そうして、『聖杯』は
一人の願いを正しく叶え
黄金歴200年12月某日、聖杯戦争は終結した…
arum/RM/NEARの夜明け †
「お世話に、なりました」
2日分の宿代を置き、ぎこちなく頭を下げる。
なぜだか妙に緊張して、金貨を受け取る主人の手より上へ目をやれない。
自分で宿をとって、自分で会計を済ませて…というのは初めての経験だった。
果たして自分の挙動は、相手に不自然に映っていないだろうか…
もう一度深く頭を下げて、宿を後にする。
見あげれば、青い空
冬の空気は容赦無く体温を奪っていく。
…コートの一つでも買っておけば良かった
……そもそも、そんなお金など無いのだから仕方ないけれど
夜明け前 †
力を失い崩壊を始めた塔からどう逃げ出したのか、自分でも良く覚えていない
ただ、恐らく色々な人に助けられたのだろう
気付いたときには塔は瓦礫の山と化していて
それに巻き込まれるように、あの礼拝堂も 長いような短いような日々を過ごした宿舎も無残に姿を変えていた。
瓦礫の山の前にぼんやり立ち尽くす
これで、全て終わったのだろうか と
…そして、ここから私の新しい道が始まるのだろうか と
実感は未だ湧かない、けれどいつまでもここでこうしては居られない
やがて街の人間がここまで来るだろう。そうなれば、大凡面倒なことになることぐらいは理解できた。
覚束ない足取り そう言えば死にかけた…というより、一度死んだに近いのだったと思い出す。
癒しの術をかけてもらったとはいえ、あの塔からの脱出でまたかなりの体力を使った。
霞む視界に酷く疲弊しているのが分かり、口を開きかけて …笑う
今誰を呼ぼうとしたのだろう
──駄目だなあ 本当に
ただでさえ霞んでいる視界が、今度は滲み始めて困った。
もうここからはずっと、自分一人で生きていかなければいけないのだから
もっと強くならないと
彼が安心して還れるように、強く
着替えも金貨も、あの瓦礫の下だと気付いたのは ようやっと見つけた宿で何とか部屋を借りることが出来てからだった。
真っ当に金貨を得る方法が分からなくて、自分の無知さ加減に泣きそうになる。
金貨とは、今まで申請すれば必要なだけ貰えるものだった。
けれどこれからは違う
生きるためには金貨がいる、金貨を得るためには何かしなくてはいけない。
しかしその何かが分からない
お腹が鳴って、けれどそのお腹を満たすためにもまず金貨がいるのだ。
──駄目だなあ…
自分一人で歩く、というのは 私が思っていたよりも随分難しいことだと今更わかった。
空腹を誤魔化すように、硬いベッドの上で体を丸める。
誰かに支えて欲しくて、開きかけた唇。それを噛んで止める。
空はまだ、暗い。
夜明けまではまだ、遠い。
時計が昼を回った頃、漸く目が覚める。
疲れが抜けきっていない体を無理やり起こして、街へ出た。
出たは良いものの、時期柄かそれともこれが日常なのか…人通りは多く、人ごみの中途方に暮れる。
このまま逃げてしまおうか、ふとそんな考えが頭をよぎって
振り払うように首を振る。それだけは、してはいけない。
ならばどうすれば…、いい加減に頭の痛くなってきた時不意に声を掛けられた。
それは見覚えのあるような、無いような、頭を締め付けられるあの懐かしい感覚を覚える顔で
欠けた13番目の記憶を今更、思い出す。
それはきっと、始めて出来た友人の思い出。
相手の胸中は想像出来ない、しかしその顔色を見れば困惑しているのは何となく分かって思わず笑った。
当然だろう、目の前で死んだ筈の人間がここにこうして居るのだから。
自然と言葉が出た。
── 少し、話をしましょうか?
先程までが嘘のように、気持ちが落ち着いているのを感じた。
ほんの僅かに見える光。
夜明けはほど近く
そして、彼女の夜は空ける †
瓦礫を踏みしめ、そこに立つ。
吐いた息は白く、すっかり冷えたきった指先。
じきに雪が降り、全てを白く染めるのだろう。
見上げれば、青い空
『彼』は
辿り着くことが、出来ただろうか
…首を振る。そんな事は考えるまでもない。
きっと辿りつけただろう
根拠なんて無く、けれど確かにそう確信できた。
だから、ここで呼びかけることにきっと意味なんて無い。
それでも
「ヒューイ」
名前を呼べば、視界に映る青が滲む。
「私は、この街を出ようと思います」
「…きっと、この街は良い街なのだと思います けれど…」
「私にはまだ、たくさんやらないといけないことがあるから」
「えぇと…このままだと、次の私がまた造られるので それを止めないといけないですし」
「…それにお墓が、必要だと思うので」
今まで死んできた自分に
誰に悔やまれることもなく、誰に知られることもなく、打ち捨てられてきた自分に
せめて安らかな寝場所を作ってやりたい、そう思った。
「それから広い世界を見て、もっと色々なことを学んで」
「……それから……」
言葉が、止まる。
本当に言わなければいけないのは、こんなことではない。
語りたいことは尽きない、いくらだって出てくるけれど…けれど
「さようなら、ヒューイ」
見あげれば、青い空。
差す光は眩しく目が眩む。
── これで本当に、私の聖杯戦争はおしまい
そして始まる彼女の物語 †
お世辞にも上等とは言えない馬車の中
遠くなる街に目をやる
── 良い街だったろう?
不意に声を掛けられ、返事の言葉より先に出たのは笑顔だった。
「ええ とても」
「とても、良い所でしたよ」
ありがとうございました †