名簿/480571
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- 茹だる様な暑さ。不快な湿気
今俺に認識できることはその程度のものだ --
- 俺が誰なのかはこの際どうでもいいし、なんでもいいし、特に意味のないことだ
俺が俺を俺だと認識しているという極々下らない事実がとりあえずここにある。それだけわかればいい だから、多分俺のこの独白をただ反芻している俺もきっと俺なんだろう --
- 無数の酒瓶に囲まれて、気だるげに身体を動かす
前に掃除をしたのはいつだったか。よく覚えていない。どうでもいいことだ 乾燥した埃の匂いを纏ったまま、腐敗臭のする台所を尻目に外に出る 虫の鳴き声がうるさい。すっかり蔦と雑草に覆われたその廃墟は最早奴等のものだ まぁなんでもいい --
- なんで外に出るのかはよく覚えていない。とりあえずやらなければならないことがあることだけは覚えている
絶対に忘れてはいけないことだ。それだけは覚えている。それだけ覚えていればそれでいい。どうせ意味は無い 腐った床板を踏み抜き、時折転げながら裏庭を目指す……いや、裏庭だったものといったほうが適切か。もう野山の一角と大差などない --
- しばらく外に出ていなかったせいか、何処も彼処も繁茂した雑草に覆われて足の踏み場もない
特に野生化した赤い茄子科の植物が邪魔だ。そこら中に蔦を這わせて石畳から木道まで根こそぎダメにしてやがる
昔は風がくるたびに苗木を支えてやったりしたもんだがどうでもいい --
- 眼前に広がる緑と、泥中にいるかのように纏わりつく湿気ににうんざりして蒼穹を見上げる。もっとうんざりする
突き抜けるように蒼い空。突き放すように白く大きな雲。何年たってもこの空だけは変わらない。変わってくれない 見上げるたびに不変を以って不変を嘲笑う --
- バカにしやがって。お前だって俺と同じで何も変われてねぇじゃねぇか。それすら出来ないだろうが
嘲笑には哄笑で返してやる。山に、廃墟に響き渡るほどの大笑だが、気に留めることもない。この辺にはもう人は誰もいない。俺だけだ 当然の結果だ。だいたい、何年たっても害獣駆除も完遂できないような未開地に人がずっと居つくわけもない 動物はすみやすいところにすむもんだ。そう出来てる。俺はどうなのかって? 俺はどうでもいい。俺はなんだっていい --
- 笑声を吐き捨てて、目的地に向かう。何のために向かうのかもロクに覚えていないそこへ向かう
廃墟から少し離れた森を抜ければ、もう其処だ。森を抜ける際に擦り傷やら切り傷も山ほどできたが、まぁそれもどうでもいい。なんでもいい 廃墟は少し小高い丘の上にある。故に森を抜ければそこは小山の上であり、崖にもにた丘の上から眼下を見下ろすことができる --
- 眼下にはもっと大きな廃墟が広がっている
かつて隆盛を誇ったであろう交易都市の名残を感じるその町も、今や巨大な外郭を残すのみだ 別に何か大災害があったりしてこうなったわけでもなければ、戦争が起きてこうなったわけでもない ただ単に少しずつ過疎化して少しずつ人が離れていったのだ。たったそれだけ。ドラマ性も何もない普通の結末。一部始終を見ていた気もするが、もうどれだけ昔のことか思い出すことすら億劫だ。どうでもいい --
- 今では此処から数里も離れたところに似たような街がいくつかできているらしいが、とりあえず思い出すことが出来ない程度に昔から俺は此処にいるので外のことはよく知らない。興味も無い
廃墟に下りればまた酒くらいは調達できるかもしれない。そのうち降りることも一興だ 自分ではあまり飲まないのだが、必要なものだ。何故必要なのかは思い出せない 眼下に広がる営みの死骸を尻目に、もう少し森の奥へとすすむ そうすればもう目的地だ。何が目的なのかは覚えていないが、身体が覚えている。ここに来るべきだと。だったらそれに従えば良い。いけば思い出す 別に思い出さなくても問題はない --
- 少し歩くと、小さな石碑が無数に並んだ森の広場にでる。此処より先に行こうとは思わない。多分此処が目的地だ
多分、共同墓地か何かだろう。つまり俺は墓参りにきたらしい。おぼろげながらそれだけを思い出す 死んだような身の俺が墓参り。面白い。ついまた大声で笑えば、自然と空を見上げてしまう --
- 遙か上天の彼方にある蒼穹は滲んで見えた。それが自分の涙によるものだと気付くことには少し時間がかかった
涙で滲んだ空はまるで煌く水面のようで、宛らそれを見上げる俺は沼の底にいる何かだった ああ、沼か。なるほど、ここは沼なんだな 腐葉土と死骸が堆積した水底。そう、ここは汚泥に塗れた沼の底だ --
- 目元に張り付く透明な泥。視界を滲ませるそれは余計なものばかりを俺に見せる
そうだ、墓参りなんだこれは。この墓はみんなそうだ。酒だって此処に供えるためのものだ。今日だって月に一度必ず来ると定めた日だ。身体が覚えているくらいに何度も往復したそれだ 墓の下に何があるのかは覚えていない。思い出せない。思い出したくない --
- 覚えていたところで無駄だ。森の土中に埋まった骨なんてどんなに頑張っても数十年もすれば根こそぎ無くなる
掘り返そうがそこにあるのは土だけだ。泥だけだ。つまりこんなもんはもう墓だと認識する奴がいなけりゃ墓でもなんでもない。ただの石の塊だ --
- だいたい本当に埋まっていたのか。埋めたのか。そも誰が死んだのか。わからない。死んでないのかもしれない
どうでもいい。今俺の傍にいないことには何の違いもない。変わりもない。だったらそれは死んだも同じだ。いないも同じだ。死んだことにしてしまったほうがいい 死んでいるなら形だけでも喪に服せる。忘れたって思い出せばいい。そうしている限り死んだ以上の余計なことなんて考えなくていい くそ、だいたいなんでこんなことまで思い出すハメになったんだ。何が原因だ? どうして俺はいまここでこんな惨めな想いをしなきゃならない? わからない、わからないわからないわからない、きにいらない --
- だいたいこんなものがあるから悪いのだ。こんなものがなきゃいい。全部忘れられる。余計なことを思い出さなくてよくなる
そうだ、そうしよう。俺はすぐにその邪魔くさい石碑を蹴り倒す。片っ端から蹴り倒して、時には砕いて、時には叩き切ってただの石ころにかえる 手が真っ赤に染まる。足も痛む。付き合いの悪い身体だ。この程度で根を上げるなだらしない。結局、最後まで刃零れもせずに付き合ってくれたのは左手に握った剣だけだ --
- どれだけその作業を続けたろうか。よくわからない。どれだけの石碑をそうしたかも覚えていない
何日もそうしていた気もするし、数時間程度だった気もするし、そもそもそんなことしなかった気もするが、どうでもいい とりあえず今はそれ以上を思い出せなくなった。それでいい --
- 一息ついて気付けば、もうあたりは真っ暗で、空も漆黒に染まっている
日が落ちたのだろうか。面倒臭い。もうここで一夜明かしてしまおう そう思って寝転がってみれば、冷たい石畳の感触が返って来る 少しだけ違和感を覚えるが、同時に涙が溢れる。何故だろうか。よくわからない --
- 真っ黒な深淵の奥底にそれはいた。石畳から顔を上げればもう見えた
奇妙な髑髏の面のそれは忘れようはずもなく、ただただ寂寥と懐旧だけが俺の身を満たした その闇の顕現はだらだらと口上を述べていたが、どうでもよかったので覚えていない そんなことは重要ではない だから、俺はただ、一つ、そこで思い出した事実だけを素直に口にした --
「そういえば、もう俺の知り合いもアンタだけになっちまったな」
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- その後の事はよく覚えていないし、思い出す必要もない
特に重要なことじゃない。ただ忘れるための手段が無数に転がっていたから、片っ端から試してみた。それだけのことだ 右手には気付けば剣が握られていた。いいことだ。右手を伸ばす先のことなんてもう思い出せないし、これでいい かわりに左手が透き手になってしまったが、仕方ないことだ
左手は空を切るものだ。もうそれが俺にとっては日常だし普通になってしまった。だからどうでもいい
もうなんでもいい
ただただ眠い。そろそろ俺が起きるころだろう。独白を聞く俺が起きる。お前は俺じゃない。だから俺は眠る 起こさないでくれ。話さないでくれ。放っておいてくれ
もう疲れたんだ、おやすみ --
- けほっ……けほ、けほけほけほ……かはっ! ごほっ、はっはぁぁ……
(廃墟に横になって、発作と必死に戦いながら母の言葉を思い出す) "……アイリス。お前最近具合が良いだろう? 以前に血を吐いて以来あまり発作も咳も無いのは何でだと思う?" "私の使い魔の一匹がお前のところに行って私の魔力を分け与えていたからだ……生命維持の為にだ" "ヴィーラの言うとおり聖杯なんて馬鹿げたものから今すぐ手を引け" "私ももうお前にこれ以上魔力供給はしてやらんぞ……限界が近いのも随分と前にわかっていた筈だよな" 余計な……真似、を…… (息継ぎをするのも困難な程酷い咳) (あれ以来、急激に体調が悪化していく) (それは、ママの使い魔から魔力供給を得られなくなり) (戦うバーサーカーの魔力消費と、彼の出す瘴気にあてられているから) (自分の首を絞めてるとしても、意地でも聖杯を続けて残ってやる) (きっと 矛盾の魔王の眷属を……それもあんなに強力なサーヴァントを使役する魔力の持ち主である事を証明できるのであれば) (一歩、自分の道を進めた気がするから) -- アイリス
- けほっ……けほ、かはっ……
(気持ち悪い) (碌に食事すら取れていないのに戻しそうだ) (凍えるように体が寒い) (もう、大分前になってしまうけれど……シルキィの手を思い出す) (暖かさを求めるかのように、温もりを求めるかのように) (名前を呼ぶ) ばーさー……かぁぁぁー…… -- アイリス
- (ゆらりと闇が揺らめけば、柱の影からそれは現れ、アイリスの眼前に佇む)
(変わらず、ただ変わらずそこにある。燃料が補充され続ける限り、機械はただ駆動を続けるのみ) (この狂戦士はそれである。機能を維持できるだけの環境があるなら、何も変わりはしない。変わることすら出来ない) (停滞したそれは、伏せるマスターを眼前にしても何一つ変わらない) -- バーサーカー
- (黒騎士の顕在と共に瘴気が濃くなれば、更に私の体が拘束されるかのように)
(内臓が圧迫されるかのように苦しくて、呼吸を続けるのがやっとになるほどに私は弱っていた) (震える手バーサーカーの方へと出しながら) (蹲っていた私の体を支える片方の腕が痺れて、限界を超えれば) (前のめりに倒れるようにして、バーサーカーの体で受け止められる) (やっと距離が縮まって、バーサーカーにもたれかかりながら) ねぇぇ……バーサーカーってさぁ 喋れないのよね……? (帰らない返事に虚しく問いかけをして) ねぇぇ……私、貴方のマスター失格……かなぁぁぁ…… (令呪を発動させる) お願い、バーサーカー 私の問いに……答えて。もし、マスターとして認めてくれているなら…… 私が貴方から見て褒められるなら……何か、何かわかるように行動を……示して 褒めて ……もし。未熟なマスターとして力不足なら……貴方はそのまま立ち尽くしていればいいわ -- アイリス
- (光の燈らない瞳。吐息すらロクに発さない喉。柱のように動かない身体)
(問いに答えるはずもない。答えられるだけの機能もない。そんなものは一切合財根こそぎバーサーカーというクラスは奪われて顕現する)
(バーサーカーには戦以外に出来ることは何もない。そう作られている。そう出来ている) (魚が地上で呼吸できないのと同じように、バーサーカーは現世で戦うこと以外に何もできない) (令呪の力を持ってしても、機能外の行動など不可能。腕の無いものが手を伸ばせるだろうか。足の無いものが歩めるだろうか。同じことだ。バーサーカーにとってその命令はそれと同じことだ)
(同じことの はずだった)
(黒騎士の左手が、ゆっくりと動く) (そして、それはゆっくりと、ゆっくりと少女の頭頂に届き)
(そっと、華に触れるように、やさしく頭を撫でる) (ぎこちなく、何度も、何度も、優しく撫でる)
(バーサーカーは喋れない。笑えない。泣けない。怒ることすら己の意思ではできない) (そんな黒騎士が、頭を撫でた) (まるで、慈しむように。愛しむように) (夜に泣きじゃくる子を慰める父のように、そっと、マスターを労っていた) -- バーサーカー
- (もし私が少しばかりでも冷静でいたのなら)
(きっと、こんな命令はしないだろうし……まして令呪の無駄使いに等しい事に使用しなかったと思う) (けれど、今の私には それが必要だったのだ) (私の問いかけには答えてくれない) (戦いしかしてくれない) (まして、慰めるという行為は、理性あってこそするもの) (感情も理性も欠落したサーヴァントに) (言い変えるなら、機械にプログラムされていない行動を望んでも、行われる事は決してない) (けれど、バーサーカーは優しく私の頭を撫でて慰めてくれたのだ) (やってくれないと思っていた) (半ば諦めもありつつ、しかし今の私が平常心を保つためにはどうしても必要だったのだ) (シャンゴの魔法陣の生贄にされた負の感情を吸いあげて、パンドラの箱を開けるかのように不安に揺れ動かされる私に) (両親の家に行って、発作が楽になったのは私がバーサーカーの瘴気に慣れたのではなく、母の使い魔を経由して魔力を得ていた事を知った私に) (もしかしたら、それは自分の実力だけでは、現在こうしていられなかった可能性が大いにある事を考えてしまって 不安で不安で仕方なかったのだ) (私は撫でられながら、泣きじゃくる子供のように静かに涙を流すばかりで) (微かに感じる、戦う機械である筈のバーサーカーから感じる温かみが嬉しくて温かくて優しくて) (ずっと、小さく「ありがとう、ありがとう……」と繰り返して) (心が癒えるまで、暫くそうしていたのだった) ……ねぇバーサーカー…… 今日は、一緒に寝ましょう。貴方もきちんと横になって 私をベッドに抱きあげて連れていって頂戴 -- アイリス
- (言われるまま、マスターの矮躯を抱き上げ、ベッドに寝かせる)
(本来の機能を越えた行為……いや、その好意も令呪のなせる業か。その答えも見当たらない) (そっとマスターをよこたえれば、言われるがままに横になる。ベッドが狭い) (冷たいはずの鉄の鎧。それでも、鉄は熱さえ伝わりきれば暖かくなる) (内側からの熱か、外側からの熱かはわからない。それでも今、バーサーカの冷たいはずの甲冑は……確かに暖かかった) -- バーサーカー
- (バーサーカーの力では、羽のように軽く華奢なマスターの躰)
(優しく私をベッドに降ろしてくれれば、隣で眠るバーサーカーが鎧を纏っているせいか) (改めてその体を大きく感じるのだ) (触れる鉄の鎧が冷たいけれど、徐々に暖かくなってゆく) (私の熱か彼の熱かわからないけれど……それはとても心地よい暖かさで私を包んでくれて) (隣に横たわるバーサーカーの鎧は……何処か懐かしさを感じるのは何故だろう) (そんな事を思いながら、私はまどろみに落ちてゆく…………) -- アイリス
- うわ、懐かしい……なくなったと思っていたのにこんなところにあったんだ
(お洒落が好きな為に、整理を怠るとすぐに増えて収容量160%を超えてもまだぎゅうぎゅう詰めにして無理矢理仕舞いこむお洋服の山を断捨離しようとして手を付けていた) (桐箪笥の奥の方に仕舞いこんでいた為に、未だに美品のまま眠っていた、レースと装飾の美しいヘッドドレス) (確かこれは、ずっと前から欲しくって欲しくって仕方のない憧れのブランドから出た商品だったと思う) (個人で作成している、こじんまりした個人ブランドのものだったけれど、その繊細な美しさと細部まで見え隠れする拘りは下手な正規ブランドの足元に及ばないほどセンスと出来の良い代物であったのだが、生憎取扱店が殆どなく ましてこの街の近くになかったのだ) (行く事を決意する事さえ億劫な程遠い場所にある上に、知る人ぞ知るアイテムである上に個人でちまちま製作していたから入荷するとすぐに売り切れてしまうような存在で、幻のブランドでもあったのだ) (手に入れた時は、嬉しくて嬉しくて嬉しくて) (鏡の前でどういう付け方やコーデに合わせるかが素敵か研究しまくっていたけれど) (勿体なさもあって、ここぞと言う時のとっておきのアイテムにして……仕舞いこんだのを忘れて、すっかりなくしていたものだと思っていたのだ) うわー……もう30年以上も前の品だって言うのに 今の流行品が霞むくらいのデザインって改めて凄いなぁー……ホントに素敵だもんね、これ。個人製作だったのが残念なくらい (片づける手を止めて、鏡の前へ) (久しぶりに頭に飾るが、それはまるで、私の為に計算されて作られたオーダーメイドのように) (ヘッドドレスの太さから、かかるレースの長さや量もよく似合っている) (あんまりにも嬉しかったので、片づけを忘れて一人ファッションショーを念入りに繰り返した後に、満足感と眠気に襲われてベットに横になる) (年を経て、少し忘れてしまった昔の自分の心に戻りつつ) ……そういえば、パパもよく似合ってて可愛いよって言ってくれて……大好きだったんだよね (あの時は、パパも私と手を繋いでお出掛けとかしてくれたのにな……と思いながらまどろんで眠りに誘われてゆく) -- ロゼ
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『これ、貴方にあげるわ』 (各々の初めての冒険だったろうか?) (帰宅するとアイリスから、前から欲しくて欲しくて仕方のなかった憧れのヘッドドレスをプレゼントされて) 『えっ!?うっそ!!これって…… よく手に入ったじゃない、どうしたの?これ』 『ああ……たまたま派遣された冒険先の近くの町に置いてあって。タイミング良く買えたのよ 冒険で遠出するからこういう幸運もあるのね……』 『ありがとう……でも これ、アイリスも欲しくて買ったんじゃないの?』 (そう、これの存在を知ったのは愛読しているファッション誌) (そこで紹介されていたお洋服や小物を見て初めて存在を知ったのだ) (二人して見ながら欲しいと言っていたのに……) 『……別に。私お洒落は貴方ほど好きじゃないし そろそろ誕生日だからと思っただけよ……要らないなら私が使うわ』 『ううん!要る要るっ!ありがとう!!』 (あの時の私は、あんまりにも素敵なアイテムを貰えて感動するばかりで気付かなかったけれど……) (今思うと、あの子は度々私にお洋服や小物をプレゼントしてくれていたのだ) 『ああ、ロゼ。これ要る?……箪笥が一杯で整理しきれないから邪魔で』 『ロゼ、これ着るかしら?……試着した時はいいと思ったんだけど。いざ家に帰ってみたら微妙なのよね、合わられる物も無いし』 『ロゼ、こういうの好きでしょ? セールに行ったら丁度あったから買ってきたの……あげるわ』 (その時の私は嬉しいから気にしていなかったけれど) (……見ちゃったのよね) (ある日に、アイリスが買ってきたお洋服を鏡で合わせて落胆している姿を) -- ロゼ
- (それから暫くして、そんなこと忘れた頃に声を掛けられて)
『ロゼ?好みが変わって要らなくなったのだけど……着るかしら?』&br; (その時も喜んで貰い受けたけれど) (あれも、それも、これも……皆本当はアイリスが身に付けたかったやつだったんだ) (それから私も年頃になってお洒落する一方で……) (時々アイリスに『たまにはもっとお洒落すれば?』って何度か声をかけてしまったけど) (影ながらあの子なりに努力して、諦めていたのか と) (一つ思い出せば、他の思い出も引きずられるようにして沈んでいた想い出の海からすくい出されてゆく) (昔から、私がアイリスのお洋服や小物を、欲しいと駄々をこねていて) (困った顔をしながら いっつもあの子はくれていた) 『いいよ、ロゼの方が似合うから』 (って。泣きそうな顔で) (お互い成長してからは、私とパパの愛する邪魔ばかりして迷惑な存在としか思ってなかったけれど) -- ロゼ
- ……あの子、お姉ちゃんだったんだなぁ……ちゃんと
(我儘で傲慢だと思っていたけれど) (それは少なからず私も受け継いでいる血のせいで) (ぼんやりと、アイリスの顔を思い浮かべる) アイリスが出てってもう1年以上かぁ……何処行っちゃったんだろうな。連絡も無いし…… (ベットで横になったまま、ぼんやりと昔の記憶をなぞってゆく) (お洋服や小物の事、温かかった手の事も……) ……そういえば私。貰ってばっかでアイリスにあげたことないや 帰ってきたら、何か……あの子の欲しがっているお洋服でもプレゼントしようかな…… -- ロゼ
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