彼は人を殺した。己を調伏するために向かってくる、あるいは妖魔何するものぞと己の腕前を誇る武芸者を殺した。
戦いは彼に愉悦と高揚をもたらした。しかし、所詮人間は人間。真正面からの戦いで彼に敵うものはけして存在せず、やがて彼を飽きが襲った。
……彼にはよくつるむもう一体の妖魔がいた。人間から見れば、それは相棒であり、友人であり、ともすれば恋人のように見えたのかもしれない。だが、妖魔は愛を知らない。彼らは子を成せないからだ。 -- アルヴィン
ある日ふと、彼は考えた。人間が己の欲求を満たせないなら、もっと強い相手を求めればいい。それは誰だ?
……矛先は同じ妖魔に向かった。彼の相棒(便宜上そう呼ぶとしよう)は、殺戮の愉悦から人を殺し続けていたが、それを面白いと言って彼に応じた。
戦いを求める二体の妖魔の、妖魔を殺す奇妙な旅が始まった。 -- アルヴィン
彼らは殺した。南に名高き妖魔があればこれを殺し、東に獰猛な獣の妖魔があると知ればこれを殺す。
北の妖神を殺し、西の人に化けし妖魔を殺し、殺し、殺し、殺し尽くした。
彼らのやることは、対象が変わっただけで何一つ変化していなかった。……ただ、彼らを見る人々の目を除いては。 -- アルヴィン
人々は彼らを、恐れではなく……いや、畏れを以って見ていた。「人に仇なす妖魔を滅するもの」、すなわち救いの担い手として。
彼は困惑した。畏れられることも、恐れられることも望んでいない。だが、人々のその眼差しは、いつしか彼をも変えた。
彼は想うようになった。人々の営み、男と女が愛しあうさまを。やがて子を成し、親と子となって家を作るさまを。子がまた子を成し、命のタペストリを紡いでいく様を。 -- アルヴィン
妖魔は人を食らう。それは人を羨むからだと彼は言う。そして彼自身もまた、人々を羨み、愛するようになっていた。
戦い、戦うためだった戦いは、やがて守るための戦い、救うための戦いとなった。……そして、それを快く思わないものがいた。
彼が人を愛したように、彼の相棒は彼自身を愛していた。妖魔に子は成せない、だが愛はあるとそのものは思った。だから、人を愛する彼が許せなかった。 -- アルヴィン
結果として起きたのは、妖魔同士の戦いだった。そして勝利は、人々を味方につけた彼にもたらされた。
……妖魔でありながら人を愛し、人を守ることを誓った男は、己の力を封じるために鋼鉄の鎧を、鋼の仮面を纏い、風となって生きた。
どれだけ鎧を纏おうと、どれほど仮面を被ろうと、己が妖魔であること、人でないことを偽ることは出来ない。それを知りながら。 -- アルヴィン
……彼は救い続けた。救い、守り、戦い、己が人でも魔でもなく、ただ一陣の風になろうと救い続けた。
……そう、俺には到底出来ないことを、彼はやってのけた。やり続け、己が朽ち果てる時にさえそれを託した。それが出来ると思った相手に。
己が纏い続けた鎧を託すことで。「お前ならば出来る」と、そう言葉をかけてくれた。 -- アルヴィン
だが、武律よ。俺にそんなことが出来ると、俺自身は思えない。誰かを救う、守るなんてことが出来ると、俺は思っちゃいない。
お前の、お前達の力は、血は、鎧はここにある。だがこれは俺の力じゃない。あくまでもお前達の力でしかないんだ。
……俺は、ただの魔術師なんだ。俺にはやはり、無理なんだと想うよ……。 -- アルヴィン
ただ無垢に救いを求めるあの少女一人すら守れない俺には、何も……。 -- アルヴィン
ある男の話をしよう。
彼はヒーローを自称していた。光の魔法を操り、空を飛び、人を救う。弱きを助け、強きをくじく。
絵に描いたようなヒーローだった。彼自身が夜の一族、ヴァンパイアであり、その魔法自体が彼を灼くことを除けば。
彼はその痛みも含めて、世界を愛していた。全てを愛し、悪を憎み、悪を生み出す何かを憎んだ。だから彼は戦った。力の限り。
そんな彼は、人からも同族からも、魔からも奇異の目で見られた。変人だと揶揄された。
それでも彼は笑っていた。笑って戦い、己の身を灼き、敵を倒し、また次の戦いに赴いた。
そんな彼の前に、救いを求める少女が現れたら、ヒーローはどうすると思う? ……当然、戦う。力の限りに。
だから彼も戦った。クリスマスの前の日、記憶もないままに自分をヒーローと慕った少女を守るために。
頼れるが変わった仲間たちがいた。……敵が神であることを知っても、臆することのない仲間たちだ。
ヒーローはそんな仲間たちを誇りに思った。少女を不幸にしようとする神を、正面から殴ってやると息巻いた。
少女一人を鍵とするために、宇宙の果てから手を伸ばす神を殴るために、宇宙を飛び越えてみせる。まさに夢物語だな。
だが彼らは、夜闇の魔術師はそれを可能にする。やってのけ、神を倒した。ヒーローは勝った。そのはずだった。
……だが、神とは我々を超えたものだ。人はおろか、私たち妖魔も、夜の一族も。奴には奥の手があった。
神は少女を……己が受肉するために作り出した神子から産まれることで、野望をなそうとした。すなわち、世界を破滅させるという災いを。
少女の命を取るか。世界を取るか。……ヒーロー達に迷いはなかった。少女の命を救うため、彼らは神と、肉ある本物の神と戦った。
結論から言えば、彼らは勝った。少女も救われた。世界は滅びることなく、全ては平穏無事に終わった。
たった一人、ヒーローの仲間の命が喪われたことを除いては。
少女は救えた。救うべきものを救い、倒すべきものを倒すことは出来た。
だが、守るべきものを守ることはできなかった。それは、理想を追い求め体現するヒーローにとって、どれほどの意味を持つか。
……だからこそ、彼はそれを背負った。背負って戦い、戦い続け、やがて灰となった。己の信念に殉じた。
だが吸血鬼とは強力だ。灰になろうと、彼の血潮、ヒーローであることを己に任じ続けた血潮は死ななかった。
彼は志を託した。己にそれだけの力がありながら、誰かを救うこと、守ることを恐れる魔術師に。
己が魔性であろうと、何者であろうと、揺らぎなき信念があれば恥じることなどないと。そう伝えるために。
レオ。私はお前の生き方に敬意を表する。お前の志は今も血として残り続けているのだから。
人に憧れ、結局は近づこうとした私とは違う。お前は真にヒーローなのだろう。
……あとは彼が、己のその内なる力に気づけるか。それだけだろうさ。
ある男の話をしよう。
そいつはどうしようもねえほどに頭でっかちで、そう見えてるだけで実際は柔軟なんだが、自分をそうだと定義してる頑固者でな。
おまけに自分のことを認めず、限界があると決めつけて、そこに収まろうとしてる。けど、その先にいる連中を羨んで仕方ねえ野郎だ。
……そうなっちまった理由はある。けど、そんなもんで終わらねえはずなんだ。羨んでることが、出来るかもしれないやつだ。
だから俺達は力を貸した。途中で終わっちまった俺達が、最後まで歩けるアイツのために。
あいつはそれを借り物の力だっていう。確かにそうかもしれない。けど、アイツ自身の力は、想いはかならずある。
そこに気付かねえと、どうしようもねえぜ。メイガス。武律やオレの二の舞いだけはやめとけよ?
そいつは誰かを殺した。……けれどあいつは救えたんだ。たしかに。やり返すことだって出来た。
だがやがて、あいつは自分の心を殺し始めた。それじゃいけねえっていうやつが、少なくともここに二人いる。
……さて。アイツの未来は何処にある? 闇か? 光か? 少なくとも、前を向いてることは確かだろうがね。