久遠に伏したるもの死することなく
怪異なる永劫のうちには死すら終焉を迎えん



  • 黄金暦176年1月
    • くだらない決まりを破ったところで、大したことは無いと思っていた。
      無論、今でも大したことは無いと思っている。
      村の決まりで貰える名前なんて何の価値も無いし、先生(ラーラ)がくれたシャーヒーンという呼び名を捨てるつもりも無い。
      ただ、あの人が、かつてないほど深刻で暗い表情をしていたのは完全に想定外だった。
      ……自分は何か決定的な過ちを犯してしまったのだろうか?
      だが未だ誰も非難する者はいなかった。
      呼びつけてきた目の前の女も、咎める向きは一切無く、平素のように何でもない顔をしている。 -- シャーヒーン
      • 「はいはいはい。じゃ、シャーヒーン」
        テュケーはいつものように余裕をもった表情で語りかけてくる。
        紙束が乱雑に散らばった執務机の上に座り込んで足を組み、視線の高さを同じくして、以前と全く変わらない表情で。
        「なんでしょうか、前領主様」
        「あなた、これからどうしたいの?」
        「アンタらが決めたクソ下らないレールの路線以外を走りますよ」
        ふむ、とテュケーは唇に手を当てて思案する素振りを見せた。
        こちらの険のある物言いに表情一つ変えない彼女を見て、ひどく自分が惨めに思えた。 -- シャーヒーン
      • 「具体的にはどうするのかしら?」
        先生(ラーラ)の力になる。
        テュケーの問いに瞬間的に頭に浮かぶが、それは目的であって、具体的な行動ではない。
        「それは……」
        「村に残る? それとも村を出る?」
        この女はいつだって先回りした質問を浴びせてくる。
        ひどく前時代的で腐れきった慣習ではあるが、この村では年末から年明けに行われる15歳の成人の儀式で名前を得て、その名に応じた職に就く決まりがある。
        俺がその決まりを破り──破ったといっても期間中に馬で遠乗りに出ていただけだが──トロン氏族のマギステルという名を拒否したことは、村から与えられる権利と義務を放棄したのに等しい。
        クソ下らない決まりであるが、それが今後の人生設計に関わる事柄である以上、この村に居続けるのは状況が許すとは思えない。
        それに、官職に就いている先生(ラーラ)の傍に居るためには、テュケーの妹である現領主の裁可を得なければいけないだろう。
        反抗してみせた相手に、今更どのツラ下げて許しを請い、願いを申し出ろというのか。
        「……俺は、ラーラの力になりたい」
        葛藤の末に絞り出た言葉はそれだけだった。 -- シャーヒーン
      • 「シャーヒーン、頭を上げなさい。男が決意を表明する時は前を向くものよ」
        その言葉に導かれるようにして顔を上げると、テュケーは優しく微笑んでいた。
        「あなたどうやってエマちゃんの力になるつもりなの? 現時点のあなたの力で助けになるの?」
        ああ、そうだ。この女は笑って人を刺せる女だった。一番の泣き所を容赦なく衝いてくる。
        どうやってだって? それを知りたいのはこっちのほうだよクソったれ!
        「シャーヒーン。エマちゃんを必要とするのは止めなさい」
        「人が人をどう思うのかすら管理しようってのか。どこまで傲慢なんだよアンタら」
        「本当に大事にするためには相手を必要としてはならないのよ」
        思わず言葉に詰まった。
        テュケーの言った内容のせいではない。
        彼女が今まで見た中で一番穏やかで優しい表情を浮かべていたからだ。 -- シャーヒーン
    • さて困ったことになった。
      根が真面目なものほど、社会を維持するための大人達の欺瞞に気が付いた時、反発は大きい。
      表出した行動が無言のボイコットであるのは可愛いものだったが、最悪のタイミングでやらかしてくれた。
      「ねぇマギステル」
      「俺はその名前を貰ってない」
      「はいはいはい。じゃ、シャーヒーン」
      私を見返してくる青い瞳には、たっぷりの猜疑心と僅かばかりの敵意が滲んでいた。
      一年前のあの日から、彼と私の間にあった友誼や師弟愛といったものはすっかり消え失せてしまった。
      恨まれるのは慣れている。特に彼のような存在からは。
      だけど、久々に目をかけた若い男から敵意を向けられるのは中々にツライものがある。 -- テュケー
      • 「なんでしょうか、前領主様」
        彼からテュケーと呼ばれなくなったのも一年前のあの日からだった。
        テュケー、あるいはティケ。この呼び名は結構気に入っていただけに残念。
        「あなた、これからどうしたいの?」
        「アンタらが決めたクソ下らないレールの路線以外を走りますよ」
        こうも完璧に拗ねた子供の反応を見せられると、逆に微笑ましく思えてきてしまうのだが、そこはぐっと堪えて大人の対応。
        一つ溜めを作ってから、なるたけ穏やかに (そうしないとつい笑ってしまいそうになるので) 問いかける。
        「具体的にはどうするのかしら?」
        「それは……」
        「村に残る? それとも村を出る?」
        シャーヒーンは俯いて拳を硬く握らせた。 -- テュケー
      • 「……俺は、ラーラの力になりたい」
        シャーヒーンは力無く答えて、項垂れたままだった。
        「シャーヒーン、頭を上げなさい。男が決意を表明する時は前を向くものよ」
        顔を上げた彼の目は今にも泣きそうだった。
        ああ、いけない。なけなしの母性本能がくすぐられる。頭ナデナデしたい。
        その欲求はぐっと堪えて、また私は大人の対応。
        「あなたどうやってエマちゃんの力になるつもりなの? 現時点のあなたの力で助けになるの?」
        なんて損な役回りだろう。ここは無責任に際限無く甘やかしてやりたいところだけど、私の立場がそれを許さない。
        「シャーヒーン。エマちゃんを必要とするのは止めなさい」 -- テュケー
  • 黄金暦199年7月
    • 白と黒の色彩を基調とした応接間には、東西から集められた調度品が違和感なく配置されていた。
      キリクとアニマが腰掛ける長椅子の木枠にはロマネスク様式の彫刻がふんだんに盛り込まれ、その脚に敷かれる毛織物はレオスタン古来の刺繍で彩られている。
      オーク材のサイドテーブル上でクヴェルブーケを飾っているのは、ウィトゥルス半島のロツィアン・グラスであった。
      富裕層が邸宅や調度品に金を掛けるのは、それが持ち主の資産的な信用力を示すパロメーターだからである。
      そうした意味合いでは、この応接間はサイレントヒルで商会を経営するに十分値すると無言で証明していた。
      • 真綿で首を絞められるようにまんじりと不安を感じながら、キリクは先ほどの遣り取りを思い返す。

        ━━チャオ おひさー
        ━━お久しぶりですわねアニマ。……あら? ヒドラ革のマントはどうしました?
        ━━友達にあげた
        ━━……着替えて参りますから、お連れの方と応接間で待っていてくださる?

        恐ろしい。思い返すだけでも恐ろしい。
        アニマがマントを失くしたと告げた瞬間、女から噴出す怒気も恐ろしかったが、それを受けて平気の平左でいられるアニマの神経も恐ろしい。
      • 締められたネクタイに息苦しさを覚えつつも、じっと座っているキリクとは対照的に、アニマは毛皮で遊んでいた。
        黒貂の尻尾を模した毛皮が、アニマの手の中でぐにぐにと形を変えて踊っている。
        『キーちゃんも触る? つるつるすべすべで気持ちいいよ』
        「結構です」
        『触るならおっぱいが良いと申したか』
        「言ってねぇよ」
        キリクは深く長く息を吐いた。
        緊張を解そうというアニマの配慮は透けて見えたが、それすらも今のキリクには煩わしく感じられた。
      • 「お待たせしました」
        応接間に入ってきた屋敷の主に、キリクの目は自然と吸い寄せられた。
        黒い。とにかく黒い。
        それが庭園で見た女の第一印象であり、今また目にした女の印象であった。
        腕組みをして口の端に笑みを浮かべる女は、スリットの深い黒のロングドレスに身を包み、黒の長手袋を嵌め、烏の濡れ羽を思わせる黒髪をなびかせていた。
        着替えても尚、黒を基調とした色彩は変わることがない。
        その青い双眸も、鋭い眼差し故か、色の深みを帯びて黒い光を放っているように見えた。
      • 「お初にお目にかかります。わたくし、フワルナ商会の財務理事を務めております『カラ』と申します」
        どうぞよしなに、と事務的な口調で黒い女はキリクに告げる。
        カラ……確かカーマローカ地方の古語で『黒』を示す言葉だったか、とキリクが思い返していると、カラの紅を引いた唇がうっすらと笑みの形に歪んでくる。
        「トロン氏族のマギステル……ああ、今はキリク・ケマルと名乗ってらっしゃるのでしたっけ?」
        何故この女が自分のことを知っているのか?
        疑問が頭を掠めた瞬間、キリクは立ち上がって隣に座るアニマを睨み付けた。
        「嵌めやがったな!」
      • ──ちょっと海辺の街まで気楽な歩き旅しようと思うから、護衛してくれないかな?
        思えば最初から不自然な頼みだった。アニマであれば元々護衛は必要ないし、冒険中のフラーマを放って置いて行くのはおかしな話であったし、さしたる危険もない護衛中の賃金も礼金程度と思いきや一日500Gと英雄クラスの一ヶ月の稼ぎに相当するものであった。
        この女のことだから下らぬ酔狂染みた行いだろうと高をくくっていたのが間違いだった。
        歯噛みするキリクの視線をよそに、アニマは頭の後ろで手を組んで、ぴゅーぴゅーと口笛を吹く素振りをしている。
        「あらぁ? キリクさん、貴方なにか勘違いをしてらっしゃらない? アニマが何らかの意図を持って貴方をわたくしのもとに連れてきた……だからわたくしが初対面の筈の貴方のことを知っていた、と」
      • 組んだ足の上で頬杖を付くカラの笑みが深みを増した。
        「何も不自然なことは御座いませんのよ? もともと貴方はマギステルとしてラテン語街区(カルチェ・ラタン)の学府に在籍する予定でしたもの。身元引受は我がフワルナ商会がさせて頂くようになっていましたから。当然、わたくしも貴方のことを存じ上げておりましたわ」
        「俺のことを知っている理由は分かったがね、アニマさんが何かしらの意図を持って俺を連れてきたってトコは否定しないんスね」
        「アニマの意図なんて、わたくしでも分かりかねますの」
        不機嫌そうに鼻を鳴らすカラに、キリクは自分も経験した同種の苦労を相手に見出した。
        厭う空気もそこそこに、カラは底意をたっぷり滲ませた笑みを取り戻す。
        「アニマにはアニマの意図があるように、勿論、わたくしにもわたくしの意図がありますのよ」
      • ほらきた。
        厄介ごとの匂いを嗅ぎ取ったキリクは、肩を竦めて軽薄そうな笑いを顔に貼り付けた。
        「アンタの意図なんて、コッチはこれっぽっちも興味ないんでね。帰らせてもらいますわ」
        「あら残念。貴方の『先生』に関係することでしたのに」
        椅子から立ち上がりかけたキリクの動きが固まる。
        浮かべた軽薄な笑みは強張り、長椅子の空席が再び埋まった。
        「あらあらあら。そんなお顔も出来ますのね。ふふっ、先ほどよりずっと素敵な面構えですわよ?」
        カラは嫣然と笑う。殺意の乗った鋭い視線を前にして。
      • 火花散らす視線の交錯を横目に、アニマは毛皮を弄ぶ。
        ──鞘の内か、抜き身の刃か、なんとも極端なことよ。
        飾り窓から垣間見える青空に視線を転じ、アニマは心の内で嘆息をもらした。
        しかしカラも、えげつないことをする。
        この若者がここまで敵意と殺意を剥き出しにしたことがあっただろうか?
        いつもながら相手の急所を躊躇無く抉り出して悪びれもしない、カラの胆力には頭が下がる。
        「……で? 話があるんだろ?」
        たのしいお話にはなりそうもないな。
        毛皮を弄るアニマの手の動きが、心なしか雑味を増した。
  • 黄金暦199年7月
    • ガーランド近郊の宿駅を発ってからは別段語ることも無く、平穏無事な歩き旅が続いていた。
      アニマとキリクの二人がサイレントヒル領内に辿り着く頃には、降り注ぐ日差しがすっかり夏のものに変わっていた。
      外洋から連なる幾つもの川が流れ込む街は、石造りの橋がそこかしこに点在していた。
      橋の袂を行過ぎる人達の間で流れていく湿気っぽい風は、潮の匂いをゆるやかに運んでいる。
      • 「……」 -- キリク
      • 『どったの キーちゃん?』 -- アニマ
      • 街の右岸を繋ぐ大橋(グラン・ポン)の半ばで、キリクはふと足を止めてある一点に目を凝らしていた。
        アニマも同じく足を止めて、キリクの袖口を引っ張りながら小首を傾げて見上げる。
        「旦那ァ。どうです? 彼女に髪飾りでも?」
        足を止めた二人に目敏く話しかけてきたのは、大橋の上で商いをしていた金細工師であった。
        大橋は古くから通称で両替屋橋と呼ばれており、右岸に収まりきらぬ両替商や金細工師達が軒を連ねて営業していた。
      • 「要ります?」
        キリクは話しかけてきた金細工師が広げている商品を指差しながらアニマに問う。
        『それは今夜どうだいのサイン?』
        「今日限りでお別れのサインっス」
        HAHAHA、と二人は暫し笑いあい (正確には、アニマは笑うフリであるが) サッと右岸に向けて歩き出す。
        遅れて聞こえてきた金細工師の引き止める言葉には一切振り返ることも無く、二人は右岸の商館地区を目指す。
      • アニマはつい先ほどの光景を思い返す。
        キリクはあたかも金細工師の商品の一つに目を留めていたようであったが、実際はどうであったか。
        彼の視点の先は川向こうにある左岸へと続く小橋(プチ・ポン)ではなかっただろうか。
        プチ・ポンはサイレントヒル、いや西方諸国でも有数の学生街であるラテン語街区(カルチェ・ラタン)へと繋がる橋である。
        プチ・ポン界隈は昼夜を問わず教師と学生が集う知的社交場であった。
        通る度に学生達の論駁の声で姦しい場所だったとアニマは記憶している。
      • 聞いたところで素直に答えを返してくる青年でないのは分かりきっている。
        であるならば、最初から気を回させるような素振りをしないのが大人の振る舞いというものであろう。
        「なに笑ってんスか?」
        『ふふっ……愛い奴よのぅ』
        底意を滲ませたアニマの笑い方に、肩を竦めて鼻で笑うキリク。
        二人の間でお決まりのような光景であった。
        ──しかしキーちゃん。いつまでも青い果実のままではいられないものなのよ。
        目的地を前にしてアニマの足が止まった。
      • 「ここっスか?」
        アニマが立ち止まったのは三階建ての石造建築の屋敷の前であった。
        何某商会であるとか何某同業者組合であるとか、年季の入った看板が掲げられた屋敷が軒を連ねる中で、その屋敷は表札すらなかった。
        その代わりとで言うように背の高い木々の緑が門壁から垣間見え、格子門の隙間から季節の花で色づく庭園が見て取れた。
        一見すると何の変哲もない上流階級の一邸宅といった風情である。
      • アニマはちょいちょいとキリクに手招きして姿勢を低くするように促す。
        露骨に怪訝そうに顔を歪めながらも、キリクは腰を低く落としてアニマと視線の高さを同じくする。
        アニマは緩くぶら提げられていたキリクのネクタイを手際良く締め直し、ブラックスーツの襟元をしっかりと正してから、一歩間を置いてキリクをじぃっと見詰める。
        『うむ』
        「もう帰っていいッスか?」
        『折角だからお茶の一杯や二杯でも飲んでいくとよろし』
        アニマは屋敷を親指で示しながら格子門を押し開き、実に気軽な様子で敷地内に入っていく。
      • 嫌な予感しかしない。
        「……まさかこの人の別邸ってこたァないよな」
        住み慣れた我が家の様に庭園を進んでいくアニマの背を見ながら、キリクは先ほどから得体の知れぬ不安に包まれていた。
        俺の仕事は? アニマさんをサイレントヒルまで無事に送り届けることだ。それ以外の内容は含まれていない。
        オーケーオーケー。もう半分仕事は終わったようなもんで、後はこれまで掛かった日数分の報酬を受け取るだけじゃないか。
        「あれ? 表から入らないんスか?」
        屋敷の入り口を外れて、横手の庭園沿いに続くアーチに向かっていくアニマに、キリクは問いかけた。
      • 私は裏口から入ってもいいの』
        アニマが指を走らせて綴る炎の軌跡。その中でも『私は』という文字がひときわ大きく強調されていた。
        「ふぅん」
        キリクは生返事で応えながら、注意深く辺りを見回す。
        庭園で生い茂る花と緑の中でも、特に目を引いたのが赤と白のコントラストであった。
        風にそよぐ鳳仙花と片白草が、木漏れ日を浴びて薄く輝いて見える。
        植栽の位置と日当たりがしっかり計算されていることから、手入れの行き届いた庭であるとすぐに分かった。
      • 「金融街に咲く季節の花……ねぇ」
        「あら、お気に召しませんこと?」
        キリクの全身が、ぞわりと総毛立った。
        声のするほうに視線を転じれば、黒いサマードレスに身を包んだ女が如雨露を携えて花に水やりをしていた。
        つば広の帽子の下から覗える鋭い視線で真っ直ぐにキリクを射抜きながら、女はうっすらと微笑んでいる。
        ━━いやあ、季節の花々といえど、私の眼前で咲き誇る可憐な花を前にしては霞んでしまいます。
        平生のキリクならば、そうした文言をニヤケた笑顔と共に並べ立てていたであろう。
        しかしキリクの口舌が回ることはなかった。
        キリクは眼前の女から本能的な恐怖を感じていた。
  • 黄金暦199年7月
    • 何事においても「読む」というのは難しい。
      それは大局的な物事の兆しであれ、個人の機微であれ、変わることは無い。
      読みが外れた突発的な出来事には柔軟に対応するしかないのだ。
      「というわけで君の成人と赴任が予定より前倒しになりそうなの」 -- ネモ
      • 「……そ、そ、そうなんですか?」 -- プレット
      • 不安そうにこちらを見上げてくる吃音癖の少女に、心配するなと笑いかける。
        「よくあることだからさ。幸い今年の成人は君一人だ。手間が掛かることも無いよ」
        実際のところ成人の折に付けられる名前など、年跨ぎの成人の儀式前に決まっていることがほとんどなのである。
        彼女のように外地で奉公することが決まっているものなら猶のこと。
        ここでは名前と進路はワンセットなので事前の内定も早い段階で済んでいる。 -- ネモ
      • 「だ、だ、大丈夫なんでしょうか!? よ、予定よりも早まるということはっ、より未熟な状態で赴任して、してしまうことで! ご、ご迷惑なことなのでは!? ド、ドジでノロマな亀の私がっ、い、いけな」 -- プレット
      • 「プレットちゃんはドコ行くの?」 -- フラーマ
      • 青い顔して必死に喋るプレットの言葉とは対照的に、昼間から酒臭い息で話しかけてくる女の語調は場違いなほどに能天気だった。
        大丈夫大丈夫、取って食われるワケじゃないんだから、とプレットの肩に非常に気安く手を置いているその顔は、酒気でほんのり上気して緩みきっている。
        半ば予想はしていたことだが、フラーマさんは僅か一週間足らずで村に自然に馴染んでいた。
        特に子供ウケは尋常ではない。言うまで無く彼女が子供たちと同レベルの精神構造だからである。
        「サイレントヒルのフワルナ商会です」
        問いに答えると、フラーマさんの顔色が露骨に変わった。 -- ネモ
      • 「……カラのところ? ヤバくない? 商人になるんでしょ?」 -- フラーマ
      • 取って食われちゃうかも……と先ほどとは一転した見解を口にするフラーマさん。
        プレットの顔から更に血の気が遠のいていく。あまりの不安さで声が出ないようで、絶句したまま口を開いて戦慄かせている。 -- ネモ
      • 会話の時は必ずどもり、一時が万事不安げで心許無い様子のプレットを見るに、フラーマさんの危惧は尤もなことである。
        日々に利を凌ぎ合う世界では、いかに有利な条件を相手に呑ませる為に、肝の太さと口先が求められる。
        「商館勤めではありますが、何も仕事は商人だけとは決まってません」
        『使う』者は『使われる』者の武器を見出さねばならない、とフォルトゥナ様は言っていた。
        何かが欠けていれば代わりに何かが埋めてくれる、とも。
        「プレット。商法の四十三条第二項」 -- ネモ
      • 「商人はその営業のために使用する財産について、共通法で定めるところにより、適時に正確な貸借対照表を作成しなければならない……です」 -- プレット
      • 淀みなくスラスラと答えたプレットに、フラーマさんは目を丸くしている。
        先ほどまで死にそうな表情で全身小刻みに震わせていた少女の姿はどこにもなく、事も無げに涼しい顔をした女がそこにいた。 -- ネモ
      • 「…………何語?」 -- フラーマ
      • 「お約束のボケありがとうございます。共通語です」 -- ネモ
    • 「……足りない」 -- フォルトゥナ
      • インク臭い室内に鉄ペンの軋む音と呻くような声音が同時に響いた。
        俯く女のペンを握る手が強張りで微かに揺れている。
        いけない。これはキレる前兆だ。
        「何が足りないんですか?」
        刺激しないようになるべく穏やかに問いかけてみる。 -- ネモ
      • 「予算が足りない。人手が足りない。潤いが足りない」 -- フォルトゥナ
      • 「……潤い、とは?」
        貴女の肌に? との言葉は寸でのところで飲み込んだ。
        平時ならば冗談で済まされるであろうが、現在の不規則な睡眠を繰り返す彼女の肌事情を鑑みるに笑えない事態である。
        ぐぬぬと奥歯を噛締める彼女の目は半分据わっていた。 -- ネモ
      • 「いいですか、ネモ君」 -- フォルトゥナ
      • 凛と響いた彼女の声音。姿勢を正して真っ直ぐにこちらの目を見据えてくる青い双眸。
        あ、説教モードに入った。 -- ネモ
      • 「女が女でいるためには潤いが必要なの」 -- フォルトゥナ
      • 「はあ」 -- ネモ
      • 「それは異性との触れ合いでしか補充できないの」 -- フォルトゥナ
      • 「はあ」 -- ネモ
      • 「別にね、恋とか愛とかは必要ないの」 -- フォルトゥナ
      • 「はあ」 -- ネモ
      • 「ただ異性と触れ合うことだけでいいの」 -- フォルトゥナ
      • 「はあ」 -- ネモ
      • 「膝枕して」 -- フォルトゥナ
      • 「はぁ?」 -- ネモ
      • 嫌です、と僕が言えば、
        じゃあ今すぐエマちゃんにチェンジして、おっぱい枕してもらうから、と彼女が言い、
        勘弁してくださいと僕が妥協する。
        かくして膝枕と相成った。 -- ネモ
      • 「百年前と状況が違うのは分かってた。でもここまで傭兵守備隊の成り手が減っているとは思わなかった」 -- フォルトゥナ
      • 膝枕と相成ったが、交わされる言葉は睦言の類ではない。
        目下の話題としては、黄金暦200年を迎えて各地で開催される記念式典の人員配置であった。
        「名うてのスナイディア傭兵があらかた押さえられていたのは痛かったですね」 -- ネモ
      • 「人魔大戦が終結して200年……西方諸国で大きな戦乱もなく、常備軍の再編成がなされて、傭兵達は食扶持求めて国外出稼ぎ……」 -- フォルトゥナ
      • 「50年前にレオスタンが再統一されたけど平和路線が続きましたから西方諸国内に戻ってくることもありませんでしたしねぇ……」
        酷く色気の無い会話内容に安堵を覚えつつも、手だけは別事のように彼女の髪を撫でていく。
        膝上から時折送られてくる物欲しげな視線には流石に逆らえなかった。 -- ネモ
      • 「出せる分の予算は全て精査した。でもこれだけじゃ国外で稼いでる腕利きを守備隊長に迎えるには到底足りない……」 -- フォルトゥナ
      • 声色に眠気が混じってきた。撫で付ける髪の合間から見える彼女の横顔は半分まどろみに包まれている。
        「予算の増額を進言してみては? サイレントヒルなら当ても伝手も腐るほどあるでしょう」
        身内から乞われたとはいえ、なんでこの人は他国の事にここまで頑張っているのだろう。
        問えば、それが天秤侯の仕事だから、と彼女は答えるのだろう。 -- ネモ
      • 「相場よりも多く支払えば今後必ず舐めてかかられる。それを商会のマダムが許すと思う?」 -- フォルトゥナ
      • 「絶対に有り得ませんね」
        でしょう? とフォルトゥナ様がくすくすと笑う。
        久しぶりに見た他意の無い彼女の笑顔はひどく眩しかった。
        「……少しお休みになっては?」 -- ネモ
      • 「うん……ちょっとだけ、寝る」 -- フォルトゥナ
      • ほどなくして彼女が寝息を立てるまで、細心の注意を以って膝上の小さな頭と黒髪を撫でる。
        「せめてあと一人、守備隊長の成り手が居ればなー……」
        独り呟いた言葉とは別に、心の内で思う。
        彼女が望む潤いは得られたのだろか、と。 -- ネモ
  • 黄金暦199年6月
    • 月が変わり、散発的に降る雨が夏の気配を孕ませるようになってきた。
      空気はじっとりと重く、宿駅の外は雨後に独特の濃密な緑の香りに包まれていた。
      湿気が強まり、きいきいと耳障りな音を立てる窓の木枠に手を掛けて、外気を入れようとしたキリクは少しだけ眉を顰めた。
      • キリクの耳に飛び込んできたのは、ぬかるむ土を蹴る重低音と馬の嘶きであった。
        兵が駐留しているこの宿駅では耳慣れた音ではある。
        しかし常ならざるのは音の出所であった。
      • 「……北から来るか」 -- キリク
      • いつもは宿駅の周辺をゆったりと警邏している──宿の親父からすると泥を蹄で捏ね繰り回しているだけだという──ものとは明らかに異なる性急さで、しとどに濡れた黒馬が厩に入っていく。
        キリクが馬の辿って来た道を視線で巡らせば、そこには神妙な面持ちの重装兵が直立不動で槍を屹立させていた。
        この宿駅でもっとも警戒が密な道。ガーランドを通ってヒルベルトホルストに抜ける間道であった。
      • 本国の許可が降りるまで留まるように。
        最初に身分証である冒険者証を提出した時に、愛想の一つも無く詰襟が言い放った言葉が頭の片隅に蘇ってくる。
        「そろそろ放免されるのかねェ」 -- キリク
      • 『そろそろお魚食べたいね』 -- アニマ
      • 息が漏れた。
        キリクが吐き出した息は、辺りに漂う空気と同様に、重く、深い。
        いい加減、ここのウンザリするような空模様とおさらばしたいものだ。
        霧がかった煙る虚空を横目で切って捨て、露ほどの期待も胸に抱かず、キリクはそっと窓を閉じた。
    • やはり希望的観測は報われない。
      叩扉の音に僅かに芽生えた期待は、今や影も形も無い。
      宿駅に逗留してから初めて訪れた来客を前にして、迎える二者の顔つきは全く対照的なものだった。
      女は笑顔で迎え、男は顰め面で出迎えた。
      • 『いいお話ですね』 -- アニマ
      • 「……いいお話ですね」 -- キリク
      • 最低限取り繕うだけの愛想も枯れ果てた顔のキリクに、来訪者は落ち着き払った仕草で目礼を交わす。
        「恐れ入ります」
        浅い角度で会釈する胡麻塩頭を横目に、キリクは溜息を隠そうともしなかった。
        騎士号持ちの武官だという初老に差し掛かった男からは、宿駅に駐留している詰襟達のように権高な向きは感じられないが、目の奥に潜む眼力は男に宿る気骨を存分に感じさせるものであった。
        「いい話すぎて何かの間違いだと思うんですけど。その再就職の話」
        適当に宥め賺して煙に巻く常套手が通じる相手ではないな、と内心でキリクは嘆息しながらも、染み付いた口舌は半ば自動的に回った。
      • 「何も不思議な話ではありますまい」
        口調と態度から明らかに乗り気でない男を前にしても、初老の騎士の処し方は些かも崩れるところはなかった。
        極めて冷静に自国の状況を述べ、その処方箋を説き、然るのちに励む。
        年季の入った軍人だ、と傍観者のアニマは気楽な面持ちで対峙する男達を眺笑する。
        「先ほども申し上げたとおり正規の軍人として仕官して頂くことでは御座いません。契約は傭兵と同様、軍務は貴方がた冒険者の利を活かすもので御座います」
      • 「統率された兵隊では対処困難な事態に対する機動遊軍だっけ? 要するに何あるか分かんないトコに鉄砲玉として使われるってことデショ? やだ、なにそれ、コワイ。いきなり『原因不明の大爆発』とかで死にそう。こわーい」
        尾を踏まば頭まで。徹底して軽薄でふざけたキリク・ケマルで通そうと、わざとらしいくらいにヘラヘラ笑いを浮かべて軽口を走らせる。
        挑発的なキリクの物言いにも、やはり男は崩れなかった。
        「なればこそ、英雄の名に連なり剣聖の号を戴くキリク・ケマル殿を口説き落としている次第で御座います」
      • 『ひゅーひゅー』
        野次馬根性丸出しで目を輝かせているアニマに、武官は柔らかく笑んだ。
        「フロイライン、宜しければ貴方も是非」
        『あら素敵。喜んで同衾させて頂くワ』
        目を見合わせて、女は声も無く笑い、男は深く笑う。
        ひとり、ニヤニヤ笑いを張り付かせているキリクは、心の奥が急速に冷えていくのを感じた。
        なんだ、結局見ているのは虚名ばかりか。
        「いやァ、残念だけどご期待に添えそうにもないわァ。なんせ俺ァ、皆勤賞取っただけのミソッカスだからサ。ハハハ」
    • つまらないところで勝ちを拾って当座を凌ぎ、肝心なところでは何一つ勝てない。
      称号であるとか金銭であるとか表層的な面では成功した部類に入るのだろう。
      しかしそれもただ無理せず運良く生き延びただけだという実につまらない選択の積み重ねに過ぎない。
      意味のある勝利は違う。自ら選び取り、赴いた勝負所で手にする勝ちだけが本物だ。
      死の芳香漂わすベルチアの女魔導師──戦う前から負けていた。今でも思い出すたびに冷や汗が止まらない。
      美丈夫の赤き狩人──超えようとした壁は高かった。己の限界を賭した二度目の挑戦も敢え無く失敗に終わった。
      加護の力を纏う全身鎧の闘士──あれほど忌み嫌っていた炎の力を使っても、傷一つ付けられずに終わった。
      負けるわけにはいかなかった。何をおいても勝たねばならなかった。勝ちたかった。
      しかし敗れた。要所ではことごとく。
      キリク・ケマルの20余年に及ぶ冒険者生活は結局のところ敗北の歴史だった。 -- キリク
      • 「冒険者の行き着く先は棺桶。9割方は望まぬ死で終わる中、貴殿は残りの1割におられる。それだけでも誇れることでしょう」
        乾いたキリクの笑いが、低く澄み通った声音に掻き消される。武官の目はひどく涼やかだった。
        「過ぎる韜晦は驕傲に通ず……と老婆心ながら申し添えておきましょうか」
        「耄碌して目がイッちまったか、Sir? 老眼鏡は書類に目を通す時だけかい?」
        アニマは感嘆の息を漏らす。これは本物の騎士だ、と安い挑発に頬一つ動かさぬ武官を見て思う。
        転じて、要らぬところで屈折した若さを迸らせる男を見ては、溜息が漏れた。
      • 「齢にして百を超える老骨の身。前線を退いてからは具足を付けるも大事ではありますが、人を見る目だけは日々磨かれていると自負しております。椅子を尻で磨いているだけでは退屈なものでして」
        川面を剣で切る如しというか、どこまでいっても一向にペースの乱れぬ相手を前にキリクは早くも心が折れてきていた。
        唯一の味方である唖の女は、傍から見ても敵方に好意的であり、それが自らを貶める惨めな気持ちをより一層助長させた。
        「やる気ねぇの。分かるでしょ? もう勘弁してください」
        「かしこまりました」
        意外なほどあっさりと引き下がった武官に、拍子抜けしたキリクの点の目が僅かに見開かれた。
        「部下に通行の許可は与えております。ご不便をおかけしまして誠に申し訳御座いませんでした」
      • 『えー』
        「えー、じゃねぇよ。喜んでくださいよ」
        ですが
        語気が荒いわけでもない。声量があるわけでもない。
        しかしその一言は一瞬の内にキリクとアニマの二人を振り向かせた。
        「私はいつでもお待ちしております。貴殿をケマル卿と呼べる日を」
        「そんな日が来たらいいっすね。50年以内に」
        皮肉気に唇を歪ませるキリクに対して、武官は大口を開けて笑った。
        今までぴんと張り詰めていた紳士然とした態度が崩れた瞬間であった。
        昔日の猛々しさを思わせる豪放な笑いと共に悠然と扉に歩を進める。
        キリク・ケマル(完全なる剣)殿、これだけは心にお留め置きください」
        黒い外套を翻して振り返った武官の顔に既に笑みは無い。
        「剣は誰かに振るわれてこそです」
        扉が静かに閉まった。
  • 黄金暦199年 7月
    • 風に乗って花弁が目の前を通り過ぎていく。
      蝉時雨の降り注ぐ墓所に蹄の音が駆けていく。規則的なリズムの跡に色とりどりの花びらが舞っていった。
      ねぇそこのキミ。フォルトゥナって人、どこに居るか知ってる?
      急制動をかけた馬上から響く女の声。目を向ければ花、花、花。
      鞍の上に目いっぱい積まれた花の海から女はひょっこりと顔を覗かせていた。
      それがフラーマさんとの初対面だった。
      -- ネモ
    • 「夏の夕暮れっていいよね。空の色が濃い青になって、まだ夜の色に染まりきらないうちに月が綺麗に輝いてる。お日様が昇る前の夜明けの月とソックリなの。こーいうの残月っていうんだっけ? やー、この色合いのお月様を眺めながら飲むお酒の美味しいこと美味しいこと」 -- フラーマ
      • あなたこの前は『日が高い内に飲むお酒最高!』とか言ってませんでしたっけ?
        胸中で思うに留め、静かに暮れゆく空に白く輝いている月を見上げた。
        「残月は朝方の月で、夕暮れ時の月は夕月や黄昏月です」
        傍らのグラスに手を伸ばして軽く口をつけた。舌を軽く痺れさせる刺激の後に、甘く芳醇な香りが喉の奥から鼻に抜けていった。
        -- ネモ
      • 「そーなの? ネモくん物知りねぇ。末は博士か大臣ね。子孫が立派に育ってくれてオネーサン嬉しいわあ。お酒美味しいわあ」 -- フラーマ
      • 僕は貴女の血を引いてると思うと暗澹とした気持ちになります。
        50度はある100年モノの白ブドウ蒸留酒を、麦酒を飲むかの如く勢いで干していくフラーマさんを見つつ、半ば本気でそう思う。
        「贈答用に残さなきゃいけないんだから、そんなにバカバカ飲まないでくださいよ。つーか瓶に直接口つけて飲むの止めて、マジ止めて下さい」
        -- ネモ
      • 「だって瓶に残ってる香りも楽しみたいんだもーん。それに百年モノは口慣らしみたいなものだし。本命のコッチはゆっくり味わうから。ね?」 -- フラーマ
      • 『カーマローカ・コニャック 00』と焼印のついた木樽をペチペチ叩きながらウインクを送ってくる。
        やっぱ地元の酒はキくわー、とおっさん丸出しの台詞と共に瓶に口付け喉を慣らすフラーマさん。
        飲み始めてから僅か10分でハーフボトルが2本、空になった。だというのに顔色一つ変わっていない。
        「まさか貴女、樽一つを一人で飲みきるつもりですか?」
        まっさかー、と陽気な笑い声が返ってくる。
        -- ネモ
      • 「ネモ君と2人で、だよ? ……あ、それにさっきフォルトゥナとレーラアも誘ったから。4人なら余裕余裕」 -- フラーマ
      • 1バレル(約120ℓ)のブランデーを4人で余裕。ああ、やっぱりこの人バカなんだ。だって本気で言ってるっぽいし。
        「……で、誘った御二方はどうでした? 来ますか?」
        答えは分かっているけど一応聞いてみる。
        -- ネモ
      • 「フォルトゥナはねー、誘ってみたらねー、男の前じゃ絶対にしちゃいけないカオしてた。無言で。すっごい怖かった」 -- フラーマ
      • 無理も無い。世紀を跨ぐ年を控え、フォルトゥナ様は今までに類を見ない忙しさで昼夜問わず各国関係者に送る書面と睨めっこを続けている。普段より3割増のコンシーラの濃さが忙殺の日々を物語っている。
        ペンダコに泣き事言う間も無く、己しか処理できない手紙や書面の数々を前にしている時に、能天気な女が酒の誘いに来る。
        フラーマさんはケラケラ笑いながら言ってるけど、想像するだに恐ろしい光景だ。想像しようにも脳が拒む。
        -- ネモ
      • 「レーラアはねぇ……うーん。誘ったらすっごいビミョーなカオされちゃって……」 -- フラーマ
      • こっちは少し意外だった。
        「面倒くさいとか、気が乗らないとか、やだ寝るとか……ハッキリ断られたんじゃなく? 何も言わなかったんですか?」
        師匠だって今はフォルトゥナ様ほどじゃないにしろ忙しいのに変わりは無い。普段無口なくせにイエスorノーはずばっと口に出す人だ。是か非で答えられる簡単なことに口を濁す人じゃない。
        -- ネモ
      • 「私、あのコに避けられてるから」 -- フラーマ
    • 「私からあれこれ聞くよりも実際会ってみたほうがいいわよ?」 -- フォルトゥナ
      • フラーマさんの人柄について尋ねたところフォルトゥナ様はそう答えるだけだった。
        『私より4つ年下なんだけど小さい頃から良く遊びまわってて狩りの時は必ず同道してたわ。大きくなってからは恋の狩りも同道しちゃったりして同じ獲物を奪い合う仲だったわー。戦績は五分五分ってとこだったかなー。まぁなんのかんのとあったけど今でも続いてる昔馴染みの悪友ってとこカナー。あ、ちなみにフラーマの子供と私の子供が結婚して、その子達がダカール姓を名乗り始めたの』
        などと興味を煽るような情報を最初に与えておきながら『人柄は会って確かめてみてね』と勿体ぶるのは、てっきり煩悶する俺の様子を愉しむフォルトゥナ様のドS心の表れだと思っていた。
        が、実際会ってみると、どうもそうしたことで言葉を惜しんだのではないなと思えてくるのである。
        -- ネモ
      • 「ただの酒好きであっぱらぱーなパイオツねーちゃんッスよ」 -- キリク
      • 冒険者の街で10年間、彼女の様子を観察していたキリクの言葉である。
        いや、まさか、そんなはずはあるまい、適当吹いてんじゃねーぞコノヤロー。と最初は思っていた。
        バシューガの時代から生き残ってきた女であるならば、腹に一物も二物も三物も持っているのが普通である。
        師匠やフォルトゥナ様は言うに及ばず、彼女らの手引きで引き合わされたバシューガの女──アニマさんやマダム・カラ──はどれも一筋縄ではいかない人ばかりであった。
        だがしかし、ここ数日彼女と接してみるに、さきのキリクの言葉は正しかったと思わざるを得ない。
        実際会えば分かると言葉を惜しんだフォルトゥナ様の底意も、わざわざ説明するに値しない、といったことであれば合点がいく。
        フラーマさんは驚くほど単純で裏表の無い女だった。
        -- ネモ
    • 「フラーマに裏表が無い? あのねえ、ネモ君。フラーマは女なのよ?」 -- フォルトゥナ
      • フォルトゥナ様は心底呆れた顔で溜息をついている。連日の疲労も相まってか、溜息が深い。
        「それはどういう意味でしょうか?」
        女なのよ? という問いかけから察することが出来るほど、自分は女について知らない。
        というか女と同等以上に女という生き物のことを分かっている男が世界にどれだけいるというのか。
        果てしない気持ちに包まれながら、少量注がれたブランデーを耐熱グラスの外側からゆっくりと弱火で炙る。
        熱で溶け出した香気が、インク臭い室内にじわじわと流れ込んでいった。
        -- ネモ
      • 「ネモ君、フラーマに男として見られてないのね。あの子のタチは女そのものだから」 -- フォルトゥナ
      • 「……なんとなく分かりました」
        男として見られるワケねーだろ、と反射的にツッコミそうだったのを寸でで飲み込む。
        考えると面倒な領域に踏み込む話題になりそうで早々に流すことにした。
        適度に暖められたブランデーを深煎りのコーヒーにゆっくりと注ぐ。得も言われぬ芳醇な香りがカップから立ち昇ってくる。
        「お疲れ様です」
        ニマニマと笑顔を浮かべている女にそっとコーヒーカップを差し出した。
        -- ネモ
      • 「血が繋がっていても男として見ることは出来る。遠縁なら尚更、ね」 -- フォルトゥナ
      • 「然様で御座いますか」
        わー。百年前まで実子と契っていた女が言うと説得力あるなー。
        他人事と受け取るに留め、くるりとフォルトゥナ様から背を向けて、素早く煙草に火を点けた。
        -- ネモ
  • 黄金暦199年 5月下旬
    • 「兵隊って人種はまったくどうしようもないシミッタレでねぇ、女の居ない店にゃあ絶対に余計な金落としていかないもんで」
      「仕官様でもそれは変わらんもんで、そのうえ融通が効かないからタチが悪いったらありゃしない」
      「この前も金貨100枚のツケを払えっつったら、仕官様たち、クロイツ貨100枚で払うと抜かしやがった」
      「これじゃあ足りませんよと親切に教えて差し上げたらですね、法定価値はエキュ貨と同価であろう、ときたもんだ」
      「こいつァお笑いですよダンナ。こすっからい行商人だってね、量目をケチった新貨幣さまが旧貨幣と同価値だなんて口が裂けても言いやせんでしょうよ」
      「わたしゃ呆れてモノも言えませんでしたよ、ええ、ええ。もう10年……いや20年になるかねぇ。ずっとこんな調子でさぁ」
      • 口を開けばどんな話題であろうと最後は兵隊への愚痴で締めくくられる。
        逗留先の宿の親父ときたら、一事が万事この調子だった。
        やれ兵隊が居座るせいで商人達は寄り付かなくなっただの、やれ兵隊のせいで若い衆と女共は出ていっちまっただの、もう五十路は超えたであろうハゲ親父の繰言を10日も聞かされてるせいで、大抵の文言はソラで思い浮かぶほどであった。
        居なくなった女の分まで喋っているのかと思えるほど、ハゲ親父の愚痴は留まるところを知らない。
        正直勘弁して欲しいところだが、どうにもハゲ親父はこちらを不当に兵隊に拘留されている『哀れな被害者』として見ているようで、同じ被害者の不平不満を代弁しているのだとでも言いたげに口舌走らせている。
        ともあれ、大人しく関所での丁重な御持て成しを受けるに甘んじた俺達は、差し出した身分証の照会が終わるまで通っちゃダメよとのご命令を素直に受け入れ、向後に何ら寄与することの無いハゲ親父の愚痴を耳から耳に受け流すクソッたれで非生産的な素晴らしい日々を過ごしている。万々歳だなコノヤロー。 -- キリク
      • 漬けラムのロースト美味し。 -- アニマ
      • 救いといえば存外、メシが美味いことか。それも当面の逗留代として金貨200を前払いしてからだったが。
        一食目のゆでジャガイモの山とクソ渋い葡萄酒だけの食事と、その後のメシの露骨なギャップはいっそ清々しいとすら言えた。
        ハゲ親父のクソみたいな笑顔と兵隊へのディスりまで増量したのは辟易したものだったが。 -- キリク
      • 「ガーランドの羊ときたら、ウチの女房みたいにブクブクブクブク太りやがって、普通は食えたもんじゃないんですがねぇ」
        「それがどうだい、婆の出涸らしみてえなクソ渋い葡萄酒に漬け込みゃあ、蕩けるような脂に変わっちまう」
        「出会った頃の女房みてぇにイヤ〜な臭みがすっかり抜けちまって、ハイラーグの羊にだって引けを取りませんでしょこりゃ」
      • なんでラム肉の脂臭さは抜けてもテメェの脂は抜けてねぇんだ、と毎回胸中で思うことしきりだが、確かにハゲ親父の出すラムローストは絶品だった。
        たまに訪れる詰襟どもに一度も出さないトコロもポイントが高い。毎回吐き出される自慢の文言も出さないでくれるともっとポイントは高いのだが。
        『おっちゃんの料理は美味しいねぇ』「ありがとうございます姐さん鳥ハムもあるんですがどうですかい?」『おぅいえす あーはーん』
        親父の気前の良さは望外の前金だけが原因ではないだろう。女は色々得だと改めて思い知らされる。
        喋らない女ってのは最高の生き物ですよダンナ、と最高にいやらしい笑顔で語るハゲ親父も見飽きたものだ。 -- キリク
      • ハゲ親父にどう言われようが、この人をそうした目で見ることは無理な話というものだ。
        外見相応の少女染みた振る舞いであるとか、周りの揶揄に対する妙に子供っぽい反応であるとか、眠たげな無表情から一転して大輪の花を咲かせる笑顔であるとか、そういった彼女の表面上の貌を額面通りに受け取るわけにはいかない……というのがこの10年で嫌になるほど良く分かった。
        女は自然体で嘘をつける生き物であるが、こうまで作為めいていると『素直に騙されておこうか』という男の甲斐性を発揮しようという気も起きない。
        擬態を形作る根本の理由が、雌の性とは多少の隔たりを見せるだけで、こうも不信を呼び起こすとは果たして当の本人お気づきだろうか? -- キリク
    • 『諸説うんぬんあれ、20年近く前のメギット滅亡の件は、結果的にヒルベルトホルストのタカ派に有利に働いた』
      『起因するところが内圧であろうと外圧であろうと、更なる被害を未然に食い止める実効的な手段として、武力伸張は最も現実的な路線だった』
      『かくて過日のボーダーラインは膨張し、新街道の辺境くんだりまで拡大するに至る』
      『周辺国も痛くも無い腹を探られてはたまらんと、駐屯地の増強については目を瞑るしかなかった  実際お腹痛かったのかもね』 -- アニマ
      • 朝から雨音の鳴り止まぬ薄暗い室内に、アニマさんが指で走らす炎の軌跡が淡い輝きを残しては消えていく。
        さっきまでヘラヘラと『春野菜のサンドイッチおいしいねえ』などと抜かしていたのに ─彼女の場合、綴っていた、が正しいが─ 人目が消えたのを見計らった途端にコレである。
        『で、俺達はいつになったらここを出られんの?』
        と、俺は燃えさしの紙クズにさらさらと書いて見せてから傍らの暖炉の火に放り投げる。旧時代の共通語が火に呑まれて融けていく。
        兵隊達の前では無論のこと、あの宿の親父の前でも、例え誰の目にも付かないところでも、このテの話は口に出さずに遣り取りしよう。
        抑留されて真っ先に、彼女が定めたルールがそれだった。
        『壁に耳あり 障子にメアリー』
        どや顔が心底鬱陶しかった。 -- キリク
      • 『冒険者証と一緒にサイレントヒル発行の旅券(ゴールドパス)見せたのがマズかったかも』 -- アニマ
      • わざわざ手を動かすのも面倒だ。
        なんで? と片眉跳ねさせて表情だけで問いかける。
        硝子窓を叩く雨音がまた一つ強くなる。
        抑留されて11日目。
        山裾ということもあってか、たびたび訪れる驟雨がこの宿駅の辛気臭さを一層増大させていた。
        五月も終わるというのに暖炉の火が絶えることの無い肌寒さも、うら寂れた空気の演出に一役買っていた。 -- キリク
      • 『元はヒルベルトの衛星都市だったサイレントヒルは、その独立以来、今日に至るまで微妙な緊張状態が続いてる』
        『それというのも従属都市であった時代から、サイレントヒルは付近の富を一手に集める一大金融都市だった背景がある』
        『地の利を活かして付近一帯の資金の流動性を握る存在だったサイレントヒルは、公にも王国の金庫番だった』
        『貨幣経済が浸透して以降、どんな政体の国家でも金策には苦労するもんでさ、金の流れを差配する大商人無しには戦争一つだって立ち行かない』
        『宗主に貸し渋るだけならともかく、敵性国家にだって貸付を行う膝元の都市を、連合王国の首脳はさぞ苦々しく思っていただろうね』 -- アニマ
      • 手元でクロイツ貨を弄り回しながら、もう片方の手でつらつらと炎の軌跡を描いていく。
        その女の横顔ときたら嫌味なほどに涼しげで、窓枠に打ち付ける雨粒を横目で見遣ってはうっすらと口の端に笑みを覗かせている。
        アニマ先生の歴史講義、ああ結構結構、実に結構。まるで実際見てきたかのように仰りなさる。
        ざっと掻い摘んで説明された両都市の軋轢。しかしそれは例え事実であろうとも……
        『昔の話だ』
        問題は今だ。かつての状況からして、いけ好かない国の旅券を所持していた一冒険者を長期間拘留するまでには至らないだろう。
        『補記事項は?』
        必要最低限の言葉だけを綴っては、また暖炉の炎に投げつける。
        会話を成立させるには些か言葉足らずではあると思うが、この女にはそれでも通じてしまうのだ。
        小憎らしいことに、俺の思考の形跡など完全に想定の範囲内であるということだ。くそったれ。 -- キリク
      • 『近年ヒルベルトで行われた施策は何れもブロック経済を志向するものばかりだよね』
        『貨幣改定だとか、他国大市への参加禁止令だとか、関税比率の見直しだとか、他国への資本移動制限だとか』
        『宿の親父も言ってたよね。兵隊どもが来て商人が全然寄り付かなくなった、って』
        『なんのことはない、国境ラインの駐屯地を増やすと同時に自国を出入りする商人を厳しく制限してるだけなんだよ』
        『特に冒険者って商人の偽装身分だったり、闇商人の使いとされることが多いからね。大方、私たちもその手合いと見られてるのかもね』 -- アニマ
      • 表と裏。裏と表。
        ビロードの手袋に包まれた手指の間でくるくると回転する新貨幣が、暖炉の火の照り返しを受けて鈍く輝いている。
        アニマさんの話は、推測に推測を重ねた内容であるが一応の筋は通る。しかしどうにも不可解だ。
        『なぜヒルベルトはこうした動きを?』
        施策の内容も、その実行されるスピードも。あまりに性急過ぎるように感じられた。 -- キリク
      • 『キーちゃん。分かってることをわざわざ尋ねるのは、あんまり褒められたことじゃないよ』
        『ブロック経済志向……自国の資本一本でやっていこうとするのは、常に誰もが夢見る努力目標だからまぁこれは置いておくとして』
        『新貨幣の発行。その前後で起きることは、キーちゃんだって良く知ってるでしょ?』 -- アニマ
      • 女の指で弾かれたコインが、緩やかな軌道を描いて俺の胸元に飛び込んでくる。
        「いやあまったく嫌になっちゃいますねえ。雨、全然止まねぇでやんの」
        そう声に出してから、弾かれてきたクロイツ貨を暖炉に投げ込む。
        国家による大規模な貨幣改鋳。史書を紐解けば、その前後に起きることはすぐに分かる。
        戦争だ。 -- キリク
  • 黄金歴199年 5月
    • 冒険者の街からサイレントヒルに至る新街道の途上。
      芽吹き終えた春の草花が柔らかな日差しに照らされているが、西に聳え立つガーランド山脈から吹き付ける風は、新街道を往くもの達に初春の寒さを思い起こさせるに充分なものであった。
      商用を主目的とした新街道は、なだらかな道と各地に置かれた宿駅により、徒歩でも旅の労は少ない。
      が、伝令を最重視した旧街道とは違って、都市間を直線に結ぶ道のりではなかった。
      支道は多いものの、最も整備の進んだ主道は、都市間に点在する村や町の商機を逃すまいと、蛇行するように道を描く。
      山裾が主道になる箇所もあり、そこでは準備不足の旅人が、季節外れの空模様に遠慮呵責の無い洗礼を浴びせられるのであった。
      • 「だからさァ、横着しないで仮のマントを買っておきゃ良かったんスよ」 -- キリク
      • 『俺が貴女の外套代わりです    くらいのモテ台詞が欲しいところなんじゃがのう』 -- アニマ
      • 身を切るような風が山から吹き降ろされる。
        寒風吹き荒ぶ中、街道には申し訳程度の旅装をした一組の男女が暢気な足取りで歩を進めていた。
        ジャンパースカートの上にノースリーブの胴衣を身に付けただけの軽装の女が、風を避けるように長身の男の影にぴったりとくっ付いている。
      • 「千年も生きてるのにバッカじゃねぇの?」
        キリクは傍らで風除けに徹している女の短慮に、何ら躊躇無く悪態を浴びせた。
        『だってこれから新品のマント貰いに行くのに わざわざ買うなんて勿体無いし 勿体無いオバケ怖いし』
      • 蛙の面に小便といった風情で眉一つ動かさず、あくまでマイペースに言葉を宙に描き出すアニマを横目に、キリクは何度目かしれぬ溜息を吐く。
        だいたいからして何故徒歩の旅なのか? 馬を使えば一週間で余裕にサイレントヒルへ辿り着く。もう冒険者の街から出発して一ヶ月経とうというのに、未だ旅程の半分ほど。この女、いちいち律儀に宿駅だの村だの町だの通る度に一日逗留しやがって。ボランティア精神かなにか知らんが、冒険で僅かばかりに溜め込んだ小金を鄙びた田舎に落として何がしたいんだこのやろう。ああ、違う、野郎じゃない。この場合はファッキンクソビッチか。いやしかし、コノヤロウと言いたいのは、易々とこの女のサイレントヒル同行に同意した一ヶ月前の俺だ。死ね。過去の俺しね。そんなに暇だったか俺。僅かばかりの護衛料に釣られたか俺。春で頭が緩んでたのか俺。
        『ふっ…… 久々に男の背中で風除けながら進むブラリ歩き旅もオツなものよ  ああ 西風の雅な調べ』
      • キリクは脳内の面罵と共に、ぴたりと足を止めた。
        西風。ああそうか。向かい風は西から吹いていて、それに向かって歩いていくということは、進むところは西なんだ。
        『現在マイ外套のキーちゃんが歩いてくれないと、私も歩けないにょ』
        アニマが無言の内に描き出す字面を横目に、キリクは自嘲の笑いを滲ませて再び歩き出す。
        そうか。俺は東から、生まれ故郷から、ただ逃げたいだけなのか。
      • 『とはいえ今日中に旧街道との分岐点に差し掛かるから そこでガーランドのイタズラな風ともオサラバって寸法よ』
        この人はいっつも脳天気に振舞ってるが内心はどんなもんかね?
        つと視線をアニマに向けると、唖の女は華やかな笑顔でキリクに応える。
        『ん? どや? 私に合法的に抱きつけるチャンスはもうじき終了やぞ? どや?』
        「拷問タイム早く終了しねぇかなァ」
        同類同士の嘘の匂いを嗅ぎ取って、皮肉気にキリクは眉を歪ませる。
      • 『キーちゃんEDなの?』
        「はァ?」
        『勃起障害なの?』
        「疑問を感じたポイントは言葉の意味じゃねェよ」
        ふーヤレヤレと諸手を上げるジェスチャーをしてから、アニマは気だるげな碧眼で上目遣い。
      • 『こんな金髪碧眼トランジスタグラマーの美少女のサービスタイムに乗ってこないなんて もはや原因はインポかホモに限られるし』
        妙な科を作ってクネクネと面妖な動きを見せるアニマに、常より数段細い目をキリクは向ける。
        たしかに金髪碧眼である。たしかに身体の凹凸は女性らしい曲線を描いてはいる。見てくれも、まあ、悪くは無い。
        「あなた言動がオッサン臭いし、それに正体はちんちくりんの小便臭いガキじゃないですか」
      • 『おうおうおう その発言は弁護士通してるんかのうワレ?』
        「公証人資格持ってマース」
        『ぐっ この隠れガリ勉め  最近の子って 遊んでる風なのに限って勉強出来るのね  悲しいわ 何か物悲しいわ』
        だったら少しは悲しい素振りしろよ。ふてぶてしい面構えで泣き言吐きやがって。可愛げの欠片もありゃしねえ。
        また何度目か分からぬ溜息を吐いて、キリクは前方見遣りながら手をパンパンと叩いた。
        「ほらそこの金髪碧眼ボインガールさん。関所見えてきたんだからシャンとしてて下さいよ。面倒くせえ詮索避ける為に薬使って姿変えたんでしょ?」
      • 『関所?』
        アニマは怪訝な顔で長身の影から顔を出す。ひゅうっと吹く風が金髪のサイドテールを攫っていく。
        『旧街道への分岐点に関所なんて無かった筈だけど……』
        それってアンタ、年で呆けたんじゃないの?
        口に出すつもりでいた言葉をキリクは寸でで飲み込んだ。アニマの台詞と表情が一致したのは今日始めてだった。
        「揃いの詰襟に黒備え。槍持ちの正規兵がこんなド田舎の街道に張ってる。っつーことに何か心当たりは?」
      • 流石に目が良い。と内心で傍らの男の頭を撫でながら、アニマは首を横に振った。
        『推測なら幾らでも湧くけど推測でしか無いし  ま 怖がらず行こ行こレッツゴー』
        「面倒くせえことにならなきゃイイけどなァ。……あなた犯罪歴とか無いッスよね?」
        『ふっ…… いざという時は剣聖のお手並み拝見といこうか』
        質問の答えになってねぇぞコノヤロー。お上相手に刃傷沙汰なんて御免被るぞファッキンクソビッチ。
        「おーおー。自慢の逃げ足見せたらァ」
        軽口叩いて飄然と。ニヤケ面を浮かべてキリクは関所に歩を進める。
        アニマも暢気に眠たげな顔で。通行証代わりの冒険者証を手にブラブラと揺らして行くのであった。
  •  
  •  

黄金歴169年12月 Edit

  • 「レオスタン連邦、恐らくは南隣州より派遣された武装状態の一個小隊が、何ら許可を得ず越境。尚も此方へ向けて北進中。これは明らかに領土侵犯であって、我が国への重大な主権侵害に当たります。西方諸国連合属州法に則って、我が方は速やかに不法者を鎮圧及び捕縛せねばなりません」
    • 薄明かりが灯る幕家の中で一息に喋り終えた女は、その場に座する他の二人に視線を巡らしながら、頭の重そうな布飾りを手で払いのけて肩を揉む。
      話を受けて煙管を咥えた女は、ただまんじりと重い煙を吹き上げて、何か思案に暮れたような表情で中空に視線を漂わせていた。
    • 「……で」
      どこか重苦しい沈黙に耐えかねたように口火を切ったネモは、「あー、首がこる」と己が細首をやわやわと揉み解している女領主に、冷めた眼差しを送りつつ紙巻煙草を咥えた。
      「どういうことなんでしょうか?」 -- ネモ
    • 「どういうことだと思う?」
      目に悪戯っぽい光を宿して、女領主は問い返す。口元には微笑を湛えて。
    • 「1:道に迷った。
      2:亡命。
      3:気合の入った仮装行列。
      4:見間違い。
      5:ラリッてる。
      6:何らかのやむを得ない事情で。

      3辺りが僕のイチオシです」
      真面目腐った顔つきで指折り語っていたネモは、最後に3本の指を立てて女領主に向けてみせた。 -- ネモ
    • 「明らかに先月の領主死亡の報に合わせた行動でしょうね。領主代行、もしくは新領主がどういった出方をしてくるか、少々強引な手段で探りに来たんでしょう。威力偵察も兼ねて」
      煙管の吸い口の合間から、現状で最も可能性の高い解を紡ぎだす。冷静に、冷淡に、弟子の答えは完全に無視して。 -- レーラア
    • 「だからって、こんな強硬手段に出ますかフツー? 誰がどう見たって国際法違反じゃないっすか」
      勘定に合わんでしょう、とブチブチ不満を零しながら紙巻煙草に火を点す。 -- ネモ
    • 「やー、隣国の常であんまり仲がよろしくないしぃ、それに昔っから国ざかいの民同士で小競り合いもしょっちゅうだったしぃ」
      いじいじと自身の黒髪を束ねた三つ編みを弄り回しながら、女領主は唇を尖らせる。
      「どーせアッチは、今回の件も侵犯してきた小隊長の独断とかで押し通す気マンマンでしょー?」
      あー薄給でカワイソーカワイソー、とまるで他人事のように言ってのけた。
    • 「私たちが愚痴っていても仕様が無いわ」
      カッと煙草盆に煙管の灰を叩き落し、二人の目を順繰りに覗き込んでからレーラアは言った。
      「で、誰がやる?」 -- レーラア
    • 女領主は即座にネモを見た。
      レーラアも即座にネモを見た。
      二人とも無言で穴が空くほどネモを見た。
    • 「え、ちょ、まっ、きっ、汚いぞ! 多数決で決めようとしやがってるな!?」 -- ネモ
    • ピーと口笛吹きながら腕をグルグル回し、女領主──フォルトゥナは、びしぃっと指をネモに突きつけた。
      「カーマローカ辺境伯、フォルトゥナ・シュラインの命令でーす。我が領土に不法侵入したイケナイ一団を討滅してくださーい」
      にっこり笑顔を形作って、厨房の油虫退治を命令するかの如く気軽さで。 -- フォルトゥナ
    • 言葉面も口調も軽いものであったが、フォルトゥナから発せられている空気は有無を言わさぬものであった。
      もとより、女二人に口で抗ったところで絶対勝てぬのは、過去の経験から分かりきっていたことであった。
      「やるって……マジで殺しちゃうんですか? 生かして捕らえる方向はNGですか?」 -- ネモ
    • 「皆殺しにする。誰か一人でも生かして捕らえる。より成功確率の高いほうを選びなさい」
      先ほどまでとは打って変わり、冷厳な口調でネモに言い渡す。すぅっと細めた強い視線でねめつけて。 -- フォルトゥナ
    • フォルトゥナの言った事はつまるところ『会敵したら一人も逃すな』ということだ。
      答えは一瞬で出る。無理だ。
      完全武装状態の小隊を相手取り、ただの一人も逃さず生け捕りなど無茶にもほどがある。それどころか勝てる見込みも浮かびはしない。
      むざむざ殺されに行くようなものだ。いや、死にはしないんだけども。
      「色々な意味で無理です」 -- ネモ
    • 「そうねぇ。私もこのケースでは生け捕りの方向だと確実なプランは思い浮かばないわ」
      困ったわー、と溜息をついて頬に手を当てる。
      「会敵地点の周辺住民を危険に晒すわけにはいかないから、やっぱり兵隊の皆さん仲良く死んでいただくしかないわねぇ」 -- フォルトゥナ
    • 「いや……いやいやいや! だからっ! それが無理なんでしょうが! そもそも兵士を俺達だけで相手するのが!」
      何で皆殺しできて当然、みたいに言ってんのこの人!? -- ネモ
    • 「出来るわよ? 私には無理だけど、貴方たち二人になら」
      きょとんとした顔つきでフォルトゥナはネモに視線を返す。
      分からないの? やり方、とその眼で問うて。 -- フォルトゥナ
    • やはりごく当然のように返され、気勢を削がれて言葉をぐっと飲み込む。
      息を呑みながらチロリとレーラアの顔を盗み見た。分からない事に対して、大概は答えをくれる女の顔を。
      「……できるんですか?」 -- ネモ
    • 「できる」
      確信を持って言葉が放たれた。問う者の眼をしっかりと見返して。
      「あとは決意だけ」 -- レーラア
    • 覚悟を問われて腰が引けた。例によっていつもの逃げ癖が出た。
      「……話し合いの目は無いんですか? 国として正式に抗議すれば引きませんか?」 -- ネモ
    • 「幸いにして未だ領民に被害は出ていないけど、それが続く保障は何一つ無いわ。相手方に抗議して大人しく引き上げる保障もね。ま、フラットな相手とであればギリギリまで話し合いの努力をしようとするんだけど……」
      また、ほぅっと溜息をついて、
      「過去にも何度かあった事例だしねぇ。穏便に終わったことなんて一度も無いのよねぇ……というわけだから私は相手方の兵士の命より、我が領民の命のほうを優先します。それが一番、確実だから」 -- フォルトゥナ
    • 「でも……」
      頭の中で殺しを避ける方便を模索しながら、口では『でも』と『しかし』を繰り返す。
      いくら探し回っても、頭も口も曖昧模糊な答えを垂れ流すばかりで、先の領主の言葉をねじ伏せるほどの筋道だった理は何一つ浮かんでこなかった。 -- ネモ
    • 「まだ分かんないの? いちいち姉さんが噛んで含めるようにアンタに説明してる理由が」
      苛立たしげに吸い口を噛み鳴らし、うだうだと御託を並べているネモに厳しい眼差しを送る。
      「殺るだけならもうとっくに私が出て行ってやってるわよ。要はアンタがどんだけ出来るのかって話よ」 -- レーラア
    • 決断を迫るレーラアに、この期に及んで「でも」だの「その」だの、またしてもネモはグズッた。
      これにはレーラアも呆れ顔で、重い溜息とともに煙管を煙草盆にそっと置く。
      すぐさま空いた右手でネモの頬を、ぴしゃりと張った。
    • 「もういい時間の無駄。アンタは引っ込んでなさい」
      張られた頬を撫で擦るネモを尻目に、袖を漁って首の長い一本の瓶を取り出した。
      「良い機会だからアッチで試す」 -- レーラア
    • レーラアは瓶の封を切ると、その中を満たしていた液体を勢い良くネモに振り掛けた。
      続けて、旧き時代の世に喪われて久しいコマンドワードを幾つかレーラアが呟くと、ネモの意識はどろりと闇の中に落ちていった。
  • 深い深い闇が辺り一帯に横たわっていた。黒々と生い茂る背の高い木々が、中空を照らす上弦の月の柔らかな光をぷっつりと遮っていた。
    カーマローカに幾つも点在する山裾の林道には、積雪こそ無いものの、山から吹き降ろす冷たい風が木立や下草を震わせていた。
    同じように寒風で震える人影が藪の中に二つ。ローブの隙間をぴっちりと閉じて、深い夜闇の先を見据えながら、下草の上に座り込んでいた。
    • 「……以上が周辺住民の名前。覚えた?」
      ’’そら’’で40人ほどの名前をゆっくり口に出してから、手元から取り出した煙管に点けてゆるゆると吸いだす。
      面前で先ほど自分が告げた名を同じように繰り返し呟いている女に、ちらりと確認の視線を送りながら煙足を暗い空へと吹き上げた。 -- レーラア
    • 「……はい、バッチリです!」
      師の問い掛けに、両手で握り拳を作って自信満々に頷く。
      爛々と輝せていた翡翠の瞳は、煙管の煙を見咎めてスッと眦を細くさせた。
      「ししょー、煙草は止めましょうよ。めっ、ですよ」 -- エマ
    • 「見つかりゃしないわよ。もし数キロ先の煙草の火を見つけられるような相手なら、端っから隠れても無駄」
      弟子の甘ったるい声音と酷く作為掛かった仕草(特に『めっ、ですよ』の時の)に苛立ちを感じながら、ぶっきらぼうに言い捨てる。
      見ると弟子はご立腹の御様子で、ローブの下に窺える無駄に大きい乳房を強調させるように腰に手を当て、唇を尖らせていた。 -- レーラア
    • 「匂いが嫌なんです。臭いのイヤだ、って何度も前から言ってますでしょ? んもぅ」 -- エマ
    • 素早く煙管を奪い取られたことと、エマが発した「んもぅ」のイントネーションが、最高に癪に障ったが、
      ここで下らない言い争いをするのも馬鹿馬鹿しいと断じて、レーラアは沸き立つ怒りをぐっと胸の内に飲み込んだ。
      キセルを失くした手持ち無沙汰からか、何とはなしに辺り一面の闇へ視線を遣る。
      レーラアの目には何も見えず、耳には時折届く風のざわめきのみで、気配も何も感じることは出来なかった。
    • 「さっき説明した手筈通りにいきましょう」
      闇から視線を振り払って、両手を擦り合わせて息を吐きかけているエマに本題を切り出す。
      「我々の力の源である産土神。そのお膝元であるこの地では、異郷で揮っていた時と力の使い方は、また異なる。理論だった術式を咬ませる必要も無く、より感覚的に直感じみた捉え方で使わねば、本来の力を発揮できない」 -- レーラア
    • 「はい」
      漂わせていた甘い雰囲気も声音も、どこかに消し飛んで、師の講釈に鋭い眼差しを以って短く頷く。
      僅かな光すら差し込まぬ闇の中に、きらりと翠の輝きが一点灯った。 -- エマ
    • 「見るとは無しに見、感じるがままに感じ、知覚の網と同一に『瞳』も広げ……」
      そこまで言ってから、ふっと笑い、翠の瞳でエマを見つめる。
      「千の言葉より一の実践ね」
      任せるわ、と下草の上にごろりと寝転がった。 -- レーラア
    • ゆっくりと呼吸を整えてから瞳を閉じて、意識を辺りの闇と同化させるように徐々に溶かし込んでいく。
      凪いだ水面に一つところからうっすらと広がっていく波紋をイメージして、拡散させた意識に幾重もの網を張り巡らせていく。
      手馴れた魔力探知の方法と同一であるが、術式の伴わぬ探査など他の方法は皆目見当がつかなかった。
      まぁいいや何とかなるさ、と随分と気の抜けた心持で、エマは深く長い呼吸を繰り返しながら広がる闇に意識を凝らした。 -- エマ
    • 失敗すれば何が起こるか分かるもんじゃない、最悪生き残りが周辺住民に危害を及ぼす可能性がある。
      事前にレーラアはエマにそうしたプレッシャーを掛けて、絶対に失敗するなと念押しをしていた。
      だがその実、ミスしても私が代わりにやれば問題は無い、とレーラアは考え、エマと同様に周辺に知覚の網を広げていた。
      ひっそりと静まり返った宵闇の中に、女二人の微かな息遣いが潜むのみで、周囲一里の内は動くものも無く、木々の深奥を突き抜けた先にある月が中空から地平線に極々ゆっくりと沈んでいくだけであった。
    • 「……ぁ」
      数瞬、数分、或いは一刻後か。正確な時間間隔など吹き飛んだ意識に、慣れぬ異質な感覚が飛び込んでくる。
      「おー……おー」
      間の抜けた嘆息を漏らす脳裏には、幾つもの『名』が浮かんでは泡沫に揺らめく。
      いつものように、人物を視認して目に浮かんでくる『名』とは違い、直接脳に流れ込んでくるような感触。
      まるで複数の目を持たされように視界が広がり、『名』を捉えた人物の動きも、その周辺の地形も、手に取るように解った。 -- エマ
    • まだ見つからない。少し慎重になりすぎて、予測距離を取りすぎたか? と思案していた折に弟子の間抜け声が耳朶をなぶる。
      (……まさか私より先に見つけた?)
      つと瞳を開けて胡乱気にエマの様子を窺う。
      万年春が訪れたような常時の薄ら笑い (微笑みとも言う) は鳴りを潜め、うーうー唸りながら眉根を寄せていた。 -- レーラア
    • 「うーん……」
      先ほど師が諳んじていた名前と、いま脳裏に捉えている16人の『名』をざっと照らし合わせる。
      同じ名前は一人として存在していなかった。捉えた『名』は此方の地方の名前とは法則が違っていて区別しやすいのが幸いした。
      「あとは……」
      あとは燃やすだけだった。
      明確な指向性を持った殺意を炎のイメージに変えて、捉えた『名』を燃やし尽くすことだけを只々思った。 -- エマ
  • 「はい御苦労様。あとの事は任せて頂戴」
    全ての検分を終えた後に、妹の肩をポンと叩いて、努めて明るく労いの言葉をかけた。 -- フォルトゥナ
    • 「あとの事は? 今度表舞台に立つのは私でしょう」
      ぶっきらぼうに言い捨てて事の残滓に目を遣る。キャンプの跡と十六組の兵装が地に転がるのみであった。
      遺体はどれも灰すら残さず一瞬で焼き尽くされたようで、そこには主を失った道具だけが寂しく遺されていた。 -- レーラア
    • 「表でやることなんて何も無いわよ。国境侵犯した兵士なんて居なかった。多分、そういうトコロに落ち着くわ」
      事後処理は任せなさいってことー、とむっつりと黙り込むレーラアとは対照的に笑顔を浮かべる。
      「ヘーイどしたのマイスゥイートリトルシスター。いつも以上に暗いゾ」 -- フォルトゥナ
    • 「……姉さんはいつも以上に御陽気ね」
      抱きついてきた姉に深く溜息をつく。姉がわざと明るく振舞っていることはすぐに見て取れた。
      してみると場の雰囲気は暗く、姉がさっき言ったとおり、そこにいた私も同様であったのだろう。 -- レーラア
    • 「エマちゃんと何かあった?」
      雪のように白く透き通った肌、小さく形の良い耳朶にそっと囁きかけた。
      直球の問いに妹はムッとしたようで、ふいっと顔をあさっての方向に背けて唇を尖らせる。ああ可愛い。 -- フォルトゥナ
    • 「別に。何も無かったわ」
      そう、本当に。何も、何も無かったのだ。 -- レーラア
    • レーラアは少し前のことを思い返す。「終わりましたよ」とエマが言ったあとのことを。
      事も無げに掃除を終わらせたかのように気軽な口調で、口元には微かな笑みを湛えて。
      ローブの頭巾を取り払い、夜闇に銀糸を靡かせて、煌く翡翠色の瞳をこちらに向けて。
    • http://notarejini.orz.hm/up3/img/exp002270.jpg
    • それは恐ろしいまでにいつものエマであった。
      何らの逡巡も困惑も悔恨も覗えず、真っ直ぐに此方を見据えて、
      「師匠の言う通り出来ました」
      と、誇らしげな色すら浮かべて。
      確かに私の望んだとおりだった。
      目的の為には障害となる一切の感情的余剰を廃し、果断に処置し、後悔など微塵の欠片も無い様子
      確かに私の望んだとおりだった。 -- レーラア
    • 「そう。じゃあ早く帰って祝杯を上げましょ。先に帰ったエマちゃんもご馳走作って待ってるし」
      ああ閉じてしまった、と内心で嘆息しながら妹の頭をくしゃくしゃして背中を押し出す。
      今日は夜通し飲み続けようと思う。黄色い朝日を拝むまで、二人に余計な考え起こさせないようにベロベロに酔っ払わせて。 -- フォルトゥナ
    • 私は、私達は、また一つ進んで、また一つ損なってしまった。
      損なったものは何か? ハッキリと言葉にはできない。
      ただ一つ、振り返って浮かべたエマの笑い、微かな寂寥を滲ませた笑いが、頭の中でぐるぐる巡っていた。 -- レーラア
  •  

黄金歴150年代 Edit

  • http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst066773.jpg
    • 「なんじゃこりゃーーー!?」
      いやいや待って落ち着こう。女体化なんて一度や二度は経験してるじゃないの。
      どうせまた女体化薬が振り撒かれたとかそんな感じなんでしょう。すぐに男の体に戻るって大丈夫だいじょ -- ネモ
    • 「成功したみたいね」 -- レーラア
    • 「イヤーーーー!? 師匠の仕業なのーーー!?」 -- ネモ
  • 少し時は遡り……
    • (吐息の代わりにキセルから煙を吹き出しながら、ただ黙々と塔を上る)
      (所々に設置された悪魔像を巧妙に避けつつ、ゆっくりと深部に向けて歩を進めている) -- レーラア 2010-03-23 (火) 00:13:52
    • (研究室の椅子に座り何事か思案に暮れていたが、不意に現れた女の姿を認めるとギョッと驚いた顔になる)
      こ、ここに来られるまで気付きもせなんだとは、この塔のセキュリティはどうなってるんじゃ……娘よ、ここに来るまでに石像に襲われたりしなかったのかえ?
      あー…いや、違うのう…そんなことはどうでもいいんじゃった……お主、何者じゃ? 何用でここまで来た?
      -- 術師? 2010-03-29 (月) 01:02:21
    • (最初の問いには『特に何も』と身振りで示し、咥えた煙管からゆっくりと燻した煙を吐き出し、口を開く)
      レーラア・アローカ。貴女と同じく、古の法を探求する術師。
      今や各所の魔術師ギルドですら喪失した、遠き時代の古代魔法を研究している術師がいる……と聞いて此処に来たわ。
      貴女の研究分野について質問したいこと……場合によっては頼みたいことがあるのだけれどいいかしら?
      //すいません。今更ですが会話を続けさせて貰っても宜しいでしょうか?(土下座) -- レーラア 2010-05-18 (火) 01:04:20
    • 全く、どこから情報が漏れるのやら……面倒が無いように目立たなくしているつもりなんじゃが
      英雄気取りのチンピラ勇者殿なら対処が楽で良いのじゃがな 御同輩、それもお主のような得体の知れん力を持った輩となると…
      …まあ良い ただ、わし自身は古代魔法を研究しているつもりはない故にお主の役に立てるとは限らんぞ?
      それでも良ければ聞くだけ聞いても良いのじゃが……今は無理じゃな、息苦しくて(漂う煙を忌々しそうに見つめつつ)
      //すいまry(土下頭)
      -- 術師? 2010-05-26 (水) 03:05:07
    • (失礼、と悪びれた様子も無く小脇の煙草袋に煙管を突っ込む。代わりに取り出したのは、ずっしりと重みを感じさせる革袋)
      私が欲しているものを率直に言うわ。今の術式探査に引っ掛からない魔術、術具、魔法薬が欲しい (革袋から100G金貨一枚を取り出す)
      現在広く普及している触媒、術式の構成、コマンドワードの法則性などから外れていれば、格段に検知されづらくなる (また袋から一枚取り出す)
      ……貴女の研究分野はこの条件を満たすモノかしら? (また一つ取り出し、三枚の100G金貨を術師の目の前に並べていった) -- レーラア 2010-05-26 (水) 23:17:58
    • (女の要求とそれの対価であろう金貨を見、口を邪に歪ませて「ひょひょひょ…」と軽く笑う)
      悪魔か何かに因縁でもつけられたのかえ? お主はその妙に落ち着いた態度とは裏腹に大層苦労してそうじゃのう
      確かにわしは古代の魔法をいくつか知っておる……が、お主の言う条件を満たしているかなぞ、何から追われているのかも知らんわしが判断できるはずもなかろう
      事情を知らんなら知らんでとりあえず古代の解呪や隠遁の魔法なら用意できるが、そういう事を言っているのではないのだろうし……多分じゃけど(自信無い)
      -- 術師? 2010-05-27 (木) 04:07:59
    • 時には悪魔よりも余程悪魔らしい……相手は今を生きる人間よ (術師の笑いに合わせて微かに口元を緩ませる)
      追われている訳ではなく目的は……そうね、サプライズパーティーかしら?
      要は人相手に悟られること無く魔法を使いたい……踏み込んで言うならば術の用途は変装。
      いつもとは異なる姿形……ベストなのは性別変化ね (紡ぐ言葉と共に手を動かし、今や十数枚の100G金貨が術師の目の前に積まれている) -- レーラア 2010-05-28 (金) 01:03:24
    • そんな軽装で此処まで登ってきたお主が手を焼く相手と聞いてどんな厄ネタが飛び出すかと思えば……そうか人間か、意外じゃのぅ
      じゃがそれならば欺く手も見えてくるな その相手が古代の魔術に精通していなければ……という条件は付くがの
      わしの記憶が確かなら地下に昔……えーっと、その……(急に調子を悪くして口籠りつつ)野暮用で使った性転換の魔法薬の残りが転がってるハズじゃから譲ってやっても良いぞ!
      …ついでにこの『個人に宿る魔力の性質を反転させる薬』も持って行くか? 相手が術に長けていればいるほど効く目眩ましじゃ、役に立つと思うんじゃがの(テストもまだ行っていない試作品であることは黙っておきつつ)
      それと実際、金には困っているのじゃが金貨は要らん、ここは魔術道具屋ではないでの(100G金貨を1枚摘まんで恨めしそうに眺め、溜息をひとつついてから女の前に置く)
      その金は服薬後の為に取っておくが良いわ 日頃女をやっておっても気づかんかもしれんが、案外男というのも金のかかるもんじゃぞ?
      -- 術師? 2010-06-09 (水) 03:09:38
    • (突っ返された金貨に目を遣り) ソレは魔法薬の代価ではないわ。お話を聞いて貰った対価よ。
      (暗に口止め料を匂わせて、更に金貨を積み、計三十枚の100G金貨を術師の前に置く)
      それに薬を使うのは私ではないしね……ふふふ。
      ……さておき、性転換の魔法薬とその反転の薬。譲っていただけるようで大変有難いのだけれど
      (つと術師の目を覗き込み) 条件は? タダで貰えるほど安いモノではないでしょう? -- レーラア 2010-06-11 (金) 01:46:36
    • その辺を歩いているだけでも男衆が黙ってなさそうなルックスだと思うんじゃが案外さびしーやつなんじゃな……こんな婆で良ければ喜んで話し相手ぐらいにはなるぞ
      (「でもまぁそういうことなら半分くらいは貰っとくかのー」とまんざらでもないホクホク顔で金貨を抱きかかえて引き寄せながら)
      確かに材料でいえばそれなりに値の張る代物じゃが、作った本人がそれで売買するつもりがないのじゃから高いも安いもないわ(あっさり金貨を受けとておきながらぬけぬけと)
      そういうわけで条件は特にないんじゃが……もし良ければ魔法薬の効き目や副作用の有無なんかを教えてもらえれば助かるのう
      -- 術師? 2010-06-11 (金) 11:12:48
    • 楽しい会話のコツ。男は甲斐性、女は愛嬌よ (そう言って、感情の色が見えぬ無表情で金貨袋を仕舞いこむ)
      ふむ……効き目と副作用の有無、ね。分かったわ、何にせよ実証実験はするつもりだったし、複数条件下での使用レポートを作成しておくことにしましょう。
      ところでオマケのほう(『魔力の性質を反転させる薬』)だけど……それの具体的な効果は? 服用後は帯びる魔力の他に、使用する魔法にも何らかの影響があるのかしら? -- レーラア 2010-06-11 (金) 20:09:54
    • うむ、検体数は多ければ多いほど良い 正直、効果が効果なもんじゃから怖くて手が出せなかったんじゃよねー特に魔力反転薬の方
      この薬は通常マナの干渉で同時に用いることのできない基礎魔術と強化魔術の呪文を錬金術を用いて魔法薬として……って仕組みは聞いてないんじゃったな、すまん
      帯びる魔力の性質が反転するというのはもうわかってると思うが、当然使用する魔法の性質…属性と言っても良いが…とにかくそれも裏返ることになる 炎の魔力は氷の魔力へ、光の魔力は闇の魔力へ……といった具合じゃな
      理論の上では天使にこれを使うと即座に堕天して悪魔になる、というかなりの劇薬じゃ 上手く使うんじゃぞ ……まあ上手く調合出来てれば、の話じゃが
      -- 術師? 2010-06-11 (金) 21:44:15
    • (怖くて手が出せなかった、の一言に片眉を上げて吐息を漏らす) タダより高い物は無い、と。
      まぁ……そのツケを被るのは私では無いのが不幸中の幸いかしら……。
      (その後に続く魔力反転薬の説明で、目に真剣な光を宿らせる) それはそれはまた……中々に卦体な代物ね。
      時間だけは腐るほどあることだし、慎重に実証研究させていただくわ (神妙な面持ちで魔力反転薬を懐に納める)
      じゃあ地下にあるという性別転換薬のほうも回収していくわね。次に会う時まで『代価』の準備はしっかりしておくわ。
      ではいずれまた、ね……チョコちゃん(ふっと淡い笑いを浮かべると、悠然とした足取りで研究室を出て行った) -- レーラア 2010-06-11 (金) 23:45:45
    • 最初は黙っておこうかと思ったんじゃが服用するのがお主じゃないなら言っても問題ないと思うてな(にっと口を歪めて笑いつつ)
      うむ、レポートは任せた また会う日を楽しみに……うん? チョコちゃん…? だ、誰かのうそれは…(不意に出てきた名前に思いっきり動揺しつつ見送る)
      -- 術師? 2010-06-12 (土) 10:55:02
  • 「……というわけよ」 -- レーラア
    • 「経緯を聞いているんじゃありません!! 理由を聞いているんです!!!」 -- ネモ
    • 先ほどからヒステリックに叫び続けるネモを横目に見遣りながら、ゆっくりとレーラアは煙管に火を点ける。
      一つゆるゆると喫ってから溜息交じりの煙を吐き出して、ネモをひと睨みした。
    • 「私が伊達でアンタを女装させてるんだと思ってた?」 -- レーラア
    • 思ってました。
      「思ってました」 -- ネモ
    • ふっ、とレーラアは鼻で笑うとネモに顔を近づけて、重い煙を吹きかけた。
      怯んだ相手の顎を掴んで、レーラアはぐっと目の奥を覗き込む。
    • 「私の仕事、手伝ってもらうわよ」 -- レーラア
    • 有無を言わさぬ口調であった。
      レーラアの言う「仕事」といえば一つしか無い。
      ソレに思い至ったネモは、身じろぎもせず俯いて、ただただ黙りこくっているだけであった。
    • 「いつまでそうしているつもり? 早く着替えなさいな」 -- レーラア
    • レーラアはだんだんイライラしてきた。
      ネモという男は、わざと相手を苛立たせるような振る舞いに及ぶことがあるが、
      いま目の前にいる女の体をしたネモは、意図せずしてレーラアをイラつかせるような空気を纏っていた。
      少々強引にレーラアは、シーツで体を覆っているネモの腕を引っ張り上げた。
    • 「きゃあ!」 -- ネモ
    • 「キモっ」 -- レーラア
    • 雌の悲鳴を上げたネモに、信じられないといった視線を送ってレーラアは生理的嫌悪感に身震いした。
      悲鳴を上げた当人は、シーツを手繰りよせて裸身を隠し、羞恥に染まった顔で恨めしげにレーラアを見遣っていた。
    • 「キモっ」 -- レーラア
    • 「二回も言わないで下さい! 女の子にヒドイですよ!」 -- ネモ
    • 「いつまでカマトトぶってんのよアンタ。さっさと着替えなさい」 -- レーラア
    • 「カマトトぶってません! 『私』はこうなんです!!」 -- ネモ
    • ネモの一連の反応にレーラアは首を捻った。
      どうにも先ほどから言動がオカシイ。
      長年連れ添ってきた経験から、フリや演技ではなく、芯からの行動であるように見えた。
    • 「……アンタの名前は?」 -- レーラア
    • 「え、あ、はい。ネモ・ダカールです」 -- ネモ
    • 「恋人は?」 -- レーラア
    • 「エヴァ・シルバー・ファイン・ティッピー・ゴールデン・フラワリー・オレンジ・ペコーです」 -- ネモ
    • 「一番尊敬している人物は?」 -- レーラア
    • 「やっくん! ……い、痛っ! ど、どうしてぶつんですか!?」 -- ネモ
    • 言い方と顔が気持ち悪かったので思わず手が出た。
      ビンタした手をヒラヒラ振って、レーラアは過ぎたことを気にする風でも無く考える。
      『副作用の有無を教えてもらえれば助かるのう』
      性転換薬を寄越した術師はそう言っていた。つまりは、まあ、そういうことだろう。
    • 「ちっ……まずは様子見、か。いや……あの人に会わせるいい機会、かしら」 -- レーラア
    • 「あの〜、着替えたいんで出て行ってくれませんか?」 -- ネモ
    • 「アンタ女でしょう? 女同士で何か問題が? アンタが胸にブラ下げてる無駄に重そうなブツは飾りなの?」 -- レーラア
    • 「痛い痛い痛い痛い〜〜〜! 胸、鷲掴みしないでくださいっ!!!」 -- ネモ
    • レーラアは盛大に舌打ち一つ残して部屋を出る。
      苛立ちを治めるように、深くゆっくりと煙管を吹かして、心の平静を取り戻すことに努めた。
      暫しのち、着替える服が無いと愚図るネモに、またイライラが再燃して一騒動あるのだが、
      それはまた別の話。

Last-modified: 2012-11-26 Mon 00:10:13 JST (4168d)