名簿/498186
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- この都市に来る前のこと。
カミル・オロヤクは父の背中を見て育った。 広く大きい、純人間の父の背中。 父は豪放磊落で力強く、男らしくて、自分には持っていないものを全て持っているように思えた。 カミルが「はやく大人になって、お父さんみたいになりたい」というと、父はこういうのだ。 「お前の時間は俺より長いが、焦ることはない。ゆっくり育て」 幼いカミルは待ち遠しくて、長く伸ばした首が痛かった。 「僕が父のようになれる日は、いつ来るのだろう?」
- この都市に来てからのこと。
上級生はもちろん、同級生も、個性的な人ばかりだったけど、 みんな自分よりしっかりしていて、カミルは困ってしまった。 そのような中、カミルは異能に目覚めた。 幼き日に聞いた言葉を映すような、感覚強化の異能に。 それをもって何が出来るか考えた末、カミルは探偵部に入部した。 迷い犬や迷い猫などを探したり、浮気調査で昇りたくもない階段を昇って、1年と半分。 探偵仕事が少しは板についてきた頃、カミルは帰省を決めた。 父と同じようにはまだまだなれない。 カミルはカミル自身の、目の前の未来を探さなければいけないのだと思った。 そのためには、一度過去を振り返らなくては。
そして、先月。黄金歴248年8月のこと。 カミル・オロヤクは父に会った。 2年前より少しだけ老けた父に、学校のことや探偵部のことを話すと、父は昔と同じように笑った。 そして、己のこれからのことを相談すると、父はこう答えた。 「ゆっくり育て、カミル。一足飛びに大人にはなれん」 父はその大きな手で、カミルの頭をくしゃりと撫でた。 「その赤毛の先輩が言う信念や、その番長とかいうのがいう『道』を、お前はもう持っているはずだ」 カミルは、帰ってきてから気付いた。自分は今の探偵という仕事が楽しいのだ。 何か困っている人を、それが例え小さなことでも、手を取って助けられる身近な探偵になりたい。 なので、今はそのために頑張ることにした。焦らずに、ゆっくりと、残された1年半を。
- この都市に来る前のこと。
カミル・オロヤクには好きな女の子がいた。 カミルがまだ幼い想いを伝えたら、彼女の答えはこうだった。 「私は純血。貴方は四分の一。四分の一のきみとは同じ時間を生きられない」 純血のエルフと、クォーターの僕とでは、寿命が違いすぎるから、 大切な人に先に逝かれるのは寂しいから、堪えられないから。 たいせつな人を選ぶのに、そんな理屈に縛られるのなら。 幼いカミルは分からなかった。 「誰ともいのちの時間が違う僕は、いったいどうすればよいのだろう?」
この都市に来てからのこと。 初め、知らない人同士のカップルは幾度も見かけていたが、カミルは何も思わなかった。 微かな羨望のざわめきが心にさざ波を作るのを、無視していただけなのかもしれないけれど。 2年目を過ぎてからだろうか。恋愛というものが明確に意識されるようになったのは。 友人達が徐々に、少しずつ、春めいてきて。あの人も、この人も。 探偵部の浮気調査でちょっとこじらせて、先輩に枯れてるなどとからかわれたりしながら、 カミルの心はさまよった。いのちの時間の答えを求めて。 3年生のある時期、カミルは友人に、お酒の席でぽろりとこぼしたことがある。 いつか時が二人を引き剥がすとしても、そんなことが考えられないくらい、 今がその人でいっぱいになってしまうくらいすてきな人に出会えたなら、僕にも恋ができるのだろうかと。
4年生の春、はたと気付いたことがある。 両親の顔、父と母の顔。 ふたりはとても幸せそうに笑っていたじゃないか。 人間と半エルフで、いのちの時間が違うのに。 今になってようやく飲み込めた。 恋は理屈じゃなくて、そうなってしまったら。 何もかもの障害は、ありとある妨げは、きっと問題ではないに違いない。 だから。 きっと。 自分の気持ちに、もっと素直になっていいんだ。 春の風が爽やかだった。
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