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カープ・グリードに敗れたあの日から
僕は死にたいと思っていた。 ……いや、違う。 僕は、師匠が死んでから、ずっと死にたいと思っていたんだ。 激しい雨が降りしきる中、怪物の一撃が、体を深々と貫いた。 やっと死ねるのだと、そう思った。 ドクドクと血が溢れ出して止まらない。 傷口を抑えながら、僕は地に臥した。 「寒い………。」 もう6月だというのに 血濡れの体は、震えるくらい寒かった。 寒さはあの頃を思い出させる。 一人でいた、子供の頃の記憶。 灰色の世界を彷徨う、孤独な記憶。 ―――――――― 曇り空の下、僕は道を行き交う人々を眺めながらいつもの場所に座っていた。 大通りに面した小さな路地の影。 ここが僕の定位置だった。 「…………。」 何をするでもなく、ただ座って時間が過ぎるのをじっと待つ。 お腹がすけば市場に行って、見つからないように食べ物を盗む。 見つかった時は、身動きが出来ないくらいぼこぼこにされたけど 物を買うお金なんて、僕にはなかった。 夜になれば、いつもの場所に戻って、膝を抱えて眠る。 ただそれだけを繰り返す日々。 「いつか」だとか、「もしも」だとか そんな期待はもう飽いた。 今を生きるので、精一杯だった。 ある日目を覚ますと、何やら辺りが騒がしい。 抗争だの、潰すだの、そんな言葉が飛び交っている。 どうやら噂の義賊集団がこの街にやってきたらしい。 ガタイのいいマフィア達が大慌てで走り回っていた。 「あそこにいこう……。」 巻き込まれるのはゴメンだと、僕はその場を後にした。 路地を抜け、小さな通りを渡り 市場を遠目に眺めながら、空き家に入って近道をする。 この地域は住宅が密集しているため、2階から2階に移動するのも容易い。 ひょいひょいと窓を伝い、目的地を目指した。 何度か移動を繰り返した後、瓦礫の残るボロボロの家に入り込んだ。 もう誰も使っていないだろうという魂胆だったのだが、なにやら様子がおかしい。 「………?」 1階に降りて気配のある部屋を覗き込む。二人の男が、銃を構えて対峙している。 直後、銃声が響いた。 「!」 一人の男が胸から血を流しながら倒れた。どうやらもう戦闘は始まっているらしい。 僕は腰を抜かして、その場にへたりこんだ。支えに掴んだ扉が、ガタリを音を立ててしまった。 音に気づいた巨漢の男が、こちらに向かってくる。 逃げたくても、足が動かない。 目の前までくると、カチャリと撃鉄引き、銃口を僕に向けた。 こんなところで、死ぬのか。案外あっけないものだ。 そんなことを思いながら、ただ静かに銃口を見つめた。 僕は一度、死を受け入れたのだ。 「……死にたくない…。」 大きい銃声の後、巨漢は大量の血を噴出して前のめりに倒れこんだ。 頭から血のシャワーを浴びた僕は、全身を真っ赤に濡らしながら、呆然とそこに立ち尽くしていた。 部屋の奥から、カウボーイハットを被った白髪のおじいさんが、壊れた窓を乗り越えて、こちらに歩いてくる。 おじいさんは膝を付き、僕の頬に手を伸ばした。 「あったかい……。」 あたたかい、しわくちゃの手。 両手でおじいさんの手を握り、頬を摺り寄せる。 おじいさんは、僕の頭を撫でて、そして抱き寄せた。 なんだかよく分からなかったけど、心底、安心した。 それが師匠との出会いだった。 ―――――――― 思い返せば、僕はいつも師匠の隣にいた。 そこが、僕の居場所だった。 ―――――――― 初めて参加した作戦で、僕は一人の悪漢に銃弾を見舞った。 初めての、殺しだった。 わなわなと手は震え、寒気が体を襲った。 膝が笑って、もう立っていられなかった。 こちらに気づいた師匠が駆け寄ってきて、僕の体を、手を握り締めた。 あの時と同じ、暖かい大きな手。 自然と震えは止まった。 ―――――――― もう、体は動かない。 息もできなくなってきた。 僕は瞼を閉じた。 ―――――――― 師匠がついに帰ってこなかったあの日、僕は組織を飛び出した。 不安で心が一杯だった。 涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、何もかもから逃げたくて、走り出していた。 辿り着いた小さな町で宿を取り、細い腕で体を抱いて、夜が明けるのを待った。 どこから調べをつけたのだろうか、組織の仲間から便りが届いた。 師匠の遺体が出たという知らせだった。 湧き出る激情をどうにか押し殺し、師匠宛ての手紙を書いて「遺体と一緒に葬って欲しい」と返事と共に送り返した。 数日後、驚くことに、師匠から返事が返ってきた。 僕のことを心配した仲間が、気を利かせたんだろう。 「……バカだな。」 自嘲気味な笑いが漏れた。 だけど、嬉しかった。 その日から、奇妙な文通が始まった。 たまにお金を送ってくれることもあった。 連絡先が変わっても、文通続いた。 ときには組織に戻らないかとも言われたが、僕は頑なに拒否した。 あそこにはいつも師匠がいたから。戻れば辛いだけだった。 ある日、届いた手紙にこんなことが書いてあった。 『遠い地で冒険者を養成する学校の入学者を募集している』というものだった。 くだらない、と思っていたが、手紙には『お前も学校くらい行っておけ』とも書いてあった。 なんだ、それ。 「おっかしーの。」 思わず笑みが零れた。 ―――――――― 「フフ……。」 思わず、笑みが、零れた。 養成校にきてから、楽しいことが沢山あった。 毎日の何気ない会話。 魔法や忍術の授業。 皆で食べた昼ご飯。 仲間と共に励んだ部活動。 臨海学校に体育祭や文化祭。 全部が初めての体験で、毎日ワクワクして過ごしていた。 けれど。 心にできた隙間が埋まることはなかった。 思い出に浸りながら、僕は意識を失った。 ―――――――― ふと目が覚める。 体が軽い。 辺りは静かだ。雨も止んでいる。 体を起こし、周りを探る。 ギィ、と、何かが開く音がした。 振り向けば、そこには大きな扉があって。 中からはきらきらと眩しい光が漏れ出し、僕を照らしている。 扉の向こうから、誰かがやってきた。 そのシルエットを、見間違える筈もない。 気が付けば、駆け出していた。 僕は、光に飛び込んだ。
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