名簿/484722
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- 教えられたとおりの場所に離れがあった。 ただ一人を除いて誰にも遭遇することなく辿りついた。
「ここ。」 戸惑いながらも一応扉をノックした。 ノックをした後に気付いたが一体なんと話せばいいのだろうか。 夢で会ったなんてまさに夢のようなことが通じるのか。 会話から考えると十分に通じそうだが。 むしろ予知しているかもしれない。 あの夢はそういう夢だ。 だがこちらから一方的に押しかけて一方的に打ち切ったのに会いに来るなどどうかしていると思う。 水と地しかないとは、どういうことなのか。 聞きたかった。 -- アフィクルルカ
- (いつものようにぼんやりと、ホロスコープで時を読み、書物を開きその日の記録を取りながら 時折駱駝の頭を優しく撫でる)
(ノックする相手は大抵宗爛様だ) (何か、戦関連の話しかと思い、すぐに扉を開いて「おはようございます、宗爛様」と声をかけようとして言葉が詰まる) (……夢で見た、あの子…………) (目が合うと、無表情ではあったけれど内心酷く驚いた) (夢がそのまま現実へと顕在したように感じて、夢と現実の境界線が、隔たりが掻き消された様に感じたから) ……いらっしゃい (小さく微笑んで、部屋の中へと戻っていく "どうぞ"と言うように) -- メルセフォーネ
- もともと話が上手なタイプではないし、柄にもなく緊張していた。
優しい呼び声には頷いただけで部屋へと踏み入る。 部屋にいた少女は夢で見たままだった。 儚げで、触れないとそこにいるかどうかも疑ってしまうような、なんて不安定な存在。 首輪とそれに連なる鎖だけがここに繋ぎ止めているように見えた。 一方でアフィクルルカは夢で見たような輝く羽は持ち合わせていなかった。 蝶を連れ従わせている点では同じだったが、幾分か人間に近く見えるだろう。 「私、会いにきた。」 「会いたかった。 夢の続きを、知りたい。」 飾ることは諦めて率直に問うた。 どうせ手土産もなにもないのだから、このくらいでいいのかもしれない。 -- アフィクルルカ
- (何だか胸の鼓動がいつもより高い気がする)
(その"いつもと違う感情"を不思議に思う反面、鼓動が何だか心地いい) (椅子を勧めると、自分はベットに腰をかけて改めて少女の顔を真っすぐと見つめる) (透き通った深いエメラルドの様な瞳) (翡翠の美しさを思わせるような、艶やかな絹の髪) (そして、容姿以上に透き通った水晶の結晶を思わせるような、人ならざる特有の雰囲気) (心地よい冷たさと、透度の美しさが彼女の穢れの無さと性質を思わせる) 「…………」 「……届いていたのね。私の言葉……」 (嬉しそうに口元が笑い、表情が緩やかになる) (初めて得られる、誰かと会話できる楽しみ) (そして、アフィクルルカに今朝描いていたホロスコープの図を見せる。○に変な記号が記されている図) -- メルセフォーネ
- 椅子に座る前にもう一度メルセフォーネを眺めた。
「やっぱり人間。 人間は嫌い。」 「でも……どうして、あなたはあの夢を見る?」 当然のことだが捉えようによっては…とくにメルセフォーネにとっては残酷かもしれない言葉を突きつけた。 人間か、そうでないか。
よくわからない図形が、その答えを教えてくれるのだろうかと覗き込む。 少女は星を読まない。 読む必要が無い。 ホロスコープとは人が、星を読むためのもの。 人でない少女にとって道具に頼るのは不自然で、そして新鮮だった。 描かれた模様一つ一つの意味。 それぞれの関係。 どういうものなのだろうか。 -- アフィクルルカ
- …………
(棘のある言葉を突きつけられれば、背中越しからも落胆の表情が伺えるようだった) (……もし、他者に興味のない性質ならば、それも気付かなかったかもしれないけれど) (最初の飼い主――……人間には魔女だと罵られ) (人ならざるものからは人間だと言われる) (中途半端な存在だと言う事なのだろう) (どちらかなんて私にもわからない) (問いにも答えないまま図を開く) ……この図を、例えるなら"その人"が"生まれる時間、場所"から得た才能や人生の地図の様なものだとして この図には必ず、その時の天体の位置と、変わらない10の天体が示されるの そして、人は10の天体という"意識"を持ち その"天体(意識)"に"サイン……星座"と呼ばれる【性格(特徴・性質)】が付けられるわ 10の天体を通して人はその意識を考えるとすると…… 例えば、恋愛する時は金星を。受容する時は木星を、社会性は土星を……というように 『意識』は『天体』を通すものだと考えると 恋愛する時に金星を使ったとしても、皆恋愛に対する考え方や捉え方・感性等が同じではないわ ……そこに、12星座 という特徴・性格付けで変化するの 例えば、同じ恋愛(金星)でも…… 蟹座の金星は、母性愛、限りなく家族愛に近い感情や深い愛情を 天秤座の金星は、美や快楽を愛し、本人も魅力的で人気がり、人間関係を楽しむ傾向が 双子座の金星は、恋愛をも知的コミュニケーションの様に捉えて、駆け引きを楽しむ傾向があるとか…… (必要な事だけ、とかいつまんでも長くなってしまうので一度ここで止めて相手の反応を見る) (私の説明で分かって貰えるだろうか?と思いながら) -- メルセフォーネ
- メルセフォーネの反応は芳しくなく、少女にとってはとても不思議だった。
なぜならば"人間"であるということは、人間には少なからず喜ばれることだと思っていたからだ。 スリュヘイムでは"亜人"であるというだけで蔑まれる。 侮蔑の対象になる。 少女にとっては特に傷つけるつもりも無くて………そこではたと疑問に思った。 なぜこうも悲しい気持ちになったのだろう。 メルセフォーネが落胆しているからだということも分からないのに、何となく気まずい。
様子を伺ったメルセフォーネの目に映ったのは、何も言わずに一心に集中しているアフィクルルカだった 「……………」 口を半開きにしたままじっとホロスコープに見入る。 それは興味が無いどころか少しも余すことなく知識を吸収しようと片時も目を離さない。 -- アフィクルルカ
- (空の心、空虚な瞳)
(自我すらも、自身の心の在り処すらも曖昧で、唯一存在する意義を見出せるのが占星術だった) (故に、自分を繋ぎ止める存在を欲すかのように鎖を付けて『自分はここに存在する』証明にしたかったのかも知れない) (浮上しかけた気持ちを押しのけて説明をし始める) (説明が下手な方だし、興味のない人には苦痛にも近い話だが) (興味があったのか、集中して説明を聞いているのが分かる) (嬉しさと安心の交わった感情……春の穏やかな風が心を温める様な感覚を胸に覚えると凄く嬉しかった) 以上の様に、10の天体と12のサイン(星座)で人の性質や才能を読んで行くの 12の星座は牡羊座(白羊宮) 牡牛座(金牛宮) 双子座(双児宮) 蟹座(巨蟹宮) 獅子座(獅子宮) 乙女座(処女宮) 天秤座(天秤宮) 蠍座(天蠍宮) 射手座(人馬宮) 山羊座(磨羯宮) 水瓶座(宝瓶宮) 魚座(双魚宮)と呼ばれているの 牡羊座を始まりとして、二つの要素・陰陽に分けると 雄羊座、双子座、獅子座、天秤座、射手座、水瓶座が陽性:男性性(男性原理) 牡牛座、蟹座、乙女座、蠍座、山羊座、魚座を陰性:女性原理(女性性) の二要素となり、外に向かう関心と、心に向かう関心に分けられるの 男性性は積極的に外に働きかける要素で外交的 女性性は自分の心を内向しようとする性質を持つの 次にこれを火、地、風、水の4区分にすると 火は牡羊座、獅子座、射手座 地は牡牛座、乙女座、山羊座 風は双子座、天秤座、水瓶座 水は蟹座、蠍座、魚座 となり、簡単に言うと 火は積極性、アイディア、創造性や熱意を 地は安定性、感覚的な才能を。ただし実務と芸術という相反するように見える分野も含まれるの 風は知識、知性、客観的な情報を扱う事に向いているわ 水は人に対する思いやりや情緒等を示すの ……私の言った、水と地しかない というのはこれのこと 10の天体に付加されたサイン(星座)が水と地の星座しか持ちえていない事 火や風が両方0という事は滅多になくて稀なの (火は風と共鳴しやすく、水は地と共鳴しやすい) (同時に火と風は双方とも男性性の要素であり、水と土は女性性である) ……つまり 前進する、切り開く、前に向かう……そういった要素を私は持っていないの (それは、自分から新しい事に踏み出す勇気や行動力に酷くかけていて、そのような事をするには常人には理解できないくらい臆病になる) (後天的に自力で補う加減を超えていて、対人関係や職等もかなり制限を喰らうのだ) (大抵、本人自身も広がる事を必要としていない事が多いのだけれど) ……私は、一歩踏み出すことが出来ない ……いいえ、それを行うという事は、他の人からは理解できないくらいエネルギーを使って疲労してしまうの ……鎖で繋がれておきたいのは、私の心の現れ 私は誰かに『ここに居て良い』と居場所を示されないと、不安で仕方ないの…… ……捨てられて、何処かへ放浪しないといけない事 必要とされない事は、存在を否定されているのと等しいの -- メルセフォーネ
- 静かな部屋にメルセフォーネの美しい声だけが響く。
聞く者の心を落ち着かせるような声音は、とても心地よい。 初めて聞くはずの説明もすんなりと頭に入ってくるようだった。
たっぷりと知識を詰め込んで頭のなかでイメージを膨らませる。 燃え盛る情熱、創造、湧き出るアイディアを司る火に属する星々。 揺らぐことない安定性、心で感じる才能を司る地に属する星々。 豊かな知性、一歩引いて思考することのできる能力を司る風に属する星々。 温かい心、他者への思いやりを司る水に属する星々。 天体にサインを広げる。 心にひとつの天ができる。
最初に部屋に招いたのはメルセフォーネだったが、次に夢、意識下へと招いたのはアフィクルルカだった。 千の言葉で表すよりも見てもらうのが一番早く伝わりやすい。 元より不安定だったメルセフォーネを夢に招くのはそう難しいことではない。 アフィクルルカとメルセフォーネ、二人の意識はアフィクルルカが創り出した夢の中へ。
そこは二人が初めて出会った深淵の砂漠にも似たような空間だった。 調和して瞬く星々が浮かぶ一つの天体。 不自然なのは火と風の星々が一切ないということ。 ここはメルセフォーネを示すホロスコープの中といって過言ではないだろう。
「あなたに鎖が必要な理由、やっと分かった。」 「逃げることができないのもわかった。」 「ううん、逃げる必要が、なかった。」 「あなたには揺るがぬ大地、寄り添う木が必要なのね?」 「あの人……」 この場に案内してくれた兵士を思い浮かべる。 夢の中という性質上彼の姿はまるで質量を伴っているかのように正確に再現されてメルセフォーネの前に現れた。 黒髪の人物。異形の面を被る人物。 すぐに誰かわかるだろう。 「あの人があなたに安心をくれるの?」 -- アフィクルルカ
- (自室に居る筈なのに 顕在意識の中に存在していた筈なのに 何故だろう)
(目覚めたまま、瞑想やトランス状態の様に、何かを通じた訳でもないのに夢の中へと 無意識へと入っていく――……) (人ではない彼女自身が、此方の世界とあちらの世界を自在に行き来出来る存在であると同時に彼女自身がゲートなのか) (深淵の砂漠にも似た、天体意識の中は、まるで宝石箱の中に入ったかのように星のちりばめられた大海に足を浸す様に美しく、心地良い) (占星術を通して学び、馴染んでいった天体の意識が、自身に優しい光を降り注がれるかのような祝福を錯覚する) (それは、自分の生まれた瞬間のホロスコープ) (自分の意識そのものに等しい――……) (太陽、月、水星、金星、火星の5つの魚 木星の乙女、土星の蟹、天王星の蠍、海王星、冥王星の牡牛) (彼女の偏りを表すかのようなホロスコープの海は) (彼女の気質を表すかのように、魚が強く強く影響している) (魚座の支配星は海王星であり、芸術・精神世界・無意識・霊性・拡大……目に見えないものや実態のないものを司る) (それは、彼女自身が"自我"という水の中でしか泳げない"魚"である事を暗喩しているかのよう) ("自分自身の内面世界"という海は "世界(社会)の中の私"という概念は存在しない) (他者の尺度や意識との共有は難しく理解され難い) (故に、魔術・芸術等の類には彼女自身が剣となるのだ) (それは魚座が"芸術の星"と言われる所以がある"彼女にしか成し得ない"という事をやってのけられるのは魚座の力である……故に、特に魔術師や占い師、芸術家等は月の魚座は必須とも言われるほどの能力を発揮する) (自分で自分の感情がコントロール出来ないくらい精神がごちゃごちゃしたりすることもあるけれど"何考えてるのか分からない、自分ですらわからない。でもそれが芸術の世界ではとても評価できるすばらしい表現"とされるのだから) ……私は。故意に下界と隔離された宗教的な風習の色濃い地に生まれ育ったの (国の名は出さないが、それは「アルメナ」の者だと言うのと変わりない内容) 占いと予知能力、そして今は失って久しい治癒能力を買われて、私は寵愛されていた ……治癒能力を失い、不吉な予言を、呪術だと罵られる前は 殺されるのが怖くて――……どうにか逃げ出せたは良いけれど、野たれ死にそうに拾って下さったのが宗爛様 "逃げられない"し"逃げる気"も 私には無いの (アフィクルルカの問いに小さく頷いて肯定する) そう。私はあの人が居るから存在できる (社会性に乏しすぎる性質、そして狂人としか思えない様な不気味な予言……全てが彼女一人で生きてゆくには、一歩を踏み出す問題以前に厳しすぎる世界) (言いかえれば魚を無理矢理陸に引き揚げるだけの行為だ) (環境に適応できず、生きる術を持つ前に 呼吸すら出来ずに苦しい思いをして死んでいくだろう) (宗爛は彼女の水槽なのだ) ……だから私は宗爛様から捨てられる事が、一番怖い ……捨てられてしまったら…… 私、どこで生きていければいいのかわからないから -- メルセフォーネ
- この天体はこんなにも美しいのに。
人としては不自然だという。 …自分が理解できないのは人でないからだと思っていたが、そうではないらしい。 この空間で輝き犇いている星々を仰ぎ見る。
魚座の影響下に置かれる天。 海王星が支配する天。 魚はこの天体を自由に、悠々と、泳いでいるように見えるのに。 泳げるのはあくまで自分の天だけ。 外へ出ることは出来ない。 それでもこの天体は、美しい。
話から、メルセフォーネが異国の出身……噂に聞いた程度の、神国アルメナの出身だと悟る。 国全体が宗教を中心に動く宗教国家。 少女の認識はその程度だ。 「私の予言、どんなに不吉なことを表しても歓迎された。」 でもそれは受け取るもの次第ということなのだろう。 「誰しもが自由を望むと思った。」 でもそれは違う。 彼女は違う。 包まれて、護られて、自分の世界をやっと保つことができる。 「知らないことばかり。」 知らない知識、知らない価値観。 それらはとても新鮮で、知ることが出来てよかった…知る必要があったと思える。
「あの人、きっと大丈夫。」 「一緒にいられる。」 なんの根拠もないし一言二言言葉を交わしただけだ。 けど、そう思えたから言った。 「直接言ってみると、いいと思う。」 柄にも無い。 本当に柄にも無い。 人との関り方なぞろくに知らないのに何を偉そうなことを言っているのか。 心の中では自問を繰り返していたのに口からは出ていた。 -- アフィクルルカ
- (あまりにも空想的で幻想的な世界は、他者から見たら只の夢見がちな妄想にも等しく、理解され難い)
(社会的な価値観を捨てて、魂の純化を目指す心理傾向は、結果として反道徳的な性質をも強める結果にもなるのだから) (だからこそ、常人には理解の範疇から外れた場所へと足を踏み入れられるのだけれど) (常人の感性なら、混沌として秩序なく、高すぎる精神性や霊性は、彼女が魔女だと忌み嫌われると同時に狂人と等しい) (けれど、人ならざるアフィクルルカには、彼女の内面世界が 非常に純度が高く、まるで美しい水晶に包まれたように、強い浄化作用似た心地よさや魔力を感じるだろう) (それは限りなく優雅で優しく受容的 そこには攻撃性の概念は、無い) ……そう (それはきっと、不吉な予言であろうとも 彼女の主は喜ばれたのだろう) それは、誰が何を持って、自由だと感じるか……の違いもあるかもしれないわ 私には、予言や占いしかないから……それを求められ、追求している時が一番楽しく そして、私の心が天体を通して自由になれるの (だから、新しい場所を望まない) (必要とされる事が、私の存在意義) …………ありがとう (小さく、お礼を返す) (不安で不安で仕方ない心の、消えかかった灯火を燈して貰えた様な感覚) (そして、また小さく頷く。誰かに自身の想いを伝えるのも、大切な行為だと言う事を教えられて) (……そういえば、一方的に不安を心に募るばかりで、自身の思いは口にした事が無かった――と思いながら) (自身の話を伝えきったところで) (以前、夢の中で交わした言葉が鮮明に思い出される) (「籠、檻、閉じ込めるもの。」 「意識の矛先を矮小させ己を縛るもの。」 「私は籠を出た。 自由という不自由を取り戻した。」) (「………同じだけど、違う。」 「あなたは、囚われたいの?」) (籠の鳥の中から自由を求めていたのだろう事は、容易にわかる……けれど) ……貴方は。この戦乱の中で……何を望むの? -- メルセフォーネ
- 不可思議で純粋で、人でないものに近い天は少女に心地よい。
人間の心の中がこれ程雑踏が無く、澄んでいて、深い、驚きと好感が一緒に沸いて出る。 美しく優雅な心の持ち主の支えに、僅かにでもなれたようで嬉しかった。 この心が壊され天が汚れてしまうのは忍びない。
夢の中でだけ、完璧な形をとどめている蝶の羽を大きく広げて天に舞った。 そして問いに答えを笑顔で返す。 「私が求めるもの。」 それはただひとつ。 「姉と、メイドと、私。 三人で暮らすこと。」 「誰にも利用されないで、三人で自由に暮らすの。」 「好きな場所で好きなことをする。」 「指図されない。 制限されない。」 「それが私の夢。」 長く人に無理やり飼われて暮らしたが、どんなに良い衣を着せられて豪華な食事を与えられて寝床を提供されたとしても、生きている感覚はなかった。 人間が欲するのは予言とオリハルコンのみ。 利用するだけ。 空虚な関係。 逃げられないように鎖で繋ぎ活かさず殺さず飼いならされる。 そんなのはもう真っ平だ。 「私は羽を奪われた。 姉は足を奪われた。」 「ずっと逃げられなかった。」 「でもこの戦が逃げる機会をくれた。」 「感謝している。」 忌むべき争いに感謝することになっても、逃げたかった。 -- アフィクルルカ
- (輝く蝶の羽を広げて舞う少女の姿は美しく、神聖を感じさせるかのよう)
(笑顔で答える彼女の求めるものは、文字通りの"自由") (それはまるで、蝶が自由の象徴を秘めている事を連想させる) (私には水槽という外界との遮断が必要なのとは違い) (彼女は鳥籠の中で飼い殺しされる鳥ではないのだろう) (証拠に、風切羽根を切られたとしても 彼女は尚理想と夢に向かい必死に羽ばたいている) (翅を奪われても。姉が足を奪われても) (逃げられなかった状況の中でも、希望という名の灯火は暖かく灯され、脱出というチャンスを得たのだろう) ……残酷な現実に囚われず、それでも尚未来を見続けるのね……貴方は…… (少し、羨ましい) (だって……私は――…………) (微かに微笑んで目を閉じると、再び目を開けて真っすぐ見つめる) ……もうすぐで。この戦いも終焉を迎えるでしょう (それは恐らく、あの子も感知しているのだろうけれど) ……その時に、きっと…… 今の様に苦しまず、幸せな時代が来る事を……そして、貴方の望む幸せを、貴方が無事入手できる事を……祈るわ -- メルセフォーネ
- 「安心と、幸福の形は違うから。」
どうか、幸せの形が違うことを嘆かないで欲しい。
無事を祈ってくれるメルセフォーネの元に降り立つと少女もまた同じように祈った。 「私も祈る。 あなたが安心して身を委ねることが出来るように。」 「あなたの世界の平穏が護られる事を。」 両の手を合わせて瞳を閉じる。 神聖な祈り。
少女らの祈りが終わる頃に現実へと戻ってきた。 いつもの、メルセフォーネの部屋。 だがお互いに心はどこかしらかわったのだろう。
「もう行かなきゃ。」 恐らくこの建物の中で追われるようなことにはならないが、あまりのんびりしている余裕は無い。 今はまだ逃げなければならない時期だから。 「…………………お元気で。」 「また、夢で逢いましょう。」 現実で会うのは容易くない。 もしかしたら、もう二度と会わないかもしれない。 生きていくとは、そういうこと。 自由とは、そういうこと。 それでも少女達ならば、別の手段で逢う事はできるだろう。 出口に立ち、一度だけ振り返りそう告げると少女は闇夜に消えていった。 望む未来のために駆け出す背中には綺麗な蝶の羽が、光に模られて、見えた。 -- アフィクルルカ
- (あの一件から目覚めて以来、占い師の語る言葉は時折酷く抽象的で、不可解なものと化した)
(それはまるで神の言語の暗号を解く鍵を聞こえるかのような一方で、何処か狂気を孕むかのようにも受け取れる) (……一つ確かな事は、人の領域たる存在ではない事) (それ故に、彼女は"占い師"ではなく"魔女"と化したかのように) (無意識と空の領域を渡り歩き、遠くの誰かと意思疎通する事が出来るように) -- メルセフォーネ
- (その代償に、瞑想と睡眠の時間は増え、人ならざる言語の様に聞こえる事があるのだけれど) -- メルセフォーネ
- (数日後、部屋に直接奇妙な獣が届けられた)
(東ローディアの地においてはさほど珍しくもないが、帝国からみれば珍妙な獣) (駱駝とよばれる獣が、直接メルセフォーネの部屋に) -- 宗爛
- (駱駝を届けてからも暫く眠り続けていたが)
(数日後、そっと目を醒ます) ・・・・・・・・・・・・・・・? (気が付けば、奇妙な姿形の動物が自分の傍に寄り添うように座っていた) (夢で見慣れていたので初めて見る姿ではないが、現実に実物が存在する事に静かに驚いた) (……そっと手を伸ばして、駱駝の頭を撫でて微笑む) (駱駝は気難しく人慣れしにくい動物である筈なのに) (何故か、主の目覚めを待ちわびていたかのようだった) -- メルセフォーネ
- メルセフォーネの見る夢は。
深い眠りに落ちて、浮上することも稀。 映るのは光明かそれとも混沌か 知りえるのは彼女だけ。 今宵はどんな夢を見る? だが安らかな眠りを邪魔する者が居る。 どこからともなく湧き出る光、それは蝶を模っている。 夢から夢へ繋がる、夢渡り。 夢を結び来訪者だ。 -- ???
- (メルセフォーネの囚われている夢は、煌く星空の砂漠の上を、駱駝に乗りただひたすら歩んでゆくもの)
(光のヴェールを被り、身を護るようにして。馬なら足を踏み外すであろう険しい道でも、駱駝のゆっくりとしっかりとした足取りでなら進めるのだから) (歩みを進めるほどに、その道は限りなく純粋な光そのものと同化するかのような感覚を覚えさせるのだけれど) …………? (ふと、目の前を光の蝶がよぎり、駱駝の足を止めて振り返る) (……そこには、深淵の淵を歩んでいた道とは反対に、泉のように輝きながらも潤沢な水しぶきが蝶の形を創りはためく様子が美しくて、息を飲む) (その光景に目を奪われていると、蝶達から誰かの思念が伝わってくるような気がして) …………誰? (思わず呼びとめて 声をかける) -- メルセフォーネ
- 砂漠に沸き出る飛沫は煌く星砂に染み渡る。
ヴェールに身を包み外敵から護るように進む旅路に潤いを与えるのか、それとも…?
呼び声に応えるように蝶は一点に集まり光は大きくなった。 徐々に人のような形を取り、美しい蝶の羽を持つ少女がメルセフォーネの前に降り立つ。
「綺麗な夢。」 「…先を読み、未来を見通す夢。」 裸足の足で星砂に触れた。 音もしない。 足元でさらさらと砂が崩れ落ちる。 「あなたと同じ。 予知する者。」 「偶然、それも必然。 夢が近かった。 同じだった。 だから私はここにいる。」 -- アフィクルルカ
- 砂漠に喩えられる深淵
その最も長く、孤独で険しい剣の刃に譬えられる程の狭い橋を通って越えなければならない それは【神の隠された名前】の与えられたものだけが唯一、渡る事の出来る小径 宙に舞う蝶が集まり、一体化してゆくように 行き先の純粋な純白の光の輝きが息づくように人型を取り始め、羽化するかのように現れる少女はまさに蝶の化身の様だった ……何処かでうろ覚えに聞いた話なのに、蝶は魂の化身であり自由と美しさの象徴だという事を連想させた 「…………」 (不思議そうに、少女を見つめる) 「………………」 (ゆっくりと唇が動いて、少女の足元の砂が崩れ落ちると、不思議そうに尋ねた)&br: 「……どうして、貴方は裸足で深淵の淵に立てるの?」 (直感――言い変えるとそれは理解と等しかったのだけれど) (それは、彼女が"この場所に立てる"という事で納得した。何かしらの直感や第六感の類と呼ばれる予知や読みとる力があるものだと言う事に) 「……偶然?必然……? 夢が近かった――……?」 「……そう。きっと、それは……無意識の領域が混じり合い、夢で通路が開かれたのね……」 (ぼんやりとそんな事を思いながら、人にしては何か純度の高い魂を持つ少女に興味を抱く) (それは、彼女の現れる光景が美しかった事から、心を奪われたこともあるのだと、そう感じながら) -- メルセフォーネ
- 「何故あなたは駱駝に乗るの?」
これが、答えだ。 彼女が”綺麗”と言ったこの砂漠は恐れるべきものではない。 畏怖すべきものではない。 ただそこにあるのが自然で、自分が降り立つのも自然。 目の前の少女は人ではない。 人間と分類されるべきものではない。 理論諸説知りはしない。 人の理に囚われない。 光のヴェールに隠されたメルセフォーネの視線と合わせるようにじっと見上げている。 「私は籠を出たから。 領域が広がったのかもしれない。」 「同じ夢を見る人に会うの 初めて。」 大きな蝶の羽を一層広げて喜びを露わにしている。 とても無邪気で純粋な歓喜。 -- アフィクルルカ
- 其れを問われて、理解した。其れは直感と同価値である
蝶を摸した人型の少女の魂の純度は人ではない それは、人では越えられない道を彼女なら越えられるのだろう それも、容易く もしくは、同じ場所に立っているように見えて、本来は彼女と別次元に立っている可能性も否めないのだけれど ただ、理論で整理できない物の為に人は"知恵"を授けられたような気を、私は何となくしたのだ じっと見つめられる瞳を、ぼんやりとした瞳で……けれど、彼女の中ではしっかりと蝶を見つめていた 「……? 籠?」 (首を傾げる。わからない) 「……うん、そうね……私もだわ」 (小さく微笑んで、静かに 見落としてしまいそうなほど小さいものだったけれど、自身の中では何とも言えない、他者との初めての共有意識を持ったような気がして) (始めての幸福の味を知った気がした) -- メルセフォーネ
- 「籠、檻、閉じ込めるもの。」
「意識の矛先を矮小させ己を縛るもの。」 「私は籠を出た。 自由という不自由を取り戻した。」 説明はひどく抽象的なもので言葉で遊んでいるような素振りさえ見せる。 事実を伝えるためというよりも会話を楽しむためのもの。
では、と改めて少女はメルセフォーネを覗き込む。 夢という無防備に近い場で…近寄って……瞳をじっと見詰める。 重力にも縛られないため気がつけば吐息を感じられるほどの近さ。 「………同じだけど、違う。」 「あなたは、囚われたいの?」 ぽつりと告げた。 その意識の乖離が夢の乖離を呼ぶのか、少女の姿はゆらりと揺れて光に戻っていく。 光からは蝶が生まれ霧散を始めた。 -- アフィクルルカ
- 「……籠、檻、閉じ込めるもの」
(ぽつり、と小さく続いて反芻する。ああ、そうか彼女は閉じ込められていたのか) (――……そう 思いながら話を聞く) ひどく抽象的な言葉だったけれど、それがどんな意味を持つか伝わったのは、メルセフォーネの水星が魚にあったから拗れる事が無かったのだろう 双魚宮に水星を持つ生まれの者は、系統的及び組織的に考えるのが不得手かつ自分の意見が曖昧だが、非常に高度に抽象的な事柄を直接理解できるという驚くべき能力を備えていたから ……故に。他者には理解しがたい神の予言を理解できるのだけれど 覗きこまれると、吸い込まれそうな瞳に見つめられながら、そのまま見つめ返す 長い碧の髪、白い洋服、予知能力…… 彼女から見れば、きっと私は人なのだろうけれど……俗世の人から見れば私は恐らく彼女側の人間なのだろう 人の姿を摸した、人ならざるもの 合わせ鏡を見ているかのように、共通点が浮かび始めたところで、彼女の言葉で意識が戻る 「…………え?」 (囚われたいの? ……その問いに) 「私は――……」 (そう、続けようとして、彼女の姿はゆらりと揺れて光へと帰化してゆく) (舞い散る蝶が全て消えないうちに、告白するように言葉を止めることなく綴る) ……無いの 私、水と地の元素しか、無いの (水は主に情緒を、地は安定性や才能を、火は熱意やアイディアを、風は情報、知識を司る) (それは、故意に下界との交流を断絶する宗教的な風習が残った地域で生まれた人に稀に見る特性であり、本来はほぼあり得ない) (それは、彼女が自ら道を切り開く能力に乏しい事。自分の足では進めない事が、既に図に象徴されていたのだ) (……言葉が彼女に伝わったのかはわからない けれど) (最後の蝶が舞い終わるのは見届けながら「届いていると良いな」という淡い期待を胸にした) -- メルセフォーネ
- (いつからか、彼女は深い眠りへと誘われる事が多くなった)
(起きている事が稀となり、横たわる姿だけは見ようによっては眠り姫の様だった) -- メルセフォーネ
- (数日眠りっぱなしで数時間起きたら寝るのを繰り返し)
(そのたった数時間の間に食事や少しの会話をすればすぐにまた眠りにつく生活を彼女は繰り返す) (それでも、宗爛が手放さなかったのは稀にある彼女の"予言"があるからなのだろうか?) -- メルセフォーネ
- (けれど、最早彼女の"予言"は人知の及ばぬ領域へと足を踏み入れており)
(それが何を示す予言であるかも、誰もわからないかもしれないだろう、いや、わからない) (起きる数時間は決まって夜の月の美しく輝く夜であり) (喋る言葉は人知に及ばぬものである) (この事から、もし知識のある人間ならば彼女の事を"月の娘"のようにも"牧神(パン)の花嫁"の様にも) (或いは、あらゆる人にとっての神の天使の僕の様にも映るかもしれない) (それは最早、辛うじて人の形を保つだけの肉体を枷として居る様にしか視えないのだから) -- メルセフォーネ
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(こんこんと――……) (ただ静かに眠り続ける) (今、彼女のその身に宿るものは何なのだろうか?) -- メルセフォーネ
- (人知の範疇を超えた言葉を話すのは、彼女自身の意思なのか)
(それとも、都合良く 神が今世へと降り立つ為の宿り身なのか) (もし、彼女の体が乗っ取られたとしたのなら、彼女の意思は何処に行くのだろう?) (いや、彼女の"意思"そのものを失った肉塊は"彼女自身"なのだろうか?) (ただ一つだけ、わかる事があるとすれば) (純粋さとはただ最高に生きることである) (純粋で高められた優雅な効果が問題に付け加わる) (これゆえに、変化、増減と減少、動揺となる) (けれども、熱中して逸脱しやすい) (つり合いが注意深く保持されなければ『狂気』に走るかもしれない) -- メルセフォーネ
- (ゼナンへの六稜軍出兵が決定され、増援部隊と共に南進することが決まった夜)
(占いの依頼をするために宗爛が寝室を訪れた。わざわざ寝室にいくせいでいらぬ噂を立てる結果になっているが……まぁ、瑣末事だ) 占い師。先見を頼んだぞ ……特に、風読みを念入りに頼む。次の戦いでは風が重要になるだろうからな 今回は前線にお前も連れて行く予定だ。準備しておけ。配下の祈祷師共にも挨拶しておけよ。いいな? (それだけつげて、踵を返し、軍務に戻っていく) -- 宗爛
- (命じられれば静かに頷いて作業に取り掛かる。驚くほどの速さで済ませると、宗爛に報告し、日が昇り始めた頃に床に就いた) -- メルセフォーネ
- "彼女"は自分自身が光という輝きの存在であると同時に
また、その姿を隠すために光のヴェールを纏っている "それ"は光を永遠の精神の完全な顕在としてではなく、気高い精神を覆い隠す為のものとして捉える事が重要である 光はその類ない眩いばかりの輝きの為に、ますますそのような効果を顕すのである "彼女"の本質はこのように光であり実質である "彼女"の足元には様々な宝物が隠されているが、其れを手に入れるには"彼女"と通じなければならない そしてまた、その宝物自体が"彼女"自身を隠蔽するために置かれる目晦ましなのだ "彼女"の元へ、そして宝の元へ行く為には――に――――――必要がある 其れは――が―であり、――を示すからだ --
- (強い風が私の体を吹き抜ける)
(遥か高見から、私は"それ"を見降ろすかのようにして微笑を漏らす) (風に――が混じる様子を、文字通り高見の見物をしながら) (私は初めて心から宗爛様に笑いかけていた、のだ) -- メルセフォーネ
- (目を覚ますと、普段なら暫くは夢見心地で現実と無意識の境目に立たされているかのような曖昧さを感じる筈のそれはなく)
(ただ、酷く静かに心が冷えるかのようにして思考が働く) (巡る季節、そして 恐らくは夢に見たあの時期は宗爛様の服装と、周囲の景色) (深い緑の色どりが鮮やかに、透き通る青空の爽やかさと風と雲の涼しさの恵みの季節――恐らくは、いいえ 間違いない夏の時期) ("あの"場所から考えれば、風が吹く場所は"あそこ"だろう) (毎年、あの場所は高い場所にある以外にも風が吹き抜けて諸外国よりは夏が過ごしやすいのだから) (だから、きっと……それならば) (私は急いで約二カ月分の星周りを計算して算出し出す) (一日では終わらない量に、数日、ゆっくりと時間をかけてそれらを綿密に計算して計画を立ててゆく) (幾つかの候補が上がった後に、私は宝物を大切に仕舞いこんでおくかのように、装飾で飾られた箱の中から鴉の躯を取り出す) (それは、傍から見たら口付けするかのようにも視えるほど、嘴の傍で私は囁く) ……ねぇ、"いつ"攻めればいいかしら? ……ねぇ "どんな方法が"一番彼らが茂垣苦しむのかしら? ……ねぇ、"どの時"が一番強い風が吹くかしら? ……ねぇ 自分達の受け継いできた知識と術で、自分の首を絞められるのって どんな気分を味わえるのかしら? -- メルセフォーネ
- (平穏の中であろうと、動乱の中であろうと彼女は瞑想を続ける)
(1日2〜3時間行うのは当たり前で、永い時は半日、下手をすると文字通り水すら飲まず1日中行う事も稀にあう) (ベットで横になって行うので、傍から見ればそれを知らぬ者には『よく眠る娘』としか捉えられないのかもしれないけれど) (暗い闇夜の中からぼんやりと青白い炎の様なものが揺らめき、私を呑み込むようにそれは広がってゆき――……完全に覆われた時、それは白い閃光の中に私はいつの間にか存在するのだ) (何も考えず、雑念を捨て無の極地の意思へと私は歩んでゆく) (無が神と等しいのならば、それは神の目線なのだろうか?) (瞑想は困った時に行えば、神が答えをくれるように答えの出てくる事がある) (そしてそれは 時には時の移りゆく姿も) (隠された真実をも映し出す鏡なのだろうか?) (或いは、人には見る事の出来ない無意識の領域へと徐々に足を踏み入れることで知れるのだろうか?) (例えば、それは) (こちらが知らなくても、敵側がこちらに何か策を用いる時も) (現実世界では個々の存在、個々の意思、個々の自我として存在しているけれど) (無意識下では全てが繋がっているのなら、そこへアクセスすれば私は貴方であり、隠しごと等も無意味であるのだろう――と) -- メルセフォーネ
-
(その日、包まれた光には――) (白という輝きから象徴される無垢や純粋さとはとても似つかわしくない、禍々しい執念が渦巻いて、無防備でただひたすら感じること、視ることしかできない私を苛める) (憑りつかれるかのように、或いは助けを懇願するかのように) (幾つもの意識が私の中に入ってきて、その映像が私には映るのだ――) 夥しい数の死体が、夥しい数の無念仏が…… 人の死を貪り、其れさえも戦の駒として嘲笑い使い捨てるかのように、残酷で無慈悲な意思によって融合されて結晶化する…… (気付かないうちに、私は"其れ"を語り出す) (意識は現実には既に無いけれど――……もしかしたら従者の一人が急いで記録を施し始めたか、或いは誰かが宗爛を呼んだかもしれない) -- メルセフォーネ
- 虚心の兵が形作られる
不屈の闘志と屈強な肉体、選民思想と郷土心を餌に 神の業の神聖魔術とゴーレム作成術とネクロマンシーの魔力の残留因子が 戦場という歪な空間で儀式化され、死を通し顕在するだろう 偶然の産物――……偶然とは、本当に只の偶然だろうか? 偶然とは、神が匿名で必然を下す別名なのだろうか 注意せよ、勇敢と無謀は別物だ 長い間、苦渋の想いをさせられるだろう 意思のない殺戮兵器に――注意せよ 特に前線に出ている者達よ 彼らは意思を持たない、けれど無数の集合意思の負の念は地層のように積まれている 強い憎悪と負の念が まるで動力源の様に動くからだ―― 警告したぞ、警告したぞ、警告したぞ――――…… (ぷつり、と反芻が途切れると同時に、半開きで虚ろだった目が閉じて意識が途切れて深い眠りへと囚われる) (呼吸も限りなく深く、彼女の眠る様子は まるで朽ち果てた死体の様だった) -- メルセフォーネ
- (占い師より受けた託宣。しかし、その意味を解することは未だ出来ない)
……何が……戦場で起きようとしているのだ……? -- 宗爛
- (宗爛の問いに答えることも無く、ただ静かに眠りに囚われる)
(それはまるで、彼女の時が止まっているかのように) (或いは、彼女の周囲だけ巡る時の空間が別世界のものかのように) -- メルセフォーネ
- (神か。さもなければ魔でも降りたようだ。近い戦で起こるであろう事の「予言」なのかもしれない)
(メルセフォーネの部屋を覗き見た部下の女性の話を要約すると、そのようなものだった) (心の奥底にそれを留め、薬士隊は出陣してゆく。西へ、赤黒き血と屍の湖が出現するはるか西の大平原へ) -- 薄荷
- (普段なら戦の前にしかしない靴音が、すぐ傍にまで近寄ってきて)
(扉の前で止まる) いるか、占い師 -- 宗爛
- (あの後、部屋に篭り 小さく縮こまって寝具に身を沈めていた)
(耳に馴染んだ足音がこちらに向かってくる あれは宗欄様のもの) (起きなくちゃ) (なのに ああ 体が鉛のように重く沈んだまま起き上がれない) (私を呼ぶ声が聞こえるどうして宗欄様は此処に来たのだろう?普段は来ないのに) (返事をしなくちゃ声を出してはいけない) (返事はない。暫くして宗爛が踵を返そうと思った頃に) ……どの、ような……ご用件でしょうか?(扉が開き青ざめた少女の顔が見えた) -- メルセフォーネ
- (その様子を見てもう一度溜息をつき、答える)
明日、ゾド近辺に未だ潜伏を続ける元東ローディアの反抗勢力を燻り出しにいく 戦場に出るに際して、天気と風向きを知りたい。早急に占って欲しい (理由を与えてやったほうが、コイツは安心するだろう) -- 宗爛
- ……!
(命を受ければ、青ざめた表情から一変して占い師の顔へ) ……かしこまりました、至急星の動きと天候、風向きをお調べ致します (一礼して机に向かい本を開き、星の計算を行い始める) -- メルセフォーネ
- 任せる。暫し此処で待たせてもらうぞ
(隅に置いてある椅子に座り、結果を待つ) (……こいつも、俺と同じなのだ) (役割を与えられている間は、現実から目を背けている間だけは安心していられる) (目前に追うべきものがある限りは……安寧の中にいられる。これはそういう女なのだ) -- 宗爛
- (窓の外へと目を向け、太陽を見ればヴェールに包まれ隠されるかのようにして券層雲がかかる)
……今日は日の恩恵を受けておりますが明日は天候が悪くなる前兆が見受けられます (カリカリとペンを走らせながら明日のホロスコープの図を作成してゆく) ……ボイドですね。この時間は判断や行動などをせず、忍耐強く待った方が吉です 動き出すのはお昼を過ぎた頃にしてくださいませ 月が魚座の後半にありますが、ボイドタイムの終わりと同時に次の宮、雄羊へと入ります この辺りから勘がさえたり物事が急に動いたりしやすいと思います それを合図に行動を開始してくださいませ。それまでは待ったりしていた方が良いでしょう (図を見てもう一つ気になる配置――がある 水星と火星の180度) 仕事の冴えるアスペクトが見受けられます……が この日に水星が火星を追い越し始めるでしょう……ラストスパートをかけるならこの日が最適ですね 集中力が凄まじく高まる日です……張り切ってやりきって明日で全てを終わらせるつもりで行うと上手くいくでしょう 太陽と海王星のコンジャクションに120度で土星が絡んでいますね……現実を意識しながらも目標、高い理想や抱く夢に向かうつもりで消火していきましょう ……もう一つ。太陽の位置からすると恐らく自分自身に価値を感じたいと思うでしょうし…… (価値を感じてくれるところで自分を発揮したいのだろう、という配置に気づいて口を閉じる) (現実が自分の目標や夢にあってないと……我武者羅に動きたくなるだろうから) ……衝動的に動きやすい日であり、かつ動きやすい日でしょう 目標に関しては宗爛様の理想を強く抱いてくださいませ……衝動的に自身の魂の叫びを行いたくなるでしょうけれど…… その辺りは現実や現状も把握しながらにしてくださいませ ……夜に もう一度星を確認してから再度明日の天気をお知らせに参ります ……宗爛様、恐れ入りますがこの周辺に『風』や『吹』等風を連想させる文字の入る文字の入る土地はございますでしょうか? 古くからそのような土地は風が吹いていた地域であり、土地の状況が大きく変わっていない限り、その地域には風が吹いている可能性がございます (宗爛の思惑通り、仕事を与えられれば先ほどまで抱いていた不安の主とは思えないほど集中して作業をこなしていく) (仕事になっているが、彼女は魔術と向き合っている時が一番安定しており、かつ自己肯定の場なのだ) -- メルセフォーネ
- (一通り黙って話を聞いていたが、一息に言い切ったメルセフォーネをみれば軽く微笑み)
相変わらず、仕事の時だけは良く喋るな……ああ、いや、それでいいのだ むしろ、普段もその半分でもいいからしゃべってもらいたいものだな お前の助言通り、機が訪れなければ明日は頃合をみてから昼過ぎに出撃するとしよう 夜の星詠みの結果は俺に直接伝えにきてくれ。いいな? -- 宗爛
- (向けられる軽い笑み。籠もる暖かさは、私にとって金や宝飾等の分かりやすい褒美よりもずっとずっと嬉しいもの)
(宗爛様が満足していらっしゃる、ああ、私はまだ此処にいて良いんだ) (そう感じられる瞬間は何よりも大切で……私の冷える心に希望を灯してくれる) (仕事の時に饒舌になるのは、伝えたいことが多くって足りないから) (けれど、おしゃべり女ははしたないだろうかとの思考が過ぎった瞬間に続きを耳にして思う) (あぁ、私 喋って良いんだ) ……努力します(小さく口元が微笑む。表情が柔らかい) かしこまりました。明日は天気の崩れる兆候も見えておりますので、その点は宗爛様もご注意下さいませ ……敵を策中に嵌めるには最適な日かと思われます はい(返事をして、夜までに周辺の草木を調べて、自身も風に当たり風の方位を調べながら夜を待つ) (雲の流れが速く、天気が変わりやすい前兆だ。一見穏やかでも上空で風が吹き荒れる証) (太陽を見ておおよその見当は付いていたが、星をみれば満面の星空に星が燦然と輝いている) (大気の揺れている証拠、一見満面の星空でも 星の瞬きの激しいときは上空で風が吹き荒れている証拠であり) (即ち天気が変わる前兆だ) (改めて宗爛に報告へと上記の理由を説明しながら天候と風の様子を伝える) 本日は日が暖かく風も穏やかで星空も一見すると綺麗でした 大抵の人間は、明日を晴れだと誤認しやすい日でもございます -- メルセフォーネ
- (その報告を聞けば、口角を吊り上げて満足げに微笑む)
なら、雨天用の装備を直ぐに準備させよう 御苦労だった占い師。今日はもう休め
(後日、確かに天気は雨天となり、その影響で発生した河川の氾濫により、敵部隊の多くが犠牲になった) (一方、雨天に備えていた宗爛の部隊は被害は一切受けずに進軍し、敵の本営を後背から奇襲し快勝) (味方からすら、「まるで先読みでもされているかのような手際だった」と畏れられた) -- 宗爛
- (いつも私は部屋に篭っていた)
(それは、星を読むため) (それは、即ち時を知る能力であり、未来を知る手掛かりとなるから) (同時に、それが私の使命であり、唯一の私の存在意義である) (今も昔も、それは何一つ変わらない事) (星を読まないと落ち着かない) (書物を引かないと気がすまない) (なのに――……ああ) (私の中からあの声が、私に呪詛を吐く) 役立たず 役立たず 役立たず (お願いだから、私を責めないで) (あの日から、私の癒しの術は失われてしまった) (今は、まだ 星が読める) (いいえ、正しくは――……予知能力がある) (星だけじゃなくて、まだ、それは確かにあるのだ) (いや、違う 縋っては駄目だ) (それは曖昧なものだから) (星を読む、知識とデータの積み重ねの延長戦にあるものではないから) (心の拠り所にしてしまっては、無くなってしまった時に) (……本当に そのときの私はどうしたらいいか わからなくなってしまうから) -- メルセフォーネ
- はっ……はぁぁっ……
嫌っ・・・・・・! ぁぁぁぁぁぁ…………っ! (声にならない心に渦巻く禍々しい感情を半狂乱気味に発狂しながら部屋の隅で蹲って泣いていた) (飛べないのではない、自力で羽ばたけないのだ) (一つは、自分を縛る 過去) (本来、過去は今の自分を形成してきた証であり、地層であり) (自分の生きている証で、それはそれはとても大切なもの) (けれど、私は自分の過去と向かい合えない) (少しでも脳裏によぎれば、まるで私を苛むような想いに駆られ) (過去に拘束されるかのように、呪縛から逃れられないのだ) 助けて 助けて 誰か助けて (逃げられない 逃げられない 逃げられない) (私が大切にされたのは、癒しの力と予知能力を持っていたから) (自分自身、わかってる 私の価値がそれだとは) (宗欄様は私が癒しの術を使えていたことは知らない、知らなくていい) (落胆されるのが怖いから) (使えなくなったのかと問われるのが怖いから) ……お願い、やめて…… そんな目で、私を見ないで……私を責めないで…… (宗欄様が平然と自分の兵士を切り捨てるときの冷たい目と、あの男の冷酷な瞳が重なって私を責める) (妄想と幻聴に脳内を掻き乱されて可笑しくなりそうだった) (過呼吸になりそうなほど激しく息を吸っているのに苦しくて寒くて吐き気を催しそうだった) (カタカタと震えながら、自分自身を拘束している首輪にそっと両手を重ねる) (まだ外れない首輪、繋がれた首輪に心が安堵する) (ま だ こ こ は わ た し の い ば し ょ) (急速に心が安定すると共に、呼吸も徐々に整ってくる) ……わたし は まだ ここに いて いい…… (繰り返す、私自身が壊れないように) (自分自身の安定を保つために) (私は籠の鳥ではない) (自分では飛べない鳥なのだ) (だって――……それは――……) -- メルセフォーネ
- (外が酷く気になる)
(本を閉じて、私は窓の外の景色へと目を向ける) (豊かな翠の森林は、豊かさと感性、恋愛の天体金星の守護を受けるかのように美しく平穏に広がり、空を舞う色鮮やかな宝石のきらめきを放つ蝶が飛んでいて) 「……綺麗」 (その光景に見とれながら、いつか、一人で外出して気ままに、心の許すまま歩いてみたいと密かに願う) (……けれど、それも叶わない) (自分を否定するかのように、或いは抑えるようにして首を横に振って自分自身に言い聞かせるように、諦めるかのように窓から離れて本を手にする) (私がここに居るのは、星を読めるからだ) (星を読む事は即ち時を読む事) (私の目と合わせて、誰しもが夢を抱き、希望を望む未来を垣間見る為のもの) (その為に、私はここに居るのだ) -- メルセフォーネ
- ……………
(ここ最近は、変化の流れが強い) (変化の流れというものは必ず先に破壊があり、その後再生へと続く 破壊→再生の流れにあるのだけれど) (天王星・火星・冥王星のTスクエア……破壊と変化を象徴するようなTスクエアが黄金歴223年1月に火星がヒットして作られてから特にその流れが強い) (この破壊は現状の破壊) (正確に言えば、現実も常に変化を伴っているのだ) (人は安定を求めるが、それも変化の上で安定が成り立つものであり) (実は常に現実は変化と共に成り立っている) (けれどこのTスクエアはそんな些細な日常のものではなく、大きくガラリといきなり変化してしまう大規模なもの) (分かりやすく例えるなら、まさしく「搭」のタロットそのものだ) (人は何か変化があると恐れる傾向があり、本能的に守備に入りたくなるものだけれど) (この流れを受け止められるものが、この先の未来を掴み、自分の理想へと近付けるのだろうと私は思う) …………宗爛様にお伝えしなければ 今は変化の渦中にあり、破壊の段階。そして、それは宗爛様が強く心から望めば流れをコントロールできる可能性もある事を 未来を形作るものは、いつであろうと未来に希望を託し信じるままにそれを描き進む者であると言う事を -- メルセフォーネ
- (数か月、彼女は深い眠りへと囚われていた)
(眠り姫、或いは糸の途切れた操り人形の埋葬の様に) (それは、もしかしたら魔術の心得のある者には眠る事によって無意識と深く深く繋がる為の瞑想の様にも、無意識を活性化させる為に儀式の様にも捉えられるかもしれない) (……ただ、そう感じたのも最初の一か月程度で、それ以降は永い間悪夢に魘されて辛く苦しそうだったのだけれど) -- メルセフォーネ
(夢を見ていた。今は遠い、昔の夢を――…………) (暗い深淵の淵で溺れてもがくかのように、悪夢にうなされる)&br: ――――様…… ――――――様……! (遠くの方で誰かが私の呼ぶ声が聞こえて来る方へと必死に足掻く) (それと同時に目が覚めて、私の身近の世話をしてくれる従者の顔が映り込む) (本当に溺れかけたかのように、息苦しさと心臓の鼓動が激さが止まらない) (…………かけられる声は「大丈夫ですか?」ではなくて) (どんな夢を見られましたか?) (――……だった) (金と白の色調でまとめられた華奢な部屋の天井と、本当に妖精が夜に灯火を照らして囁きの聞こえてきそうな繊細で優雅な作りのフェアリーランプが眼に映る) (使用人が呼んだのだろうか?) (随分と身なりの立派な男が部屋に入り私に優しく問い尋ねて来る) (どんな夢だったのかを) (虚ろな瞳で、夢と現世の境目に存在するかのように) (私はふわふわとした頭でよくはわかっていないのだけれど、何かを口走った事までは覚えている) (……内容は 残念なことに覚えていないのだけれど) (其れを伝えきる前に、みるみる男性の顔色は強張って、全てを言いきる前に私の頬を叩いて吐き捨てるように怒鳴り散らし、乱暴に部屋を出て行った) (理由は分からない) -- メルセフォーネ
-
(……いつから夢が途切れてしまったのだろうか?) (気がつくと真っ暗な夢を見ていたかのような、過去の嫌な記憶を見たかのような、酷く嫌な気分で目が覚める) (目覚めると私は涙を流していたようなのだけれど、あまりにも全身が汗がぐっしょりと出ていたものだから、頬を伝うそれが涙だと気付いたのは鏡を見てからだった) (寝て休んでいた筈なのに体が重い) (それと同様に、いや、それ以上に心も――…………) (水を飲んで落ち着いて、日課の星詠みとビブリオマンシーで今日のデータを取る為に本を手にとって、ふと宗爛の顔がよぎる) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (手にした本はとてもとても大切なもの) (けれど、酷く気分が優れなくて、心が苦しくて辛くて本を開けなくて) (私はそれをベッドの上に放り投げた) (椅子の上で膝を抱えて顔を突っ伏して考える) (私は今は未来が読めるのだけれど、もし、それが出来なくなったらどうしよう……) (宗爛様は、きっと私が不要だと簡単に切り捨てるだろう) (もし、捨てられたらどうしよう――――…………) (それが怖くてずっと膝を抱えて縮んでいた) (捨てられたくない 捨てられたくない 捨てられたくない) (…………ああ、その為にも星を読まなくては) (役立たずだと思われたくない 捨てられたくない) (――――……あんな思いは……二度としたくなかったから) -- メルセフォーネ
- --
- 私が飛べないのは 決して籠に閉じ込められている鳥だからではない
正しくは 自分で羽ばたけないのだ それは、もしかしたら私の出生図に水と地の元素しか持ちあわせてない配属も大いに影響している事もあるのだろう ……それは――に―――の――を――………… ………………の***なのだから -- ミシェ
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