名簿/475286

  • (家屋の残骸から適当な木材と布切れを拝借し、骨にヒビが入ってしまった左の二の腕に当て添え木とする)
    (右手のみで多少苦労しながら固く布で縛り、添え木を固定する。そうこうしている内にいつの間にか辺りが明るくなり、日が差してくる)
    …雨が、止んだか(見上げ、目を細める。空は晴れたが、己の心にかかった雲はそう簡単には晴れない)
    (辺りを見回せば、騒ぎが収まったのを確かめに来たのか、村の人間の視線を数人分、物陰から感じる)
    (その視線から感じたのは畏れ、それと…敵意。少年の瞳に宿っていたものと同質の物だ)
    (長居は互いにとって良くないかもしれない。そう考え、手当を済ませれば物の怪の亡骸を背にその場を立ち去ろうとする)
    (屋敷に戻ったら、早々に静次にこのことを伝えねばなるまい、物の怪の事もだが、この村の、村人たちの事を)
    (今まで、内縁と外縁の壁を感じながらもそれなりに上手くやっていたと思っていた。だが、それは…恐らく甘かったのだ)
    (そんなことを考えながら大路を行けば、ず、と異質な気配がその先に立ち込める。ぞわりと毛羽立つような、それはまるで、高位の物の怪を前にしたような)
    -- 乱蔵 2013-04-06 (土) 23:26:38
    • (それはいつの間にか、目の前に立っていた)
      (明るい日差しの下ですら、まるで亡霊のような雰囲気を醸し出しながら、長い衣の下で足がずるりと一歩前に出る)
      (一見それは若者なのか老人なのか、はたまた男なのか女なのかも判別はつかなかった)
      (身体中のあらゆる露出を最小限まで減らし、唯一覗いているのは濁りつつも充血した右目のみ)
      (頭部も口元も身体全体も、厚い布で覆われながら、左目に当たる部分は奇妙な文字の描かれた符で隠されていた)
      (外気に触れている右目でじっと赤毛の男を見つめながら、陽炎にように近づいていたかと思えば、唐突にその足はぴたりと止まる)
      臭う
      (口元を覆った布が歪み、その隙間から低く、しかし貫くような鋭い声が漏れい出る)
      臭うな
      (布越しだからかくぐもってはいるが、それでも充分その声は辺りに響く)
      (しかしその言葉はあまりにも短すぎる その者が何を伝えたいのか、普通ならば理解できないやもしれない)
      -- 2013-04-06 (土) 23:56:59
      • (その異様。生者にして亡者の気を纏い、陽光にあって漆黒の闇の如く。どこか存在感の薄い、だかしかし決して目が離せぬ存在が現れる)
        (ゆらり、ゆらりと全身を包む布を揺らし、沼の底の泥を圧して固めたようなどろりとした右目が己を捕らえた時、先ほど覚えた怖気が更に増す)
        枯草…嬰迅…(呆然とその名を呟く。幼少の頃半ば無理やり潜り込んだ、向江国の重要な会合の際に幾度か影に隠れるようにしていたその姿だけは遠目に見たことはある)
        (しかし、今己を睨めつける'これ'は置物のようであったそんなものとは比べ物にならぬ、底知れぬ何かを感じさせる)
        何を言って…いや、それより何故お主がここにおるのじゃ(枯草、その一族はこの国において忌み名とされ表に現れざる一族。それが何故ここに)
        (己も、父もこの一族の事については知り得ることは少なくその実態は殆ど掴めていない。枯草焼けば灰も残らぬ、向江国で連綿とそう囁かれる、正体不明の一族なのだ)
        -- 乱蔵 2013-04-07 (日) 00:41:50
      • (ざわざわとざわめく影のように、まとわりつく陰気も揺らぐ 普通、陰気陽気は人の目には触れられない だがこの枯草の者に関しては別だった)
        (彼は陰気をまとう一族 その力を己の力として生きる一族 本来人は陰陽の量は常に一定で無ければならないが、彼らに関しては陰気の方が遥かに多い)
        (名を呼ばれるも、眉の一つも動かさず、そもそも先程口にした言葉も、果たして乱蔵に向かっていったのか定かではない)
        (睨めつけるような目で見られているのに、その視線も本当に見えているのかも怪しく定まっていなかった)
        (これでは本当に亡霊と言われても不思議ではない だがこの者は確実に生きている それだけは確かだった)
        (ずるりとまた足が動く 一見不自由にも感じる足捌きで、またゆっくりと動き出し、乱蔵の問いにも答えず、脇を通りすぎようとした)
        (晴天の昼下がりに突如不吉な雨雲が急激に近づいてくるような、不安と不快が漂ってくる)
        -- 嬰迅 2013-04-07 (日) 01:08:56
      • (発した言葉は返らず、己を見る感情の一切が読めぬ濁った瞳はその混迷の度合いを変えることもない)
        (それでも己の発した問いは嬰迅の感心を引かなかったのか、凍える視線は自然に外れ、まるで己など居なかったかのように嬰迅が脇を抜けようとする)
        …ぬう(確かに別に嬰迅には答える義務などない。元より枯草はある程度相互に連携を取り合っている四家とも違い、独立した家。秋津へ協力をする必要もないのだ)
        (だが、それでも…ある種の予感に突き動かされて紗幕を通したような負の気配を漂わせるその男の肩に意を決して手を伸ばす)
        …待ってもらおうか。嬰迅殿(彼ほどの男、枯草を束ねまとめるこの男が意味もなく日の下へ出てくるはずがない。しかも今のこの時期、この村にだ)
        (多少強引にでも話を聞かせてもらおう。そう考え、気を抜けば何もない宙を掴んでしまいそうな感覚に陥りながら赤毛男の手が枯草を押し留めようとする)
        -- 乱蔵 2013-04-07 (日) 21:46:53
      • (乱蔵がこの村の現状をかなり深く理解し、把握していれば、あるいはこの枯草の者の行動も瞬時に思いついたかもしれない)
        (この村が向江国の中の者とどれほどの差があるのか、日々をどう過ごしているのか、そしてあの腕を無くした少年、手がかりは少なからずあったのだ)
        (しかし悲しいかな彼の知識ではその手がかりだけでは情報不足であった 無知は時として重大な罪となる)
        (乱蔵は本当に、ただ他の人と同じく、ごく当たり前にその肩に手を置いた)
        (瞬間、この世の全ての悪臭と悪意に満ち固まるヘドロに触れたような、掌から凄まじい苦痛と憎悪を感じたことだろう)
        (今まで出会ったどんな物の怪よりも邪悪でおぞましい感触を、その肩に感じたことだろう)

        (突如、ぎょろりとその右目が乱蔵を見た 全身を羽交い絞めにし金縛りに合わせるような強烈な視線が彼を襲う)
        鼠はどこだ
        (すん と衣に覆われた鼻の辺りが動く その存在自体がもはや同じ人とは思えないのと同時に、あまりにも人間らしい動作が、返って混乱を呼び起こさせる)
        死骸はどこだ
        (今度の言葉は若干力がこもっていた 無駄な時間を一秒でも使いたくないと言わんばかりに、問いというよりも強制的な威圧感が含まれていた)
        -- 嬰迅 2013-04-07 (日) 22:18:10
      • (腕が伸び、掌がその厚い布に覆われた肩に触れた、その時。己の右手が即座に爛れ、膿み、腐れ落ちた)
        ぬうっ!(思わず手を離す。右手は……無事だ。しかし触れた手に覚えた尋常ならざる感覚は幻のようであって幻ではない)
        (その証拠に手を離した今も、掌には熱く焼けた鉄に触れたが如く、凍てついた氷を握ったが如く、不可思議な痛みと痺れが残っている)
        (そして)
        …!(続けざまに襲い来る衝撃、否、それにも等しい実感を伴う圧力が己を襲う。今度は体は直ぐに反応した)
        (則ち丹に気を込め、肉を締め、意を研ぎ澄ます。もはや戦いでの防御体制にも近い状態になりながら、痛感する。気を抜けば、やられる)
        …鼠?…ワシが倒した化け鼠なら、この道の向こうに死体があるが…(警戒をしながらも、始めて意味の分かる言葉を紡いだ嬰迅に答える)
        (そう言って、自分が来た道を指し示す。もしや嬰迅も化け鼠を退治しに来たのだろうか、いや、それにしては来るのが遅いし、何よりもなぜ死体を求める?)
        -- 乱蔵 2013-04-07 (日) 22:53:25
      • (乱蔵の言葉を聞くや否や、呪縛にも近い視線はすぐに外され、指さされた方角へと足を進める もう既に彼の意識の中に、乱蔵の存在は欠片も無かった)
        (彼が付いて来ようが来るまいが、嬰迅の歩みは止まることはない)
        (大路より村の更に奥深くへと歩くその姿は、生者を求めて彷徨い歩く怨霊のようであった)
        (その証拠に、時折見かける村人の視線は、恐怖と戸惑いに満ち満ちている)
        (それすらも構わずに嬰迅は鼠の死骸へと歩みを進める 迷うこと無く行けたのは、すぐに鼠の死骸の臭いを嗅ぎつけたからだ)

        (遺骸はそのまま残されていた それも当然だ つい先程倒されたばかりで、誰かが回収に来る時間すらも無い そして村人達がこの遺骸をどうにか出来るはずもない)
        (倒れたその遺骸から流れ出る血は、まだ乾くこともなくそのまま大地を染め上げている びちゃりびちゃりと足元が汚れるのも構わず、その遺骸を検分し始めた)
        (喉への一撃で一息 苦しんだだろうがそれも一瞬かと、内心毒づきながらその遺骸に手を触れる)
        (突然、その身体がまるで生き返ったかのようにブルブルと震えだした)
        (嬰迅の口元の布が揺らいでいる 何か唱えているのだろう その詠唱に合わせながら、鼠の遺骸がびくりびくりと跳ね上がり、ねじり上げ、歪んでいく)
        (口元から長い長い悲鳴のようなものが漏れ出てくる 生者が発する声ではなく、まるで魂が苦痛を上げているかのような呪音であった)
        (歪んだ身体が徐々に縮まっていく あれほどの巨体がまるで木乃伊のように縮み捻り折られ、ゆっくりと丸まっていった)
        (すっと、嬰迅の袖が持ち上がり、白地の手袋が覗いた その掌に、1つの小箱が乗せられている)
        (嬰迅の声が、これまでで一番大きく張り上がると同時に、縮まった木乃伊が、その箱のなかに吸い込まれるように消えていった)

        (一瞬の内に 辺りは静寂が満ち溢れる これまでの音全て、その箱が飲み込んでしまったかのように)
        (箱を確認しながら、嬰迅は元来た道へと引き返すように、くるりと踵を返せば、こわごわながらも見守っていた野次馬達が、ひっと一声あげて蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった)
        -- 嬰迅 2013-04-07 (日) 23:24:43
      • (訝しげな表情を見せながらも、道をゆらゆらと歩いて行く嬰迅の背を追う。どうやら少なくともここに現れた理由くらいは分かりそうだ)
        (少々の距離を取りつつ、道を進めば程なく物言わぬ亡骸となった化け鼠の巨躯が見える。そしてその体から流れ落ちた血のむせ返るような臭いが)
        (一体何をするつもりだ、と様子を伺っていれば、突如震え出す化け鼠。一瞬、大木刀へ手が伸びかけたが…)
        これは…枯草の術か(地の底からの呪いの如く、低く重い独特の韻律を持つ呪言が響き出す。耳に聞こえば背を凍らせ、肌に響くだけでも体温を下げるような)
        (見る間にも出来の悪い置物のように歪められた化け鼠の死体がどんどんと小さくなり、より奇妙なもはや生物であったとは思えぬ物体となり)
        (箱の中に消え、辺りが静まった時、思わず、ひとつ息を吐いた。なんと禍々しき儀式か。と)

        (男が術を終え、道を戻ってくる。儀式を見守っていた赤毛男の方向へ、ゆらゆらと)
        (しかしながらその歩みは道行きに居るはずの赤毛男の事を道端の小石ほどにも気を払ってない事がわかる)
        …ワシも舐められたもんじゃの(ぼりぼりと乱雑に赤毛頭を掻きながら、ぼやくように呟く。そして)
        嬰迅殿(またも己の脇を通り過ぎようとする時、ぶわり、と赤毛男の存在感が何倍にも増す。それは生者の気、生きとし生ける者の、太陽を向く者の在り方)
        一つだけ答えてもらおう。…お主、あの鼠が来ることを分かっておったのか?(練りに練った胆力を込め、射るような視線を合わせ問いかける)
        (このタイミング、退治するには遅く、しかし事態を把握、収拾しに来たには早すぎる。つまりは何かしらの思惑があったということ。鼠の死体を得ることだけが目的ではあるまい)
        -- 乱蔵 2013-04-08 (月) 00:13:17
      • (乱蔵がつけているのは最初から判っていたが、だからと言ってその存在など自分にとっては取るに足らないもの)
        (踵を返した先に、今度は自分の前方に立ち塞がる乱蔵に目もくれず、するりとその横を通り過ぎ、存在そのものを忘れようとした瞬間)
        (まるで夏の太陽の如く、その陽の気が陰の気で出来ている自分の肌を容赦なく刺激する)
        (名を呼ばれたからではなく、貫くような視線を感じたのでもなく、嬰迅は乱蔵の気に向かって顔を向けた)
        ……秋の者が今更何を

        (乱蔵の言葉から嬰迅は彼の内心を把握した そして蔑んだ)
        (こいつはここで今まで何があったのかを知らない それはつまり、それまで関心を向けなかったことだ)
        (そんな者が今更どの面下げてこちらを非難するというのか)
        (言葉は無くとも、その視線はそう訴えていた 世間を知らぬ子供が粋がってキレイ事をほざいている 今のお前はまさにそれだと)
        (視線を外した後、嬰迅の意識から乱蔵の存在は跡形もなく消え去った つまらぬ者に意識を向けるなど人生の無駄だ)
        (彼がこれよりどれほど己が恵まれ、多くの犠牲の上で生かされていたのかを知ることになろうとも、嬰迅にとってはこれ以上無いくらい瑣末なことであった)
        (風が吹き、衣が揺らぐ 唯一覗いている右目周りの皮膚に風の冷たさが襲う)
        (しかし心の底から凍りついた彼の身体の前に、その風の冷たさなど微塵も意味を成すことは出来なかった)
        -- 嬰迅 2013-04-10 (水) 22:44:26
  • (轟、と鳴り響く激しい衝突音と共に、粗末な土壁が障子紙のように吹き飛び、長年あばら屋を支えてきたであろう柱が割り箸の如くへし折れる)
    (その光景を横目に捉えつつ辛くも既の所で身をかわしたが、あれをまともに食らってはただでは済まないことはよく分かる)
    (上等なものではないとは言え、それなりの労力を費やして建てられたであろう一軒家が、相手と距離を保ち離れる間にめきめきと音を立てて崩れていった)
    (もはや瓦礫の絨毯となったそこから後ろ足で立ち上がるのは鼠。降りしきる雨に濡れた一匹の鼠)
    (だがしかしそれは赤毛男の体躯をして見上げるような、象の如き巨躯を持つ鼠ならぬ鼠。化け鼠であった)

    くっ…図体がでかい癖にすばしっこく動きよるの…!(さもありなん、如何に異形の大きさであろうと鼠は鼠、その動きの機敏さは折り紙つき)
    (頭上から無機質な何を考えているか分からない化け鼠の視線を受けながら、じりじりと大木刀を正中に構え間合いを詰める)
    (殆ど偶然に遭遇したも同然の会敵だったが、不幸中の幸いだったかもしれない。この相手では下手な手勢は返って被害を大きくさせる)
    (冷たい雨が振る最中、とんだ警邏になったものだと思いながら、じ、とこちらを見つめる化け鼠を睨み返した)
    -- 乱蔵 2013-03-20 (水) 23:40:28
    • (まったく煩わしい。不愉快だ。腹が立つ。噛もうとすれば跳ねて避け、尻尾で叩こうとすれば受けて止め、それでは押し潰そうと突撃すれば柳のようにかわす始末)
      (折角良い気分だったのに。鼻が少々痛む。壁にぶつけたせいだ。それもこれも眼前の赤毛の人間がすばしっこく逃げるからだ)
      (今までの人間は、簡単に食えたのに)
      (苛つきをそのまま凶暴性に変えて再度突進を行う。辺りに粗末な造りの掘っ立て小屋はいくつもあるが、今は赤毛男は開けた道でこちらを睨んでおり、また壁にぶつかる心配はない)
      (またかわせるならばかわしてみるがいい。今度はすかさずその隙に尻尾でその背骨を叩き折ってくれよう)
      (まるで地鳴りのような音を雨に濡れた大地に響かせて、灰色の巨体が似合わぬ速度で加速する) -- 伏鼠 2013-03-20 (水) 23:41:49
      • (儀丁に旅立ち、滞在し時を過ごしていた間、向江国を守る御神木の結界は予想以上に弱まっていた)
        (結界が弱まることは過去に何度かあったことだが、ここまで弱まったことは例が無い。この外縁の村も通常なら結界にある程度は守られている位置の村だ)
        (それがこのように強力な物の怪が現れるなど今までになかったこと。あってほしくはないが眼前の脅威が否が応にも思い知らせてくれる)
        (少々無理を言って静次に当主の仕事を押し付けて外縁の警邏をマメに行なって正解だった。…押し付けた本人は渋い顔をしているだろうが)

        (またも迫り来る化け鼠を見据えながら、無駄に大きい動きはせず充分に引き付ける。あの機敏さでは狙いを逸らした所で素早く軌道修正されるだろう)
        かっ!ただ突っ込むだけではワシを捉えるなど百年早いわっ!(鼻先を拳一つの隙間を残し抜けながら飛んで両腕を振りかぶり、瞬時に振り下ろす)
        (しまった。迂闊だった)
        (胴を切り裂くはずだった大木刀から伝わる手応えは…浅い)
        (振り抜いた刃からぬるりとした奇妙な感覚がする。一見濡れたようにだけ見える化け鼠の毛皮はその実油に塗れていた)
        (雨と見誤った。独特な丸みを持つ強靭な灰色の毛並みは恐らく皮脂の変化したものであろう油の助けを得て鎧足り得ているのだ)
        (化け鼠が突進の勢いのまま尻尾を振ってくる。いけない。大木刀の戻しが間に合わない)
        (めきりと、骨の軋む音が体の中から響くのが、聞こえた)
        -- 乱蔵 2013-03-21 (木) 01:11:10
      • (笑み。鼠の浮かべる笑みは嫌らしく怖気立つような)
        (確かに尻尾に感じた骨の折れる感触に思わず笑みを浮かべた伏鼠だったが、一転、その笑みはまたも苛立ちに掻き消える)
        (尻尾は赤毛の人間を確かに捕らえていた、いたが細めの丸太ほどもあるその尻尾が打ち付けられていたのは赤毛男の左腕)
        (骨を痛めたのは確実だが、その左腕を犠牲にして衝撃を吸収し、まるで毬の如く吹き飛んで転げ更に衝撃を逃がしている)
        (切られた背中が痛む、不快だ。毛皮が傷ついた。ありふれた刃程度なら撫ぜる風ほどにしか感じない自慢の毛皮が)

        (足掻くな、小さき人間めが)
        (近くにあった小屋の土壁に打ち付けられた赤毛男を追い、ふらりと立ち上がる様を目にして今度こそ確実な死を与えるべく伏鼠の目が輝く)
        (ひゅぅ、と息を吸い、人間の何倍もの大きさの肺を膨らませ、溜め込んだ空気を爆発的に吐き出しその喉を震わせる)
        きぃぃぃぃぃいいい!(何十枚の硝子を激しく擦り合わせたようなとてつもなく耳障りな音が周囲の空間を満たす)
        (それは耳に聞こえる鳴き声を越えて大出力の高周波と化し、生き物の鼓膜を槌のように殴りつける) -- 伏鼠 2013-03-24 (日) 23:41:30
      • (なんとか致命傷は避け得たが、左腕はもう使い物にならない。土壁に叩きつけられ、全身が痛む)
        かはっ…(化け鼠の巨躯に対し、打撃は効果が薄いだろうと斬撃を行ったのが裏目に出た)
        (この化け鼠は妖力の高い物の怪ではないが、その分物理的な肉体を肥大させた系統だ。則ち大木刀の浄化能力は力を発揮しきれない、物理的に倒さねば)
        (兎にも角にも寝っ転がっているような場合ではないと壁を背にし立ち上がれば、己を追っていた化け鼠は足を止め、何事かをしようとしている)
        …!(半ば本能的にその行動を察知し、手で耳を塞ごうとするがいかんせん左腕は上がらず、残る右手は大木刀を握ったまま)
        がっ……!!(衝撃。まさに脳みそを直接揺さぶるような音の槌が耳を通し赤毛男の頭部を直撃する)
        (ぎりぎり失神は免れたものの、意識は朦朧とし、視界は揺れる。周囲の音などもはやまともに聞くよしもなかった)
        -- 乱蔵 2013-03-25 (月) 00:16:00
      • (不快な残響音をその場に残し、音の嵐が過ぎ去る。その後に残されるのは生まれたての動物の子のような覚束ない動作の赤毛の人間)
        (こうなってしまってはすばしっこく逃げ回るのも無理だろう。後はゆるゆると味わって食うだけだ)
        (いやはや、よくも飛んで跳ねて存分に食事の邪魔をしてくれたものだ。しかも見たところこの人間、筋張っていて美味そうでもなんともない)
        (そうだ、確か先ほどの食い残しがまだこの辺りに居るはずだ。この人間を食い終わったらそいつらを食って口直しをしよう)

        (そう考えながら、あぐりと人間など体ごと飲み込めそうな顎を開く。刺激された食欲がぬるりと唾を垂らして落とす)
        (さあ、そうと決まればとっとと食ってしまおう。肉は美味そうではないが、珍しい赤毛の人間は、珍しい味であることを期待しよう)
        (一気に跳びかかる。刀のような長く鋭い黄ばんだ歯が、肉を貫き引き裂かんと) -- 伏鼠 2013-03-30 (土) 21:53:58
      • (しとしとと雨が降っている。雨は大地を濡らし、綺麗に均されているとはとても言えない道の所々に水たまりを作っている)
        (濁った泥の色を見せていた水たまりが朱に染まる。染めるのは血。赤々とした鮮血の色彩)
        (その血の大本を辿れば、滝のように流れ出る血、それが化け鼠の口元から溢れ出ている。ごぶり、ごぶりと気味の悪い音を立てて、血が、赤い血が)

        ……食い意地が、張り過ぎたの(右腕が生暖かい血液に濡れて真っ赤に染まっている。常に赤毛男の背に在るはずの大木刀が見えなくなっている)
        (大木刀はどこに在りや?目を凝らせば分かっただろう、大木刀の柄が垂直に化け鼠の口に突き立っているのを)
        (まるで自分から化け鼠に右腕を食わせているかのような姿勢のまま固まっている赤毛男が、ずるりと膝を落とす。それと同時に、化け鼠の巨体がびくり、と大きく痙攣し)
        (大きく開けたまま硬直していた異形の顎から噴水のような血を吐き、ずずん、と倒れ伏し、それきりもう二度と動かなかった)

        (頭を振り、揺れていた意識をはっきりさせる。毛皮に刃が通らぬのなら、毛皮でない場所を切ればいい。一か八かの賭けであったが…上手くいった)
        (自身の突進の勢いのままに、大木刀の切っ先は口内から深く化け鼠に突き刺さり、心の臓まで達し、破壊した)
        (勝算が無かった訳ではない、伏せたままでいつまでも獲物を食らうという噂に聞いたこの化け鼠は、大層食い意地が張っていたようだから)
        ……それに…ワシはまだ食われてやる訳には…いかんでの(力を込め、化け鼠の口から大木刀を引き抜き、灰色の空を見上げ、独りごちる)
        (そう、またあの月を見るまでは。徐々に音の炸裂にやられていた耳が治り、辺りの音がまた聞こえ出す。雨音を聞きそれをじ、と待っていれば)
        む…?(声が聞こえる。そう遠くない場所から、小さな声が。付近の住民はもう逃げたと思っていたが…)
        -- 乱蔵 2013-03-30 (土) 23:06:39
      • うう…(建物の影に転がる小さな体。年の頃は十を過ぎた頃だろうか。貧相な衣服に身を包み、雨に全身を濡らしている)
        (意識を失っている様子のその少年は、先ほどの化け鼠の音をまともに聞いてしまったのだろう、苦しげに呻き、眉根を寄せている) -- 少年 2013-03-31 (日) 00:02:33
      • (ともすれば雨音の中に消え去りそうな声を頼りに、周囲の家を見て回れば、倒れ伏す少年の姿を見つける)
        …童!無事か!(慌てて駆け寄り、その小さな体を右腕で抱き上げる。…命に別状はないようだ。気絶しているだけらしい)
        (そして直ぐに気づいた、少年は血を流してはいない。物の怪にやられたのかと思ったが、どうも違うようだ)
        (腕の中で目を覚ましつつあるその少年を訝しげに見る。少年には、左腕が、無かった)
        -- 乱蔵 2013-03-31 (日) 00:03:26
      • う…ねず…みは…(ゆっくりと瞳を明け、うつろな眼差しで辺りを見ようとする。しかし自分が誰かに抱かれているのに気づき、その人物を見やる)
        …!は、離せっ!!離れろっ!(どん、と赤毛男の胸を片腕で突き、その腕の中から転げ落ち、べしゃりと地面に落ちる) -- 少年 2013-03-31 (日) 00:03:53
      • 落ち着くんじゃ、物の怪は退治したでの。安心してええ(できるだけ優しげな声で落ち着かせるように語りかける)
        (逃げ遅れてしまったのだろう少年は、明らかに動転してしまっている。まずは落ち着かせることが先決だ)
        音にやられたのであろう、なに、しばらくすれば治る(先ほどの己と一緒だ、片腕では耳を塞ごうにも不可能だろう)
        -- 乱蔵 2013-03-31 (日) 00:04:56
      • (男の話す言葉は耳鳴り混じりにも聞こえ、耳の裏にへばりつくように残る違和感も段々と消えていく)
        (見れば確かに数々の家を潰した化け鼠は巨大な置物のようになり、血の海の中に沈んでいる。だが、そんなことは)
        どうでもいい!!誰が…助けてくれなんて言ったよ!(地味だが上等な仕立の着物、血色のいい艶肌、ひと目でわかった。こいつは内縁の人間だ)
        (赤毛男を睨みつける。その瞳に宿っていたのは、身を焦がし焼きつくすような憎悪の炎であった) -- 少年 2013-03-31 (日) 00:05:32
      • …む(少年のその眼差しに思わず言葉を失い、気圧される。物の怪を退治するのは秋津の使命であり生業だ。感謝をされたいからやっている訳ではない)
        (感謝の言葉など無くとも、喜び、安心してもらえるのならば其れが何よりの報酬だ。しかし、鍛え上げた祓いの業とて、失敗をしてしまうことも時にはある)
        (幾度と無く繰り返し続けてきた調伏稼業の最中、罵られたこともあった、非難されたこともあった。しかし少年の向けるそれは、質が違った)
        (初めは、助けに来るのが遅れたことに怒りを覚えているのかと思った。だが、少年の様子を見る限りそうではないようだ)
        -- 乱蔵 2013-03-31 (日) 22:51:02
      • どうせこのままにしとけば内側にも化け物が来るから倒しに来ただけだろ!(片腕しかない腕を振り、赤毛男を近づかせまいとするように言葉を叩きつける)
        はっ!よかったな、俺らが逃げまわってたお陰でさぞやあのデカブツは見つけやすかっただろうさ(自嘲気味に言ってまた睨む。二の腕の先から無い左腕を、右腕で庇うようにしながら)
        ……お前らに助けられるくらいなら、あの化け物に食われた方が…マシだった(ぎり、と歯を軋ませて失われた左腕を掴むその右手は、痛みを堪えるように震えて) -- 少年 2013-03-31 (日) 22:52:17
      • …それは違うの。ワシはこの村の者達を助けるために…(少年の勢いに押されながらも、間違いは正さねばと弁明をしようとしたが、続く言葉に絶句する)
        (食らわれる方がマシ?一体この少年の内に秘めた憎しみはどうしたことだ。どうやら己だけに向けられたものではない、もっと根の深い物を感じるが…)
        そんなことを言うものではない。何があっても…生きてこそじゃ(真剣な眼差しで少年を見つめる。その憎しみを受け止め、抱くように)
        -- 乱蔵 2013-03-31 (日) 22:53:04
      • うるさい…うるさいうるさいうるさいっ!!お前らが…お前らが俺らの生きることを邪魔してるんじゃないかっ!!(烈火の如く叫び、激情のままに赤毛男の胸ぐらに掴みかかる)
        (目一杯に背を伸ばし、それでも頭2つ3つも上回る男を、噛み殺すような勢いで睨め上げる。それをしたことによって打ち殺されようとも構わない、と思いながら)
        俺たちは…お前ら'花'を引き立てるための雑草じゃない(吐き捨てるように言い、乱暴に腕を払い踵を返し、ばしゃばしゃと水たまりを蹴散らしてその場を後にした) -- 少年 2013-03-31 (日) 22:53:24
      • (ただ、呆然としていることしかできなかった。走り去り、どんどん小さくなる少年の背中を見送ることしかできなかった)
        (掴みかかられた手を払いのけることなどできようはずもあるまい。少年を知らぬ己にはその資格はないだろうから)
        …何が、起こっているのじゃ…(独り、疑問の声を呟き誰も居ない道の真中でただ雨を受ける)
        (この身を冷やすのは体を濡らす冷たい雨だけではない。正体の分からぬ何かが、己の心を蝕み、熱を奪っていた)
        -- 乱蔵 2013-03-31 (日) 22:53:47
  • (秋津の屋敷も普通の屋敷に比べれば大分広いが、それよりも何倍もの広さを持つ屋敷を案内の者に連れられて歩く)
    (廊下から見える庭もまた広く、人を雇いきっちりと手間暇かけさせたのであろう庭園は丘や小川が配されて一福の絵のよう)
    (要所要所に飾られている置物には金無垢の像や、名のある産地の古大皿があり、それ一つで家が立つだろう逸品がぽんぽんと目に入る)
    (通された客間も国宝級の絵師による山水画の掛け軸、金地で彩られた天袋、深い色合いの漆で塗られた違い棚の床脇と豪華な造り)
    …いやはや、夏野の目を掻い潜ってよくもこれだけ溜め込んだものじゃ(などと呆れたように綺羅びやかな襖絵を見てぼやく)
    -- 乱蔵 2013-01-03 (木) 23:34:34
    • おい、口を慎んでおけ(高い天井の目が疲れそうなその部屋を横の乱蔵と同じような顔をして眺めながら言う)
      (細かい造作を見れば襖の引き手、釘隠しも随分と凝った意匠が施されている。趣味は悪くないが…一体この部屋だけで幾らかかっているのやら)
      …まあ…言いたくなる気持ちは分かるが(秋津の家の経済状況を知る身としては溜息が出そうになっても仕方あるまい)
      (二人が主を待つここは恐らくは、向江国でもっとも贅の限りが尽くされた場所、春間の屋敷なのだから)
      -- 静次 2013-01-03 (木) 23:35:15
      • (二人の会話を他所に、襖の向こうから使用人の声が聞こえる 続いて開け放たれたその向こうに、この屋敷の当主の姿が見えた)
        (シワなのか老化による皮なのか判別できない顔のたるみは、福々しいをすでに通り越している その中でも唯一衰えないのはその小さく鋭い眼光であった)
        (黒唐茶の着物の上にはこれまた美しい色合いの辻が花染、帯も五筋を段に拵えるなど贅に飛んでいる これ一式だけでも相当な値段であろう)
        (恰幅の良い身体を贅で覆いながらも、その足取りは優雅であった 仮にもこの向江国を代表する四家の一人だ 品を落とすのはこの壮年の男の誇りが許さなかった)
        (待機している二人に一度も目を向けずに、上座に用意された濃萌黄の座布団にあぐらをかき、ようやくその小さな目に二人の若者が留まる)
        芸術というのは万人向けではないのでな お若いお二人には判らんだろうが
        (わざと喉を潰したようなざらざらする声量でにやりと告げる 実際に少し喉を痛めていた 原因は煙管の吸い過ぎによるものだ)
        (散々待たせたあげくに、侘びの言葉一つも出さない代わりに出てきたのが嫌味というのも、この男と対峙するときのいつもの光景であった) -- 春間 2013-01-04 (金) 00:07:58
      • (客間に負けぬ、いやそれ以上の贅の匂いを纏った屋敷の主が現れると、早々に飛び出した皮肉に内心で苦笑を浮かべながら背を正す)
        生憎やっとうに明け暮れた身の上故、絵の出来不出来には疎うての。春間殿においてはいつもと変わらず壮健そうで何よりじゃ。
        (相変わらず不摂生の塊なのか、その肌のたるみ、色つや、そしてそのいがみ走った声はいつお迎えが来てもおかしくなさそうだ)
        より健勝を求めるならば、ワシをいつでも呼んでくだされ、肩を痛めぬ太刀の振り方をお教え致しましょうぞ。
        (薄く笑みを浮かべて言う。本当に呼ばれたら大の大人が振るうのも苦労する大木刀を振らせてやろうかと、内心思いながら)
        -- 乱蔵 2013-01-04 (金) 00:50:28
      • (だから口を慎めと言ったのだ。この嫌味が出てきたということは乱蔵との会話を影で使用人が耳そばだてて聞き、それをが伝わったに違いない)
        (まったく迂闊なことはここでは言えぬ。我らは今この福狸の胃の内に居るようなものなのだと、改めて緊張の糸をぴん、と張り)
        …春間殿、このたびは以前お話した御神木の実についてご報告致したく参りました(余計な挨拶はこの男も求めておらぬだろうと単刀直入に用件を伝える)
        -- 静次 2013-01-04 (金) 00:50:48
      • そうだろう そうだろう お前が芸術を見極める目を養えているとも思えんからな
        (懐から香り扇子を取り出し軽く仰ぐ 風を送るというよりも手持ち無沙汰を取り繕うだけの仕草の様だ)
        (ひらりひらりと仰ぎながら、乱蔵の言葉を耳にし、はっと鼻で一蹴する)
        生憎とわしはこれで充分でな 別に長生きしたいとも思わんから必要ない
        よぅ言うだろう『憎まれっ子世にはばかる』と ならば長生きしても良いことなどないではないか
        (カッカッカと大口あけて笑えば、金の詰め物が見て取れる そんな所にまで金を使うのは流石というかなんというか)
        さて、無駄話はこの辺にしよう 時は金なりだ(まともな話ならば乱蔵よりも静次相手の方が話は早い)
        (漆器の肘置きにゆったりと身体を傾け、静次の様子を観察する 背筋を伸ばしたその姿はこの男の目にも非常に好ましく見えた 礼儀のある者はどんな者でも見ていて気持ちの良いものである)
        ほぅあの実のことか あの実は我が国全てを持ってしても比較にならぬほどの産物だぞ さぞ有効に使えただろうな
        (それほど貴重な存在を秋津家の都合で使われる事に、やはりまだ納得がいっていなかったのか、口角を更に持ち上げてたっぷりとねめつけるようにそう告げた) -- 春間 2013-01-04 (金) 01:13:07
      • (毎度のことながら余裕綽々の態度がいらただしい。いつだってこちらを見下すその視線は慣れることなど考えられない)
        …ほう(いつもなら憎まれ者の自覚がありましたか、と言いたい所だがここは我慢。何しろ今回の報告の内容が内容だ)
        まだまだそんな年ではありますまい。そのようなことを申しては鬼が笑いますぞ(それに、この男が今倒れてしまっては困るのもまた事実)
        (私腹を肥やしているのは殆ど公然の秘密とはいえ、この国の政の大部分を引き受けているのはこの男なのだから)
        -- 乱蔵 2013-01-05 (土) 21:59:30
      • (こちらの一挙動一挙動をじっくりを見る眼光は未だ衰えず。それどころか隙を見せれば喰らいつかんばかりの光を放っている)
        …これは、春間殿にもご認識して頂きたいことではありますが、当家にあの儀丁からの接触がありました。
        怨敵である荒神討伐の功績として当家に預けられた御神木の実であり、共に戦い功績を得た夏鳳釵殿の請願を行いましたが…
        (そこで少し言葉を探すように一泊置き)…残念ながら受領するに過分であるとし、丁重に辞退なされました。
        (事実のみを伝え、辞退したその詳細は伏せる。士龍が己の身の立場さえ危うくするような思いで伝えてくれたのだ、みだりに広めるべきであるまい)
        -- 静次 2013-01-05 (土) 21:59:46
      • はっはっは 鬼ならお前が退治したのではなかったのか? 仕損じているのなら笑われるのはどちらであろうな
        (この春間意行 息をするように皮肉を言うのは決して相手が嫌いなのではなく、ここまでくるとある意味癖となっているからだ)
        (私腹をこやした身体を揺らすように笑いながらも、目は少しも笑っていなかった 彼が心の底から真実笑う時などあったかどうかも疑わしい)
        (ひとしきり満足した後、静次の言葉にぴくりと片眉をあげる)そうか 来たか
        (あの儀丁の娘が来た時から、それも起こりえるかもしれないと予想はしていたが、来る時期が予想よりも早かった為に少し驚きの表情をしてみせる)
        (だがその取引は失敗に終わったと知り、改めて身体を肘置きに委ねて一つ息を吐いた)だろうな
        (静次の言葉は春間意行の思考を逸脱することはなく、あらゆる可能性の一つに過ぎなかったことを示した)
        では実はこれまで通り、奉納するのだろうな もう用済みとなったのだから当然だ
        (向江国の人間にあるまじき言葉を放ちながら、要件はそれで終いかとその視線は問うていた) -- 春間 2013-01-05 (土) 22:30:43
      • (向江国において内政を行なっているのは春間ではあるが、外交に関しては少々趣が異なってくる)
        (内に入り外からの干渉を嫌う春間は動きが鈍く、他国と貿易を盛んに行う夏野、戦を起こさぬため不可侵を結ぶ冬菜)
        (そして要請があれば他国へも赴き、物の怪討伐を行う秋津と各家それぞれが分担しているのだが実情だ)
        ですが、あちらとの国交は問題なく結べるかと思われます。精強なる軍を持ち、高度に発達した術を操り、良き王に治められた土地。
        文化的にも近しい物がありますし、益はあっても損になることはありますまい(後添えとして一つ述べる。先の報告の穴埋めには足りぬが無いよりはマシだ)
        (そして、春間の視線がじろりとこちらを睨め付ける。それ以外にあるはずもあるまいな、と)そちらについては…
        -- 静次 2013-01-05 (土) 23:33:31
      • すまんが、しばらくはうち預かりのままにさせてもらいますぞ(静次の言葉を引き継ぎ、こちらも当然と言った強い口調で言う)
        先程春間殿が言った通り、鬼を倒したのはワシじゃからの。こちらの好きなようにさせて頂く(と、ぎらりと輝く小さな眼光に負けぬよう胸を張りながら)
        (この国に及ぶ悪影響を考慮してくれた士龍の言葉だが、もしかしれば上手い使い道があるかもしれない、その時になって使えぬでは問題だ。それに)
        今の向江国には差し迫った問題は有りませんしの、何、ワシも日照りなと起これば使わぬなどということは申しませぬ。
        しばらくの間は預からせて頂くが、使わなかった場合はいずれ奉納させて頂くことはお約束致しましょうぞ。
        (と、そこまで言い、口調を和らげ、微笑みさえ浮かべて春間の主を見やる。老いた狸が暴れようとそれを受け流す柳の如く)
        春間殿もいつ爆発するか分からぬ爆弾が消えて心休まっておられましょう?そう急かずとも我らが向江国は安泰ですぞ。
        (おぬしが胡座をかいている向江国はな、と静次辺りには聞こえているかのような笑みと共にやわりと言う)
        -- 乱蔵 2013-01-05 (土) 23:33:51
      • 国交か…国交な(反復しながら意味深に片方の口角だけをあげる嫌な笑い方をしつつ、ぞんざいに頷きながら宙を仰ぐ ちゃんと話しを聞いている態度とは思えなかった)
        確かにあの国は他の州邑の国とは訳が違う 独自の流通により経済や文化や軍備なども幅広いからな
        だが…損はないと確信するにはまだ早かろう?(一回り以上の貫禄ぶりを見せつけようとすれば、引き継いだ乱蔵の言葉に一旦はそれを押しとどめる)
        ふん 一番苦労したものが決定権を得るという訳か まあ良いわ 好きにせえ
        (こちらが狸ならばあちらは狼の如く、その喉元をいつでも食い破らんとする威圧感がある 誇りある狼は生半可な挑発には乗らないが、その誇りをあまり刺激すれば痛い目を見るのは必定)

        (乱蔵の言葉を逐一耳に認めてはいるものの、その言葉の端々から感じる彼の絶対的な態度が気に触った)
        (何をそこまで自信に満ちているのか 戦うしか脳のない男だと思っていたが、彼は彼で色々と考えているようだ しかし凡人の考えなど予想するのも馬鹿らしかった)
        …わが息子とは違い、秋津の者は跡取りに恵まれてさぞ誇らしかろう この国の今の平穏があるのも全てあの大木刀を扱える者のおかげなのだからな
        (乱蔵の活躍を認めつつ、いや嫌味たらしく大仰にたたえながらもそれは言葉だけでしかなかった)
        だがな 手柄はいつまでも輝かしい訳ではない ほんの僅かな失態であっという間に錆びつくものさね
        秋津家の若当主殿よ 一つ助言をしておこうか 儀丁などという国と何故いつまでも国交を結ばなかったのか お前さんには判るかね?
        あの国はな 一言で言えば胡散臭いのだ 良き王に収められた土地? はっ! 何を持って良き王と言うのか
        お前さんは必ずあの国に失望するだろうよ 今のお前さんなら必ずな
        (一気にまくし立てるその口調はあまりにも滑らかで、言葉を挟む暇すらもないほどであった)

        (この男は利があるとすればどんな国でも構うことはない 財政を潤すことが第一であり、他国との干渉問題などは他の家に任せてある)
        (儀丁と国交を結ぶ気があるのなら彼はとっくにそうしていた あの国は流通がかなり盛んである 独自の流通経路を持ち、様々な大陸から夥しいほどの交易品があの国を流れていくのだ)
        (その交易効果は絶大であり、州邑の大陸でも儀丁はかなり裕福な国としても名を馳せている しかもあの国も国交を結ぶ条件はそれほど厳しいものではなかった)
        (それをあえてしなかったのは、あの国の、特に王に信頼性を持つことが出来なかったからである)
        (この自分が胡散臭さを感じるのだから、乱蔵が見れば尚更であろう この男の自信に満ちた顔が崩れ落ちるのも見ものと思うが、国自身が危うくなるのは遠慮願いたい) -- 春間 2013-01-06 (日) 00:37:49
      • (立場としては同格であるものの、年齢を尊重して穏便な態度を取っているが、いつまでもだらりとこちらの話を聞き流すような態度に腹を立てながらも何かが引っかかる)
        …では、今しばらくは実については当家預かりということで…(元よりあの実についてはこちらに優先権がある、それはいい)
        (しかし春間の物言いは何としたことだ、儀丁について何かこちらが知らぬことを知っているのか)
        (向江国の外交はそれぞれの家が行なっている、だがそれは外との繋がりにおいて他家が行なっていることを詳細には知らぬということだ)
        (時折、今この様にして情報を交換し、共有するようには務めているが、それも意図的に行わねば無いも同然、ましてや秋津とは犬猿の仲の春間である)
        (我らが知っているのは鳳釵から聞いた話と海を隔てて手に入れることの出来た余り多くはない書物のみ、何があってもおかしくない)
        (これが、意行ではなく息子の意嗣であれば話は大分違ってくるのだが…そう思いながら、嫌らし気な笑みを絶やさぬ男を訝しげに見ていた)
        -- 静次 2013-01-06 (日) 02:19:02
      • (春間の跡取りのことはよく知っていたが、この男が息子に対してその手腕を認めていないこともよく知っている)
        (だから、己のことを評するのもただの嫌味であることはよく分かる。どうせ心にも思ってはいまい、と聞き流していたが)
        …ぬ(その口から儀丁のことが飛び出してくる。実について大層な皮肉が出てくるかと思って身構えていた身にはそれは横合いから矢を射掛けられたようで)
        胡散臭い…じゃと…?(その口ぶりは確信を持って放たれている。己の知る儀丁の王は、ホウサから聞いた実り少なく厳しい土地を良く治める王だ)
        (だが腐敗にまみれ、その身を肥え太らせながらも曲がりなりにも長年この国の政を司った男が断言する)
        (己は儀丁に失望する、と)
        (ふざけるな。彼女が心から愛した国を、彼が守ろうと身を尽くす国を汚らしい唾を飛ばしてそんな風に語るな)
        …それは、春間殿が決めることではない。ワシが決めることじゃ(硬い口調で言葉を返す。しかしその硬さは目の前の男の言葉がもたらした物だ)

        (春間の言葉は胸を張った赤毛男の足元を崩すには至らなかったが、見事に楔を打った。それは簡単には抜けぬ一本の楔)
        (何を言葉にしようとも、確かに己は儀丁のことを知らない。その地の土の温もりを、その地の木の固さを知らない)
        儀丁…か…(なおも言葉を放とうとする皺だらけのたるんだ男の顔を睨みながら、心に決意を秘め、遠いその空を思っていた──)
        -- 乱蔵 2013-01-06 (日) 02:19:27
  • (出立の日に相応しい晴天の日 夏も終わり秋の気配漂い、涼し気な風が見送るように吹いている)
    此度は真にありがとうございました(左右に供を引き連れ、感謝の意を込めて頭を下げる ひとまず最初の役割は果たせた 次に来る時は果たしてどのような関係になれるのやら)
    (正直に言うと、この地を去るのが名残惜しい気持ちでいっぱいだった この場に留まるだけで心身ともに清められるような清々しさは、生まれて初めての体験であった)
    (…きっと、妹もさぞ身を切られるような思いでここを立ち去ったのだろう この大地と、そしてこの御仁と)
    (目の前の乱蔵に向けて、もう一度一礼する 彼の気持ちは必ずや鳳釵の元へ持って帰ろう それが自分の次の役目だ)
    -- 士龍 2013-01-01 (火) 20:43:53
    • (静次と二人、屋敷の門の前で異国からの客人に向かい合い、深々と頭を下げるその姿にこちらも赤毛頭をす、と下げて)
      当方こそ感謝のしきりじゃ。士龍殿が伝えてくれたことの重さ、計り知れぬ。ありがとうの。
      (ホウサの現況のみならず、己の国の暗部にまで踏み込んだ情報を伝えてくれた。それは一重に向江国の、そしてそこに生きる己等を信じてくれたからだろう)
      (未だ厳しい責め苦を受け続けているであろうホウサのことは気掛かりでならないが…)
      (士龍も士龍なりの考えがあり、妹を信じていることは伝わった。ならば己も信じよう。彼女を、彼女が敬愛するその兄を)
      良ければ街を出る所までは送らせて貰いたいが、如何じゃろうか。道行きにでも昔のホウサ殿のことや、士龍殿のことを教えてくれれば嬉しいの。
      -- 乱蔵 2013-01-01 (火) 21:29:21
      • (国の重大ごとを初対面の二人に教えたのは、国の現状を知ってもらうことが何よりの解決の近道と思ったからだ)
        (本来ならばこれほどの暗部を簡単に公言するべぎではないだろうが、この国との関わりはこれだけでは終わらないだろう)
        (何より、ほんの僅か同じ時を過ごしただけであるが、彼らの心の清らかさを確かに感じた 彼らは信頼における人だ)
        それはぜひお願い致します(にこりと微笑みながら一礼し、静次に向かって別れの挨拶をかわした)
        (静次の聡明さには、乱蔵とはまた違う興味が湧いてしまう 乱蔵と静次、二人がこれからも力を合わせてこの家を盛りたてるのだろうと思うと、この秋津家の屋敷が輝かしく思えた)
        (ゆっくりと秋津の家を離れ、そして向江国を立ち去っていく 最初と逆の道のりを四人の男は歩いて行った)

        あの子は末っ子ということから少し甘え癖が強くてですね、母を早くに亡くしたので尚更甘やかしてしまったということもありますが…
        いやしかしあの子が家を出てから五年以上も経ってしまいましたが、やはり女性というのはそれだけの年月でも随分と変わるのですね
        まだまだ子供だと思っていた妹も、すっかり大人になり見違えるようでした(久しぶりに見た妹の落ち着いた雰囲気は、最初は目を疑うようであった)
        (それもこれも一人で暮らしていたというのもあるが、やはり何と言っても彼との出会いがあの子を変えたのだろうと確信する)
        -- 士龍 2013-01-01 (火) 21:55:21
      • (深い礼を己も返し、背筋の通った立ち姿で門を背に一行を見送る)
        (最後にこちらを見た士龍の視線に何か含みのあるものを感じ、また会う時には狼狽える姿など見せられないな、と思いながら)
        …盗み見は行儀が悪いぞ。とっとと降りてこい(とふいに視線を上げ、何者かに声をかける)
        -- 静次 2013-01-01 (火) 22:32:55
      • はう。す、すいません…鳳釵様のお兄様がいらっしゃられていたと聞いて…(静次の声に応じ、門の上からひょいと飛び降りてきたのは一匹の狸)
        鳳釵様によく似て、優しげな方でしたねぇ(そのまま静次の肩にすとん、と着地して、のんびりと感慨深く呟く)
        -- ムジナ 2013-01-01 (火) 22:33:16
      • ふ…そうだな(今の士龍の姿だけを見ていればそう思うだろう。あの茶室で見せた正体の掴め得ぬ覇気を知っては簡単にはそう思えないだろうが)
        確かに妹思いで国思いの、優しい男だったよ(思うが故に、苦悩する。兄は鳳釵の手紙のお陰である程度は吹っ切れたようだが…)
        (士龍のその思いが晴れるのはいつの事になるだろうか。それは誰にも、本人でさえも予想も付かぬだろう)
        (夏の終わり秋の風吹き始める中、一行の小さくなった背中を見送って、そんなことを思案していた)
        -- 静次 2013-01-01 (火) 22:34:47
      • ああ、その辺りにはワシも心覚えがあるのう。いつもはしっかりしておるんじゃが、なんというかその、甘え所を心得ておるよの。
        (出会ってから、共に暮らした歳月を思い起こして言う。それも愛いものだと己は思うが、兄としてはやはり心配なのであろう)
        その口ぶりじゃと昔はやはり士龍殿もホウサ殿には弱かったのかの。聞いておった話では姉上は色々と厳しかったとは聞くが。
        -- 乱蔵 2013-01-01 (火) 22:35:12
      • (乱蔵の言葉に快活な笑い声を上げる)ああ確かに あの子はそういうツボを心得ておりましたな それも計算ではなく無意識的に
        ええ弱いというか、私が一番甘やかしておりましたからね だからその甘えグセは私が最大の原因だと思います(乱蔵の方へ含み笑いをしながら、少し昔を懐かしむ)
        姉が厳しい分、妹が余計可愛く思えましてね 母を亡くした後は、あの子が我が家を賑やかしてくれました
        …鳳釵からは私のことも何か聞いているのでしょうか?(妹はどれくらい自分のことを話したのだろうか 全てとはいかなくとも、ある程度は話しているのかもしれない)
        (ああ、自分の身の上ならばあの弟君が共にいた時も話せば良かったかなと少し後ろ髪が引かれた 隠れていたようだがあの動物、恐らく彼が使役したものだろう)
        (ならば彼も術力が中心か 自分と同じ事情なのかもしれないなと、静次とも次に会話できる機会を待ち望んだ)
        -- 士龍 2013-01-01 (火) 22:52:43
      • くくっ、やはりか。大小様々、厳しい家だったと聞いておるからな。士龍殿のお陰でホウサ殿も随分気が安まったのではないかの。
        まあ、ワシはホウサ殿のそういう所も嫌いではないがな。そういう意味では士龍殿には別の意味で感謝せねばならんな。
        (と含み笑いに同じく何かを含んだような笑いを返しながら言う。彼女を形作っていた一部。それも目の前の男なのだな、と)
        うーむ…そこまで多くは聞いてはおらんの。国の重要な官職についておること、そちらで扱われている術を操ること。
        ああ、優しくて大好きなどとはよく聞いておったぞ?(などとからかうように言う。そしてちらりと護衛の二人に視線をやって)
        しかし、このように腕の立つ者を連れておるしすぐ納得はいったが、こちらに来ておる間、国のことは大丈夫だったのかの。
        -- 乱蔵 2013-01-01 (火) 23:14:40
      • (乱蔵の言葉一つ一つに、妹に対する慈しみを感じる しかも全く気にも止めぬその姿が逆に好感を持てた)
        私の方こそ、妹が大層お世話になったそうで 貴方がいたからこそ今まで生きて来れたとも言っておりましたぞ?
        …感謝は私の方がすることです 本当にありがとうございました
        (意味有りげな笑みを浮かべたと思えば、今度は素直に純粋な笑みをたたえる 二つを使い分けているのか、はたまたどちらかが素でそれを無理に隠しているのか)
        (すると乱蔵の視線に後ろを歩く戴轟がぴくりと片眉を上げた 基本的に許しが無ければ口を開くこともしないのだろう 無言で乱蔵を見据える)
        (対して楊慎は乱蔵というよりも乱蔵の動作に常に目を見張りながらも、周囲にまで神経を尖らせている 戴轟とは別の意味で無言であった)
        ああそれならはご心配なく 長居する予定ではありませんでしたし、私がいなければガタがつくような体勢ではありませんよ
        (また快活に笑うが、その笑い声には少し影が潜まれていた)それに、今回のことも大変重要なことですしね
        (東国との友好国が増えれば、それはそれで儲けものであった ただどんな国でも良いという訳ではない 今回はあくまでこの国への接触と視察である)
        (そして個人的な事では、妹の想い人との対面も重要なことであった 彼に対する様々な感想を胸にしまい込み、これを鳳釵への土産とするのだ)
        -- 士龍 2013-01-01 (火) 23:44:29
      • (ふむ、と内心で一つ嘆息し護衛の二人の反応を見守る。この二人のことも多少は分かってきた。かたやこちらの視線に反応し、向かうようにその存在を見せつける戴轟)
        (かたやこちらを意に介さず、あくまで周囲を冷静に観察し続ける楊慎。武の理に乗っ取るのであれば、闘争に当たり同じ武器を二本持つ必要はない)
        (個性の違う武器を使い分けることで、総合的な強さを生むのだ。つまり彼らが士龍の鉾であり、刀であり、強さであるのだと)
        そいつは重畳じゃ。ワシらには大変有り難い話じゃが、それでそちらの国の守りが緩んでは申し訳が立たぬからの。
        (ほんの少し声色が変わったことに気づく、やはり士龍には士龍なりの思惑があったのだろう、とそこから察せられて)
        のう、ちなみにじゃが、これだけは聞いておきたかったんじゃが…(あー…と言葉を探すようにして街道の空に視線を彷徨わせて)
        ……士龍殿は、ホウサ殿のことは好きかの?(上手い言葉が思いつかなかった。素朴な、余りにも素朴な言葉が赤毛男の口から漏れる)
        (幾分かの思惑があろうとも妹の現況をここまで伝えに来てくれたこと、彼女のことを語る時の声色、表情、気配)
        (そんなものから答えはある程度分かっていたのだが、それでも聞きたくなったのだ。彼女が好きだと言う兄が、彼女をどう思っているのかを)
        -- 乱蔵 2013-01-02 (水) 00:19:23
      • (歩きながらもちらりと戴轟の様子を伺う 彼もまたこちらの様子に気づき、目で頷いた)
        (言葉を交わすこともなく相手との意思疎通が可能なほど、二人の付き合いは長いことが窺い知れる)
        …今回二人を供に選んだのは、実は私の個人的な選別にあります ですので二人は私と同等の地位のモノ、という訳ではないのですよ
        (つまり抜けてもさして問題ではない位の持ち主ということだ 自国は地位の拘りが強い面があり、身分の低いものが他国の要人に合うなど本来は許されるものではない)
        (現に戴轟は今回のことで随分固辞していたものだが、何度かの説得によりようやく受け入れてくれたのだ)
        …かといってあなた方の国を下に見ているわけではございません 今回の件につきましてはあまりガチガチと身分で固めたくなかったのですよ
        (個人的な要件も含まれている今回の件では、気心がしれたものを供とする方がよいと判断したのだ そしてそれは正解であった おかげて思う存分とこの地を堪能できたのだから)

        (質問に応える最中、乱蔵の様子にふと変化が見られ、思わず小首をかしげる その姿もまた鳳釵によく似ていた)はい? なんでしょう
        (暫しの間の後に向けられた質問に、きょとんとした顔で乱蔵を見つめる 一体何を言われたのか瞬時に判断出来なかったようだ)
        (そして彼の心中を察する 彼は不安なのだろう 鳳釵の兄という人物をまだ掴み損ねているのだろう まぁあのような態度では仕方ないと我ながら納得し)
        好きですよ
        (あっさりとそう言い放ち、笑顔のままずいと顔を少し寄せてこう付け加えた)
        貴方以上に
        -- 士龍 2013-01-02 (水) 00:46:24
      • ふむ…なるほどのう(単独での行動や戦いを好みそうな楊慎はともかくとして、戴轟はあちらでも名のある将なのではないかと思っていたが、そうではないということか)
        (なのであれば将を務める彼女の姉はどのようなものか、彼以上に大きな器を持ち、鮮烈な武を誇るのであろうか、と考える)
        (彼の武も相当なものだろうが、ひと目彼女の姉を見てみたいものだ、と、士龍とホウサの姿を思い浮かべながら、二人に似ているのだろうか、と想像し)

        (そうして赤毛男が投げかけた幼いとさえ言えるような質問に、士龍の表情が未だかつて見せたことのない表情を見せる)
        (小首をかしげたその仕草は、士龍が行うと彼女に瓜二つで、それに妙な親近感を感じ)
        (呆気にとられたその顔と、そこからぽろりとこぼれ落ちた一言に、薄く笑みを浮かべる。ああ、これがこの男の素顔なのだろうな、と)
        ほほう、それは聞き捨てならんの。いくら十数年の歳月の差があろうとも、このワシ以上と良く言うた。
        (そして一瞬の間の後、放たれた言葉ににやりと笑い挑戦的な視線を返す。まったくこの男、素直でない)
        なんなら勝負しても構わんぞ、そうじゃのワシに勝てたら認めようぞ、なんなら後ろの二人もまとめてかかってきても構わんが?
        (なとど冗談めかして言い、あまつさえ護衛の二人にさえ挑発するような視線を向けてからからと笑う)

        (そうしている内に、街道の左右に槍を持った衛兵が配備された簡易的な関が見えてくる)
        (国境はまだまだ先だが、ひとまず街の境目はここまでだ。それを確認して、赤毛男は足を止めて)
        む、着いたようじゃな。重ね重ね御足労感謝する。旅の無事を祈っておるぞ(と、三人を見つめ言い)
        …それでは、また会う日まで(そしてそれはそう遠くないだろう、と心の内で呟きながら一行に別れの挨拶をする)
        -- 乱蔵 2013-01-02 (水) 01:30:54
      • (笑みをたたえてはいたが、乱蔵の笑顔に釣られるようにその笑みは真実味を増していった 普段胸に潜めている己が少しさらけ出されたが、むしろそれが心地よかった)
        年月というものを侮ってはなりませんぞ 何より私は鳳釵を生まれた時より知っているのですから
        (挑発に乗るように言葉を重ねる それはまるで長年親しんだ友との会話のように 自分の言葉が矛盾していることを実践するように)
        (付き合いの年月は決して無駄ではないが、その付き合いがどれほど濃厚かが重要である 自分が妹と暮らしていた年月よりも、きっと、彼との数年の年月の方が、深く心に刻まれていることだろう)
        (兄として寂しさを感じるが、ずっと共に生きていく相手ならばその方がよい 乱蔵もまた、そう思っているだろうか)
        (続けて向けられる視線には、戴轟もまた苦笑交じりの笑みが浮かんだ 彼のあまりの快活さに心が表れるような清々しさを感じる)
        (こういう男は嫌いではない きっと彼は良い男になるであろう 今は若さ故に侮られることもあろうが、どうか無事に乗り越えてほしいものだ)
        (なるほど 妹御は真に人を見る目があった 古ぼけた位や出身などに囚われず、その人物を見抜く目が)

        (足は進み、人々の並を縫って、目的の場所へと到着した ここから更に港へと進むのだが、流石にそこまでは遠すぎる)
        何から何かまでお世話になりました 此度の件はよくよく王へとご報告させて頂きまする そちらもいつまでもお健やかに…
        (見つめられるその目を真直ぐと見つめ返す その瞳の中から様々な思いを受け取り、大切に包み込むようにゆっくりと頭を下げた)
        いずれ…また(彼と再会する日は、そう遠くないであろうと直感し、きびすを返してその国を後にした)
        (三人を見送り、乱蔵もまた屋敷に帰るその時、一陣の風が国全体を吹き抜けていく 風の行く先を見送ったものだけは、みな一様にこう言っていたという)
        (―雲が彼方へと飛んでいった その形はまさしく龍であった と―)
        -- 士龍 2013-01-02 (水) 19:04:23
  • (しんしんと夜の闇が深まり、昼間とは違う虫の音色が耳に心地よい 残暑もまだまだ厳しい季節だが、それでも夜はだいぶ過ごしやすい気候となっていた)
    (そんな秋の匂いをほのかに感じる部屋の中で、三人の男が思い思いの場所に座り、それぞれが物思いに耽っている)
    (そんな中大柄な男、戴轟がそっと口を開いた)

    これで、本当に良かったでしょうか?良かったのです(きっぱりと士龍は堪える 文机の前に座り、報告書か何かをさらさらと書き上げながら、顔を向けず、筆も止めず)
    鳳釵が世話になった国です これ以上ご厄介にはなれません

    ですが…(それでも納得行かない 確かに士龍の提案はもっともだ 呪いによりせっかくの希望の種が枯れ果ててしまうのは忍びない)
    (だが彼らが求めているものを考えれば、彼らの気持ちも充分理解できた むしろ自分は彼らの方に若干気持ちが傾いていた)
    妹御を、あのままにしておいて良いのですか
    刑罰ですので、私は管轄外のこと どうしようもありません(姿を隠して手紙を差し入れるのも一苦労であった いやきっとバレていた バレていたがあえて見過ごされたのだ)
    (それほど、あの罰は重い)
    (自分にできることは、妹が耐えぬいて生還するのを祈るしかないのだ 不甲斐ないと言えばそれまでのこと 何も反論は出来なかった)
    ……今回の件は私の独断ですので(背中を見せたままそう一言だけ呟く 報告書には御神木に関してのことは無理そうだと書くつもりだが、もしバレたとしても彼らに罰は及ばないよう充分な配慮をするつもりだ)

    そのような事!(半ば本気で怒りを露わにしながらも、壁によりかかり静かに座している楊慎に目が行き口を閉ざす)
    (そんな事はどうでもいい 自分が気にしていることはそんなものではない 彼にも判っているはずだ ならば敢えて言うことはあるまい)
    (黙りながらも、つい士龍の背中に目を向けてしまう そして瞳は無意識に哀れみや同情の眼差しになってしまう)

    (―さぞお辛かろう 彼は本来こんな性格ではない 上に立つというのは、こうも自分を捨て去らなければならないのか―)
    (過去に初めて出会った士龍の顔や、鳳釵の顔を思い出す およそ10年ほど前だろうか あの頃純粋な笑顔がきっと彼らの本性だろうに)
    (自分がこれほど心配するのならば、肉親である士龍は今まさに身を切られる思いだろう それに耐え続ける士龍に、より一層の同情が向けられた)
    (彼だけではない 同じような苦しみに耐えている者がまだいる 彼らは一体いまどうしているのだろう) -- 2012-12-24 (月) 22:51:23
    • (殆ど物が無く、唯一目立つような物は板の間に飾られた大木刀しかない殺風景な部屋を、仄かな灯りが照らしている)
      (もっと灯りを強くすることも出来たし、普段はそうしているのだが今はそんな気持ちになれず、薄暗い部屋の中で見るからに覇気の無い様子を見せている)
      (茶室での会談の後、急ごしらえではあるが食事の席も設け、その間はどうにか秋津家の当主として気を張って対応をしたものの、部屋に戻った今となっては緊張の糸が切れ、肩を落とし)
      …のう。ワシは受けたことがないから分からんが、拷問の苦しみとはどのようなものじゃ(自分よりは常に近い態度であるものの、暗く表情を落とした弟に問う)
      -- 乱蔵 2012-12-25 (火) 01:17:52
      • (自分の記憶の中で、これほどまでに気を落とした乱蔵を見るのは始めてだ。己の見ていた兄はいつも豪放磊落で、いつだって自分を振り回していた)
        俺にも分からん。…俺も拷問など受けたことがないからな。うちでは咎を犯した物は笞打、石責などが妥当な所だが…。
        (そのように肉体を責める刑罰ならこう言ってしまってはなんだがこちらでも一般的な物だ、しかし精神を直接責めるものとなると…)
        枯草の奴らならそういうことにも詳しいだろうがな。それを確認した所でどうしようもあるまい(深いため息と共に言う)
        あえて言うなら…昼に聞いたあれはそれこそ物の怪が起こす呪いに近いかもしれん(士龍の語った情報を頭の中で整理しながら)
        (しかしそれはより洗練された術だ、下手に解呪を試みようとすればその術の性質上、解呪する術者も無事では済むまいがもっとも危険になるのは罪人だろう)
        -- 静次 2012-12-25 (火) 01:18:10
      • 呪い…呪い、か…(呪いであれば討伐の際、打ち漏らした物の怪に何度かかけられた覚えがある)
        (その時は三日三晩高熱が続き、常に何者かに体中を引き絞られているかのような痛みが続いたのをよく記憶している)
        (件の物の怪を父と静次が討ち果たしてくれなければ、どうなっていたことやら。少なくとも五体満足ではいられなかっただろう)
        (それだけでも精神的な疲弊は相当な物だった、もっとも酷い時は喋ることすら困難であったほどだ)
        (絶命を目的とした呪いでさえそれだ、ただただ苦痛を与えることを目的とした術であればその効果は比ではあるまい)
        大地にかけられているのも呪い。ホウサ殿にかけられているのも呪い。この世の闇の禍々しきことよ…。
        (それを祓うのが己ではなかったのか、己は一体何をしているのか。久しく忘れていた感覚が蘇る)
        (じわりと這い寄るそれは、絶望。表情は苦悶に彩られ、瞳には暗い影が降り始める)
        -- 乱蔵 2012-12-25 (火) 01:18:39
      • (戴轟の苦悩を他所に、澱みなく筆を滑らせ報告書をまとめあげた士龍は、休む暇なくすっと立ち上がり、一人の使用人を呼んだ)
        (訝しげな顔をする戴轟を前に、ご当主はまだ休まれている前かどうか聞いている)
        (伺って参りますと一つ頷き使用人が立ち去った後、にこりと微笑むその様は、妹の微笑み方にやはり似ていた)
        あの様な話ばかりで大層ご気分を害されたでしょうから、今度は良い報告をしていこうかと
        (言うなりくるりと踵を返して部屋を出ようとする)今回は一人で行かせて下さい
        (他国の地で一人で動くなど無謀にも程がある 壁にもたれていた楊慎がちらりと見つめるが、一つ頷くだけで立ち上がろうとはしなかった)
        (彼は今回士龍によって依頼された護衛だが、依頼主の命令は絶対と考える持ち主でもある それに、今の時点でこの国の人間がこちらに危害を加える意味が見いだせない)
        (それでも納得できない戴轟を再三に渡って説得し、丁度戻ってきた案内の人間について部屋を出た)
        (後に残された二人の間には、何とも微妙な沈黙が降りていった)

        (夜だが深夜というにはまだ早い時間だった 一人の使用人の後ろを音もなく歩きながら、年季のこもった屋敷の様子を関心するように眺める)
        (昼と夜ではまた趣が違うのは、そういう作りなのだろうか、はたまた年月がそうさせたのか)
        (暫く歩いた後、奥まった部屋の前に止まり、案内をしていた使用人が暫くお待ちをと一声かけ、部屋の襖の前で何か小さく言っている)
        (これを見れば、先程の空気を払拭することはできなくとも、少しは和らげられることは出来よう)
        (なにせ妹は、人の心をほぐすのが上手かったからなと、内心ひとりごちた)
        -- 士龍 2012-12-25 (火) 23:23:03
      • …む?どうした?(重苦しい空気の支配する部屋に、一人の見知った家人の気配が近づいてきた。何事かと襖越しに問い返す)
        そうか…、ふむ……いや、分かった。まだ起きていると答えて差し上げてくれ(聞けば士龍が乱蔵がまだ就寝前かどうかを聞きに来たのだという)
        (少々口籠ったのは今の状態の乱蔵に士龍を会わせて悪影響がないかどうかを懸念したためだ。場合によっては己が相手をするのも有りだろうが)
        (夜更けにわざわざ訪ねてこようというのだ、ここで当主への面会を断るのも少々無礼に当たるだろうし、万が一の事がないよう己も付けば良かろう)
        念のため、私が居ることもお伝えしてくれ。不都合があればそれもお聞きするように(家人に手短に伝達を済ませ、戻らせる)
        (しかし何の話をするつもりか、お伽話をして寝付かせてくれる訳でもあるまいに)
        -- 静次 2012-12-29 (土) 21:38:32
      • (家人と静次のやり取りを聞き重い顔を上げる。…士龍はこの上何を話そうと言うのだろう)
        (茶室での会談を思い出し、ぎしぎし、ぎしぎしと己の心に軋みが走るのをより強く実感する。だが)
        (静次がこちらをちらりと見たのが分かった。その瞳には心配の色が見える。しかし無言でこくりと頷いて促した)
        …!(ぱん、と左右の頬を両手で叩いた音が部屋に響く。それは赤毛男が己の頬を己で叩いた音)
        (…彼女はこんなものとは比べも付かない痛みを遠く一人きりで耐えているのだ。己がこの程度、耐えずにどうする)
        …うむ、問題ないの、通してくれ(しばらくの時が経ち、頬の赤みも収まったころ家人が戻ってくる。士龍がやってきたのだ)
        -- 乱蔵 2012-12-29 (土) 21:38:54
      • (静次も同席しているようだがそれはさして問題ではなかった 彼もこの家の要人の一人だし、席を外すかはあちらの判断に任せよう)
        (案内の人間がどうぞと言って襖を三回に分けてそっと引く 夜のしじまに襖の桟を擦る音がやけに響くのは気のせいか)
        (開け放たれた襖から、二人の赤毛の男が見える その二人に向かって軽く一礼し、するりと部屋の中に入って下座へと優雅に腰を下ろす)
        夜分遅くの来訪真に失礼致します 此度の件に付きましては早急にご報告した方がよいと判断致しました故
        (長引きそうな前口上を早々に引き上げ、すっと顔を持ち上げて真っ直ぐ乱蔵を見やる その顔は先程とは打って変わり、極平凡な男の表情であった)
        (前の威圧的な態度と雰囲気を知らない人間ならば、およそ警戒心など抱きそうにも無いほどの無害そうな顔つきで、極自然に笑みを浮かべる)
        実は、我が妹よりの言伝を持って参りました 当主様に付きましては、何卒お受け致したい所存
        どうか我が願いを、お聞き届けいただけませんか?(随分とへりくだった口調だが嫌味でも謙遜でもないのは、その声音で伝わったかもしれない)
        (彼は今、儀丁の国の使いではなく、一個人として彼と対面したいのだ)
        (先程から今ではあまり時間も経っていない 随分と彼の神経を逆撫でたということも自覚している だが先にしようが後にしようが同じ事 言伝を先に持ってきても、後に逆鱗に触れて突っ返される可能性も充分にある)
        (ならばここは国の姿勢をまず見せることが第一だと判断し、鳳釵の件は後回しにしたのだ)
        (それに、この流れで彼がどう出るかという反応も見ることが出来よう 対応次第で彼の考えや性格が掴めるやもしれない)
        (果たして彼は、鳳釵が思うほどの人間なのかどうか)
        -- 士龍 2012-12-29 (土) 22:14:07
      • (それほどまでに急ぐ要件とはなんであろうか、ことこの状況に置いて飛び出す物は鬼か蛇か)
        (およそ先程の会談が始まった時よりも緊張した面持ちを湛えていた表情、しかしそれが顔を上げた士龍の表情に僅か緩む)
        (それは己がよく知ったあの笑顔ほどの輝くような快活さはないものの、それに似た、陽溜りのような柔らかな笑顔だった)
        ぬ…、ホウサ殿の。それはぜひこちらから願ってでも聞かせて欲しいものじゃ。謹んでお受け致そう。
        (その声色、纏う空気、それらからは裏を感じない。もしかしたら静次は何かを感じ取るかもしれないが、少なくとも己には)
        (今、ここに居る彼は公人としてではなく私人として彼女からの言葉を伝えたいという意思が感じ取られる。…ならば信じよう)
        (彼を信じる。それが出来なくては何も始まらない。そう、先程も思ったことではないか)
        (焦燥の色残る赤毛男の視線が別の意味で真剣さを帯び始める。彼女の言葉を、真正面から受け止めるために)
        -- 乱蔵 2012-12-29 (土) 22:43:51
      • (目の前の男の表情が輝く 比喩ではなく本当に輝いたと思った)
        (それだけで彼の中の鳳釵がどのような存在であったか容易に想像がついた)
        (―あの子は、想い想われているのだな そういう人に巡り会えたのだな―)
        (こんな場にも関わらず、思わず目頭が熱くなる ようやくあの子にもそんな人が…)
        (しかし感涙に咽んでいる暇はない 一度頷き、左手の袖の中に右手を差し込み、ゆっくりとその手を表に出す)
        (すると、その中から一枚の真っ白な紙に包まれた枝が現れた どう見てもその枝よりも袖の中の方が狭いと思われるが、枝は折れる事無くしっかりとした形で乱蔵の前に置かれる)
        (それは枝だけでは無かった 緑色の葉の中埋もれるように赤い小粒が見える 乱蔵の髪の色にも似た真っ赤な実が群れるように成っていた)
        (それは東国でもよく見かける南天であった)

        季節の物ではないのですが(南天は実をつけるのは晩秋から初冬にかけての頃だ 夏の終わり頃というこの時期では花が散りかけているくらいだろうか)
        それでもどうしてもこれを渡してくれと言われましてね しかも実をつけた状態でと
        こちらはでは南天は'難を転ずる'として縁起物の類に含まれると聞きます ですが意味はそれだけではありません
        (赤い実を見つめ、妹が実を彼に渡したいという意味を、その想いを込めて彼に語る)
        古の歌にこういうのがございます

         我に投ずるに木瓜を以てす 之に報ゆるに瓊玉を以てす
         報ゆるに匪ざる也 永く以て好みを為さんとする也

        『私に贈ってくれるのが木瓜の実ならば、私はお返しに佩び玉を贈ろう
        いや、お返しなどではなく、いつまでも続く、愛の証として』

        (朗々と語る口調が静かに終わるが、笑みの形はそのままに)本来は国と国との贈り物の歌だったのですが
        この風習を男女の求愛の証として、今に伝わっているのです
        女が男に果実を送り、男は玉佩…官位を表す飾り玉を送り返すという風に
        (木瓜の実ならば一番相応しかろうが、季節のこともあるので果実ならばどれでもいい 鳳釵はその求愛の他にも様々な想いを込める意味であえて南天を選んだのだろう)
        -- 士龍 2012-12-29 (土) 23:18:16
      • (袖口から現れる一本の小枝。そこには目にも鮮やかな赤く小さく丸い実が鈴生りに付き、緑の葉がそれを縁取るように)
        (それはありふれた花、こちらでもよく見かけるごく一般的な花だ)
        (丁度今頃は黄色い花弁と小さな白い花びらを持つそれは軒先に、山道に、可憐で控えめな花を散らしている頃だ)
        (士龍が言うように、南天は難転に通じ、不浄を払い清める草花としてもよく知られている)
        …ホウサ殿が…これを…(そっと静かに手を伸ばし、白い紙に包まれた枝をその手に取り、壊れ物を扱うかのように胸に抱く)
        (辛いであろうに、苦しいであろうに、自分の身の情況ではなく、こちらを案じたその実に胸が熱くなるのを感じる)
        (花は散らんともその実は残り、我が心の闇を祓い清め給う。かさり、と枝を包む紙が握り締められ小さな音をたてた)

        (言葉を無くし、背を曲げ俯いたまま、赤く小さなその実をじ、と見つめていれば、士龍の厳かな声が薄暗い部屋に響き出す)
        (古い響きを伴うその詩は、しっかりと、はっきりと己の耳に届き、染み渡る。彼女が男に贈った言の葉が)
        (その意味を理解し、受け入れた時、ぱた、と男の手の内の赤い実が微かに上下に揺れる。注意していなければ全く気付かぬであろうほどに)

        (ひとつ、ふたつ。同じように実が揺れ、葉が揺れる)
        (耳を凝らせば赤い実に何かが落ちて当たり、葉々と実がこすれ合う音がするのが分かるであろう)
        (目を凝らせばその実は濡れ微かな灯りを煌かせて紅い輝きを増しているのが分かるであろう)
        (心を凝らせば溢れ出し湧き上がる想いに男が身を折り、実に落としているのは一滴の雫であることが分かるであろう)
        (それは珠のように。いくつも、いくつも、流れ落ち、弾ける)
        -- 乱蔵 2012-12-30 (日) 00:47:01
      • (後ろから見る乱蔵の背中は、まるでその腕に抱く何かを抱き締めるように、だがそれが出来ないことをもどかしげに震えて)
        (顔を落とし揺れるその肩を見て、そっと瞳を閉じる。兄が泣くのはいつ以来のことかと、朧気な記憶を思い出しながら)
        (少なくとも大木刀を持つようになってからは見たことはない。涙など、兄には必要なかっただろうから)
        (それが必要なのは、今、この世にただ一人。それが贈られるべきは遠い地で苦しみに耐えるただ一人)
        (だから自分は瞳を閉じる。女が贈った愛の詞、それを確かに受け取った男、自分はその場に立ち会っただけの見届け人なのだから)
        (それでも、それでもこの胸に宿る暖かな物は、きっと錯覚ではあるまい。何故だか、口喧しい幼馴染の顔がふと、脳裏に浮かんだ)
        -- 静次 2012-12-30 (日) 00:47:21
      • (その手はかつて戦う為のものであっただろうが、今はか細い一差しの枝を抱きとめるだけであった 儚げに消え去りそうな宝物を押し抱くように)
        (士龍の目元が優しく揺らぐ これまで見せた彼の姿からはかけ離れた、一人の慈愛に満ちた青年の瞳に それは妹を心の底から最愛と想う男に向ける、憐憫に満ちた瞳に)
        (辛かろう―)
        (士龍は乱蔵の苦しみを我が事のように受け止める 愛しい者が苦しんでいるのに、自分はたった一時の間ですら癒すことも出来ない歯がゆさが、手に取るように判る)
        (どうして自分はその場にいないのだろうか どうして自分は彼女を救えないのだろうか どうして自分は、これほどまでに無力なのだろうか)
        (愛しいと想うだけでは駄目なのだ 本当に愛しい人を救いたいのなら、それ以上の力が無ければ何も出来ないのだ)
        (彼はそう痛感していることだろう 結局自分がしたことは、先程からの更なる追い打ちであったのかもしれない)
        (だが と彼の項垂れる姿を見守る 濡れる南天の実が更に濡れていく 声も届かぬ遠い地なれど、妹の心は南天の実と共に彼の元へとはっきり届いた)
        (この涙を見れただけでも、充分な収穫であったぞ 鳳釵)
        (妹を想い、その身を案じ、涙を流してくれるこの姿こそ、まさしく自分が望んだモノ 何と大きな収穫よ 鳳釵と彼の出会いは、自分にとってまさに僥倖であった)

        ……その紙を広げて御覧なされませ(優しい声音で囁くように促す 自分には理解出来なかったが、きっと二人の間では美しい思い出の事なのだろう)
        (その紙には弱々しい筆使いでこう記されていた)

        あの美しい月を、もう一度共に

        (もう今の妹の目に、果たして月を愛でる余裕があるのかどうか)
        (妹の目にはいま何が映っているのだろうと、横目でそっと格子窓から覗く闇夜を見つめながら、思いを馳せていった)
        -- 士龍 2012-12-30 (日) 01:27:23
      • (目を閉じる前にひと目見えた士龍が懐から取り出した南天の赤い実の連なる様を思い浮かべる)
        (朱く朱く、小さな丸い実は茶室での会談の後、再封印を施し蔵へ保管した御神木の実を思い起こさせた)
        (今の兄にとっては、その手に抱くありふれた赤い実はもはやあの尋常ならざる実よりも輝かしくかけがえの無いものであるだろう)
        (そんな中、士龍が一声そっと囁く。それは今まで聞いた士龍の声の中でももっとも優しげでもっとも穏やかであった)
        (ああ、この男も、人なのだ)
        (まるで人を化かす物の怪であるかのように、初めて見た時は思っていた)
        (それが向江国を思い、語らい、そして儀丁を思い、語らった時からだんだんとその印象は崩れ、今、肺腑に落ち、深く理解した)
        (人であるならば、手を取り合えよう、共に行けよう。そうすることが、彼の地の彼女が願う皆が幸せになれる道であるのではないかと、そう思えた)
        -- 静次 2012-12-30 (日) 22:03:45
      • (彼女は信じ続けてくれている。思い続けてくれている。遠く離れ苛烈な責め苦をその身に受けようとも)
        (それがどんなにこの胸を打ち震わせることか、初めは自分でも涙が落ちたことに気づかなかった。泣くことなどもう忘れていたと思っていた)
        (愛しさが溢れ募る。会いたい、会ってその身を抱きしめたい。よく頑張ったと褒めてやりたい。彼女を癒してやりたい)
        (だがそれは叶わない。叶うはずもない)
        (そして士龍の放つ壊れ物を扱うかのような優しげな言葉に、思わず握りしめていた手の中の枝を包む紙を、は、と見やる)
        (少々の皺が寄ってしまい、涙が数滴落ちたその真白き紙を丁寧に、広げていく)
        (そこに記されていたのはただの一文。されど確かに思いは伝わって)

        (長い沈黙が訪れる。かつて彼女と見た月。その美しさがありありと手に取るように浮かんでくる)
        (酒を飲みながら、夜道を行きながら、思いを通わせながら、幾度も見たその月は、そのどれもが美しかった)
        (記憶は遡る、巻き戻る。だが、何よりも美しかったのは…)

        …情けない所を見せたの。すまぬ(ぐい、と手の甲で目元を拭い、前を向く)
        しかとホウサ殿の言葉。ワシが受け取った(その声には張りがあり、どこか力が抜けていた先程の物とは全く違う)
        (士龍の見る格子窓には闇ばかりが映るのみ。今宵は新月、月のない夜。それも当然のこととなる)
        (しかし男の目には、心には、青白く輝く満月がその闇に浮かび上がる。そう、彼女を初めて一人の女性として見た、あの時の月だった)
        (始まりの想い、今までの己が持ち得なかった代え難い想い。それを手紙は呼び起こした)
        (もう迷わない、屈しなどしない。あの時抱いた思いは今もここに。より増し強固なものとなり)
        (あの時と同じように、笑って月を見上げるのだ。彼女と、もう一度共に───)
        -- 乱蔵 2012-12-30 (日) 22:04:12
  • (乱蔵が話している内容は確かに事実ではあるが、若干の誇張がある。何故なら荒神を倒したのは鳳釵だけではなく、士龍へと語りかけるこの赤毛男もだからだ)
    (厳密に言えば己も半ばにて退いたものの討伐には参加したし、周囲の防備を固めるために冬菜の軍も一部を動かした)
    (しかし己は大した功を上げていないし鳳釵のためにこの実を使うのであれば文句はない。軍を動かすのを仲介した雪音はお零れを与ろうなどいう女でもない)
    (ましてや熱弁を振るう兄は言わずもがなだろう。夏野と春間はこの件に関して何もしていないし大きく口は出させなかった。…まあ、春間は大層な文句だけは言っていたが)
    (この日のために練りに練った切り札、天守閣を落とすに至るや否や)
    (そうして、乱蔵が語り終え、士龍の口が再び開いた時、嫌な予感がした。例えるならそれは矢を構え放った瞬間、的に当たらない事を確信してしまうような)
    (かつて聞いたことのないような向江国への賛辞が並ぶ、聞いているだけでもむず痒くなってしまうようなそれを受けながらも嫌な予感は消えない)
    (そうして、静かに木箱が押しやられ、士龍が頭を下げた時)
    …(な、と声を出してしまうことだけは避けた。表情は驚きの形を作ることを避け得なかったが無理もあるまい)
    (乱蔵に関しては酷いものだ、明らかに低い唸り声をあげ目を見開き衝撃をまったくもって隠しきれていない。それ所かあまつさえ食って掛かろうという気配さえ見せ始める)
    当主様。(己自身も大分抑えた一声をかけて乱蔵を宥める。一筋縄どころか二筋縄でもいかない、会談が始まった時に覚えた懸念通りとなってしまった)
    (この提案がもたらす国益は相当なものになることは間違いない。それでも蹴ったということは尋常一様ならぬ何かがあるということだ)
    もし宜しければお聞かせ願えますか、士龍殿がその結論に至るに至った、その理由を(二の矢三の矢の策がない訳ではない、だがしかしそれを今使うのは闇に向かって矢を放つようなものだ)
    (情報を集めねばならない、書物などという死んで積み重なったものではない、生きた動く情報を)
    -- 静次 2012-12-17 (月) 00:15:55
    • (乱蔵と静次、二人それぞれの反応を確かめつつ、さもありなんと心のなかで呟いた)
      (その衝撃はいかばかりか、きっと筆舌に尽くし難いとはこういう時に言うのだろう しかも衝撃は向江国ばかりだけではなかった)
      (背後からも同じくらいの動揺を感じ取る きっとこれは戴轟だろう 楊慎はこんな時ですらも心に漣一つ立つこと無い)
      (もしこの時乱蔵が掴みかかろうとすれば、戴轟はきっと楊慎に遅れを取り、後にそれを悔やんだことだろう)
      (戴轟が動揺しているということはこれは儀丁の総意ではなく、士龍の独断であると見て取れた それほど決定権がこの男にあるのか 何を思ってそんな決断を下したのか)
      曲がりなりにも貴国からの贈り物を断るなど、これ以上ないほどの無礼をしているとは百も承知しております
      (それでも断るということは尋常なことではない 国から国への贈り物を断るなど、以降の交流は無きに等しいと考えても良いだろう)
      そもそも、そちらが得られた我が国や我が大陸の情報はどれくらいのものなのか 私には大体のことしか判断できませぬが、きっと極一部のことでしょうね
      (己を真っ向から見つめる視線を交互に確認し、一つゆっくりと頷きながら、力のこもった声で言葉を紡ぐ)
      この実を我が国へともたらす前に、あなた方には知って頂かなければならないことがございます これは鳳釵もあずかり知らぬ秘匿事項です
      (そんな情報を初対面の、しかも他国で話そうとするとは上記を逸していると言われても仕方がない だが今ここで話さなければならないことなのだ)
      (それは彼ら二人の、鳳釵に対する真摯な思いを強く感じたからに他ならない その誠意を受け止めたからこそ話す気になったのだ)

      我が国や我が大陸の土壌ははっきり言って悪化の一途を辿っております 作物を植えても実入りが乏しく、数も質も劣る一方
      それでも人々は生きて行かねばならず、輸入などに頼りながら日々を生きております
      多くの資料を取り揃え、長年に渡り土壌回復の方法を散々に試みましたが、どれもこれも効果はあまり期待できませんでした
      何が足りないのかと日々頭を悩ませていましたが、ある日ふと、こう考えた者がおりました 'なぜ、こんな大地になったのかと'
      (一息ついて、お茶を口に含む これからどれほどの事を語ろうかとその間に思案し、整理しながら、再び口を開いた)
      歴史書から個人の日記から、数々の文献から過去の土地の様子を調べていった所、ようやくその理由の一端がかいま見えてきたのです
      (そこでふいに言葉を途切れさせ、もう一度二人に視線を送りながら)一つお聞かせ下さい この秋津家や向江国は、創立何年になるのでしょうか?
      -- 士龍 2012-12-17 (月) 00:41:45
      • (頭に血が登ったのは否定しない、出来ない。だがそれは決して士龍が言ったようにその行動に無礼を感じたからではない)
        (事前の話し合いにより、静次から実を贈ることの狙いは聞いている。曲がりなりにも厳しく定められた法に横槍を入れ、国を動かすようなことをするのだ)
        (例え兄の士龍自身がホウサを救いたいと思っていても、容易にその決定を覆すことはできまい。だが、その国そのものに実益のある形ならどうか)
        (これならば士龍も公私共々に大手を振ってホウサを救うことができよう。そしてその狙いは戴轟の反応を見る限りほぼ間違っていないと思えた)
        (ならば、ならば士龍は妹を救いたくはないのか、彼女があれほど優しく尊敬できると慕っていた兄は、その思慕の念を裏切るというのか)
        ……(浅慮な行動は己が身ならず彼女をも危険に晒すことになる。静次の一声でだいぶ頭は冷えたが、それでも内に煮えたぎるような思いを抱きながら士龍の言葉を聞く)
        (ゆっくりと言葉を紡ぐ士龍の声には、能面をかぶっていたかのような先程の様子とは違い静かにだが、力が篭っている)
        (彼女と同じように、彼を信じる。それが出来なくては何事を成すことも出来ないのかもしれない、そう思いながら耳を傾けた)
        -- 乱蔵 2012-12-22 (土) 22:22:45
      • (士龍が言うように、こちらで抑えられた情報はどうしても限界がある。集められるだけは集めたが、ここは儀丁からは遠く離れた地だ)
        (鳳釵からは今の儀丁の概況や風土のことは聞けたが、まさか士龍が言うような秘匿事項などはその欠片の一端さえそこに含まれていた訳があるまい)
        (そして士龍が今話している儀丁の現状自体は、資料や鳳釵の話で聞いていたことと大差はない。ということは、本題はここからか)
        …秋津家の成立自体は凡そ千年ほど昔になります。この国が形作られたのは文献が残っておらず更に曖昧になりますが更に千年。二千年程前となりましょうか。
        (士龍が投げかけた質問に答えながら考える。向江国の地が今こうある理由はこれ以上無いほどに明確だ、しかしだからこそ他の国、彼の地がそうである理由には思い至らない)
        -- 静次 2012-12-22 (土) 22:23:08
      • 二千年…(悠久の時に想い耽るように視線が遠くなる 憧憬がにじみ出る表情をすっと引き締め、一つ頷いてまた口を開いた)
        我が国は約七百年の歴史があるといいます 世襲制により王の地位にある恭家も同じく七百年の間に幾度かの代替えにより今の王が15代目
        州邑の中にある国では、我が国は少し短いくらいでしょうか それ以上の古い歴史のある国もあれば、まだ百年にも満たない国もございます
        それらは様々な文献からの情報を集合させて成立させた州邑の歴史でありました その中でも最も古い歴史を持つのは創流寺という寺です
        我が国は多宗教ですが、一番歴史が古く州邑にも広まっている宗派はその寺から伝わる教えなのです 国教とも言うべきものですね
        それだけに州邑のあらゆる歴史に関するものがその寺の蔵に収められているのですが、その蔵の中の一つに開かずの蔵というのがございます

        (そこでふうとため息をついてまたお茶を一口飲む 話している間の乱蔵からの射殺すような視線はもちろん感じているが、今はそれに構っている時ではない)
        (彼の怒りと混乱を解くには、今この場で話して置かなければならないのは必定)
        前出した疑問に思った人間は、ついにその開かずの蔵まで手を伸ばしました
        その蔵は歴代の座主の力により念入りに封印を施されており、生半可な力の持ち主では到底開けること敵いません ですがその人は開けることが出来ました
        そして彼は、その中に眠らされた真実を暴きだしたのです
        (さあここからが問題だ 問題だがそのまま言う他あるまい 一度視線を床に落とし、再び二人に向けて話はじめる)
        彼が疑問に思ったのは、文献と実際の史料での誤差です しかしこれはよくある話です たかがニ・三十年前の歴史でも改竄されることはよくあります
        ですがその改竄に共通点が見られたらどうでしょう? 簡単に言えば、ほぼ全ての国の歴史年表が改竄されておりました

        国での建造物や古美術品 その磨耗度や資材の質から年代を遡り、その国の創立年表を知る技術が我が国に入ってきたのは、実はつい最近のことです
        お恥ずかしながら我が大陸はあまりにも広すぎて、州邑全体の歴史の整理となると膨大な量になり、それを整理するのに数百年 それにかかった年数分整理するのにまた数百年と途方も無い
        個々での歴史価値観はかなり曖昧であり、確実な研究というものに力を入れることはありませんでした
        話しを戻すと、それによると創流寺の創立はおよそ五千年以上 ですが我が国儀丁の歴史は七百年ではなく五百年
        (無念の表情を僅かににじませながら士龍は語り続ける)
        千年の歴史を誇る技術者が集う『慶季渓』も五百年 様々な文化や芸術を生み出し、州邑一の華やかさを誇る『白蓉』も五百年
        宗教国家として創流寺と密接な関係を保っている我が隣国であり中立国である『項尖』も五百年

        お分かりいただけますか?
        (二人の思考を覗きこむように、士龍の目がゆらりと揺らぐ)
        創流寺を覗く州邑の大陸全ては、五百年より前の歴史が一切無いのです
        -- 士龍 2012-12-22 (土) 23:18:06
      • (創流寺の名はこちらで調べた文献にもちらほらと見られた名だ。それ自体は知らぬことではない)
        (しかし、開かずの蔵の情報は初耳だ。それもそうだろう、そんな安易に知れるような物ではそもそもがそんな蔵にさえなるまい)
        (更には厳重な封印を敷かれた場所、一介の術師では到底たどり着けるものではあるまい、一介の、なら)
        (そこに至るまでにどんな波乱があったのであろうか、それは今はただ想像するしかできないが)
        ふむ…、確かに強国の都合により弱国の歴史が変わるなどはままあること。しかし全ての国のものとなると…。
        (疑問が浮かぶ。それに立場的には周辺国に対し概ね中立である創流寺の保持する史料に改竄が加わってるというのも問題だ)

        (年代を測定する技術については耳にしたことがある、西を旅した乱蔵から聞いたが西方の国々には科学技術に秀でた国も多いようだ)
        (やり方によってはその技術を応用することである程度は確かな年代を割り出すことも可能だろう)
        二百年の誤差ですか…確かにそれは問題でしょうが…(儀丁ではそれ以前の測定をするべき物が無かっただけの事も考えられる)
        (しかし、続けて語る士龍の言葉に疑念は疑問へと変わり、疑問は言い知れない不安へと変わる)
        (次々と挙げられる国の名前は、皆古い歴史を持つ国々。どれもが州邑を代表するような国だ)
        (これだけの国を調べあげ、その全てが間違いであると?そんなはずはあるまい)

        (自分とて近隣の大陸として州邑のことはある程度は把握しているつもりだった。そのはずだった)
        …五百年前に…いったい何が…(数々の疑問が粘る泥のように纏わり付く。国どころではない、大陸そのものに何かがあったのだ)
        (士龍の目がこちらを覗き込んだ、それは、深く底知れぬ深淵を覗いた者の目だった)
        -- 静次 2012-12-23 (日) 00:55:21
      • …判らない(両手が徐に持ち上がる 男にしては細くしなやかな色白の手が、少し震えているように揺れている)
        (静次の視線から逃れるように、面目ない表情のままに、震える手をじっと見つめた)
        判らないのです 何故あんな事が起こったのか 唯一残された五百年前のその時を書き記した書物も、具体的な解明につながるものはありません
        ただ判ったのは、五百年前に争いが起こったようなのです それも、この大陸を二分するような壮大な争いが
        その恐ろしいまでの争いを見た物は、まさに筆舌に尽くし難いとして具体的な様子は書かれておりませんでした
        何のきっかけで、どんな理由で、どんな意味をもった戦いなのかも判らぬそれも終わりましたが、不可解なのは更にその後
        勝利した側は、大陸にあるありとあらゆる文明を尽く破壊していったようなのです
        建造物が全て五百年より前が無いのはこの為 ですが創流寺は大陸のいわば核に等しい その為破壊を免れたのかもしれません

        (無念の表情を更に色濃くし、深々と士龍は長い溜息を吐く)こうして、州邑全域の歴史は一度滅んでしまいました
        しかし物を無ければ生活はできません 勝者はそれから様々なつてを頼り、記憶の中の文明を再現し、何とか形だけの新国家をそれぞれ立ちあげて行きました
        中でも東国からの文明をかなり多く取り入れたのは、やはり一番近い文化であった為でしょう
        (そう言って自分の服の袖をひょいとつまみ上げる)私のこのような衣装は州邑では一般的ですが、姉はこちらの着物を主に身に着けております
        こうして新しく築きあげて、また元に戻そうと必死でしたが、数ヶ月して最大な問題が立ち上がりました
        作物がほとんど実らないのです

        (唐突に言葉が途切れる 窓の外から風に乗って木樹がこすれ合う音が聞こえるほどの静寂が辺りを包む)
        (まだ蒸し暑さがあるこの季節にも関わらず、部屋の中は徐々に気温が低くなっているように感じた)
        (今はそれなりに実る作物だが、ほとんど実らないと士龍は言った)
        (作物が実らない大地となれば、自然に生息する食物も全滅であろう それがどれほど恐ろしい事態であるか、改めて説明することもないと判断した)
        -- 士龍 2012-12-23 (日) 01:26:44
      • (呆然と呟くように士龍が一声を漏らし、初めて、その感情を露わにしたように手を揺らす)
        (その手を見つめるそれに、仮面を被った者ではない、一人の人間が見えてくる。未知なる物に直面した一人の人間が)
        …争いが(争い多き国と聞いていた、しかしもはやそれも国の枠組みからは逸脱している争いだ)
        (一つの大陸が滅びに瀕する、それはどれほどの争いなのだろうか。その言葉を聞いた時、脳裏に思い浮かぶ、荒神の姿が)
        (立ち向かい、力及ばす、その身を引くことしか出来なかった暴虐の化身そのものが)
        (荒神は東国の幾つかの国を打ち滅ぼし、この国で止まった。だがしかし、それが止まらず、そのまま世に放たれていればどうなっただろう)
        (もしかすれば、いや、もしかせずとも同じような惨状が起こったであろうことは想像に難くない)

        (幾度と無く無力感に苛まれたのであろう、深く疲れを滲ませた溜息を落とす士龍の姿は最初見た時より一回り小さく見えた)
        確かに、儀丁は州邑の国としては不思議な程こちらの文化の色が見える国ですね。それにそんな理由があったとは…。
        (この国と儀丁が貿易する品物の中には、日用品も多々含まれる。その中の一つには服飾品もあるが、西国や他の国と比べてもその流通量は多い)
        (元より、下地があったのだ、東国の文化の一部を取り入れたという下地が)

        (士龍の言葉が切れた。作物が実らぬでは国を復興したくとも無理な話。今の話によれば人だけはなんとか生き延びたのだろうが…)
        (そこからまた国を形作るには活力が必要だ。人を産み、育て、増やし残った人間が一丸とならなければ到底成し得ないことだろう)
        (いや事態はそれ以上か、生き残った人間が全て餓死し、誰も居なくなる、そんなことさえあり得る状況だったのだろう)
        (しかし今日、それぞれの国が存在する以上、それをどうにか乗り切ったのではないかと推察できるが…考えを巡らせながら、静かに士龍の次の言葉を待つ)
        -- 静次 2012-12-23 (日) 03:38:50
      • これは呪いだと書かれておりました(再び、やはり唐突に言葉を続ける もはやその語り口は二人に聞かせているのか、自分の記憶の整理の為なのか判別することは出来ない)
        先の戦で敗れた者達は、その親類縁者全てを根絶やしにされたそうです そこからこの戦いは血筋に関するものだったと見解する人もおります
        どれほどの土壌回復を試みても意味が無いのはその為でした 呪いでは効果はありません そしてその呪いは州邑全域にまで広がるほどの強さ
        それほど根深いものをすぐに取り除くことなど出来はしない 刻一刻と餓死者が増えていく中、それでも望みをかけて解呪の儀式を試みながら、全ての人々は詫び言を繰り返す日々を過ごしていたそうです
        それが少しは功を奏したのか、徐々にまたぽつりぽつりと作物の実る土地が出てきました 今日で食べられているようなものとは質はかなり落ちた粗末なものでしたが
        それでも人々の心は喜びに湧いたそうです
        (また茶を一口すする 食べ物が実ったことでようやく明日への展望が開けた しかしそれから五百年 土壌は未だ回復せず、実ることが出来る土地も少ない)

        書物には実りが出来、人々は喜んだとありますが、私は素直に喜べなかった
        実りが出来るという希望があるばかりに、その土地を求めて争う国々が後を経ちません 現代でもそれは繰り返されております
        思うに、これもまた呪いなのではないのでしょうか 生きることに必要で、しかし決して平等に分け与えられない物があるのなら、争いが起きても当然です
        そうして争い、生き残ったもの達同士が共倒れをすることを、敗者の血を染みこませた大地が望んでいるのだとしたら…
        (こちらを伺う二人の赤毛の男を前に、士龍はいつの間にか初めのころの覇気を収めていることにようやく気づいた)
        未だに土壌が回復しないのは、その為なのかもしれません 餓死ではなく傷つけあい、血を流し、苦しみを味あわせたいのでしょう 自分たちのように
        (気づいていながらも、また取り繕うようなことはしなかった もうそんな事に意味は無い この二人の前でそれは)

        呪いというのは、因果を持てば伝染します(悲しみとも虚しさともつかない瞳で、力強くそう伝える)
        呪いはいまだ続いている 生き残った者達の子孫である我々を苦しめる為ならば、決してこの呪いは解かれることはありません
        呪いに対抗する為の効果を、他の大陸から取り寄せることもありましたが、効果を出す前に辞めた事例もありました
        土壌を回復するという因果として関わり、その呪いが感染していくのを防ぐためです

        だから私は、あなた方の申し出をお断りしたのです そちらとて、御神木を枯らすような事態など起こしたくないでしょう それに…
        (悲痛な表情の中に、遠い地にいるその人を見つめるような瞳で、静かに告げる)鳳釵も、そんなことは望みますまい
        (妹の語る向江国の話は、彼女の愛情と慈愛に満ち溢れたものであった その中でももっとも溢れていたことは…)
        (改めて乱蔵を見つめる 秋津家の当主ならば御神木の加護がいかにかけがえの無いものか、誰よりもそれを判っているはずだ)
        (己の私情の為に、そのかけがえの無いものが失われるような事があれば、二人の絶望は計り知れないだろう)

        あなた方の鳳釵を想う心は、兄である私にとっても無上の喜びです
        もし鳳釵の罪がこの国で犯したものであるならば、あなた方の減刑も受け入れられましょうが、あの子の罪は我が国で起こしたこと それとこれとは別なのです
        (虚しく首を振った後、もう一度姿勢を正し、先程と同じように頭を深々と下げる)
        一目見た私ですら、御神木が無くなることは痛恨の極みです 私がそう感じたのならば、ここに数日過ごした鳳釵は尚更でしょう
        この自然は我らにとっての希望なのです その希望をどうか打ち捨てないで下さりませ
        どうか、どうかこの心中を、お汲み下されませ
        -- 士龍 2012-12-23 (日) 21:32:26
      • (土地そのものに呪いがかかるという例は確かにありえることだ。呪いという理不尽な念は理不尽であるが故にどのようなことでも引き起こしうる)
        (例えば龍神の怒りを買い反乱する川。例えば山神の恨みを買い土砂崩れを起こす山。例えば雪女の怨みを買い氷に閉ざされる地)
        (例えば…人々の尋常ならざる飢えと多く流れた血の怨嗟の念を受け、荒魂へと変じる神)
        (国一つの怨念が生んだ荒神でさえあれだったのだ、一つの大陸が生む呪いとはいかなるものなのか、想像を絶する)
        (更には士龍の考える通り、呪いが形を変え、より人々を苦しめる方法を取ったというのなら、それはもう規格外にも程がある)

        (呪いを受けることまでは考えていなかっただろうにしろ、その後のことを考慮すれば勝者が尽く人の営みを破壊したというのも解せない)
        (敗者のみならず、大陸の全てを打ち壊してしまってはまったく益を得ることが出来ない。むしろ損しかない)
        (ただでさえ将は戦においては相手を如何に傷つけず手中に収めるかに腐心するものだというのに、あべこべだ)

        (五百年前に何が起こったのかは謎だが、それらを考えるだけでも尋常の理では計り知れぬ何かが起こったことが分かる)
        (そして…士龍の真意は、それにこちらを巻き込むまいとするもの)
        (ここにきてようやく、彼の浮かべていた苦悩の意味を知る。自国だけの利益を考えているのであれば、今の話は知らせずにいても良かった情報だ)
        …有難うございます。士龍殿のお言葉、確かにこの耳で拝聴致しました(言うと、木箱に指をやり、しゅるしゅると一人でに結び直された紐を確認し、懐へ仕舞う)
        (その思いは痛いほど分かる。そしてこの話を話した士龍の覚悟を思い知り、尊敬の念を覚えると同時に、後悔の念が襲う)
        (なんと自分は愚かなのだ、これでは士龍にただ悪戯に希望を示し、苦しませただけではないか。彼が語った…呪いの如く)
        -- 静次 2012-12-24 (月) 02:10:17
      • (訥々と語る士龍の言葉を聴き続けている内に、怒りは徐々に収まり、静まってきた)
        (己も旅をしている最中、困窮に瀕した国の姿は時折見てきた。食うものを食えず木の皮を剥ぎ飢えを凌ぐ者)
        (土を粥としそれを啜る者、あまつさえ人が人を喰らうとさえ聞いたことがある。あってはならぬことだ)
        (そんな中、得られた一握の実りはどれほどの希望であったであろう、どれほどの喜びであったであろう)

        (だがそれも、呪いであると士龍は言う。到底消えることなど有り得ぬ呪いであると)
        (そこに居るのは一人の男だった。どうしようもない絶望に歯噛みし、それでもそれを肩代わりなどさせまいとする、一人の強い男の姿だった)
        (そして彼が遠くを見つめ、語る彼女は、確かにそう言うだろう。きらきらと輝かしい瞳で、この国を、御神木を見つめていた彼女なら)
        (己に合う黒い瞳は、それだけで多くを語る。分かっている、分かっているのだ、だが…)

        (もはや怒りなど一片も残ってはいない。彼の地を知り、士龍を知った今、怒りはそのまま遣る瀬無い思いへ変わる)
        くっ…(行所を無くした拳は思わず畳を叩き、その衝撃で自分の前の茶碗が倒れ、茶が溢れる。もうすっかりそれは冷めてしまっていた)
        (彼女は今、どうしているのだろう。苦悶に喘ぎ、懊悩に苛まれているのだろうか)
        (その力になれぬことを、悔いる。己は強くなったと思っていた、だがそんな強さも通じぬものはあるのだ)
        (どうなってしまってもいい、生きて、生きてまた出会えれば…)
        (強く有って欲しい、視線を上げ、窓から見える晩夏の青空にそう願いを込めて祈る。遠く遠く、この願いよ届けと)
        -- 乱蔵 2012-12-24 (月) 02:10:39
  • (屋敷に異国よりの客を連れ、家人に一言二言伝えると、屋敷そのものではなく敷地内の離れの方へと移動する)
    (広い庭の一角、竹で作られた垣根に区切られた場所へ進めば、そこは丁寧に木々が整えられており、そこかしこに配置された風格ある庭石は苔むし味のある風情を見せている)
    (趣を整えるための石灯籠は長年雨に打たれたものか独特の丸みを持ち、夜になれば火が灯され柔らかい光を放つだろうが今は静かに路地の一部として佇んでいる)
    (露地を見せるためか、ゆるく曲がるように配置された飛び石を進んでゆけば、行く手には藁葺き屋根の小さな小屋が見えてくるだろう)
    (それは屋敷に至るまでの道々に並び立つ建物に比べても随分と質素で簡素な建物ではあるが、それは庭園と調和し一体となり、厳かささえ感じさせる)
    …少々狭くてすまんの。まあ人払いはしておいた故に、気を張らずゆっくりしてくれい(先頭に立っていた赤毛男が小屋の小さな戸を見て一瞬考え込む)
    (そうして武人の装いの大柄な付き人を見て、ふむ、と内心で一言呟き、小屋の脇へ周り戸をがらりと開き三人に入るよう手で促した)
    -- 乱蔵 2012-12-08 (土) 21:52:46
    • (乱蔵に連れられ、三人は静かに屋敷の中に入った 離れに行く道程もさほど問題とはしない 様々な話しをするにはむしろ離れの方が都合が良い)
      (足音を立てずに粛々と進んでいけばその途中に、歳月をかけて作られた風情の数々に迎えられ、思わずそちらに視線が向けられる)
      (あの木の奥深い樹皮の色、風雨によって更に趣を増した灯篭の丸み、絶妙な位置に配置された庭石の緑色は、まるで翡翠のごとき美しさ)
      (それだけでも、この屋敷がどれほど古く存在していたの、充分すぎるほど理解でき、無意識に憧憬の眼差しが注がれた)
      (やがて飛び石に導かれるように先を歩けば、緑に覆われたその中に極自然に存在したかのような小屋が目に入る)
      (人の目を奪うのは豪華なものだけではない むしろ質素や簡素といったもので心に響くようなものを作り上げる方が難しい この小屋は、それを見事に表現している)
      いえ、実に見事です(口元に純粋な笑みを浮かべ、栗色の髪の男はそう感嘆した)
      (すると、乱蔵の視線が背後の供の一人に目がいっているのを感じ、続いて戸が開けられたのを見て理解した)
      (恐らく、本来ならばあの小さな戸から入り込むのが通常なのだろうが、彼の体格では確かに無理そうだ)
      (背後で件の男の苦笑を感じ取りつつ、頭を下げて中に入っていった 残りの二人も中に入り、大柄な男が一度深々と乱蔵に一礼した)
      -- 士龍 2012-12-08 (土) 22:17:48
      • (外観と同じように、小屋の中は四畳半ほどの素朴でいて落ち着きを感じさせる空間になっている)
        (丸く縁取られた窓からは小間を満たす光が注がれ、板の間には小ぶりの桔梗が花入れに一輪飾られ、慎ましやかなその場所に文字通り花を添えていた)
        (客の三人へ奥へ座るように促して腰を落ちつけたのを確認すると、戸を閉め設えられていた茶釜の前へと足を揃えて座る)
        遠方よりよくぞ参られた。ワシの手前ではあるが…(そうしていくつかの茶道具を取り出して、茶釜の脇へと並べながら)
        ホウサ殿からワシの弟のことは聞いておるかの、弟を呼んでおる、まずは茶でも飲んで待ってくれ(淀みない動作で茶杓を取り、続けて棗から茶碗へと抹茶を入れる)
        (茶碗の縁で茶杓を軽く打ち、茶を払って棗を戻し、釜から湯を茶碗に注ぐ。そして茶筅にて最初はゆっくりと、その後細かく振って茶を点てる)
        (茶の表面にふっくらと泡の立ったそれを、す、と士龍の前に差し出し、同じ動作を二度繰り返し二人の付き人へと差し出した)
        -- 乱蔵 2012-12-08 (土) 23:09:39
      • (報を聞いて以来、いつ来るかと兼ねてより考えていた時が来た。東国の他の国であればともかく、向江国は大陸との国交は余り無い)
        (支配下に置いている商人達が貿易品をやりとりしている夏野であれば多少話は違ってくるが、秋津としては異国よりの客は珍しいものだ)
        (そう、この国を助けるために尽力してくれた、あの少女のように)
        失礼します(頭を下げて静かに小間へと入る)当主に成り代わり実務を行わせて頂いています、秋津静次と申します。…お見知りおきを。
        -- 静次 2012-12-08 (土) 23:10:02
      • (確かにその部屋は狭かった 成人した男性が数名入れば確かに手狭になるのも致し方ない だがこの狭さが今は有難いものだ)
        (明かり取りのように丸く取られた窓から覗く庭もまた、中々の風情があった まるで丸い枠で作られた見事な絵画のようである 青々とした緑の木樹が時折風で揺らがなければ、絵だと言われても納得してしまったことだろう)
        (外は緑に包まれているのと対照的に、部屋はこじんまりとして彩りというものはなかったが、それも飾られた一輪の花が、その存在を一層際立たせているのが判る 細かい所まで計算尽くされた美がこの部屋には満ち溢れていた)
        (促された場にゆるりと座り、設けられた茶道具などを見て少し目を輝かせる 茶道の知識はあるが、こうやって現地へ赴き実際に拝見するのは初めてのことであった)
        こちらこそ、お目通り叶いましたこと、大変嬉しく思います(一度深々と頭を下げる 相手はこの国の当主 対する自分は他国の臣下だ 立場はあちらの方が上 あくまで低姿勢であった)
        はい、妹よりもちろん弟君のことも聞いております なんでも大層博識のお方だとか
        (そう言って乱蔵の動作を静かに見つめる その洗練された動きは素人目で見ても見事なものであるのが判った 妹から聞いていた乱蔵についての諸々な事の中に、果たしてこれは含まれていただろうか)
        (淹れたての茶が自分の前に、次に供の二人にも運ばれたまさにその時であった 例の弟君が参られたのだろう 入ってくるその人物は、なるほど確かに兄弟だと頷いてしまうほどに、その面影は随分と似ていると思った)
        (静次の挨拶の後、背筋を改めてぴんと伸ばし)儀丁は夏家の当主、夏 士龍と申します
        供のものはそちらから見て左が戴轟(大柄な男改め、戴轟は一度深く一礼する)そして右は楊慎です お見知りおきを(黒髪の男改め、楊慎も黙って頭を下げた)
        本日はこのような席を設けて下さり、感謝の念に絶えませぬ 秋津家のご配慮、謹んで御礼申し上げます(最後に、自分も深く頭を下げた この言葉に、何一つ偽りはなかった)
        -- 士龍 2012-12-08 (土) 23:38:11
      • ワシは当主と言えどもまだまだ新米での…実際の家のことはこやつに任せておる。じゃからこやつにも話を聞かせたいとの(儀丁よりの客と相対するように席に付く静次、そして自らもそのとなりに座る)
        (品のある所作で名乗る士龍、そして大柄な体を丁寧に折り曲げ礼をする戴轟、それに比べれば少々細身の体で作業的に礼をする楊慎をそれぞれ見やり)
        向江国、秋津家当主、秋津乱蔵じゃ。宜しく頼む(名乗りを返し、深く礼をする。以前、彼女に聞いた名だ。彼女自身は彼のことをお兄ちゃん、などと呼んでいたのをよく覚えている)
        こちらこそ、わざわざこの様な地まで来てもらい感謝する。大した宴も催せず申し訳ない(そして、そうできない事情もある。自分が知りうる限りでも、儀丁はきな臭い話に事欠かない国だ)
        (それが国の中でも十指に入ろうかという貴人が異国へのお忍びの旅、完全厳戒とまでは行かずとも余り大沙汰にはできないだろうことは察せられる)
        (そうして顔見せが済み、場の空気が間断を迎えた頃を見計らい、赤毛男が硬い口調で口火を切る)
        まずは、不躾ながらこれだけは確認させて貰いたい。…ホウサ殿が極刑になるなどということは…あるまいな?(それは、赤毛男が何よりも知りたいこと)
        (彼女が無事へ国へ辿り着いたということは報により知っている。だが、その後どうなったかは情報がない。仮に、仮にだがそのような事態を迎えるのであれば…相応の考えがある)
        -- 乱蔵 2012-12-09 (日) 00:27:48
      • (鳳釵の兄だという男は、確かによく似ていた。どこか人を安心させてしまう雰囲気もよく似ている。だが、今その瞳は真剣そのもの、国を背負って立つ人間の一人としてのものだ)
        (こちらも同じような立場の人間として飲み込まれぬよう、身を正し気を奮い立たせ相対する。事前にこちらで調べられるだけ調べあげておいた儀丁の知識を思い返し整理していく)
        (乱蔵の言葉を黙して聞きながら、士龍の本意を推し量ろうとする。これはある種の戦でもあるのだ、向江国と儀丁という国の、そして恐らくは鳳釵の命運を決めうる、戦い)
        -- 静次 2012-12-09 (日) 00:28:31
      • いいえ こちらも慌ただしく来た身、こうやって相まみえることが出来ただけでも僥倖というものです
        (この向江国には、果たして我が国はどんな評価をされていることだろうか 最悪こうやって席を設けることすらも拒否されてしまうのではと思っていたが、それは杞憂というものだった)
        (そして乱蔵の言葉に、やはり自分が来て良かったと確信する だからこそ当主自らが会うと言ったのだろう 自分はほかならぬ、鳳釵の兄なのだから)
        (妹の身を心より心配している彼の姿に力のこもった瞳が柔らかく細められる)ご安心下さいませ 死罪は免れました
        (つまり、死罪という選択肢もあったということだ 州邑では高位のある者が勝手に国を出るということはそれほどまでに重い罪ということなのだろう)
        (乱蔵もだが士龍は静次の視線も注意深く視界の端で観察していた 少しの隙も見逃さないその視線は、力は無くとも立派な武人の瞳であった)
        (二人の兄弟の、各々の視線を同時に受け止めながら、厳かに後を続く)ただ…それでもやはり罪は罪 あの者には別の刑を執行致しました
        (刑の内容を聞けば、彼らはどういった反応をするだろうか 激高するだろうか 掴みかかってくるだろうか 背後の楊慎と戴轟の気配は、いつでも最速の動きで守護するように構えられている)
        (だが彼らの力を借りるよりも、自分は乱蔵の想いをそのまま受け止めてみたかった それはそのまま鳳釵に伝えてあげたい それが何よりの生きる励みとなるだろう)
        (必ずや、絶望に喘ぐ妹にとっての、一筋の希望となってくれることだろう)
        -- 士龍 2012-12-09 (日) 00:47:54
      • そうか…(瞳を細めて答える士龍の言葉に、目に見えて赤毛男の雰囲気が弛緩する。最悪の事態だけは考えずともよくなったようだ)
        (もし、そのようなことになるのであれば、総勢を上げ武力を持ってしてでも応じる心積もりであった。彼女が選んだ彼女自身の道、それを無かった事にしようとも)
        (それで当の彼女に恨まれようとも構わない。生きてこそ、生きてこそなのだから)
        (しかし安心するのはまだ早い。その物言いは死罪にもなりうるはずの罪であったことも容易に想像させる。続く言葉はその想像を裏付けて)
        ホウサ殿は…どのような刑を?(覚悟を決め、腰を据えて士龍に続きを促した。彼女が背負う、罪の名を)
        -- 乱蔵 2012-12-09 (日) 01:44:48
      • (二人の視線をしっかと受け止め、平静をほんの僅かたりとも崩さない佇まいは、相当の場慣れをしていることがよく分かる)
        (自分も父から受け継ぎ、秋津家の対外的な交渉を担ってはいるものの、越えた修羅場の数が違うのであろう)
        (伴の武人もただの置物ではない、何かあればすぐさまその腕を振るい得る張り詰めた気配を振りまいている)
        (死罪にならぬことは想定の範囲内。如何に国抜けが重い罪であろうとも、逆を言えばそれだけだ)
        (国を抜けた後に犯罪を犯した訳ではないし、鳳釵の立場からすれば国抜けそのものによって国に騒乱をもたらした訳ではないだろう)
        (真に問題となるのは執行したという言葉。刑の内容次第ではあるが、既に取り返しのつかない事態になっていることも充分に考えうる)
        -- 静次 2012-12-09 (日) 01:45:08
      • (判り易すぎる程に安堵する乱蔵の姿を微笑ましく見つめる 妹の身を案じるあまり、今日まで心安らげる日もなかったのだろう)
        (ああ、良い人を見つけたなあの子は この様な事態でなければ、諸手を挙げて我が家に歓迎するものを)
        (その安堵する顔をまた翳らせる事になろうとは いや今まで以上に苦しめてしまうことになろうとは)
        (だが私は告げなければならない それが彼に対する最大の礼であるのだから)
        (僅かの間、徐にその黒の瞳が閉じられる 思案か決意を固める時間か 次に開いた瞬間、今までのまだ暖かかった雰囲気ががらりと変わった)
        (まるで氷のようにひやりとした視線ではあったが、冷酷とはまた違うものであった)

        貴方にとっての悪夢とは、どんなものでしょうか?

        (覚悟を込めた乱蔵に向かい、唐突な質問を投げかける が、その瞳は真剣そのものであった)
        (決して話しをはぐらかしているのではない むしろ、その表情にはどんな事が起きても揺るがない不動の精神が現れていた)
        -- 士龍 2012-12-09 (日) 02:03:26
      • (赤毛男から発せられた問いに対して、一拍の間士龍が瞳を閉じる。その時間のなんと長く感じることか)
        (まるで自分自身が刑を言い渡されるかのような心持ちでいれば、再びその黒き瞳が開かれた時、そこには先程までの男は居なかった)
        …悪夢…じゃと?(冷たい刃と化したかのような士龍が放った言葉はまた冷たさを持って)
        (己の問いの答えではない、しかしそれは確かに答えでもあるのだろう。それが分かる程に士龍からは強い気概を感じる)
        (そして、それを感じ取れば視線を落とし、先程の士龍と同じように瞳を閉じて押し黙り、思いを巡らせる)
        (この国に居た頃なら、緩やかに停滞していく国に引き摺られて腐っていくのが悪夢だと答えたろう)
        (国を出て、修行の旅をしていた頃なら旅の果てに何も見出だせず朽ちていくのが悪夢だと答えたろう)
        (冒険者となり、養成校で己を鍛えていた頃なら、磨き上げた腕でも夢を叶えられず果てるのが悪夢だと答えたろう)
        (そして、今は。幾年もの時を過ぎ、今ここに居る己の悪夢とは)
        大切な者を…何よりも掛け替えの無い者を失うのが…ワシの悪夢じゃな。
        (小賢しいことは考えない、そういうことを考えるのは静次の役目だ。己はただただ素直に己の感じたままを放つ)
        (瞳を開き、真っ向から士龍の視線を受け止め、投げかけた言葉は嘘偽り何一つ無い、純粋な思いだった)
        -- 乱蔵 2012-12-09 (日) 21:46:28
      • (内心、疑問の念が浮かぶ。士龍からの質問は観念的であり、今この話に関係があるかも分からない)
        (交渉事には話の中に直接関係のない質問や意見を混ぜ込むことによって緩急をつけ交渉相手を揺さぶる術もあるが…)
        (しかし、士龍の態度からはそのような小手先の技に頼るようなせせこましい気配はまったく感じられない。ここは乱蔵に任せ、見に回るべきであろう)
        -- 静次 2012-12-09 (日) 21:46:44
      • (士龍は頷く 何度も、ゆっくりと 乱蔵の思いを、言葉を吟味し飲み込むよう)
        それを体験させられたら、貴方はどんな風になって行くのでしょう
        一日だけではありません 何日も、何日も 毎日、毎日 実際に体験するのは不可能でも、夢の中なら可能です
        (澱みなく言葉を紡ぎながら、片時も乱蔵の視線から目を離すことはなかった 彼の中にある純粋さ、一途さを直視するのは大変な苦労を強いたが)
        貴方や鳳釵のような戦いに明け暮れた人間には、肉体的な苦痛や拷問は意味がありません
        ですから、罰を与えるのは肉体ではなく心にするのです 精神的な痛みを負わせるのが此度の禁固刑となります

        (そこまで言い終え、乱蔵の反応を確かめる もう彼は気づいていることだろう 鳳釵がいま現在受けている罰が、どれほどおぞましいことか)
        ……鳳釵は今、誰にも対面すること叶わぬ深い山の奥にある小屋におります もちろんただの小屋ではなく、そういう仕掛けを施した小屋です
        刑の期間は一年 その小屋で一人で生活していくこと その小屋で…己の中の最大の悪夢と対峙することになります
        (ここまで表情一つ変えずに言えた自分に、士龍は少しばかり驚いていたが、それは欠片も表には出すことはなかった)
        -- 士龍 2012-12-09 (日) 22:03:14
      • (それは容易だった。今まで考えなかったはずはない。それは彼女がここから旅立ち、故郷へ帰る前から、何度も、何度も)
        (いつかまた会えるはずと信じたからこそ、彼女を送り出した。彼女がこの世のどこにも居なくなってしまうことなど、考えたくなかった)
        (それでも、世界は残酷で、情け容赦などない。時折そんな絶望の深淵を覗くように、思い巡らせた)
        (栗色の柔らかく長い髪の手触り、細められこちらを見つめる黒い瞳、ころころと良く笑う可愛らしい声)
        (打ち合い鎬を削った拳の硬さ、身を寄せ合った肌の柔らかさ、そして握り合った手の暖かさ)
        (全て失われる。その全てが)
        (深い深い井戸の底に居るような黒い思念に襲われる。急に辺りが肌寒く冷たくなったかに思える)
        (目に映るあらゆる物の色が消え、暗闇に落ち込んでしまう。体の力が抜け座ったままだというのに、がくりと身を崩し項垂れる)

        …それは…真か(どうにか、一言だけ絞り出した。今自分が感じているような深い絶望は、それでもまだまだ浅い)
        (士龍の言葉に想起され、常よりも強く呼び起こされただけのもの。…だが、彼の言葉通りなのであるならば、彼女は夢の中とはいえそれを実際に体験しているのだ)
        (それが彼女の罪、自らの居場所に背を向けた彼女が一身に受ける業。それはある意味では…死よりも重い罰)
        -- 乱蔵 2012-12-09 (日) 23:15:38
      • (粛々と士龍と乱蔵のやり取りを観察していたが、やがて士龍が淡々と語り出す。その言葉が重なる程に、乱蔵の目がみるみる見開き、焦燥していくのが分かる)
        (己も抑えきれぬ冷や汗が背中を伝っている。そのような刑罰の話など耳に触れたことさえない、死刑が肉体を殺す刑なのであれば、それは心を殺す刑と言っても過言ではない)
        (なんと、なんとむごいことだろうか。それでは刑を全うしたとしても、受けたものはただでは済まい)
        (項垂れた乱蔵の心中察するに余りある。兄以上の朴念仁である己でさえ分かってしまった程仲睦まじき二人であったのだから)
        ……士龍殿、幾つか宜しいでしょうか(なれば、己は己に出来る事を。唇を引き結び、そして開いた時には自分でも思ったより冷静な声を出せていた)
        先程伺った所によれば、既に刑は執行中とであると判ぜられますが、相違ありませんか(能面のように表情を変えない士龍に対し、その奥深くを見通すべく強い視線を向ける)
        -- 静次 2012-12-09 (日) 23:16:07
      • (乱蔵の焦燥する姿は見ていて実に痛々しいものであった 真に力なく項垂れる人間とはかようなものかと思うほどに)
        嘘をついては貴方に対する非礼となりましょう
        (人は心に衝撃を受けた時、精神面で様々なことが起こるという 現実を受け入れられない麻痺状態に続き、そんなことある訳がないという否定したい気持ち 混乱による判断能力の減少)
        (やがて現実を受け入れて来ると、どうしてこんな目にという怒りと、どうしてこんな事にという罪悪感に苛まれる)
        (呆然自失している彼の姿に、士龍はまるで心理学者のように努めて冷静に観察していた)
        (さて彼はどちらだろう 我々に対する怒りか、はたまた故郷へ送ってしまった事に対する罪悪感か)
        (怒りならば対処の仕様もあろう だが厄介なのは罪悪感だ 罪悪感は無力感へと繋がり、やがては心を閉ざしてしまう)
        (どちらにしろ、この国の我々に対する心象はこれでかなり最悪なものとなった だが隠し通しておく必要はない これは必ず伝えなければならないことなのだ)
        (乱蔵の為にも、儀丁という国を知ってもらう為にも)

        …はい(突然の静次の言葉にも、焦ること無くゆるりと顔を向けて応える 表情は相変わらず不動のもので、およそ人間らしさが垣間見えなかった)
        はい、おっしゃる通り 鳳釵は今もその小屋におります
        (静次の視線を全面に受け入れるように、こちらは特に威圧らしいものすら発することはなかった 読めるものなら読んでみろと言わんばかりの余裕の態度である)
        (だがそれは静次を軽んじている訳ではない 読まれても特に問題はないからだ)
        (むしろ、読めるのなら読んでほしいという態度に見えたかもしれない)
        -- 士龍 2012-12-09 (日) 23:46:50
      • (士龍の念押しの一言を聞いて、言葉を無くす。彼女の犯した罪が軽いものではないことは分かっていた、分かっていたが…)
        (これほどまでに過酷な罰を受けるとは想像の埒外であった。極刑を受けねば良しと考えた自分の甘さに吐き気がしそうになる)
        (だが、彼がこうやって丁寧に伝えに来てくれたということは、彼女自身もそれを承知の上で臨んでいるのだ)
        (命が無くなってしまう訳でない、だがこのままではそれに等しい状況になってしまうのではないだろうか)
        (怒りとも罪悪感ともつかない感情が湧き上がる。それはいとも容易く己の中で攻撃性を伴い膨れ上がる)
        (今すぐ手勢を率い、彼女を助けに行きたい思いに駆られる。が、)
        (ずっと黙していた静次の声が耳に入り、は、と我を取り戻す。…そうだ、今はまだ本当に最悪の事態が訪れている訳ではない)
        (彼女も、争いの火種になるようなことは望んでいないだろう。ギリギリまで信じるのだ。きっと彼女が己をそう思ってくれているように)
        (そうして、心を決め、未だ憔悴の色濃く残りながらも、前を向いて静次と二人士龍へと向かい合う)
        -- 乱蔵 2012-12-10 (月) 01:11:41
      • (やはり既に刑は執行されている。それでは刑自体を止めたくとももはや遅いということだ)
        (元より、鳳釵は受けるべき罰を受けるべくして故郷へ帰った。それが何もなしでは本人の気も済まぬだろうがこれは余りにも…)
        …そのような目的の刑であるということは、鳳釵殿の命自体は保証されていると考えても宜しいのでしょうね。
        (例えば精神を追い込んで自死に至らせることを目的としている訳ではなさそうだ。なのであればもっと直接的な手段があるだろう)
        (慎重に士龍の表情、仕草、指の動き、瞬きの数まであらゆる情報を貪欲に読み取ろうとし、並行して彼の国の情報を脳裏から引き出していく)
        (彼とて妹をただ断ずれば良しとするような男ではないだろう、乱蔵に比べれば少ないながらも嬉しげに話していた鳳釵から見た兄の情報を重ね合わせていく)
        一つ、こちらから提案があります。お聞き願えるでしょうか(しっかと士龍に視線を据え、その姿を見極めながら一つ、問う)
        (目の前のどこか人間離れした気配を漂わせる男へか、手のかかる妹を案ずる男へか、そのいずれでもない誰かか)
        -- 静次 2012-12-10 (月) 01:12:30
      • (怒りも抑え、さりとて絶望に陥ることもない どうやらこの乱蔵という人は中々の自制心の持ち主のようだ)
        (一国の次期当主であれば、それもまた必要なことなのだろう それに鳳釵が選んだ男だ あの子も中々人を見る目があったということか)
        (視界に入る乱蔵と静次の姿を同時に観察しながらも、静次の言葉にしっかりと応えた)
        はい そもそも死なせる為ならば極刑にしております あの小屋には死なせない様に様々な処方がしてあります
        心が壊れ自傷行為を行う者もおりますから、瞬時に治癒できる式を小屋全体に埋め込ませて、刃物などはなるべく排除しております
        そして、夢の中での内容は目覚めたと同時に忘れてしまうようにしてあります 夢の内容を記憶しては現実との記憶と混ざり合い精神の崩壊を早めてしまいますからね
        ですが、内容は覚えていなくとも、恐ろしい思いしたという感覚だけが残るという経験は、そちらもおありでしょう? その部分は忘れぬようにしております
        (悪夢を見た後、強烈なものならば暫くは記憶にも留めているだろうが、その恐怖や衝撃も、時間が経てば薄らいでしまう だがそれが毎日だと話は違う)
        (自分と同じように、こちらをつぶさに観察している静次の瞳に、少しずつだが意識を集中する それはまるで実の兄が弟の成長を見届けるような眼差しで)
        はい 受け入れるかどうかは、聞いてから判断する ということで良いのならば
        (彼は果たしてこちらの意図を理解してくれるだろうか 乱蔵とはまた別の意味で、この秋津静次という男の行動に興味を惹かれていった)
        (彼はどのような提案を考えついたのか 彼の目に自分はどんな風に見えているのだろうか 不謹慎ではあるが、士龍の心は少し浮きだっていた)
        -- 士龍 2012-12-10 (月) 01:35:02
      • (陰惨な刑罰の詳細を語る士龍に脅威を感じる。その内容自体もさることながら、それが自分の妹に科せられているというのに淡々と事実だけを述べるその語り口に)
        (一筋縄に全てが穏便に済むとは思ってもいなかったが…この会談、予想以上に難航しそうだ)
        (隣の乱蔵へちらりと視線をやる。随分と衝撃を受けたようだが今はどうにか持ち直したようだ。そうでなくては困る)
        (己がかつて追い求め、いま支えるべき背中は、そんなしょげくれた小さな背中では無いのだから)
        当主様。件の御品、お目に晒しますが宜しいでしょうか(念の為に確認を取る。自分はあくまで家臣の一員だ、弁える所は弁えなければならない。特にこの様な場では)
        -- 静次 2012-12-15 (土) 22:29:24
      • (再び士龍を見るその目は、先程のものとはまったく違うものだった。それは戦場に身を置くものの目、刃と刃が飛び交い、血煙舞う場所を住処とするものの目)
        (ここで何もせぬ出来ぬでは許されない。誰よりも自分自身が許せない。彼女のためにそして自分自身のために…するべきことを、するのだ)
        …問題ない。扱いには気をつけるんじゃぞ(言うまでも無いことだが、こちらも念のためだ。その扱いについては自分などよりよほど静次の方が長けているのだから)
        (その提案については事前に話を聞いている。そして、その提案の全責任を己が負うことも承知済みだ)
        -- 乱蔵 2012-12-15 (土) 22:29:46
      • (返事を待ち受ける間、士龍の様子を伺う。よく見れば鉄面皮と言っても過言で無かったその表層にほんの少しの、静かな湖面に浮かんださざ波のような感情を感じ取る)
        (まずは一ノ門を抜けたという所か。如何に策を弄せようとも、相手が土俵に乗ってくれないことには始まりさえしない)
        心得ております。では失礼をば(懐に手を入れ、そこから慎重に何か物を取り出そうとする。そうして現れたのは、片手にすっぽりと収まってしまうような小さな桐の木箱)
        (赤い紐で十字に括られた箱には、複雑な図形と文字で描かれた霊符が一枚、紐の上から張られている。もし士龍に心得があるのならば分かるであろう、それは強固な封印の呪であることを)
        ご安心ください、御身を害するようなものではございません(その一言は士龍と、その後ろの二人へ。士龍の一声あれば、いやそれが無くとも危険を察知すれば即座に鞘走られるであろう一本の鉾と一本の刀へ)
        (そしてその小箱を自分と士龍の間の畳に置き、目を閉じ念を集中させ口中で一声呟けば、ぴり、とひとりでに符が破け紐が解ける)
        我が国のこともある程度はご存知ではありましょうが、こちらを目にするのは初めてでしょうね(何しろ自分さえ、いやこの国の誰でさえもこれを見るのは数ヶ月前が初めてだ)
        これは…御神木の実です(解けた紐に続いてぱたりと箱が開く。そうして現れたのは子供の手に握れそうな程の小さな丸い紅い実)
        (最高級の紅玉よりも深く色光り輝き、それでいて脈動する生命の煌めきを思い起こさせるような深紅の実であった)
        -- 静次 2012-12-15 (土) 22:30:14
      • (静次が秋津家当主にお伺いを立てるとは並々ならぬものでは無さそうだ しかも扱いに気をつけるとはよほど希少なものなのか)
        (そして懐から取り出されたそれに、三人三様の表情で視線を注いだ)

        (士龍の視線はまず貼られてある符に目が行った ちらりと見ただけでその霊符が尋常な力を秘めたものではないと判断した)
        (そのような貴重なものを見せるとは それを見せることによって、彼らは何を伝えたいのか その答えもまたその箱の中に詰まっていることだろう 慎重を喫する静次の手を、今はただ黙って見つめ続けた)

        (戴轟の目はその桐の箱に注がれていた 片手に収まるほどの小さな箱だが、二人の様子にとてつもないものを感じ取る 鬼が出るか蛇が出るか、害が無いと言われてもどこまで信用できるものか)
        (一拍の合間に、士龍の横をすり抜け得物である手戟を二人に向かわせるのは可能だろうが油断はならない こちらの攻撃もどれほど通用するから甚だ疑問である)
        (自分の攻撃を囮に、楊慎の苗刀を向かわせれば勝機は上がるかもしれないが、出来るのならばそんな争いごとは起こってほしくなかった)
        (自分は武人であるが、無用な争いは無いに越したことはないのが持論だからだ)

        (唯一微動だにしない楊慎が、表情も変えずにじっと静次の様子を直視している 彼には術の知識はそこまでなかったが、それでも人の動きを逐一観察し、その動きが後にどういう影響をおよぼすのか記憶する癖があった)
        (ただ見ただけでは、静次の手はこの桐箱を開く為に、あの呪符の封印を説いているのだろうと判断する それに加えて口の動きから呼吸の回数と間隔の周期 そのしなやかな手指の一本一本を、そして全体を観察し記憶していく)
        (術の封印を解いているように見せかけ、他の仕草で全く別の術を完成させ攻撃する術者というのもいる 本当に彼は封印を解いているだけなのか、その動作を記憶する必要があった)
        (大雑把に見ているようで恐ろしく細かい所まで把握する視線は、この三人の中で特に異様だったことだろう)

        (そして木箱は開けられる)
        (三人の位置からも中身は充分に確認が取れ、その中身を見、そしてその正体を知れは、先程と同じようで全く違う三者三様の様子が見て取れた)
        …くっ(突然、士龍の口角が持ち上がり、徐々に膨れ上がったように笑い声は大きくなり、やがて狭い部屋にその笑い声が跳ねまわっていった)
        ……よもや、こんなに簡単に拝めるとは(まだ笑いの余韻が消えないのか、震える身体を押さえるように姿勢を正し、改めてニコリと目の前の二人に頭を下げた)
        大変なご無礼を致しましたこと、心より深くお詫び申し上げます して、この真意をお聞かせいただけますか?
        (儀丁の者にとって喉から手が出るほど所望するその紅い実を持ち出されては、こちらもそれ相応の心構えで相手の要望を聞き入れなければならないだろう)
        (頭の中で幾つかの候補を予想しながら、その瞳は更に真剣そのものとなっていった)
        -- 士龍 2012-12-15 (土) 23:21:03
      • (静次が懐に手を入れた瞬間から、士龍の後方からぴりぴりと猛々しい気配と、静かな研ぎ澄まされた刃のような気配を感じる)
        (弟の意図は充分に分かっている、提案を伝えるにしろ話だけではこの猛者たちを納得させられるかどうか分からない)
        (一番てっとり早く、一番効果が高いのは現物を見せることであろう、それが相手を良い意味でも悪い意味でも刺激させることは分かっている)
        (二対一。一人は気配にさえ気づけず不覚を取った相手、一人はそれと同格であろう未知数の相手、それでも何かあれば穏便に場を収める気構えを練る)
        (手練の相手に血を流させず、こちらも血を流さない。困難極まりないことであるがそれを成さねば全てが台無しになる)
        -- 乱蔵 2012-12-16 (日) 00:50:25
      • …流石は耳聡い。御神木の実の事をご存知でしたか(己も古ぼけた歴史書を紐解いて知ったことだと言うのに、一体この男は海隔てた地においてどこまで把握しているのか)
        (恐ろしげな思いを抱きながらも、いきなりの士龍の笑い声に驚きを感じ、そして確かな手応えを知る。三之門、突破か)
        かつて、この実が存在したことはこの国の歴史上数度ありました。国が荒れ血で血を洗う戦乱を迎えた時(己も記憶を思い起こしながら語る)
        未曾有の天変地異が襲いかかり国が滅亡の際に立たされた時…そして、今、です(一時一時、光を受け、返し、一瞬足りとも同じ姿を見せない実を前にし)
        戦の際はこの実を煎じた湯を民草たちに分け与えた所、死を待つのみであった者さえ起き上がり奮い立ったと言います。
        (ゆっくりと、頭の中で別の書を紐解き始める。州邑の、儀丁という名の書を)
        かつてない干ばつに襲われ、この国の緑が枯れ果て大地が干乾びた際には…この実を埋めた地が数十年の間豊穣を約束されました。
        (果てしなく続く戦とやせ衰えた地、乾いた土の匂い、砂だらけの風の味さえ夢想しながら語り続ける)
        この実を貴国へと提供致します。…鳳釵殿の減刑と引換えに。
        (そして、この国の緑を見ていた鳳釵の瞳を思い起こす。どこか輝かしい物を見るように、どこか見果てぬ夢を見るように)
        (この実は、一時的ではあるが彼の国を癒すだろう、それを鳳釵も喜ぶに違いない。その時はきっと、あの笑顔をまた浮かべるのだろう)
        …もしかすれば、芽が出るかもしれませんね。
        (ぽつり、と呟いた。それは過去に例のないことではあるが、まったくありえないとは言い切れない。自分たちは過去を生きているのではない、未来へと歩み続けているのだから)
        (その一言を呟いたその時だけは、硬く引き締まった相好を崩し、朧気な何かを見るように。それは鳳釵が見せていた瞳と似たものだった)
        -- 静次 2012-12-16 (日) 00:50:46
      • (静次を横目に見ながら、奇妙な既視感に思い当たる。その違和感を己の内で探れば、思い出す)
        (それは士龍が見せていた瞳、初めて目の前の男と会った時、御神木を見ていたあの瞳。どこか子供じみた、だからこそ純粋な思いが込められた瞳)
        ワシもその提案を支持する。士龍殿、どうか御一考くだされ(それは気付けば良く知ったものでもあった。いつだって隣に居た、彼女が浮かべていたものなのだから)
        …一つ、ワシからも言わせてもらうのならば…(言いながら言葉を探す。どう伝えるべきか迷うように)
        -- 乱蔵 2012-12-16 (日) 00:51:33
      • (ずっと探し求めていた どうすれば我が国は救われるのか どうすれば我が故郷の大地は救われるのか)
        (可能な限りのありとあらゆる書物に目を通し、追い求めていた目標がいま目の前に鎮座している)
        (静次の語るその話しでは、まるでこの国が変革を遂げる時を狙ったかのように出現している風に聞こえた)
        (反乱内乱、滅亡と興国 その際に起きる膨大な気が、実を結ぶ活力になるのかもしれない 時制によって実をつけるのならばますますあの御神木という植物の生態に俄然興味が湧いてきた)
        (何より、酷い旱魃にも数十年で復興出来たという話しは実に魅力的である この実は、果たして我が大地も癒してくれるのだろうか)
        …芽が(静次の言葉に呼応するようにこちらもぽつりと呟く 彼の瞳の和らぎ方、その言葉から連想する未来、それはあまりにも優しく暖かく、思わずこちらの口元も綻んでいた)

        (彼らの申し出は大体予想がついていた いや、予想以上のものであった)このような有難い実と、我が妹を天秤にかけると?
        (本来ならばこの実一つで国の一つや二つ手に入れられそうなものを そうでなくとも未来永劫、向江国に有利な条件での盟約も簡単に結べるだろうに)
        (果たしてこれはこの国の重鎮たちの総意なのだろうか 向江国は専制政治ではなく独裁政治でもなく、四家の当主による合議制だと聞く ならば秋津家の独断でこんな事など出来るはずはない)
        (それを訊ねようとした時、乱蔵の言葉に遮られ、少し機会を失う)
        (彼の弟を見る目が、弟を見ているようで全く違う何かを見ているような、遠い目線となったのが気になった)
        何でしょう ぜひお聞かせ下さい(少し表情を和らげ、相手の言葉を出やすくさせる 話合いは時に威勢を放ち、時に柔和な流れにさせるのが基本だ それよりも何よりも、この乱蔵という人の言葉を聞いてみたかった)
        -- 士龍 2012-12-16 (日) 01:42:29
      • (色鮮やかに輝く小さな紅い実を見ながら、静かに目を閉じ考えをまとめ、そしてゆっくりとまた開き)
        …ホウサ殿から聞いているじゃろうが、この国は長年恐ろしい鬼をその身の内に飼っておっての、つい最近、ようやくその鬼を滅する事ができた。
        その実はその後、発見されたものじゃが…さっき静次が言った時のように御神木はその時もワシらに力を貸してくれようとしたんじゃと思う。
        (御神木がその実を落とす時は例外なくその花も咲かせる。あの時見たこの世のものでは無いような荘厳な景色は今もこの目に焼き付いている)
        そしてその鬼を倒すことができたのは…ホウサ殿が居たからじゃ。彼女無くしてはワシは今ここにこうしておらんかったろう。
        (掌を見る。二人で握った大木刀の感触、それをしっかりと思い出すように)
        なるほど、ホウサ殿は確かに罪を犯したのかもしれん。しかし功を得てもいるのじゃ(紅い実が一際輝いた気がした。そう、これは彼女が得たものでもある)
        それはワシらの国でのものじゃが…ホウサ殿が頑張ってワシらだけが良い目を見るのもおかしな話ではないか(苦笑交じりに笑みを浮かべる。英雄は、讃えられるべきだ)
        士龍殿は今、ホウサ殿と実を天秤にかけると言ったの。…違う(そして、す、と目を細め鋭い視線を士龍へ放ち言い放つ)
        天秤にかけるのであればホウサ殿の罪とじゃ(功罪相償う。彼女が武家の規律を破り負った罪ならば、武人として得た功が考慮されなければ片手落ちだ)
        'それ'はホウサ殿が得るべき、正当な対価なのじゃから(そこまで言い切り、言うべきことは言ったと、士龍の様子を伺う)
        -- 乱蔵 2012-12-16 (日) 22:07:54
      • …この実が妹に対する正当な対価だとしても、それは結果論に過ぎません(妹がこの地でどのような行いのしたのか、控えめながらも直に聞いた身としては、それらも充分考慮に入れていた)
        たとえこの実が得られなかったとしても、鳳釵はこの地の為に戦ったことでしょう 私はこの地に来てそれを実感致しました
        (それをネタに御神木に連なるものをと要求するのは筋違いだろう 妹はこの地を愛し、その為に命を賭して戦ったのだから)
        鳳釵がこの地を愛した理由もわかります 私は生まれてから一度も儀丁から出たことがなかったので、この地の美しさはまさに桃源郷と謳われても過言ではないと思いました
        あの御神木に愛されたこの地があるのなら、それだけでも人々に希望をもたらすことが出来ましょう
        (そして士龍はこの国がいかに素晴らしく、いかにかけがえの無いものであるかをこんこんと熱弁した どれほど口が達者な人間でもここまでの賛辞はできなかっただろう)
        (そこまで熱く語りながら、一区切りつけて一度ため息をついた 語り疲れたのか暫くじっと瞑目する 表情からは思案のような苦悶のような、掴み難いものが見て取れた)
        私はこの地に足をつけ目に留めてから、ずっと判断がつかないでいましたが、ようやく決意することが出来ました
        (そう言って目を開け、目前に置かれている木箱をそっと二人の前へと押しやり、丁寧な動作で深々と頭を下げた)

        真にもって申し訳ありませんが、この件につきましては、辞退致したく存じます
        -- 士龍 2012-12-16 (日) 22:39:16
  • (そこは向江国でも御神木がよく拝める観光地点の一区画であった)
    (少し高台の所まで移動しなければならないが、そこから見渡せば御神木を中心に街や背後の山々なども絶妙なバランスで拝める、借景のような見事さがあった)
    (今日も様々な人たちでちらほらと賑わうその場所に、一人の男が埋没するようにぽつんと突っ立っている)
    (あまりにも平凡な雰囲気に、東国ではあまり見ない大陸の服を着ていても尚、男はその場で注目を集めることはなかった)
    (その男に目を向ける一瞬すらも惜しいほど、この光景が素晴らしいというのもある)
    (それにさして気にも留めず、男は口元にうっすらと笑みを浮かべながら、飽きること無くその御神木を眺めていた)
    (鳳釵の髪の色より少し薄めの薄栗色の短い髪は、夏であるが涼し気な風に気持ちよさそうにそよいでいる)
    (鳳釵と同じ黒の瞳を柔らかく細めながら、微笑む顔は少し似たような雰囲気を放っているも、彼女のように心底からの笑みとはまた違っていた)
    (背は乱蔵と似たり寄ったりだが、体つきは全く違う 中肉中背ではあるが背筋は常に気を張るように伸ばし、自然と威厳に満ちた雰囲気を保っている)
    ―おっと そろそろ行かねば―
    (男はそう思い踵を返してその場から立ち去るが、やはり他の観光客は誰一人男に注意を向けるものはいなかった)
    -- 士龍 2012-12-02 (日) 21:08:27
    • (少し考え事をしている様子の赤毛男が、辺りの様子を見回しながら高台の広場へと歩いてくる)
      (その視線は見事な遠景を望む光景を楽しもうとするものではなく、広場そのものを観察しようとするものだった)
      ふむ…、今日はここで終わりかの(呟きながら歩を進める。その口ぶりは淡々としたものである)
      (赤毛男がここへやってきたのは観光目的ではなく、何か問題はないか見回りを兼ねての警邏だ)
      (如何に御神木の結界が強力とは言え、内縁部にも物の怪が沸くことは稀にあることだ。そしてそのような物の怪程、力を持っている)
      (ましてや結界の力が弱くなっている今は警戒し過ぎるくらいで丁度いい。特にこのような人の集まる所では)
      …む?(そうして辺りに気を払っていたからか、…それとも己のよく知る'彼女'に似た気配を僅かに感じたからか)
      (異国の装束を纏いながらも周囲に違和感なく溶け込み、微笑みを浮かべる'彼'が広場から出てくるのに気づき、向かい合うように足を止めた)
      -- 乱蔵 2012-12-02 (日) 21:50:15
      • (かつかつと舗装された石畳を軽く叩きながら、広場の出入り口へと足を進めようとして、同じく男もその場に足を止めた)
        (一目見て、この御方が件の…と喉元まで出かけた言葉を飲み込み、どんな人間でも初対面でほだされてしまいそうな笑みを浮かべて男は一礼する)
        (優雅に、しかし大仰ではなく極自然に下げられる頭が再び持ち上がった時、その顔には先程の笑みとはまた違ったものが浮かんでいた)
        初めまして(小声ながらもよく通る声でそう呟くも、その場ではさすがに名は明かせられなかった 誰が聞いているかは判らない)
        (やがて視線は名残惜しそうに、また遠くの御神木に注がれた)見事なものですね 噂通り いやそれ以上に
        (御神木を見つめる目だけは、とても純粋に賞賛している目であった 羨望と憧憬の入り交じる瞳は、陽の光に照らされ煌く様が、涙を浮かべているように見えた)
        -- 士龍 2012-12-02 (日) 22:10:26
      • (直に思い至る。それはそうだろう、先程から国の要所を巡りながらもずっと頭の隅にあり、考えていたことの大本が現れたのだ)
        (間近に見れば、柔らかげな栗色の髪、深い黒を湛えた瞳、そのどれもに彼女とよく似た面影がある)
        (まるでこちらが少しでも警戒心を抱くのが罪深くなってしまうような笑みを浮かべて一礼するその姿はそれだけで彼が相当な血筋の者で在ることが分かる)
        こちらこそ、お初にお目にかかる(あちらの事情もある程度は察している。表立って名乗るのは難しいであろう)
        (彼に比べれれば幾分か粗雑な、しかし力強い礼を返し、上げた顔には御神木を見つめる瞳があり、その輝きは物腰に似合わぬ子供のような光を放ち)
        …この国の、ワシの誇りじゃからな。御神木は(僅かに濡れるようにも見えたのは錯覚だろうか、どちらにしろあんな目で見られてしまっては悪い気はしない)
        しかし既に来ているとは思わんかったよ。ここへは一人で?(しばらく前に、儀丁からの連絡があった。それは彼女が無事故郷へ辿り着いた証であると同時に、思いもよらぬ報でもあった)
        (ホウサの兄の訪問。本来ならば素直に喜ぶべきことだ、己も兼ねてから一目会いたいと願っていた相手でもある。だが…今の状況下では手放しでは喜べない)
        (きっと彼がここに来たことは、彼女の苦難と関わりを持たぬはずは無いであろうから)
        -- 乱蔵 2012-12-02 (日) 22:59:22
      • 誇りと、そして希望ですね(そう言って再度視線を乱蔵の方へ その瞳はすぐに己の立場を律する者へと変わっていた)
        いえ二人です(その言葉と同時に、乱蔵の背後近くから唐突に気配が出現した 隠れていたわけではない 気配を完全に殺し、先程の男以上に気配に溶け込み埋没していたのだ)
        (その気配が乱蔵の方を向くことなく、栗毛の男の傍に立つ こちらは漆黒の髪をやはり短くし、二の腕の中ほどまである袖で動きやすそうであった)
        (つまり、袖を気にすることなく瞬速での攻撃に特化した武人であるということだ)
        (栗毛の男よりも鋭い眼光ではあるが、睨みつけている訳ではなく、それがその男にとって普通の視線なのであろう 静かに一礼するも儀礼として実に事務的であった)
        あともう一人、この広場の入り口付近で待機している者がおります それで全員です 初めに団体で来るのもご迷惑でしょうから
        (乱蔵の心中を知って知らずか、さてと一言口にして)
        ご勤務中に大変ご足労ですが、宜しければご案内願えませんでしょうか?
        -- 士龍 2012-12-02 (日) 23:33:54
      • !(彼が言い放つと時を同じくして背中に気配を感じ取る。ぞわり、と背筋が冷えるのを感じ、反射的に大木刀に手が伸びそうになる)
        (しかし、そこに敵意が全くないことにも気付き、どうにか手を止めた。冗談ではない、酒が入って気が緩んでいる訳でもなく、むしろ警邏の真っ最中であった)
        (その自分に気付かせもしないとは、どれだけ高度な隠身術を身につけているというのだ。万が一にも彼の返答が必殺の命令であれば命を落としていてもおかしくない)
        …随分と物静かで旅の共としては大変よろしいことじゃな(冷たい汗を背中が流れ落ちるのをどこ吹く風と笑いながら言う。…この男、できる)
        (短く刈り込まれた黒髪の男を武人の目で見つめながら、その男にも軽く礼を返す。彼女が言っていた、儀丁は争い多き国であると。その意味を深く思い知る)
        (あと一人。その言葉にほんの少し安堵した。これが団体で来るようであれば違う意味でももてなしの用意をせねばならなかっただろうから)
        承知した。ああ、どちらにしろ仕事はここで終いじゃ。日が暮れぬうちに参られよ(常に浮かべる彼の微笑に計り知れぬ何かを覚えながらも、入り口付近へと歩きだした)
        -- 乱蔵 2012-12-03 (月) 00:14:28
      • (乱蔵の皮肉ともつかない言葉にも一切表情を変えず、黒髪の男は一言も発せずに士龍の背後に回る あくまで護衛に専念するためだろう)
        有難うございます ではお言葉に甘えて(こちらも乱蔵の背後に周り後をついていく 秋津家当主である乱蔵と、異国の服をまとう二人の見慣れぬ二人の男 ここでようやく観光客や向江国の住人の視線が集まりだした)
        (しかし今は逆にそれで良しとした ようは向江国と儀丁が接触したというお披露目を兼ねているからだ ただ単に鳳釵に関する礼の為ではないことは明らかであろう)
        (やがて入り口付近まで来れば、一人の大柄な男が直立不動で待機していた 乱蔵よりも頭半分ほどの背の高さ 焦げ茶色の髪は三人の中で一番短く刈りあげている)
        (鎧を身にまとっている訳ではないのに、甲冑を着込んだような威圧感のある姿はいかにも戦場を駆け回るのが似合いそうだった)
        (だが黒髪の男よりは幾分人間味のある気配も漂っていた 良くも悪くも三人の中で一番表裏のない人物のようである)
        (乱蔵の後ろに並ぶ男二人の姿を見て、こちらも深々と一礼した 大柄な姿に似合わず繊細な動きであった)
        全員揃いましたので、ではお願い致します(大柄な男が最後尾に周り、更に目立つ一行になりながら足は進む)
        (歩きながら乱蔵のすぐ後ろにいる鳳釵の兄が世間話をするように口を開いた)
        いや見事な国ですね 漂う気質も穏やかで、さぞ住みやすい国なのでしょうね(言いながらも、鳳釵のことには触れなかった まだ話す時ではない きっと彼もそうだろう)
        (あの子の事を聞くのならば、改めた場所でじっくりと聞きたいことだろう だが私の話す内容に、最後まで平静を保ってくれるかどうか)
        (和やかに話しながらも、心の中では乱蔵のことを値踏みしている自分に、士龍は胸中で苦笑した)
        -- 士龍 2012-12-03 (月) 00:50:08
      • (異国からの客を二人連れて広場を横断するように移動する。辺りの人間がこちらをちらちらと見ていることが分かる)
        (さもあろう、この二人は周囲に溶け込むように動いていたが、己は特に気配を隠してなどいない。更に、今は二人も気を抑えてはいない)
        (二人が再度気配を消すようであれば、それに準ずるつもりであったがそれをしないということは、衆目に姿を晒しても問題ないということだ)
        (そうして入り口に辿り着けばそこには存在感のたっぷりとある巨漢が一人。もし異国の衣装を身につけてなかろうとも直に分かっただろう)
        (こちらを見て気配を消すことをやめたのか、元からどっかりとここに居たのか。なんとなく自分と似た匂いのこの男ならば後者のような気がした)
        こっちは大層頼もしそうじゃな、いい共じゃの(服の上からでも分かる鍛え上げられた筋肉は伊達ではあるはずもあるまい)
        (もし彼女が使っていたような体術も使うのであれば、その力は何倍にも膨れ上がろう。そう細やかな礼をする男を見て礼を返しながら思う)
        (そうして広場を後にして、帰途へとつく。今からであれば日が暮れる前に充分に間に合うだろう)
        うむ、自慢ではないが素晴らしい所じゃよ、滞在中はのんびりと過ごすとええ(…問題がない訳ではないが、と心中で付け足しながら彼へ言う)
        (彼女が言っていたように、悪心を持つような人物には見えない。ただ、明け透けに全てを見せてくれるような人物でもないようだ)
        (警戒とまでは行かなくとも、充分に心に備えを持って屋敷への道を歩く。何しろここで下手なことをしてしまっては彼女自身にどう跳ね返るか分からない)
        (ただ願わくば…。今は背に向けた御神木を見ていた彼の瞳を思い出す)
        (いずれは心より分かり合えるようになりたい。彼女の家族は…己の家族でもあるのだから)
        -- 乱蔵 2012-12-03 (月) 02:10:29
  • (今日は空が高い。屋敷の軒先から見上げる青々とした空はどこまでも抜けるように青く、透き通って)
    これはよく晴れたものじゃ、絶好の稽古日和じゃな、のうホウ…(なんの気なしに口をついた言葉が途切れる。口を閉じ引き結ぶ)
    (その声を届けるべき者は居ない。いつも側にいた彼女はもう居ないのだ。頭では分かっている。分かっているつもりだった)
    (今頃は故郷へと帰り着いた頃だろうか、旅行きに問題はなかったろうか、きちんと食べているだろうか、怪我などしていないだろうか)
    (同じ青空の下、あの向こう側へ居るであろう彼女を想う。自ら過酷な道を進むことを選んだ彼女を)
    (そして信じる。彼女は彼女の道を歩んでいることを)
    -- 乱蔵 2012-11-29 (木) 00:11:29
    • …私の式神で良ければ稽古に付き合うが?(廊下の曲がり角から、す、と身を表す。事情は概ね聞いている)
      (特に身を隠していた訳ではないが、兄が気落ちしていないか様子を見に来た矢先のことだった)
      (しかし青空を見上げる兄の瞳には、未だ思い残れども強い意志が見える。心配し過ぎることもなかったようだ)
      少し…静かになってしまったな(同じように空を見上げながら一つ呟く。今のこの家は一つの灯りが消え、僅かに暗くなった部屋のよう)
      母上と父上も心配していたぞ(特に料理を教えていた母親は彼女のことを気にかけていた)
      -- 静次 2012-11-29 (木) 00:43:10
      • かっ!盗み聞きとは趣味が悪いぞ静次よ!(そう言いつつも、そうでないことは直に分かった。気を使ってくれているのだろう)
        (彼女が旅立った後、騒ぎにならぬよう家中の親しい者には事情を伝えておいた。彼女には彼女の理由があってここを発つのだと)
        …ホウサ殿はホウサ殿の成すべきことを成しに行ったんじゃ。ワシらに出来ることは…ワシらもワシらがするべきことをするだけじゃ。
        (国へ帰れば軽くはない罰を受けるであろうことは彼女から聞いていた。その罪を贖い再びまた会えた時に笑顔で居るために)
        (彼女に誇れる自分自身であるために、己も成すべきことを成し、胸を張って彼女にまた出会おう)
        そのためにも…静次よ、お主には稽古でなく別のことに付き合ってもらうぞ?(意味有りげな瞳で弟を見て言う)
        -- 乱蔵 2012-11-29 (木) 01:02:57
      • ……(黙する。比較的大らかで穏やかなこの国では国抜けをした所でその事自体は大した罪にもならない)
        (しかし、周辺の国ではその本人のみならず、一族郎党に責任が負わされることも少なくはないことを己は知っている)
        (大陸の詳しい事情は分からないが、儀丁は義を重んじ礼に尽くす国と聞いている。なまはかなことでは済まないだろう)
        (ましてや、鳳釵はこの田舎にさえ名が届くような名門、夏家の血筋だ。余り楽観視していいものではない)
        …何か、手を打つべきかもしれんな(ぼそり、と小さく呟く。そうやって考え事をしていたせいで兄の言葉を聞き逃してしまい)
        む、何か言ったか?(聞き返したその時、ちちち、と雀が一匹、己の元にやってくる。それは人を恐れる様子も全くなく肩へと止まって、またち、ち、と鳴く)
        …乱蔵、話は後回しだ。外縁の村に物の怪が出たようだ、行くぞ(その雀は式。それが今一つの村に訪れた危機を知らせてきたのだ)
        -- 静次 2012-11-29 (木) 01:30:18
      • …承知した!(聞くが早いか、床の間に置いてあった大木刀を掴み背中に背負い、ば、と身を翻し庭に降りる)
        (静次から村の詳しい状況を聞きながら、靴を履き、足早に厩戸へと向かう。緊張した二人の気配を感じ取ったのか馬が嘶きを上げるのが聞こえる)
        (荒神の戦いで活性化した反動なのか、戦いの後しばらくは強まっていた御神木の結界が、今は僅かに弱まっている)
        (元より御神木は一定の周期でその影響力が変化するが、そのためか近頃は物の怪の発見報告が増加している)
        ふむ…数およそ二十…ワシとお主で充分か。静次、今のうちにムジナに父上にも一報を入れておくように言ってくれの。
        (跡目を譲ったものの、二人の不在時には父親が指揮を取ることになっている。何しろついこの間まで現役中の現役だ、頼もしい事この上ない)
        はあっ!(手綱を取り、鞍に跨り最初から飛ばして馬を走らせる。風を切る音の中、一拍遅れて静次が付いてくるのが分かった)
        (するべきことを、しよう。その先に待つ物が分からなくとも…そうやって人は歩み続けていくのだろうから)
        -- 乱蔵 2012-11-30 (金) 01:19:47

Last-modified: 2013-04-10 Wed 22:44:27 JST (4048d)