アイエムジー家出身 リグルト・アイレル 336310 †三行説明 †
今何してんの? †
部屋という体裁のコメント欄 †リグルト>名簿/336310 &size(){}; 最新の3件を表示しています。 コメントページを参照 設定 †
判定など †それからのこと †接触 † 黄金歴165年7月、冒険者生活から引退。
故郷には既に彼を見知った者はおらず。
老いる事のない体と共に、どこへ行くのだろうか……。
男を乗せた馬車は初夏の風の中を、国境へ向かって歩いていく。
目指すはノースフィニー国。己の技と生きる意味を持って吸血鬼の真祖を倒すために。
「俺はやるぜ、イーリス。お前さんは命を賭ける価値がある女だ」
一年の大半が降雪を伴う灰色の空。雪と氷に支配された国、ノースフィニーには二月で着いた。
男は国に着くとすぐに下調べを始める。その過程で妙な事に気付くのに時間は掛からなかった。
「どいつもこいつも諦めてやがる」
数世紀に渡る吸血鬼に捧げる為の生贄選び。不幸にもクジで当たりを引いた者の家族から一人が犠牲になる。
全てを諦めて、家畜のように死ぬ時を待つだけの住人の目が男は気に入らなかった。
命を懸ける理由が、また一つ生まれる。
男はノースフィニーの国王に会って、吸血鬼討伐の為にある程度自由に動く事を認めて貰う。
国王もまた幾世代も続く悪しき慣習、国の発展を延々と妨げる病魔に心身を擦り減らしていた。しかし膝まづく男に一つ尋ねる。
「君はまだ年若いように見える、自分の力を示さなければ許しは出せんな」
翌々日。城門の前に巨大トカゲとワイバーンが一ダースずつ積み上げられていた。
男はあんぐりと口を開ける国王一同の前で不敵に笑う。
「次はなんだよ、熊かミノタウロスか」
男にはその日の内に免状が与えられた。下準備の一つは整った事になる。
この国で確認されている吸血鬼の真祖、倒すべき首魁は三体。
氷湖のほとりにある巨大な館、そこにいる真祖が最も生贄の要求が激しいと聞いた男は小手調べを兼ねて生贄が差し出される所に同行する。
飾り立てられ、逃げ出さないように杭へ鎖で繋がれた泣きじゃくる少年。
霧が湖から流れこんでくると共に、真祖のしもべと覚しきジャイアントが数体現れる。
杭を持ち上げ、泣き叫ぶ少年の体を持ち上げようとする巨人の手。
その指が少年に触れる直前で不自然に止まり。ゆっくりと地面に倒れ込んだ。
「獣臭えから早くとっとと帰れよ、ジャイアント」
男は少年の前に立ちふさがり、敵と認めた仲間のジャイアントが唸り声を上げた。
剣風が吹き荒れる。男の手で大量の肉と血溜まりが作られていった。
妨害された供物を求めて、村の外れに怪物が迫る。
怪物達の中にはまだ「成って」から年若いように見えるが、ヴァンパイアすらも含まれている。
村の入口に立つ男が一人。背中から引き抜いた大剣と片手剣を持ち、ぶうんと風斬り音を立てて構える。
「残念だけど村は空だぜ、引っ掛けさせてもらったんだよ」
唾を吐いて相手をけなし、男は声を発した。理解できる程度の高等な知能を持つ怪物が一斉に吠え立てる。
男は氷湖の館にいる真祖・エヴァの手勢を少しづつ削いで弱体化させるために手を打ったのだ。
「後は暴れるだけだ!やるぞシュヴァルツラプター!!」
戦いは夜が白み、太陽がその姿を山脈から表した頃にようやく終わった。無数の屍の上に無様に手足のちぎれたヴァンパイアがのたうつ。
男は無言で行く手に立ち塞がる。泣き叫ぶ吸血鬼の胸を貫き、陽光に晒して燃やし尽くした。
激闘〜エヴァ〜 † 男が数度行った各個撃破による相手戦力の低下作戦は成功しつつあった。
始めた月の終わり頃には付近一帯での怪物の出現が目に見えて減り、村の周りならば夜でも歩き回る事が可能になっていた。
人々の間にようやく笑顔が戻り始めた時、その邂逅は起こった。
男の日課となりつつあった、館近くでの怪物の駆逐。その最中に一人の少女の姿を認める。
迷い込んだのか逃げおくれたのか、ともかく救い出そうと一歩踏み出した瞬間。男は背筋に氷水を流し込まれたような鋭い妖気を感じた。
「貴方がリグルト・アイレルなのでしょう?」
たおやかに金髪をなびかせた少女は、うっとりと夢見るようにただただ笑う。
「…手前が真祖エヴァだな。悪りーがお前んとこのおもちゃはすぐ壊れんぜ、不良品売るのはマズイだろ」
ヒリ付く喉の乾きに声を少し掠れさせる。今までの相手とは桁の違う敵がそこにいた。
「強い人。大好きだわ。貴方のようなしもべと明けない闇の中でずっと繋がっていたいの。それが私の夢」
「ガキと化け物に興味はねーよ」 吐き捨てるように言い放ち、大剣を諸手突きの形で構える。
「大丈夫。怖がらなくてもいいの」 熱を帯びたような真祖の発する呟きが、足元の地面に沸き上がる血の溜まりを生み出す。
血溜まりの底から、少女は身の丈を軽々と超える静脈血の重黒い色をした大剣を引きずり出した。
「貴方もすぐにそうなる。私と求め合い、愛を交わしましょう」
一拍の呼吸の後、木々を吹き飛ばす衝撃と散乱する魔力が辺りに吹き荒れた。
「あいだだだっ……クソッタレ遠慮なしに叩き付けやがって」
男と真祖の邂逅から一日。宿屋の一室で包帯を巻き終えて男は一息つく。
「……しかし、ヤバい強さだな」 春だと言うのに粉雪の舞う外を眺め、独りごちる。
眼を閉じれば思い浮かぶ、真祖の強大な力。木々をなぎ払い大岩を軽々と切り裂く敵の刃が無数に迫り来る光景。
自分の命が終わるかもしれない瞬間を何度も切り抜ける最中、男の顔には怯えとも喜びともつかない表情が浮かんでいた。
大剣同士が正面からぶち当たれば、人間の形をした者同士が発する音とは全く思えないような轟音。バチバチと魔力同士が辺りに火花を巻き上げた。
「本当に強い人。わたし貴方のことが大好き」 「俺は嫌いだね」
今度は私の館で会いましょう、そう微笑んで優雅にお辞儀をすると真祖エヴァは館に帰っていった。
邂逅の全てを思い返すと、男はベッドに転がった。次にまみえた時、それが決戦の時。
真祖が姿を見せ、館に入る事ができるのは夕暮れから朝焼けまで。その間に始末を付けなければ時の狭間に囚われ迷い続ける。
宮廷魔術師から聞いた言葉を思い出しながら、氷湖のほとりに立つ館の前に男はたどり着いた。
漸減作戦が効いたのか館に入るまで大きな抵抗はなく、要所を守る怪物以外は館にいないようであった。
男は館の扉を開け、正面から戦いを挑むべく中へと入っていく。
氷に包まれた石畳と超巨大ムカデの群れ。
閉ざされた地下水門に住まう、吹雪の息を放つ超巨大トカゲ達。
館の広間を守る十二体のリビングアーマーズ。
館と離れを繋ぐ氷の空中回廊とクリスタルゴーレムの追撃。
ミイラと化したレイビアを構える執事吸血鬼。
男の力を持ってしても、どれ一つとして楽な戦いではなかった。連戦によって体調は万全とは言い難い。
「俺はここで死ぬかもしれない」 座って火を焚き少し休んでいる最中にそう思う。
不思議と恐怖は無かった。冷静に今の状況と相手の力量を天秤に掛けた結果だ。
イーリスには心配掛けちまうな。ルニルにもう会えなくなるのが残念だな。ぼんやりそんな事を思っていた。
それでもこの国の奴らの、全てを諦めた顔を思い出すと嫌な気分になってきた。勝てる目があるなら諦めてたまるか。
立ち上がって火を消し、貰った丸薬を噛み締めて痛みを麻痺させながら霜の絶えない螺旋階段を昇って、館の最上階に進む。
男は自分の手でガッシリとした重たい扉を開いた。冷気が階段に向かって緩やかに流れ込む。
金髪の女…戦うために体を変化させていた…は来客に笑顔を向けた。部屋の中は何百年にも渡って捧げられ続けた少年少女達、それらの凍り付いた大量の手足が冷ややかな反射光を放っている。
「来てくれたのねリグルト、本当に素敵な人」「これ以上話す事なんざねーよ、殺しに来たぜ」
真祖エヴァはクスクスと笑い、焦らなくてもいいのにと歌うようにさえずるように言い聞かせて来る。
それでも男が大剣を構えたのを見ると、残念そうに口を尖らせた。 「いいわ、話は後で…一つになりながらゆっくりと」
足元に沸き出した血溜まりから大剣を引き抜き。手持ちのキャンディか何かのように軽々と片手で構える。
ノースフィニーの歴史を変える一戦、その幕が上がったのだ。
館の最上階を激震が襲う。剣戟の激しさが長らく氷に閉ざされた館を揺らしているのだ。
二度、三度と魔力の込められた大剣同士がぶつかり合う度に、衝撃が光となり音となり、物理的な力となって最上階をみし…と揺らす。
一瞬でも気を抜けば、お互いに首と胴体が別れ別れになる幾多の交錯。両者は全くの互角であると言えた。
男は全力で戦っても決め切れない事に苛立ちと焦りを覚えた。向こうはどれだけの魔力があるか知れないが、こちらは有限なのだ。
夜が白む。夜が夜でいられる最後の時間、現世に帰る限界時間が迫っていた。
常人ならば持ち上げるにも難儀する大剣を用いて二つの実体と影が踊る。相手に死と滅びを与える為に踊る二人の剣の舞。
衝撃波が細く細く上の壁に穴を空け、輝く陽光になる手前の朝焼けになる直前の明かりを部屋の中の一点に映し出した。
と、一時間も続いた均衡が破られる。エヴァの突きが大剣ごと男を壁に叩き付けた。衝撃で凍り付いた生贄の手足がガラガラと崩れながら位置をずらす。
「く、ぁ…っ」 「もう戦わないで。これからずっとずっと一緒にいるあなたを傷付けたくないの」
ふざけるな、と言いたいが衝撃と痛みで声を出すのも苦労する。有効打を与えられる見込みも立ってはいなかった。
それでも、立ち上がる。もはや理屈も勝算もあった物ではない、ただ意地と託された思いが男を動かしていた。
せめて光が欲しい。並の吸血鬼を焼き尽くす太陽の光を大剣を包む魔力に混ぜられたら…。それが叶わぬ願いである事は分かっていた。
こなくそ、と叫んで魔力を練り直す。もはや自爆攻撃で差し違える事まで考えていた。そんな男を愛おしそうに見ていた真祖の表情が変わる。
何事かと手元を見た男は我が目を疑った。刀身が光り輝く魔力の殻を纏っている。光を取り込み練り込んだ証だと言わんばかりに輝いている。
一筋の光が大剣に注がれていたのだ。ではどこから?答えは光の道筋を辿ればすぐに見つかった。真祖はほう、と目の前の奇跡に見とれるように息を吐く。
何重にも重ねられ、分厚い氷の膜でこの世から隔離された少年少女達の凍り付いた手足。その小山に戦いの余波で開いた穴から照り付けた陽光が、反射を繰り返して大剣へと続く一本の道となっていたのだ。
「…これが、手前の罪だ!これがその報いだぁっ!!」 「素敵…それが私に滅びをくれるのね」
もはや背中に溜めた圧縮魔力を解放して突撃するのを迷う事などあるはずもない。これが通じなければ自分の手札など一枚も残っていないのだ。
「名付けてサンライト・オーバー・クラッシャー!滅び去れえええーっ!!」
男の全力の一撃は、真祖が楯代わりに構えた血の大剣を真っ向から貫いて心臓を串刺し、背骨を吹き飛ばしながら貫通した。
「燃える 燃える 世界が 貴方が 私が…」
光り輝く刀身が真祖の体から青い炎を上げさせる。魂を砕き存在を冥府魔道からも拭い去る消滅の時。
真祖エヴァの消滅と同調して、氷湖の館は崩れ去った。
館の跡地におっかなびっくりやって来た村人が見たのは、下半身を瓦礫に埋められてヘロヘロになった男の姿。助け出すと開口一番、腹が減ったと呟いた。
この日、男はノースフィニーの歴史に名を刻む。
激闘〜グラナダ〜 † 国王は男が真祖・エヴァを討伐した事を正式に認め、最大の礼を持って彼を称えた。国は喝采に沸き、急遽お祭りの山車などが担ぎ出されている。
だが、国家の要人が次々に演説を打つ祭壇に彼の姿はなかった。紙吹雪が舞い屋台が出る王国中枢にも彼はおらず、人々は主役がどこへ消えたのかとあちこちを探している。
宿屋に近い川べり。男は寝転がってぼんやりと何をするでもなく空を見上げている。
「流石に夏は青空になるんだな」 呟くといえばそんな何でもないようなことだけだ。
男の中には名誉欲の類は消え失せていた。故郷から逃げたデーモンを打ち倒して、不老の呪印を解くために帰った村で自分の事を誰も覚えていなかった時、彼の心の一部に暗い影が差し続けている。
「ルニルは元気でやってっかな。イーリスは痴漢野郎にいたずらされてねーかな…警備雇ったから心配ねえか」
よっこらせと声を出して起き上がる。宿屋に帰っていく男の背中、短い夏の空に鳶が舞っていた。
トンズラこいていた男も遂に見つかり、深夜まで続く宴席の真ん中に担ぎ出されて持て囃されてから一月が経った。
以前のように跳梁跋扈という訳ではないが、やはりモンスターは出没する。夜ごとに繰り出して敵を討つ日々は続いていた。村ごとに自警団を作り、敵に対抗する意志と能力が作られていく。
だが、時代は男を退かせてはくれなかった。
ある夜の事。何時ものようにジャイアントを斬り倒して一息ついた男の視界に、麓の村が入った。
それだけならどうという事はないのだが…どうも何かが気になる。
男は違和感の正体が、氷湖の館の最上階で見た数々の凍った遺体が放つ反射光と同じ物である事に思い至った。畜生と叫んで森を駆け降りる。
駆け付けた男が目にした物は、あまりにも静かな世界だった。柵で囲った村の領地全てが、数センチはある厚く青味がかった氷に余す所なく覆われている。
途方もない膨大な魔力による人知を超えた所業の中心に、一つの影があった。高貴な身なりが枯れ枝のような体を包んで宙に浮いている。
男は大剣を諸手で上段に構えて対峙していた。夏だと言うのに氷は溶ける気配を見せるどころか、ごくごく僅かだが範囲を拡げようとすらしている。
「人を超えた戦士リグルトよ。相対するのはこれが初めてであるな」 「何をしやがった…っ、真祖グラナダ!」
名を呼ばれると、真祖は私を既知であるかと平淡に返す。 「眠りをくれてやったまでの事。私は無意味な死を好まない。この国の全てがこのように変わるまで、彼らには眠って貰うだけだ」
命は守られているとの言葉を信じる理由はなかったが否定するだけの知識も材料もない、男は即座に斬り掛かる事はなかった。対話を試みるには十分である。
「また随分メルヘンチックな野望だな、どうせなら一生分の人間かき氷を作りたいとか言うと思ってたぜ」 「私は均衡と調和を好む。破壊的な欲望は私の求める世界の対極にある要素だ」
人間にとっちゃ大した違いはねえ、その言葉を吐き捨て男は対話を続ける。 「にしちゃやる事が派手だな。何を焦ってんだよ」
「汝が真祖エヴァを倒した事が始まりよ。この地の均衡は崩れ、あの血気に逸るラファエルが国を我が手にせんと駒を放ちつつある」 「それで負けてられるかと手前が出張って来たのかよ、やる事がショボいぜ」
氷のごとき瞳を持った真祖グラナダは男の挑発を意に介さない。その身に干渉する全ての物から自由であるかのように悠然とそこに在る。
「全ては美しき夜が為に。調和と均衡の取れた世界にとって、人間は……」 グラナダは月を見上げ、初夏の大地と村々を見下ろしながら表情を変えずに言葉を紡ぐ。
「…贄にしても。少々多い」 「それが本音かてめえっ!」
もはや問答に意味は無い、人とこいつらは相容れない存在だ。そう感じた男は語気を荒げて相手に飛び掛からんばかりに体勢を低くする。
「急くな、戦士リグルトよ。我等真祖と汝が守る人、どちらの我が強いのか決する時を作ろう」 ここでいたずらに潰し合うのは無粋な事、そう諭すように男の勢いを遮る。
満月の夜に館を開け放して待っている、人の好む一騎打ちだ。そう告げると真祖グラナダはその身を黒い霧へと変えて夜空の中へ溶け込んで消え失せた。
後に残されたのは男と静寂が支配する氷の空間。ギリ、と奥歯を噛み締めて怒りを腹の底に溜め込み、朝を待って隣村へ赴いた。
もはや取るべき道は真っ向勝負、ただ一つ。
夏の満ちた月夜だと言うのに、常に雪と曇り空に覆われた峡谷の麓。近隣住民曰く死の谷底と称される、雪と霞の支配する山脈の一角を見上げる場所に男は立っていた。
愛用の大剣を背中に納め、視線は峡谷のただ中にある館に向けられている。 「最強度の聖水が物の足しになりゃいいがな」
出立の前に宮廷魔術師が施した耐氷護法によって鎧の各部には小さな宝玉が煌めいていた。とにもかくにも凍らされては話にならない。
息を軽く吸い、目的地を見上げた。一騎打ちを指定して来たとは言え、館から離れた林にはジャイアントを中心にした怪物が縄張りを警護するようにうろついている。
近くの村から見守る王国軍の兵士達にもその意図は理解できたようだ。館に入るまでに消耗するのは避けたい、ならばどうするのかと思った瞬間、男は宙へ飛んでいた。
尾根を飛び越え、大地を蹴り飛ばし、谷川を足のはるか下に見ながら男は屋敷の正門へと飛び込んだ。
背丈の数倍を超える高さを跳ね飛びながらたどり着いた門から先には、濃密な死の臭い。本能的に恐れを呼ぶ氷の冷気と人ならざる物の気配、そんな雰囲気をまとった館へ男は歩いて行った。
正門を抜けて石畳の通路を歩き、玄関を開けると館の中心である広間が視界に入った。黙って歩を進めると、階段の踊り場に黒い霧が立ち込めている事に気付く。
霧は蚊柱のように密集すると、長身の影が霧の向こうからカツンカツンと歩いてきて、霧が形作る人の世と魔の領土を隔てる幕を超えてきた。真祖グラナダに相違ない。
「真に己だけで館へ来るとはな。私は汝の事を人の物差しで計っていたようだ。」 「御託はこの前聞き飽きたぜ、グラナダ」
男は背中の大剣に手を掛け引き抜く。話し合う余地が真祖の中にかけらも無いと分かれば、もはや時間を浪費するだけの問答などいらないと言っているようだ。
真祖は男を文字通りの意味で踊り場から見下すと、片手を緩やかに上げて制する。満月の差し込む明かりと、あちこちに灯った蝋燭の炎だけが二人の姿を闇から引き抜いていた。
「私は理由を欲している。汝が事を見聞きして知る程、命を投げ打って戦う理由を見出だす事が出来ずにいるのだ」 「イーリスに言われたからだ、それ以外に理由なんざねえ」
真祖は名を聞くと僅かに止まり、確かめるように瑶んじる。明らかに名を、姿を知っているようだ。 「奴があの国で産んだ娘か。ここで名を聞くとは思いの外であった」
視線すら冷気を帯びているような瞳を男に向け、真祖は厳かに上げた方の指を鳴らす。宙に出現せしめた氷塊に手を突っ込むと、余分な氷は次々に砕けて消え失せ。最終的に青と白に彩られたサーベルがその手に握られている。
「始めよう、人の枠から逸脱した者よ。人ならざる者よ」 「…俺ぁ、人間だっ」
たった二人によるノースフィニーの未来を決める戦いの始まり、それは一欠片の氷が床板に落ちて跳ね返る些細な音を皮切りに行われた。
二つの力が吹き荒れている。位置と勢いを様々に変えながら、館の至る所で力のぶつかり合いは行われた。
片方が下段を跳ね上げる剣筋をいなして死角から突きを放てば、もう片方は既にその場におらず、全く別の角度から大上段に斬り付ける。
鉄の扉が、真祖によって命を吹き込まれる前の石像が、分厚い壁面が。全てが二つの力の衝突に巻き込まれ元の姿を保てずに砕け行く。
真祖エヴァの時と同じく、こちらも互いに勢いの幅はあるが拮抗した戦いが続いている。つまりは魔力と体力が有限である男が長期的に不利だと言えた。
グラナダが屋敷の渡り廊下を端から端まで突き抜ける氷の柱を作る斬撃を放てば、男はそれを破砕しながら進む魔力の篭った突きを繰り出した。
攻防は三時間をとうに超え、四時間以上も剣戟が火花と魔力を散らして戦いに華を添えている。しかし、決めきれない。
無尽蔵に魔力を取り出せる真祖と戦いながら、有限である自分が決定打を与えられない事がどういう意味なのか。分からない男ではなかった。
男に死の影が迫る。鎌を光らせた死神が喉元に刃を当てて引き斬ろうとしているかのような錯覚すら覚えていた。
その焦りが、動きに綻びを生む。予測を外してたった一度の予期しない空振りを放ってしまった。
男の額を真祖の枯枝のような片手が掴む。闇への供物であるかのように虚空へ高々と差し上げられた。
「ぐぁぁぁぁぁーっ!!」
意識を失ったのは一瞬の事だろうか、男は自我を取り戻した。だが、何故この状況で意識を失って生きているのだろう?
疑問はすぐに解き明かされた。必要も無いのに男が覚えている限りの記憶が次々に「何者かによって」思い出されている。グラナダが男が戦う理由を探ろうと、自分の記憶を読み取っているのだ。
「ふざけんなっ!」 一回転する勢いで真祖の胴体を蹴り飛ばし、足元の大剣を拾って構え直す。直後にはグラナダも体勢を立て直していた。
グラナダは痩せぎすのその身を整え、大した物ではなかったと言いたげに男を見据える。 「思えば当然の理由であった。故郷でもない汝が命を懸ける意味と言えば」 「手前っ…!」
「好いているのだな、あの娘を。マーシャの娘、イーリスを」 黙った男の毛並みがぞわりと粟立つ。心の底からの憎悪が目の前の相手に向けられた。
人を超えた者であれば、闘争を求めての行動だと思っていたのだが。そのような主旨の事をグラナダは誰に聞かせるでもなく、失望を言葉に乗せて呟いていた。力の底が見えたと言いたいのか。
ゆらりと男が一歩を踏み出す、止まる気配は無い。真祖が気付いたのは、男の纏う魔力が異常に膨れ上がった時点だった。
急激な移動の為に噴射する圧縮魔力を体に循環させていた。足が止まり的になるが、扱う得物の威力は計り知れない力を持つ事になる。男は腰に指していた初期剣を引き抜き、無言で左手に構えるその姿は人か、剣鬼か。
「理解の外にある行動であり、力だ」 真祖は素直に目の前の光景を評価する。男の左手に持った初期剣から、青白い光の刀身が右手に持った大剣と同じ大きさまで伸びていた。
防御も移動も捨てた刺し違えるためだけの力。たどり着いた限界を唯一にして一点だけ突破する最後の手段だった。
未知の力を前に、グラナダは悠然と微笑しながら疑問の声を挙げる。 「だが汝が最も知っているはずだ。造られた女が産み落とした、あの娘が汝に向けているのは同情である事を」
それで十分だ。今の俺にはそれが生きる意味だ。それだけでいい。それだけでいい。
呟きすら魔力に変わる。叫びさえ自分の力を高める循環剤に変わっていく。もはや自分の命など、どうでも良かった。
一歩を踏み出し、斬り付ける。今までに消費され、辺りに漂う魔力を吸収した事で剣の質量を物理的に増すほどの力が生まれていた。
一撃を当てる毎に反撃を受ける。刺し傷から血が流れ、鎧の表面を筋になって彩っていく。 「俺はクズで、鈍感で、剣以外に何も知らねえ」
「故に、他の男との幸せを望むと言うか。愚かしい」「んな事は知ってんだよ!」 グラナダの声の無い冷笑と一緒に繰り出された一撃が腿を貫いて、傷口を氷に変えた。
「…ふむ。それが狙いか、戦士リグルト」「真祖グラナダぁぁぁっ!!」
サーベルごと氷に変わった腿の傷口が剣をグラナダから取り上げてしまう。この一撃以外に道はない。片手剣を捨てると万感の思いを込め、怒りを大剣に載せる。
「滅びやがれぇぇぇぇぇぇっ!!」
最後の手段として放った大上段の一撃。それはグラナダの爪によって体幹から僅かに逸れ、左肩から先を切り飛ばして爆発した。
炸裂する光が館の壁を丸ごと吹き飛ばす…。
夜明けが近い白み始めた大地、館の跡地に男が立っている。
正確に言えば、何とか立っていられると行った所だろう。腿には折れたサーベルの刀身が突き刺さったままだ。
光と館の崩れる土煙が収まって、男は辺りに真祖がいないか見回した。…離れた場所に立つ人影が…グラナダが片腕を失いながらも平然と立っている。
「て、めえ」 「面白い物を見た。何世紀もの退屈に勝る夜だ。それ故に、汝と合間見えるのはこれが最後よ」
ふざけるな、と足を動かしたいが、魔力と体力の使い過ぎで力が入らない。自分の足なのにブロンズ像のようだ。
「仮に倒されるのであれば、私はこの国の血から出でし者に倒される事を望む。ラファエルは賢しい者だ。自らが危うくなる状況を何としても避けるであろう」
冗談じゃねえぞ、あいつとの約束はどうなるんだ。そう口に出したいが今度は声さえ出なくなる。もう相手を睨みつけるのだけで精一杯な自分が恨めしい。
「私は傷を癒しつつ、この国の行く末を魔の淵より眺めさせて貰う。永久の別離だ、戦士リグルト」
最初から最後まで悠然とした自分のペースを貫きながら、真祖グラナダは黒い霧になって夜の残渣である僅かな闇に溶け込んで消えた。
後に残されたのは、傷付いた男と真祖の片腕のみ。
リグルトは怒りの叫びを上げた。
帰還 † 「はぁー…」
男を乗せた旅の荷馬車は車輪を路面との接触でゴトゴト言わせながら南への街道をゆったり駆けて行く。 グラナダの言った通り、ノースフィニーにヴァンパイアの影は一まず消え失せた。生贄を選ぶ風習も過去の物となるだろう。国は奇跡とも言うべき幸運を手にし、喝采に沸いている。
叙勲。騎士団長への推薦。地方領主への道。男を勧誘する者の手は何重にも折り重なっていた。だが、全て取り付くしまも無く辞退すると、さっさと荷物をまとめて酒場のある国への旅路に向かってしまう。
名誉だの地位だのに興味は元々無かったのもあるが、一番の原因は他にある。
「図星突かれちまったからなー…」 自分の心にさえ蓋をして、見ないようにしていた事実をグラナダに突き付けられた恥ずかしさ、それに耐えかねての行動なのだろう。 「つっても約束は一体だったが、どうせなら三体全員と…」
全員と戦ってどうする積もりだったのだろう。男は途中で死ねたなら良かったとでも言いたげだ。 何度目かのため息をついて外を見る。ノースフィニーの短い夏はすでに過ぎ去って、冬の足音がすぐそこに迫っていた。
「…グダグダ言ってもしゃーねえか、後はしっかり申し開きして…ついでに告って頭をハンマーで割られてくりゃおしまいだ」 馬車の足取りは変わらず一定のペースのままだ。揺れる荷台の中で毛布に寝転がり、外を眺めながら軽い昼寝に入る。
「ま、いい暇潰しだったかな」 街道は万年雪に彩られた山脈を迂回しながら、国境へと進んでいく…。 男はこれより後の歴史でノースフィニーに現れるのか、それはここで語る事ではないだろう。
使う事は稀っぽいコメントアウト † |