IK/8088
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Case:1 森の中 --
「お化けが出る」 --
ボロがボロのボロ2乗ほど さらに床の板が何枚かはがされ、今にも倒壊しそうな建物の中で 歪な椅子に座りながらその口を開いた少年は。ドジョウとウナギを交配させたような本棚の上に寝転ぶ家主をまっすぐと見つめながら 第一声を放つ --
木材 それは根本的な生活の支えとなる資源の一つ 時には燃料となり、また家となり。あるいは服となり、技術が進めば紙にもなる 種類は豊富で、性質も様々なため、その用途は多岐にわたり 開拓が行われるその土地では森を切り開くことはなによりの第一歩……の、一部を示すものと言っていいだろう
少年の父親はそんな開拓民の中で、森を切り開き木材を集める仕事をしているのだと言う しかし --
「最近は森に入ると怪我をする人が多いんだ 怪我をして戻ってきた人は、皆幽霊が出たって……」 --
新しく国が作られる場所、開拓。それは一見輝かしい人の歴史にも思えるが 国を作る最中では、時としてその地に元より住んでいた者達との衝突は避けて通れない問題だろう 文化や知識を持った相手ではなくとも、それは野生に生きる者達にとっても開拓民という存在は立派な脅威であり また排除するべき存在であった
しかし少年の話では、その森に現れるのはそんな原住民や、野生の動物ではなく……人を襲う霊が出るのだと言う --
幽霊……と言うもの自体は特に珍しくもなく 土地や教えによってその存在は意義を帰るだろうが、少なくとも少年の視線をうけながら。本棚の前で上下逆さになり胡坐をかいていたそれには 特に疑うべきものではなかった。それはかつて契約を果たすため呼び出されたとある国において 一本目に握った特別な剣をもってしていやというほど切り捨ててきたからだ 感触はトコロテンに似ていながらも、どこか葛餅を思わせる感覚だった 少年の話を聞きながら。それはしみじみと、思い出すように語って聞かせる --
「お化けの斬り心地なんてどうでもいいんだよお!」 --
少年はそれが語りだす話をさえぎるように声を荒げると、今にも死にそうなテーブルを強く叩く 案の定、おかげでテーブルの足は用意に折れ……そのまま軽い音を立てながら潰れていく 目の前にいるのは子供だ、最初に話を聞くだけだと教えていても。やはり誰かに助けを求めたいのだろう 自分の父がその騒動で困っている姿を見るのは、やはり子供なりの不安を抱えてしまうものだ おそらくはここで親の事はわからないと、呑気に整地もされていない野山を鼻水たらして駆け回るような人間ならよかったのだろう だが目の前に居る少年は、その未成熟な脳味噌と子供特有の楽観主義で 「もしかしたら同情で助けてくれるかもしれない」という淡い期待を持ち、ここへ来たのだろう
しかしそれにとって、ここの人間の話を聞くことは自身で決めた事である以上 それはやるべき事であると同時に、自身で決めたとおり助けるための行動はしないと決めていた 自分との契約もまた自身を縛り付けるための足かせであり 少年に対する同情心は元々沸かないにしても、なんらかの要員でその重い腰を上げる事もないだろう
そもそも、ここで国を作ろうとしてきている人間も、なにも学が無いものばかりではないのだ 自分が何もしなくても、そういう事は勝手に薄れて消えていくものだと、つぶれたテーブルの脆さにショックを受けたような少年にそれは語りかける --
その後、少年は多少不満げな雰囲気を残しながらも 最後は不安を露呈させた事でどこか安堵した様子を見せながら、その小屋を去っていく 開拓の真っ只中、親やそれ以外に甘える機会というのはあまりないのだろう 少年の自体をなんとかできれば良いという願い自体に偽りは無かったのだろうが、やはりその本質は誰かに不安を否定してもらいたかったほうにあるのだと それは一人納得しながら、夜になると本棚から滑る落ちるように降りる &b;その後少し埃を払い、上着の中から成人男性ほどある棺おけを引きずり出し それを自身を紐で結び。歩きずらそうによろよろと、小屋の扉を棺おけで突き破りつつ外へ出ると 棺おけの重さが偏る方へと引きずられるようにして、月と星が照らす夜の道を歩く 背負ったの重さで向いた先には、光の届かない暗い森がただ広がっていた --
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- 「本当にこんなところでよかったのでしょうか」 -- 従者?
捻れた木の板、穴の開いた壁 腐りかけの床。この世の春、青春の謳歌、あるいは一時の急速 それらさわやかな風を感じさせる言葉たちとは無縁の建物。家の中にはただ粗末な椅子とテーブルの出来損ないのようなものだけが置かれる 小屋とも言えないような 出来損ないを内包した、これまた出来損ないを体現するかのような小屋、もとい城 --
一人のくたびれた服を着た男が不服そうにその内部を見渡しながら様子を伺うように 隣に居た鼻息の荒いそれを横目で見る --
「いいんですか? そうですか」 -- 従者?
男の視線を無視するように、それは満足気に椅子へと近寄ると 飛び乗ると同時に悲鳴を上げながら潰れる椅子と共に、今にも奈落へと通じそうなほどに頼りない板張りの床へ叩きつけられる そんな出鼻をくじかれるような出来事に直面してもなお、何事もないかのように振舞う姿を見ると 男は諦めにも似たため息交じりの言葉を残し、建て付けの最悪な扉に舌打ちを鳴らしながら出て行く --
作られ始めたばかりの国、どこから集まったかも知れない開拓者達 汚れ仕事でクタクタになる労働者に対し、産まれ始めたばかりの国はたんまりの汗臭さと たぐいまれなる希望の新芽の臭いで出迎える たいした娯楽はおろか、清潔さがいきわたるのも当分の先の地に置かれた 共同便所まがいの小屋の中で、従者の男が去っていく背を眺めながら それは早速、床の板を引っぺがしては。碌に本すら入らない本棚を作り始めていた --
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