IK/施設/斥候部隊屯所

  • 遠方 -- 2018-03-30 (金) 20:45:02
  • 罪人のいない国 -- 2018-03-30 (金) 23:59:05
    • 黄金歴XXX年X月。
      イムルトン王国より遥か北。荒野の中に国影を見つけて走駆を止める。
      山に背後を預けるようにしてその国は存在していた。南方に開けたゲートには関門があり、入国には審査が必要だった。
      所属と名前を簡単に記してしばし時間を置くと個室に招待されて面談のような物が始まった。
      多少面喰いはしたものの、質問の内容は簡素でかつ丁寧であり、受付官と名乗る男は全ての質問が終わると座ったまま慇懃に頭を下げた。 -- クギナ 2018-03-31 (土) 00:03:24
      • 「不思議な国でしょう。この面談も手続きも、全ての旅人に行っているのです」

        種族柄、このような扱いをされることには慣れている、と告げると、男はほっとした顔で笑うと、関門で男に取りあげたはずの小刀すらも返ってきた。
        いいのか、と尋ねると男は何故か自慢げに答える。

        「旅人様におかれましては、このような小刀一本取り上げたところで、さして意味はありますまいと存じます。
         それに、私どもの国はご存知かもしれませんが、一つ売りがございまして」

        そこで、男の笑みはより深くなった。

        「国内の犯罪者率が、なんと0%。通称、罪人のいない国、とまで呼ばれておりますゆえ」 -- クギナ 2018-03-31 (土) 00:08:23


      •  〇  ●  〇  ●  〇

        -- 2018-03-31 (土) 00:11:35
      • 面談の部屋を出ると大部屋に通される。そこには自分と同じ立場なのか数名の旅人らしき姿があった。
        こちらを見ての反応は様々であったが、好意的な視線は少ない。だがその感じなれた視線以外の「もっと別のもの」に気を取られているような焦燥感が旅人たちにはあった。

        十数分待っただろうか。大部屋にガイドと名乗る男が現れて、国の案内をしてくれる運びとなった。
        この国では旅人は必ずこのオリエンテーションに参加してもらい、その後自由行動となるらしい。
        長期的な滞在は禁止されており、長くとも滞在日数は三日までであるらしい。
        オリエンテーションと聞き、鼻白んだ。だが自由を拘束されるのは慣れていないが自由を持て余すよりはマシだと考え直し、おとなしく案内に従うことにした。 -- クギナ 2018-03-31 (土) 00:17:11

      • この国の主な産業は「観光」に依存しているらしい。国を案内するガイドが誇らしげに言う。
        いくつかの名所と呼べるような場所を案内される。自分以外の数名は何故か目を皿のようにして国の街並みを眺めている。
        この時点で大きな違和感はあったが、国に直接関係することではなく個人の感情に根差す行動として捨て置いた。 -- クギナ 2018-03-31 (土) 00:20:27
      • 昼食を挟んだあと、最後に、と通された場所は「処刑場」だった。

        他人より鼻が利くのが災いした。処刑場の門をくぐる前から麻痺していた鼻は一層曲がり、匂いは軽い頭痛へと変化した。
        そこには、濃い、濃い血と肉の匂いが充満していた。獣人の鼻を簡単に機能不全に追い込むほどの。

        「ここは、我が国の処刑場です」

        先を進むガイドが告げる。

        「でも、おかしいですよね? この国は先ほどもお伝えしました通り、罪人のいない国。
         処刑場などという場所は、必要ないとお考えになる方もいらっしゃると思います。
         大丈夫です、そのために私というガイドがおりますので」

        一層血の匂いが濃くなる小高い処刑台の上で、ガイドは振り返る。 -- クギナ 2018-03-31 (土) 00:26:42

      • 「ここは、今でも使用されております。処刑されているのは、この国で罪を犯した者。
         この国では、例えば殺人、例えば窃盗、そういった罪を犯した者については、人間ではなく『罪人』という名で呼んでおります。
         この国では、経緯如何を問わずそういった罪を負うべき者には人ならざる者としての烙印を押し、処刑をすることに決まっております。
         裁判・執行命令全て国が認可しているもので、少々過激に聞こえますがおかげ様で国内は見ていただいた街並みのように平和そのものです」

        据えた血の匂いに、視界がくらむ。
        自分の周りでは自分と同じように案内をされた旅人たちが息を荒くしている。

        「数年前、ここにこの国を建国されたとき、残念ながら国王様は人間の本質を「悪」であると見做されました。
         人は、生まれながらにして罪深く、その罪が表に出てしまうことは誰にでもあること。 
         ただ長きに渡りそれを内々に秘める慎ましさも、人は習得しえました。
         「罪」は「我慢」できる。理性や、知性によって。そしてその理性や知性こそが、この国を繁栄たらしめる物であるとされました。
         そしてその国王様の教えは今に至っても受け継がれており、今日の発展があるわけです。素晴らしいでしょう」 -- クギナ 2018-03-31 (土) 00:33:11

      • ガイドの興奮気味の案内が続く。

         「「罪を犯した者」を除外し続ければ、この国は罪を犯さない理性を持つ者たちで繁栄します。
         なので私どもは他国からしてみれば行き過ぎとも言われるこの厳罰を尊重し、今日に至っているわけです。
         今でこそかの有名な「ギロチン」こそありませんが、この処刑場は罪人の罪を洗い流す場所としてこの国の重要文化財に指定されております」

        小高くなった処刑場で両手を広げて話すその姿は、思想家のように見えた。
        ふっと表情が希薄なものになり、だがその顔には小さく笑みだけは残る。

        「そして、このシステムは、現在においてはさらに国益に繋がる展開も見据えております。
         旅人様達に於かれましては、ご存知の方もいらっしゃったようですが、この「処刑」のシステムは公益にもつながっております。
         この国に於いて、この処刑は一つのビジネスモデルにも展開をしておりまして、それを耳にしてこの国にいらっしゃる方も近年では多くおられます」

        そのガイドの言葉を聞いて、旅人達が目に見えて色めき立つ。
        大部屋や街中で何かを探していたその目が目的の物を見つけたような輝きを見せる。 -- 2018-03-31 (土) 00:42:12

      • 「この国では、旅人様がたに「刑の執行」をお手伝いしていただくことが可能になっております。
         もちろん参加は任意ですので、ご存じない方がいらっしゃった場合は明日の朝伺いますので係員にお伝えください。
         ご希望の方は執行補助員として、明日の執行に執行人と共に立ち会っていただくことができます。
         この刑の執行自体は神聖なものであるため、宿に用意されております執行補助員ガイドを熟読の上、ご回答いただけますと助かります」

        喜悦が半分、興奮が半分といった声がざわりと広がり始める。
        耳を欹てれば、本当に、だの、存在していた、だのそのような声が多くを占めているのが分かった。

        「ご予約いただいた方には、今回は特別に執行服につきましても格安でご提供いたします。
         なにせ、年に四回の行事ですので、この国の一助になる良き思い出として持ち帰っていただければと思います。
         そして何卒、この罪人のいない国に良き秩序と繁栄にご協力いただければと、そう思うわけです。
         長くなりましたが、清聴と同行ありがとうございました。
         宿までの道が分からない方はご案内いたしますので、申告いただければと思います――」

        解散ムードが流れたので、宿までの道を覚えている自分はその場を立ち去った。
        他人のペースに合わせるのは疲れる。それに血の匂いで頭が痛い。
        宿に戻ると価格以上の宿が用意されており、すぐに眠りが訪れた。 -- クギナ 2018-03-31 (土) 00:51:02


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        -- 2018-03-31 (土) 00:52:28
      • 目覚めは良かった。いつ入ったのか、枕元に置かれた執行補助員の申請用紙に×をつけて残りは空欄で係員に提出した。

        国を出る際に、入った時にも会話した受付官と門内ですれ違った。
        遠目でも自分のことが分かっていたのか出国する自分を受付官は笑顔で迎える。

        「出国されますか。やはり面談していて思いましたが、執行補助員のことを存じない通常の旅人様であったようですね」

        頷くと、受付官は「いかがでしたでしょうか、我が国は」と尋ねてくる。
        明瞭で明確であり、これ以上の調査は必要ないと感じた。と素直に告げると、受付官はニコニコと笑みを深くした。

        「調査、お疲れ様でございました。また旅人としてこの国を訪れていただけることを、心よりお待ちしております」

        男が深々と頭を下げるので、無礼ついでに尋ねてみることにした。 -- クギナ 2018-03-31 (土) 00:57:34

      • この国の主要な産業は良くできているし、システムも罪人を裁き平和を維持するには良いシステムだと思う。
        ただ、一つ疑問が沸くが、そうやって僅かな罪すら死罪で裁くこの国が、よく国としての体裁を保てるほどに人口を減らさないな?

        あと、年に四回とは聞いたが、四半期で分かれているわけではないのは何故だ。
        床にこびりついた血やあの血の匂いの濃さはつい最近死刑が執行されたように思う。
        年に四回の神聖な儀式は、立て続けに最近行われるんだろうか。

        最後に、何故死刑台の周囲に、俺たちのことを伺うように子供たちが並んでいたのかも聞きたい。
        あちらからはこちらが見えているようだった。角度としてはこちらはあちらのことは見えなかったようだが。
        息を潜めているようだったので別段指摘する無粋も働かなかったが、最後までガイドはそれを説明しなかった。あれは、必要だったんだろうか? -- クギナ 2018-03-31 (土) 01:03:14
      • 発音が不鮮明だったのか、自分の声が小さかったのか、男は自分の質問に答えず、顔を上げようともしなかった。
        よくよく見れば自分の左足はすでに国外に踏み込んでおり、なるほど良くできた受付官は自分が立ち去るまで頭を上げないようだ。
        良く、教育されている。

        長居をする無粋を働くまいと背を向けると、国の中で放送が流れ始める音が聞こえた。

        『――ただいまより、『罪人』の死刑を執り行います』

        国内の犯罪率。いや、違うな……確か、そう、受付官は……国内の犯罪者率が0%の国といったか、は粛々とその刑を執り行う。

        危険度――0。特筆すべき項目なし。クギナ=ガリューカ。 -- クギナ 2018-03-31 (土) 01:08:40
  • 動物を食べる国 -- 2018-03-31 (土) 21:46:12
    • 注文を待っている間、相席が可能かと店員に聞かれ、了承をしたところ髭面の男が目の前に座った。
      最初こそ多少なりとも遠慮がちであったが、酒精が手伝い、テーブルの上が料理で埋まると距離は一気になれなれしくもなる。
      こちらが、この国の滞在が二日目の旅人だとわかると、訳知り顔で得意げに料理にフォークを刺しながら謡う。 -- クギナ 2018-03-31 (土) 21:48:28

      • 「この国に来たならまずこのモーウを食っとかなきゃ話にもなんねーよ若いの。
         なんせこの国のモーウ料理ってったら近隣でも飛びぬけて美味ぇって評判なんだ。
         宗教上の理由でもねぇ限り一口食やぁもう虜、二口食って家族に持って帰る量を決め、三口も食や次の来国の予定を決めるって代物だ。
         肉質は柔らかくだが歯ごたえがねえわけじゃねえ、ぎゅっと締まった肉は内側に肉汁を閉じ込めて離さねえ。
         焼いてよし、揚げてよし、新鮮なもんは生でだって行ける店すらあるって話だ。
         パンとも米とも麺とも喧嘩しねえってんだからみんながこいつに惚れこむのもまあ頷けるってもんだぜ。
         ほれ、一口食ってみ、オオカミの旦那」

        促されるままに、ローストされたその肉を指先で摘み、咀嚼する。
        成程、口上は大げさではない、掛け値なしに美味い肉だと言えた。
        感想を述べる前に目の前の男は自分の表情から感想を読み取ったのか、笑みを深くして続ける。 -- クギナ 2018-03-31 (土) 21:58:11

      • 「このモーウのすげえところはよぉ、兄さん。美味さもさることながら調理も簡単なんだぜ。
         どんなに切れ味の悪ぃ刃物だってすっと骨と肉との間に刃が通っちまう。
         ほぐれがいいから煮物にすりゃあ溶けるように旨味に変わり、ちょっと先に直火を通せば柔らかさは歯ごたえに変わる。
         栄養の損失も煮ても焼いてもほとんど変わりねえどころか、燻製にして日持ちをさせてもそう変わんねえって話もある。
         完全なる食用として飼育される前は、運搬手段でもあったみてぇだし、そのときも干したモーウ肉と移動用のモーウ肉で「荷物を減らしながら行軍出来た」とかいう記録も残ってんだぜ。
         この国はそういう意味じゃ昔からこのモーウって動物に世話になりっぱなしだって話さ」

        メニューを改めて見ると確かにモーウの部位を使った料理は本当に多い。

        「まさにこいつぁ、「人間に食われるために生まれてきた動物」なのさ」 -- クギナ 2018-03-31 (土) 22:04:15

      • 酒精も手伝ってか、饒舌だ。話半分に相槌を打っていると、少しだけ男は身を乗り出してくる。
        声のトーンを落として告げてくる。

        「普通の動物はよぉ、兄さん、まあ食肉にされるっつーんで非人道的な飼育もされてるんだがな、このモーウは違うぜ。
         ほぼ国内で放し飼い状態だからな。排泄物や餌やりも全て国主導でやってる。
         放牧にも関わらず街中でもモーウのきたねぇもんなんか一度も見なかったろ? つまりは国をあげてこの動物を飼育してんだよ。
         苦痛も与えず、屠殺するときですら、ゆっくりと眠るように〆るらしい。
         死ぬときのモーウの顔はそりゃあ安らかな笑顔らしいぜ。こっちも食い甲斐があるってもんだ」

        食べるために生まれてきたという男の弁も納得できる。人間に都合のいい動物もいたものだと思った。

        「きっと、モーウってやつぁ人間のためにカミサマが作ってくれた動物にちげぇねのさ。
         ありがてえこったな……」 -- クギナ 2018-03-31 (土) 22:16:22

      • 「それに比べてな……こっちはちと問題になってんだが。
         隣国、隣国の話だぜ。あいつらの飼育はひでえ環境らしいんだ。
         しかもな、モーウみたいな動物じゃなくケコっていう食肉に向いていない肉を食うらしいぜ。
         あんな肉のすくねえ動物、どんなに腹が減ってたって食おうなんざ思わねえのに、野蛮にもほどがあるってんだ」

        男は唾棄するように呟くと、モーウの肉をひと切れつまんでパンに挟んだ。

        「すくねえ肉を少しでも水増しするために、胃の容量よりでけえ食餌で無理やり太らせるんだってよ。
         結果脂肪ばっかりの太りに太ったケコが出来上がって、それを高級料理っつって振舞ってるらしいぜ。
         市場にいきゃあ頭を落としたケコが吊るされてて、見るだけでぞっとした記憶がある。
         ほんと、頭おかしいんじゃねえのかと思うわ、あそこの国だきゃ」 -- クギナ 2018-03-31 (土) 22:21:32

      • 「しかもよぉ、聞いた話によりゃあの国じゃモーウを食うことが規制されてるらしいぜ。
         それこそさっきも言った宗教的な理由らしい。モーウには知恵が存在して、食用にするのは神への冒涜に当たるんだと。
         ホントバカばっかりの国だぜ、他人の国の食文化を否定しやがるってのは普通はありえん話だぜ?
         自分たちなんかケコをあんな風に喰ってるにも関わらず、モーウっつー我が国の誇る優良農業にケチつけてくるなんざ言語道断だよ、ったく」

        グチグチと呟くと、背後の酔っぱらいからそうだそうだと喝采が飛んだ。
        酔っぱらい同士意気投合しているらしく、肩を組んで笑いながら立ち上がる。

        「他人の国の食文化を否定すんならよぉ、うちの国がやってるような理性的で理知的な否定の仕方しろっつーの!
         科学的にも魔術的にもモーウが食肉用に作られた生き物だっていう照明はできてんだよ!
         ケコにそれが出来てんのか?ってな、お宅の飼育方法は適正ですかって話だ!
         それに、こんだけ美味い肉になりゃモーウだって本望ってもんだ、数もどんどん増えていってるしよ!」 -- クギナ 2018-03-31 (土) 22:33:27
      • 酒場全体に響き渡るような声で、男が高らかに叫び、酒杯を上げる。

        「モーウと、我が国の繁栄に、乾杯!!」

        酒場内が大きな乾杯の音頭に湧く。
        俺は、静かに酒杯を傾けて、モーウ料理をつまんで口の中に入れた。人の肉よりはだいぶ美味かった。

        危険度――0。特筆すべき項目なし。クギナ=ガリューカ。 -- クギナ 2018-03-31 (土) 22:36:34
  • 不幸な国 -- 2018-03-31 (土) 23:57:56
    • 王国歴XXX年X月XX日 篠突く雨。
      イムルトン王国遠方斥候調査隊第七小隊は、不運にも糧食を失ってしまった。
      想定外の天候不良のせいだ。
      十分な事前調査はしていた。それでも、唐突な天候不良の全てまで見通せるわけではない。
      目下、アジャンクール達に出来る事は、自らの不幸を嘆くことだけだ。 -- アジャンクール 2018-04-01 (日) 00:03:46
      • 都合、小隊丸一個分の濡鼠達は、せめてこの悪天候を乗り切れるだけの軒先を求めていた。
        具体的にいえば、洞穴や、大木の根元などだ。
        とりあえず、雨が過ぎ去るまで、多少の雨露を凌いで休めるならどこでもいい。
        この一時の不幸を凌ぐための、ささやかな幸運を、隊の誰もが望んでいた。 -- アジャンクール 2018-04-01 (日) 00:09:34
      • 果たして、その願いが通じたのか。
        遥か、視界の東側。
        驟雨で煙る視界の果てに、確かにそれは見つかった。
        隊の誰とも言わず、声があがる。

        「城壁だ!」

        そう、それは、多少様式は違えど、イムルトン王国でも見慣れた石造りの城壁。
        確かな文明の証だ。
        この際、廃墟だって構わない。
        雨露が凌げるのなら、なんだっていい。
        逸る隊員たちを戒めながら、アジャンクールも口端には僅かな笑みを浮かべて、その城壁へと歩き出した。 -- アジャンクール 2018-04-01 (日) 00:14:32

      • 「おお、それは皆さん……なんと大変な不幸に……!」

        幸いにも、城壁は廃墟ではなく、そこにあったのは、一つの都市国家であった。
        物見塔からこちらを見ていた番兵は、我々が城壁前で、事のあらましを叫ぶなり、「それは何と不幸な!」と嘆いて、城門を開いてくれた。
        今は門の内側で、入国審査官にほとんど同じ言葉を投げかけられている。 -- アジャンクール 2018-04-01 (日) 00:29:39

      • 「事情は把握しました。我が国は、皆さんの保護を約束しましょう。十分出立可能な状態に回復するまで、我が国に御滞在ください。無論、出立の際には、十分な糧食も準備させて頂きます」

        予想外の厚遇に、アジャンクールは流石に申し訳ない気持ちになった。
        隊員たちも同じ気持ちだったようで、皆を代表して、アジャンクールは西方領域式の礼節を尽くしながら、謝礼としての金品の供出を提案した。 -- アジャンクール 2018-04-01 (日) 00:37:01
      • それでも、入国審査官は首を縦に振らなかった。
        むしろ、どこか満足そうに……いうなれば、誇らしげに……首を左右に振って、鷹揚に、慈しみに満ちた瞳で、アジャンクール達に視線を返した。

        「大丈夫です。なぜなら、皆さんは不幸な目にあったからです。それは、誰のせいでもなければ、誰の過失でもありません。ただ、皆さんは不幸だっただけなのです。その不幸に付け入って金品をせしめるなどと言う真似を、我が国はしません。ほら、困った時はお互い様と言う奴ですよ」

        そう、柔らかく、それでいて断固たる自信を持った余裕ある言葉に、隊の誰もが深い感銘と感謝の気持ちを抱いた。
        ああ、なんて高潔な精神を持った国なのだろうか
        アジャンクールでさえ、目頭を微かに熱くさせながら、そう思った。

        「さぁ、今日はお休みください。滞在に関する御話や諸手続きなどは、明日行いましょう」

        そう、入国審査官は締めくくり、その日、アジャンクール達は暖かい食事と寝所、さらには湯まで与えられ、斥候任務では誰もが期待していなかった、文化的な夜を過ごした。 -- アジャンクール 2018-04-01 (日) 00:45:03


      • *************

        -- 2018-04-01 (日) 00:49:28

      • 「さて、みなさんの不幸レベルですが、概ね468レベル程であるという審査結果がでました」

        翌日。朝食を食べた後。
        入国審査官は、アジャンクール達に対して、開口一番、そう告げた。
        思わず、アジャンクールは「不幸レベル?」と、訝し気に首を傾げた。
        それに対しても、入国審査官は柔和な笑みを返しながら、話を続ける。

        「我々の国は、不幸な者達に対して慈愛と厚遇を与えることを是としています。だって、不幸なんですからね。どんな人間でも、理不尽な不幸の前には膝を折ります。そして、時には二度と立ち上がれなくなる……だからこそ、私たちの国では、研究の末に不幸指数を求める方程式を発明しました。これによって、誰もが平等に、己の不幸を明確に図示し、他者に示せるようになったのです」
        -- アジャンクール 2018-04-01 (日) 00:56:47

      • 恍惚とした表情で語る入国審査官を後目に、アジャンクール達はどこか鼻白みながらも、話を聞く。

        「そして、みなさんの不幸レベルは、一日あたりだいたい100程さがっていく計算ですので、この調子でいけば、三日後には晴れて幸福な身となって、出国が可能となるでしょう。いや、羨ましい」

        そう、締め括る入国審査官の最後の言葉に、アジャンクールは「羨ましい……ですか?」と、問い返した。
        故郷を出ざるを得なかったアジャンクールからすれば、国から出ること……その上、こんな衣食住の行き届いた文明的な国で、しかも生まれ育った者からすれば故郷だ……から出る事が「羨ましい」などとは、どうにも理解しがたい話であった。 -- アジャンクール 2018-04-01 (日) 01:10:30


      • 「当然ですよ! ここは、不幸指数が最低でもレベル100以上なければ暮らすことが出来ない、不幸な者達のための国なのです。幸福な人間はここにはいませんし、幸福であるのなら、一人で、その幸せを噛み締めながら、しっかりと歩む事が出来る筈なのです。そして、一人で歩めるのなら、こんな不幸な国にいる必要はありません……それだけの強さを持っている方の事を、幸福で良いと羨む事は、全く当然の事ではありませんか!」

        全く自信に満ちた、とても誇らしげで恍惚とした表情で、そう入国審査官は締め括った。
        反論や質問を返すものは、隊には一人もいなかった。
        -- アジャンクール 2018-04-01 (日) 01:27:56


      • *************

        -- 2018-04-01 (日) 01:46:03
      • 三日後。晴れて、イムルトン王国遠方斥候調査隊第七小隊は十分な糧食と物資の提供を受けて、その国から出立する事となった。
        隊員とそれぞれ出立の準備を進めている最中……突如、一人の男と女、そして子供が、城門の外に放り出された。
        放り出された男はいった。

        「ま、まってくれ! 私たちはまだ不幸だ! だから、国の中に戻してくれ! せめて、せめてこの子だけでも!」

        女は叫んだ。

        「そう、そうよ! 両親と離れて暮らすなんてとても不幸だわ! だから、不幸になってしまうこの子だけでも!」

        しかし、子供は泣き叫んだ。

        「やだよぉ……パパとママと離れるなんて、やだよぉ……!」

        城門の内側にいる入国審査官は、柔和な声で答えた。

        -- アジャンクール 2018-04-01 (日) 01:50:51

      • 「幸福な家庭。相思相愛で見目麗しい伴侶。家族思いの両親。そして、十分な資産。アナタ達の不幸指数はどこをどう数えてもレベル50にもなりません。そんな幸福な貴方達から、まさに幸福の権化でもある子宝を奪い去るなんてそんな不幸な真似が、どうして私達に出来るでしょうか? どうか、その幸福を胸に外の世界へと一歩足を踏み出してください。ああ、羨ましい! ……というか」

        そこで、入国審査官が、汚物を見るような目で。

        「……幸せで一杯の連中が下手な不幸自慢とかしないでくださいよ。反吐がでる。アンタ達みたいな連中が、私達をもっともっと不幸にするんだ。苛立たしい」

        そう、城門の外の家族に言い放った。
        まるで、親の仇でも見るかのように。
        最後に、いかにも重そうな袋……恐らく、金貨か何かの詰まった袋が、投げつけるように家族の元に放り投げられた。 -- アジャンクール 2018-04-01 (日) 02:06:20

      • その後、出立の準備が整ったアジャンクール達は、そのまま、森の中を彷徨っていた先ほどの家族を保護し、その足で王国への帰路についた。
        保護された三人は皆、口々に小隊の面々に謝辞を述べ、涙ながらにこう語った。

        「ああ、自分達は……なんて幸運なんだろう!」

        -- アジャンクール 2018-04-01 (日) 02:10:44


      • 危険度――20。難民流出の恐れあり。リオネール・ヴィーヴス・ド・アジャンクール。 -- アジャンクール 2018-04-01 (日) 02:13:12
  • 麗しき町 -- アレックス 2018-04-01 (日) 21:56:16
    • 王国歴XXX年X月XX日 快晴

      探索範囲をさらに広げる、という話から、私達第11調査隊は北方へと向かっていた
      二日前に立ち寄った小さな村では特筆することも無く、平和な生活が営まれていたが、一つ気になる話を聞くことが出来た

      『ここからさらに北へ二日ほど、小さな丘陵を超えたあたりに、忌まわしき町がある』と -- アレックス 2018-04-01 (日) 21:57:48
      • 彼らが何を指してそう言ったのか、誰しもが口を噤み、知ることは出来なかったが、私達は調査することが仕事だ
        ましてや、それが何か負のベクトルにあるものとするなら、尚更
        個人的な好奇心があったことも否定しない。その為に私はここへ来たのだから。誰ともなく頷くと、私達はその二日の道程を超え、そこにたどり着いた -- アレックス 2018-04-01 (日) 21:59:17
      • あまりに高い長方形の壁に囲まれた、1km四方もない町だった。入口である扉は開かれ、衛兵とも憲兵ともつかない人物が立っていたが、我々を見てにこやかに挨拶を交わす。おそらく、魔物の襲撃に対しての防護策なのかも知れない、他の街でも見掛けた光景だ
        町に入れば綺麗な石畳と街灯。レンガ作りの整然とした家々。ここに来るまで山小屋や獣道ばかりだったことを考えれば、とんでもない違いだ

        そして、何よりも驚いた事は、街の人々が全て綺麗なブロンドの髪と翠、あるいは蒼眼の端正な顔立ちの人ばかりな事だった。我々を認めた一人の青年が近づき、声を掛ける

        『よくお越し下さいましたね。ようこそ、麗しき町へ』 -- アレックス 2018-04-01 (日) 22:01:07
      • 安宿を選んだつもりだったが、待遇はイムルトンの藁敷き部屋に比べると、まるで天国だった。食事も、お風呂やトイレの衛生関連に至るまで、まさに町の名を現したもてなしをしてくれた。
        とても忌まわしき町等という不穏な名前とは無縁に感じる

        それらしき何かがあるのかと、町へ出る。広場で談笑する主婦たち、仕事なのか駆け回る若い男性、店先で商品を並べる売り子
        ふと、それら全てが同じ顔に見えるような気がした。年齢層は違えど、均衡や、造形の、それらが

        気のせいだろうと気を取り直しさらに奥へ行くと、町の西南端に四角い塔のようなものがあることが分かった。前には例の衛兵の格好をした者が二人、立っている
        話を聞くと、最近化物が増えて困っている、という事だ。やはり、衛兵の詰所や、それらに準ずる自衛施設のような物なのだろうか -- アレックス 2018-04-01 (日) 22:05:37
      • 特に得るものも無く、値段不相応とさえ言えるような食事を摂り、寝床に入る
        その日の晩、皆が寝静まった頃。私は同僚に揺り起こされた。何か恐ろしい呻き声のようなものを聞いたという。歳もかなり下の私に、ましてや男性である同僚が怖いというのもどうかと思ったが、外からだというので確かめに出ていった
        …確かに聞こえる。風に乗って微かに、だが、まるで人の声帯を模した何かのような、くぐもった声が

        ただの魔物なのかも知れないし、あるいは、それこそが忌まわしき何かなのか。しかし、二人で月もないような夜に暗中模索した所で、せいぜい危険が増えるだけだ。明日さらに詳しく話を聞いてみよう、そう言い聞かせると、なんとか寝付かせた


        一度気づいてしまったその声は、一晩中、止むことは無かった -- --アレックス 2018-04-01 (日) 22:09:02

      • ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
        -- アレックス 2018-04-01 (日) 22:10:09
      • 翌朝、私達はもう一度街へと探索に出た、今度は明確な目的と共に、あの恐ろしい呻き声の正体を求めて

        だが、町の人は別段そんなものを聞いた覚えはないとか、あるいは化け物の声だろう、と返される程度だった

        そんな中、一つだけ違う話を老婆が聞かせてくれた -- アレックス 2018-04-01 (日) 22:14:22
      • それは遠い昔、まだ時代が黄金暦と呼ばれていた頃の話。ここに居た兄妹の話であり。お互いに好きあっていた見目麗しい二人が結ばれ、今のこの町の礎になったと言う
        比較的神話として良くあるモチーフの話だった

        そして、その夫婦は二人の子供を授かり、片割れを神に渡し、繁栄を約束されたと言う

        「なるほど。ここの方はその血を引いているから、皆さんお綺麗なのですね」


        「そうさ。でも最近は化け物の方が多くてね。なかなか生まれてくれないんだ。私たちの子供はね」 -- アレックス 2018-04-01 (日) 22:16:50
      • どういう事だろう? ニュアンスとしては、出生率が下がったということだろうか?
        頭を捻りながら歩いていると、件の塔の前に辿り着く。今度はここには何があるのか、と尋ねてみる

        「ここには化け物が閉じ込めてあります。危険では無いでしょうが、見て楽しいものでもありません。稀に旅の方も覗かれますが、やはり気味が悪いのか早々にここを発たれますよ」

        つまり、ここが昨日の呻き声の原因なのかも知れない。危険はないなら、魔物の分布が分かるかもしれない。

        可能なら中を見せて欲しい、と頼むと、彼らは多少渋ったが、塔の門を開いてくれた -- アレックス 2018-04-01 (日) 22:19:35



      • そこには、人としての形を歪めたような物が

        あるいは、人の原型をとどめたまま、どこを見ているのかわからない者達が

        暗い闇の中、無数に蠢いていた


        -- アレックス 2018-04-01 (日) 22:21:30



      • 私はそのまま駆け出し宿へと戻った。

        確かに歪ではある。だが、見れば分かる。あれは確かに『人間』なのだ
        生まれつき、人として歪に生まれた者達
        老婆が語った言葉の意味が、やっと分かった
        今でこそ近親婚の危険性を知っている私達だが、遠い昔にはその特異性を引き継いだり、血の維持の為に近しい者同士の婚姻は良くあったのだろう
        そしてここには、その当時のしきたりがそのまま残された
        結果、濃くなりすぎた血はあの塔の中身を生み出し始めたのだろう

        つまり、この街の者達がいう、化け物というのは…… -- アレックス 2018-04-01 (日) 22:26:11
      • 私達はその日のうちに荷物をまとめると、礼もそこそこにその場を後にした

        帰路を辿り、再び補給に訪れた例の村へ立ち寄る

        まるで、見てはいけないものを見た、とでも言わんばかりだったのだろうか。私の顔を見た村人の一人が、ぽつりぽつりと語り始めた


        あの町は、牧場なのだと

        近隣の、それも一つではない。いくつかの国家の金持ちたちが、投資をしながらこの山中に作り出した、器量の秀麗な者達だけを作り出すための

        繰り返しの交配と、それに対しての違和感を与えないための餌。それが不自由の無い町の作りと、余計な知識を与えないための辺境だったのだろう -- アレックス 2018-04-01 (日) 22:30:01
      • 村の人達に手厚く礼を言うと、その小さな村をさらに南へと戻る

        …… 恐らく、あの村の人たちは町から抜け出たものなのかも知れない。それは分からないが…


        私には、何が正しいか断ずるような矜持も、正義も持ちえているとは思わない。けれど
        いつか、自分の子供が生まれた時。それが、どんな子で有ろうとも、優しく出来ればいい、と思う -- アレックス 2018-04-01 (日) 22:36:55
      • 危険度ーー0。いずれ滅びゆくのでしょう。

        アレクシア・メイフィールド -- アレックス 2018-04-01 (日) 22:37:58
  • グリフォン討伐 -- 2018-04-02 (月) 22:09:18
    • 王国歴XXX年X月XX日 鬱陶しい程の快晴。

      開拓範囲外縁ギリギリの開拓拠点にて。
      今年の春からグリフォンが頻出するという通報を受け、事実確認のため、アジャンクール等、イムルトン王国遠方斥候調査隊第七小隊は、丘陵上に作られた開拓村に訪れていた。

      このあたりは一応はイムルトン王国領ではあるが、厳密に言えば大昔に打ち捨てられた名もなき国の成れの果てであり、本来で言えば他に正当な領有権を主張する何者かが現れてもおかしくないのだが……幸いにも、今日まで、そう言った主張を行う輩は、王国に現れていない。 -- アジャンクール 2018-04-02 (月) 22:20:55
      • まぁ、しかし、長い歴史の流れで見れば、良くある話でしかない。

        こういった如何にも人が住みやすい土地は、古来より何者かがとっかえひっかえ住み着いているものであり、お陰様で完全な未開地より遥かに開拓がしやすい。
        そして、それは人間以外の生物にとっても住み心地が良いという事でもあるため、害獣被害に晒されるというのも、そう珍しい話ではなかった。

        だからこそ、適当に調査を済ませたら、アジャンクール達もさっさと引き上げ、入れ替わりに現れるだろう王都進駐軍に調査資料だけ渡して、そのまま王都に帰る予定であった。 -- アジャンクール 2018-04-02 (月) 22:28:55
      • ところが、そんなアジャンクール達の目論見は脆くも崩れ去った。

        連日連夜グリフォンは昼夜問わず出没し、その余りの頻度に斥候部隊も応戦と見張りに駆り出され続け、王都進駐軍が到着した後も、調査どころか休む暇もロクに無かったのである。
        更に言えば、グリフォンは非常に狡猾な個体のようで、矢傷を少し受けるだけでさっさと飛び去って逃げてしまうのである。

        いかに強大なグリフォンといえど、一体きりでは無勢も良い所であるが……こうも徹底的な消耗戦を強いられては、如何にイムルトン王国軍が多勢と言えど、状況は芳しいと言い難い。
        幸いにも、徹底した集団行動のお陰で目立った負傷者はこちらにもいないが、こうも気を張り続けては、体力より先に気が滅入ってしまう。 -- アジャンクール 2018-04-02 (月) 22:48:00
      • そうこうしている内に、二週間が過ぎた頃。
        その日は、朝から激しい横風が吹いていた。

        こういう強風が吹き荒ぶ日は、如何にグリフォンと言えど飛行は容易ではない。その翼と巨体がたっぷりと風を受け止めてしまうためだ。

        今日ならば、地を這う人間でも、ある程度安全に周囲を哨戒出来る。
        絶対安全と言うわけでは無論ないが、それでもようやく出来た好機である。アジャンクール等、斥候部隊の面々は、戦々恐々としつつも、外套をはためかせて、周囲の警戒と調査に向った。
        もし、グリフォンの巣が近くにあるのだとしたら、こちらから夜襲を仕掛ける事も出来る。
        仮に巣がなくても、痕跡を辿ればどこから現れているのか、調べる程度は出来る筈だ。 -- アジャンクール 2018-04-02 (月) 23:12:53

      • 強風に曝され、激しく枝葉を揺らす針葉樹の森を、アジャンクール達は歩き続けた。

        幸いにも、目印となるグリフォンの足跡は点々と続いていた。
        飛行せず歩いているということは、このあたりに巣がある証拠だ。

        針葉樹の激しい葉音に眉を顰めつつ、アジャンクール達は必死にグリフォンの足跡を辿った。 -- アジャンクール 2018-04-02 (月) 23:35:29

      • 半日程、時折途切れる足跡を何とか辿り、グリフォンの巣と思しき森の調査を続けた所……唐突に、開けた場所に出た。
        すわ、グリフォンの寝床かと一行は警戒を強めたが、そこにあったのは、何の事は無い、ただの廃村であった。

        放置された家屋の状態と、土の状態を見るに、ゆうに数十年は人の手が入っていないようである。
        恐らく、丘陵の開拓拠点と似たような境遇の村なのであろう。
        あちらにも、最初はいくらか廃墟の名残があったと聞く。 -- アジャンクール 2018-04-02 (月) 23:45:13

      • 廃村を調べてみると、どうやら元は一般的な農村の一種であったらしく、放置された畑やら、牧草地の跡と思しき、柵に囲われた広い庭を見つけた。
        おそらく、この針葉樹の森も、あとから防風林として植林したものなのであろう。

        他にも、廃屋から手記と思しきスクロールやら本やらを見つけもしたが、腐食が酷過ぎてどれも読む事はできなかった。
        まぁ、仮に無事な物が見つかったとしても、異文化圏の文字では、速やかな解読は不可能だったろうが。 -- アジャンクール 2018-04-02 (月) 23:56:14

      • 小一時間ほど、廃村を散策した頃、突如、廃村の奥から隊員の声があがった。
        何か見つかったらしい。

        疲労で震える脚に喝を入れ、アジャンクールも声を上げた隊員の元に向う。

        向かった先にあったのは……巨大な牛舎のような廃屋と、乾燥しきって崩れ始めている干し藁の上にならんだ、巨大な卵の殻……グリフォンの卵の殻だった。 -- アジャンクール 2018-04-03 (火) 00:01:56

      • やはり、ここがグリフォンの巣で間違いない。
        何故、新しい卵ではなく、古い卵しかないのかはわからないが……まぁ、グリフォンに限らず、超大型の魔鳥類は、長ければ八十年から百年は生きる。
        古巣にずっといる事もそう珍しい事ではない。

        ともかく、巣の所在がわかった以上、長居は無用。
        すぐにでも拠点に引き返そう。そう、一行が帰り仕度を始めた時……それは、現れた。 -- アジャンクール 2018-04-03 (火) 00:06:35

      • 針葉樹林に吹き荒ぶ強風がそよ風に思えるような颶風を纏って、巣の主……グリフォンが戻ってきた。
        一般的に、巣を荒らされた猛獣の取る行動は、概ね一つしかない。

        斥候小隊一行は、それこそ蜘蛛の子を散らす様に、森の中へとバラバラに逃げていく。
        成体のグリフォンの相手は、完全武装の軍隊一個小隊でも苦戦は必至。

        任務の特色上、基本的に軽装の斥候小隊では、万に一つも勝ち目はない。
        今出来ることは、一刻も早く、森に身を隠す事だけだ。 -- アジャンクール 2018-04-03 (火) 00:13:41

      • 息を切らし、他の隊員の安否確認もロクに出来ないまま、アジャンクールは森の中を走る。
        恐らく、斥候部隊の中で一番足が遅いのはアジャンクールである。
        学者である彼は鉱脈や、有毒な動植物を見分ける為の知識要員なのだから、当然である。

        普段なら誰かが撤退支援やら何やらしてくれるところだが、こんな緊急時ではそんなものは望めない。
        万事休したかと、逃走を諦め、目くらましにでもなればと外套の内側に仕込んだ、マジックスクロールに手を伸ばしたが。

        「……?」

        追撃の足音も、激しい羽音も、何より……同じ小隊の誰かの悲鳴も、森には響いていなかった。 -- アジャンクール 2018-04-03 (火) 00:28:22

      • 理由は不明だが、グリフォンは巣に無遠慮に踏み入った闖入者への追撃より、巣にとどまる事を選んだらしい。
        もしかしたら、見逃していただけで、巣には、まだ孵化していない卵があったのかもしれない。

        いずれにせよ、この好機を見逃す手はない。
        アジャンクール達は一目散に丘陵の拠点へと帰還して、これまでの一部始終を主力の王都進駐軍へと報告した。 -- アジャンクール 2018-04-03 (火) 00:32:44


      • ***************

        -- 2018-04-03 (火) 00:37:35


      • 何とか拠点に戻ったところ、幸いにも、死傷者は一人もいなかった。
        何にせよ、無事、グリフォンの巣を発見し、任務を果たした斥候部隊は、あとの事を王都進駐軍に任せ、極一部の案内役だけを残して、他の隊員は補給と休養のため、王都へと戻る事になった。

        無論、アジャンクールもそこで王都に戻ってこの話は終わる予定だったのだが……グリフォンの巣とは逆方向の森にあった廃墟から古文書が見つかってしまったため、その解読のために残る羽目になった。
        アジャンクールとしても、本当は一刻も早く王都に戻りたかったのだが、解読できる人間が現場にアジャンクールしかいない以上、断る事も出来ない。これも知識要員としての仕事だ。 -- アジャンクール 2018-04-03 (火) 00:42:36

      • ぶちぶちと文句を垂れながら、全く不承不承といった体で、古文書の解読にあたるアジャンクール。
        時折、汗でずり落ちる眼鏡を、舌打ちと共に直しながら、静かに古文書の解読を続ける。

        そして、半日程経った頃だろうか。

        どうにか、内容をおぼろげながら解読したアジャンクールは……またしても苛立たしげに、大きく舌打ちを一つ漏らした。

        まだ完全解読には至っていないが、この古文書の内容がアジャンクールの予想通りだとすれば、全く今回の任務は無駄骨だったという事になる。 -- アジャンクール 2018-04-03 (火) 00:50:46

      • 思えば、いくつもヒントは散りばめられていた。
        点々と配置されている廃墟。
        丘陵や植林地に設えられた、無暗に広い牧草地。
        わざわざこんな、ややこしい異言語を使う、イムルトン王国とは違う文化圏の廃墟。

        夕刻過ぎ、暗くなり皆が眠りにつく前に、アジャンクールが、古文書の内容を報告すべく、王都進駐軍の兵士達の元に向ったところ。 -- アジャンクール 2018-04-03 (火) 00:57:24

      • 夕闇を切り裂き、空に挙がったのは……兵士達の鬨の声。
        思わず、アジャンクールは駈ける。
        駈けたその先にあったのは……兵士達の人だかり。
        そして、その中心にいたのは……ここ数日、一行を悩ませ続けた、あのグリフォンだった。

        あんなにも皆が畏れていたグリフォンは、弩砲(バリスタ)の太矢を心臓に受けて、あっさりと事切れていた。 -- アジャンクール 2018-04-03 (火) 01:02:32

      • 「今まではちょっと弓を射かければすぐ逃げてたのに、今日は突然、こっちに向かってきたんです」

        説明を求めてもいないのに、得意気に兵士が話す。
        まぁ、無理もない。王国を脅かす魔獣を退治したのだ。大手柄だろう。

        「でも、わざわざ門前に着地しやがったんですよ、アイツ! いくら広くておりやすいからって、あんなところに降りたんじゃあねぇ! 所詮は鳥頭ってところですかね!」

        確かに、あの開けた門前に着地すれば、周囲に危険はないだろう。
        いざという時は何かと周囲から介入する事も容易だ。

        「……そういえば、先日、廃村で遭遇した時は、誰もコイツと目も合わせずに、ただただ逃げてしまったな」

        誰にともなく、アジャンクールはそう呟いた。 -- アジャンクール 2018-04-03 (火) 01:09:01


      • 「そういえば、あの古文書の解読おわったんですか? 教授?」

        古文書の解読を頼んできた兵士にそう尋ねられ、アジャンクールは小さく笑った。

        「無論だとも。あの程度の古文書、私に掛かれば何でもない」

        「へぇ、それは頼もしい。じゃあ、早速、どんな内容だったのか、教えて下さいよ」

        「いや、内容を聞くのはやめておいた方がいい。無理に解読して読むのもやめておけ」

        「そりゃまた、なんで、ですか?」

        アジャンクールは、一度嘆息してから、静かに答えた。 -- アジャンクール 2018-04-03 (火) 01:12:59

      • 「あれは、呪いのスクロールだ。無理に読むと、気分が悪くなるぞ」

        それだけ言い残して、アジャンクールは喧騒から背を向けた。
        事切れたグリフォンの瞳は、ただ門の先へと向いていた。 -- アジャンクール 2018-04-03 (火) 01:17:14


      • 危険度――0。特筆すべき項目なし。リオネール・ヴィーヴス・ド・アジャンクール。 -- アジャンクール 2018-04-03 (火) 01:20:08
  • 父親のいる国 -- カーヤ 2018-04-03 (火) 23:14:37
    • 王国歴XXX年X月X日 曇り時々雨

      本来、この国には訪れるべきではなかったのかもしれません。
      先日のグリフォン討伐の一報を受け、さらなる調査を、という命のもと、
      わたくしたちイムルトン王国遠方斥候調査隊第十六小隊は南方へと脚を伸ばすことになりました。
      -- カーヤ 2018-04-03 (火) 23:15:58
      • 南方にどのような国があるかは、イムルトン王国の北方に在ったわたしの故郷でも伝わっていました。
        無数の国家が存在している中に、「父親のいる国」と呼ばれる国があると司祭さまが言っておられました。
        わたくしたちの向かった南方の国家というのが、ちょうど、その「父親のいる国」だと気付いたのは入国から3日後のことでした。

        その国は、至って普通で――本来なら危険度0、と報告書に記してもいいほどに平凡な国でした。
        -- カーヤ 2018-04-03 (火) 23:17:00
      • イムルトン王国と大きく文化の違いがあるわけでもなく、特異な食生活をすることもなく、特別な場所を探すほうが難しいくらいに。
        ですので、わたくしたちは2日間、報告しづらい話にはなってしまいますが……ちょっとした休暇気分でおりました。
        わたくしも、隊のみなも、日頃の疲れを癒やすように飲んで食べて休んで、悪く言えば職務からほんの少しだけ外れていました。
        3日間滞在しても、異常なところはございませんでした。これは、正常な判断であったと思います。
        -- カーヤ 2018-04-03 (火) 23:22:11
      • ただ、3日目は少しだけ違っておりました。
        早朝、日が昇る少し前に、その国の一番高い塔の鐘がぐわんぐわんと鳴りました。
        わたくしたちは、敵襲かなにかかと思い飛び起きましたが、国民達はちいとも騒いではおりませんでした。
        わたくしたちが拠点としていた安宿に同じく宿泊していた旅人数名が同じく驚いていたくらいで、穏やかなものでした。
        -- カーヤ 2018-04-03 (火) 23:22:44
      • 何事か、とわたくしは宿の女将さんにお尋ねしました。一体何が起きているのですか、と。
        女将さんは、「ああ、気にしないで頂戴。今日は、『お父様』がいらっしゃる日なのよ」とおっしゃいました。
        そして、気になるようだったら散歩をしてきても構わない、とわたくしたちに告げました。
        わたくしたち、イムルトン王国遠方斥候調査隊第十六小隊は、その国の中央に位置する広場まで様子を見に行くことにしたのです。
        -- カーヤ 2018-04-03 (火) 23:23:05
      •   -- 2018-04-03 (火) 23:24:37
      • 中央広場には、ひときわ目を引く祭壇のようなものがありました。
        わたくしたちがこの国に訪れた初日に案内されたときと変わらず、美しい大理石で出来た祭壇がそこにはあります。
        ですが、違っているのが一点だけ存在しておりました。
        その祭壇には、おおよそ10に届くかどうか、といった年頃の女の子が寝かされていました。
        -- カーヤ 2018-04-03 (火) 23:24:56
      • わたくしたちは心配に思い、女の子に声をかけようとその祭壇に近付きました。
        祭壇に近付き、女の子に手が届きそうになった瞬間に、わたくしたちの背後に音もなく翼竜種が降り立ちました。
        翼竜種は、人の言語を解しませんでした。
        ですが、わたくしたちにもわかります。近づくな、という明確な敵意を感じ取ることができました。
        唾液をだらだらと垂らし、今にもその「皿」の上の「食べ物」を口にしよう、といった様子で、じりじりと近付きます。
        -- カーヤ 2018-04-03 (火) 23:26:11
      • わたくしたちは、女の子と翼竜種の間におりました。
        きっと数分の出来事だったのでしょうが、それはおそろしく長く、無限にも思える時間でありました。
        隊の誰かが、ナイフを翼竜種の爪先へと投げました。
        ですが、そのナイフは刺さることも、翼竜種の皮膚を傷つけることもできませんでした。
        翼竜種は、その行動を明確な敵意として認識したのでしょう。わたくしでも、それは敵意であるとわかります。
        -- カーヤ 2018-04-03 (火) 23:26:36
      • 静かだった翼竜種が、醜い咆哮を上げました。女の子は、ぴくりとも動きません。
        今となっては、その女の子が死んでいたのか生きていたのかも、わたくしたちに知るすべはありません。
        醜い咆哮が掛け声かのように、静かだった広場にぞろぞろと人々が姿を見せ始めました。
        その人々は、おそろしいものを見たような、嫌悪の表情をみな、浮かべておりました。
        -- カーヤ 2018-04-03 (火) 23:26:58
      • わたくしたちも、同じような顔をしていたことでしょう。幼気な少女が、いまにも醜い翼竜種に喰われそうになっていたのですから。
        「皆さん、下がってください! この広場は、危険です!」隊の誰かが、大声を出しました。
        ぼんやりとそれを眺めるしかできていなかったわたくしも、意識をぴしりと正すことができました。
        「この翼竜は危険です! 先日、我々が観測したものと類似の種であると考えられ――」
        -- カーヤ 2018-04-03 (火) 23:27:45



      • わたくしたちは、間違ったことはしていないのでしょう。わたくしたちの基準で言うのであれば。


        -- カーヤ 2018-04-03 (火) 23:28:31
      • 足元を見れば、先程まではなかった石ころが幾つか転がっておりました。
        その数は、いくらか増える一方です。不審に思って広場を見回せば、石を投げていたのは宿屋の女将さんをはじめとした、
        わたくしたちと数日前には酒を飲み交わしていた街の人々でした。
        最初は、翼竜種に対しての抵抗であると判断していました。ですが、その判断は間違っておりました。
        -- カーヤ 2018-04-03 (火) 23:28:54
      • 「バケモノ! 『父様』に何をする!」
        「二度とこの国の土を踏めると思うな! 死にたくなければ今すぐ出て行け!」
        「お前らのせいで、我々が呪われてしまう! どう責任を取るんだ!」
        -- カーヤ 2018-04-03 (火) 23:29:18
      • そこから先は、よく覚えていません。罵詈雑言の嵐に、わたくしたち第十六小隊は尻尾を巻いて逃げ出しました。
        宿屋に急いで戻り、必要最低限の荷物だけを持って、帰路についたはずです。
        わたくしたちは、あの女の子がどうなったかを知ることもできずに出国することを余儀なくされました。
        -- カーヤ 2018-04-03 (火) 23:29:55


      • 「『お父様』は、確かにおられましたね」 わたくしは、その一言しか発することはできませんでした。

        -- カーヤ 2018-04-03 (火) 23:30:29

      • 危険度――25。我が国の『父』が、正しく『父』であることを、切に願います。 カーヤ=シュメルツァー
        -- カーヤ 2018-04-03 (火) 23:32:18
  • 月あかりのうた -- アレックス 2018-04-04 (水) 05:56:18
    • 王国暦XXX年XX月XX日 薄曇り


      イムルトン王国を西へ。一頭立ての馬車を借り、国境を超え、更にその先へ私は一人で向かっている


      その冬は、強い冷え込みが王国を包み込んでいた
      開拓が進む、とは言え、小さな、ましてや辺境の国だ。物流が完全と言うには程遠いのだろう
      防寒のままならない者や、生来身体の弱かったものが、何人か流行り病にかかったようだ
      薬を作れる者、更には、斥候部隊に協力してくれる医者もいたが、材料自体が足りないと言う。ならば、と遠出に慣れた調査隊の、そして手の空いた、ついでに商家出身の私に白羽の矢が立ったのだろう

      吹雪にでも合わなければ、片道4日もかからない道程だ
      蹄の音だけが響く街道に、濁った赤に染まり始めた日が影を長く伸ばしていく

      -- アレックス 2018-04-04 (水) 05:58:11
      • 夜には荷台をベッド代わりに。火は絶やさず、馬を休めながら進む

        幌がついているとは言え、夕暮れからの風は身を切るようだ。冷え込んだ空気は、馬を駆るだけで否応なく体温を奪って行く

        そうして二日ほど経った頃、その日は、さらに冷え込みが強かった。
        日も暮れようという頃、横殴りに叩きつけるような風と霙のような雪。手先が痛みを超え、感覚があるのかさえ覚束無い

        そんな中、海岸沿いに作られた街道を道沿いに進むと、人家の灯りを見つけた
        小さな入江の横に建てられた、木造りの家のようだ。馬車が近づくと、微かに犬の吠える声が聞こえる
        流石に体も冷え切り、焚き火すら吹き飛ばされそうな夜を迎えるに心もとなかった私は、思い切ってそのドアをノックした

        「夜半に失礼します、旅の者なのですが、一夜だけ泊めていただけませんか」

        失礼します、まで言ったところでドアが開いた

        中から痩せてはいるが、白い髭に包まれた柔和そうな顔が覗く。その下には、こちらも老犬なのだろう、目の濁った黒い犬が、一頭

        「こんな辺鄙なところに、ましてや、こんな時間にお客さんとは珍しい
        こんな天候だ、外は冷えるだろう。上がってくだされ」

        親切そうな老人に深く頭を下げ礼を言うと、馬を繋ぎ、中へと入った -- アレックス 2018-04-04 (水) 06:01:07


      • 丁度食事の用意をしていたらしい老人は、私も同席しないか、と聞いてくれた。道々の食料は不足していなかったし、辞退しようとも思ったが、誰かと食事をするのは久しぶりだ、という彼の言葉に甘える事にした。

        室内はこじんまりとした、生活に不自由はなくとも、余計なものを置かない雰囲気。それと、長い年月を感じさせる独特の風合いが見て取れる

        「ここで長く、暮らしてらっしゃるんですか?」

        「そうだねぇ。もう、数えるのも面倒なくらいの年月、私とこいつはここに居るんだよ」
        そう言いながらテーブルにシチューポットを置く彼の足元には、先ほどの黒い犬が前足に頭を載せて丸くなっていた

        「私はね、ずっと……待っているんだ。この場所でね」


        -- アレックス 2018-04-04 (水) 06:03:52
      • 久しぶりに摂った暖かい部屋での食事。その上老人は、髪を洗い、身体を拭くための湯を沸かしてくれた

        髪を乾かし、人心地が着くと部屋へ戻る。彼はパイプから紫煙を吹かしながら、入江が見える窓を覗いていた

        「ありがとうございました。おかげで生き返ったようです」

        「なに、話し相手になってくれるお礼だよ。一人きりでここに居てもね、聞こえるのは、こいつの鼾と……歌くらいなものなんだ」

        「歌、ですか?」

        「そう、歌だよ。でも、今日は月が見えていないから、聞こえないだろうな…」

        何だろう。海と歌、と言うと人魚やセイレーンの類だろうか?
        しかし、それらは惑わしたり命を奪ったりする、と聞いたことがあるけれど……

        「…そういえば、先ほどの待っている、というのは? 」

        「ああ、ある人をね。私は、ここで聞こえる歌が好きなんだ。それを、聞かせたくてね」


        咳き込みながらくゆらす煙の向こう。老人の視線の先。斑に交じる雪の白と、境目のわからない、黒い海と空しか見えなかった

        -- アレックス 2018-04-04 (水) 06:06:54


      • ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

        -- アレックス 2018-04-04 (水) 06:08:39

      • 翌日、窓からは昨晩の荒天が嘘のように晴れ渡った空が見える。幸い、多少の悪路にはなったものの、積雪の殆ど無い道を見て、私は胸を撫で下ろした

        朝食も食べておいき、と言う老人に、今度も甘える事にする。代わりに、路銀として持っていた金貨を出そうとすると、いいんだいいんだ、と押し留められた。

        「こんな所にいるが、人と食事を共にするのは好きなのさ。付き合ってくれるだけでありがたいんだよ」

        私は少しの申し訳なさを感じながら、老人の笑顔に負け、皮袋をバッグに放り込むと、朝食を摂ることにした

        出立の準備も終わり、荷物を積み直す。匂いに慣れたのだろう、犬にもしゃがみこんで挨拶すると、老人にもお礼を言う

        「本当にお世話になって、重ね重ねありがとうございました。帰り道にもここを通りますから、その時にでもお礼を…」

        「いいんだよ。ゆうべならゴブリンだってうちの軒先を借りに来るさ。気にするほどじゃあない。ああ、でも……
        君にも歌を聞かせたかったのだけど、それだけは少し残念だね」

        それから、他愛ない会話を二、三交わすと、もう一度礼を言い、馬車に乗る。気を付けて、と手を挙げる老人に手を振り返すと、私は再び馬を走らせた
        -- アレックス 2018-04-04 (水) 06:11:37
      • そこからの旅は順調だった。沿岸からさらに西方、平原を通り抜ける。冷え込みはしたが、夜には空に登る月が真っ白に見えるほど、空気は澄み渡っていた

        天候に恵まれ、予定通りに四日の旅路を超えると、ようやく目的地に着く。大規模な商業都市であるそこは、以前父親の話にも聞いたことがあった。調査隊の任務としても、そして、私個人の好奇心にも後を押され、早速仕事に取り掛かる

        とは言え、薬の材料の買い付け程度の事なのだから、適正か、さらに安価なものを探し、品質に問題がなければ買いつけるだけ。言うなればお使いだ、半日もかからなかった

        酒店、装飾品の露天商、武器屋……イムルトンに居ると中々見かけない品揃えが目に入る。私は半分観光気分で、大通りを馬車を引いて歩いていた
        その時、ふと目に入った物があった。煙草屋だ。乾燥発酵させたそれを裁断し、量り売りをする

        そう言えば、あの親切な老人も吸っていたっけ。どの道帰りにも同じルートを辿るのなら、お礼に渡してもいい。そんなことを考え、それなりの物を、少しだけ包んで貰った
        -- アレックス 2018-04-04 (水) 06:14:02


      • ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

        -- アレックス 2018-04-04 (水) 06:15:47

      • その日は商業都市に泊まり、翌日から復路を走る。その間も天候は大きく崩れることもなく、快適とは行かないまでも景色を楽しみ、たまには馬を休ませつつ、二日ほど進んだ

        その日もまた、橙色が濃紺に飲まれ。月が海の向こうから顔をだそうとする頃


        海の見える街道を走る中、見覚えのある屋根が視界に入る。あの老人の居た小屋だ。私は、帰りに買った些細なお土産を渡そうと、馬車を街道から寄せていく

        どうやらまだ、灯りを点けていないのだろう。馬を繋ぐと、ドアを軽くノックした

        返事がない。外出中だろうか? 近くに居るなら声を掛けようか、と振り返った時、中からする音に気づいた

        ガリガリ、と動物かなにかがドアの向こうから引っ掻いているような音がする。飼い主だと思ったのか、あの犬の仕業だろう。挨拶でもしようかと、ドアを開けてみた

        中は薄暗く、輪郭がぼんやりとしか見えなかったが、黒い犬は私の顔を一瞥すると、再び部屋の中へと戻っていく


        その後ろ姿を目で追うと、机に突っ伏したままの老人が、目に入った


        -- アレックス 2018-04-04 (水) 06:21:03

      • 喀血したのだろう。机と服には血の跡が残っていた

        あの犬は、私にこの事を知らせたかったのかもしれない。再び老人の足元で丸くなると、眠るように目を閉じている

        脈は無かった。恐らく、何らかの病気によって亡くなったのだろう。彼に渡すはずだった小さな包みを持ったまま、私はしばらくその場に立ち尽くしていた


        どの位そうしていたのだろう。辺りがぼんやりと明るい。登った月明かりだろうか
        彼は、もう家族はこいつしか居ない、と犬を指して言っていたのを思い出す。なら、このままにしておくのは忍びない、せめて……


        そんな事を思っていると、何か、聞こえるような気がした

        言葉ではないけれど、それはメロディに乗せた、音節に区切られた、透き通った何か

        たしかに、歌だ

        それも、とても清らかな音の、唄

        こんな何も無いところで、ましてや突然聞こえれば恐ろしく感じてもおかしくは無いのに、そう言った物とは縁遠い事を感じさせる

        「…そうか、これが、あの時言っていた……」


        月明かりで輝く入江から響く、それを。私はしばらく、耳だけを動かす老人の犬と共に、聞いていた


        -- アレックス 2018-04-04 (水) 06:24:22


      • ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

        -- アレックス 2018-04-04 (水) 06:26:41

      • 翌朝。私は、彼の終の住処の隣に、小さな墓を立てた。盛土と、小さな木の十字だけの些細なものだが、何もせずには居られなかったから

        海の見えるそこには、きっと、あの歌が綺麗に聞こえてくれればいい。そう思って

        老人の突っ伏していた机には、いくつかの、それも昔から書き記したのであろう、ノートが残されていた
        ちらりと見えたそれには、あの歌のメロディと、それに合わせて聞こえた、単音の言語が記されている
        きっと、彼が聞き取った楽譜、だったのだろう

        私はそれを書棚に戻すと、家を出る


        「お前は、どうするんだい?
        野良に戻るかい? それとも、私と一緒に新天地を目指すかな?」

        黒い犬は、老人を弔った後、ずっと外に居たようだ。問いかけても、私をじっと見るだけで、その場から動こうとしない

        「……これからの季節、外で過ごすのはオススメしないよ。鼻水が止まらなくなっちゃう」

        まるで下らない、とでも言いたげに一度頭を振ると、犬は老人の墓の下で、丸くなる

        私の居場所はここだ。そう言っているように見えた


        私はその横に買ってきた煙草を供えると、再び馬車に乗り、帰路へ戻る

        雲一つない晴天の中、あの入江を横目に、私は馬車を走らせる


        -- アレックス 2018-04-04 (水) 06:29:21


      • 入江の奥にあるいくつかの風穴から見えた、朝の日差しが。とても眩しかったのを覚えている



        -- アレックス 2018-04-04 (水) 06:40:22
      • 手記

        アレクシア・メイフィールド
        -- アレックス 2018-04-04 (水) 06:41:38
  • 遠方 -- 2018-04-06 (金) 22:06:11
  • 金を貸した話 -- 2018-04-07 (土) 23:54:02
    • 追う足を、二足から四足に切り替えれば、追われる者との距離はあっと言う間に縮まった。
      俺が曲がり角を曲がると、運が悪いことにその男の逃げた先は袋小路だったようで、壁を背にして怯えた相貌が俺の姿を捉える。
      喉奥から吃音のような引きつった声を出し、背中を壁に擦り付けるように後ずさる。
      無理もない。
      自分より体格が1.5倍近い、ましてや牙と爪を持つ猛獣に追われたとあっては、この反応も至極当然の物だ。
      歩行を二足に切り替えたが、男が自分を見る目は変わらなかった。 -- クギナ 2018-04-07 (土) 23:57:52
      • 「頼む……っ。見逃してくれっ……頼むっ……!」

        男が地に額を擦り付けて懇願してくる。
        演技ではない、本気の怯えと懇願の混ざった声は痛切で、そして悲壮だった。
        男は金を借りた。
        俺に、ではなく金融を生業とする金貸しに、だ。
        今回は"副業"としてその取り立てを依頼されている。
        国外逃亡したこの男を捕まえるのは容易ではなかったが、今回はまず目撃情報があってからの動きだった。
        誰の目にも止まらずに生きていくことの難しさを感じざるを得ない。

        「頼むッ……! 本当に、返せる状態になったらすぐにでも返す……!
         借りたものを返さなくていいなんて、本当に思っていない……! だから、今回だけは本当に見逃してくれ……!!」 -- クギナ 2018-04-08 (日) 00:03:06

      • 返す当てはあるのか。
        俺がそう尋ねると、男の視線が動く。人間は分かりやすい、これは嘘を練っているときの顔だ。
        或いはどうすれば自分を納得させることができるか、事実を組み合わせて抗弁を作ろうとしている。
        まあ、だろうなと思う。四か月前に見つかった際も同じことを取り立て屋に言い、丸め込んだと聞いている。
        四か月の時を経ても同じことを言っているのだから、恐らくこの男は「返済のための金を稼ぐ手段」を持たないのだ。
        なんとか、毎日の糊口は凌げているようだが、余剰の金子が手に入らない。
        男が早口で言い訳を捲し立てているのが聞こえたが、あまり意味を成さない言葉だったので割愛する。 -- クギナ 2018-04-08 (日) 00:07:01
      • 俺は、口を開く。

        前回の取り立てから今回の取り立てまで、四か月ほどの期間があった。
        その間、完全に金策に走れば全額とは言わないが少なくとも残りの金額に猶予が与えられる程度には金子を稼げただろう。
        見たところお前は五体満足だ。成人男性として十分な肉体を有している。
        お前を労働力として必要としている者はこの国にだって、お前が金を借りた国にだって多くいる。
        国籍を取得せずとも労働に勤しむこともできるし、場合によってはそこからさらに商才を磨くこともできる。
        様々な道が用意されているにも関わらず、なぜその一つも選ばずに、またこうして借金取りに追われる生活を選ぶ。
        どうにでもできたはずだ。 -- クギナ 2018-04-08 (日) 00:14:39
      • 男が答える。

        「それは……理想だよ。俺だってそうしたかったさ!!
         でも、現実にそうすることは出来なかった、ただそれだけの話なんだよ!
         それを今になって出来ていないことを後出しで責めることに、どれだけの意味があるっていうんだ!!
         なんだって出来るなんていうのは、出来る側の勝手な思い込みだし、そんなに多く道があるわけないだろ!
         想定するだけの側が思っているより多く当事者には問題が立ちふさがってくるし、言うだけ簡単なことでもやる方にとっちゃ大問題な事の方が多いんだよ!!
         そんなに簡単にこうできた、ああできたなんて上からの目線で言うんじゃねえよ!!
         どいつもこいつも俺のことを見下しやがって……!!」

        男は立場も忘れて激昂して叫ぶ。どうも怒りの琴線に触れたようだ。 -- クギナ 2018-04-08 (日) 00:18:09

      • 「いつだってそうだ!! 当事者の苦労も事情も何も知らないで平気でお前らはそういうことを言う!!
         勝手な推測と浅い理解で想像で物を言う……その想像を真に受けて踊らされたことに対して責任も負いやしない!!
         俺たちは『出来ない』んだ!! お前たちが軽々こなすようなことも、お前たちが簡単そうに言うことも!
         お前みたいに強い体も強い爪も牙だってない、ただの普通の人間なのに、どうして持ってる者がそう簡単に何かを押し付けるんだよ!!
         お前ら出来る存在が、出来ない存在である俺たちの気持ちなんか分かるわけもないのに、お前たちが偶然成功した成功譚でなぜ俺たちを打擲する!!
         俺だってやりたかったさ!! そしてお前が思ってるような方法が思いつかなかったわけがないだろう!!
         でも実際は、心が、体が、頭が動かなかったんだ!! どう頑張っても、何を工夫してみても!!
         それを、その葛藤や努力を全て見てもいないお前が、簡単に否定すんじゃねえよ!!」 -- クギナ 2018-04-08 (日) 00:24:47

      • 男が矢継ぎ早に捲し立てる。
        俺の質問や助言は、ただ男の傷を抉っただけになったらしい。
        俺は言葉を返さず、男の目を見つめると、それにすら怯えたような光を宿し、男は自分の放った言葉の威に気づいたようでその場にへたり込んだ。
        顔を覆い、泣いているような声で、言葉を続ける。

        「そうだよ……俺だって理解してんだよ、こんな生き方がずっとは続かねえって。
         でもな、出来ないもんは出来ないんだ。他人にどう言われようが、出来ないんだよ。
         他人が思うほどこの両手には何もなくて、他人が思うほど自由に体は動かない。
         そんな俺に「当たり前」を求めるなよ。俺には、無理なんだよ。
         はは、情けないこと言ってるのもわかってるが、どうしようもないんだよ、こういうのは……。
         ……お前はいいよな。
         そうやって、誰かを追い詰めて金を取り立てるような仕事に向いた身体もある。
         人間にはない体躯と爪牙、服も碌に着ずにこんな辺鄙なところまで俺を追い詰める事が出来る力がある。
         俺には、お前が羨ましいよ……。
         俺にも、お前みたいな体がありゃ……もっと簡単に世の中を生きられたと思うのによ」 -- クギナ 2018-04-08 (日) 00:36:14

      • 確かに、便利だと思うことは多い。
        この体躯であることにこそ感謝はないが、簡単に生きられるというのも間違いではなかろう。
        毛も爪も牙もそれなりに使いようだけはある。

        俺は頷くと、男に向かって言葉を投げた。 -- クギナ 2018-04-08 (日) 00:43:37

      • 一つ。
        自分が何も持たないという前提で話をしているが、俺にはお前が何も持たないとは思えない。
        率直に言うが、今回俺はお前の殺害命令まで貰っている。
        自分の金を持ち逃げした人間がのうのうと生きながらえているのが、金貸しは気に食わないらしい。
        だから、返済能力がないとわかった時点で、俺はお前を殺しても良かったんだが、それをしていない。
        それどころか、今だってこうやって話を続けようとしているのは、なんとなく俺の気が進まないからだ。
        つまりは、お前は自分の言葉で自分の命を繋いだことになる。それは、俺から見れば凄いことだと思うんだがな。
        加えて言うが、借金返済のための金が集まらなかったことはさておいて、異国の地で四か月。
        もっと言えば借り逃げをしてから一年と三か月だったか、それだけの期間生き延びることが出来ているのは、驚異的な能力だと思うが。
        どうやって毎日の暮らしを成立させているかは知らないが、国に居ついて定職に就くよりもよほど才能と根気がいることのように思うぞ。
        自分で気づいていないだろうが。 -- クギナ 2018-04-08 (日) 00:51:24

      • 殺害、とはっきり言われて男の目の色が変わった。
        やはりそこまでを想定していたわけではないらしい。
        今回も口八丁手八丁でどこかどうにかなると思っていたようにも見える。

        二つ。
        他人はお前にそこまでの興味がない。
        どいつもこいつも見下している、飢えから目線、簡単に否定する。
        全部間違いだ。
        俺はお前を見下していない。誰もお前を見下していない。
        理由は簡単だ、そんなことをすることに意味はないからだ。
        俺はお前のことを何も知らない。見下す意味がない。
        なのに、見下されているように思うのは、お前が勝手に自分を下に下げているからだ。
        「他人は自分を見下しているはずだ」という前提で周囲を見ているから、そう見えているだけだ。
        大抵の人間はお前の内面にも人生にも一切の興味がない。
        すれ違ったときの身なりや、動作で一瞬だけ下に下げることはあっても、それは「身なりの見すぼらしい誰か」を見下しただけでお前の内面や人生とは何の関係もない。
        それに、仮にそれで見下した人間がいたとしても、それは推測と決めつけによるものだ。「見すぼらしい恰好をしているからきっと見すぼらしい人間だ」という決めつけでな。
        そんな表面をなぞるような触れ方すら「見下されている」と思うのは、単にお前がそうあるべきだと決めつけているだけに思う。 -- クギナ 2018-04-08 (日) 00:57:25
      • 現に、俺はお前のことが本当にどうでもいい。
        生きていようが、今ここで死のうが、何の気持ちも動かないと思う。
        大抵の人間はそうだよ、お前に対して何の興味もないし、何の感情もない。
        例えばお前がここで死体になれば、その様を見て同情したり悲しむ素振りをする人間はいるだろうな。
        だがそれも、己のためか、己の周囲のためでしかない。お前のためではけしてない。
        俺には、お前がそうやって見下されていると叫ぶそれも、ただの考えすぎにしか見えない。
        なにせ、俺はあまり人間を見分けるのが得意ではないのだが、お前のことが他の人間と区別がつかない。
        ここで分かれれば、次どこで会おうともお前だと判別が出来ないほどにな。
        人間は同族であるから、多少見分けはつくだろうが、お前は全然「普通の人」の範疇内だと思う。 -- クギナ 2018-04-08 (日) 01:02:14

      • 男は俺の物言いに、口を開いたまま動かない。
        どう思っていいのか、どう受け止めていいのかわからない様子なので、遠慮なく続ける。

        三つ。
        親指の付き方が違う体は、それなりに人の中に混じるには不便だぞ。
        ドアを開けることが一番苦手だ。

        心底困っていることを告げると、男はたまらず息を吐いた。
        何を思ったのか伺っていると、どうにもそれは肩を震わせて笑っているらしい。 -- クギナ 2018-04-08 (日) 01:09:01

      • 「何が言いたいのか、ぜんっぜんわかんねえよ……旦那。
         慰めたいのか、落ち込ませたいのか、諫めたいのか……」

        別にどれでもない。ただ客観的に相手の状況がこうだということを教えただけだ。
        男の視界では見えていないであろう部分を不完全ではあるが示しただけだ。
        そもそもが、他人から顰蹙を買うような男でもないのに、なぜそうやって他人を原因にしたがるのか理解に苦しんだので言葉をはさんだだけだ。

        「言いたいこと並べたって感じのこと言いやがって……。
         ほんとう、わけわかんねえ……」

        男が独り言ちて肩を落とした。 -- クギナ 2018-04-08 (日) 01:12:48

      • 「なあ、旦那……俺はどうしたらいいと思う」

        男は疲れ果てたように言った。
        俺は口を開く。

        余裕のないときは問題をシンプルにすればいい。
        簡単に言えばお前は金さえ返せば自由だ。じゃあそのために何をすればいい。ただそれだけだ。
        金を返すという目的の途中で、見下されているように思ったり、或いは本当に見下してくるやつもいるかもしれない。
        ただ、そいつらの思い通りに見下されていることが嫌で本懐を投げ出していては元も子もない。
        お前の恥を刺激してきた人間が、その結果訪れなかった結末に責任を持ってくれたことが一度でもあったか?
        訳知り顔で口を挟むやつほどその口に牙はない、というのが俺の郷の言葉でね。
        単純にそう思うことでシンプルにやってみたらどうだ。

        「……簡単に言うなよ、そんなことをよぉ」

        男はぼやくように言ったが、その口の端には少しだけ笑顔がにじんでいた。 -- クギナ 2018-04-08 (日) 01:24:47
      • そもそもが、気持ちがわからないと言われた「お前」がした助言だ。
        簡単に言うに決まっているだろう。そう思ったが口にはしなかった。
        男は立ち上がると、尻の砂を叩いた。

        「見逃して、くれるってことで、いいのか……?
         いや、もちろん、金は、必ず返す。あの男にじゃなく、取り立てに来たあんたに。
         どれくらい掛かるかは分からないけれど、必ず返すから……」

        期待はしていない。それに、見逃すわけじゃない。
        いつ追いかけても追いつけるというだけだ。
        俺がそう零すと、複雑な顔で男は頷いた。
        男は、最後に一度握手をすると何か決意を秘めた顔で町の中へと去っていった。

        危険度――記載外。業務外につき。 -- クギナ 2018-04-08 (日) 01:33:53

      • 【追記】
        1.男の借金は今でこそまだ返済可能な状態であるが、一年と半年を経過後に爆発的な利子を生じる契約となっているために、
          記載時に返済能力がない場合通常の返済方法では返済不可能であると思われる。

        1(補足).従って自分が受けた殺害指令を他の数名も受けており、実質この件は取り立てというよりは殺害を目的とした指名手配となっている。

        2.男の性格動向からして、例え今回の一件で改心したところで、改めた心はすぐに心変わりするだろうと踏んでいる。

        2(補足).他人によって感化された言葉は、他の言葉で感化し直されやすい。ましてや自分の中で意見を揉むタイプなら尚更である。

        3.その後数か月経っても男から連絡が入ることも、男がどうなったか噂で聞くこともなかった。 -- クギナ 2018-04-08 (日) 01:42:33

      • 【追記2】

        男は、全ての借金を返済したらしい。

        ただ、それだけの話を、本人から聞いた。
        ただ、それだけの話だ。 -- クギナ 2018-04-08 (日) 01:46:03
  • ■■■■■■話 -- 2018-04-16 (月) 00:52:04
    • 王国歴■■■年■月 ■■

      小隊長■■■=■■■■■率いる第■小隊が洞窟で崩落に遭遇する。
      小戦闘を繰り返していたこともあり地盤への衝撃が蓄積し、連続した崩落を招き、隊は散り散りに分断される。
      数名が土砂に巻き込まれ、救出するも呼吸や意識のある者はほぼおらず。
      息のある者も数名いたが、前後の道を崩落に分断されて徐々に衰弱していく様が見て取れた。 -- 2018-04-16 (月) 01:00:08
      • ■日が過ぎると携帯食料や水も底をつき、極限の状態となった。
        錯乱した隊員同士が切り合いを行い相打ちになったのが■日前、いよいよ分断されたその洞窟の密室には三人の隊員のみが残る形となった。
        ■■■=■■■■■、■■■■■=■■■■■=■■■■■■■、■■■■■=■■■■■■■の三名である。 -- 2018-04-16 (月) 01:04:00
      • 体力的には女性である■■■■■が最もその時点では憔悴をしていただろう。
        一般的に女性の生命力は高いと言われているが、女性の筋力での行軍は彼女の生命力を削り取るには十分だった。
        ましてやこの極限状況に於いて、他の二人の隊員からしても彼女が最も憔悴していることは明らかであった。
        さらには■■■は■■であった。が故に食料の分配に於いては多少の不平等が存在していた。
        弱い者を助け、強い者が耐えることで各々の集団生存率を上げるのが得策と三人ともが判断したからだ。 -- 2018-04-16 (月) 01:10:54
      • だが、その食料も尽きた。
        三者ともが、互いの顔が見えない位置まで距離を置き、体力の消耗を抑えるために膝を抱えて座り込んでいた。
        崩落土を掘り進む気力があったのは最初の■日のみで、あとはこうしてひたすらに救助を待つ日々となっていた。
        先の見えない日々は、人の精神を膿み疲れさせる。
        この時点で三者が三者とも正常な精神状態にはなかったことは、想像に難くない。 -- 2018-04-16 (月) 01:15:12
      • まず、■■■■■が■■■と距離を置きたがった。
        同じ空間に居ることが耐えがたいという主張を始めた。
        これに関しては■■■■■も■■■■■に対して注意を加えている。
        だが、最終的に■■■■■は■■■■■と共に■■■との距離を置く選択を是とした。
        折衷を採ると■■■には説明していたが、本心としては■■■■■も■■■との距離を必要としていたらしい。 -- 2018-04-16 (月) 01:18:16
      • 距離を置いてからの■■■■■の■■■への怯え方は異常であった。
        距離を置いたことそのものを引き金にするかの如く、視界にすら入れることを拒み、罵り、遠ざけた。
        当の■■■はそれを洞窟という狭窄空間でのせん妄に近いものだと理解をしていたため、大きく反応は返さなかった。
        だが、その■■■■■の妄言を日に日に否定しなくなっていく■■■■■に関しては違和感を覚えていた。

        そんな歪な関係を続けていた三人だが、その歪がある日形となって襲ってくることになる。 -- 2018-04-16 (月) 01:22:37

      • 距離を置き、数日が過ぎた夜半。
        滴る何かの感覚で■■■が目を覚ますと、自らの■に体を貫かれている■■■■■の姿があった。
        まず、■■■にはすぐに状況が理解できなかった。
        疑問の声すら上げる間もなく、急所を貫かれている■■■■■の身体が大きく痙攣し、血を吐く。
        その血を浴びながら、腹部に甘い痛みを覚え、■■■が視線を落とすと、胸の皮が一枚だけ切れていた。
        視線を、自分の■が貫いた■■■■■に戻すと、そこには光る■■■が握られており、そこでようやく事態を飲み込むことが出来た。

        成程。
        この状況は、■■■■■が自分を■そうとして、それに体が■■してしまったがゆえに、起こってしまったのだと。

        それが故意だろうが、過失だろうが、貫いた個所は急所であり、止血するまでもなく■■■■■はその姿勢のまま■■した。
        直接の死因はやはりこの刺突であったものと思われる。 -- 2018-04-16 (月) 01:27:54

      • ■■■にとって、驚くべき光景はまだ続く。
        何かの音に振り返ると、そこには■■■を振りかぶる■■■■■の姿があった。
        ■■■■■の現状を説明しようとする間もなく、それが紛れもない■意によって振られた物だと理解した瞬間。
        再び体が無意識に動いた。
        それは生物に生まれた時から存在している防衛のための機構であったのかもしれない。
        勢いよく振られた■によって■■■■■の身体は空中で真っ二つに■け、壁に打ち付けられた。
        ■■■■■は半身になりながらもしばらくは生きており、だが口腔の中から何かを言うには肺に空気が足りず、そのまま■■した。 -- 2018-04-16 (月) 01:31:59

      • ■■■は状況が飲み込めず、だが状況がこうなってしまったことだけは素早く飲み込んだ。
        彼は生存のため■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。
        ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。
        ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。
        ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。
        ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。
        ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。

        ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。
        ■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。
        以上が、第■小隊の崩落による事故の一部始終である。 -- 2018-04-16 (月) 01:34:17
      • 【追記】

        その後、■■■は、この件に関して拘留中に2点のみ質問状をしたためている。

        一つ。
        何故、■■■■■が■■■を■■たのが自分だったのか。
        一つ、何故、■■■■■が■■だ後に、■■■■■が自分に■■■を■■る必要があったのか。

        これは回答破棄とされている。 -- 2018-04-16 (月) 01:37:01
      • 【追記2】
        クギナ=ガリューカ、復隊(編隊規制)につき、本件閲覧規制とする。 -- 2018-04-16 (月) 01:39:00

Last-modified: 2018-04-16 Mon 01:39:00 JST (2202d)