鉄拳制裁の時間だ
- ―丑三つ時― --
- (とある廃墟の一室。咽返る様な雄と雌の混じり合う匂いと、クスリの臭いが部屋中に充満する。)
(部屋の中で行われている行為自体はこの街では別段珍しいものでもない、男と女が集団で交わる、ただそれだけの宴。) (違うのは、その中には年端もいかない少女や、クスリのせいで心身共に壊れ、生気のない瞳をした女性もその中に混じっているという事。) 「おい、これで本当にあいつが来るのか・・・?」心配そうに、一人の青年がボス格らしき男に問いかける。 「心配するな、この街のヒーロー様が、こんなパーティーほっとくわけがねえよ」 (対して、余裕すら見せ嗤う壮年の男。その眼光の鋭さは表社会の人間でないことを如実に物語っている。) --
- (何かが飛んできて薄灯りが落ちる。どんな距離からどのように放ったのか壁を穿って転がる石。闇に乗じて窓から飛び込んでくる人影)
(それは縛り上げられた見張りだった。ロープで振り子の様に飛び込んできたそれに部屋の誰もが反応した時、逆方向から跳んで来たフードの男の蹴りが青年の延髄にめり込み嫌な音を立てた) (着地で止まらず伸び上がるように繰り出された拳が骨を砕く。向けられた銃にテーブルを軽く蹴り上げて盾にしながら、テーブルを貫通する拳を相手に打ち込んだ) (フードの男は止まらない) -- アール --
- 「きやがったな…」(壮年の男がフードの青年へ笑いかける、暗がりで見えなかったその顔は、よく見れば醜く焼け爛れてしまっている)
「覚えてるか?先月お前が潰したマフィアを、俺はあそこのボスをやっていてな…お前のせいで、上の連中にこんな男前にされちまったよ」 (よく見れば彼だけではない、この場にいる男達の殆どが彼に潰されたマフィアの、ギャングの、チームの構成員や元ヘッド達) (これだけの人数が集まってこんな目立つ事をする理由は…一つしかないだろう) 「苦労したんだぜ、これだけの女を集めるのは…どうだ、お前も混ざるか?好きなんだってなこういうの?」(下卑た笑いをアールへ向ける、その奥にある憎悪の炎を隠そうともせず) --
- ・・・ (表情は判然としないが呆れた、小馬鹿にしたため息) ゲス相応の顔になってよかったな。名刺要らずだ
(既に失神した者の襟首を離すと揃い踏みな連中を見回して頷く) お友達クラブがいないと怖くて女も抱けない男のセラピー会場だとは知らなかったんだ すまない、邪魔したよ (平坦な声でつらつらと長い台詞を吐くとおどけたように肩をすくめて手を振って・・・あっさりと逃げた。闇の廊下を走って) -- アール --
- (アールが逃げ去ろうと暗闇を駆けると、不意に壁が目の前にあわられる。)
あ、いたいた!君がアールだね…いやー来なかったらどうしようと思ったよ! あの叔父さんの言うとおりだったなー、あ、僕はベイル。ジュロウの友達だよ、よろしくね? (2m30を越える巨漢が、アールへとにこやかに挨拶をかける、壁に見えたそれは、この巨漢が道を塞いでいたのだ。) さーて、それじゃあ早速で悪いけど…いっくよー!(蛮族の異名で呼ばれる暴乱の巨人は、挨拶をした次の瞬間にはアールへ向けその拳を一直線に振り抜いた!) -- ベイル
- っ・・・ (この巨漢、知っている。悪というよりは気狂いの類。ジュロウ?誰だっけそれ。やつぎはやに思考が紡がれる)
(逃走と見せて追ってきたところを一人づつ摘み取るか、別道で元に戻りボスを襲うかの算段だったのだが邪魔が入ったと小さく舌打ち) ッ (馬鹿正直な拳に面食らったが機械化の進んだ目は正確のそれを捉えて、ウィービングでかわしながらカウンターを・・・無理だ、リーチの分えらく懐が広かった) (まるで煙の様に身体をなびかせて動く。軽く2、3発ジャブを刺して間合いを取って) ・・・やかましい奴だな (ヴィータのがむしゃらな素人の動きとも、つばきやジュロウのどっしり構えた豪壮な動きとも違う。せわしない足元が滑るように身体を移動させる洗練された動きだった) -- アール --
- 「お前のためのスペシャルゲストだ、せいぜい化物同士仲良く遊んでな!」
(不意に、遠くから先程の男の声が聞こえた、ついで聞こえるエンジンの音、どうやら車で逃げた様だ。) ?君、体格の割に随分力持ち何だね…何かちょっとひりひりするよ。(蚊にでも刺されたかの様に、殴られた部分をポリポリとかいている。まともな拳撃ではダメージすら通らない様だ。) おお、蝶の様に舞い…ってやつ?凄いな、僕はそんなのできないや!(言いながら、今度はアールへ薙ぎ払う様な裏拳を放つ!) (長い腕に加え廃墟の廊下という極めて狭いこの空間では、避ける場所等無いに等しい) (風を裂きながら、再び巨人の腕がアールへと迫る!) -- ベイル
- チッ (目の前のベイルではなく逃げられたヤクザ崩れ達に舌打ち。なんとも情けない・・・組織から簡単に切り捨てられるわけだと胸の内で蔑んだ)
人の事は言えないが タフだな (裏拳に合わせて前に出た。打撃が最も威力を発揮する先端さえ受けなければ、そう判断して打点をずらしに飛び込んだのだが) (伸びた腕を肩で受けた時、ベイルがただの巨漢では済まない事を知った。カウンターを叩き込む余裕がなくなり体制を維持するので精一杯) (ざあああっと足元が音を立てて、しかしアールは倒れなかった。そしてベイルに不思議なインパクトの感触を残した。このフードの男、重い) (踏みとどまった足先に爆発的な力を込めて、今度はアールの拳がベイルに襲い来る。最短距離最速のストレートがボディに) -- アール --
- (想像以上の威力のストレートに踏鞴を踏む、その顔に浮かぶのは苦痛ではなく疑問の表情)
君…一体何者だい?まるで鉄でできているみたいだよ…こんなロボットみたいな人殴るのは初めてだ…(そう言う巨人の顔には亀裂の様な笑み、それは巨人が本気を出す合図) でも、良いね!楽しくなりそうだよ!(まるで檻から放たれた獣の様に突進する巨人、技術等一切持ち合せない巨人が) (このスラムで恐れられる理由は単純にして明快、この人ならざる巨体と、その体からは想像もできない異常な身体能力故) ッガァァアア!!!(三度巨人の拳がアールを襲う、今度は遊びではない本気の一撃。鋼鉄すら粘土の様に拉げる一撃を、巨人はこれ以上ない位の大振りで、そして目にもとまらぬ速さで打ち放った!) -- ベイル
- 俺も貴様のようなウドを殴るのは初めてだ (倒れないのかよ、内心で舌打ちした)
(タフ以前に痛覚があるのかこの野郎は、そんな疑問を浮かべていたら醜悪なベイルの表情に顔を歪める) (恐らくアールを名乗り始めてから初めて、男はガードを上げた。ノーガードと華麗なテクニックのトレードマークといってもよかったスタイルを捨てて) (足を止めて、こちらも全力で打ち返した。60cm近く違う身長差と今まで接触が一瞬で見誤っていたのかもしれない。アールはベイルより体重が重かったのだ) ッッ、ッ (リーチ差は前に出て埋める。巨大な肉と巨大な質量がぶつかり合う不愉快な音が廃墟の空気を轟かせる) (テレフォンパンチを捌きあるいは受け堪えながら、小さな拳の面積に200kg以上の体重を乗せてベイルの肉を打ちまくった) っpgッ、・・・ッ、ッ・・・! (貰った打撃で吹き飛びそうな頭を首の筋肉が繋ぎ止める、ハンマーのような手を倍振り回す) 、ッギ -- アール --
- ハハア!!君もかい!?君も僕と殴り合ってくれるのかい!?ああ、嬉しいなあ…本当に、本当に最近はいい事ばかりだよ!!
(鼻から、切れた瞼から、口から、傷口から、ありとあらゆる場所から血を流しながら、巨人が嗤う。遠くからは自衛団の足音、恐らく先程の連中が通報したのだろう、倒されたか…或いは目の前の巨人と共倒れになったアールを牢獄へ閉じ込める為に) ハハ、イイネ君、頑丈デ!壊死甲斐ガアルヨ!!(笑いながら巨人は拳を振るう、闘争を、破壊を楽しみながら暴力を振るう様はまさに蛮族の異名に違わぬ凶悪さを放つ) ッ…!?(が、拳の雨は突如として止む、アールの異常なまでに重く、そして鋭い拳は、痛みはともかく巨人の体に着実にダメージを蓄積させていた、加えて攻撃の動作を潰されたせいか巨人がよろけ、廃墟の壁にもたれかかる) (壁は罅が入り、少しでも衝撃を受ければ今にも崩れそうだ) -- ベイル
- (いつしかフードは下りて素顔を晒していた。鼻や口の端から血を流し、動く度打たれる度に血と汗の雫を飛ばす険しい形相の端正な顔)
(ベイルとは対照的にこちらは狂気など孕まない。真っ直ぐな強い視線で豪腕の嵐を、不気味な巨人の笑顔をカメラの様に正確に捉えて睨み返していた) ―――ッッ (スローモーションの様にベイルにはアールが振り被るのが見える。アールは吼えない。ただその鋼の歯を食いしばって激情は全て拳に乗せて、ベイルの様に) (ベイルの様に 全力のテレフォンパンチを動きが止まったところに振りぬいた。顔面にめり込む鉄拳。そして) (壁は400kg近い重さと勢いを支えきれず儚くも破片と二人を宙に投げ出すのだった) -- アール --
- (壁が崩れ二人して宙に身を投げ出す、少しして地面に背中から落ちる巨人。)
ゴハァ!!(そして図らずも丁度その上に着地する形になるアール。巨人の下、石畳には特大の亀裂が入り、衝撃の凄まじさを物語っている。) いったぁ〜…流石に今のは死ぬかと思ったよ…(腹を押さえて立ち上がる巨人、と、自警団の足音がすぐ近くまで迫っている、それだけではない、衛兵や騎士団の者達も同行しているようだ。このままでは二人して仲良く捕まる羽目になるだろう) -- ベイル
- (熱く血生臭い深呼吸を吐き出しながら今は怒りより呆れた目でベイルを見ていた) ・・・俺以上にタフな人間は初めて見た
祈りたくなるほど才能の無駄使いだな そんな脅威的な身体を天から授かって暴力にしか興味が無いのか? (廃墟の壁を見上げる。いつもならサルの様に登って追っ手をまくのだが、今の落下を見るに自分の体重を支えきれるかはなはだ疑問だ) ベイル・バンリュー (名を呼んでベイルが向いた瞬間忍ばせていた小型ライトを目に向ける。一瞬の目晦ましの後は躊躇いなく走って逃走した) -- アール --
- うーん、それだけってわけじゃ…うわ!(一瞬の後、目を開けると既に相手の姿は無く)
あー…いなくなっちゃった。また遊ぼうねー (聞こえるかは別として、不吉な別れの挨拶を告げると自身もその場から去る) (後に、廃墟で慰み物にされていた少女達は無事保護された事が、新聞の記事に乗っていた) -- ベイル
- (全体重と全力をかけて身体の各部をストレッチする。ほんのわずかな身体の歪みを治す暴れた後の日課だった)
(無呼吸で3分は拳を打ち続けられる強靭な血液と心肺は、大はりきりで全身を駆け巡りダメージの回復に努める) あれがベイル・バンリューか (今まで襲った中でも指折りの怪物といって差し支えない相手を思い出しながらクールダウン。あちこちがまだ痛むがそれは肉の痛みだ。骨には届いていない) -- アール --
- (やはりこの街の路地裏は腐り切っている。でもきっと、優しさだってまだある。新聞の記事を見て思う)
(自分は悪党を見張る者だ。優しい手は、きっと弱った人々に差し伸べられる。だから自分は刈り取る者であるのだ) (すでに悪党とはいえ命をこの手で無残に叩き潰した自分に、正義の味方や善の使者を名乗る資格も、それを許す世間も無いと思っていた) (だから弱者に手を差し伸べはしない。自分と同一に見られてしまってはいけない。別の道であり続けるべきなのだ。きっと、力無くも優しい人が救いをやってくれるはずだ) (アールは街を信じた。夜が開け今日もまたラムレットの日常に戻りながら) -- アール --
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