名簿/494969

  • 血を求めるもの ―美しき血を求めるもの― -- 2013-02-13 (水) 23:04:07
    • 「はぁっ……はぁっ、はぁっ、はっ……!」
      私は走っていた。息を荒げながら、息を切らしながら、ひたすら夜を駆けていた。
      私は“それ”から逃げていた。後ろから迫りくる暗黒のもの。暗澹たる街路地を躓きそうになりながら、ひたすら逃げていた。
      「何、あれは、何、なのっ……! 来ないで、来ないでっ……!!」
      泣き出しそうになりながら、私は逃げる。後ろから私を追う“それ”に捕まらないように。 -- 2013-02-13 (水) 23:18:13
      • “それ”は確かに人の姿をしていたのに。もう人の姿ではなくなってしまっていた。
        “彼”に言われるままに、この街にいる吸血鬼を探し――見つけた。それは壮年の貴族の男だった。
        退廃的な趣味を持つ長生者――エルダー――、私の今回の標的はこの男だった。「吸血鬼を狩らねば、お前を殺すのみ」という彼の言葉に怯えながら、私は壮年の貴族の屋敷を訪れた。
        ――それから、どうなったのだろう。男が……“それ”に変わってしまった。その体が爆ぜて、漆黒の塊が飛び散って。“それ”が現れたのだった。 -- 2013-02-13 (水) 23:28:26
      • 年若き処女の血を吸いつくし、その死体をコレクションするという吸血鬼――それならば、私も良心は痛まない。きっとそれは、滅ぼしても罪ではない相手なのだから。
        男への供物として捧げられた風を装い、男に近づいて殺す――
        だけれど、私のそんな考えはもう既に吹き飛んでしまっていた。あれは、私が倒せるとか、狩れるとか、そういうものじゃない。あれは何なの。あれが吸血鬼だというの。あの、化け物が――
        「嫌、嫌、嫌ぁっ!」
        這うねり、発光し、沈殿し、浮上し、蝕腕を伸ばし、地面を踏み鳴らして私を追う化物が私を捕えようとする。私は涙を堪え、駆ける。駆ける。
        男が“それ”に変化し、私を襲おうとしたとき、私は恐怖の叫びをあげ、逃げ出した。だけど、“それ”は屋敷の壁を突き破り、私を追ってきた。恐るべき妄執にも似た叫びをあげて。 -- 2013-02-13 (水) 23:40:49
      • 『……ヨ、コセ……吸ワセロ……! 吸ワセロォォォォォ! 美シキ血ィィィィィィ!!』
        化け物が叫ぶ。私がこれまでの人生で聞いたことのないような、名状しがたい、おぞましい叫び声を上げる。金属と金属がこすれ合うような耳障りな音が響く。
        「わから、ない、しら、ない! 美しき、血って……!? あ、あああっ!」
        化け物は私に向かってわけのわからないことをいう。美しい血とは何なのか。それが私にあると言うのか。何もわからないまま私は逃げる。“彼”は脳内に何も言葉をかけてはこない――そして、私が逃げていた路地が私の目の前で途絶えた。目の前に在るのは白塗りの壁。屹立する壁。行き止まりだ。 -- 2013-02-13 (水) 23:54:07
      • 私は対峙してしまう。行き止まりに差し掛かり、後ろを振り向いてしまう。私を追う、化け物、“それ”の姿を見てしまう。
        『IIIIIIAAAAA!!!!! ヨ、コセ……ヨコセ! 美シキ血ィィィィアアアアアアァァ!!』
        慄然たる叫びをあげる“それ”が私の目の前で、私を見下ろしていた。その巨体で。
        「あ、ぁ、あぁあぁ……」
        声が出ない。出すことができない。体が動かせない。指の一つさえも。神経が恐怖で麻痺してしまったかのように、私は震える事しか、恐怖することしかできなかった。
        私の目の前にいたのは、コールタールのように漆黒で不定形のものだった。自由にその体を伸縮させ、巨大な四足を作って私に迫る。
        その化物の胴体と思しき部分に一斉に赤い瞳が開き、ぎょろぎょろと一斉に目玉が動いていた。そして、奇怪な堕天使めいた翼を備え、顔と思しき部分には兇悪な、あまりに兇悪な牙があった。
        顔にも何十にも顕現した瞳で私を見つめ、無数の蝕碗で私の周りを取り囲む。私を逃がすまいとするように。
        胴体の中心部分には人のようなものが埋め込まれていた。それは、それは――あの貴族の男だった。爆ぜたはずの吸血鬼の男が、コールタールのような黒い塊に、包まれていたのだった。’ -- 2013-02-14 (木) 00:17:17

Last-modified: 2013-02-14 Thu 00:36:17 JST (4101d)