名簿/510374

  • 「姉さん」
    俺は……いや、僕は、困ったように声を出すしかなかった。普段なら頼りがいのある姉の姿が、こんなにみずぼらしく情けなく見えたことはないのだから。
    姉さんは、「ごめんね」と、噛みしめるように繰り返した。違う。僕はそう言って首を横に振ろうとした。床に転がったままの鳥籠が目に入る。僕は、いや、俺は、
    • …………。
      幌馬車(キャラヴァン)のなか、ほとんどその隅にうずくまるようにして眠っていた男が、折り畳むように曲げていた首を伸ばした)
      (違和感に気付き、頬を拭う。右目からは透明な涙が、左目からは血のように赤い……いや、事実、血そのものが、涙として流れだしていた。片手でそれを拭う。黒い掌が撫でた頬に、痕は残らなかった)
      -- アルヴィン
      •  

      • 見渡すかぎりに伸びるのは牧歌的な風景。整えられた道、生い茂る草花、地平線にゆるく屹立した、おそらくは雄々しき山々のシルエット。
        "眠り子街道"を好む詩人はいない。というのも、「どれほどうるさい赤子でも寝息を立ててしまうから」という謂れを持つ名のこの街道に、彼らの飯の種となるような冒険譚は存在しないからだ。
        正確に言えば、つい最近には、存在しない。黄金歴で遡ること二百年以上前は、この道とて魔物が跋扈する危険な土地だった。冒険者たちによって切り開かれるまでは。

      • 「旦那、お目覚めで?」
        そう背中越しに問う御者の声は欠伸混じりである。彼とて、ただただ何もない風景が続く道の馬扱いには退屈するのだ。
        今回の客は不思議な男だ。まじない師のようだが、人を物じみて扱うでも、逆に胡散臭いふうでもない。拒絶こそされないが、どこか別のラインに立っているような、そんな印象を受けていた。

      • 外套を着込み、片膝を立ててうずくまっていた男は、己の体に古ぼけた長杖を立てかけていた。それを右肩から左肩へと置き換え、首を鳴らした。
        「夢を見ていた」と、男は言った。御者は、世間話めいたその声にやや驚いた。そんな平凡なことを、まじない師が言うとは思っていなかったからだ。
        「……幼いころ、小鳥を飼っていた。それが死んだ時の夢だ」聞き返されるまでもなく、男は続けた。そして幌(ほろ)の覗き穴から外を眺めた。飽きるほど牧歌的な風景を。

      • 「小鳥ですか。あたくしが子供の時分にゃあ、犬ころを……」「あなたは」男が遮った。「もしその犬が死ぬ時、自分にそれを救えるかもしれない力があったとしたら、どうしていたと思う?」
        「へい?」「魔法でも、医学の才能でも、、なんでもいい。自分が努力すれば、飼い犬を助けられるかもしれない。だが、助けられないかもしれない。その可能性だけがあったとしたら、どうする」
        ……御者は二度、聞き返そうとし、黙り込んだ。ばしん、と馬に鞭をくれる音が沈黙を慰める。奇妙な問いかけだが、込められた意図には、何か深いものがあると思えた。

      • 御者の沈黙は一分に渡った。なだらかな道を気怠げに駆り立てる馬の蹄音が、喧騒に似て響く。
        「そりゃあ、なんとかしようとするでしょうよ。子供なんだ―――いや、別に大人だってそうでしょうが―――大切だからこそ、飼ってるんだ。違いますかい」
        男の沈黙は2秒。「そうか」ただそれだけ答えて、それからは沈黙だけが続いた。御者は何かを口に出そうとし……街のシルエットが遠景に見えたので、それを理由にやめた。

      • 「……冒険者の街、か」
        男もまた、その街を遠景に捉え、呟いた。冒険者達が集まり、開拓を成し遂げたというその都市の姿を。
        そして再び瞑目する。回想するのは、ここまで歩んできた道のり……。
        -- アルヴィン

      •  

      • 「お前は破門じゃ」
        師の言葉に、不思議と俺の心は揺らがなかった。ただ、思っていたとおりの言葉が、思っていたとおりに向けられた。その実感だけがあった。
        師の表情は、険しくはない。穏やかなまま、俺がそれを当たり前のことと受け止めているのさえ見透かしたような瞳で俺を見返している。

    • 俺はふと、周囲を一瞥した。古いアンティーク製家具の数々や、立てかけられた無数のワンド、古ぶるしい書物の類。まるでお伽話に出てくる、森の奥に住まう魔法使いの家のような内装。
      「先生」俺は、静かに言った。我が師、この霧に深く包まれた神秘の学び舎、"ダンガルド魔術学校"の長である老魔術師マーリンは、応答を返さない。
      長い白髯(はくぜん)と幅広のつば帽子、神秘と叡智を感じさせる青い瞳は、俺の全てを悟り、諭すかのように泰然自若としていた。
      • 「……」月並みな言葉を出そうとして、俺は逡巡した。それらしい物言いをしたところで、この人の前で出すにはあまりにも薄っぺらくなるだろう。それがわかったからだ。
        だから俺は、その場で居住まいを正し、静かに礼をした。「……今まで、お世話になりました」
        「理由を聞かぬのか」逆に問うてきたのは、師・マーリンのほうだった。俺は頭を振った。「……おおよそは、未熟の身でもわかります。いえ、もはやこの体も大きく変わりましたが」

      • 「そうじゃな」師・マーリンは、地に着かんばかりの白髯を撫でながら頷いた。「おぬしは、わしの教えを受けていた頃から大きく変わった。そうに見えて、変わらぬ部分もある」
        「見た目ばかりですよ。俺は何も成長できていない」「だからこそ、じゃ」師が俺の言葉を遮る。「お前はいつしか、そうして自ら前を向き、歩くことをやめた。ゆえに、破門とする」
        ……俺はいよいよ、言葉を失った。この人はやはり、何もかもがわかっているのだ。1500年以上の時を生きるという大魔術師に敵うものなど、この地球(ファー・ジ・アース)にはそうそういない。

      • 長い、長い長い静けさがあった。まるで、その言葉だけで俺を諫め、二の句はなくただただ自省させるような、そんな静寂が。
        「あの子のことを、未だに背負っておるか」そして差し出された言葉は、救いに似ていた。その問いかけに頷き、懺悔し、己の弱さを嘆ければ、どれだけ楽になれるか。
        それがわかっていたから、俺は、師に背を向けた。その眼差しから、差し出された言葉から逃げ出した。一人前の証として受け取った、ダンガルド製の黒外套が音を立てて翻る。壁を作るように。

      • 「アルヴィンよ」師・マーリンが、深い森に湧き出る泉のように穏やかな声で俺の名を呼んだ。俺は、何も答えない。
        「おぬしはやれるだけのことをやった。取り戻す事もできたのだろう。ならば、もはやよいではないか。おぬしのそれは、もはや世界を守るためではなく、ただの……」
        「そう、ただの私怨です」まるで駄々をこねる子供のようだ、と、俺は心のなかで自嘲した。「……私怨だからこそ、誰にも諌める権利はない。それは、先生にもです。……お世話に、なりました」

      • 「そうかもしれん。そうではないかも、しれん」師・マーリンの口癖が、俺の背中に向けられた最後の言葉であり、俺があの世界を離れる前、最後に聞いた師の言葉だった。

      •  

      • 俺はかつて、ファー・ジ・アース……地球、あるいは「幻夢界」と呼ばれる時空にいた。
        魔法をはじめとする超常の力が、「非常識」な存在として世界を包み込む結界に隠された場所。幼き神が眠る、その泡沫のような夢の上にたゆたう不安定な世界。
        かつて俺はウィザード、非常識の力をもって、常識という概念とそれに覆われた"表の世界"を守るために戦う、夜闇の魔術師だった。……こうして世界を離れた以上、今その肩書は不似合いだろう。
      • ファー・ジ・アースはもとより、八つある次元界の八番目に位置し、またその「地球」そのものの内部に、もう一つの時空「裏界」を内包していた。
        ゆえに、外の世界から来訪者(オーヴァーランダー)が現れることも、その逆も比較的珍しくはない。そうした次元移動者を支援する、多次元的な組織も存在している。
        オクタヘドロン。実態の知れぬ武器商人でありながら、多数の世界に影響力を持つ彼らが、世界を渡る俺にとってのパイプラインとなった。

      • 「それで? 上から連絡のあった、界渡り希望のウィザードってのがあんたか」
        目を狐のように細め、ほとんど閉じているようにニコニコと笑う赤毛の少年が言った。この喧騒とした酒場に、彼の着る学生服は幾分似つかわしくない。
        「輝明学園の制服か」「お、わかる? そうそう、オレもウィザードなのよ。専門は箒だけどね。……で」少年はカウンター席に腰掛け、仮面のような笑顔のまま俺を見つめた。「あんた、あの世界に行きたいんだってな」

      • 「その通りだ」運ばれてきたエール酒を飲みながら、俺は頷いた。故郷のドイツビールに比べると、異世界の酒というのはなかなか個性的な味をしている。
        俺達が会合の場として選んだのは、「暁の羅針盤」と呼ばれる、世界の間に位置する酒場だった。ここには、あらゆる世界のあらゆる種族が集う。
        事実、ファー・ジ・アースに存在するウィザード達の組織、輝明学園の制服を着た少年も、奇異ではあるが全く目立っていなかった。

      • 「お前はあの世界にいた経験がある、そう聞いている」「ああ、いかにもその通り。オレ以外にも、あそこに流れ着いたウィザードはいたらしいけどね」詳しくは知らね、と軽い調子で赤毛の少年は言った。
        「ただ、そいつを居候させてたっつー商人には渡りがあんだ。オレの仕事は、とりあえずあんたが界渡りをするための次元座標と箒を用意、あとはそっちに任せる。これでOK?」
        十分すぎるほどだった。ウィザード達の駆る機械式兵器、箒には、大掛かりではあるが次元を飛び越える能力を持ったものも少なからずある。当然、それらを使うには対価が必要だ。相応の理由も。

      • 「聞かせてくれるんだろ? わざわざファージアースを離れて、あんなごたまぜの世界を目指す理由をさ」
        赤毛の少年は挑発するように言った。俺はエールを飲み干し……愛用のパイプを銜え、深く息を吐いた。俺の体に施された防御魔装の精神拘束術式が、心の「ゆらぎ」をシャットアウトさせた。
        「……復讐だ」「復讐? 誰に?」「さあな」空になったグラス、底に映る自分の赤い瞳を見返した。ことさら邪悪に歪めようとしたそれは、痛ましげにしかなっていない。「俺にもわからん」

      • 「悪いが、オクタヘドロンにはいらぬ世界への干渉を防ぐっていうルールが一応あるんだ。私怨でゴタゴタを起こすなら」「安心しろ」
        赤毛の少年が剣呑な色を帯びて瞳を開く前に、俺は先んじた。「俺が復讐する相手が、あの世界にいるわけじゃあない」
        「なら、どうしたってあそこを目指すんだ? たしかにあの世界、黄金の英雄を求める世界は、あちこちの異世界とつながりやすくなっちゃあいるけどさ」

      • 自らの、変貌した赤い瞳を見つめる。グラスに映るそれは、あたかも2つ空に浮かびあがった紅い月のようだった。見慣れた、あの紅月だ。
        「……俺は英雄じゃあない。ましてや、誰かを守るために戦う闘士でもない」ひとりごちる俺を見て、赤毛の少年はきょとんと目を瞬かせていた。
        「俺はただの魔法使いだ。……だからこそ、理由のない思し召しに乗ることもある。あそこには俺の求める何かがある。漠然と、そう感じただけのことだ」

      • しばらく赤毛の少年は、笑うように閉じていた瞳を―――俺のものよりも赤く、紅い瞳を開いたまま、俺を値踏みするように見ていた。
        ……やがて、彼の前にソーダ入りのボトルが運ばれてくると、少年はそれを一掴みして一気に飲み干し、軽妙に笑った。
        「奇遇だね、オレんときもそんなモンだったのさ。だったら連れてってやるよ、黄金の伝説(ゴールデンロア)の次元界へ、な!」

      •  

      • ウィザードが持つ魔術兵装の代表格に「月衣(かぐや)」がある。これは、いわば俺自身を包み込む表膜型の個人結界だ。
        「非常識」の存在が排斥されるファージアースにおいて、ウィザードはこうして己自身を結界で包むことにより、非常識の力―――すなわち、魔法を行使することを可能としていた。
        時として常識的な攻撃(たとえば銃で撃たれ、車に激突される)さえもシャットアウトしてみせる力は、この世界では役に立たない。この世界そのものが、地球から見れば非常識の塊だからだ。

    • 「まるでヒロイック・ファンタジーの世界だな」次元移動を終えて二週間、この世界にある大陸、その大都市に辿り着いた俺の感想はそんなものだった。
      跋扈する魔物、英雄視される冒険者、そして秘境。なるほど、黄金の英雄の世界とは言い得て妙だ。
      世界を包む常識の結界さえもない以上、俺は本来、その力を隠す必要はない。だが、面倒を避けるためには、何事もほどほどが肝心である。俺は旅の冒険者を偽っていた。
      • 潮風が心地よい港町に俺はいた。あの少年が言っていたとおり、この世界はごく平凡な(というのも妙な話だが)中世世界でありながら、相当に入り乱れている。
        様々な種族や、外世界からもたらされたと思しきテクノロジーの末裔を俺は何度か目にした。奇跡的な調和のもと、この世界ではそうした異物が浸透しているのだ。
        俺が目指している相手も、本来であれば俺と同じ異邦人であったという。この世界で冒険者を終え、英雄となった男。

      • はたしてどのような異人か。そう考えを巡らせていた俺を出迎えた相手は、そもそも人間でさえなかった。
        「よ、お前さんがクノーゲルの坊主が言ってた来訪者さんかい」緑色の肌を持つ、痩せた風貌の男は、鷹揚に手を上げてそう言った。
        「俺っちはアルゲントゥムってんだ。よろしくな」「……ああ」驚きはしたが、それだけのことだ。人間であるかどうかで線引するなら、俺もとっくのその枠から外れているのだから。

      • アルゲントゥムと名乗る彼は、そもそもがこの世界の外側に住まうデミヒューマンの生まれであるらしい。
        ギスヤンキ。次元界の浮かぶ銀色の虚空を船で駆け、略奪を働く悪の種族。彼はその中で善の心に目覚め、同族を嫌って出奔したと語った。
        この世界に流れ着いた彼は冒険者として力を積み、知を集め、やがて到達した。英雄と呼ばれる力量と、財を持つ領域に。引退後は、こうして世界の狭間を行き来する商人を営んでいるのだ。

      • 「まあ、そんな中のある日だよ。あの不良教師……ああ、俺っちが会ったときゃあまだ学生だったがね」アルゲントゥムは言った。
        「あいつ?」「いたのさ。お前さんと同じ世界から来たウィザードが、あの赤毛の坊主以外にもな。カテンってえ名前で、まあずいぶん……そう、ずいぶん変わったやつだった」
        彼とて、すべての事情を聞いたわけではないらしい。だが同じ冒険者であり、住むところを提供していたなりに、様々な話を聞いていたという。俺はそれを、じっくりと聞かせてもらった。

      • 「……転生者が、世界を越えて転生する、か」なかなかある話ではない。だが、何かの目的を達するため、永劫戦い続ける転生者とは、ファージアースではそこそこに存在していた。
        「ところで、アルゲントゥム。その、願いを叶えるための戦いというのは……なんだ」「あん?」葡萄酒を飲んでいた彼が、訝しげに言った。
        「ああ、俺っちも詳しくはねえがな。あいつはその、願いを叶えるための聖杯とやらに巻き込まれ……いや、自ら飛び込んだんだとよ。まったく、物好きなやつだぜ」「……」

      • 万物の願いを叶える「聖杯」。時にそれは人を蘇らせもし、事実彼はその恩恵に預かったのだという。
        まさに神のような力。俺は内心で呻いた。これが、俺の求めていたものだとでもいうのか、と。
        「まあ、「あの街」じゃあそんなもんも出てくるんだろうねえ」「……そこは、お前たちがいたという?」アルゲントゥムは頷いた。「ああそうさ、冒険者達の街。いいところだぜ、なかなかな」

      • 願いを叶える力。それがあれば、おそらくはなんでも……そう、たとえば、神の如き力を振るう存在を討つことも、出来るのではないか。
        あるいは己が、それへと変わるか。傲慢で強欲な者にほど、甘く聞こえる願望機という言葉。俺は……そこから、思考を外せなくなっていた。
        神を人が討つなど、夢物語に過ぎない。ましてやただの魔術師にそんなことなど出来るはずもない。……万物の願望機でも、あり得ない限りは。

      • 「なあ、アルヴィンさんよ」思考に耽っていた俺を現実に引き戻すかのように、アルゲントゥムが俺の名を呼んだ。
        細い瞳が俺を見据える。こうして真正面から誰かに見つめられるのは、あまり好きではない。……己の過去を、諌められているように思うからだ。
        「あんたも大概に、抱えてるもんがあるらしいな。まあ俺っちもアーティフィサーだ、色々なガラクタをいじくってるからわかる。その体、ナマモノじゃないだろ」

      • 「……商売人なら、そういうプライバシーには踏み込まない流儀も知っているのだろう」否定も肯定も返す必要はない。うっそりとした俺の言葉を、彼は商売人らしい飄々さで受け流す。
        「それに、その目だ。おおかた、ヴァンパイア……」「やめろ」己の双眸を見返すことは出来ない。だがこの時の俺は、たしかに彼を睨んでいたのだと思う。殺意を以って。
        「お前に、何がわかる」「何もわからんさ、何もね」それさえも受け流し、アルゲントゥムは笑った。「だが、お前さんが今のままじゃあどうしようもないってこたあ、わかる。俺も人間だからね」

      • 俺は鼻白んでいた。この期に及んで、デミヒューマンが己を人間と呼ぶ。そのアイロニーにあきれ果てた。
        だが、男の、アルゲントゥムの笑みは、けして嘲りや玩弄の意図はなかった。むしろ、俺に挑むようでさえあった。
        「そんだけのもんを抱えて、やりたいことがあんだろう? お前さんにゃあ」「……どうだろうな」俺にはそう答えることしかできなかった。

      • 過去を想うことはとうにやめた、そう自分で思っているだけかもしれない。今もこうして、当て所のない執念と憎悪に焦がされて旅をしているくらいなのだから。
        「だが、俺の求めるものがそこにあるかもしれないということはわかった」聖杯、万能の願望機。それを手に入れればあるいは、叶うことなどあり得ない俺の目的も叶うのかもしれない。
        アルゲントゥムはそんな俺に、ただこう言った。「好きにすりゃいい、後悔しなけりゃそれが正解だろうよ。ま、その体がガタつくようなら俺っちんところに来いよ」と。……それが、この街に来るきっかけとなったやりとりだった……。

  • Sapere aude.
  • スラム街 廃教会前
    • (昼間。治安の悪い場所に自らが探しているアサシン連中の鍵がないかと探索を始めた)
      (ライダーが独立している間──あの連中の手がかりをと思い、近場から気配を探しに回っていたが)

      なん──だ、これは
      (残滓のような微弱な反応を追った先。スラム街を抜けた先にあった教会のようなもの)
      (いや、教会があるだろう場所は茨に包まれていた。何者かに浸食されているかのように。何かを守るように)
      魔術師の工房……?いや、この気配は一体
      (探索を忘れ、しばし立ちつくすように見上げた。その異様な光景を眺めながら -- ブレイズ
      • (教会から十数メートル離れた尖塔。その頂点に黒外套を翻しながら立つ男がいた。赤い双眸が眼下を見下ろす)
        あの結界。解けないとはいえ、あそこには強い魔術的気配がある。ましてやキリルがサーヴァントとなった今、聖杯戦争の関係者ほど食いつきそうだと思い静観していたが……。
        (男のつぶやきは風に消え、そして男の姿もふいに消えた)

        そこの男。この教会に何か用があるのか。ただの観光ではあるまい。
        (さう、と音を立てて降り立った男が、ブレイズに静かに言った。気配察知を持つ彼にとって、男から放たれる微弱な瘴気は肌を刺すように感じられることだろう)
        -- 名簿/510374
      • (その教会への意識を一瞬で。氷を静かに、鋭く差し込むような気配が降り立った)
        (相手がその気なら先手を仕掛けることも可能だったほど優雅に、静かに男は現れた)
        (その気配、探しているものと違えど──刺さるようなその気配の冷徹さ、人の姿をしているがこの男は)

        観光でも、教会への礼拝でもないな。
        (男へ向き合う顔は厳しく、帯刀しているのであれば引き抜く寸前というような面持ちで)
        人探しだ──そう、例えば”願いを叶える”という甘い餌で人々を釣り、戦いわせ血肉の上に作り上げた祭壇で踊る邪悪な儀式
        その、参加者とかをな
        (目の前の男が関係者である確証はない。ただブラフでもないが、出さざる負えなかった)
        (この異様な場所と、その異様な場所に近づいた時に表れた男。彼から放たれる気配は確かにそれでなくとも、と思えるものはある)
        (故に、この言葉。あの邪悪な椅子取りゲームを連想させるこの言葉に、どう示すか。そこに全集中を注いだ) -- ブレイズ
      • 聖杯戦争……。
        (ブラフに対し、あっさりと根源的なキーワードを出してみせる表情に一切のブレはない)
        (揺れる心は、常に己に施した精神拘束術式により制御されている)
        なるほど、参加者には色々なタイプがいるとは思っていたが、お前のような手合いも選ばれるものなのか。
        (己に向ける激しい敵意、聖杯戦争を「邪悪」と罵る言葉遣い)
        (紛れも無い義侠心を感じる。痛々しいほどにまっすぐなその戦意に、能面めいていた男は眉根を顰めた)
        (その意図が呆れか、嫌悪か、あるいは別の何か……たとえば羨望だとか……であるかは、直後に戻ったポーカーフェイスからは悟れない)
        こんな早くにその一人と相対するとは思っていなかった。ましてやサーヴァントもなしに、だ。
        (己の得物である機械杖も持たず、黒外套のなかに身を潜ませたアルヴィンはうっそりとした目つきでブレイズを見つめた)
        さあ、どうする。俺を殺すか、それとも説得するか。なかったことにして踵を返すか。お前のやり方を見せてみろ。
        -- アルヴィン
      • (読めない。目の前の男がどういう存在か読めない。傲慢でもない、不遜でもない)
        (ただ冷たく見える。だがそれは逆にこの聖杯戦争自体に対しても何か不自然に達観しているようでならない)
        (そのあまりに抑揚のない気配が、あまりに不自然だった。人非ざるものの強欲さ、傲慢さ。悲哀や情を感じるわけでもない)
        (銃を持っているとしたら……抜き打ちの一瞬を見計らうような心持ち。しかし相手は悠然とそこにいるような)
        (なにか交わらぬ気が不可解さを引き立て、言葉が口に出た)

        ……お前は、どうするんだ。お前のやり方は?お前は何者なんだ
        (目の前にいる男と似たようなことを返していた。まるでこの渦中の外にいるかのような男に問うていた) -- ブレイズ
      • アルヴィン・マリナーノ。それが俺の名だ、聖杯戦争を憎む男。
        (悠然と長身を反らし、男は答えた。黒外套が昼の陽光を侵すように翻る)
        俺には願いがある。片付けなければならない事情も出来た。あいにくだが、おそらくはお前と目的を違えることになるだろう。
        俺とて、無駄な戦いをすることのデメリットは心得ている。お前がその気なのであれば、あえて背中を狙い撃つような真似はしないと約束しよう。だが、一つだけ確かなのは……。
        (赤い瞳が細められた。男の放つそれと同じ、敵意の色を秘めて)
        俺は説得に応じることはない。俺は聖杯戦争を降りるつもりは、ない。それだけは真実だ。
        (直後に周囲の空気が変質する。辺り一帯を包み込む結界の気配……<月匣>が発動し、ブレイズとアルヴィンを通常空間から隔絶させた!)
        -- アルヴィン
      • (結界により隔絶された──その世界で思う。目の前の男が邪悪か、狂気に目を曇らせた混沌者かは判断しかねない)
        (だが目の前の男の妙な律義さは何かを背負った悲しみを感じとらずにはいなかった)
        (だからこそ、願いを持ち戦うと言うことに対して。説得することは不可能だろう)
        (故に決まっていたのかもしれない。最初から)

        俺の名はマスター・ブレイズ。聖杯戦争を滅ぼすために──聖杯を砕くために来た。
        (この目の前の男と戦うことが!)
        (背にある箱が変形し異質な、ソリッドな弓へと形を変えていく。戦うための道具として)
        (襟元から炎が吹き出しマフラーとなっていく──目の前の男と戦うために!) -- ブレイズ
      • 俺はお前のような手合いには敬意を払う。正面から敵と向かい、受け止めた上で叩き伏せる覚悟を決めた者は強い。
        ……俺には到底真似できないことだがな(無表情のままではあるが、その言葉にはどこか……そう、羨む色さえ感じられたのは、気のせいか)
        (しかし月衣から機械杖が現出し、紅い月を背負えばその気配も雲散霧消する。金属管が手首に接続され、赤い血がシリンダに満ちていく)
        si lergra sheyla dil bonctreska(我喚ばうは夜闇を貫く煌きの矢)
        (ガシャコン! と先端部分が展開した機械杖、マリーエングランツを振るう。その軌跡に従い輝きのラインが現れ……)
        矢のごとく駆けよ!(裂帛の呪文に応じ、その輝きは目もくらまんばかりの無数の矢となってブレイズに向かい飛来した!)
        -- アルヴィン
      • (互いの意志を尊重し、確認するように……いや、してこそ戦う覚悟となった者達)
        (淀むような感情の揺らぎも一瞬。互いは戦士になる。この隔絶された世界で!)

        疾ッ!(その弓に矢はない。されど手は矢を番えるように添えて引くと炎の矢が扇を広げるかのごとく幾本も出現し展開)
        発ッ!(その炎の矢は打ち出され、そしてまたそこから幾本の焔の矢にも別れて魔術の矢と打ち合い炸裂!)
        (魔術の輝きと異能の焔が混ざり爆発していく!)
        (そして焔のマフラーはブレイズがその爆炎を見るや否や長くも巨大化し鳥類の羽のように伸びて虚空にブレイズを飛翔させる──)
        (有利か互角か、魔術がない分有利か、否。既にこのアルヴィンの結界の中にいる。その術中の中……何が起きてもおかしくはない)
        (そんなサーヴァントのいない戦い、隔絶された世界での戦いは幕を開けた) -- ブレイズ
      • 炎使いか。ブレイズの名にふさわしい力だな!
        (牽制がすべて無に帰したこと、そして機動力のアドバンテージを得られていることを察知し、マリーエングランツをその場に強く柄に打ち立てる)
        (先端部分の金属輪がさらにもう一回り開放され展開し、ゴウン、ゴウン……と重い音を立てて回転し始めた)

          渦巻け(イヴァシャシャアン)

        (徐々に早まる輪転に応じるように血のルーンが脈動し、枝を伸ばした血はやがて大渦となり逆巻き始めた)

          彼の者を薙ぎ払えッ!!(マカイド・ストゥーダ)
        (空を舞うブレイズめがけ、鎌首をもたげた真紅の渦流、否、竜と呼ぶべきそれが三首、襲いかかる)
        (一本目は炎の翼に相殺され消滅。二本目は異能の焔が生み出した爆炎に飲まれ消えていく)
        (残る三本目。ブレイズを追い、のたくる蛇めいて顎(あぎと)を伸ばすそれが、ドリルのように自ら渦巻き吹きすさぶのだ)
        -- アルヴィン
      • その通り、俺は炎を操り、焔で戦う!俺の意志が力になる!
        (そのマフラーから伸びた炎の翼をはためかせ隔絶された世界を飛ぶ!)
        (しかしどうだろうか、アルヴィンを中心に蠢くその魔力の鳴動。その不気味なほどの悠然とした態度は)
        (そしてそれは直ぐ現れた。まさしく三頭のキメラ竜のように、ヒュドラか、魔力で生まれた多頭のドラゴン)
        (一本目を炎の翼で打つも相殺に留まり、こちらも消滅。続く2本目を異能の焔が渦を巻いて錬成させた爆炎により阻む)
        (しかし三本目、連続したその身に宿す焔の力を行使した負担か、焔は出さず矢を放とうにも反応が遅れ──)

        ──ぐぅ!!!
        (その牙が、顎がブレイズの胴体に食らいついた!) -- ブレイズ
      • 捕らえたぞ(深淵から響くような声音。機動を捨て、詠唱と制圧に専念した魔術師の恐ろしさはさながら要塞のように堅牢であり、圧倒的な火力を持ちえる)
        (だからこそ、その中心となる構成要素―――アルヴィンの場合、それは機械杖マリーエングランツ―――を攻撃されれば、基点を失うことになるが)
        (それを悟らせぬため、あえて大規模な攻撃をもってブレイズの狙いを撹乱し、捕縛することで次の攻撃へとつなげてみせたのだ)
        俺の根源は水だ。東洋では水は火を克すという。お前の意志とやらは、どこまで保つかな。ブレイズ!
        (血の竜がはぜて分解され、ブレイズの身体を拘束する鎖となって絡みつく)
        (強固な拘束術式と並行し、魔術師でないものにはブウウウン、という低い振動音のようにしか感じられぬ圧縮言語の多重詠唱を唇の奥で開始した)
        (高まる魔力に呼応してマリーエングランツの三条の金属輪が金切り声をあげ、展開された魔法陣が二重に、三重に積層され形をなす)

        yth erweiteru wer darastrlx idrl ocnir calaid(我が呼び声に応えしは破滅の竜が眠りし大海の渦)

        Bohrnng soneir wer siorl yca welt amuul(穿つは炎、なべてを飲み干し平らげ無へと帰するよし)

        (徐々にマリーエングランツの頂点部に、破滅的な魔力が渦をまき結晶化していく)
        (しかしその詠唱は、威力と精度を高めるために時間がかかる。だからこそ、拘束されたままのブレイズには活路を見出す事もできるだろう)
        (拘束を引きちぎるか。練り上げられ、放たれるであろう威力にあえて抗うか。それとも意思を曲げ、命乞いを選ぶか)
        (赤い双眸は圧唱を続けながら、ぎらりとブレイズを睨む。その意志を確かめるように)
        -- アルヴィン
      • (例えるならば堅牢な要塞に、罠を張り巡らされた陣地に思慮もなく足を踏み入れた愚者だろうか)
        (加えて言うならば相手は水。そう──アルヴィンの言うとおりそれが優劣を決めるかはさておき相性はすこぶる悪い!)
        (まさしくその術中にはまったというのが相応しい)
        (竜が分解され現れた鎖は、その質を持った拘束術式。己との相性も加えて脱出するのも難しい)
        (本来の力を出し、打ち破ることも困難となってしまった)
        (生半可な性質なら、燃やし尽くし枯らすことも可能だが……それが不可能な相手なのだ、あの魔術師は)
        (足掻く最中にも、この結界内であの一点。アルヴィンが展開した杖に魔力は集束し高まり)
        (強力な術式が組み上がっていく)
        (あれを食らえばタダではすまない──そう思わせるものがある。それは確信といっていい)
        (だからこそ、最大の一手を考える)
        (この拘束を脱出する一手を──そしてその一手は、あれが放たれる時にしかチャンスはない)

        (目をつぶり、覚悟を決めたように拘束の中で力を抜き待つ)
        (己の存在そのものを確かめるような瞑想の中で……) -- ブレイズ
      • ………………。
        (詠唱が途切れ、沈黙が訪れた。両者の間に流れるのは、ゴウン、ゴウン、という魔力の渦巻く音のみ)
        (破ろうとしている。あの男はこの必殺の術式を、正面から受け、破ろうとしている)
        (危険なまでに高められ撚り合わされた魔力は、それを維持するだけで神経が磨り減るほどの集中を要する)
        (その中で、アルヴィンは……)

        ……ふ。

        (かすかに。空気が抜けるように。おぼろに、だが確かに……)

        (その口元に薄い笑みを浮かべながら、月匣の壁を貫くほどの研ぎ澄まされ、練り上げられた光の一撃……裁きの輝き(ジャッジメントレイ)を、放った!!)
        -- アルヴィン
      • (放たれた。裁きの輝きが。)
        (機械の脈動のみ漂う時間を打ち破って……拘束していた相手目掛けて!
        (その一撃は目標だけではなく結界である月匣ごと貫く!)
        (貫かれたブレイズは炎と変わり、焔の塵となり、火花のように散った──)
        (結界が解け、現世に戻って尚振り消えぬ焔の塵に)

        ──ふっ……!

        (しかし、男は生きていた!焔の塵から再生するように、火の粉が燃え盛り再び人の形を取り)
        (こうして現世に戻ってきた。不死鳥の如く!)
        (そう、あの裁きの輝きが放たれた時。拘束術式の中でリスクを顧みず己自身を炎に変えて敢えて受け霧散させることで脱出したのだ)
        (もちろんそれは生半可なことではない。自分を構成していた存在そのものの大半を失って、尚蘇る)
        (それは己自身の存在を、確立させ続けなければ不可能。焔そのものとなって消えゆくだけとなる)
        (故にその精神的な、肉体だけではない。存在そのものも強く消耗していた)
        (肩を揺らすほどに呼吸は荒く、現世に戻ってきたというのに地に膝をついている……)
        (相性が悪い上に強い。自身にも相当な自信はあったがそれでもこのアルヴィンという魔術師は強い)
        (それはおそらく、戦いに慣れている。こういった特異な者同士の戦いに)

        ──やはりサーヴァントがいないとダメか -- ブレイズ
      • (いつのまにか赤く輝く月は消え、荊の城めいた教会を前に両者は対していた)
        (魔力の奔流を放つとともにマリーエングランツのルーンから輝きが失われ、ガシャコン、と音を立て展開していたシリンダが格納されていく)
        (循環していた血液が行き場を失い、ごぼごぼと音を立てて血だまりを作った)
        ……あの一撃を、さばいてみせたか。己自身を炎に変えることで。
        (一見すれば、なんの変哲もなく仁王立ちしているように見えるアルヴィン)
        (しかし血液という有限のリソースをこれでもかと使い、圧唱に圧唱を重ねて放った一撃は彼の魔力を大きく削ぎ落としている)
        (それでもなんの変化もないように見えるのは、ひとえに彼の肉体が人為らざる鋼のものであり、それを表に出さないための精神魔装を二重、三重に施しているからにすぎない)
        どうやらそのようだ。このままお前を倒そうとしたところで……いや。
        俺にお前は倒せんだろう。たとえ炎として散ったとしても、再び人型を己の意志で形作ってみせるその意志に、俺は勝てんよ。絶対にな。
        (どこか確信めいたように言い、機械杖を月衣へと格納した)
        そもそも、俺とお前はここで闘う必要はあるまい。サーヴァントもなく、ましてやまだ最後の二人となったわけではない。
        俺には目的がある。聖杯そのもので叶える願いは無論のこと、聖杯が現出する時、その瞬間に「あちら側」……世界の御座に辿り着かなければ、取り戻せないものがある。
        ブレイズ。今回は痛み分けだ。俺が魔力に依らない魔術師であり、何よりお前よりも強い意志を持っていれば、あるいは違ったかもしれんが……。
        お前に膝をつかせたぶんの代金としてひとつ頼まれてくれるか。この教会だけはけして、破壊しないでくれると。
        (そういってアルヴィンは荊の城の奥を見た。いまだ遅滞した時間の中で閉じこもる、赤い髪の姫君の姿を)
        眠り子を起こすのはお前の本位でもあるまい。当然、俺の本位でもない。……起きて、あちらから出てくれれば楽な話なんだがな。
        -- アルヴィン
      • (異様だった。アルヴィンに促されるように見上げる形になった教会もそうだが)
        (この男が。あれほどの魔術を使った、しかも血だまりを作った上で平然としているアルヴィンという男が)
        (だがそれ以上に己の消耗が激しい。存在を浮き立たせるために己の意志力を強く引きずり出したせいか……)
        (ただただ、アルヴィンの話を聞き、頷く形になった)

        ……わかった。ここだけは絶対に巻き込まない。
        約束しよう。
        (この男の根幹に、意志に関わることであるからこそ頷いて確約した)
        (何の保証にもならないだろう。それでもこの約束だけは守ることを己に課した)

        次は、いや……近いうちにまた会うだろう。
        そう感じずにはいられないからこそ俺は……

        (披露か、それとも別の理由か。言葉を出しあぐねて苦虫をかみつぶした顔をすれば)
        (なんとか立ち上がり、アルヴィンに背を向けてその場をゆっくりと立ち去って行った)
        (後ろから撃たれるということを、思慮の外において──) -- ブレイズ
      • ……眩しい男だな。統真のやつを思い出す。
        (その背に襲いかかるような真似はアルヴィンはしない。本来、彼はこうして騎士道や人道を解し、正義を己に任じる生き方をしていた)
        (それがなぜ、異形の体を手に入れ、そこにあやかしの血を流し、赤き双眸をもって冷徹な仮面をかぶるようになったのか)
        (それをアルヴィンが語ることはない。己のサーヴァント、キャスターに対してさえ)
        …………俺に、お前のような生き方は真似できんよ。ブレイズ。だからこそ、俺とお前はまた出会い、戦うのだろうな。
        (ひとりごち、背を向けた。足元の血だまりはすでにない。ただ、長く伸びる影だけが男の黒外套に続いていた……)
        -- アルヴィン
  • 聖杯戦争開始数日前 アルヴィンとキリルの邂逅後。
    • 「……迂闊、だったな」夜の静けさに染まる町並みを歩きながら、アルヴィンはひとりごちてため息をついた。
      なにゆえだろうか、彼女とのやりとりには心の揺らぎが生まれる。あるいはそれは、彼女の娼婦(マネキン)としての魅了がなせる技なのだろうか。
      それはない、と頭を振る。……アルヴィンの心をざわつかせていたのは、どちらかといえば、彼女の弱さ、そして内心で助けを求める声なき声がゆえだろう。
      • キリルが予想以上に耳聡く、ふと口から漏れてしまった己の油断。その両方を彼は悔いていた。
        ……だが僥倖でもある。上手くはぐらかすことは出来たし、彼女自身別のことに気をやっているようだった。
        ふと漏らした、あの謝罪の言葉の意味。あれが誰でもなく、ほかならぬキリル自身に対するものであることを悟られていては、意味がなかったからだ。
      • (だが、どちらかといえば)なによりも迂闊なのは、利用すると決めた相手に対して謝罪をこぼしてしまう、自分の不甲斐ない心根であった。
        キリルとの邂逅、そしてやりとり。あれが偶然の結果だったなどというのは真っ赤な嘘でしかない。
        彼はすでにキリルの見た目も、身元も、おおよそを把握していた。偶然を装って近づいたまでにすぎない。

      • ……アルヴィンがわざわざ、そんな迂遠で卑怯とも思えるやり方をとった理由は3つある。
        ひとつは、己が相手の素性を突き止めていると伝えることで、余計な警戒心を与えないこと。
        それでは、本来の目的である、かつての聖杯戦争と英霊となった男について話を聞くことが難しくなる。そもそもの本懐が果たせない。

      • ふたつ目は、すでに動き始めているであろう、聖杯戦争への加担、あるいは介入を狙う輩に気取られないようにするため。
        アルヴィンはすでに、魔術探査により、マスターとしての適性を持つ人材に数名目星をつけている。その中の誰が、すでに諜報活動を行っているかわかりはしない。
        そしてみっつ目の理由。……それは他でもなく、キリル自身を聖杯戦争に関わらせないためだった。

      • 直接話を聞き、人となりを会話や所作から見出して理解した。彼女は戦いの場にいるべき存在ではない。
        フェミニズムや騎士道精神ではない。アルヴィンはこと戦闘において、戦うことの出来ない存在が関わることをシビアに、シビアすぎるほどに切って捨てることを己に課している。
        (俺はもう、誰かの命や存在を背負いたくはない)誰にも聞かれぬ心のなかで、呟く。彼はもう、誰かを救ったり、守り、かかずらうことに、疲れ果てていた。
      • いつの間にか彼は、仮の宿に着いていた。戸を閉めて歩くうちに黒外套は消えて失せ(月衣に消えたのだ)、楽な格好となったアルヴィンは身を擲つようにベッドに倒れこむ。
        鉄の身体を持つため、大型のベッドがぎしりと軋んだ。今日は心騒がせられることが多かった。おそらくそれは暫く続くだろう。
        「……夢は見たくないのだが、な」祈りにも似たその言葉は、急速に微睡んでいく意識の渦の中にかき消されていった。

      •    

      • ……やはり、ビールを飲まなければ故郷に帰ってきたという感じがしないな(空になったグラスを置き、ソーセージをかじる)当然、これもだ。 -- アルヴィン
      • ……あんた、普段あんなに血ぃ吐いてるくせに飯と酒はよく入るわね。誰に似たんだか。 -- クリステル
      • 少なくとも姉さんに、ではないな。だいたい、健康さで言うならそっちのほうが上だろうに。もうすっかりシャルラッハロートの扱いにも慣れたみたいじゃないか。 -- アルヴィン
      • そりゃまあね。父さんや母さん、ご先祖様がたみたいに、マリナーノの館で魔術を研究してそのまま早死、なんての。私のガラじゃねえもの。ああ、マッシュポテトもらうわ。 -- クリステル
      • (皿をすす、と動かして勧める)羨ましいな。俺にも姉さんほどのバイタリティがあれば、あるいは別の道もあったのかもしれん。 -- アルヴィン
      • 何言ってんのよ、まだ22歳でしょーが。私より4つも年下のくせして。今からでも鍛えはじめたら? 紹介するわよ? 絶滅社のいいコーチ。 -- クリステル
      • 遠慮しておくよ。姉さんに故郷や家への執着はあまりないかもしれんが、俺はやはりあの家に生まれた魔術師だ。研究と実践が性に合っているさ。それに、姉さんの真似は出来ん。 -- アルヴィン
      • ……ま、なんでもいいけどね。せめて私より先には死ぬんじゃないわよ、姉として夢見が悪いから。あとほら、例のあの子達だって、心配すんでしょ。 -- クリステル
      • 統真とアリアか。あの二人は、俺が頼んだとしても俺を死なせてはくれんだろうさ。ふたりともいいやつだ、助けられている。 -- アルヴィン
      • ならいーんだけど。ああ、ところで支払い、あんたのMUGEN-KUN使うけどいいわよね? -- クリステル
      • ちょっと待て、なんで姉さんが持ってるんだ。というか前提として俺の奢りというのはおかしいだろう。こういうのは年長ものがだな…… -- アルヴィン
      • …………。……。

      • ……

      • 「……ああ」
        天井を仰ぎ見ながら、アルヴィンはふと、ため息にも似た呻きを漏らした。
        キリルと話していて、心が揺れた理由。ざわつくその意味。垣間見た夢が気付かせてくれた。彼女は……「姉さんに、似ているのか」

      • クリステル・マリナーノ。かつてアルヴィンが、"ただの"魔術師、マリナーノの家系に準じていた頃、その家を出奔した姉。
        代々受け継がれる魔術と引き換えに、短命の業を背負ったマリナーノの血筋を嫌い、魔術師の道を捨てた女性。
        魔剣・シャルラッハロートの使い手。己よりも強く、己とは違う道を選ぶことの出来た彼女の姿が……どこか、ちらついていたのかもしれない。

      • 眠らねばならない己の身体を呪う時がある、今がそうだ。たとえトランス状態で瞑想したとしても、72時間に4時間は睡眠を摂らねばならない。
        彼のいびつな肉体を維持するためにはそれが必要なのだ。魔術師としてはひどく不便なものだと想うことは多々ある。こうして夢を見るときは、ことさらに。
        「……」起き上がり窓の外を眺めれば、朝日が昇りつつあった。その陽射が町並みを照らしだす頃には、すでに黒外套の影は宿の何処にもありはしなかった。

  • Ich weiss nicht, was soll es bedeuten, Dass ich so traurig bin.
  • 「さあ、ここで君たちに問題を出してあげよう」
    異界的な角度を持つ、冒涜的なぬめる神殿の大広間。空中に足場もなく瀟洒に立つ、男装の麗人は謳うように言った。
    「ああ、なんということか。ドリットに共鳴し、《邪神》が目覚めてしまうじゃないか!」ふっと、熱狂が消え、笑みのままに続けた。「今回は調整も、手加減もしてない。この扉自体もドリットも長くは保たないだろうね」
    • まるで終劇のあと、演者を披露するピエロめいた動作で麗人が示した先。おぞましい彫刻画の施された、開いてはいけない扉の中心。
      鎖で磔にされ、全身に邪悪に脈動する紋様を浮かばせた少女は、耳を覆いたくなるほどの悲痛な叫び声を上げて苦しんでいた。
      その悲嘆に、苦悶に、痛みに応じ、徐々に、徐々に。《邪神》を封じる扉が開かれていく。あってはならない存在が開放されていく。
      • 巨大な広間に響き渡る絶叫に、演技ぶって耳を傾けた麗人は、愉悦の極みにある笑顔を三人に向けた。
        「さあ、どうする? ウィザード諸君。君たちは世界を守らなきゃいけないんだろう? 夜闇の魔術師諸君。扉を閉じる方法は、君たちからすれば至極簡単じゃないか」
        「……やっぱり、魔王ってのは悪趣味だな」獣の頭を思わせる装甲を纏った青年は、心底吐き捨てるように言った。「反吐が出るぜ。これでも褒め言葉だ」

      • 「ありがとう、最高の賛辞だよ」麗人……金髪に眉目秀麗な顔立ちを持つ、しかしこの場にいる誰よりも邪悪な心を持つ魔王は、うっとりとした様子で答えた。「ステージを用意したかいがある」
        その人を小馬鹿にした振る舞いに、災厄の枝(レーヴァテイン)を砕けんばかりに握りしめた少女が叫んだ。「あの子をひっぺがして、あんたをひっぺがしてやりたいくらいだよ、カミーユ・カイムン!」
        「だったらそうすればいいじゃないか」魔王、カミーユ・カイムンはおどけて答えた。「もっとも、それよりシンプルな方法もあるだろうけどね。ドリットを殺」光が爆ぜた。

      • 「おやおや」飛来した光弾、最大出力のジャッジメントレイを、腰に提げたレイピアで一刀両断したカミーユは肩をすくめた「怖い怖い。狙うのは私じゃないだろう? アルヴィン・マリナーノ」
        ゴシュウ! と蒸気を噴き出し、蒸気式黒杖(ブースターロッド)に備えられた呪文編纂機(スペルコンパイラ)を稼働させながら、金髪の青年、アルヴィンは唇を噛み締めた。
        「……これで、あの子を殺したら封印が解けるってんなら、たいしたペテンだな」「それはありえん、アリア」アルヴィンが首を振る。「それだけはありえん」

      • 「そうとも! いくら僕が詐術長官なんて名前で呼ばれているとはいえ、今回ばかりは本当さ。あの子を殺せば、君たちはシナリオクリア、ってわけだ」
        ひときわ甲高い悲鳴が響いた。それ自体が苦痛の象徴である紋様に肉体を、ほとんど無垢な精神を犯され、壊され、陵辱され、いたいけな少女は泣き叫んでいた。救いを、助けを求めて。
        青年は……黒外套を纏った青年魔術師、アルヴィンは、その様から目をそらすようにカミーユ・カイムンを睨んだ。そして、やがて……黒杖の切っ先を、扉の中心部に向けた。

      • 「アルヴィン」獣の鎧を纏う青年が、唖然としたように名を呼んだ。「……統真、何も言うな」アルヴィンには、絞りだすような声で答えることしか出来ない。
        そしてその苦悶を、誰よりも楽しく鑑賞していた魔王は、高らかに笑った。少女の絶叫をかき消すほどに、高く。
        「おおっ、決断が早いねえ! さすがはナイトウィザード、そうでなければねえ! あはははは!」魔力が増幅されていく。膨れ上がり、光の渦が、魔法陣が高速回転し……。

      • 反射的に、少女・アリアが、ブースターロッドを構えるアルヴィンの腕を抑えた。……だが、そうするまでもなかった。
        あとほんの少し、一歩踏み出すくらいの意志力を込めれば爆ぜる光の奔流は、その臨界寸前のところで、放たれることなく渦巻き続けていたのだから。
        止められるまでもなく、撃てなかった。そこで少女を躊躇なく射抜くほどにシビアになることも、一縷にも足らぬ希望を信じて戦うことも、彼には出来なかった。
      • 魔王が手を叩いて笑う。「いやいや、素晴らしい。今日の花形役者は君だよ、アルヴィン。……だがね、あえて忠告するなら、助けてもいいんだよ? 別にね」
        「代わりに寝坊助の《邪神》が目覚めるけれど、ってことか」「いいや」怒気を露わに睨みつけるアリアの言葉を、魔王は平気の平左で受け流す。
        「もっとシンプルな話さ。……そんな、世界に破滅をもたらす鍵となるような少女を助けたところで。君たちはそれからどうするんだい?」

      • 長い、長い沈黙があった。誰一人とて、詐術長官の名を持つ魔王に、言葉を返すことが出来るものはいなかった。
        ……出し抜けに。ゆるやかに回転していた魔法陣が再展開され、光の奔流が臨界へ向け輝き始めた。
        「ははっ」その様子に、魔王は笑った。「ずいぶん思い悩んだね。ついさっき出会ったばかりのホムンクルスだろうに。何をそこまでためらっていたんだい?」
      • アルヴィンは、質問に答えようとはしなかった。その輝きの横で、己の魔物、イェーガーの鎧を纏う統真は、前傾姿勢を取りながら言った。
        「デッド・オア・アライブだ、アルヴィン。お前は、どっちを望む」殺すのであれ、救うのであれ。その責務は己が背負うと、戦友は言った。
        ……アルヴィンは、首を横に振った。「俺はウィザードだ、統真。ただの、魔術師なんだ」

      • 統真が駆け出そうと踏み込むのと、最後の意志力を持って光の矢が、磔にされた少女めがけ放たれるのは同時だった。
        そして、苦悶に絶叫し、嗚咽し、悲嘆する少女の、救いと助けを求める眼差しが、アルヴィンのそれと絡み合い、光に飲まれていくのは、一瞬だった。
        轟音が炸裂した。清浄な天の気が爆ぜ、神殿を揺らす。己よりも速く奔った光の矢の先を、苦みばしった表情で睨む統真と、アリアが見たそこに、少女の姿は欠片さえありはしなかった。

      • 俺はその光景を、正視することは出来なかった。ただ、構えをとったまま、呆然としていることしか出来なかった。
        魔王・カミーユ=カイムンの高笑いが響く。虚(うろ)のようになった俺の心を、絶望で蝕むように。
        「あははははは! あはははははは! ……最高のステージだったよ。いいものを見せてもらった! はははは、あはははは……!」
        -- アルヴィン
      • 奴が自ら、姿を消し、神殿の沈没が始まるまでの間。統真とアリアが、俺の腕を引いて脱出させてくれるまでの間。
        いや、それからもずっと。今この瞬間でさえ、その笑い声は俺の耳にこびりついていた。今もなお。
        光のなか、俺を見返すドリットの、けして救われる者が浮かべるものではない表情も、眼差しも、今も俺のこの眼に、この心に、刻み込まれ、こびりつき、焼きついて、
        -- アルヴィン
      • あああああああああッ!!
        (明けつつある薄闇が彼を迎えた。誰もいない静けさ極まる寝室……ぐずるキャスターを半ば強制的に隔絶し、ひとりきりで蹲っていたベッドの上)
        (窓から見える空は暗い。これから上がるであろう日差しを、逆にその闇が喰らっているかのように。暗く、昏い。アルヴィンは呆然と周囲を眺め……部屋を包み込む月匣を、無意識に展開していた)
      • ……、っ、く……。
        (まるで心を病んだ貧者のように。棒で打たれる罪人のように、情けなく頭を抱え、背中を丸めて蹲り、肩を震わせ、彼は泣いた。嗚咽した)
        ぐ、ぁ、ああ……っ、ぐ、ふ……ぁ、あぐ……ぅ……っ。
      • その覚悟がどんなに崇高でも、どんなに失い難く、どんなに尊い判断でも。……それを手ずから汚してやらなきゃ、誰にも伝わらないんだよ。
      • やめろ……。 -- アルヴィン
      • それでも殺したり殺されたり、大事なもんを奪い合ったり。そんなもんはイヤなんだよ!
      • やめてくれ……。 -- アルヴィン
      • ……お前は、どうするんだ。お前のやり方は?
      • 俺は……違う、やめてくれ。俺には何もない、俺は何も出来はしないんだ……。 -- アルヴィン
      • 大事にしますね、マスターに買ってもらった日記帳!
      • (絶叫) -- アルヴィン
      • 酷い男だね、あんた。
      • (苦悶。嗚咽。哀願) -- アルヴィン
      • ……そして……貴方の願いを叶える時に……姉様を、助けて……。
      • (哀願。懇願。嗚咽。哀願。絶叫) -- アルヴィン
      • ……私はただ、己の後悔のないように生きた。その先を、お前に託そう。アルヴィン。お前ならば出来る。私の代わりに、誰かを救うことが。
      • ……無理だ……。 -- アルヴィン
      • 託すぜ、メイガス。ヒーローの役目ってやつをな。……やってみせろよ、男の子。
      • 俺には、無理なんだ……無理なんだよ!! もう、やめてくれ……俺は……俺は……!! -- アルヴィン
      • (夜明けまで、月匣が解除されることはなかった。)
  • Alles, alles kann einer vergessen, nur nicht sich selbst, sein eigenes Wesen.
  • ある男の話をしよう。 -- アルヴィン
    • その男はかつて、妖魔……人とけして相容れることのない、強大な力を持った存在だった。
      人間は妖魔を恐れ、妖魔は人間を食らう。何者も勝てないほどの力を持ち、それゆえに強敵を、彼は求めていた。
      彼は覚悟なき者を殺めはしなかった。慈悲からじゃない。意味が無いからだ。楽しみも何もないからだ。
      -- アルヴィン
      • 彼は人を殺した。己を調伏するために向かってくる、あるいは妖魔何するものぞと己の腕前を誇る武芸者を殺した。
        戦いは彼に愉悦と高揚をもたらした。しかし、所詮人間は人間。真正面からの戦いで彼に敵うものはけして存在せず、やがて彼を飽きが襲った。
        ……彼にはよくつるむもう一体の妖魔がいた。人間から見れば、それは相棒であり、友人であり、ともすれば恋人のように見えたのかもしれない。だが、妖魔は愛を知らない。彼らは子を成せないからだ。
        -- アルヴィン

      • ある日ふと、彼は考えた。人間が己の欲求を満たせないなら、もっと強い相手を求めればいい。それは誰だ?
        ……矛先は同じ妖魔に向かった。彼の相棒(便宜上そう呼ぶとしよう)は、殺戮の愉悦から人を殺し続けていたが、それを面白いと言って彼に応じた。
        戦いを求める二体の妖魔の、妖魔を殺す奇妙な旅が始まった。
        -- アルヴィン

      • 彼らは殺した。南に名高き妖魔があればこれを殺し、東に獰猛な獣の妖魔があると知ればこれを殺す。
        北の妖神を殺し、西の人に化けし妖魔を殺し、殺し、殺し、殺し尽くした。
        彼らのやることは、対象が変わっただけで何一つ変化していなかった。……ただ、彼らを見る人々の目を除いては。
        -- アルヴィン

      • 人々は彼らを、恐れではなく……いや、畏れを以って見ていた。「人に仇なす妖魔を滅するもの」、すなわち救いの担い手として。
        彼は困惑した。畏れられることも、恐れられることも望んでいない。だが、人々のその眼差しは、いつしか彼をも変えた。
        彼は想うようになった。人々の営み、男と女が愛しあうさまを。やがて子を成し、親と子となって家を作るさまを。子がまた子を成し、命のタペストリを紡いでいく様を。
        -- アルヴィン

      • 妖魔は人を食らう。それは人を羨むからだと彼は言う。そして彼自身もまた、人々を羨み、愛するようになっていた。
        戦い、戦うためだった戦いは、やがて守るための戦い、救うための戦いとなった。……そして、それを快く思わないものがいた。
        彼が人を愛したように、彼の相棒は彼自身を愛していた。妖魔に子は成せない、だが愛はあるとそのものは思った。だから、人を愛する彼が許せなかった。
        -- アルヴィン

      • 結果として起きたのは、妖魔同士の戦いだった。そして勝利は、人々を味方につけた彼にもたらされた。
        ……妖魔でありながら人を愛し、人を守ることを誓った男は、己の力を封じるために鋼鉄の鎧を、鋼の仮面を纏い、風となって生きた。
        どれだけ鎧を纏おうと、どれほど仮面を被ろうと、己が妖魔であること、人でないことを偽ることは出来ない。それを知りながら。
        -- アルヴィン

      • ……彼は救い続けた。救い、守り、戦い、己が人でも魔でもなく、ただ一陣の風になろうと救い続けた。
        ……そう、俺には到底出来ないことを、彼はやってのけた。やり続け、己が朽ち果てる時にさえそれを託した。それが出来ると思った相手に。
        己が纏い続けた鎧を託すことで。「お前ならば出来る」と、そう言葉をかけてくれた。
        -- アルヴィン

      • だが、武律よ。俺にそんなことが出来ると、俺自身は思えない。誰かを救う、守るなんてことが出来ると、俺は思っちゃいない。
        お前の、お前達の力は、血は、鎧はここにある。だがこれは俺の力じゃない。あくまでもお前達の力でしかないんだ。
        ……俺は、ただの魔術師なんだ。俺にはやはり、無理なんだと想うよ……。
        -- アルヴィン

      • ただ無垢に救いを求めるあの少女一人すら守れない俺には、何も……。 -- アルヴィン

      •  

      • ある男の話をしよう。

      • 彼はヒーローを自称していた。光の魔法を操り、空を飛び、人を救う。弱きを助け、強きをくじく。
        絵に描いたようなヒーローだった。彼自身が夜の一族、ヴァンパイアであり、その魔法自体が彼を灼くことを除けば。
        彼はその痛みも含めて、世界を愛していた。全てを愛し、悪を憎み、悪を生み出す何かを憎んだ。だから彼は戦った。力の限り。

      • そんな彼は、人からも同族からも、魔からも奇異の目で見られた。変人だと揶揄された。
        それでも彼は笑っていた。笑って戦い、己の身を灼き、敵を倒し、また次の戦いに赴いた。
        そんな彼の前に、救いを求める少女が現れたら、ヒーローはどうすると思う? ……当然、戦う。力の限りに。

      • だから彼も戦った。クリスマスの前の日、記憶もないままに自分をヒーローと慕った少女を守るために。
        頼れるが変わった仲間たちがいた。……敵が神であることを知っても、臆することのない仲間たちだ。
        ヒーローはそんな仲間たちを誇りに思った。少女を不幸にしようとする神を、正面から殴ってやると息巻いた。

      • 少女一人を鍵とするために、宇宙の果てから手を伸ばす神を殴るために、宇宙を飛び越えてみせる。まさに夢物語だな。
        だが彼らは、夜闇の魔術師はそれを可能にする。やってのけ、神を倒した。ヒーローは勝った。そのはずだった。
        ……だが、神とは我々を超えたものだ。人はおろか、私たち妖魔も、夜の一族も。奴には奥の手があった。

      • 神は少女を……己が受肉するために作り出した神子から産まれることで、野望をなそうとした。すなわち、世界を破滅させるという災いを。
        少女の命を取るか。世界を取るか。……ヒーロー達に迷いはなかった。少女の命を救うため、彼らは神と、肉ある本物の神と戦った。
        結論から言えば、彼らは勝った。少女も救われた。世界は滅びることなく、全ては平穏無事に終わった。

      • たった一人、ヒーローの仲間の命が喪われたことを除いては。

      • 少女は救えた。救うべきものを救い、倒すべきものを倒すことは出来た。
        だが、守るべきものを守ることはできなかった。それは、理想を追い求め体現するヒーローにとって、どれほどの意味を持つか。
        ……だからこそ、彼はそれを背負った。背負って戦い、戦い続け、やがて灰となった。己の信念に殉じた。

      • だが吸血鬼とは強力だ。灰になろうと、彼の血潮、ヒーローであることを己に任じ続けた血潮は死ななかった。
        彼は志を託した。己にそれだけの力がありながら、誰かを救うこと、守ることを恐れる魔術師に。
        己が魔性であろうと、何者であろうと、揺らぎなき信念があれば恥じることなどないと。そう伝えるために。

      • レオ。私はお前の生き方に敬意を表する。お前の志は今も血として残り続けているのだから。
        人に憧れ、結局は近づこうとした私とは違う。お前は真にヒーローなのだろう。
        ……あとは彼が、己のその内なる力に気づけるか。それだけだろうさ。

      •  

      • ある男の話をしよう。

      • そいつはどうしようもねえほどに頭でっかちで、そう見えてるだけで実際は柔軟なんだが、自分をそうだと定義してる頑固者でな。
        おまけに自分のことを認めず、限界があると決めつけて、そこに収まろうとしてる。けど、その先にいる連中を羨んで仕方ねえ野郎だ。
        ……そうなっちまった理由はある。けど、そんなもんで終わらねえはずなんだ。羨んでることが、出来るかもしれないやつだ。

      • だから俺達は力を貸した。途中で終わっちまった俺達が、最後まで歩けるアイツのために。
        あいつはそれを借り物の力だっていう。確かにそうかもしれない。けど、アイツ自身の力は、想いはかならずある。
        そこに気付かねえと、どうしようもねえぜ。メイガス。武律やオレの二の舞いだけはやめとけよ?

      • そいつは誰かを殺した。……けれどあいつは救えたんだ。たしかに。やり返すことだって出来た。
        だがやがて、あいつは自分の心を殺し始めた。それじゃいけねえっていうやつが、少なくともここに二人いる。
        ……さて。アイツの未来は何処にある? 闇か? 光か? 少なくとも、前を向いてることは確かだろうがね。

  • Wahrlich, keiner ist weise, der nicht das Dunkel kennt.
    • (深い闇の様な夜に、深い眠りに誘われて――……アルヴィンは夢の扉を開く事になる)
      (意識のゆっくりと落ちていくその先は、今日の晩の様に深い闇の様な夜に広がる砂漠)
      (不思議な事に、そこは砂漠であるのに……所々、花や果物が砂の中に埋もれている事)
      (冷たい風が、アルヴィンの体を優しく撫でる)
      (そこには、暗い夜の砂漠には似つかわしくない純白の衣装とヴェールに身を包んだ、駱駝に乗る少女の姿があった)
       
      ここに降り立ったという事は……貴方も、また 聖杯のマスターなの?
      (吸い込むように、アルヴィンの瞳を見つめて、問う) -- メルセフォーネ
      • ……ここは?
        (72時間に一度の眠り、延々と続く過去の記憶のリピートが唐突に途切れたと思えば、立っているのは不思議な場所)
        夢使いの技か? 俺以外にこの世界にウィザードが……。
        (そう呟いたところで、少女と目があった。そこでメルセフォーネは、アルヴィンの青い瞳と金色の髪が印象に残ることだろう)
        (現実世界での彼を知らないがゆえ、彼女にはそれが当然に見えるかもしれない。だが精神世界の彼は、現実における赤眼・黒金髪とは異なる姿でいる)
        ……なるほど、同じ魔術師の技ということか。それならば納得がいく。
        (首もとを示す。令呪は変わらずそこにあるが、現実において鋼鉄の肉体を持つ彼の四肢は生身だった)こちらでは、この体のようだな。
        俺をそれと知らずに夢へと誘いこんだとは思えん。この邂逅は偶然のものか? 名も知らぬ聖杯戦争の参加者よ。
        -- アルヴィン
      • (不思議そうに周囲を見渡す彼と目が合う――……美しく青く輝く瞳と、風に靡く金髪が人目を惹きつける青年)
        (現実の彼を知らない為、それを『彼』だと認識する)
         
        ……技、というよりは――……正しくは、貴方と私の夢の交差する場所
        互いの無意識の交差する場所であり、決して貴方を罠にしかけたり、奇襲をしようとする意思は……無いです(小さく首を振る)
        (首元を示されれば――……魔力から、令呪がそこにある事を知る。同じように自身も左上腕部を示す)
        ……? 此方では、この身体?現実の体とは違うという事……?(不思議そうに問いかける。現実の彼を知らないから、尚更)
        その問いに関しては、イエスでもあり、ノーでもある……
        聖杯が始まってから、私は貴方で……恐らく8人目くらいのマスターと夢の中で出会っているのだけれど
        それは、お互いに『聖杯戦争のマスター』という共通点があり、因縁があるから
        私が可能なのは、その縁の繋がりのある人と……こうして出会う事だけ
        だから、あらかじめ『どんな相手の夢に入れるか』までは想定不能で、縁があればこうして出会えるの……
        故に『聖杯のマスター』としての側面・繋がりだけであれば、貴方の事を知っているという事で イエスであるけれど
        『貴方自身を知っている』訳ではないの……
         
        そして、私は出会うマスターに問い尋ねたい事があるの……
        きっと。貴方もこの聖杯の争いに身を投じたという事は……そこに聖杯を引き寄せるだけの、願いを渇望しているという事
        貴方は何を望み、何を欲し、何を得るがために……この聖杯戦争のマスターとして この場に立っているの? -- メルセフォーネ
      • ……俺の身体は今やすべてが借り物だ。だが、どうやらこの場では違うらしい。
        (謎めいた言葉でそう答え、メルセフォーネの言葉に耳を傾ける)
        時に契約によって縁をなしたサーヴァントとマスターは夢を共有するというが、それがマスター同士でも起きるとはな。
        だが、夢の世界とはそういうものだ。俺が元いた世界では、そうした夢の技を専門としている魔術師たちもいた。理解はできる。
        (頷き)俺の目的は、復讐だ。人の身では打倒し得ぬ、神、魔、あるいはそれに類する者達、その中でも悪なるものどもへの復讐。
        それを成し遂げるための力を求めることが、俺の目的だ。……名乗っておこう、オレはアルヴィン・マリナーノ。
        だが、聖杯戦争のマスターである少女よ。そこまで現状を理解できているお前ならば、この場で精神戦を仕掛けることもできるのではないか?
        (無論、そうされたとてやわにやられるほどアルヴィンは二流ではない。夢の中での戦い方を心得てはいる)
        お前がそうせず、あえて願いを問いかけるのはなぜだ。
        -- アルヴィン
      • ……? 全てが借り物?(首を傾げるが、その言葉で本来の姿ではない事だけ、辛うじて知る)
        それは、マスター同士もまた浅からぬ因縁の繋がりがある証拠で、故にこうして通じる事が出来るのだと思う
        ……そう(目を瞑って頷く) 貴方の元の世界の事は、詳細を知らないけれど きっと夢という部分で通じる事も多いでしょう
         
        ……復讐?(悪しきものの復讐と言われれば、恐らく過去に、人を超越した力を持つものに 酷く強い恨みを持つ出来事があった事を知る事が出来た)
        貴方は、復讐する力を欲する為に、聖杯を手に入れたいと望むのね?
        アルヴィン・マリアーノ…… 私の名は、メルセフォーネ・モイラと申します(名乗られれば、丁寧に返して)
        (攻撃を仕掛ける事も出来るのではないか?と問われれば――……小さく首を振る)
        (彼女の様子から、アルヴィンなら 欺く為でもなければ、敵意すら感じない事は容易にわかるだろう)
         
        確かに、行おうとすれば……精神攻撃をする事も、魔術を行い、貴方を貶めることはできます
        心得が無い訳ではない……けれど、それを私は好まない
        ……元々、私は出来れば平穏に暮らしたいし、自分から仕掛ける気はありません
        けれど、好戦的ではないと言え、聖杯戦争から降りる気は無いです
        また、人は敵同士であれば……無慈悲に相手を痛めつけて、自分の欲の為に踏みつける事も容易くできる側面を、私は知っています
        そして、それをしたくない
        争っている敵同士だとはいえ、出来る限り相手に優しさや思いやりを持ちたいの……
        もし、仮に私が優勝する時は……貴方達の願いの上に立ち、願いを叶える事となるわ
        その時に『犠牲者の事は知らない』と、眼を逸らす事は出来ない……それは、私の背負う業となるでしょう
         
        だから、こうして皆にどんな願いや想いを抱いて、聖杯戦争に身を投じているのかを 同じマスターとして聞きたいの
        ……たった、それだけ。もう一つ言えば、お話しして相手を知る事は大切だと思うから -- メルセフォーネ
      • (その透き通った言葉に、呻く。この夢の世界では、精神拘束術式で真意を隠すのは難しい)
        君は、強いな。メルセフォーネ。俺に、そこまでの尊さを持つことは出来ん。
        (己の個人結界<月衣>から、愛用の機械杖マリーエングランツを取り出し、腰掛ける。魔力で浮かび上がるそれは即席の椅子となった)
        優しさだとか、思いやりだとか、俺はそんなものを持つことは出来ん。それを持つことは、相手の宿業を背負うということだ。
        そして背負えば、相手を倒そうが、殺そうが、己の中に永遠に背負ったものが残り続ける。相手の矜持、命の重み、歩むはずだった未来、憎悪、そういったものがだ。
        (夢の世界だからか。キャスターにさえも話し得ない言葉が溢れる。それを辛いとは思わなかった)
        嫌なんじゃない、怖いんだ。誰かの思いを背負い、守り、救う……そういう行為がな。
        ……メルセフォーネ。君はペットを飼っていたことはあるか。犬でも、猫でも、鳥でも、なんでもいい。
        もしいなかったなら、思い浮かべてみてくれ。もし、君にとって大切なその存在が、死のうとしている時。君ならばどうする?
        -- アルヴィン
      • ……そう?(強いと言われると、意外そうな表情を向ける……だって、私はずっと弱いと思っていたから)
        (優しさや思いやりを持つという事は、相手の業を背負いこむ事……そうだとおもう)
        そうね、けれど……聖杯で勝ち進むという事は……相手を踏みにじる事でもあり、自ずとそうなってしまうと思うから
        そこから目を逸らしてはいけないと私は思うの……きっと、逸らした所でいつか、自分を責めてしまう日は来るとも思うし
        (夢の中だからか、或いは、その中では真意を隠せないのと同様に――……その空間自体が受動的で『受け入れる』為の場所だからか)
        (また、彼女自身の攻撃的な性質の無さも……きっと『語りやすい』環境が自然とできているのかもしれない)
         
        怖い……? 誰かの想いを背負って、守って救う事が?(首を傾げて『どういう事?』と言いたそうに問う)
        (だって、そんな力が自分にあったとしたら……それはそれは素晴らしい能力だと思うから)
        ペット……? いえ、どちらかと言えば私自身がペットみたいなものだったけれど……
        (彼の言葉に、過去を思い出す――……そう言えば以前、宗爛様が駱駝を与えてくれた事、そして自身のペットではないが、主君の黒咲は可愛かった事)
        (もし――……彼らが目の前で、死のうとして居たら?)……そうね
        私は彼らの死を見届けて、その肉を食って弔い……骨を身に付けると思うわ。残りは埋葬するでしょう
        (変わった答えを言うが、これは嘗て彼女の居た大陸の風習、彼女なりの弔いなのだ……アルヴィンの求めた答えでは無いかもしれないけれど) -- メルセフォーネ
      • 君の故郷はオリエンタルな場所のようだな。だが、そうか。君は死を見届け、つまり背負うというわけだ。
        俺は……俺が飼っていた小鳥が死のうとしていた時、俺はこの魔術で助けることさえできなかった。
        ただ、震えて弱り、姉さんが懸命に治癒を施そうとする小鳥の死に様を、まるで別の世界のように見ることしかできなかったんだ。
        (夢という場所だからか。己のサーヴァントにさえ語らぬ想いが、とつとつと溢れだす)
        君の故郷では、おそらくそれが生きるための風習でもあるのだろう。俺にはその、生きるため死を背負うという行為さえも恐ろしかった。俺の抱く恐怖は、つまりそういうことだ。
        力があろうと、目的があろうと、恐怖は消えない。……君のような泰然自若とした者には、ピンとこない話かもしれんが。
        (頭を振る)いくら夢の中とて、同じ聖杯戦争の参加者に話すようなことでもなかったな。目覚めた時、君がこの話を忘れていてくれれば一番ありがたいのだが(そう言って苦笑する)
        -- アルヴィン
      • ええ、時には死んだ人の肉を喰い、その骨を身に付ける事もあるわ(頷きながら、決して人肉を食べるのを好む文化では無い事、そうして死者と一体となる考えがある事等を言いつつ)
        貴方の、飼っていた小鳥が……(彼の話から、きっと手を尽くしても助けられなかったのだろう無念さが伝わる)
        …………(話に耳を傾けて、何も言う事は出来なかった――……死は、いつの日でも哀しいものだから)
        (黙って彼の話を聞きながら、声から、同じ無意識に身を浸しているせいか、彼の過去の感覚から……悲しさが流れ込むようにして伝わってくる)
        ええ、その通りよ……死者の事を忘れない為、自分の中に取り込んで、死者と一緒になる考えを持っていた事もあるから
        ……そう、成程、ね(彼の言わんとする事はわかった)
        (どんなに絶大な力を持っていたとしても――……時には無力な事もある。それが例え、素晴らしい治癒魔法を持っていたとしても誰かを助けられない事だって、あるのだから)
        (彼の言葉に首を小さく横に振る)――……いいえ、そんなことないわ……きっと、そう見えるのは夢の世界だからという事もあるかもしれないわ
        (現実の私は、弱くて脆い――……だから、こうして夢の世界に浸りたいとも思うのだから)
        いいえ。貴方からお話を聞けて良かったと思うわ――……どんな人か知れたもの 残念ながら、夢を忘れることは、殆ど無いの……代わりに、きっと貴方も今宵の夢で語った事は、起きても忘れないと思うわ
        まるで、現実であった事だったかのように――……(苦笑するアルヴィンに、微笑む。会話を出来て嬉しかった気持ちを笑顔に込めて) -- メルセフォーネ
      • ……だろうな。そう都合良くは行くまい。(嘆息。だが、わずかに心の重みがとれた気がした)
        いずれ相争い、あるいはどちらかが倒れる我々の間に適当な言葉ではないかもしれんが……。
        ありがとう、メルセフォーネ。まだ現実では会ったこともない君だが、ここで君と夢の中で会えて、俺は楽になれた気がする。
        (他でもない、競争相手同士だからこそ。気兼ねなく話せることもある、そういうことだろう)
        (ふと顔をあげる。第六感めいているが、夢の世界が覚めつつあるのを感じた)
        もしかすれば、いつか君達と戦うこともあるだろう。その時にはお互いに、心残りなく勝敗を決められることを祈っている。聖杯戦争のマスターとして、な。
        (心の奥で、ヘドロのように沈泥する波のようなものがある。普段なら夢の中で己を責め苛むその苦痛と悲嘆の過去は、今夜ばかりは鳴き声ひとつあげないようだった)
        -- アルヴィン
      • (溜息と共に、彼の表情が先程よりも柔らかくなったのを感じる……心の重みが取れた様な表情)
        (そして、彼の言葉を聞けば、小さく首を横に振る)どういたしまして……何か貴方の心が楽になるきっかけになったなら、良かったわ
        (まだ、現実ではあった事は無いけれど――……いつか、きっと 同じ聖杯戦争に身を投じるマスター同士、出会う可能性も高い)
        (けれど、こうして互いに話し合える事は……敵同士だとしても、嬉しい事。相手の事を知る事が出来るから――……)
         
        (彼の感じる通り、夜の闇も柔らかに、徐々に空が薄く薄くなっていく――……)
        (それは、もうすぐ訪れる、夜明けの足音の合図)
        ええ、もしかしたら互いに戦い合う間柄にもなるでしょう――……聖杯戦争のマスターとして その時、私の出来る事は、サーヴァントに自分の運命を委ねて信じるだけ
        (彼女の言葉を最後に、砂漠の夜に夜明けが訪れ――……辺り一面、黄金の輝きが反射して、金と白の輝きに包まれる)
        (闇の中で、もがき苦しむ様なアルヴィンの過去にも――……どこか、まだ確かにとは言えないけれど、一条の夜明けの光が差し込めるかのように、心の闇に光が零れたかもしれない) -- メルセフォーネ
      • Träume sind Schäume.(夢は泡沫)……か。
        しばしおわかれだメルセフォーネ。……よき聖杯戦争を。
        (疲れ果て、ほんの少しだが大いなる安らぎを見出した苦行者のように、男は言った。それが、二人の別れの言葉となった)

        (この世界に来てから。男が悪夢を見ることのなかった、初めての夜だった)
        -- アルヴィン
  • Geteiltes Leid ist halbes Leid
  • (少年は夜の街を彷徨い歩く)
    (ただ人の声が聞こえるから―――それだけの理由で)
    (誰もいない、静寂に満ちた自分の魔術工房にいると気が狂いそうだった)
    (そしてその時、見つけた人影は)……?(マユルから名前は聞いていた、彼の名前は)アルヴィン・マリナーノ……? -- アドニス
    • (闇のなか、魔法により常に灯り続ける街灯よりもなお炯々と輝く左目が少年に向いた)
      ……アドニスか。アサシンの気配がしないものだから、誰かと思ったが。(気配遮断を前提としてそう言う。男は今、それだけ神経を張り巡らせ、同時に能力も向上しているからだ)
      (そして、眉をひそめた)……凄相だな。奈落の国を垣間見てきた詩人の如き表情だ。……アサシンに何かが起きたな。
      -- アルヴィン
      • (息を呑む。こんな瞳を持つ人間を少年は見たことがない)
        …あんた、何が起きているんだ……? まるで……まるで…(言いよどんで)
        (沈黙。しばらく相手の顔をじっと見て)…アサシンは死んだ。オレを守って。オレは聖杯戦争から降りる。 -- アドニス
      • 死んだ? あのアサシンが?(聖杯戦争ならば有り得る話だ。だが、それを前提としてなお信じがたいことだ)
        (しかし納得もできた。あの英霊が、マスターよりあとに死ぬことはない。そして今いないということは……そういうことなのだ)
        (色を失った右目でアドニスを見下ろす)それからどうする。アドニス。聖杯戦争を降り、お前はどうする。
        -- アルヴィン
      • (言いよどんで夜空を見上げた)…どこへ行けばいいんだろう。星一つ見えないのに。
        どこへ辿り着けるんだろう。オレにはわからないんだ……(顔に張り付いた空虚な表情)
        マユルからもらった命を捨てることもできない。でも、マユルがいない命を全うする勇気がない。 -- アドニス
      • ……(己はかつて、己の意志にさえよらず助けを求める少女を殺した。それは今も心にこびりついている)
        (この身体を、心臓を与えてくれた者たちを思う。彼らは己の仲間を守れず、己を想うものを奪い、己の理想を貫いた)
        アドニス。俺があの時に話したことを覚えているか。
        -- 名簿/510374
      • ………あの時の…小鳥の話か?(表情を歪めて) -- アドニス
      • そうだ。あれは俺自身のことでもある。俺は……小鳥を殺すことも、救うこともできなかった。
        俺に助けてくれと叫ぶ、俺だけが助けてやれた子を、守ることもできなかった。大義を、役目を理由に殺した。
        ……お前はアサシンを、マユルという小鳥を失った。お前は何もできなかったのだろう、事実がどうあれお前自身はそう思って"しまって"いる。
        だが、だ(慈しむように。赤い輝きが弱まった)お前は生きている。お前の、その心はまだ折れてはいない。
        ならばお前はまだ選べる。選ぶことが出来る。小鳥は死んだ。お前は残った。ならばお前はどうする。その亡骸の前で、ただ涙を流し続けるか?
        -- アルヴィン
      • アルヴィンの……?(手の中の小鳥を殺すことも救うこともできなかった時、人はどうなってしまうのだろう)
        そんな………(そんなことがあったのに、どうして目の前の男は二本の足で立っていられるんだ)
        オレは……生きている………でも。(ぎゅっと目を瞑って)何が選べるんだよ……!!
        マユルはオレを守って死んだんだ。そんな事実を背負って、なんの選択があるっていうんだ…教えてくれ……! -- アドニス
      • 諦めるという選択肢がある。
        俺のように、ただ虚無じみた渇望に取り憑かれ、闘うことだけを求め続けるという選択肢が、ある。
        ……あるいは、その死を、想いを背負うという選択肢がある。俺にはそれを選べなかった。だから俺はここにいる。
        だから本当は、俺はお前に何かを教える資格などない。……俺が、教わるべきなくらいなんだ。
        アドニス。教えてくれ。お前が選べるというのなら。あるいは俺も……もしかすれば、まだ、選択が出来るのかもしれん。
        -- アルヴィン
      • (アルヴィンの言葉は重い。諦めてしまった男の命は、魂は、心は――――いつ救われるのだろう)
        (アルヴィンの言葉に歯を食いしばる)
        (今やるべきことは、泣くことじゃない)オレは諦めないぞ………(歯を食いしばって、半ばアルヴィンを睨むように見る)
        マユルが生きてたら、オレに下を向いて生きるなって言うだろう。
        そのためになら、オレはどんな辛酸だって舐めれる。(ブレイズの言葉を思い出す)オレの中のマユルが笑ってくれるまで。
        オレは絶対に諦めないぞ………! -- アドニス
      • ……そうか(ふ、と。言葉とともに、笑みが浮かんだ。心のなかには、そんな少年への羨望が渦巻いているのに)
        (心の奥の奥、力とともに強まるどす黒い感情の海が渦巻くのも気にならないほどに……男は、喜んでいた)
        お前は、選ぶんだな。その道を。……選べるんだな、小鳥の死を背負うということを。
        お前は、マユルの想いだけじゃない。……俺の心にも光をくれるようだ、アドニス。
        (屈みこむ。片手を差し出した)アドニス。男と男の約束だ。お前は諦めるな。……俺はいつか、必ず。必ず、這い上がってみせる。……必ずだ。
        -- アルヴィン
      • ああ。小鳥の命は失ったけど。オレは小鳥の思い出までは失ってない。
        (屈みこみ視線を合わせたアルヴィンと握手を交わす)約束だ、アルヴィン。オレは絶対に諦めないことを誓う。
        アルヴィンも……オレに可能性を見せてくれ。諦めてしまった人間でも光を持てることを、教えてくれ。
        ……さて。そうと決めたらここで足踏みをしてはいられないな。
        オレはこの街を去るよ。魔術工房を引き払って故郷に戻る。
        ……ありがとう、アルヴィン。いつかどこかで。(そういい残すと夜空の下で少年は立ち去っていった) -- アドニス
      • こちらこそだ、アドニス。……いい顔になった、男の顔だ。
        (立ち去る彼の姿に、ふと。その顔を頼もしく見守る女性の幻影を見た気がして)
        ……俺は、情けないものだな。こうして今も、救いを求めるサーヴァントのことを、背負いきれていない。それが怖くて仕方ない。
        (けれども。あんな少年でさえ、その生命を背負い、前を向ける。そこで己がなにもしないのは、あまりにも不甲斐ないではないか)
        ……俺は力が欲しい。キャスター、お前達を背負うことの出来る力、救うことの出来る力を……(そう、ひとりごちた)
        -- アルヴィン
  • Zwei Seelen wohnen, ach! in meiner Brust.
  • (一度目の出会いも。二度目の戦いも偶然の邂逅で、夜だったか)
    (三度目の出会いは、意図的に探して。しかし偶然頼みしかないかと思ったその時に)
    ……見つけた
    (分かりやすく。セイバーたる自分でも分かる魔力の波長を感じた)
    (迷いなくそちらに進む。たった二度の邂逅であったとしても。見届けねばならない物を感じている対象のいる場所へ) -- セイバー・エラー
    • ……来たか(高い尖塔の頂、夜風に外套を翻していた男がサーヴァントの接近を知覚する)
      (魔力による浮遊を行い目の前に着地。敵意なく、蒼い瞳で向かい合った)セイバー、お前が来るように待っていた。
      (逡巡。これまで挑むように視線を逸らさなかった男が眼差しを迷わせた)……あの時は、すまなかった。いずれ戦うかもしれない間柄とはいえ、あのような形の立ち合いは俺の望むところでもなかった。
      あの時お前を攻撃したのは、俺であり俺でないモノ、いわば悪鬼だ。……俺は俺自身の弱さゆえに、あれを生み出し、野放しにしてしまった。
      すまなかった(謝罪でどうにかなる話ではない。だがそれでも、言葉を伝えずにはいられない)お前の覚悟を、汚してしまった。
      -- アルヴィン
      • 尖塔に立つ、夜の魔術師(ナイトウィザード)か。様になっているな
        (特に篭めた意味はなく、見たままの感想を告げ。そこから降り立つ男を待った)
        (眼差しが迷う間も。謝罪の言葉を放つ間も、こちらはアルヴィンから目を逸らす事はなかった)
        気にするな。お前が仕掛けた戦闘だが、受けてたったのは俺だ。そも、覚悟を汚すのは己の行い次第だ、俺は俺として戦えたので心配しなくていい
        (今後、敵として見える機会があっても気兼ねするなと。言外に告げて)
        何より、俺はお前の鬼…ではないな。ああいうものと戦う方が、戦争をしているより性に合う。その点ではこちらも礼を言わせてもらおう
        さて。わざわざ探しに来たのは…一つ伝言と、アルヴィン、君と少し話がしたかっただけだ。時間はあるかな
        (伝言は簡単、キャスターに借りは返したと伝えてくれ。とだけ) -- セイバー・エラー
      • (頷いた。必ず伝えておこう、と応じる)……ああ、俺も一度、お前とは腰を据えて話してみたいと想っていた。
        あれが俺自身の100%の意志ではないとはいえ、お前との立会を俺は今も記憶している。
        お前の言葉、お前の太刀筋、お前の眼差し。……お前の覚悟、お前の意志。その全てをな。
        理由もなく、ただがむしゃらに人を救う。簡単なようで難しいことだ。俺はそこに辿り着くまで時間がかかった。
        ……あの宝具。あれを放ったということは、お前の失われた記憶も、やはり?
        -- アルヴィン
      • (気が合ってよかったと頷き)
        …記憶しているか。なら、よかった…剣の極意はああいった人の弱さだけを斬るものであってほしいな
        人は不安だからこそ争う。不安を抱えるから、聖杯なんて物に縋ろうとする。そういった不安をこそ、もう大丈夫だ、と告げて倒せる存在でありたいものだ…本来、君達人間の役目だがね
        少しでも君に影響を及ぼせたならよかった。決定打を与えたであろう、誰かにも感謝しておこう(引き締めた顔に、僅かに笑みを浮かべそう言う)
        俺の人格は、あの技と宝具の持ち主とは「無関係」だ。マスターが、記憶を取り戻して強くなるより、今の人格のまま戦えと決めてくれたからな。記憶は出来る限り取り戻さない。それでも戦い抜くさ
        君のほうはどうだ、アルヴィン。これからも聖杯を求めて戦うのか…最初に出会った時の願いはそのままか? -- セイバー・エラー
      • では、お前は記憶を意識的に取り戻せるのか。……驚いたな、自らの手で記憶に蓋をしていた俺とは大違いだ。
        (そう言いつつ、願いについて問われると唸る)……正直なところ、俺の願いは……いや。復讐という点では変わらん。
        だがそれは己から逃げるためではない。この世全ての悪に対し、この世界に対して害意を為す者達に対する、全てのものに代わっての復讐だ。
        俺は、俺のために、世界に牙を剥く者たちを倒す。……正直なところ、そのために聖杯の力を使うかはわからん。
        しかし、聖杯の現出、あるいは御座には近づかねばならない理由がある。キャスターは……もともと生きている人間の魂が英霊になったものだからだ。
        -- アルヴィン
      • 完璧にとはいえないが…人格が曖昧になる酸の海に手を突っ込んで宝具を取り出す。まあ例えるとそんな感じだ、思い出せない物には、思い出せない意味があるという事だな
        (それは傷を直視しないためであったり、人格を上書きされないためであったり。それぞれのパターンがどうなるのかは分からないが)
        あくまで復讐か…ふむ(話に続きがある。と踏んでそこからは静かに耳を傾け)
        …厳しい道を選んだな。道が交わるかどうかはともかく、戦い抜ける事を祈っておくよ。聖杯への欲求はこちらと似たようなものか
        君のキャスターも記憶喪失だったな。その辺りの事情でそうなっていたのか…む? 死後、英霊になったというのではなく? -- セイバー・エラー
      • ああ。詳しい説明は省くが……様々な要因が重なった結果、彼女は今の不安定な状態にある。
        それをどうにかするためには、聖杯に引き寄せられるであろうキャスターの魂を此方に引き戻し、肉体に適合させねばならん。
        つまり、俺がまず最初に救う存在は、彼女ということだ。……長い回り道だったが、こうしてみればわかりやすい話だな。
        ……それで? 俺はお前の質問に答えたぞセイバー。お前が聖杯を求めるのは、今もやはりただマスターを救うため、なのか?
        -- アルヴィン
      • つまるところ、相方…キャスターを確実に助けるために聖杯を求める必要が出来たというわけか
        (それは、分かりやすく。そして頷ける。だからそのまま頷いて自分の話をする)
        …ああ。今でも己の願い自体はない、マスターの為に戦う。その代わりに疑念が増えた。自分を呼んだのはマスターで、媒介は聖杯だが…それ以外にも、自分がここに呼ばれた意味があるのではないかとな。だから俺は、聖杯を求める
        求めるという言い方はおかしいか。俺は「聖杯とは何か」を検める必要性を感じている。それが俺の戦う理由になるだろう、調べるためには近づかなければならないからな -- セイバー・エラー
      • ああ。……誰の入れ知恵かは知らんが、聖杯がそもそも純粋な願望機ではないという話もあるらしい。
        まあ、もともと得たいの知れぬ魔術物体、俺とて何の代償もなく願いがそのまま叶うとは、思ってはいないがな。
        (なんにせよ)お前の願いが……俺がもし斃れるのだとしたら、それが叶うのであれば、それがよいと俺は思うよ。
        なによりも、お前自身が悔いなく戦えることがな。……セイバー、お前との戦いは、正直なところ悪いものではなかった。滾るものがあったよ。
        -- アルヴィン
      • ありうるな。良く出来た嘘は一片の真実を含むというし…やはり疑念ばかり膨らむな、聖杯というものには
        ありがとう。といっていこう…だが、誰かの為に、救うために戦う人間になるなら、自分が倒れたらなんて仮定はやめよう。俺達は、背中を見せて守る相手を不安にしてはならない
        (その背中が。戦う様こそが、次の同じ様に、人のために戦う誰かを生むと信じているからそう言った)
        武芸者の究極の一つには、戦わずして勝つというものがあるらしいな。どうやら俺はそれには遠いらしい…同意見だからな
        (己は未熟。と規定しながらアルヴィンに背を向け。だからこそ、と笑う)
        あの時の戦いは悪くなかったが、だからこそ次に見える機会があれば意志と理性を持つアルヴィン・マリアーノと戦いたいと思っているよ…では、この場はこれまでだ
        (この聖杯戦争という状況の中でそれが訪れる僥倖はないかもしれないが、それでも。男同士で悔いなく、全力で戦う機会があればいいと僅かに希望だけして、去っていく) -- セイバー・エラー
      • 俺が剣客であったなら。その言葉には必ず答えていた。……よい聖杯戦争を、セイバー。
        (そこには奇妙な友情があった 魔術と剣、それぞれの技術で戦う、二人の男の友情が)
        -- アルヴィン

Last-modified: 2014-04-09 Wed 00:14:59 JST (3671d)