名簿/485758
- バルバラの地を発った兵力、その数凡そ3000人余り。
ミルカの次期長とされる麗句のチャルトス、殺した魔物の数は一万とも二万とも囃される、血獄のモルゴ。 皮剥ぎダナンに、大脳喰らいのカレント。鉄脚のボルナッタ。 老いて尚盛んと評される、敗北知らずのガルガは不在ではあったが、彼の息子、ガルメの姿もあった。 ゴラの戦士であるバルカを含め、名立たるメンバーが揃い踏みしており、これに連邦の戦士団や魔術師等も加わっている。 まさに数的不利をも覆す、圧倒的戦力。彼らは個々が精強なる戦士であり、呪者であり、術者なのだ。 --
- しかしその彼らも、爛国の兵法に押されつつある。爛国は毒を用い、策を用いた。
一度として味わったことの無い戦乱の複雑怪奇さに、一人また一人と、異国の地に倒れていった。 彼らにとって爛国の脅威は何よりも、毒や火薬などの科学兵器である。 人は知識の内に無いものに、本能的な脅威を、必要以上に抱いてしまうのだ。 --
- 原因不明の様態を引き起こす毒素については、特に深刻であった。
いつ攻撃されたのかもわからぬ間に、身体の自由を奪われてしまうのだ。これ程恐ろしいこともない。 士気の高さに定評のあるバルバラの民でさえも、抗い難いものだった。 --
- 事態を重く見た知識層は、毒の解明や対策を見出すために、様々な議論を行った。
やがて、爛国に滞在経験のある者の協力を仰ぐことができ、原因を特定することができた。 されど未だ根本的な解決には程遠く、具体的な案は皆無といった状況であったとされる。 --
- 賊めいた男達は、エルフの女を積雪の上に放り投げると、次々に覆い被さっていった。
彼女は助けを求めてか細い声を絞り出す。繰り返し呼ぶのは恋人の名。だがしかし、反応が返ってくることはない。 それもそのはずだ。彼女に隣り合うような形で打ち捨てられているのは、恋人の首なのである。 --
- 二人は近隣の集落を経ち、聖地で婚姻の儀式を執り行うはずであった。
女の名前はニルス。白銀の長髪を靡かせた、理知的な佇まいを持ち合わせている。 男の名前はガルナ。背は小さいが、鉱物の扱いに掛けては集落一。すなわち彼はドワーフなのだ。 --
-
- 彼らが住まう集落では、古い仕来りがあった。
婚姻の際は二人の力を合わせて、白峰の頂に存在する岩にそれぞれの名を刻み付ける必要がある。 それがいつからの風習なのか、何のためなのか、彼らは疑問に思ったこともなければ、当たり前のように受け入れている。 先祖代々語り継がれてきた慣わしであり、きっと彼らの子も、このルールに沿って生きていくことだろう。 彼ら自身も、そう思っていた。賊の群れに襲われるまでは。 --
-
- 突如放たれた弓の一斉射!刺し子めいた風貌で、ガルナはもんどり打って地面へと転がる。
そこへ走り込むリザードマンの戦士! ニルスが悲鳴を上げるよりも先に、恋人の首は刎ね飛んだ。 大鉈をちろちろと舐め上げながら、リザードマンの戦士は欲望的な視線を彼女に差し向ける。それが合図だった。 賊めいた男達は、ニルスを積雪の上に放り投げると、次々に覆い被さっていった。 彼女は助けを求めてか細い声を絞り出す。繰り返し呼ぶのは恋人の名。だがしかし、反応が返ってくることはない。 ガルナの首を横目に、リザードマンの戦士は細長い舌をちろちろと、ニルスの耳を執拗に嫐る。 --
- 男達は次々に、屹立した陰部を曝け出す。こうなれば抵抗の甲斐も無い。ニルスは所詮、エルフで女だ。
腕力が支配するこの場に置いて、できることと言えば限られている。心を砕いて身を任せるか、延々と呪詛を吐き続けるかだ。 賊めいた男が白銀の髪を掴み上げ、陰部を彼女に押し付ける。咥内を支配し己を満たそうとした、まさにその時! 一陣の風が吹き抜けて、男の頭は無花果のように吹き飛んだ! --
- 頭部の無い男を抱えて、別の賊めいた男が辺りを見回す。雪風に晒された彼方を見据えた、まさにその時!
一陣の風が吹き抜けて、男の頭は無花果のように吹き飛んだ! 浮き足立つ面々。死骸二つを見捨てるように、また別の賊めいた男が一目散に逃げ出した、まさにその時! 一陣の風が吹き抜けて、男の頭は無花果のように吹き飛んだ! --
- 賊めいた男達は、次々に屠られていく!残すはリザードマンの戦士だけだ!
一陣の風は幾度と無く、リザードマンの戦士に襲い掛かってゆく! それらを器用にも大鉈で打ち払うと、剛直と形容すべき矢が、深々と木々や積雪に突き立った。 「姿を現せ、臆病者!」いきり立つリザードマンの戦士の前に、二人の男が姿を現す。 「私はジャル・グ。宣教師をやっている。彼はバルカ。ゴラの戦士だ。」 ひょろ長いリザードマンの宣教師は、端的に述べる。その横に立つのは巨塊とも言える鎧に身を包んだ、屈強なる戦士。 大弓と大斧を携えて、彼は無骨漢めいた佇まい。語らずの立場を崩さない。 --
- 「大災害から、君達のような痴れ者が幅を利かせている。」「ああ!最高だァ、最高。」
「邪魔さえなけりゃ、もっと最高だ。女は後、先にバラしてやる。」「……これは救えないな。」 「ア?見下すんじゃねェェッ!」リザードマンの戦士は速い!大鉈を振るうべく疾駆! 「バルカ、君に一任しよう。私の術は彼女を巻き込んでしまう。」問題無さげに身を引くジャル・グ。 大鉈と大斧の衝突!頷く代わりに前へと出たバルカは、リザードマンの戦士と切り結ぶ。 互いに技の競い合いなど無い、純粋な暴力の応酬だ! --
- ニルスは腰を抜かしたまま、這うようにして最寄の木々へと寄りかかった。
彼女の目の前では、壮絶な光景が繰り広げられている。賊めいた男達の死骸で出来たオブジェ。精気を失った恋人の首。 今も得物を打ち合い続ける、二人の戦士。指先の震えは、凍土に投げ出されただけではない。 日常と隣り合わせの非日常が、彼女を抱擁し放さないのだ。白魚めいた手で、自身の肩をぎゅっと抱き締める。 「寒い……怖い……。」ぼろぼろと涙を溢すニルスに、幾何学模様のハンカチが差し出された。ジャル・グだ。 「災害による難民の増大。秩序の崩壊。堅苦しい言葉で濁すには、あまりにも辛すぎますな。」 「今はお泣きなさい。歩みを止めるのも良いでしょう。されど、忘れてくださるな。困難は踏破すべきもの。」 「我々人には、その力があるのです。」宣教師特有の文句を耳にしながら、彼女はただ涙を拭う。 「シャァッ! 死ねッ!」二人に響くのは、勝ち鬨めいた叫び声! --
- リザードマンの戦士が致命的な一打を振るう!何たる速度!非戦闘員ならば、ボトルキャップめいて首が両断されていただろう。
先のガルナのように。「ガアアアアアアッ!」竜鱗で覆われた兜の奥底から、奈落より響くような咆哮が轟く!バルカも速い! 強固なガントレットを、大鉈に打ち据える!よろめくリザードマンの戦士!大鉈の刃先がぼろりと零れる。 強固なガントレットを、大鉈に打ち据える!よろめくリザードマンの戦士!大鉈の刃先が歪み、亀裂が走る。 強固なガントレットを、大鉈に打ち据える!よろめくリザードマンの戦士!大鉈の刃先は砕け、武器としての命が潰える。 大鉈を落とした腕に掴みかかり、バルカはリザードマンの戦士に殴り掛かる!上がる血飛沫!踏み付けるような前蹴りが続く! 倒れ込むリザードマンの戦士の頭上に、巨大な影が覆い被さった。白光を受けて大斧は、ぎらりと重く煌く。 「やっ 止め……っ」「駄目だ。」耳にするだけで圧殺されそうな、重苦しい声。バルカの喉は、そう一言だけ発した。 干物めいて、リザードマンの戦士は両断された。断末魔の雄叫びも響かない。 --
-
- ニルスを集落まで送り届け、二人は再び雪原へと歩み出した。
「大災害から此方、異変続きで身の休まる日は無い。見たまえ、モモンガも遠くを見つめ、怯えている。」 「これは実際、良く無い事が起きるやもしれんな。遥か遠方の地で、何やらか。」 深刻そうな友を尻目に、バルカは黙々と雪を踏む。彼は蛮人。秩序の徒でもなければ、政治屋でも無い。 ただ、バルバラの民らしく。この時はまだ、それだけで十分であった。 --
|