名簿/490463

  • 黄金暦223年 3月 バルバランド協定連盟南部 焼け落ちた村
    • 古人は云った。人生、日々勉強だと。
      深い意味は知らないし、あまり知る必要もないと俺は思っている。格言とか名言ってのはみんなそんなもんだ。
      ようはその言葉からフィーリングで意味を汲み取り、上手いことそいつに自分好みの味付けをして、人生の糧にしていけばいいってことだ。
      俺はそう信じている。
      • 要するに毎日、それこそ走馬灯宜しくチラついては消えていく森羅万象に目を凝らして、そこから1つでも多くの何かを学べっていうこと。
        つまりはモノを大事にしろってことで、この世界にあるありとあらゆるモノから何かを学べっていうありがたーい言葉なんだろう。
        この言葉を俺はさりげなくリスペクトしているので、毎日1つでもいいので何か雑学や薀蓄を覚えて行きたいとさり気なく自分にノルマを課している。
        まぁ、休日とかは忘れることもあるけどね。うん。
        でも、今日は大丈夫だ。今日は1個ちゃんと新しい事実を知った。
        とりあえず、今日知ったことは、あまりの高温で熱せられると、それらは不快な悪臭を発することがないということだ。
      • ものの見事に一瞬で炭化したそれらは最早その辺の家だの木だのの残骸とロクに区別もつかない。
        諸行無常というかなんというか、全てこうなる前は別々の意味を持ち、別々の日々を過ごしていたろうに、今は仲良く黒一色。
        十人十色が美しいと感じる俺としてはどこか物悲しい。
        ……ん? いやでも待てよ。これはこれででも今まで全く違っていたものが同じ何かに還って行くと解釈すればそれはそれで素敵なんじゃないか?
        うん、きっと素敵だ。
      • 古人は云った。思い立ったが吉日と。
        それこそ深い意味を知る意味なんて微塵もないほどに前向きなこの言葉を俺はさりげなくリスペクトしている。
        生憎とペンはどこかに落としてしまったようなので、とりあえず代用品になりそうなものをその辺から拾い上げて、これまたその辺に腰掛けて、鼻歌交じりに詩を書き始める。
        よーし、ノッてきた。ノってきた。
      • 暫くそうして詩を書いていた。どれくらい詩を書いていたのかは覚えていない。詩を書いている時はいつもこんなもんだ。
        没頭していたのであまり良く覚えていないけれど、とりあえず、すこし喉が渇いたなとか思い始めたころだったのは辛うじて覚えている。
        急に影が落ちてきて、手元がよく見えなくなったんだよ。
        前に人がたったからそうなっただけだったんだけど、その時は詩を書く事に夢中だったから直ぐには気付けなかったんだ。
    • 完全に焼け落ち、死を死と認識することも難しい滅びの園の中に、その男はいた。
      長つば帽子の端から覗く真っ赤な髪を炎のように揺らして、鼻歌交じりに手元で何かメモをとっている。
      暫くしてすこし驚いたようにその男は顔を上げた。
      • そこにあったのは、髪と同じように真っ赤な瞳を持った中年の男の顔。
        妙に愛嬌のある笑みを浮かべるその顔は、場末の酒場あたりでならぴったりなのだろうが、今この状況においては異常以外の何者でもない。
        『炭化した死体』に腰掛け、さらに『炭化した死体の指』でメモをとるその男は、なんでもないように俺に話しかけてきた。
      • 「どうもこんにちは。自警団か何かの戦士様かな?」 -- 赤髪の男
      • 「まぁ、そんなところだ。お前は何者だ。スリュヘイムのネクロマンサーか何かか? だとしたら反吐が出るほど良い趣味をしているな」 -- 全身甲冑の男
      • 「すりゅへいむ? よくわからないけど、ネクロマンサーではないよ。ただの流れの吟遊詩人さ。暫くこの村に逗留させて貰ってたんだけど、なんかでっかいドラゴンにやられちゃってさ。いい人達だったんだけど、見ての通りの有様でねぇ……彼らの不幸な死を忘れないために今詩にしているところだよ」 -- 赤髪の男
      • どちらにしろ度し難いほど良い趣味だと思ったが……それよりも看過できない言葉を、この男は今クチにした。
      • 「……お前、『ここ』が『こうなる前』からここにいたのか?」 -- 全身甲冑の男
      • 「? ああ、そうだよ。さっきも言ったじゃないか。なんかでっかいドラゴンにやられちゃったってさ」 -- 赤髪の男
      • さらりと、この辺りに住んでいる人間なら到底信じられないようなことを男は語る。
        仮に嘘だとすれば、この辺りでは子供でもつかないような幼稚な嘘をついているということになるのだが……生憎、嘘をついているようには見えない。第一、嘘を吐く理由がない。装いからして余所者であるこの男なら尚のことだ。
        となると、この男本当に……竜害にあって生き残ったのか? しかも無傷で?
        いや、無傷ではないか……死体の指をペンと見間違える程度にはイカれているわけだからな。
      • 確か、アルギダは「生存者がいたら連れてこい」といっていたな……
        まさかコレを予期していたのだろうか。
        だとしたら、何のために……?
      • 「まぁ、考えるだけ無駄か……」 -- 全身甲冑の男
      • 「ん? 何かいった?」 -- 赤髪の男
      • 「ただの独り言だ。それより吟遊詩人。どうせ行くアテもないのだろう。竜害にあって生き残ったというのなら、当時の状況を聞かせてもらいたい。同行願えるか?」 -- 全身甲冑の男
      • 「そりゃ勿論。ご察しの通り行くアテがなくて困ってたところだ。屋根があるところまで連れてってくれるなら喜んでついていくよ」 -- 赤髪の男
      • 「なら、決まりだな。ついてこい」 -- 全身甲冑の男
      • 「了解ー。と、その前に自己紹介しとこうじゃないか。俺の名前はリーア・ペィルムーン。君は?」 -- リーア
      • 聞かれて一瞬、名乗るべきか否か悩んだが、別に知られて不都合があるわけでもない。
        振り向きこそしなかったが、素直に名乗ることにした。
      • 「ガンドラの戦士。グレンだ」 -- グレン
  • 黄金暦223年 3月 バルバランド協定連盟南部の里 ガンドラ
    • バルバランド南部に広がる針葉樹林。そこには未だ多くの用途不明の古代遺跡が点在しており、深緑の中において異様な存在感を放ち続けている。
      森からぽつんぽつんと頭を突き出した遺跡群は朽ちるが侭にその外郭をさらし続けており、まるで蜃気楼のように粉雪と霧の彼方に浮かんでいる。
      • かつては、それらの遺跡がそこにある理由や意味を調べる者達も少なからずいたらしいが、今となっては酒の肴にすらならない世迷言だ。
        故に、現在これらの遺跡は建造物以上の価値をもっていない。
      • しかし、バルバラの民にとってはそれで必要十分である。
        少なくとも数百年、下手をすれば数千年の時を経ても、それがそこに存在しているということだけが重要であり、その他はどうでもいいのである。
        要するに丈夫な建物がただそこにあるという事実だけが大事なのだ。
        それはこの南の辺境……ガンドラにおいても例外ではない。
      • 文明を拒み続ける深緑の地獄の中、突然現れる巨大な遺跡の残骸。
        大木に外壁を喰らわれ、根と蔦に回廊を侵されて尚それはそこにある。
        むしろ自然の驚異を身に宿し、相くらい合う事でさらに強固な要塞となっているともいえる。
      • この似非天然要塞こそが我々が里と呼んでいるものであり、協定連盟加入都市の1つ、『ガンドラ』である。
      • この里は優に中規模の都市ひとつを丸々飲み込むほどの大外郭を備えているが、その中身の大半は原生林だ。
        現地の民以外なら外郭内に入ったが最後、「都市の中で」遭難して獣の餌になるのがオチである。
        そんな人外魔境宛らのガンドラに、今は珍しく多くの客が訪れている。
      • ガンドラの中心部に聳え立つ巨大な塔。
        未知の合金と石材によって作り上げられたそれは自然に侵されることもなく、かといって拒むでもなく融和してそこにある。
        今はただ「塔」とだけ呼ばれているそれの大広間では、珍客たちが雁首揃えて渋面をつき合わせている。
      • 「なるほどなるほど。つまり、こうか?」 -- 尊大な少女
      • ころころと鈴が鳴るような声で、少女……いや、少女の形をした何かはわざとらしく手を振りながら口を開く。
        真っ赤な別珍のあしらわれた巨大な椅子に腰掛けたまま、口端を歪め、目尻を吊り上げ嘲笑する。
      • 「地震被災を理由に戦をして、戦争特需で数年分の経済的不始末を有耶無耶にしたい。その為には兵隊が足りないから加担しろ。色よい返事が聞けなければ次はこの里を潰す……要はそういうことだろう? 昨今のバルバラの誇りとやらは随分と貴族思想にほだされているようだな……ああ、もっとも、南部統治の貴殿等は元を辿れば王国の系譜か。無理からぬことであったな。失敬失敬」 -- 尊大な少女
      • 無遠慮に人様の台所事情を嘲り、容姿に似合わぬ下卑た冷笑を漏らす。
        少女の容姿に似合わぬその老獪を受けて、憤る者は居れど、訝しがる者は1人も居ない。
        何故なら、少女の耳は尖っている。それだけで、誰もこの少女を少女としては扱わなくなる。
        当然だ。
        幾百年を生きるバケモノ……エルフを額面通りの少女として扱う者など、このバルバラの地には1人として存在しない。
        少女の外見を持つ異形の名はアルギダ。
        『瘧』の名で知られる古いバルバランドエルフ……このガンドラの里を統べる長である。
      • 「アルギダ殿……その言こそが、正に我等の誇りを傷つけていることにお気付きでないか?」 -- 隻眼の戦士
      • 言外に、その言葉こそが宣戦布告になりかねないと警告しつつ、隻眼の戦士……ガンドラに訪れた珍客達の代表「ロマド」は低い声でそう唸る。
        前門の虎たる少女からは嘲笑を受け、後門の狼たる南方諸部族の長達からは憤怒と期待の混じった視線を一身に受けつつも、その巌の如き巨漢が動じる様子はない。
      • 「我々南方諸部族の不手際が発端であることは認めよう。その責を受け入れろというならその謗りもまた受けよう。だが、退くつもりは一切ない。退けば死ぬのは我等の民だ……誇りの在処も示せず、ただ飢餓と寒気に侵されて、死を待つのみの我等が民だ」 -- ロマド
      • 「はははは! ここで誇りを引き合いに出すか!! それこそ笑止。誇りの在処を示すと嘯くならば、大人しくそのまま死ねばいい。バルバラの地にて生きられずに何がバルバラの民か。バルバラの誇りを示すというのなら、それこそ素直に滅びを受け入れるべきであろう? 他国に醜態を晒して尚生に縋り付くその様の何処に誇りがある?」 -- アルギダ
      • アルギダの心無い哄笑が響き、流石に諸部族の長達も色めき立つが……ロマドはそれも片手で制し、何度目かの深い溜息を漏らす。
        そして、深い皺の刻まれた額に指を這わせながら、目を伏せる。

Last-modified: 2012-12-30 Sun 23:16:08 JST (4134d)