掠め、左右からのナイフは貫通し羽を散らせた)
        ぬおおおおおおおッ!?
        (思い出したくもない美しい過去が男を死神のように縛っていた。いや、男自身が一時だけ己から過去に絡まれに落ちていたのかもしれない
         何にせよ、自分がここに「敵」を誘っておきながら先手は完全に「敵」に奪われた。そして間髪入れず追撃は来る――確信ッ!!)
        -- レクトール 2016-05-16 (月) 20:25:00
      • (音もなく飛んだナイフへの見事な対応。しかし、やはりレクトールの予想していた通り、追撃は来た)
        (下がることを予期していたかのように、レクトールの位置めがけてさらに大ぶりな投げナイフが4本。今度はさらに速く、命を奪わんと)
        (敵襲撃者の姿は見えない…複数か、そう思わせる程度には多方向、かつ高速な襲撃であった。さらに投げナイフが別な方より投げられてきた)

        (――――――そして、それらをレクトールが必死に捌いていると)
        (いつの間にか、すぐ後ろにいたアルテアが―――裁きを下すために)
        (レクトールの首を捻じり折るため、そっと、彼女の両手がレクトールの頭に添えられた)
        (そして――――――――――――)

        …………………………Amen

        (初めて、レクトールは彼女の「声」を聴いた それはとても幼い、童女のような声だった) -- アルテア 2016-05-16 (月) 20:31:53
      • (暗視ゴーグルをかける暇は当然無い。この獣翼人、他人には鳥目だと言い放っているがその実暗闇でも人間程度には視力がある
         ただ昼間は非常に眼がいいため、夜になって視界が並になるのを戦闘時は恐れていた。そう、まさに今夜のように)

        クソがっ――
        (続いて飛来するは4本の凶刃。多角的なこの連続攻撃…複数人なのか? いや、そう見せかけて単独…? だとすれば恐ろしいが、覚えがある)
        ビリー……!!

        (旧友。身体に刺さるナイフの痛みでその技を思い出す…同一人物ではない、癖が違う。だが結局はその「関係」の技だろう…)

        そこかァッッッッ!!!?
        (こうなってはカウンターに徹するしかなかった。声が聞こえるか聞こえないか、その瞬間に踵からの逆サマーソルトキックをデタラメに繰り出す
         今の声は誰か?などと一瞬でも今考えれば「持っていかれる」のは本能で理解できたから、今はただ野生で反応するしかない)
        -- レクトール 2016-05-16 (月) 20:44:10
      • (ぬるり、とレクトールの背後から手を伸ばし………『祝詞』を告げた瞬間。まさしく獣の反射神経で、自分に反撃が来た。来るとは思わなかった)
        (見事。そう感嘆するほかはない。間違いなく気配は消し、音もなく忍び―超高速の立体軌道による投げナイフで目をくらませて、完璧なタイミングで頸骨を折に行ったのに。捌かれた)
        (そう、捌かれた。だが)
        (裁くのは、わたくしだ)

        ……(ドッ、とレクトールのサマーソルトに突き刺さる。……刺さったのは、アルテアが右手に持ったナイフ。この修道女は、カウンターにカウンターを返した 尋常なる反射神経ではない)
        (それはビリー神父から教わった、暗殺の体術。人の反射神経を軽く凌駕することから初歩が始まる、暗殺教団の教え)
        (さらに言えば―――酒に酔っていたレクトールが、その分技の冴えもかすんでいたことが敗因だろう)

        (レクトールは見た。鳥目で、しかし見た。)
        (反転し、蹴りを放ち、その蹴り足に痛みによる熱を感じる瞬間に。自分を狙う、暗殺者の姿を)

        (その者の顔は三日月を背後に背負い、真っ黒で見えなかった)
        (その者の服は、黒一色で見えなかった)
        (その者の耳には―――――――十字架の、イヤリングがあった)

        (その者の眼は。確かに、涙を零していた)


        (レクトールの喉への、鮮烈なるトゥーキックが見舞われる。レクトールの視界に移った女の姿は、放たれた蹴りの足裏に隠された。そして、すさまじい貫通力がレクトールの喉を襲う)
        (――鳥は、首を切断しても数分は走り回るという。ならば、どのように殺すか?簡単である。縊り殺すのだ 首をへし折ることで、『絞首刑』は為されるのだ) -- アルテア 2016-05-16 (月) 20:54:16
      • (助かった――本心からそう思った。それだけ鬼気迫る攻防を凌いだと、戦いにおいては老獪なこのレクトールが本心から
         だが次は無い。それも続けて理解できてしまう……蹴りを繰り出し宙を浮いてるこの刹那が何秒にも、何分にも思える。そしてそれだけ引き伸ばされても打開策は無い、と
         せめてレガースブーツを装備していれば、敵からのカウンター返しを防げたか? せめて酔っていなければ初手を取られずに済んだか?
         ……後の祭りなのだ。こうなっては「死にながら」情報を得る以外に手に出来るモノはない。敵を――「視」ろ!)

        なっ――
        (泣いている。美しい十字架のイヤリングと、その涙のコントラスト……顔が見えなくとも、黒一色だろうと、「敵」は美しかった
         闇に染められた美しくも悲しい聖女だ。喉に激痛が走りながらもそのイメージが鮮烈に眼へ刻まれた)

        グッ――!?
        (意識が遠のく、これが「絞首刑」ということなのか……頭の中で鈍い音が、骨の折れる音が響いた気がした――)
        -- レクトール 2016-05-16 (月) 21:47:38


      •                        (ご   き   り

        (殺した。)
        (殺した。)
        (―――殺した。)

        (周辺に散らばる投げナイフを拾い上げ、血を拭い落とす。壁にかけていたメモ用紙も取り外し、血痕と死骸以外の痕跡は一切残さない)
        (今回の暗殺も成功した。顔は―――見られていても、関係ない。なぜなら、この鳥人は今死んだのだ。頸骨を砕き、殺したのだ。わたくしが、殺したのだ)

        …………ぁ

        (周辺には人の気配は一切ない。目撃者もいない。いずれ死骸が発見され、記事にはなるだろうが……自分の名前は上がらない)

        …………………ぁぁぁ

        (無事に仕事を終えた『安堵感』を背に、その場を後にするために踵を返すアルテア)

        ……………………ぁぁぁぁぁぁ
        …………………………………ぁぁぁぁあぁぁあああああああああ!!!!!

        (彼女の耳には、自分が上げている――幼子が、赤ん坊が泣き叫ぶような声――そして、涙には。気づかなかった)

        (闇に、全ては溶けていく)
        (レクトールの生も、アルテアの姿も、その叫び声も、すべてをかき消し―――――――その場には、誰もいなくなった) -- アルテア 2016-05-16 (月) 22:01:35


  • (……何時間経っただろうか。赤子の鳴き声のようなものが響いた路地裏はいつものように真っ暗で、変わりない
     ただ一つ違いがあるとすれば、暗闇の中でもさらに暗い地べたに191cmほどの死体が転がっている程度のものだ)

    うぅぅ寒ぃ……今夜は寝床も見つからねぇし、最悪だぁ……
    (その路地裏へ現れたのはヒゲモジャの浮浪者だった。もう深夜の4時あたり、夜風で寝付けない男は風通しの悪いここへ迷い込んだ)
    この辺りで日が出るまで粘るぜ。まったくよ……っとお!?
    (浮浪者は何かに躓いた。暗闇でハッキリとは見えないが…大きさ的に同じ境遇の者かと思った)
    ったく、オイ!てめぇ何こんなところで寝てやがっ……ん、だ……?
    (闇に目が慣れてくると見える。その者の首が不自然に曲がっていること、目が開いたままで、口から泡を吹いていることが……)
    うっ、うわああああああああああああああ!? し、死んでるううううううううううううううう!!!!!?
    -- 浮浪者 2016-05-16 (月) 22:15:00
  • ……
    (長身の鳥男は動かない。本当に「さっき」死んだのだ……それは誰が見ても間違いないし、浮浪者が驚くのも当然のこと――だが)
        パチッ!           パチパチッ!!
    (何か音がする。火を点ける時のような……どこから音がするのか、それは……死体の傷口からだ
     浮浪者がヒッ!とたじろぐ。死体はそれも構わず、ナイフを刺された傷口から自然発火を始めた!
     傷口からの発火に続き次は折れた首周りから激しい炎があがる。それらの炎はやがて死体全体に広がった……まるで「不死鳥」
     しかしその炎、彼自身の衣服や所持品を燃やすことはない。周囲は明るく、ほんのりと暖かいが浮浪者が暖を取れるほどの熱量ではないのだ)
    -- レクトール 2016-05-16 (月) 22:33:02
  • (そして浮浪者はその炎に包まれた死体が、炎に包まれて起き上がる瞬間を腰抜かしながら見ているしかできなかった)
    あ あっ、ああああああアンタ! し、死んでたんじゃ……ごぱぁ!?
    (響く銃声。浮浪者は口から鉛玉を飲み込むと、それは首の後ろまで貫通し絶命した……)
    -- 浮浪者 2016-05-16 (月) 22:45:16
  • 悪ぃなおっさん。「今の」を見られると不味ぃんだわ……俺もこう見えて咎人なんでな
    (不機嫌そうな表情で冷たく言い捨てる。銃口から立ち上る煙をフッと息で掻き消すと空を仰ぎながら深い溜息を漏らした)

    ……泣くぐれーなら、殺すなよ。ったく

    (それは自分を殺した者への言葉か、それとも過去の自分への言葉だったのか…両方、なのかもしれない)
    あ〜あ。今日は気だるいモーニングコーヒーと洒落込むしかねぇかなー……
    -- レクトール 2016-05-16 (月) 22:50:20



  • (黄昏歴991年 10月)
    (これまで本部の奴らは何も言ってこなかったが、まったく成果を上げない俺に業を煮やしたのだろう 一人の監察役が派遣されてきた)
    (金髪の娘さんだ この教会でシスターとして偽装させ、俺の仕事を手伝うという面目で来たらしい 何が問題って、こいつが聾唖なことだ)
    (スケッチブックで筆談はできるようだが、それだけじゃ修道女にはならねぇ 俺の方でまず、笑顔を教える必要がありそうだ なんでこんな身でこいつはこっちの世界に入っちまったんだろう)
    (教わったのは話す方法と殺す方法だけと来た しょうがねぇから料理を教えてやることにした 俺自身料理が得意じゃないが、こいつに一任して後は勝手に上手になれば食生活も潤うだろう)
    (手始めに、アップルパイの焼き方から教えるか。俺の好物だからな)
  • (黄昏歴999年 1月)

    (その男は夜道を歩き、自分の借家へと帰ろうとしていた 彼は冒険者である 名をアルバートといった)
    (町の人からの評判はいい…20代のいかつい男だが、豪快さの中に気軽さもあり、冒険者の友人は多かった)
    (「今日の冒険も楽勝だったな」そう呟く男には傷など一つも見当たらない 彼は特殊な能力を持っていた)
    (自分の攻撃を二重にし、剣も拳も二倍のダメージを与える…ダブルである。魔法ではなく、生まれ持って使えた力であった 彼は強かった)
    • (「しかし、サザンカの奴も最近はしっかりしてきたじゃねぇか」彼はさらに呟く 先々週に同行した少年の名前を)
      (彼はサザンカと知り合いであった 教会によく足を運び、少年やシスターと楽しく談笑する仲であった 彼は二人の事を快く思っていた)
      (冒険者にも顔が明るく、実力も確かな青年 彼は冒険者の中でもとてもさわやかな存在であった)

      (彼は本日死ぬ)
      • (「お?」彼が自分のねぐらに戻るため、夜道、路地裏に足を運んだ時……目の前に立つ人の姿に気づいた)
        (このあたりは人通りは極端に少ない 今日はまして、まったく人っ子一人の気配がなかった ……それなのに、急に目の前に現れた、女)
        (しかし彼は身構えなかった。その姿が見知った人間であったからだ)

        どーしたい、シスター・アルテア。こんな夜更けに、こんな場所で?
      • (それを受ける修道女を身にまとった女性。アルテアとよばれたその人は、何も答えない)
        (これは普段の事である。彼女は聾唖である。言葉を返すことはできない。だから、いつもは肩に下げているスケッチブックで会話をするのだ。相手の言葉は唇で読む)
        (だが、その時の彼女は……相手の口元を、全く見ていなかった)

        ………?(ここで男もようやく、違和感に気づく。目の前にいる女性の表情が、見たことがなかったためだ。―――――まったく笑っていない)
      • (アルテアは肩にかけていたスケッチブックを肩から外し、ぺらりと男に向けて捲る)
        (それは、男にとっての死の宣告であった)

        『罪状:異常なる力を得、我が教会、ひいては全世界の平和を脅かす存在であること』
        『弁論の余地:無』
        『反論の有無:無』

        『ドミネ・クオ・ヴァディス?(どちらへ、いかれるのですか?)』

        『判決:磔刑』

        (最後のページを捲った瞬間―――スケッチブックを持っていたアルテアの手が、掻き消えた)
      • !?(男は戸惑い、そして普段とは全く様子の違う修道女に、恐怖を覚えた。しかし、それは一瞬)
        (何があったかはわからない、だが今目の前のこの優しいシスターは俺の命を狙っている。男は冒険者である。命のやり取りは慣れている)
        (異常な空気を切り裂くかのように素早く抜刀し、アルテアの攻撃に備えた)……何があったか知らんけ

        ドッ

        (男の喉笛に、投げナイフが一つ、突き立てられていた。突き立てたのはアルテアである)
      • ―――――(男は意識を永遠に失う一瞬前に、最後の思考をした)
        (投擲ではなかった。今、目の前にアルテアがいる。投擲されたナイフ、暗闇と言えど俺なら見える。それを叩き落とし、会話を続けるつもりだった)
        (だがこの女は。アルテアは。投擲するナイフよりも早く、踏み込んで直に突き刺した。俺が抜刀する瞬間に、10mの距離を0にした。)
        (………すげえ、と。冒険者らしい、血の気の多い感想をアルテアに持って。男の意識は、命は消え去った)

        ――――――――――Amen(アルテアの口から、幼子のような可愛らしい声色で、鎮魂の祝詞が零れた)
      • (翌日、冒険依頼掲示板の済、お悔やみコーナーに一枚のゴシップが張り付けられていた)

        『町の人気者、アルバート・フォン・ライトニングが死亡!?』
        『路地裏でのど元を刺され死亡されているのが発見された!!あの丈夫が!!!強い男が!!!』
        『犯人はニンジャか!?モンスターか!?悪魔なのか!?現在犯人捜索中!!!』


        (それを見つけたサザンカは、強く悼み―――共同墓地にある彼の墓を参ったという)
  • (黄昏歴990年 12月)
    (今年のミサも何とか無事終了した。とはいえ適当に頼んだ料理にワインをふるまっただけだが。独り身で料理を作れと言う方が無理な話だ。)
    (この街は気に入っちゃいるが、昔あったという文明の明かりはだいぶ暗くなっている。電気が通っている建物の方が今は珍しいくらいになった)
    (夜でも明かりがつくこの建物も珍しいのだろう、結構な人が集まっちまった。面倒なことこの上ない)
    (基本的に俺は仕事熱心ではない。今後もこのまま何事も起きずに日々が過ごせることを期待している。)

Last-modified: 2016-08-10 Wed 21:39:40 JST (2814d)