A wonder of frontier is calling for us. Edit

  • 黄金的273年3月 高速艇停留所
    • (普段から騒がしい停留所も、この時期は一際往来が増す)
      (3月の末は最もエリュシオンの人口が入れ替わる時期。卒業と入学により、慌ただしい換気が起こる)
      (地上行きの船に乗る精悍な顔の卒業生、桟橋に着陸した船からおそるおそるの表情で足を踏み出す初々しい新入生)
      (いざ自分が見送られる側になると、何度か目にした風景も趣が違って見えた)
      じゃあ、行くね。
      (傍に立つ、エリュシオンに残ることを選択した伴侶となるべき男に別れを告げる)
      (手荷物は鞄とトランクが一つずつ。最低限の衣類と日用品以外は不要と論じ、在学中に買い貯めた書物は全て古本屋の肥しになった)

      (イザヴェルがルィンディに、大学進学の前に寄りたい場所があると打ち明けたのは卒業式の直後だった)
      (祖父を名乗る男から届いた手紙。そこには一度遭いたいという簡潔な内容と、地上での住所が記されていた)
      (同行を希望したルィンディだったが、イザヴェルによって諌められる)
      これはきっと、私が一人で立ち向かうべき問題。
      私は過去を顧みなかった。怖くて逃げていたと言ってもいい。
      やっと形作られた『私』を、過去という不純物が冒してしまう気がして。
      でもそれは違う。過去も含めて全てが『私』。
      あなたの愛してくれたイザヴェルという人間の部品なんだと、今ではそう思えるから。

      (過去を回想するうちに、定期便の発車時刻が近づいてゆく)
      ……こんな場でお願いするのも、なんだけど。
      でもタイミング逃しそうだし、通過儀礼的なものもあるし。
      (ごにょごにょと口籠りながら、頬を桜色に染めながら上目遣いにルィンディの反応を伺って)

      キスしよ。 -- イザヴェル
      • (“下り”の高速艇に乗って地上に降りるほうに乗るのが、卒業生)
        (“上り”の高速艇に乗って空学に来るほうに乗っているのが、新入生)
        (新入生は空へ飛び立ち、卒業生が地上へ降りる。これが、すこし面白く感じられた)
        (イザヴェルは、“下り”に乗る。さっぱりとした出で立ちが、香雪蘭のしゃんと伸びた立ち姿を彷彿とさせる)
        (そして、“彼”。二つの意味で。ルィンディは、不思議な気持ちで、往来を眺めている)
        (空虚な寂しさと、充足の発奮が同居している。「初めて制服の袖に手を通したのはいつの日であったか」なんて、思いを馳せながら)

        気をつけろよ。幾ら、お前が強いからといって、危険はついて回るものなのだからな。
        (別れの言葉にそう返す。「それから……」と言って何度も何度も話を続けたい。「高速艇に同乗するぐらいは」「いや、いけないのである」)
        (堪えてはいるが、そのように。再会の約束された別れだというのに、さっぱりとお見送りなんて様子ではない)
        (「……私はイザヴェルの過去を知らない」「これから向き合おうとしているのが何なのかも」)
        (「さよなら先輩」などと言ってマキシ・エングレーブたちを安らかなる眠りへと葬送したのも、あくまでエリュシオンの問題である)
        (彼は、ここでの出来事が彼女の中で一過性の出来事として扱われてしまうのではないか、という漠然とした不安を抱えていた)
        (信頼をしていないわけではない。ただまぁ、なんて言ったって初めての彼女であるから。いらぬことまで考えてしまうのだ)
        (ふと、「遠恋は長続きしない」なんて噂を耳にしてしまったものだから、それもひとしお)

        ああ……。(旅立つ彼女よりそわそわしていた彼は、時計を見ていっそうそわそわした。もう、猶予はない)
        も、もうしゅっぱ、……な、なんだ。イザヴェル。どうした。?(要領を得ないイザヴェルの発言に途中で気が付き、そちらを向く)




        ……うん。
        (不安で膨らんだ水風船がぱっと弾け、悩みを洗い流していく)
        (細い肩に手を乗せ、目を瞑る。唇で唇に触れた。優しく、軽く、また触れていた時間も短い)
        (ただそれだけのことで、永遠に繋がっていられる気がした)

        いってらっしゃい。 -- ルィンディ
      • (世に絶対不変の法則は存在しない)
        (もちろん、幸福の絶対的な尺度なども存在しない)
        (恋人同士のようなごくありふれたデートよりも)
        (ロマンスに溢れた夜景を眺めながらの愛の語らいよりも)
        (女性なら誰もが夢見る高級ホテルのスイートルームで同衾し朝を迎えることよりも)
        (ルィンディと愛を確かめ合った刹那は、無二の価値があった)

        (そして定期便が旅立つ)
        (雲の上で出逢った二人の再会を、虹の橋のかかる澄み渡った蒼穹に約束して)
        (見上げれば、空はいつでもそこにあって繋がっている)

        またね。 -- イザヴェル
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Last-modified: 2014-01-23 Thu 00:17:20 JST (3237d)