10年ほど前の話
ある村に一人の少女と少年がおりました
少女は村の時計屋の娘で薬草売り
少年はその幼馴染で少女の父親の弟子
二人は小さな頃からいつも一緒
そしてこれからもずっと一緒
時計屋の少女は美しく育ち、見習いの少年は力強く育って行きました
だが、時計屋の少女が17を迎えた頃村にある事件が起きました
遠い土地より一匹の吸血鬼が村に訪れたのです
吸血鬼は言いました
「美しい生娘を5名差し出すか、皆殺しにされるかを選べ」と
小さな村です、怪物に対抗する手段など持ちあわせていません
村人たちは仕方なく、村から少女達を吸血鬼に差し出すことにしました。
その中には時計屋の少女も含まれておりました。
見習いの少年は時計屋の少女に「一緒に逃げよう」と言いましたが
時計屋の少女は首を縦に振ることはありませんでした
見習いの少年は無力感を噛み締めながら少女に約束します
「必ず助けに行くから」と。
それから6年の月日が立ちました。
見習いの少年は村を出て、とある高名なヴァンパイアハンターに弟子入りし
一人前の大人の青年に成長していました
青年は村を出たあの日から時計屋の少女のことを忘れてはいません
修行の傍ら、師匠の手伝いとして吸血鬼の情報を集め、
あの日少女を連れ去った吸血鬼の行方を探し続けていました
そしてついに青年は件の吸血鬼の居場所を突き止め、師匠と共に居城へと向かいました。
6年前の約束を果たすために。
居城での戦いは凄惨極まるものでした。
吸血鬼が生み出した、屍食鬼の群れを薙ぎ
見知った顔である4人の少女達の胸に白木の杭をつきたて
ついには師の犠牲により、因縁の吸血鬼を滅することにも成功しました
吸血鬼は散り際に笑いながらこう言いました
「どうやらお前の目的はあの娘のようだな。あの出来損ないのためにご苦労なことだ」、と。
そして彼は部屋の奥であの少女を見つけます。
あの時と変わらぬ姿のまま、静かに部屋に佇んでいました。
青年は彼女に呼びかけます、約束を果たしに来た、と。
しかし、少女は不思議そうに青年を見つめます。
「ごめんなさい、私にはあなたが誰かわからないの。」
少女は静かに語り始めます。
自身が血を吸われて吸血鬼になったこと
吸血鬼の側に問題があったのか、それとも少女に問題があったのか
完全な吸血鬼にはなれず、人でもなく、屍食鬼でもなく、吸血鬼でもない存在になってしまったこと。
それ故に自身の血を吸った吸血鬼が滅びてなお存在していられること
それ故に吸血を行わないと記憶が欠落し、最後には忘れたことさえも忘れ、完全な屍食鬼になってしまうこと
記憶を失っていくことを恐ろしいと感じている自身の気持ち
師を失った悲しみ、そして目の前の少女に起こってしまったこと
白木の杭を持つ青年の手は震え、膝をつきます
そんな青年に近づき、少女は語りかけます
「ごめんなさい、見も知らぬあなた。あなたの血を私に……」
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