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― Status ― |
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名前 | キリク・ケマル |
種族 | 人間 |
性別 | 男 |
年齢 | 黄金暦160年12月生まれ |
出身 | カーマローカ |
冒険Lv | 248 llllllllllllllllllllllll 英雄 |
剣術Lv | 9 lllllllll 剣聖 |
冒険記録 | ステ / 戦歴 |
スキル | 【言語知識】 共通語以外の世界の主要言語についても、 ある程度の会話・読解を可能とする。
【炎】 魔導器や詠唱を介さずに炎を生み出す。
【不老不死】 自然に加齢せず、特定の手段以外で死ぬことが無い。 |
容姿 | ■ ■ |
【体型】 185cm。ひょろ長い身体。 【点目】 色は青。時折普通サイズの瞳に。 【黒髪】 もさもさ。多数の三つ編。 【剣】 歪曲した片刃の長剣と短剣の二本差。 【アクセサリー】 両耳にピアス多数。目を意匠とした首飾り。 【賽】 6面ダイスと10面ダイスを常に持ち歩いている。 【服装】 冒険時や平素は設定画の服装。時折スーツ姿に。 【口】 へらへら笑いに、調子の良い文言。 |
総評 |
人前ではいつもヘラヘラ笑って調子の良い台詞を垂れ流しており、女性と見ればすぐに口説きにかかります。 が、一人の時はつまらなそうにサイコロ転がしながら、ぼんやりと空を眺めている根暗人間です。 心の内は冷笑的で無感動な人間ですが、熱くなれるものを常に捜し求めている永遠の思春期少年です。 |
少年は魔女の呪いからお姫様を助けようとしましたが、少年自身もその呪いを身に受けてしまいました。
時が経ち、少年は己の身も呪いに侵されていることを知りましたが、お姫様を助けようとする意思は変わりませんでした。
キリク・ケマルがその名を得る前、トロン氏族のムーだとか呼ばれていた頃。
彼は四六時中つまらなそうな顔で過ごしていた少年であった。
早熟な少年、と彼を知る大人達の多くがそういった印象を持っていた。
同年代の子等に比べて身体的に成長著しく、それに比するように万事飲み込みが早く、何でも小器用にこなした。
兎角こうした人物は同年代の輪の中心になりがちで、事実、トロン氏族の少年もそうなっていたが、本人としてはこの状況が面白くなかった。
というのも彼は早熟であったが天才ではなかったのである。
何でも人並み以上にこなせたが、特定分野のトップに立てることは稀であった。
「ただ成長が早いだけで限界は並の大人と同じだな」
と、彼は早々に自分の資質とこれからの未来に見切りをつけてしまった。ロクに努力もしないうちにである。
彼は早熟であったが、子供らしく視野は狭かった。
将来的にはそこそこの仕事をこなして、そこそこの地位について、そこそこの女と結婚して、そこそこの家族を作って、そこそこの人生を終える。
そんな見込みを立てて毎日つまらなそうに適当に日々を過ごしていたトロン氏族の少年に、ある日転機が訪れた。
『中央』で専門的な教育を受けてみないかとの勧めが舞い込んだ。
少年の母がかつて住んでいた領内の『中央』。
他国人の父と結婚したが為に、法によって2世代の間は立ち入りを禁じられていたシュラインの村。
彼は未だ見ぬ土地へ一人移り住むことを即座に了承した。
ここに居るよりは退屈しないで済みそうだ、というのが専らの理由であった。
カーマローカ領の『中央』であるシュラインの村に移り住んだトロン氏族の少年は、退屈こそしなかったものの、つまらなそうな顔つきに変化は無かった。
来る日も来る日も様々な言語で書かれた書物を読み進め、書き写す毎日。
目新しい情報に日々触れることで退屈は感じなかったが、新鮮な刺激や驚きとは無縁な生活であった。
座学ばかりの生活にトロン氏族の少年が飽きを感じ始めた頃、少しばかり教育内容に変化が訪れた。
ジョン・スミスと名乗る青年が、ぶらりと村に訪れて臨時講義を行うようになった。
少年以外は彼と顔見知りのようで、親しげに、或いは気安く「ジョン先生」だの「センセー」だのと呼んでいた。
いつもやる気の無い感じられない顔で気怠げに紙巻煙草吹かすジョン先生の授業内容は、彼の様子に倣って非常に適当かつ投げ遣りなものであった。
「今日は美味しいカレーの作り方を教えます。オマエラの火の有効な使い道な」
「今日は恋文の書き方を勉強します。俺をキュン死にさせられたら合格」
「今日は絶対儲けられる商取引について皆さんに考えて貰います。何かアイディアを思いついたら先生に耳打ちで教えてください」
「今日は先生二日酔いだから、優しくしてください」
トロン氏族の少年は最初、彼に対して大いに呆れ、それと同時に、何の気負いも無く好き放題にやる適当さ加減に、一種の感銘を覚えた。
しかし感情的には呆れのほうが支配的であったので、大凡のところ彼を白眼視していた。
のではあるが、時折ジョン先生が垣間見せる機知に富んだ言動や、年のころ10代後半といった青年に相応しくない悠然とした態度であるとか、
休憩時間に煙草を吹かしながらどこか遠くを見ている虚ろな翡翠色の眼差しなどが、トロン氏族の少年の心に妙に引っ掛かっていた。
少年が己が心の内の物差し──それは尺度の非常に短いものではあったが──で計りかねる存在への興味を自覚する前に、
その興味の対象はシュラインの村に来た時と同様、ある日ぶらりと村を出て行ってしまった。
8月の暑さもまだ厳しい盛り。僅か一ヶ月ばかりの滞在であった。
ジョン先生が突然姿を消してから3ヵ月後。年暮れの準備を控えた11月になると、また新しい臨時講師が現れた。
先の男と違って全く煙草は遣らず、常に愛想良く笑顔を絶やさないその女は、エマ・シュラインと名乗った。
エマ先生の授業は前任者と打って変わって、真面目な講義内容に、まめやかで親切丁寧な指導法とあって、生徒からの評判は上々であった。
前任者が、その授業内容の拙さに比するように生徒から舐められ放題だったのと、実に対照的であった。
トロン氏族の少年も、そうした女の評判をプラスする側の一人であった。
少年の知り得るあらゆる学術的問題や疑問に対して、エマ先生は打てば響くような当意即妙の答えを返してくれる。
普段は万年春色の笑みを浮かべるポワポワとした年若い女の口から、鋭いナイフのような論理が飛び出すさまに、
万事に対して冷笑的であったトロン氏族の少年も、心の内から湧き出す感嘆と好奇の念を抑えずには居られなかった。
「シャーヒーンは勉強熱心だね」
ことあるごとに様々な質問を浴びせてくるトロン氏族の少年を、エマ先生は「シャーヒーン」(鷹の意)と呼んでいた。
彼女は生徒全てに愛称を付けて呼んでいた。
シュラインの村の子供等は皆、15歳で成人して役割に応じた名を付けて貰うまで、氏族名しか持っていない。
規模の小さい村ゆえにそう不便も無かったが、エマ先生は何を思ってか、仮初の名を彼らに付けて呼んでいた。
シャーヒーンと名付けられたトロン氏族の少年は、そうして彼女から与えてもらった名をいたく気に入っていた。
「先生が講義に入れる日も少ないからさ。聞けるうちに聞いておかないと」
「ごめんね。お仕事が多くて中々みんなを見てあげられなくて」
「仕方ないさ。先生はシュラインだし」
はにかみ笑いを浮かべるエマ・シュラインの顔に微かな疲労の陰があるのを、シャーヒーンは見逃さなかった。
カーマローカでシュラインの姓を持つ者はごく少数。領主と副伯、そしてその近侍のみが名乗ることを許される姓名であった。
小規模な領の官職といえど、直接公務に携わる傍らに子供等への指導も行うとなれば、それなりの苦労もある。
「先生の仕事を手伝えりゃいいんだけどさ」
かつては己の将来を適当にしか考えていなかったシャーヒーンに、朧げながらも志向する未来が形作られようとしていた。
その動機が仄かな憧憬によるものであったのは、10歳の子供らしい年相応の稚気が、この早熟な少年にもあった証といえよう。
エマ・シュラインと出会って以来、シャーヒーンの専らの関心事は己の能力を高めることであった。
暇さえあればムセイオン(中央書庫)にある膨大な書物を濫読し、狩りがあれば周りの大人と同様に馬を駆って同道する。
「それなりの力を身につけなければ、あの人の助けにはならない」
そうした思いを以って、日々の修練に当たるシャーヒーンであったが、同時にひどく物足りなさも感じていた。
当時のシャーヒーンには規範とすべき人物が、エマ先生とジョン先生以外に存在しなかった。
その二人を基準点とすると、同年代はおろか、周囲の大人たちですら、教えを受けるに足らない存在だとシャーヒーンは認識していた。
勿論そうした認識は、彼の視野狭窄ゆえのことであったのだが。
師以外の人物に関心抱けずにいた少年に、興味を惹く存在が現れたのは、彼が12歳になる頃であった。
芽月の風が春の草花を優しく撫でるころ、シャーヒーンは毎日のようにムセイオンで終日読書にあたっていた。
課せられた雑事や勉学は全てエスケープ。エマ先生が不在時のシャーヒーンはそうして、独学に時間を割く。
特定の二人以外から受ける教えなど既に自分が知っていることばかりで無価値だ、と少年は断じて、独り書物の世界に向かう。
春の柔らかな陽光が降り注ぐムセイオンの閲覧机で、シャーヒーンは見慣れぬ人物を目にし、少しばかり彼女に視線を留め置く。
艶やかな長い黒髪を前に流して、左右二つの三つ編みにしている女。
それだけ見て、シャーヒーンは物珍しげに鼻を鳴らした。
シュラインでは成人した女性の髪形は基本的に左右非対称であり、シンメトリーにしているのはエマ先生くらいのものであった。
最初は『外』から来たお客サマとも思ったが、彼女が身に纏う服はこの地の伝統的なものであった。
透けるような目の青さも、カーマローカの民であることを示す特徴である。
自分より一回りは年上に見えるその女に、シャーヒーンは一時興味を示したが、すぐにそれも失せて、いつもどおり書物に向かった。
それから一週間。毎日ムセイオンに通うシャーヒーンは、同じく閲覧机にて毎日彼女の姿を目にした。
真剣な顔つきで書を読みながら何やら書き物をしている彼女。
少女のように眼を輝かせて夢中に本を読み耽る彼女。
にやにやと薄っすら笑いを浮かべ、時には声を立てて笑いながら書を楽しむ彼女。
穏やかな陽の光が差し込む中、分厚い博覧記を枕にして静かに寝息を立てる彼女。
厳かな様子で書を読み進め、ある頁に差し掛かると声も無く落涙した彼女。
万華鏡のように、彼女の様子は毎日見る度に変わっていた。
そうした彼女の様相を何気に見止めているあたり、シャーヒーンは少なからず関心を払っていたのだろうが、
それでもやはり、取るに足らない人物である、とその時点では思っていたし、現に出会って一瞥くれるだけで挨拶も交わしはしなかった。
そうした歪な無関心が続くのも、彼女から声を掛けられるまでであった。
「なに読んでるの?」
シャーヒーンが顰め面で書を読み進めていると、ひょこっと顔を出して気軽に話しかけてきた女がいた。
肩口で揺れる二房の三つ編みと人懐こさを感じさせる華やかな笑顔。
シャーヒーンが胡乱気に視線を遣った先には、閲覧机の彼女が小首を傾げて真っ直ぐにこちらの目を覗き込んでいる姿があった。
集中していたところに割って入られて邪魔だな、と器量の狭い少年は思った。
「お前には言っても分からない」
「なら余計に知りたくなっちゃう」
邪険に扱うシャーヒーンに、閲覧机の彼女はさらっと受け流して笑顔を続ける。
そんな彼女にシャーヒーンは、これ見よがしに溜息ついて面倒臭そうに言葉を並べていく。
「……政治的公共性とは次元を異にした宗教的公共性という概念の登場により、自然法由来の国家運営は新たな転換を求められた」
どうせ分からないだろ? とでも言いたげに、手元の書にある文面を丸読みしてみせたシャーヒーンに対して、
「とはいえゲラシウスの両剣論は、その後に招いた知的後退が証明するように、善き定式と呼べるものではなかった」
と、彼女は何でもないことのように告げて、少年の目をじっと見つめた。
思いもがけない返答を浴びせられて驚愕に目を見開いた自分に、大口開けて愉快そうに笑う彼女。
この時のシャーヒーンには己に恥じ入る気持ちよりも、彼女に対してかき立てられた興味の念の方が勝っていた。
「テュケー? 聞いたことない名前だ。この村の人間じゃないのか?」
「シャーヒーンだって聞いたこと無い名前よー? 私はれっきとしたこの村生まれーこの村育ちー」
「いま何やってる?」
「前途有望な少年と御喋りを……あはは、冗談冗談。そう睨まないで。今はここの司書さん、かな?」
「さきの相補性原理について、お前の詳しい見解を聞きたい」
「……ねえ、シャーヒーンくん」
「そうだ。まず帝国崩壊後の宗教的公共性の推移について共通の認識理解を」
「女の子と喋るマナーがなってない!」
「ふぁなふぉふまふのはやめほ(鼻を摘まむのは止めろ)」
その日、太陽が西の空に沈むまで、閲覧机の彼女──テュケーに対するシャーヒーンの質問攻めが絶える事は無かった。
会う度に新たな一面を見せる女。
シャーヒーンにとってテュケーは、そうした存在であり、また己の規範と成りうる得難い人物でもあった。
彼女に一番驚かされたのは、書痴といって差し支えない蔵書に関しての深い造詣ではなく、むしろ書庫以外で発揮される能力にであった。
追い物射が出来て一人前。
そうした向きはすっかり廃れてしまっていたが、未だにカーマローカ領では戦士の証として有効であった。
騎射である以上、弓の扱いは勿論のこと、馬の扱いについてもそれ相応の習熟を求められる芸当である。
現在のシュラインの村では鷹狩が中心で、追い物射が出来る者はおろか、試みられることすら稀だった。
武芸の体得よりも学問と魔術が優先される風土のシュラインに於いては、狩り自体が余技として見られがちであった。
「だが過去の英傑で武芸を疎かにした者はいない」
古今東西の例はもとより、カーマローカの黎明期ですら、剣を手に鐙を踏み弓引く者が居たのである。
史書を通じて範例を知ったシャーヒーンが、それらを最低限の基準としたのは言うまでも無い。
「春だってのにな」
馬の背で独りごちるシャーヒーンの手には弓と手綱が握られるだけで、狩りの成果はどこにも見当たらない。
鷹狩や歩射であれば、独りでもそれなりの成果を出せるようになったシャーヒーンであったが、騎射となればからっきしだった。
「……ホントに出来るのか?」
溜息と共に遥か遠くに見える獲物の影へと視線を投げ出すと、野兎が呑気に耳をひくつかせながら足元の草を齧っていた。
と、その兎がピンと耳を立てたかと思えば、一直線に駆け出していく。シャーヒーンから見て左の方角へと。
「……俺から逃げてるんじゃない」
ということは……と、シャーヒーンが野兎の駆け出した方角の反対を見遣れば、背の低い草原を疾駆する黒い影が見えた。
あっという間に野兎が駆け出した地点を過ぎて獲物を追っていく黒い影は、弓を手に黒毛馬を乗り回す人間であった。
新たな狩人の登場に、シャーヒーンは慌てて手綱を繰ってその背を追う。
彼が必死で追いついた時には、今まさに黒毛馬の上で小柄な人影が騎射の体勢を取っているところであった。
まるで身体の芯に鉄柱を通しているかの様に、激しく揺れる馬上でも一切ブレることのない弓引く上半身。
その手から放たれた矢は、逃げる野兎の腹に見事に突き刺さっていた。
初めて見た追い物射の成功に、シャーヒーンは感心しきりで、黒毛馬に跨る人物に近づいていく。
一体どんな人なのか? 期待を持って騎上の人の姿を見定めたシャーヒーンの動きが、びしりと止まった。
「もう一羽、獲ってこよっか?」
狩りの成果を手に掲げ持って、童女のように笑うテュケーを前に、暫くシャーヒーンの開いた口は塞がらなかった。
「あなたの体格なら、突き剣より長剣が良いと思う」
シャーヒーンがテュケーから学び取ったことは多岐に渡る。
それは専ら遊びの形を通じてであったが、大抵の事を何でも無いような顔でこなす女の姿に、少年は内心舌を巻くのが常であった。
「回転力を活かす私の遣り方よりも、膂力を活かす遣り方のほうがあなたには向いてるわ」
剣技もその内のひとつであった。
シュラインにおいては男女の区別無く小刀を携帯するのが当たり前で、日常的な刃物の使い方は誰しもが心得ている。
しかし戦いに使う剣の扱いとなれば話は別で、男性でもごく限られた人々、ましてや女性ともなれば絶無であった。
「体格差の利を活かさないと、いつまでたっても私から一本取れないわよー?」
頭一つ分の低さから悪戯っぽい視線で見上げてくる女に、シャーヒーンは歯噛みしながらも、どこか心地良い敗北感に身を浸していた。
14歳にして既に、シャーヒーンとテュケーの身長差は大人の男女のそれであったが、関係性は一般の真逆といえた。
もっとも、シュラインにおいては女性上位の関係も珍しくは無く、女にやりこめられたといっても恥に感ずることは少ない。
「壁が高いなら高い分ほど、征服し甲斐がある」
呻く様に吐き出した言葉は、シャーヒーンの偽らざる心情であった。
対するテュケーは、表情から呆れる色を隠そうともせず、いっぱいに溜息を吐く。
「……あなたはいつまで経っても女の子に対する口の利きかたを覚えないのねえ」
「最近、あのひとと仲が良いよね」
甘く蕩けるような笑顔と共に放たれた言葉の意味が、シャーヒーンには最初本気で分からなかった。
数瞬の間を置いて理解に達した少年は、慌てた様子でエマ・シュラインに弁明をはじめた。
「いや、あれは、ただ、遊んでるだけだから!」
「照れなくても良いんだよ」
まるで弁明になっていないシャーヒーンの言葉に、エマはよりいっそう笑みを深めて春色の気配を漂わせる。
「シャーヒーンは同世代の子達と全然遊ばないし、女の子たちにも興味が無さそうにしてたけど、そういうことじゃなかったんだね。安心した」
「そういうことってどういうことでしょう?」
「人が嫌いなのかな、って」
ラーラは好きですけど。
反射的に胸の内で呟いてから、改めて言葉にしようと口を開きかけたところで、シャーヒーンの耳が異音を捉える。
蹄の音。それも複数。
通商路から外れているド田舎の土手っぺりには、あまりに不釣合いな音の集合。
せっかくラーラとの貴重な時間だってのに、一体全体なんだっていうのだ!
直感的に厄介事を予見したシャーヒーンの胸中に、ストレートな怒りが込み上げてくる。
「シャーヒーン。村の人達を呼んできてくれる?」
近づいてくる音の先を見遣るエマの眼差しは屹然とした輝きを帯び、総身にはおいそれと近づけぬ気配を薄絹一枚ぶん纏っていた。
はじめて見る女の姿に、思わず少年は息を飲んで立ち尽くしていた。
辺境地域では未だに法より力が幅を利かせるところも少なくは無い。
また平時は法で統制されていても、理不尽な暴力に曝される機会は、都市部を離れるほど飛躍的に増す。
法と正義の御題目がいくら広く普及したといえど、武の力によって左右される現実は変わらない。
「ならばそうした不条理より民を守るのが、我ら力ある者の務めだと……ご理解いただけますかな、お嬢さん?」
言葉面こそ丁寧なものだったが、鞘に納まった得物を肩に置いて、騎上から見下ろしてくる男の顔は、明らかに相手を舐めきっているものであった。
「お話は理解できます。ですが、なぜ貴方がたがこのような辺境くんだりまで来て、その道理を語るのかは理解できません」
普段の甘ったるいニュアンスが微塵も感じられない口調で、エマは凛然と馬上に視線を投げ返す。
兵装を纏った男達の一団と対峙する一人の女。
その光景をシャーヒーンはただ呆然と突っ立って見ている。
貴女を一人には出来ません。じゃあ、少し下がっていて。
困ったように笑う女の言葉に、シャーヒーンは逆らえなかった。
「どこの食い詰め者達かしら?」
背後から掛けられた声にぎょっとして振り向くと、シャーヒーンの視線の先にはテュケーがいつもの調子で首を捻っていた。
「どこからか流れてきた盗賊騎士か、南の戦役が終わって食い扶持に困った傭兵団か……」
テュケーの呟きは、大方当たっていた。
男達がエマに話す内容を要約してみれば何ということは無い。
用心棒をするから物と金を寄越せ、言うこと聞かんと何が起きるか分からんぞ、ということであった。
もちろん彼らがまともに守り役の務めを果たす気が無いのは、誰の目に見ても明白である。
「えー、あー……副伯、代行サマ、でしたっけ? くれぐれも御深慮のほど、お願い出来ませんかねえ?」
「お断りします」
バッサリとしたエマの返答に、男達は一瞬戸惑ったが、すぐにニヤニヤと嫌ったらしい笑いを再開する。
聞き分けの無い子供に言い含めるような、それでいて相手を馬鹿にしくさった言葉遣いで、なおも男達は続けた。
「おおっ、我らホルンベルク騎士団百余名に掛ける慈悲など持ち合わせていないと仰る。これは参った! なァ皆の衆」
「天秤候と名高い女領主サマの差配ならば、いま少しの御配慮の上、色好き返答を頂けると思ったが!」
数を嵩にした稚拙な恫喝にも、エマは眉一つ動かさなかった。
オマエじゃ話にならんから早く上の者を連れてこい、と遠回しの言葉にも、なんら動ずる気配は無い。
「ここで問題になるのは、貴方がたが私達を守れるだけの力量があるかどうか、ではありませんか?」
「あぁ?」
「この地ではフェーデ権が認められております。代表者同士の決闘で話をつけるのは、如何でしょうか?」
余裕の色を深めて男達はニンマリと笑う。話が拗れるならば、こちらから切り出そうとした手である。
法に則った上で得意な土俵で闘えるのだ。男達からすれば、目論見どおりといえた。
「よろしい! 大変結構! して条件は?」
「私たちが勝てば、このお話は無かったことに。貴方がたが勝てば向こう5年間、一人につき毎月……」
そこで提示された条件は、食料・酒・銀貨、いずれも男達が望みに充分叶う量であった。
「では明後日。それまで書面を作成しておきますので、同意頂ければ、その場で決闘を」
するすると決まっていく事態に、シャーヒーンは一語も口を挟めず、ただただ見守っているだけであった。
男達が引き上げていった後、エマは振り返ってシャーヒーンの顔を見ると、朗らかに笑う。
テュケーの姿も見止めると、エマは俯き加減で何かを問いかけるような視線を、彼女に向けた。
満面の笑顔と親指立てた手でテュケーは応える。
「エマちゃんカッコいー!」
空々しい声が西日に暮れゆく土手っぺりに響き渡った。
「なんでラーラが決闘するんだよ!」
「領主不在の折、危急の際の決定権は全て私に一任されています」
言外に口出し無用と封殺されて、暫しシャーヒーンは絶句した。
常とは異なり、冷淡とも言えるほど落ち着き払って理を説いていくエマの言葉が、寒々しく頭の中で響いていく。
責任、権利、義務、道義、公権、規範、法治、自衛、法益。
常備軍の存在しない邑社会レベルの社会規範では、権能を持つ者ほど戦いの矢面に立たねばならず、だからこそ特権を有する。
分かる。道理としてみれば理解は出来る。しかし、納得は出来ない。なぜ、それがラーラなのだ、と。
「分かってくれましたか?」
エマの問いにシャーヒーンは無言で頷くことしか出来なかった。
今は万の言葉を重ねるよりも、ひとつの行動をすべきだな、とシャーヒーンは強く思った。
「若いってのは怖いもの知らずでいいねえ」
侮蔑的で狂騒染みた笑いにシャーヒーンは打ちのめされた。
決闘前日の夜、闇に紛れて盗賊騎士団の頭領とおぼしき男に斬りかかるまでは良かった。
あっさりとその一撃を防がれるまでは、己の浅慮を鑑みる余裕すらシャーヒーンは失っていた。
地に押し付けられた敗者の顔が苦痛で歪む。
男達の嘲りに何ら言い返す術の無い少年は、口の中に溜まった血混じりの唾を力無く地に垂らした。
「あの村にゃあ、碌な鉄砲玉が居ねぇんだなぁ、んん?」
「おらっ、しゃっきりしろよ兄ちゃん。あの姉ちゃんの代わりなんだろ?」
「代わりってぇならよう、しっかりぶち込ませてくれるんだろうなぁ?」
「まぁ、おめえさんにぶち込むのはコッチだけどなぁ」
哄笑が転がり、剣が抜き放たれる。ちろちろと踊る篝火に、刃が鈍い輝きを返した。
こんなところで自分は死ぬのか。何も出来ないまま、彼女の一片の助けにもならないまま、無様な態を晒して。
立ち上がって決然と睨み返すシャーヒーンの顔に、靴の爪先が飛んでくる。
何度目か分からぬ転倒に、礫となって襲い来る蹴り足。
呻きながらもシャーヒーンは顔を見上げ、青い瞳をぎらぎらと燃え立たせる。
この下衆どもに屈するのは死んでもごめんだ。
「辺境の小僧っこが、一丁前にも気に食わない眼の色してやがる」
「まず抉りとってやろうか?」
「ほら、おまえ、いってみな。生意気にも出しゃばったボクを許してください騎士様、ってな」
誰が言うか。死んでも言うものか。言えば負けだ。こいつらの言い分を通すなんて有り得ない。
シャーヒーンは歯を食いしばる。嘲笑が増し、刃が迫る。それでも、なお、目は逸らさない。
やれ、と自称騎士団の頭目が、手振りで示した。
しかし凶刃が少年の瞳に届くことは無かった。
「不幸にも行き違いがあったようですが、当初の通り、決闘の件を了承していただけるでしょうか?」
エマの差し出した誓約書の印影をつと流し見てから、無頼の頭目は大袈裟な身振りで頷いた。
「ええ、そりゃあ勿論。我々としても、穏便にコトを進めたいものですしなぁ」
「では予定を早めて、この場でも?」
立会人はそこの少年で宜しいか? いやあ、お一人で来られるとは驚嘆すべき胆力! 相当な覚悟とお見受けする。
無頼の頭目は慇懃無礼に空疎な世辞を並び立てつつも、エマを無遠慮な視線で眺め回す。
黒を基調とした装束、揺れる片マントの裾から覗える銀細工の細かな刺突剣。
女にしては上背があるが、その細腕では碌に剣も振るえまい。え、おい、どうやって遊んでやろうか。
勝利を確信して揺るがない男には、既にして目前の女を如何に味わい尽くすかということしか頭に無かった。
それは周囲に控える男達も変わらない。餓えた獣の目が、エマの肢体に遠慮呵責の無い視線を浴びせている。
彼女に向けられる眼差しの中で、たった一つだけ異なる意味合いを持つのは、シャーヒーンのものだけだった。
ちくしょう、なんでこうなった、最悪だ、最悪だ、最悪だ。
愕然とした。事態は少年の考えうるべきで最悪の方向に転がっていた。
これでは万一、決闘に勝てたとしても、ラーラは慰みの末に殺される。
決闘の末におっ死んでしまいました、いや残念、と下卑た男達が押し通す様までありありと浮かぶ。
もはや決闘の勝敗など関係ないではないか。当然、俺も殺される。
先ほどまで残っていた不屈の火もどこかに消し飛び、虚ろに漂うシャーヒーンの瞳に、エマの微笑が映った。
それは場違いなほどに柔らかかった。周囲の闇と害意など物ともしない圧倒的な光に満ちていた。
エマは少年に向けた笑顔を引っ込めると、深山を思わせる冷やかな空気を、その身と視線に纏わせて剣帯に手を当てた。
「では……宜しいですか?」
「ええ、ええ、いつでもどうぞ」
頭目の男はスケイルアーマーの上から、鷹揚に胸をどんと叩いて、へらへらと余裕の笑いを崩さない。
おお、おお、気丈な女。よくぞ震えを抑えたものだ。犯し甲斐があるじゃないか、え、おい。
「……抜かないんですか?」
「騎士たる者、何事もレディーファーストで」
おどけた仕草に笑いが広がる。誰しもが頭目の勝ちを確信していた。その空気は変わらない。
綻びが出来たのは一瞬であった。
女が剣に手を掛ける。銀閃が走る。細身の剣が鎧を刺し貫く。頭目の男が信じられないように目を見開く。体から引き抜かれた剣より血が迸る。
全ては一瞬であった。
どうっと地に倒れ伏した男の身体を見下ろして、エマは言い放つ。なんら感情の色を帯びぬ声音で。
「では誓約通り、このお話は無かったことに」
「カーマーローカ辺境伯領主フォルトゥナ・シュラインが名代、エマ・シュラインの名において申し上げます」
凍りついたように動かない男達の間を、平らな声音の口上が涼やかに響き渡る。
足元で絶命した男を尻目に、あらためてエマは周囲で固まる無頼漢たちに視線を巡らせた。
なにがホルンベルク騎士団百余名か。五十も居ないではないか。
一瞥くれるだけでその場の人数を正確に把握した女は、虚飾雑じった過日の恫喝に、内心で呆れた溜息を漏らした。
我が領内の法によるところ……、となおもエマは努めて冷静な様子で言の葉を紡いでいく。
自領・友邦外に帰属する集団は、法的効力を有する特免状を所持しない限り、当該地の占有は許可されない。
不法占有と見做された集団は、法的権限を持つ当該地の執政官、及び、権能を有する官吏の退去命令に従わなければならない。
この勧告に従わなかった不法占有集団に対して、当方は強制的な退去・捕縛・排除に類する行動の権利を有する。
以上、西方諸国連合属州法に則って、貴方がたに速やかなる領外退去を命じます。
「……もし、この命に従わなければ」
厳かに事務的な勧告の文言を諳んじながら、エマは再び視線を巡らせる。
視界の端に、傷だらけでこちらを見上げている少年が映ると、色の無かったエマの表情に微かな動きが見られた。
未だ返す言葉もなく固まっている男達に、決然とした翡翠色の瞳が向けられた。
「即刻、処断します」
「ふざけろ。女のくせに賢しげにぬかしやがって」
面罵の響きと共に、鈍色の光が闇に蠢いた。
突き放した調子の通告に対し、その内実の如何よりも、まず男の矜持が反発を覚えた。
得物を抜き放って怒気に顔を塗れさせる男に、エマは見覚えがあった。
初めの折衝において、頭目の横で共に嘲笑を転がしていた者であった。
その男の罵声に呪縛が解かれるようにして、無頼の者たちは目に獣性を取り戻し、手に手に剣を、口には罵りを蘇らせる。
間抜けな頭は助平心で油断したが俺たちゃそうはいかないぜ、と。
「いっぺんマグレ勝ちしたぐらいで調子に乗るなよ売女が」
傷がつかんように愉しもうと思ってたが、もう容赦しねえ。切り刻んでから犯してやる。
そう続けようとした言葉も、敢え無く中途で打ち切られた。
正確に急所を穿ったエマの剣が再び闇に煌き、地面に倒れる骸が二つに増えた。
それからは一方的だった。
またもや起きた一瞬の剣閃の果てに、男達は二の足を踏んだ。
その躊躇にもお構いなく、翡翠の眼光と共にエマは手を振りかざす。
たったそれだけの動作で、そこかしこに青白い炎の柱が吹き上がり、月明かりの闇に踊った。
魔法だ、くそっ、散れ、やられるぞ。
怒号とも悲鳴ともつかぬ狂騒の中、シャーヒーンは傷の痛みも忘れて呆然とエマを見つめていた。
なんだこれは。いったいなんだというのだこれは。
無慈悲に殺戮の炎を撒き散らす女の顔には、戦いによる高揚の色もなければ、無理を圧して苦痛に苛む色も見られなかった。
そこにはただ、機械的に虫を駆除するように、いかなる感情も表層に見い出せない女の横顔があるだけだった。
これは誰だ?
すごいね、ここまで修辞法の理解が深い子は初めて。算術と幾何も上級諸学レベルは出来ているし、すぐにでもマギステルになれるよ。
本当にすごいね、と我が事のように花も綻ぶ笑顔を咲かせて喜色を見せていた彼女の姿が、瞼の裏に蘇る。
うん、やっぱりシャーヒーンかな。キリッとした目つきとか、ひとりで凛としてる佇まいとか、鷹みたいだもん。
唇尖らせ、柳眉たわませ、頬を桜に色づかせ。
くるくると千変万化に表情転じさせながら、悩んだ末のあだ名のお伺いを立ててくる、愛らしくも利発な眼の輝きが、脳裏を過ぎった。
どうしてあの子のお誘いをいつも断っちゃうの? もしかして他に好きな子が居るとか?
軽く冷やかす色を滲ませた柔らかい笑みを浮かべて、瑞々しい唇から奏でられる耳心地の良いどこまでも甘やかな響きが、耳朶の奥で響く。
あれは、あれらは、先生は、エマ・シュラインという女は、いま目の前に居る女と同じだというのか。
とても信じられなかった。
いや、シャーヒーンは信じたくなかった。
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頂き物 †