requiescat in pace
- 「父さんっ……!!!」
伸ばした手は宙を掻き、空を掴んだ。少年の目に映るのは白い天井と、生身の腕。 「……んもう、びっくりした。おはよう、アルくん」 声のした方へ目をやれば、読んでいた本を置く銀髪の少女が見えた。 少女は言葉を続ける。 「命に別条はないって言うからこっちに移してもらったけど、それから丸一日寝てたんだから」 状況がつかめず、口を半開きにしたままのアルナムを見かねたように、更に言葉が続いた。 「んーと……救難信号出しながらオートパイロットで滑空していたのを見つけて、収容して。処置が済んだから私達だけこっちに戻らせてもらったの」 その先を続ける前に、少女は少しだけ表情を曇らせた。 「……父さんは、しばらく衛星?で追跡してたんだけど見失ったって……でも多分、帝国本土へ向かっただろう、とも言ってた」 そっか、と少年は肩を落とし、嘆息。それから、 「……それで、僕が寝てる間に、姉さんは出てこられるようになったってこと?」 と問う。問われた少女、エリスはコクリと頷いた。 「うん。あ、ちゃんと、アルくんと一緒に戦ってたの覚えてるよ。でもなんか……夢見てたみたいな感じ」 アルナムは、最後に見た時は随分と小さくなったな、と感じたのを思い出した。 それが今ではすっかり元通りで、少しだけ、気分が明るくなった。 「……うん、良かった、治って」 それでもまだ暗い表情の少年に、姉は明るく声をかける。 「あ、そうだ。後でお客さんが来るって話よ?お姉ちゃんは船ですることがあるから、一旦帰るけどきちんと身支度しておくのよ?」 ああなってしまう前と、変わらない姉の姿。アルナムはもう少し、気分が明るくなる。 「お客さん?誰だろ……えっと、あー……看病ありがとうね、姉さん」 エリスはふっと笑って、 「当たり前でしょ?家族なんだから」 と言うと荷物をまとめて船へと帰っていった。 --
- 姉が帰ったあと、シャワーを浴びながら考える。
こうなった以上自分も達もまた、帝国本土へ赴かねばならないだろう。そうなれば、きっとしばらくは帰って来られないはず。 つまり、会う機会が減る。かと言って一緒に連れて行きたくはない。あまりにも危険だ。 思考が段々ととりとめなくなっていって、ぶんぶんと頭を振る。 シャワーを浴びた所でさっぱりしないまま、頭を乾かして、着替えて。 「……会いたいなぁ」 一人の部屋のやたらと広い空間へぼそりと投げられた言葉は、響くこともなく空虚に染み入って消えた。 --
- ──会いたいと思った人物が顔を出したのが、丁度その時であった。 --
- そんなこんなで少年が腹を据えて数日。ジョワユーズの改装が進む中、『出資者』からの通信が入る。
「……まあ要するに現状の確認と、今後のお話というわけだけど……」 モニタの向こうの女が、まず、と前置き。 「先日の戦闘を以って、帝国がこちらへ送り込んでいた戦力をほぼ壊滅に追い込むことが出来たわ。今後こちらでは残党潰しがメインになると思う」 そこへ、今更ですけど、と少年が口を挟む。 「出資者というか、総司令ですよね?」 「そこはほら、コードネームというか……実際作戦を考えているのは私だけではないし。っと、話を逸らさない。いい?」 女は続ける。 「私達が保有する飛翔石は、全て蒼天の座へ返却することになったわ。元々彼らの財産なわけだし、知っての通り私達には代替技術がある以上、必要のないものだしね」 で、と続く。蒼天の座とは、空の民の浮遊都市のことである。 「主戦場は帝国へ移ることになるわ。ただ、貴方達空の民にはもう因縁も何もない……って言いたかったんだけど、そうもいかないのよね?」 アルナムは、モニタの向こうへ頷きを返す。 「父が、囚われたままですから」 「……あれに乗っていたのがお父さんとは限らないのよ?」 問いの言葉に、少年はもう一度頷く。 「それでも、行きます。僕と同じ悲しみを背負う人を、少しでも減らしたい」 「彼女さん……じゃなくて婚約者さん、だっけ?簡単には会えなくなるわよ?」 少年はその問いに苦笑すると軽い調子で答えた。 「あ、それは大丈夫です。付いてきてくれるって、言ってくれましたから」 「いい人捕まえたわね……あ、改装計画に口出ししたのって」 今度は少年、にこりと笑って、 「です。本当、有難い人です」 しみじみとそう答えた。 --
- 鋼の巨人がぶつかり合う度空気がビリビリと震え、海面に波紋が広がる。
白の巨人は左腕で相手の右腕を抑えつつ、振り回してくる左腕を手刀で払いのけ、ほぼスクラップ同然のそれを完全に破壊した。 対する黒も負けじと腕を振るい、猛攻をかける。が、全てを躱され、受け流されて大きくたたらを踏む。 エクスカリバー……白の巨人はその隙を見逃さない。流麗な動作で白銀の右手が相手の頭部を掴んだ。 その一連の流れにアルナムの胸にある予感が過った。 「あれに、父さんが乗っているかもしれない……」 --
- 少年は、その推測の根拠を話した。
曰く、あれだけ巨大な物をスムーズに動かすには、飛翔石機関を複数、最低でも3つ以上を同時に一人で制御しなければならない。 2石を同時に扱うソード級でさえ、生体パーツとして最適化されて漸くの所を、である。 しかし。昔、少年は自身の父がそれを短時間ながらやってのけたのを見たことがあったのだ。 「なるほど。もし父君ではなくとも少年の同族が強制的に……というわけか」 黒の巨人との一進一退の攻防を繰り広げながら、純白の巨人の主は呟く。 「既に降伏を勧告したが、受け入れる素振りはない。だが、私に考えがある」 「本当、ですか……?」 エクスカリバーから短い返信があった後、それぞれが終局へ向けて動き始めた。 --
- エクスカリバーが動きを封じつつ残ったもう一方の主砲を破壊、可能であれば艦橋と本体との接続を断つ。
ジョワユーズとシャルルマーニュは対空砲を破壊して、完全に抵抗手段を奪う算段だ。 サイズと内部機構の関係上、装甲の厚みが確保出来ていない対空砲は次々と破壊されていく。それを阻止しようと動く黒の腕を白い巨人が抑え込み、ロックした肘関節をそのままへし折る。 ここまで順調に連携は成功していた。が、しかし…… --
- 抵抗を止めたように見えた黒の巨人の首が、破砕音と共に後ろに倒れた。
そして同時に、内部から煙と爆炎が立ち昇る。 「自爆……!?」 『いえ、これは……』 轟音とともに、巨人の胴部から艦橋が姿を現し、火を吐きながらゆっくりと上昇していく。 大量の煙と炎は爆発などではなく、脱出装置と思しきロケットブースターのものだったのだ。 アルナムは弾かれたように飛び出し、それに取り付いた。艦橋の窓だった部分は分厚いシャッターが降り、中の様子は見えない。 --
- 「父さん!父さん!!っく、この……!!」
呼びかけても当然のごとく返答はなかった。シャッターを殴りつけ、更にこじ開けようとするがピクリとも動かない。 そうこうする間にも、みるみる高度は上昇する。漆黒のロケットは蒼の騎士を張り付かせたまま、蒼穹を切り裂き、白雲を貫いていく。 青の騎士は抜き放った剣で斬りつけるが、激戦を経て鈍った刃では小さな傷を残すばかり。更に、隙間にねじ込み、再びこじ開けようとするがやはり微動だにしない。 「開け……開けよ……ッ!!」 叫びながら何度も剣を突き立てるが、段々とその動きが緩慢になっていく。 内鎧もまた、重く、鈍く。少年の口から荒く吐き出される息が白く曇った。 『警告。活動限界高度を超えています。極低温により騎体機能の低下を検知。当騎の気密性能ではこれ以上の高度は危険です』 「そんなことっ……っはぁ、言ったって……っ」 気がつけば息も絶え絶え、目の前が霞み始めている。しかし何よりも、もう体が動かない。 「父さ……ん……かあ、さ……ねぇさん……ごめ……」 その身を白い薄氷に覆われた青の騎体は、バランスを崩してぐらりと揺らぎ、黒い飛翔体から剥がれ落ちた。 伸ばした手の先に父を求めて、少年は空へ落ちていく。 --
- その巨大な人型の艦が現れたことで戦況は大きく変わった。
通常の砲撃はおろか、レールガンさえもその装甲には通じない。 一方で、巨人の両手から放たれる魔導砲は、ティルフィングの物を凌ぐ威力を持ってレジスタンス艦隊を薙ぎ払う。 時間経過とともに航行不能の艦が増えていくレジスタンス。 足こそ止めているものの、圧倒的火力でレジスタンス艦を蹂躙する帝国の巨大人型戦艦。 まさに、まさに万事休す、であった。 --
- 「マズい……いっそ味方は撤退して貰った方が良いかも」
苦々しく呟きながら、額の汗を拭った。そこへ通信が入る。 「実際、既に撤退指示は出してあるわ。 航行不能になった船から脱出した味方を収容したまま戦うのは無理だ、って説き伏せたけど……正直、まだ皆戦意失ってないのよね」 アルナムは、でしたか、と短く返事をする。 「……せめて、あの火力をどうにか出来れば、手段はまだあるわ」 「あるん、ですか……?」 「賭け、みたいなものだけど……ね」 --
- 確かに、眼下の海では煙を上げて停止した艦の合間を縫って、航行可能な艦が要救助者を収容しながらジリジリと移動するのが見えた。
そして、それを狙って黒い巨人が手を翳す。掌に光が集まっていく。 アルナムはその光景に一つ、決意を固めた。 同時、蒼の騎士が動いた。空を蹴り、一瞬で音の壁を突き破る。 巨人の身体のあちこちに設けられた対空砲が火を噴く。しかし音速で飛行するシャルルマーニュを捉えることは出来ない。 そうしてアルナムは巨人と味方の間、魔導砲の射線上へと割り込んだ。 『マスター、何を……!?』 アルナムは問い掛けを無視して、準備を整える。 --
- シールド最大出力、前方へ集中偏向。スロットル全開放。
蒼い鎧の前方へ大きな障壁が形成され、背中の飛翔ユニットが陽炎を立ち上らせる。 巨人は、意に介さぬ、といった様子で砲口へ更に魔力を集め、圧縮していく。 掌の光球がみるみる膨れ上がり、ある一点でそれが崩壊。形を失った球が、光の奔流へと変わる。 「今、だ……!!」 蒼い影は自ら、その膨大な魔導の光が形作る邪龍に呑み込まれた。 --
- シャルルマーニュは膨大な光と熱の中、露と消えた……
訳ではなかった。半球状に集約することで強度を上げたシールドが、全てを焼きつくさんばかりの魔光を弾き、砕き、霧散させていく。 そうしながら、蒼い騎士はジリジリと巨人の掌、砲口へと向かって進んでいく。 「うおおおおおおおああああああああああ!!!!」 決死の飛翔の末、ついに光の柱を押し切ってシャルルマーニュのシールドが砲口へと達した。 塞がれた砲口は、しかしその魔光を吐き出す事を止められず、そのエネルギーを逆流させていく。 --
- オーバーロードを起こした巨人の前腕部が膨らみ、音を立てて歪んでいく。
膨張限界を超えた装甲表面が裂け、溜め込んだ魔力を吹き出しながら崩壊を始めた。 アルナムが後退する頃には、巨人の左腕、肘から先は見るも無残な鉄塊へと変じていた。 『……ルナム!アルナム!?』 蒸し焼きになりそうな内鎧で息を荒らげたアルナムは、聞き慣れた、久々の呼び声に我に返る。 「……っは、はぁ、はぁ……姉さん。やっと、名前」 『名前なんてどうでもいいでしょう!無茶をして……!』 少年は小さく笑って、ごめん、と呟く。魔術の類の影響を受けぬバイアフをして、末端が赤熱化する程の威力。推して知るべしである。 「もう片方、は流石に無理かな……あっつい……」 のんきに言い放ちつつも更に後退して、巨人の直接攻撃範囲から抜け出す。 右腕が既にこちらに狙いをつけているので更に続けざまの回避運動を入れる。と、そこへ通信が入った。 「無茶苦茶だけど、上出来!後は今から指定する座標空間をクリアにして」 受け取った座標を元に、ジョワユーズとシャルルマーニュは回避ルートを再計算する。 「一体、何を……?」 --
- 「カウント、始めるわよ。5,4……」
3──指定された空間が歪み、 2──ガラスが割れるような大きな音が響いて空に穴が空き、 1──穴から、白銀の物体が姿を現す。 0──それは、3隻の新たなソード級であった。 --
- 鋭い印象を与える3隻の白い艦は、赤、青、黄のラインの縁取りが入り、異なる細部と合わせてそれぞれが違う役割を持っているのを伺わせる。
それらの艦は巨人の放つ対空砲火を物ともせず、魔導砲さえシールドを以って防ぎきった。 と、そこへレジスタンス側の共通帯に通信が入る。 「空間跳躍テスト完了……ついでに防護フィールドのテストも完了。これより、本艦カラドボルグ並びに麾下、コールブランド、カリバーンは次のテストへ移行。 ……というのは建前。旗色悪いと聞いていても立ってもいられなくてね」 そう語るのは若い青年、カラドボルグの艦長だ。 「各艦、ユニオンフォーム!最終テストだ!」 青年が出した号令により、3隻の新型ソード級は縦に重なるようなフォーメーションを取る。 同時、展開していたシールドが円筒形へと変形し、縦に大きな空間を形作る。 その中で、それぞれが両腕部を展開、大きくその形を変えていく。 そして、中段のコールブランドが、上下のカラドボルグとカリバーンへジョイントを伸ばし、結合する。 ……そう、今まさに、3隻の聖剣の名を冠した艦が一体となった。 --
- 「連結確認、コントロールをセンターへ……認証コード、エクスカリバー」
カラドボルグの中央船体から頭部がせり上がり、目に当たる部分が発光。力漲る四肢を引き込むように縮め……力強く、空へと広げる。 同時に、各艦のカラーラインが塗り変わる。上半身を形成するカラドボルグに合わせた、赤色へと。 「え、えぇぇ……なにそれ……」 白の巨人が黒の巨人とがっぷり四つに取っ組み合う光景を目にして、アルナムは呆然と呟くのだった。 --
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- 街から遥か遠く、拠点からジョワユーズの足で数日の遠洋。
そこにレジスタンスの艦艇が集結していた。つい先頃判明した、帝国の浮島の目標ポイントと拠点を結ぶ直線上である。 メガフロートが来るであろう方向へ船首を向けた艦体。その背後、遥か遠くに背負う巨大な積乱雲こそが敵の目標であった。 分厚い雲が覆い隠すその向こうには浮遊大陸がある。滅びたと思われていた、アルナムの故郷だ。 帝国との闘争を避ける事を選んだ空の民は、都市の防衛機構をフルに働かせ、自らを閉ざしたのである。 --
- 「スカイアイより入電。敵メガフロートを確認、作戦開始ライン手前を3ノットで航行中とのことです」
「いよいよ、か……」 「これが終わったらプティパさんとパン屋を?」 「いきなり無理やり死亡フラグを立てようとするのやめて。でも確かに終わったらどうするって考えてなかったなぁ……」 ふぅむ、と唸る少年。この戦いが終われば、当面空の民は安全に暮らせるだろう。 しかし、それでレジスタンスの戦いは終わらないのだ。帝国の、他地域への侵略を食い止め、属国となった国々を取り戻す。 帝国を滅亡させる、というところまでは行かずとも侵略戦争を止めさせる事がレジスタンスの最終目標となるだろう。 ジョワユーズはその果てしない戦いに於いて、欠かせない力となるだろう。しかし、帝国との本格的な戦いに身を投じるということは、この地を遠く離れることを意味する。 そうなれば、今よりもずっと恋人との逢瀬は減る。年一回会えるか会えないか、だ。 プティパの寂しげな横顔が脳裏を過る。 「マスター?」 エリスに声を掛けられ、アルナムはふと我に返った。 「ん。今は、目の前の敵に集中しないと。解ってる」 敵は強大だ。その大きさから速力は低いが、内包するゲートを用いて本土と接続することで無補給でここまで来ている。 恐らくは戦力もこれまでとは比べ物にならない規模だろう。ソード級も複数搭載されている可能性がある。 --
- と、そこへ通信が入る。オープンチャンネルで周囲の艦艇全てに接続されたそれは、ゆっくりと語り始めた。
『諸君。我々は今、大きな岐路に立たされている。眼前に迫るのは今までにない、強大な敵だ。 一方、我々の戦力はかの敵と比して拮抗するかも疑わしい。それでも、それでも── 我々は、退いてはならない。今まさに守るべきものがあり、そしてこれからの戦いに於いて、取り戻すものがある。 それらを確実のものするために、その力があると示すために。 征こう、諸君。我々は今を守り、未来を取り戻す。これはその一歩だ!』 --
- 雄々、とそれに応える声が響いた……ような気がした。
少年自身、ぐっと高揚するのを感じる。そう、これは未来への最初の足がかりなのだ。 --
- 緒戦、レジスタンス艦隊は敵正面と相対する部分を厚めに残し、左右翼部を取り囲むように展開。
間接照準による砲撃と、航空戦力による直接打撃を開始する。 攻撃は表層へ着実にダメージを蓄積させていく。しかし、メガフロートの進行速度は依然変わらない。 --
- 「内部への損害は軽微、恐らくはシールドでしょう」
「……のようだね。範囲を絞って出力を上げているのかな」 とすれば、これ以上の砲撃は無意味だ。味方にそれを伝え、次のフェイズへ移行する。 --
- 揚陸艦がカタパルトを展開、仰角を取ったそこから鋼の騎士が次々と射出されていく。
空中で翼を広げ滑空する騎士──イアフと呼ばれるその巨人はその性質上、魔法やその類の力からの影響を受け難い。 少年の駆るシュルルマーニュもまた然り。こちらの場合イアフの上位機種であるバイアフであるため、よりその性質が強い。 それ故に強力なシールドを有するソード級に対する切り札となっているのだ。 --
- イアフ部隊が続々とメガフロートへ上陸する中、フロート中央後部、シールドで守られていた発艦ハッチがゆっくりと、大きくその口を開いていく。
「……敵ソード級、来ます」 報告を受けたアルナムは既にシャルルマーニュに乗り込んで、発進準備を整えていた。 「ん。段取り確認しとこうか」 「はい。マスターが敵ソード級の機関を破壊、味方に被害が及ぶ場合、その前にレールガンにて砲撃」 「OK……って、敵2隻居ない?」 「……居ますね。どうします?」 「そのままで……僕はティルフィング優先するから、もう一隻の方頼むね」 了解、と短い返事を聞いて、少年は空へと躍り出た。 --
- 意気揚々と飛び出した青い騎士はしかし、早くも壁にぶち当たる。
黒の魔剣の表面に新たに増設されたらしい、対空砲の攻撃に晒されて接近出来ないのだ。 シールド機能もあるにはあるが今それを使うと速度が落ちてしまい、それこそ良い的だ。 故に、全速力で回避し続けながら接近の機会を伺うより他にない。 --
- その間にも、敵の内一方は既に刀身を展開させ始めていた。
変形しているのはティルフィングではなく、その後方に付けた刀身の短い艦だ。 黒い短剣はその刀身をある程度左右へスライドさせると、今度はそこを軸に大きく開いていく。 その部分はティルフィングとは違い、砲口ではなく巨大な連結器のようなものが覗いていた。 刀身の展開を終えた短剣は、ゆっくりとティルフィングへ近づいて行く。 --
- 「あ、もしかして合体!?」
「飛翔石機関を外部接続することによって、砲撃時の安定性を確保するのが狙いかと思われます」 眼前で、2隻のソード級が鈍い音を立てて1つに変わっていく。そこではたと少年は気付いた。 「……今のチャンスだったんじゃない?」 「レールガンが使用可能になるまで残り30秒。無理ですね」 「残念」 青い騎士が身を翻し幾つかの砲弾を避けた所で通信が入る。地上のイアフ部隊の隊長からだ。 『少年。奴の下はガラ空きだ!下から回れ!』 見れば確かに、地上部隊は上空からの攻撃を受けていないようだ。了解、と短く返事をすると、少年はパワーダイブで一気に敵艦の下へと回りこむ。 --
- アルナムは巨大な黒い影の下をくぐり抜けながら、ジョワユーズへ指示を飛ばす。
合体艦を両サイドから同時に攻撃、破壊する作戦である。 敵のこの合体は恐らく、前回露呈した砲撃時のバランスの悪さを補うもの。 つまり、上手くすれば大きくバランスを崩すことも可能という判断だ。 --
- その間にも黒の魔剣はその刀身を左右へ開き始めている。残された時間は多くない。
蒼の騎士が合体艦右舷へ到達するのを合図として、ジョワユーズがレールガンによる砲撃を開始する。 上下に展開した前腕部で加速された弾体が、青白い電光とともに砲口から吐き出される。 亜光速で飛翔するそれは、敵艦のシールドを貫通して左舷の機関部、二つを正確に射抜いた。 ワンテンポ遅れで着弾部が火を噴き、ゆっくりと黒い巨体が傾き始める。 ついで、シャルルマーニュが右舷側機関を一基破壊。しかし既に傾き始めた艦体は立て直せない程となっていた。 --
- 黒の刀身は既にその間に光を蓄えつつあったが、飛翔石機関を失ったことで圧縮も防護も出来ないまま、己自身を焦がしていく。 --
- 地上部隊への退避指示を出しながら、少年は訝しむ。
「こっちが思いっきり準備してきたっていうのを差し引いても、あっけなさ過ぎない?」 「……確かに。ただ、フロート内のゲートを止めない限り何が来てもおかしくはなさそうです」 ん、と短く返事をして、アルナムは墜落していく敵の姿を睨みつけるように見つめる。 その視線の先、艦橋と思しき部分が根本から折れ曲がっていく。 ──否、艦橋だけが取り残されるように浮遊しているのだ。水平を取り戻していく過程で、本体との接合部分に隠されていた機関部が露出していく。 その背後、何か巨大な塊がリフトに乗せられリフトアップしてくるのが見える。ジョワユーズが反射的に艦橋と新手の双方へ砲撃を加えるが、シールドに阻まれダメージを与えられない。 --
- 鉄塊の直上へ達した艦橋部はそのままゆっくりと高度を下げていく。塊の上面にはポッカリと穴が空いていて、艦橋下部の露出した機関部を迎え入れるように飲み込んでいった。
「……ま、また合体した」 「だけでは、無さそうですよ」 周囲のレジスタンス艦隊からの艦砲射撃を物ともせず、重苦しく低い音を周囲にバラ撒きながら僅かに浮上したそれは、フロートの後方へと滑りながらゆっくり縦に伸び始めた。 前半部は下方に伸び、二本の柱となって海面に突き立った。すると、後半部はその柱を支えとするように上へとスライドしながら側面両側から更に二本、柱を増やす。 そう、その形は── 「人型に……!?」 --
- つづく --
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- ……というわけで、一人暮らしを始めたわけですが(ジョワユーズから持ってきた荷物を運び入れながら)
……話し相手が居るだけで元々一人暮らしだったような気もするな……? --
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