- (ボルジア家の一人息子、ジョンは騎士団を引連れ、意気揚々と戦場へ繰り出した
先日の醜態・・・東西ローディア間で行われた戦闘における敗走の恥をそそがねばならなかった
相手は野蛮で低俗で頭の悪い、未開地の蛮族だと信じきっていた しかも、どう見てもこちらの方が兵も多く優勢だ
ジョドーは味方を5万、敵方を1万程度だと言っていた 見よ、東ローディア中から選りすぐられた騎士たちを! 指揮を行うのはあの有名なガーランド伯爵だ 自分でないのは悔しいが仕方ない
なんとしてもここで功績を挙げねばならない 大爛の貴族を何人か捕らえてさらしてやるのだ ) -- ジョン
- しかしてジョンは いや東ローディア側についた西側諸国の兵たちは皆、眼下に見える大爛の旗に戦慄を覚えた
無数の騎兵 それも馬ばかりでなくヤギや牛のような生き物、さらには巨大なモンスターに騎乗している者もいる ローディア中の馬を集めてもこれほどの数とはならないのではなかろうか
なんという背徳的光景 なんという不気味さ 勇壮で煌びやかな騎士物語に慣れ親しんだジョンには信じられなかった
「な、なんだこれは・・・ 聞いていないぞっ あれは一体なんなんだ!」諜報活動という概念は彼らには無い 下の報告は上方まで届くことは無い ローディア貴族達はこの戦場まで来て初めて敵を確認したのだった -- ジョン
前線に展開していた歩兵部隊が矢の雨にさらされた それも、ありえない距離からの攻撃だ ローディアの弓よりもはるかに遠く届く弓を持つというのか
録に鉄も持たない蛮族にそれほどの力があるなどど俄かに信じられなかった どうせ歩兵などいくらでも代わりはある その時、すぐ近くで歓声が上がった
しまった、最初の突撃に乗り遅れてしまう 突撃に乗り遅れるのは騎士として大きな恥だ、臆病者のすることだ
ジョンは自分の取り巻きに向けて剣を振り上げ、負けじと歓声を上げた -- ジョン
- 騎士たちは伝統的な騎乗突撃を仕掛けた といっても隊列などというものは存在しない 徒歩の従者たちを連れていたり果敢にも一人で馬を走らせていたりだ
そして槍を掲げ、自分の紋章の描かれた盾やサーコートを見せつけ叫ぶ「やぁやぁ我こそは・・・」 しかしその後に言葉は続かない
代わりにそののど笛に矢が突き立てられた
大爛の兵たちは騎兵であるのにかかわらず、弓を持っていた 獣の骨と皮ででいた短弓 その威力は薄い鉄板などゆうゆうと貫くのだった --
「ひ、卑怯なっ!? 戦いの作法を乱している!この戦いは我らの勝ちである!」その声は殺戮者たちには届かない
それでも果敢に突撃を行う騎士たちの一部は大爛の騎兵たちに被害を与えはじめた 相手の装備はたいしたものではない、ただの皮の鎧だ
鉄の鎧と槍に身を包む騎士の勇猛な攻撃に、彼らは次第に押され壊走を始めたではないか -- ジョン
騎士たちは鬨の声を上げた 卑怯な蛮族どもを今こそ打ち滅ぼす時だ 焼け付くような太陽の下、白銀に輝く鎧かたびら、血に染まるランス
逃げ惑う大爛の騎兵たちは軽装で、シャープな馬に乗っている 逞しい西側の馬とは違い足が速い
馬というのはそれほど長い時間を走れるものではない、次第に騎士たちはペースが乱れ渋滞を起こすようになってきた それでも大爛の軽騎兵には追いつかない
不意に戦場が開けた それまで横一列に隊形を作りながら走っていた大欄の騎兵が一斉にばらばらに散開しだしたのだ
そして騎士たちを待っていたのは、周囲を取り囲む大欄兵だった 彼らは完全に罠にはめられたのだ -- ジョン
- 騎士団の前方と左右にずらりと展開した大欄兵達、指揮官の合図と共に一斉に矢を番えて天に放てば、それらは放物線を描いて死の雨となり騎士達へと降り注ぐ
この死地より逃れようと馬首を返したならば、彼らはそこに広がる暗雲を目にすることだろう
それは唸りを上げている
それは意志を持っている
それは血に餓えている
西域では目にすることも無い怪虫の群れが、命を断ち切る黒い壁となってそこに存在していた -- 王理旦
空が暗くなった 太陽を覆い隠す無数の矢雨 騎士たちは本能的に寄り集まり、盾を頭上に掲げた、盾は騎士の証でもある
騎士たちは矢にさらされることは珍しいことだった 通常であれば会戦で矢を受けるようなことは無い 騎士の戦いは正々堂々と行われるべきで
卑怯な飛び道具などで決着をつけるべきではない、神聖なものなのだ それに、殺してしまっては身代金をとれないではないか
それだけに騎士達は恐慌した「退こう!諸侯らよ!これでは犬死だ!」一人の騎士が叫びきびすを返すとわれ先にと脱出を始めた
しかし、そこに待っていたのは異形の蟲達 不気味な昆虫の壁が騎士達の前に立ちはばかる
馬たちは恐怖しそれ以上先に進むこともできずに居た 「ば、抜刀しろっ!抜刀だ諸侯らよ! 血路を開かねば矢に射殺されるぞ!」
ここに異形の怪物と騎士たちとの戦いが始まった -- ジョン
- 突破口を開くべく先頭を駆ける一体の騎士、その馬体が突如として崩れ落ち、騎手が地面に投げ出される様を後続の騎士達は見た
馬首に取り付くのは一匹の蜂、不気味な程に肥大化した黒蜂が一刺しの下に軍馬を殺してのけたのだ
その事実が周囲に伝わるよりも早く騎士達を飲み込む大蜂の群れ、耳障りな羽音は絶えず大気を揺らし、軍馬を騎手を問わず闇雲に毒針を突き立て始める
頑強な甲冑すらもその猛威の妨げにはならず、隙間から毒を注ぎ込まれた幾人もの騎士が瞬く間に馬上より転げ落ちた -- 王理旦
どんなに頑強な鎧も、一匹の小さな蜂には敵わない 古来よりある伝統的なジョークだ それをまさかそのまま体現させられるとは
先に駆け出した騎士達の馬脚が乱れ、次々に落馬しては泡を吹いて絶叫しだす どんなに槍や剣を振るってもたかる毒蟲を追い払うことはできない 少数だが魔術を使えるものが狂ったように炎を手から吹き上げるもの達がおり、わずかに効果を挙げた
残された騎士達は異常な光景を前に、茫然自失となる者、狂ったように叫びだすもの、泣き出すもの さまざまだ
「迂回しろ!」まだ正気を保つものたちはもがき苦しむ騎士達を見捨て、回り込むように馬を走らせる! -- ジョン
- 焼け落ちた虫の屍は決死の逃走を図る騎馬の蹄に踏みにじられ砕かれる
死の雲とて無限の厚みを持つものではない、ようやくその切れ目が見えようとしたその時に
「総員、前進」
黒雲の間から飛び出した赤色、それが巨虫の顎であると騎士が気づいたのは、己が愛馬の首が宙に舞ったのとほぼ同時
蜂の群れを抜けた騎士達の前に立ち塞がる赤色の壁は、西方のそれとは比較にならない程に巨大な蟻の群れ
「蹂躙せよ」
この騒乱の中で不思議とよく通る声が蟲達を一斉に動かし、騎士達の抱く最後の希望までも摘み取ろうと、その顎を大きく開いた -- 王理旦
砂塵の戦場に朱が舞う 千切れた四肢、ひしゃげた鎧 教育を受け、訓練をされた貴族の騎士達
煌びやかで栄光に満ちた人生を約束された者達 この戦いで彼らは英雄となるはずだった 蛮族の襲来から祖国を守る英雄に
名誉を得、女性たちの賞賛を浴び 金の細工を全身に浴びる そんな夢を彼らは見ていた
現実はこうだ 同胞たちは毒虫に刺し殺され 憎悪と狂気の雄たけびを聞き その血と肉片を全身に浴びることになった
「う、うわぁああああっ!」一人の男が馬から転げ落ち、アリの大顎にその体を挟まれた しかしアリの顎はそれ以上食い込むとはできず、逆に顎の歯が砕けた
男の鎧はほかの者たちに比べひときわ豪華で自ら光を放つように輝いていた それもそのはず、その男・・・ジョンの鎧は特別なものだった
西方バルバランドの職人に作らせた業物なのである -- ジョン
- 誉れある騎士が虫の餌となって果てるなど誰が想像できただろう
残酷な現実は夢想を打ち砕き、血泥にまみれた戦場の塵芥へと変えていく
その担い手である蟲たちの長、仮面の少女は蹂躙の最中、乗騎の上から一人の騎士を見咎めた
猛獣すらも骨ごと容易く噛み砕く赤蟻の牙、それが砕けるとなれば間違いなく逸品であり、それを身につける者は高い身分にある者に相違ない
価値ある者ならば捕らえ利用するが賢明、尋常の将ならばそう考えるところだが――
「来々」
旗を一振りすると、たちまち現れる玄蜂十数匹、それらが一直線に騎士――ジョンへと向かい飛び群がる
相対する敵は徹底的に貪り滅ぼす、それが“廣”のやり方だった -- 王理旦
「ま、まま、待ってくれっ!」男は恐怖に腰を抜かし、無様にしりもちを付いたまま叫んだ
「私はジョン、ジョン・ボルジアだ!ボルジア家の息子だ! 私を捉え、身代金を要求せよ!殺さないでれっ、大金が手に入るのだぞ!!」
男はそれまで蛮族と見下していた相手に命乞いをした 周囲を取り囲む毒虫の不快な羽音
「大爛万歳!大爛万歳! どうかお助けくださいぃぃぃ 今後百年無税にいたしますからぁあああぁ!」 -- ジョン
- 幾らかの距離を隔てて耳に届く命乞いの声、乗騎の上から見下ろす仮面はただひたすらに冷たい、まるで声など聞こえてすらいないかのように
この男が誰なのかなど無論知らないし、そもそも興味など無い
彼女は仕留めそこねた敵にとどめを刺しに来ただけなのだ
言葉は返さず、ただ旗を僅かに掲げ
その一動を合図に突き立つ毒針をもって、要求に対する答えに変えた -- 王理旦
- 「ぎゃぁぁぁあああー!!」
無様な悲鳴と共に男は息絶えた 将、功ならずして万骨は枯る
ここに、神聖ローディアの誇る主力騎兵部隊は壊滅の憂き目に会うのであった -- ジョン